大鵬所城的生活~⑧出門

R-D1/Canon Serenar 35mmF3.2

ぐるっと一廻りしてスタート地点の南門に戻ってきました。
わたしにとって1日中いても楽しめる大鵬所城も、王老師たちには1時間以上はきつい場所のようでした。
そもそも自分たちの田舎とそう変わらないと言います。

実はこの門の外側にも住宅地がまばらに広がっていて、人々の暮らしは門の内と外とで違いはないのかもしれません。
両親はまだ内側に暮らしているけど、息子夫婦は外側に部屋を借りて住んでいるというケースもあるでしょう。
それでも、やはりこの門が隔てる2つの世界には何か大きな有意差を感じます。
門をくぐって外に出た瞬間、タイムマシンに乗って戻ってきてしまったような気分でした。
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon Serenar 3.5cmF3.2 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/31 Wed

大鵬所城的生活~⑦許願

R-D1/Kern Switar 50mmF1.8

東門のすぐ脇に大きな木があって、その名も許願神樹というそうです。
願いをかなえる神の木、です。
東門の2階に昇って願掛けをするわけです。
まずは線香を供え、願い事をひものついた紙に書き、そして一礼のあとおもむろに木に向かって神を放り投げます。
神が木の枝にかかれば願い事はかなうが、それも高い位置にかかるほど、確率が高くなるということのようです。

王老師、さー、振りかぶって投げました。
あっ、かなり上に乗った、と思いきやすとんと下に落ち、かなり下の方でどうにか今度は引っ掛かりました。
ここを取り仕切る親父さんの解説では、願い事は一旦挫折するものの、その後どうにかかなうということじゃないか、はっはっはっ、と多分こんな風に言っていたようです。
何をお願いしたのかが、気になるところです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Switar 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/30 Tue

大鵬所城的生活~⑥放学

R-D1/Canon Serenar 35mmF3.2

中国の小学校には制服があるようです。
公立の学校でも、よくお揃いの運動着のような格好で、集団下校する姿を目にします。
しかし、地方では必ずしもそうではないようで、この辺は経済的な地域格差が背景にあるような気がします。
ある程度ゆとりのある家庭なら、制服を着せっぱなしのほうが、経済的にも気を遣わないという点でも楽かなと思いますが。
四川の時もそうでしたが、このくらいの歳の子は、男の子なら鬼ごっこ、女の子はゴム跳びで、一定しています。
わたしの子供の頃となんら変わらないようです。

今回のレンズは、"キヤノン・セレナー35mmF3.2"という、めずらしいF値の広角レンズです。
1950年に登場したレンズですが、すでにキヤノンでは35mmF3.5を出していて、日本の光学メーカーが少しでも明るいレンズをと凌ぎを削っていた時代の、これは広角レンズの第1号のようです。
"ズマロン35mmF3.5"の本格製造が1949年からのようですので、同じダブルガウスの広角としてかなり意識したものとなっているのは間違いないでしょう。
その点では設計的にやや背伸びしすぎの嫌いがあるのか、左辺にほんのわずかな糸巻き型の歪曲を感じます。
しかし発色の傾向はズマロンに近いと思いますし、逆光下での表現はズマロンを上回っているように思えます。
戦後ややしてのレンズですが、かなりの高性能で、後のキヤノンの躍進を象徴しているといったら言い過ぎでしょうか。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon Serenar 3.5cmF3.2 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/29 Mon

大鵬所城的生活~⑤招牌

R-D1/Canon Serenar 35mmF3.2

大鵬所城の内側には、何軒か店屋があります。
写真の茶屋をはじめ、ちょっとした酒場や土産屋、軽食屋などで、いずれも絵看板というのでしょうか、何をやっているのか分かるような表示がなかなかの味わいです。
しかし、実はこういう看板は、周荘や西塘をはじめとした江南の水郷町では普通にありますし、店自体がこれらの町の店を真似たもののように思えてなりません。
店にオリジナリティが感じられなかったからです。
やはり観光用に、無理につくった店なのかなと思うのは、閉まっているところが多く、商売っ気もないような気がしたからでもあります。
そういうところはこの地域の客家の田舎らしくて、気分良く歩けた一因だったのでしょう。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon Serenar 3.5cmF3.2 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/28 Sun

大鵬所城的生活~④樹陰

R-D1/Kern Switar 50mmF1.8

10月も下旬になりますが、中国南部の深圳は日中30度を超える暑い日がまだまだ続いていました。
陽も傾きだした頃、ようやく涼を求める人が三々五々集まってきます。
お年寄りが腰掛けていたりとか、立ち話ししてたりというのが多かったですが、大鵬にはなぜだか赤ちゃんもあちこちで見かけました。
一人っ子政策の中国ですから、子供はほんとうに可愛がられます。
愛情いっぱいに抱きしめたり、ほっぺにチューチューやったり、人前だろうが、外国人の前だろうが構うことはありません。

ところで、広場に日陰をつくってくれるこの大樹、ちょっと日本では見ない形状の葉と花がたいへんユニークです。
幹まで母子を守るかのように、くっと腰曲がりになっています。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Switar 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/27 Sat

大鵬所城的生活~③汲水

R-D1/Kern Switar 50mmF1.8

街のほぼ真ん中に井戸がありました。
中国南部でよく見かけるふたも汲み上げポンプもないタイプです。
深さはよく分かりませんが、ロープで手繰り寄せている様子を見る限り5メートルもなかったように感じました。
落ちる危険はないのかとか、水の汚染度とかが気になりますが、飲料にはしてないようですし、調理用でもなく恐らくは洗濯など専用に使っているのではないかと思います。
口にするような水は、飲料水屋さんから買っていそうです。
かつては飲用にしていたのでしょうが、いつの日か衛生観念が改まったものでしょう。

毎日の日課でしょうから当然ですが、水汲みの手際が見事でした。
水をこぼすことなく一定のリズムでスーッとバケツが上がってきます。
ちょうど赤いほうのバケツが満たされるというタイミングで、今度は路地の角から自転車の女性が登場。
やはりこの人もバケツ持参でした。
防災訓練のバケツリレーではありませんが、水汲みは次の人へタイミングよく引き継がれていくのでした。

thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Switar 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(6) | 2007/10/23 Tue

大鵬所城的生活~②小巷

R-D1/Kern Switar 50mmF1.8

大鵬所城の内側へ入るのには入場料が必要です。
しかも、20元といいますから、ちょっとした食堂のようなところなら麺を4ハイ食べれる、もしくは炒飯を3皿くらい食べれる、かなり高い入場料です。
城内は、ほとんどが普通の人が普通に生活しているだけのところなので、料金以上に高く感じる中国人は多いはずです。
わたしは逆に博物館に展示された文物や自慢の城門よりも、その古い街中に暮らす人々の普通の生活が見られるのが楽しく、入場者が少ないためにゆっくりまわれるので助かっているのですが。

右側の彼女は、中国でよく見かける布靴を作っているようです。
これを販売しているのを見なかったので、あるいは自分用なのかもしれません。
脇に漁に使う網がありますが、左側の青年はちょうど鯉を捌いているところでした。
どこで獲ってきたのか、近くに海があるのにそっちへは漁に行かないのか気になります。
ここは、城内の中央の路地で、観光客も通りそうなところなのに、パイプむき出しで舗装もされていません。
何故ここだけ?

いろいろと疑問も湧いてきますが、語学力とそういう話をするセンスの問題で、うまく聴きえませんでした。
わたしは、"散歩の達人"なる高価なカメラバッグを愛用していますが、まだまだこの名前にふさわしい街歩きはできていないのを痛感します。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kern Switar 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(6) | 2007/10/22 Mon

大鵬所城的生活~①50公里

R-D1/Super Angulon 21mm F3.4

今回は、深圳から大きく足を伸ばして、大鵬まで出掛けてきました。
深圳の中心部から50キロもありますが、それでもここは深圳市内。
深圳は東西の沿岸道路を結ぶと100キロくらいある巨大都市で、市内だからと安易に行こうとするとひどい目にあったりします。

客家の住宅は、外側を城壁で囲むかたちで、中に街を形成する"囲屋"というスタイルが多いのですが、ここ大鵬所城はその大型のものです。
1394年にポルトガルやイギリスの侵攻から守るために形成されたといいますから、一般的な囲屋とは成り立ちが少し違うようです。
バスだと2時間近くかかる地の利の悪さか訪れる人は少なく、のんびり客家の生活を身近にすることができます。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Super Angulon 21mmF3.4 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/21 Sun

蘭花開了!

R-D1/Kilfitt Makro Kilar 40mm F3.5

あっ! 蘭が咲いている。

7年ほど前にいただいた東洋蘭のせっこくという品種です。
当時、開いた状態の鉢だったのですが、その後ずっとが咲くことはありませんでした。
けっして7年周期で咲く蘭というわけではなく、単に東洋蘭は素人には難しいと言うだけのことのようです。

これは記録に残すべきと用意したのが、アルパマウントのマクロキラーです。
アルパもやはり10年以上前に買った当初は面白がって使いましたが、蘭と同様その後ずっと未使用状態でした。
レンズもまた同様ですが、そこはアダプターを介してトライ&エラーで距離をずらしていけば、なんとか許容範囲の結果が得られます。
デジタルの恩恵ですね。

でも、光の使い方やピントの甘さ、さらには絵のつまらなさは、どうにもなりませんでした。
次回は、もう少しうまく接写したいと熱望いたします。
何年後にまた咲くのかは不明ですが…。

明日から中国へ出掛けるため数日間休みますので、連投いたしました。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Kilfitt Makro Kilar 40mmF3.5(Alpa) | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/18 Thu

房子貼緊

R-D1/Summarit 50mmF1.5

天満宮から長後駅に向かって歩くと10分ほどで、永明寺に着きます。
ぐるりと住宅に囲まれた寺で、うっかりすると通り過ぎてしまいそうです。
本堂をはじめたんへん立派な建物も、これだけ家が接近して建っていると、かなり窮屈そうな感じです。
それせいではないですが、写真も屋根が切れてしまいました。

西日が強くあたった影響もあって、ズマリット開放がらしさを発揮しています。
ハイライト部はもちろんですが、ピンクの花まで、強く滲んでいます。
手前の植物のボケ方はなかなかよいと思いますが、左下は流れてしまっています。
一方でピントがあっている中央の植物は、開放としてはかなりよく解像しています。
長後の住宅地の中にあって、極小京都な空間にちょっとだけ目を惹かれました。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summarit 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/17 Wed

石獅子

R-D1/Elmar3,5cm F3.5

エルマー3.5cmf3.5というレンズは、ライカで最初の広角レンズで1932年から1950年の間に42503本が製造されたとあります。
わたし自身1本かなり初期の玉を所有していますが、たまたま別のものをお借りする機会がありました。
比較的後期の玉で、コーティングされています。
自分の初期玉が案外シャープで味のある描写なので、コーティングがあれば更に写るのかなと期待します。
しかし、これがまったくひどいものでした。
フードなしがまずかったのでしょうが、ほとんどにフレアが出て、おまけに中心以外はけっこう流れます。
解像度は当然低いです。

ただ、2段アンダーに撮ったこの写真では、フレアが目立ちませんし、周辺の流れもほとんど気になりません。
しかしやはり、雰囲気あるように見える狛犬は、暗部の表現が弱いですし、立体感にも乏しい感じがします。
単に個体差と言っていいのか、あるいはテッサータイプの広角での限界付近ということなのか、はたまたズマロンが開発済みなのでこの頃のエルマーは手を抜かれたのか…。
意外にこのレンズも使っている方は少ないようですが、これはレンズの性能に起因していそうです。

狛犬は市の文化財だと表示がありました。
かなりのハンサムです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar 3.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/16 Tue

想考試及格

R-D1/Summarit 50mmF1.5

通勤ではお世話になっている長後駅ですが、周辺のことは何も知りません。
今度は近場を散歩ということで、駅周辺を少し歩いてみました。
長後駅から真北に住宅地を抜けて畑が見え始めると、長後天満宮が現れます。
天満宮とつくと、大宰府天満宮と同じで、学問の神様菅原道真を祀っています。
とすれば、ちょうど到着時に見かけたこのふたりは受験生なのでしょう。

65000本近くが製造されたズマリットですが、あまり愛用してるという話は聞かないように思います。
市場価格は比較的安いですし、なにしろクセ玉と呼ばれているくらいですから、そういうのを好むファンも多いはずなのですが。
数が多くて安い、というのは好まれないのでしょう。
それよりも、ライツが独自開発したズミクロンにみんな向いてしまって、シュナイダー・クセノンと構成が同じズマリットは、ライツとしては避けられているような気もします。
M用の後期タイプにはズミルックスばりの写りの固体もあるという噂も聞きます。
いま、買うべきレンズかもしれません。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summarit 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2007/10/15 Mon

不是威士忌酒

R-D1/Zeiss Biogon 35mmF2.8

大きな樽に、レンガの貯蔵庫。
ワイン工場でしょうか。
いや、ウィスキー?
ここは、野田ですよ。
もしかしたら、醤油?
キッコーマンの倉庫だということを書くだけにしては、少し遠まわしになってしまいました。

わたしは到着が遅くて何もできませんでしたが、ここはれんが蔵の愛称で親しまれ醤油の醸造行程も見学できるといいますし、この向かいには江戸時代からの屋敷と庭園が公開されています。
ちょっと歩いて江戸川沿いまで出れば、キッコーマンの白い蔵と赤い橋の美しいコントラストが眺められるそうです。
じっくり半日は歩きたい、情緒溢れるエリアなんだそうです。

しかし、もうすっかり暗くなってしまいました。
この時間では渋滞もありますし、カーナビもついていない車なので、どこから高速に乗ったらいいかも分かりません。
帰りを急ぐことにしましょう。
それにしても、車で駆け足にまわった北関東ですが、今度はのんびり電車を使って歩いてみたいと思わせる魅力は十分にありました。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/14 Sun

市民會館

R-D1/Zeiss Biogon 35mmF2.8

真壁を去り、加波山、筑波山という2つの霊峰を左手に家路に向かいます。
途中、少しだけ道をそれて、夕暮れ時の野田市市民会館に立ち寄ります。
困ったのが、野田の繁華街周辺をいくら回っても駐車場が見つからなかったこと。
仕方ないので、近くに"停車"させて、ささっと見て歩きます。

醤油の町野田らしく、市民会館といっても醤油醸造家が市に寄贈した大正時代の邸宅で、併設の茶室とともに市民に開放されています。
母屋はもとより、茶屋、庭園と美しい日本家屋を形成していることを知っていたため、出掛けるチャンスをうかがっていました。
外観を眺めるだけでしたが、それも良しとします。
ここはもう千葉県、また来る機会はあるでしょう。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/13 Sat

紅的圓的懐念的

R-D1/Zeiss Biogon 35mmF2.8

真壁の街中を離れて15分くらい歩くと、古い家や蔵が道の左右に並ぶ、昭和30年代の田舎町の一角そのままの通りがありました。
わたしが見たことがある中では、もっとも日本的で懐かしくも美しい民家のある風景です。
真壁は筑波山から近く、足を伸ばす価値もあるところと思います。
全体の写真はここでは出しませんので、ぜひご自身の目でご覧になってください。

ビオゴンを設計したベルテレも、テッサー、プラズマートのルドルフに匹敵するレンズ設計者です。
有名なエルノスターは1922年に発表されていますので、奇しくもプラズマートと同年です。
1922年、ルドルフが引退から復帰後だったのに対して、48歳年下のベルテレは弱冠23歳というごく初期の頃の設計です。
そしてベルテレは、エルノスターを発展させてゾナーF2、F1.5と立て続けに発表していきます。
1931年、32年のことです。
さらにそのゾナーを基にして、1935年このビオゴン35mmが設計されます(発売は1937年から)。
ルドルフが1933年に引退、35年に逝去していますので、戦前の一時期に光学界でも激動があったさまが分かります。

直後の戦争が、レンズ発展の歴史に影響を及ぼすことはなかったと言えるのでしょうか。
ベルテレは戦時中にツァイスを辞していますし、その後スティル・カメラ用のレンズを設計していたのかよく分かりません。
2つの世界大戦は、ルドルフとベルテレという偉大なレンズ設計者の人生と光学発展史を翻弄していたように思えてなりません。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(4) | 2007/10/12 Fri

美倉

R-D1/Zeiss Biogon 35mmF2.8

結城から真壁までは25キロほど。
ナビゲーションシステムを搭載しないわたしの車は、古い地図を頼りにのろのろと進んでいきます。
昨年の広域合併で、真壁町は桜川市に吸収されるかたちとなったこともあって、かなり近づくまで真壁方面を記す表示がありませんでした。
"歴史遺産 日本の町並み"に登録される由緒ある街のはずですが、鉄道もなく、アプローチに難儀する街の印象です。

そして着いてみると、やはり人影の少ない街で残念に思います。
結城でわずかに見られた観光客はここでは皆無ですし、多少車が行き交うことはあっても、地元の人がそぞろ歩いてなどという情景にはめぐり合うことはありませんでした。
ただ、この日は天気がぱっとしなかったので、これからのシーズンはそれなりに賑わうのかもしれません。

街は、結城よりも古い家屋が多く残っていて、たのしく歩くことができます。
建物も美形です。
この蔵なんて、映画のセットのようです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(4) | 2007/10/11 Thu

等離子体鏡頭

R-D1/Hugo Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5

プラズマート・レンズが設計されたのは1922年。
今から85年も前の話です。
設計者のパウル・ルドルフ65歳のことです。

良く知られていることですが、若くしてツァイスに写真部門を創設した彼は、早くからアナスティグマット、プラナー、ウナー、テッサーと傑作レンズを立て続けに発表し、53歳にして印税生活に入るべく引退していました。
それが、第一次大戦後のドイツを襲った記録的インフレによって、財産を紙くず同然にされ、やむなく現役復帰、フーゴ・マイヤー博士社でこのレンズを世に出したのです。

歴史に"if"は禁忌といいますが、それでもあえて言えば、ドイツが第一次大戦に勝利していれば、プラズマート・レンズは世に出なかったとは言えそうです。
よくテッサー型、ゾナー型、クセノタール型などと名作レンズは、英語で言う"type"を付けて同属レンズを総称します。
しかしプラズマート型という言葉は見た記憶がありません。
恐らく、後世に類似構成のレンズを派生させなかったからなのだと思います。
レンズ設計は多かれ少なかれ過去の設計に影響を受けているでしょうから少し乱暴な言い方かもしれませんが、突然に生まれて、また突然になくなってしまった孤高のレンズといえるかもしれません。

有名なキノ・プラズマートの他にも、マクロ・プラズマート、ザッツ・プラズマート、ミニアチュア・プラズマートなどがあるようです。
前2者は望遠系がほとんどで、距離計連動の問題から未だ手にしたことがありません。
最後のミニアチュア・プラズマートは、すぐに製造打ち切りになった、と表現されているだけで、市場に出たのかも不明です。
ただキヤノンで同じ構成のレンズがあることを確認した"ksmt"さんがそのすばらしい作例を自身のサイトに掲載してくれています。

その影響でキノ・プラズマートも現代のガラス材を使ってリプロダクトしたらどんな写りなのかと考えずにはいられません。
こんな企画でしたら、賛同する人で100本くらい出て、実費限定生産可能なのではと思うのですが、いかがでしょう。

さて写真ですが、増田蓄音器部は結城の裏道にあったかつての蓄音器屋兼レコード屋さんだと思われます。
蓄音器はご存知エジソンが1877年に発明しました。
エジソン31歳。
その頃、ルドルフはまだミュンヘンの大学生だったようです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(7) | 2007/10/10 Wed

捻線綢

R-D1/Zeiss Biogon 35mmF2.8

結城といえば、これは何を差し置いても結城紬です。
街中にも何箇所か紬を織るところがありました。
この日は日曜日なので機織がフル稼働ということはありませんが、女性が一心に機織に打ち込む姿が印象的です。
伝統工芸というと、後継者不足の問題を思い浮かべがちですが、伺うと20代の女性も何人か働いているそうです。
若い人が積極的なんで、心配することは何もないねえ、そうおかみさんが胸を張っていました。

今回、プラズマットといっしょに持ち出したビオゴンは、コンタックス・マウントのものです。
コンタックス=ライカ・アダプターを入手してから、ゾナー、トリオターと標準、望遠コンタックス・レンズを揃えてきましたが、ようやくビオゴンも入手できました。
イエナ製のビオゴンは、後玉に保護用のカバーがついていますが、これを外すと装着可能になります。
距離計に連動しませんし、ヘリコイドの回転角度が大きすぎですばやい撮影には向きませんが、今回のようなのんびり撮影にはじゅうぶんです。
ライカマウントのビオゴンは10万円以上すると思われますが、このレンズは探した甲斐あって2万円代。
でも写りは変わらないでしょう。
条件次第で浮き出るような立体感と、繊細な質感描写を持った優秀レンズと実感しました。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/09 Tue

大衆巴士

R-D1/Zeiss Biogon 35mmF2.8

小山市の中心から東へ15分も走ると結城市です。
同時に栃木県から茨城県に入ったことになります。
ここは商業の町で、中心地に蔵や寺社が多くあって、なつかしい街並みです。
街道からはずれているので交通量もさほどではなく、歩きやすいのもいいです。

ですが、天気が悪かったのが原因と思いますが、人気が非常に少ないんですね。
観光客はもちろん、地元の人もあまり歩いていない。
ついでに言えば、店舗もほとんど閉まっています。
シャッター商店街とか言いますが、そうではなくて、日曜はどこも休むみたいでした。

通りかかる人を入れたい街並みでしたが、その気配はなく、のんびり走るワーゲンバスで代用します。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biogon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(9) | 2007/10/08 Mon

難解決的男人

R-D1/Hugo Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5

もう先々週のことになりますが、お米をいただけるということで、知り合いの家までうかがいました。
車で2時間の栃木県小山市。
せっかくですから、どこかへ寄って帰ってくることにしました。

まずは、朝一番で立ち寄った大平町の郷土資料館。
立派なお屋敷の内部が公開されていますが、ぎしぎし鳴る廊下や金具の装飾の美しい古箪笥など印象に残ります。
そろそろ立ち去る時間だと門前でカメラを構えていると、難しい顔をした男性がうつむき加減に通り過ぎて行きました。
わたしのプラズマット開放独特のどこにピントがあっているのか分からないような表現ともあいまって、横溝正史の映画的世界になったとひとり悦にいっています(ピントは右上の葉の先の雨露のつもり…)。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer Kino-Plasmat 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(7) | 2007/10/07 Sun

偶而蝗虫

R-D1/Shacht Travenar 135mm F3.5

久しぶりの地元目久尻川からです。
最近は、ヒガンバナを植えるのがちょっとしたブームだそうで、墓参りでなくとも、公園などちょっとした所で楽しめるようです。
目久尻川の用田橋から神崎橋の間でも、一面に赤く可憐な姿を楽しむことができます。

実は中央のにピントを合わせて、手前と背後はボケさせるという設定のつもりだつたのですが、ピント、フレーミングとも思い通りにはいきませんでした。
普通なら削除されるべき失敗です。
しかしよく見ると右側のにバッタがしがみついています。
しかもなんだか「やばい、写されちゃう」との裏側に隠れようとしているように見えるのが面白いですね。
撮影位置からはまったく分からず、PC上で初めて気付きました。
めずらしく使った135mmだからこそ偶然得られた自然のひとコマです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schcht Travenar 135mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/06 Sat

四川之旅~⑲到達

R-D1/Wray Cine-Unilite 35mm F2

歩いた時間は正味5時間ほど、かなりの部分をバスとロープウェイのお世話になっているので、頂上に着いたと言っても達成感はまるでありません。
翌朝のご来光は雨で見られなかったので、苦労もなく、報われることもない山登りだったという感じでしょうか。

それでも到着時は崖から雲海が見渡せ、これは誰もが感嘆するような眺望でした。
オランダから来たというカップルは、
「ぼくたちの国には山といえるようなものがない。3000メートル? それどころか多くの土地が海抜より低いんだから。それにしても凄い眺望だ…」
そんなことを呟きながら、ふたりは、いつまでもいつまでも、雲の広がりを眺めていました。

四川の旅は、下山後、さらに楽山、成都と続き帰国の途につきます。
成都から広州の便が1時間以上遅れて乗り継ぎ便出発25分前到着だったため、クローズしていた全日空のカウンターを開けてもらって、時間オーバーの搭乗という地獄から天国の帰国になりました。
こんな小さなトラブルが頻発しましたが、結果的にはいい方向へ導かれ続けた幸運な旅だったようです。

1週間の短いたびをネタに2週間以上書き続けるのは、かなりの無理がありました。
このへんで、終了といたします。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wray Cine-Unilite 35mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/05 Fri

四川之旅~⑱合掌

R-D1/Wray Cine-Unilite 35mm F2

今日は峨眉山に登るため、早起きして7時に出発しました。
3000メートル級の山ですが、そこは観光者に開かれた山で、景点を除くとほとんどバスとロープウェイで山頂まで辿り着けます。
登山をしないわたしにも、あまりにもありがたみが感じられないのではと疑問が浮かぶほど、あっさりと頂上まで辿り着いてしまうのです。
当然九寨溝などと同様、ここにも何万単位の旅行者が入り込んで山の中を右往左往状態で、喧騒やら渋滞やらの世俗的なよしなしごとが溢れてしまっています。

ここ峨眉山は、本来は仏教の聖地です。
現地でもらったイラスト地図を見ると、20あまりの歴史ある古寺がみちみちにあり、そのどこでも僧侶たちが厳しい修行生活を送っています。
聖地巡礼に訪れる僧侶も少なくないようです。
何度かそういった僧侶たちと行き会いましたが、彼らは一歩一歩を大切に登っているように見えます。
観光客とは違う荘厳な雰囲気にこちらの身も引き締まろうというものです。

写真の僧は、山頂までもう少しかというところですれ違ったのですが、遠目からもなにか強い気を放っているような、俗な言い方をすれば凄みを感じさせるというものがありました。
すれ違いざま、わたしはどうした訳か、失礼ですが写真を撮らせていただきたいと、咄嗟に申し出ていました。
僧は、さも当然のように一瞬立ち止まって、これも力強い微笑をレンズに向けてくださいました。
このときわたしは、普通にありがとうと頭を深めに下げたのですが、僧はわたしに向かって手を合わせてくださるのです。
僧侶に対しては手を合わせるものだということを忘れていました。
以降、年若い僧侶、歩くのも辛そうなご年配の僧侶と何回かすれ違いましたが、わたしはその都度立ち止まって手を合わせました。
僧侶も、当然のように手を合わせてくれます。
馬鹿なことを書くようですが、国籍とか宗派とか信仰の有無までをも超えて、それぞれの僧侶からそれぞれに教えをいただいたような厳かな気持ちがしました。
それは何かと問われれば、やはり何かがあったという訳ではなく、旅にありがちな高揚感から来る思い込みであるに過ぎないとは分かっているのですが。

この写真の僧に手を合わせていただいた時は、後にいた数人の人たちにも微笑をかけられたり、暖かい目で見ていただいたりしました。
僧はひとりで歩いていたわけではなく、数人の人を伴っていたのです。
彼らは僧衣を来ていなかったので最初気付かなかったのですが、ですからお弟子さんとは考えにくいですし、従者かあるいはボディガードか、なにかそういうような雰囲気を感じました。

いずれにしても、この僧がどこにおられる、どんな方なのか、今になって非常に気になっています。
この赤い僧衣は他ではまったく見かけなかったからです。
すぐさまチベットの僧かなとも思いましたが、どうも違うようです。

そんなことを考えていたところ、先般のミャンマー僧侶のデモの映像が日本にも伝えられ、見れば彼らはみな同色の僧衣を身に着けていたので、ああっと感慨に打たれました。
その後の報道では、軍政府が寺院を迫害したり、果てには僧侶に向けて発砲したりということでした。
そして、直後の日本人ジャーナリストの死です。
心の動揺と怒りを禁じえませんでした。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wray Cine-Unilite 35mmF2 | trackback(1) | comment(4) | 2007/10/04 Thu

四川之旅~⑰夜寺

R-D1/Wray Cine-Unilite 35mm F2

桃坪から成都を経由して、一気に峨眉山に向かいます。
4時間半の行程のはずが、途中事故渋滞で1時間も動かなくなったりで、7時間の行程になってしまいます。
狭いバスの中、かなりきつい移動でした。
この渋滞の時は、ようやく解消したと思ったら対向車線からのろのろとフロントガラス大破のバスがやってきて、いったい何が起きたのかすっかりと驚かされたりしました。

成都からは、漢字で書かれたチケットを片手に右往左往する青年を案内して、同じバスの人になります。
アイルランドから来たそうで、これから2年かけてアジアをまわると目を輝かせます。
では日本にもと聞くと、日本には残念だが行けない、何故なら日本に1日滞在する金でインドでは1ヶ月過ごせるからと言います。

ちょうど女子ワールドカップ開催中で、成都でも数試合行われたためか、外国人の姿をよく目にしました。
入場券売り場やレストランのメニュー、タクシー乗車時、トイレはどこだ等大概は困っているシチュエーションで、その都度ヘタクソな英語とお粗末な中国語で通訳をかってでることになります。
何度"Can I help you?"を言ったことでしょう。
中国人と間違えられるケースがほとんどだったことから、かなり欧中友好に寄与したと自負します。
日本でだったら、外国人が困っていてもさすがに自主的に助け舟を出したりするような性格ではありません。
というよりは、話しかけられたりしたらまずいと避けるくらいの小心者です。
旅を続けていると、人格をも変えられるのかなあ、と我ながら不思議な気分でした。

さて、薄暗くなりかけた頃、峨眉山の登山口近くに到着しました。
近くの古寺で道中無事の報告をして宿の温泉でくつろぐという計画でしたが、真っ暗な道を引き返す恐怖の寺参りと市民プールのようなせせこましい温泉にすっかり崩壊の憂き目を見ます。
ただ、観光ではなく信仰のために古寺参りしている姿が目立ったことと、閉門時間になっても彼らの参拝を見守っていた僧の姿には救われる思いがしました。
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Wray Cine-Unilite 35mmF2 | trackback(0) | comment(7) | 2007/10/03 Wed

四川之旅~⑯独占

R-D1/Wray Cine-Unilite 35mm F2

夕刻の村はとても静かで、ゆったりと散策しながら、この旅ではめずらしく心安らぐ時間を過ごすことができました。
広場にはゴム跳びする女の子たちがいて、それを遠くから見守るように大人たちがおしゃべりしたりしています。
山から戻った牛飼いと牛が、石畳に一定のリズムを刻んで通り過ぎます。
村には不似合いな柳を見て、山頂に泉があってそこから水をひいているんだよという昼間聞いた話を思い出します。
どこをとっても懐かしさと暖かさに溢れています。

桃坪羌寨を訪れる旅人は決して多くはないと思いますが、それにしてもテレビ局のスタッフを除くと、午後に到着して外来の人にまったく会うことはありませんでした。
宿泊までするのはさらに少ないはずですが、先客2名がいたので、よく見れば松潘からバスがいっしょだった上海からの母子旅行者だったので、互いにびっくりしつつ再会を喜び合います。

宿は、民家の部屋に泊めていただくかたちの民泊施設です。
石造りの立派な建物は、少なくとも200年は経っているそうですが、内装は清潔に保たれていて快適に過ごすことができました。
ここは食事が自慢の宿のようで、近所の人が食事に来ていたりもして、賑やかな宴でした。
自家製の香腸(ソーセージ)が出色で、これだけでご飯がお代わりできるほどです。
ひとり1泊80元は最初高いなあと思いましたが、これまた自家製の青稞酒は何杯飲んでもただでしたので、ほろ酔いかげんに宿代のことは忘れてしまいます。

翌朝はやく、くだんの上海母子といっしょに出発することになりました。
朝いちばんのサプライズは、宿の主人と知り合いだというワゴン・バスの運転手が、ルートをはずれて宿の前まで来てくれたこと。
しっかり先客も乗っています。
家族一同の見送りの中、みんなで大きく手を振り合いながら、このミニチュアのようなすてきな村を後にしました。
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MS Optical MS-Mode-S 50mmF1.3 | trackback(0) | comment(0) | 2007/10/02 Tue

四川之旅~⑮跳舞

R-D1/MS Optical MS-Mode-S 50mmF1.3

村歩きを再開すると、民族衣装の少女がひとり一心に踊っています。
これはどうしたことだろうと近づくと「ダメ!」という具合に怒られてしまいました。
どうやらこれはテレビの撮影だったようです。
安徽省のテレビ局だそうで、驚いたのはディレクター氏とカメラマン氏のたった2名で撮影していたことです。
撮影隊も、こんな田舎に何故日本人が、とかなり驚いていたようでしたが。

結局撮り直しになってしまったので、またいちから踊りが始まりました。
離れて撮影するのは構わないとのことで、何枚か失礼させていただきます。

ここ、桃坪羌寨も羌族という少数民族が1000年以上の歴史を経て形成した村です。
羌族はチベット族と多くの共通する文化を持つ民族で、宗教、言語、衣装、食生活等はわたしにはとんと区別がつきません。
"羌族"とチベット族を表す"蔵族"は、発音も似ていて、どちらかの民族かも分からないことすらありました。
四川省北部には、この2つの民族が混在していていましたが、小さな村単位になると、ここは羌族の村、あそこは蔵族の村、というようにはっきりと分かれているのでした。

羌族は、規模においては蔵族よりもずっと小さなものです。
それでもわれわれには分からない独自の文化が根付いていて、例えばこの踊りなどは民族独自のものに、この村でのアレンジが加わっていて、それが長い年月を経て伝承されてきたものだそうです。

彼女は、この踊りのコンテストで優勝したそうで、村内外のイベントで活躍するミス桃坪羌寨のような存在です。
静かにカメラだけがまわる中で、自然の雄大さに劣らない、堂々とした民族の誇りを踊っていました。
また、写真ではそうは見えないかもしれませんが、かなりの美人です。
すっかりファンになってしまいました。
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MS Optical MS-Mode-S 50mmF1.3 | trackback(0) | comment(2) | 2007/10/01 Mon
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