在学日文的女佣

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8
冒険のような連州の旅から深圳に戻り、もうひとつの冒険に挑戦してきました。
以前、深圳にコスプレカフェができたが、入口の女の子の写真を撮るだけで、入るのが恥ずかしくていつかレポートをと思ってましたが、ついに一線を越えてコスプレカフェ潜入を敢行してきたわけです。

歓迎光臨。
緊張で顔が引きつります。
しかし、店内はなんのことはない、漫画本で囲まれたファミリーレストランといったしょぼいものでした。
冥途カフェではの望みも断たれ、普通にオーダーし退屈な時間を過ごしました。

ただ、入口のメイドさんとオーダーをとりにきたメイドさんは、及第点だったので(点数には意味ないですが)、写真を撮らせてもらいました。
中国語で撮ってもいいかと聞いたのですが、日本語でありがとう、いいです、とピースときました。
おおっ、たどたどしいけど日本語もできるのかと驚きです。
ちょっと近すぎたので、そう告げると、なぜかさらに近寄ってきました。
ああっ、日本語はまだ始めたばかりだったんですね。

日本人が忘れかけた、自信に満ち溢れた視線並びにピースでした。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(8) | 2008/11/17 Mon

熱病再発~⑨向后

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8
卿罡の村は、"中国古鎮遊⑧~広東"に掲載されています。
同書には連州地域を三つ取り上げていますが、いずれもわざわざ訪れるような人は珍しいようです。
ましてや外国人は、途中雑談をした老人はえーっ日本人と驚いて、まわりの人に、この人日本人、この人日本人と触れまわっていました。

いえ、カメラを提げている人間が闊歩しているだけで、当然の如く注目の的になります。
おじいさんと子供たちは、いつまでもいつまでも固まったまま、こちらを見続けていました。

立体感と渋い発色が好ましい Askania ですが、ピントがどうも怪しいです。
今回は、このレンズの良さが伝えられず残念です。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(2) | 2008/11/13 Thu

熱病再発~⑥餐庁

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8
夕餉の時間です。
土間の中央が囲炉裏のようになっていて、まずは火を起こします。
ふいごを吹いて火を大きくし、その上に鍋をセットして水を張ります。
ここまでは娘の役目。
奥で野菜を切っていた母親が食器を持ち出し、鍋のお湯でよく洗います。
客人のわたしは雑談はしますが、することもなく、失礼とは思いながら一枚シャッターを切らしてもらいます。

野菜がいっぱい放り込まれました。
小さな豆も。
これらは名前を聞きましたが、どうにも覚えられません。
そしてペットボトルの油をこれでもかと流し込みます。
数分経ってから頃合をみて器に移し、となりのダイニング(?)部屋に移って、3人でテーブルを囲みます。
御釜で炊いた新米を茶碗によそって、おもむろに食事がはじまります。

野菜料理と白米だけ。
非常にシンプルな夕食です。
ですが、油が少々きついものの味はけっこういけました。
母親がどうかと聞いてきます。
わたしは正直に、日本より油が多いのが気になるが、美味しいと思うと答えました。
外国人に食事を出すなんて初めてだったでしょう、ホッとしたようです。
ようやく緊張が解けたからか、彼女は少しずつ語り始めました。

ほとんど毎日食事はこれだけだそうです。
肉は3ヶ月食べていないと言います。
鶏はいますが、現金収入が無く、どうしても自分たちで消費するわけにはいきません。
入場料収入がけっこうあるのだろうから、みんなに分配していないのかと聞くと、わたしたちには廻ってこないとのこと。
恐らく"幹部"が潤う仕組みがあるのでしょう。
"少数民族優遇政策"をかかげる中国ですから、補助があるのでは。
あることはある、だが、たったの150元だけ、これでは食事の足しにもならない…。
そればかりか子供が小学校に通うのに1年に500元必要だといいます。
そこには暮らしていくだけで精一杯の現実がありました。

彼らは、瑶王と言われたこの地方の大人物の末裔です。
壁には毛沢東が当地を訪れ団結を呼びかけた際に謁見した時の写真が掲げられ、その旨の説明書きもあります。
その家にしてこの状況。
それどころか、見学にやってくる観光客に手製の米酒を振舞っていくばくかの小銭を貴重な現金収入にして、それでもひとり娘を学校にやるのがすべてという現実があります。

一続きになったふたつの部屋を同時に照らす裸電球があるだけの暗い部屋で、わたしの箸の動きはどんどんと鈍くなっていきました。
鼓の演奏を聞かせてくれた老人の他、卵を勧める老婆、野菜を売る乳飲み子を抱えた婦人…。
それぞれに生活があったわけですが、そんな人たちの姿が次々に思い出されてきました。
この家には電球が灯っていたので、電気こそ通じていたはずです。
ただ、テレビはありませんし、ガスなんてもちろんないし、水は泉から引かれたものを桶に溜めて使っています。
冬はときどき積雪があるといいますが、暖房はありません。
服を着こんで寒さに耐えるしかないのです。

先月滞在した貴州の村では、もっとずっと豊かな生活をしているように見えました。
観光客が来るようなところではなかったですが、少なくとも食事で困ることはなさそうでしたし、子供たちですら携帯電話を持ち、オリンピックではバスケットのヤオミンを応援していたと言っていました。
彼我の差はなんなのでしょう。
訊ねようと思ってやめました。
そんなことを聞いても答えはでないでしょうし、比較してどうこうという発想が彼らに失礼です。

ご飯が美味しかったのでおかわりしましたが、母親はなんと3杯食べていました。
畑仕事をするのでどうしてもお腹が空くのだと笑って照れ隠ししています。
ひとしきり日本のことを話したりしてから、共同浴場のようなところで入浴させてもらいました。
この位の寒さならみな水を浴びるそうですが、わたしにはコイルの熱線で暖めたお湯が用意されていました。
心遣いに感謝します。

それから部屋を貸してくれる親戚の家まで行くと、その家ではちょうど食事中で、やはりいっしょに食べましょうと勧められます。
食事は済ませてお腹いっぱいですが、少しだけいただいていいですか、そういってわたしと母親は茶碗を手にします。
母親にとってなにより嬉しかっただろうことに、食事には肉がありました。
ただし、これは狗肉。
美味しいことは間違いなく美味しいですが、お腹が膨れている上に、足許で犬がじゃれついた中ではその犬の目を直視できません。
彼女は肉に、わたしは米酒に舌鼓を打つことになりました。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(12) | 2008/11/09 Sun

熱病再発~⑤180

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8
秋天的太陽落得快。
秋の日はつるべ落としを中国語で書くとこうなります。
実際によく使われる言葉なのか分かりませんが、日の落ちるスピードは日本も中国も変わらないと実感します。
瑶王の家に戻ったときは、ほとんど真っ暗になっていました。

桂林という地名はご存知の方も多いと思います。
小高い山が幾層にも連なる奇観で、中国山水画そのままの世界です。
ここ連州周辺も、同様の風景が広がっています。
地図を見ると、深圳から桂林への陸路は、広州から連州を通っての一本道です。
しかも連州まで来ると、深圳に戻るより桂林へ行った方が近くなります。
連州から桂林まで、ずっとこんな景観が続いているのかもしれません。

千年瑶寨は、石造りの家が立ち並んでいます。
この石は、恐らく周囲の景観を形成している地形と関係がありそうです。
村までの道中にも、多くの石が露出しているところを見ましたが、色や質感を見る限りそれらの石がそのまま家の外壁に使われているように思ったからです。
ヨーロッパの家屋の屋根に使われているスレートにも似た、軽量且つ強度のある石に見えました。
先月訪れた貴州の家はほとんど木でできていました。
中国に限ったことではないですが、民家のつくりを見れば、その風土が見えてくるといえるのではないでしょうか。

瑶王の家の前はテラスのようになっています。
山の中腹ですから、目の前を遮るものの無いパノラマが広がっています(ただし180度なので ksmt さんには物足りないでしょうか)。
50mmレンズでは、左右の山は収まりきらず、目の前の山も切れてしまいました。
なんと雄大な景色。
こんな環境で暮らす村の子供たちは、心の広い人に育っていくに違いありません。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(8) | 2008/11/08 Sat

熱病再発~④要銭

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8
日没ぎりぎりまで散策してこよう。
カメラを握り締めて、瑶王の家を飛び出します。
高度があるため空気はたいへんひんやりしていますから、がんがん歩き回っても苦になりません。
汗が心地いい、そう感じられます。
気温30度の大都会深圳から来ると、ここの空気は新鮮で美味しいのです。

だいぶ陽も落ちかけていますが、今回は雨や霧がなく、眺望も楽しむことができます。
惜しむらくは、この日も曇ってしまっていたため、夕日を見ることはできませんでした。
村は西に面しているそうで、向いの山々に消えていく夕日の景色はもちろん、西日があたってオレンジに染まる家の壁もさぞかし美しいだろうと容易に想像することができます。
やはり、秋から冬にかけては曇りがちで、7、8月が最高だと言うことです。
避暑と夕日ですね。
よし、次にまた来る理由ができたぞ、とそんな気持ちになりました。

気分好く歩いていると向こうから老人がやってきました。
一瞬、狩の道具かと思われた長い器具は、よく見れば鼓で、音楽を奏でるための伝統的な衣装を身に纏っているようです。
目が合うと思いっきり相好を崩して、話しかけてきました。
カメラを指差し写真を撮れと言っているようです。
言葉はよく分かりません。
では、撮らしてもらおうとカメラを構えると、また何か言っています。
分からないでいると懐から1元札を取り出し、これこれとやっています。
写真を撮らせてやるから、金を寄こせということのようです。

老人は独特の舞を見せ、不思議なリズムで鼓を打ち鳴らしました。
正直、あまり好い気持ちではありませんでしたし、気乗りしなかったのですがシャッターは切りました。
1元札を見せていたので1元渡せばいいかと思いましたが、1分間も踊ってもらって15円ではかわいそう。
5元手渡したところけっこう喜んで受け取ったので、1元でもよかったのかもしれません。
写真はご覧のとおり。
気持ちが反映したのかブレてしまっていました。

ほんのひと月前に訪れた侗族の村の純朴と比べてしまうので、苦笑を禁じ得ませんでした。
しかし、その後この村の人たちと話し込むうちに、この老人を笑ったり侮蔑したりそんなことは許されないことなのだと気付かされます。
やはり、同じような外見の村であっても、事情はそれぞれにあって、一律に捉えてはいけないのです。
詳しくは次回以降で。

今回の旅は、美少女との出合いも、それを空想で劇化したストーリーも登場しません。
わたしひとりが、苦悩したり、声援を送ったりする、内向性の強い旅になりました。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(7) | 2008/11/07 Fri

熱病再発~②房子

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8
瑶族も、先月訪れた貴州省の苗族や侗族と同様、規模の大きな少数民族のようです。
一般的には、ヤオ族と表記されます。
人口は、中国全土で約260万人。
広西、湖南、広東など中国南部に集中しますが、タイ、ベトナム、ラオスなどにも広く存在するようです。
そういえば、むかしタイ北部のチェンライから山岳トレッキングをした経験があり、このときヤオ・ヴィレッジを通過したと記憶していますが、彼らは親戚だったのですね。

今回訪れた村は、千年瑶寨と呼ばれていて、文字通りこの山岳の地に1000年以上の歴史を築いていると記録があるそうです。
その名称自体は観光の臭いがちらつきますし、35元という安いとはいえない入場料も徴収されます。先月訪れた侗族の村の素朴を思えば違和感があります。
それでも、この村の美しさを体験したく、長い道のりをやって来たという訳です。

道のりといえば、村へ向うタクシーは道路工事中のため、村道から大きく迂回して高速道路を走りました。
当然有料なのですが、そこは管理の緩い中国の田舎ということで文字通りの抜け道が存在します。
料金所の手前に車一台分の柵の切れ目があって、そこを出入りすることで支払いを免れます。
地元の車はみなそうしているようでしたが、驚いたことに路線バスまでもが、同様に高速道路を無銭利用していました。
公共交通機関がそんなことする必要があるのか、なんとも不思議な光景です。

これも中国ではよく見る風景ですが、高速道路は歩行者やら自転車やら地元ではよく整備された生活道路として利用されています。
交通量が少ないからよいのでしょうが、傍若無人に道を横切る人がいたりして、よく事故が起きないものとはらはらします。
さらには、牛飼いがぞろぞろと牛を引き連れていたのには笑い呆れるしかありません。

わたし自身も高速道路を歩いたことがあります。
高速バスで車掌に行き先を告げていたので途中で降ろされたというわけですが、運転手が忘れていたためインターチェンジをずいぶんと過ぎていて30分も歩く羽目になりました。
日本の高速道路と違って路肩がほとんどないので、かなり怖い体験でした。
何よりも高速道路をとぼとぼ歩く、自分自身が恥ずかしい…。
それよりも情けない体験をした人がいるのを知っています。
タクシーで高速を走っていたときに尿意を催して、パーキングエリアはないと言われ、道路上で済ませてしまったのです。
実は、わたしの父なのですが…。

閑話休題。
村人にこの家がどのくらい古いか問うたところ、1000年と軽く返されました。
先ほど観光臭いと書きましたが、瑶族には、ごく自然に千年瑶寨という名称の由来が信じられているようでした。
恐らく建物そのものは100年も経っていないのではないかと思われますが、村の基礎は1000年前からあって祖先が住み続け、今の建物に至っているという意味の回答なのでしょう。
答えた親父さんの顔は、なぜ当たり前のことを聞くのかというように自信に満ち溢れていました。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(8) | 2008/11/05 Wed

鎌倉的假日~⑤窟

R-D1/Askania 50mm F1.8

杉本寺が源頼朝によって再建されたのに対して、向かいにある報告寺は足利時家によって創建されたそうです。
時家が自害の折に「わが命をつづめて、三代の中にて、天下を取らしめ給へ」の言葉を残していますが、その孫尊氏はこの言葉に発奮して天下を収めたと言われています。
その足利一族の墓が、報国寺のやぐらとして残っています。

そんなことも知らずに撮った1枚では、植物は流れるようなボケですが、やぐらは味わいいっぱいのボケ味を出しています。
それにしてもこの樹は何と言うのでしょう。面白いですね。
そういえば、植物に造詣の深いksmtさんとご一緒していたのですから、たずねればよかったです。
楽しかった鎌倉散歩は、この時期は日が短くて、あっという間に終わってしまった印象でした。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(2) | 2007/11/09 Fri

鎌倉的假日~④断尾

R-D1/Askania Kino-Anastigmat 50mm F1.8

ゆっくりペースに鞭を入れるように、立て続けに向かい側のお寺に駆け込みました。
報国寺です。
ここは、竹の庭で名高く、拝観料ではなく、庭への入場料(恐らく)が200円必要です。
この庭には茶室もあって抹茶がいただけるようでしたが、これは500円かかるうえ、わたしたちが着いた頃にはもうありません、とにべもありません。
確かに竹の庭はすっくと伸びた竹が独特の空間をつくって、心を落ち着かせます。
ただ、規模が小さく、一般に寺院まわりに竹林というのは普通にあることなので、短時間の散策では竹の庭のありがたみがいまひとつ理解できませんでした。
もうひとつ分からなかったのが、写真の尻切れ文字です。
「竹の…」となっていますが、竹の何かが検索などしても解答が見つけられません。
これが読めていれば、もしかしたら平凡に思えた竹の庭の印象は大きく変わるでしょうか。
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Askania Kino-Anastigmat 50mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2007/11/08 Thu
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