印尼女子高生

Honor 50mmF1.9
ビンタン島シリーズは昨日が14日目の最終回のはずでしたが、もう1日だけ延長させていただきます。
本来今日からの写真が足りなかったのです。
いつも、土日に撮影して月曜から翌日曜まで1週間スパンで後進するスタイルですが、数日以上の旅行の時は倍の2週間に延ばしますし、撮影数が足りないときは微調整もしなくてはなりません。
一定の決め事を作りつつも、フレキシブルに対応しないと、ブログの毎日更新はまずは無理です。

そういうアデイショナル・フォトにうってつけの1枚がありました。
シンガポールに戻るためにフェリー港に向かって歩いていたところ、隣接するペニェンガット島行きの船が出る埠頭の入り口で女の子ふたりが歩いているのを呼び止めて撮影させてもらったものです。
このシチュエーションならダルマイヤーのペッツバールで撮影したいところですが、スーツケースを引いて歩いている中で、ペッツバールもカバンの中で取り出す時間がなかったのが残念でした。

ふたりはペニェンガット島に住む友達同士だそうで、島には高校が無いので毎日船で通学しているのだそうです。
左の女の子が着ているのがどうやら制服のようですね。
緑の校章と思しきワッペンが光っています。
右の女の子もジャージ姿なので、高校では制服でもジャージでもどちらでも通学してよろしいということなのでしょう。
双方を同時に見られたわたしはラッキーだったと言えそうです。

女の子はふたりともなかなか可愛かったです。
特にすてきな眼の持ち主でした。
ふたりともとてもシャイで、よく撮影を承諾してくれたなと思います。
はにかみが、右側の女の子の不思議な手の所作に表れています。
ほとんど英語が通じなかったビンタンの旅で、さすが現役高校生たちとはコミュニケーションには問題ありません。
もっと早く親しくなっていれば良かったです。

写真を数枚撮っていたところで、バイクのおっさんが通りかかったのですが、彼が何か言うと女の子たちはわーっと船の方に走って行ってしまいました。
イスラム女性は写真はご法度とかそういうことではなく、たぶん、顔見知りのおっさんに写真を撮られていることを冷やかされて恥ずかしくなっただけだと思います。
余計なことしやがってと腹が立ちましたが、案外、こんな幕引きも悪いものではないなと思いなおします。
彼女たちの背中にサンキュー!バイバイ!と叫ぶと、一瞬止まって手を振り返してくれました。
ほんの2~3分のごとでしたが、旅の最後にビンタン島のイメージをずいぶん高めてくれた出来事です。
さらに数分後、わたしはスーツケースをごろごろと転がしながら、作例の前方に見えているはしけを歩いて出国審査の列に並んだのでした。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/03 Mon

請找真的人

Honor 50mmF1.9
町中のマーケットで見かけたマネキンです。
イスラム女性の付けるヒジャブというスカーフのような衣装を展示しています。
マネキン本体から首だけ外してディスプレイするというのは、ヒジャブがインドネシアの女性にとってとても大切なものだということを示しているように見えます。

ところで、この中にひとつだけ本物の人がいるのが分かるでしょうか。

撮影したわたしにも店員さんがなんでこんな位置にいるのかとても不思議です。
このでディスプレイを見たときに面白いと思って、目が合った店員さんに撮ってもよいかとカメラを見せつつアイコンタクトを取って、彼女から笑顔のOkサインをもらったのです。
マネキンヘッドにカメラを向けたときに、恐らく彼女はわたしが座ったままでは邪魔になってしまうと感じてマネキンの陰に隠れようとしたとしか思えません。
お尻隠して頭隠さずになってしまったようですが。

ペッツバールをずっと使っていましたが、今回のダルマイヤーの11cmはペッツバールとしては焦点距離が短く使いやすいレンズです。
それは20cmのものなどと比較すればすぐに分かるくらい、使い勝手の良さを実感できます。
しかし、50mmレンズに切り替えた途端、撮影対象の距離感がぐっと縮まるのが体感できました。
50mm標準レンズの距離感覚というものが存在するのです。
これが、旅先で愉しく感じられる距離なのだろうなと思うのです。

ただ、カメラがレンジファインダーからミラーレス一眼に変わっています。
しっかりと調整されたレンズなら距離計で合わせる方が、ピント合わせはずっとスムーズのようにも感じます。
それに、α7の外観デザインはいかにもカメラ的で、スナップにはライカの方が適しているような、そんな気がしないではありません。
とは言え、大型の一眼レフに比べるとコンパクトカメラで何となく撮っているような臭いが濃厚ですし、わたしなどは手がでかいのでカメラを覆うようにホールディングしてよりカメラを小さく安っぽく見せることができ、カメラで狙われている感はぐっと抑えられるかなと思います。

一方で、声掛けしてポートレイトを撮るときはそれが逆効果で、より大型で高級なカメラで撮った方がモデルになった方の気分も乗るでしょう。
そこで、効果を発揮するのが金色で大型のペッツバールレンズです。
さらに製造年などを伝えると、驚きと強い好奇心を持ってレンズを見つめてくれるのです。
国内の撮影では江戸時代に製造されたレンズですと言うとよりインパクトが強いのですが、さすがにインドネシアでそう言っても通じません。
その国の歴史を調べておいて、○○王朝時代のレンズとか、ビクトリアン・ピリオドの製造とか、シビル・ウォーの何年前とか説明すれば、やはりインパクトが強くなるでしょうね。

インドネシアの年表では1873年にアチェ戦争が起きていて、このあたりがダルマイヤーの製造年に近く、ペッツバールの製造年代に合致します。
アチェ戦争は、スマトラ島北部の当時のアチェ王国に対して、植民地支配を強めようとオランダが起こした戦争です。
戦いは40年にわたって続き、オランダが平定したかたちですが、インドネシア側の試写は5万人以上、負傷者は100万人を超え、オランダ側も1万人の戦死者を出したと記録が残っているそうです。
今ではアチェ州となってインドネシアからの独立運動を続けた経緯があって、一般のインドネシア人にはアチェ戦争がどのように伝えられているか、あるいは知らされていないのかはよく分かりません。
その意味でもアチェ戦争の時代のレンズだと言って、相手のリアクションを見るべきだったかも知れないと思ったりしています。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2014/03/02 Sun

瑞宝鏡頭

Honor 50mmF1.9
旅に持参したレンズは、スーパーアンギュロン21mmF3.4、オナー50mmF1.9、ダルマイヤー11cmF4の3本です。
広角・標準・望遠のセットであり、ライカ・ノンライツ・マウント改造レンズのセットでもあります。
それぞれに性格の違うレンズたちなので撮り比べて楽しいだろうと思ったのですが、到着後町中で撮ったスーパーアンギュロンはまったくダメでした。
画面が均一にならないのは当然としても中心部、その周辺画面4隅と光量に激しい差があります。
それはそれで面白い効果を出しているとは言えますが、わたしの好むところではありません。
くわえて、中心で対象を捉えるという基本ができなくてついつい周辺に被写体を持っていってしまい歪んだうえに光量不足で不自然な絵ばかりでした。

スーパーアンギュロンは早々に見限ってダルマイヤーを使い続けましたが、最後の半日はレンズ交換しようと考えていました。
R-D1からスタートしたデジタルカメラ生活もM8、NEX3、X-E1を経てようやくフルサイズのα7に到達したことで、これまでの標準レンズ群をあらためて使いなおさなければと思っていたからです。
ようやく、フィルム・ライカで使用していた画角と同じになって、さりとてレンジファインダーのファインダー越しとは違う、レンズを通して眺めるという自分としては新たな地平で再出発するような気持ちになっていました。

そこで持ち出したのがオナー50mmF1.9で、使用するのは実に7年振りということになります。
イギリスのカメラ店で、日本円にして5万円ほどでレンズ単体で売りに出されたのですが、当時はまだレンズ趣味という人が今ほど多くなく、レンズよりもオナー・カメラの方がより関心が高かった時代だったと見えて、欲しがる人は他になく、逆にいろいろなレンズを集めていたわたしには使わないボディの無い売り物ということでありがたく入手することができました。
その前に買っていたノンライツノ代表レンズとも言えるエクター47mmF2はレンズ単独では見つけられず、ミリタリーカードンとのセットで20万円近くの出費を強いられましたが、案の定、カードンの方は1度使用しただけでその後は棚に鎮座したままになっていることを考えると、オナー・レンズ単独入手がいかにありがたいことか理解いただけるでしょう。

国産ライカ・コピーに詳しい方は多くいらっしゃると思いますが、わたしはまったくの無知で、調べてみてもそれほどの情報は得られず、例のハードカバー本"Leica Copies"に頼るしかありません。
それによればオナーというカメラは瑞宝光学(初期には目黒光学)が製造しており、S1タイプ1、S1タイプ2、S1タイプ3、SLの4種類が存在しますが、製造数はタイプ1が300~400台、タイプ2とタイプ3合わせて900台、SLも500台ほどの生産だったとしています。
マックスで1800台ほどですから、やはりかなり希少なカメラだといえますね。
1956年から60年まで製造していたようですが、ライカ・コピーとしては後発でライカM3発表の2年後からのことになるので、バルナックのコピーが成功するはずもありません。

興味深いのはレンズで、タイプ1では小西六からヘキサー50mmF3.5とヘキサノン50mmF1.9の供給を受けていましたが、タイプ2になってからオナー50mmF2とオナー50mmF1.9と自社ブランドレンズに切り替えていることです。
短命のメーカーがレンズを2種も設計してるとは考えにくく、いずれも小西六のレンズの鏡胴とレンズ名を買えただけのものと考える方が自然でしょう。
50mmF1.9はそのままヘキサノンだと想像できますが、F2の方は素性不明です。
ライカマウントはもちろん、レンズシャッター機でも小西六の50mmF2レンズは検索して見つからなかったので、あるいは別のメーカーからの供給とも考えられますが、F1.9があるのにわざわざ他メーカーからF2をあっせんしてもらう必然性がありませんし、これこそ瑞宝光学オリジナルのレンズだったのかも知れませんね。

それはともかく、オナー50mmF1.9レンズとα7の相性は抜群で、嫌味でないあまりデジタルっぽくないこってりした好い描写を見せてくれます。
ビンタン島の空気をよく描いているような気すらします。
ヘキサノンもまったく同じ描写をするのか、あるいはオナー独自の味付けがあるのか、たいへん気になるところです。
タイプ2と3、SLを合わせると1400台ほどが製造されたようですが、そのすべてにオナーが付いていたとするとF2の方はより希少なので1200本がF1.9、200本がF2というところかと想像しています。
滅茶苦茶にレアなレンズとは言いませんが、それでも1200本もあるようなレンズとは思えません。

レンズの製造番号は61639ですが、カメラの製造数から考えれば6万本以上のレンズを作ったとは考えにくいです。
頭2桁は別の意味を持つ番号でこのレンズが639番を意味するのか、ロシアレンズのように頭2桁が製造年の意味で、1961年の639番目の製造という意味なのか、いろいろと想像が膨らむところです。
ライカ・コピー機のコレクターであればオナー・カメラは多くの人が所有しているでしょうから、みんながレンズのシリアル番号を提示すれば、レンズの製造本数などが浮き彫りになって来ることでしょう。
そういう試みはできないものでしょうか。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/01 Sat

世界師傅

Honor 50mmF1.9
路地で古い家にカメラを向けていると、何を撮っているんですかと、少し不審そうに男性から声をかけられました。
民家の撮影はまずかったのかなと思いつつ、古い建物が美しかったのでと、中国語で聞かれたので中国語でかえしました。
すると、男性の顔が少し緩んで、前方の家を指さしながら、わたしはあそこに住んでいるのですが、骨董を蒐集していますから、よろしければ見に来ませんかと誘われました。
もしかしたら骨董を売りつけられる心配もありましたが、散策してからお昼を食べてシンガポールに戻るだけだったわたしはさいわい財布の中には500円ほどしか残っていなかったので、散在の心配もなく喜んでついて行くことにしました。

彼はわたしは世界だと名乗り最初は何を言っているのか分からなかったのですが、どうやら世界さんというすごい名前の持ち主だと分かりました。
申し訳ありませんが、名のインパクトが強すぎて、黄さんだったか洪さんだったか姓が何か忘れてしまいました。
年齢は70歳ですが、背筋はぴんとしていて元気そのもの、笑うことが絶えない人だったのでよく言うように笑うということが健康にとてもよいのだなあと感じさせられます。
自宅がカニの卸しをやっていて大きな水槽が入り口にありましたが、このことは彼の骨董人生と大きな関係があることを後で聞きました。

世界さんのコレクションのほとんどが作例の通りの陶器です。
16世紀頃の大公開時代の幕開きと同時に景徳鎮などではヨーロッパ輸出用の陶器を多く製造していましたが、東南アジアに対しても香辛料を輸入するための船に陶器を満載して福建の港などから出港していたようです。
あるいは、満載の陶器の一部をインドネシアで売って、空いたスペースに同地で買った香辛料を積んで、イタリアやスペインへというような貿易が主流だったのかも知れません。
それら貿易船はインドネシア周辺で何隻も難破しているそうで、最近になっていくつもの沈没船が発見されています。
中国に引き返す船であれば積み荷は香辛料で発見時には船内もぬけの殻だったでしょうが、16世紀の陶器がそのまま積まれた船もいくつも見つかっているそうです。
難破船の積み荷というと金塊と想像してしまいますが、今や景徳鎮の名品だって金塊に負けない価格が付く時代ですから、仮に新しい難破船が見つかってもシンガポールでそっくり業者に買い取られて庶民の手に届くことはないと聞きました。

しかし、世界さんは若い頃、恐らく蟹の商売がようやく順調になってきた、そんな時期なのでしょう、水産関連の人の伝手で引き上げれた景徳鎮を見せてもらいました。
これも想像ですが、歯を食いしばる思いで必死に働いて来た世界さんにはこれといった楽しめる趣味もなく、インドネシアの海に眠っていた数百年前の陶器を前に、その美しさや物語性に引き込まれていったのではないでしょうか。
今よりは全然安かったとはいえ、懸命に働いてお金と尊さを知る世界さんには思い切った決断で、景徳鎮を手に入れたときは相当にうれしかったつたのではないでしょうか。
彼の母国の至宝でもあるのですから。

そうやって手に入れてみると、自分のお宝がどのようなものかを調べたくなるはずです。
彼の部屋には古書を含めて、陶器や骨董の書籍が、それこそコレクションのように置かれていました。
調べれば調べるほど他のものも気になったでしょうし、骨董の仲間もできたというので、きっと以降はモノが見つかるたびに家計を気にしながらもひとつひとつと蒐集していったのだと思います。
世界さんは20点ほどのコレクションをわたしに見せてくれましたが、すべて包装紙と木箱の中に慎重に保管されていました。
シンガポールでのオークションで同じものが時々出品されるのでそのときの雑誌記事などのコピーも見せながら説明してくれるのですが、安いものでも数百万円、作例の花瓶などは千万単位の落札額でした。

わたしは骨董のこと陶器のことはさっぱり分かりませんが、こういう話を聞くのは大好きです。
幸いなことにあまりに高くて、1個譲ってくださいなどという気持ちにもなりません。
もっとも棚には数万円程度のものがいくつも並んでいたのですが、名品の数々を見せられた後では、申し訳ないですが、ガラクタのように見えてしまいました。

さて、この話、少しレンズのことに似てなくもないですね。
以前は知る人ぞ知るだったマイナーなレンズがインターネットの出初めに安く販売されて、手に入れた人が出ましたが、今やキノプラズマート5cmF1.5が銀座の某店で3本並んで1本数百万円の値が付いているというように。
価格のことは別として、わたしもカバンに入れていたダルマイヤーのペッツバールを取り出して、これは1860年頃に製造されたレンズでというように説明すると、世界さんも楽しそうに聞いてくれていました。
その分野はわたしの専門ではないが、そんなレンズを集めているということは理解できるし、だからあなたがわたしの陶器の話を喜んで聞いていたのも当然のことだと言っているかのようです。
国境、年齢、言葉の壁、趣味の違いを超えて通ずるものがあるということですね。

よければいっしょに食事をしようと誘ってもいただいたのですが、昼過ぎの船でシンガポールに戻らなければと言うととても残念そうでした。
でも、また来たいと思っているので、そのときはまたコレクションの話を聞かせてくださいとお願いしました。
その時には、ぜひ蟹をご馳走してくださいねと言うと、世界さんも笑っていました。
実は、5万円ほどだと言っていたお皿で気に入ったものがあったのですが、次回はそれを安く売っていただこうかしらなどと、帰りのフェリーの中で考えたりしました。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/28 Fri

印尼的中国人

Honor 50mmF1.9
翌朝は早起きして、タンジュン・ピナンの町を歩いてみることにしました。
この日の2時のフェリーでシンガポールに戻り、そのまま空港へ向かって、香港経由で東京を目指すのは来たときと真逆のルートです。
朝食は宿泊料に含まれていましたが、小さいホテルにありがちな品数の少ないビュッフェはあまり好きではないので、町で食べようと考えます。
英語の通じにくい町で、唯一会話が成り立つ食堂があったのですが、真っ先に出掛けてたところ月曜日のせいか開いていませんでした。

この食堂はインドネシア華人のやっている小さなそば屋さんで、到着した日に散策していて店先に雲吞麺・鶏肉麺と漢字で書かれていたので、あれっと思って見ていたら、どうだい食べていくかいと中国語で聞かれて思わずいただきますとテーブルについたのでした。
店は店主のおじさんと、息子と娘、あとバイトの女性の4人で切り盛りしていましたが、昼時だったせいかそれなりに繁盛しているように見えました。
ということは旨いということでしょう、雲吞麺の出汁はエビで取っているようで、ふだん日本で食べているとんこつラーメンとは違う独特の味わいが新鮮に感じられました。

食べ終わったタイミングでおじさんがシンガポールから来たのかと聞くのでそうだと答えました。
わたしはシンガポール経由で来たというつもりで答えたのですが、おじさんの方はシンガポール人かというふうに聞いていたようです。
その後しばらく話したあと、わたしが日本人だと分かるとかなりびっくりして、ふたりの子どもを呼び寄せてこの人日本人だってと紹介し、その子どもたちも同じようにびっくりしていました。
日本人の客なんて初めてだったのかも知れません。
娘は、正直言って不器量という言葉が似合うルックスでしたが、愛嬌があってまたどこかシャイで好感が持てました。
その後しばらくふたりで話したりしましたが、この子は土日だけ手伝っているようで、残念ながら再開することができませんでした。
あの日の夜に食事にでも誘えばよかった…。

ビンタン島にはかなりの割合で華人が住んでいて、恐らくその多くは戦後に大陸から移住してきた華僑ということのようです。
おじいさん世代はもう言葉を忘れちゃったと言い、そのおじいちゃんから習った子ども、その子どもから習った孫というように段階を追って中国語はあやふやになるようでした。
しかし、ちょうどそのくらいがわたしレベルの中国語と会話するにはちょうどよかったようで、出合った華人の人とはすぐに親しくなりました。

インドネシア人のドライバー、イムンはタンジュン・ピナンで店舗を持って商売している人のほとんどが中国系だと言ってあまり面白くはないと思っているのはよく分かりました。
そういえば、わたしが学生の頃だったでしょうか、インドネシア人が中国系国民を排斥する運動が活発だったのをニュースで見た記憶があります。
インドネシア経済を牛耳っていたのは、民族的にマイノリティのはずの中国系で、土着のインドネシア人は貧困にあえいでいるということのようだったと思います。
イムンは、中国系との対立は今は無いと言い切っていましたが、それでも心情的にはどこかやりきれないものを感じているようです。

雲吞麺屋のおじさんもその子どもたちも、一見するとインドネシア人とはごく普通にお付き合いしているように見えました。
ふだんの会話はもちろんインドネシア語です。
ベトナムやフィリピンなどとは違って、インドネシアは中国との領土問題を抱えていないのも幸いだったかも知れません。
いずれにしても苦難の対立の歴史を経て、今はインドネシア国民として共存しているように見えました。
中国人だって周囲に溶け込むことができるということですから、大陸の偉い人たちも今に変わっていくんだということを証明しているのだと信じたいと思います。

さて、店舗を持っているのは華人中心でも市場へ行けばインドネシア系の世界になります。
どこの土地でもそうですが、市場はスナップの宝庫ですから、スナップのスランプになったらアジアのマーケットへ行けというのは金言です。
シャイな人が多かったインドネシアの中で、いちばん眼力の強い女性ナンバーワンは彼女でした。
【Alpha7/Honor 50mmF1.9 F1.9】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(2) | 2014/02/27 Thu

R-D1/Zuiho Honor 50mmF1.9

世界のライカ型カメラという本に、このオナー50mmF1.9が紹介されています。
しかし、わざわざ探してまで使うだけの魅力があるわけではない、そうそっけなく触れられているだけです。
他にこのレンズについて語られたものを読んだ記憶がないだけに、少々残念に思っています。
一説によれば、小西六のヘキサノン50mmF1.9と同一のエレメントと聞いたことがありますが、確かめるすべはなしです。
わたしが少々使った印象では、かなり発色が淡く出て、目に優しく写るのが最大の特徴と感じました。すっきり上品、知的なイメージです。
ボケはざわついた感じですが、あっさり発色のためかそれほどうるさくはなく、おもしろい表現になります。

さて、ビデオを見せていただいたりして2時間近くも長居した開高記念館を立ち去るときが来ました。
出口はあちらのようです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2006/12/16 Sat

葡萄銘酒

R-D1/Zuiho Honor 50mmF1.9

この部屋は、もともと寝室だったのでしょうか。
企画展示がレイアウトされ、その反対側にワインと著作が並んでいます。
ラファイエット、ラフィット・ロトシルト、ラトゥール、ムートン・ロトシルト…。
こんな並べ方は、ワイン好きにはちょっとできないだろうと想像しますが、文豪には関係なし。旨い順番に胃に収めていくだけです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2006/12/15 Fri

書房没主人的

R-D1/Zuiho Honor 50mmF1.9

公開された開高文豪の書斎を見ると、ある種の感慨を禁じえません。
主なき書斎とうたわれていますが、まさについこの前まで文豪が暮らし執筆していたリアルな生活感が、じんわりとした空気の中に漂うかのようです。
スタンドの下に浮かび上がる万年筆と書きかけの原稿用紙。
そのインクは減ることはないですし、紙の上の文字も決して増えることなく、ただ、主の帰還をじっと待つばかりです。

thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zuiho Honor 50mmF1.9 | trackback(0) | comment(0) | 2006/12/13 Wed
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