十大之一

M8/W-Komura 35mmF2.8
偶然にも、タクシーに連れてこられたバスターミナルでミニ古鎮を発見しましたが、2~3軒の家は現役で使われていたものの、他はがたがたになった廃屋で今にも取り壊されそうです。
ぐるりと見渡しましたが屋根や壁がかなり崩壊していて、こうなっては修復してまで住むことはできそうになく、残念ながら朽ちるにまかせるだけのようです。
長時間見ていられる環境ではないので、やはりどこか別のところへ訪れなくてはと思い、大鵬所城まで行ってみることにしました。

近くで地元の人たちに混ざって朝食をとり、バス停へ行くとすぐに深曙V駅方面行のバスが来ました。
ここから深曙V駅は真南へ向かいますが、大鵬方面のバスは東西を走る路線なので、両者が交差する地点付近で下車して乗り換えれば、そのバス停名が分からなくても景色を見ていればどうにかなります。
しばらくバスの中から外を眺めていると見覚えあるところに出たのでやや通り過ぎたバス停で降り、ちょっと歩くと前回乗ったのと同じバス停のところへ出ました。

前回のようにバスに乗せろとゴネる客もなく、1時間たらずで大鵬到着です。
これも大鵬に行こうと思った理由なのですが、この間ほとんどノンストップで快適に走行するので、ぐっすり熟睡できるからです。
実際、乗り込んですぐ眠ってしまい、起きたら着いていたという感覚です。

ところが、ここからちょっとしたハプニングに見舞われました。
降りたバス停で所城方面行のバスに乗り換えるのですが、反対方向へ行くバスに乗ってしまいました。
何度か来たことのある大鵬なので方向を間違えるはずはないのですが、乗り込んだバスが最初の交差点でUターンしたのです。
理由は不明です。

目的地からどんどん遠ざかっていましたが、かまわず乗っていることにしました。
大鵬所城には数か月前に来たばかりなので、むしろ、このハプニングを利用して、何か普通に移動していたら見れないものを見てやろうと考えたのです。
10分少々も乗っていると、数人が下車したバス停がありそこに遺跡と書かれた看板が見えたので、わたしも慌てて彼らの後を追いかけました。

古い石づくりの民家が10軒ほど点在していました。
ここにも廃墟になっている建物がありましたが、ほとんどの家に人が住んでいるようです。
ただ、遺跡というには、作例のとおりのただ古く汚い家が並んでいるだけです。
裸でくつろいでいた青年に聞くと、四川から家族で来たと言っており、仕事のために故郷を離れて来たようでした。
たぶん古い家を維持するために市で外来者に安く貸し出しているのでしょう。
ちょっと離れたところに大きな工場があったので、電気も来ているようです。

ぶらりとひと回り散策して下車地点に戻って来ると、書かれていたのは遺跡ではなく遺址でした。
ニュアンス的には遺跡よりもずっと近代の建物の跡を含めたものでしょう。
「2006年中国考古十大発現之一 咸頭怜遺址」と記載がありました。
中国で発見された十大遺址というのがどのくらいすごいのか見当つきませんが、他の9つを見ればそれは理解できるでしょう。
【M8/W-Komura 35mmF2.8 F2.8】
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/04/21 Sat

古鎮物語

M8/W-Komura 35mmF2.8
さすがに三水に行くのはあきらめましたが、かと言ってこのまますごすごとホテルに戻るというわけにもいきません。
いまさらどこへ行っていいかもとっさに思いつかないので、ここのバスターミナルから適当なバスに乗って行きあたりばったりの旅に出てしまおうかと考えてみました。
行き先案内を見ると、広州方面が数本あるだけで、とりあえず乗ってみたくなるような目的地のバスは午前中はありません。

バスはあきらめて、とにかく朝食をと思い町の方向へ歩き始めます。
すると、突然、状況が好転することになります。
すぐに路線バスの停留所と地下鉄駅があったのですが、そのまん前に戦前の建築と思われる古民家があったのです。
昨年開通したばかりの真新しい地下鉄の出口のエスカレーターを上がり切ったところに、どーんと古い建造物が迫るさまは、タイムスリップしてきたかのような錯覚を与えるには十分です。

昨日の作例は、地下鉄出口に小さな子どもとおばあさんがいるというものですが、わたしにひとつのストーリーを連想させました。


老夫婦が地下鉄に乗って郊外の村に到着します。
おじいさんにが幼少を過ごしたたいへん懐かしい土地です。
ふたりが改札を出て、エスカレーターを登って来るとどうしたことでしょう、おじいさんはみるみる若くなって、地上に達するときには3歳くらいの少年になっているではないですか。

目の前には、彼がかすかに記憶している生まれ育った家があります。
そうだ、ここは政府の役人がやって来て、勝手に開発業者に売り払われて、村民の訴えも聞き入れられずに破壊されてしまったんじゃった…。
3歳児姿のおじいさんは、ひらめいたように突然工事車両の前に立ちふさがり家々の破壊を阻止します。
村を救うことに成功し、その勇気に鼓舞された村人たちは一致団結して役人の不正を暴き、たちまち3歳の少年を英雄にしました。

ところが、ある日少年は忽然と姿を消してしまいます。
怒りが収まらなかった役人に連れ去られたのでしょう。
少年の姿は何千キロも離れた別の村にありました。
3歳の子どもでは、もう為すすべがありません。
彼は運命を受け入れ、村でその後の人生を生きる決意をし、懸命に勉強してやがて村で一番美しい娘と恋に落ち、結婚して幸福に暮らします。

歳月は過ぎ去り、孫にも恵まれ村長までかってでたかつての少年は、ある日テレビのニュースで開通したばかりの地下鉄の駅が自分の名前とまったく同じだということを知らされました。
調べると、大昔にそこの村を守ってその後行方不明になった少年がいたという伝説から取られた駅名だと分かりました。
それを聞いたおじいさんは、そこへ急がねばとひとり出発しようとしますが、奥さんであるおばあさんに止められます。
ところが、理由を聞かされたおばあさんは、それならふたりで行きましょうと、手をたずさえて遠路その地を目指しました。

さて、到着するとおじいさんはみるみる少年になり、おばあさんの目の前で村の破壊を阻止し、たちまち村の英雄になってしまいました。
おばあさんは、ずっと見守って来ましたが、ある日役人が少年を誘拐しようと計画していることを知ります。
寸前のところで、おばあさんは少年を救いだしますが、ふたりは役人に追われる身となりました。
来た時と同様に地下鉄に乗って戻ればいいのだと考えますが、ふたりがいるのは1950年代で、地下鉄駅はどこかと村人にたずねると、お前は頭がおかしいのではと笑われてしまいます。

おばあさんは考えました。
このまま、この少年がわたしたちが暮らす村まで辿り着かなければわたしと結婚できず、可愛い子どもたちや孫たちも生まれてこないことになってしまう。
ひいては村々は乱開発され、中国は汚職にまみれた誇りのない最低の国家になってしまうかも知れない…。

どうすべきか考えているうちに、ついに役人たちに隠れ家が見つかり、周りを包囲されてしまいます。
万事休すの場面でおばあさんは一計を案じ、自らがおとりになって役人の注意を引き、少年を、いや愛する旦那をズタ袋に隠し入れて、村一番の健脚の持ち主に故郷の村まで連れて行ってもらおうと考えました。
作戦はまんまと成功して少年は逃げ延びましたが、役人に捕まったおばあさんは拷問を受け、非業の死をとげます。

それから60年あまりの歳月が経ちました。
地方の寒村の村長が、自宅でテレビのニュースを見ていると、はるか南方の町に地下鉄が開通しましたと報道されています。
画面からは、どこかで見たことがあるような懐かしさを感じさせる映像が流れています。
レポーターがその駅名を言うと、老人は腰を抜かさんばかりに驚きました。
村の英雄を救った真の英雄の名から取られたというその駅名は、なんと、自分の奥さんの名前と同じだったのです。
【M8/W-Komura 35mmF2.8 F2.8】
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/04/20 Fri

很多人己排隊

M8/W-Komura 35mmF2.8
初日にも触れたように、深圳のオフ日にバスに乗って日帰り旅をしようと計画していました。
日曜日のことですが、朝の4時からその計画はスタートします。
その時間から、広東体育電視台でスペインサッカーリーグ、FCバルセロナ対レバンテ戦を生中継するので、まずは観戦のため3時半に起床しました。
それも、ただホテルの部屋で視るのではなく、近くの按摩屋さんに行ってフットマッサージをしてもらいながら観戦します。

アウェーでレバンテに先制される苦しい展開ながら、どうにかバルサが逆転して、リーガ制覇の可能性を繋ぎました。
内容はともかく、メッシが2ゴールで得点数を41まで延ばし、気分も足も気持ちよく按摩屋を飛び出します。
バス停へ行くと、ちょうど6時発のバスが出発しようとしているところで、早朝ながらスムーズに深圳駅まで着くことができました。

ところが、好調だったのはここまででした。
目的地として考えていた三水市までのバスはあらかじめチェックしてあって、まだ1時間先のことです。
チケット売り場はシャッターが降りているので、近くで食事でもしようと散策しますが、バスターミナルの並びにある衛生的とはいえない食堂だけで、朝食はあきらめることにしました。

チケット売り場が開くまで30分以上ありましたが、早起きしたぼんやり頭で時間をつぶすのに苦労します。
そして、そろそろ開くかなと窓口へ戻ると、恐るべき光景がわたしを待ち構えていました。
なんと窓口には50人以上と思しき長蛇の列ができています。
売り場はもう開いていて、見ると横に長い窓口は行き先別になっていました。
長蛇の列はその1か所の窓口から始まっていて、まさかと思いながらその窓口の行き先表示を確認すると、なんということでしょう、まさにわたしが行こうとしている三水となっているではありませんか。

30分前まで人なんていなかったので、ちょっと信られない状況です。
夢でも見ているか、わたしをからかうドッキリカメラなのではないかと真面目に考えました。
頬をつねっても夢から覚めませんし、待っていてもドッキリのプラカードを持ったスタッフもやって来ません。
現実を直視して列の後端に並ぶことにします。

列はゆっくり進みましたが、あと20人くらいかというところで動きが止まります。
窓口のおばさんの動きを見れば、一番のバスのチケットは売り切れたと言っているだろうことが想像できます。
次のバスが30分後か1時間後かは確認していませんが、それすら乗れるかは怪しいものです。
というのは、前方に並んでいるのは20人で、全員が1枚ずつチケットを買うなら問題ないですが、ひとり2枚とか4枚とか買う人も多いようなので、そうなるとかなり厳しいと思われます。

ただでさえ三水までは200キロもあって3時間くらいかかると考えていたので、バスが1本後になれば到着はお昼近くになってしまいます。
別のバスターミナルからも三水行きがあると調べてあったので、慌ててタクシーに飛び乗ってそちらを目指しました。

しかし、そのドライバーはそんなバスターミナルは聞いたことがないと言います。
あちこち電話して、場所を確認してもらい急行したのですが、着いてみると、電話の相手が言っていたとおり、バスターミナルはまだ建築中で開業していません。
当然、バスはなく、途方に暮れるばかりです。
なぜ、オープンしていないバスターミナルの時刻を公式バス案内に載せてしまうのか、たぶん、それが中国だ、ということでしょう。

近くにもバスターミナルがあるというので運んでもらいましたが、やはりここから三水行きは出ていませんでした。
もうあきらめです。
無駄なタクシー代まで払って、早起きは三文の得という格言が中国では通用しないことを学びました。
【M8/W-Komura 35mmF2.8 F2.8】
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/04/19 Thu

煤気爆炸

M8/Summicron 90mmF2
最近、中国で路上ミュージシャンをよく見かけるようになりました。
多くはギターを抱え、熱く絶唱するフォークのようなスタイルです。
フォークと言えば、政治的なメッセージ性のある歌詞を連想しますが、もちろん中国でそんなのを歌えば即連行されてしまいますので、愛がどうしたとか、街中で聴きたいとは思えないような内容を歌っているようです。

一方で以前からよく見かけるのが、老人の物乞いです。
これぞ中国式だなあと思うのが、彼らは黙って座っているのではなく、見境なく人の前に立っては、金を寄越せと迫って来ることです。
なぜかみんな、プラスチックのコップにコインを何枚か入れて、ジャラジャラと音をさせて、お前もコインを入れなさいと聴覚に訴えてくるのです。
そういう強要のされ方をすると、反発心から絶対1元たりともやらねえぞと、わたしなどは思ってしまうのですが、迫力に負けてコインを投ずる人もいるということのようです。

わたしが小銭程度ながら、いつも差し上げているのが手を失った障害者が口や足で、書道をしているときです。
その姿勢をとるだけでもたいへんなのに、口に筆をくわえたり、足の親指とひとさし指の間に筆をはさんで、とんでもなく美しい文字をゆつくりと書きあげていきます。
健常者であっても、あれだけの字を書ける人はそれほど多くはないでしょう。
それは、血の滲むような努力を積み重ねて達することのできた境地というものを感じさせてあまりあります。
同情とは違う何かに打たれて、寄付するという気持ちを起こさせていると思います。

作例の青年は18歳ですが、幼少の頃、違法に作られてガスコンロが爆発して両手を失い、絶望の中から努力して足で絵を描くことを学んで来たと語っていました。
まだまだ稚拙な絵画ですが、今後、努力でよりすばらしい作品を制作するようになると期待します。
わずかな金額ですが、それが彼の今後の絵の糧になってくれればと心をこめます。
次に会った時はどんな絵を描くか楽しみにしているよと声をかけ、彼の一瞬の笑みを確認してから、わたしはこの場を立ち去りました。
【M8/W-Komura 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/04/18 Wed

黔東南~⑮看梯田

R-D1/SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8
侗族の村を出たところで今回の旅は終わりです。
本当は、从江から乗った帰路のバスでとなりの女性から誘われて闘牛を見たのが最後なのですが、帰国後のトラブルで、それは最初に書いてしまいました。

しかし、棚田の様子をちらっとしか触れていなかったことを思い出しましたので、貴州の旅の最終回と言うことで途中見かけた美しい景観を紹介します。
この時期はまだ刈り入れの直前だったため、色彩的な変化には乏しくもっぱら幾何学的な形状を楽しむ感じです。
これが田植え前の水がはられた状態だと、かなり違った印象になるはずですし、ほんとうは四季折々の変化を楽しめれば最高です。

やはり、ある程度見下ろす角度の方が美しいですが、道路上からではなかなかうまい具合に見えるところは通りません。
それでも車窓の実に6割くらいはずっと棚田の風景で、これは変化にも富んでいるため、見ていて飽きることがありません。

それに、これだけの棚田を開墾していくには相当な時間と労力がかかっているはずで、そんなことを考えていると、お世話になった呉さん一族の先祖が山を切り開いて泉の水が流れ込むように鍬で土を掘り起こしている様子が目に浮かびます。
懐かしくも美しい、そんな風景を食い入るように見続けました。


今回の旅の様子は、特に変化が少なかったこともあって、細大漏らさず書いたつもりです。
まず写真を選び、毎日の更新ごとにその写真を見ながら旅のことを思い出して即興的に書いた文章なので、どうも写真同様に稚拙さが目立ちます。
それに、そもそもが目的も成果もないような地味な旅は、当事者はまだしも、はたから見れば多くが無意味なものに思えたはずです。
にも関わらず、全般に好意的なコメントを多数いただいたことは、それ自体が嬉しいですし、ひいては貴州の少数民族が肯定的な関心を持って受け入れていただいたように感じて、あつかましくも彼らに代わってお礼を言いたい気持ちになります。
このことを書くのは何回目になるのか忘れましたが、そう、ありがとうは言わないお約束になっています。
ご容赦いただけますたでしょうか。
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(7) | 2008/10/19 Sun

黔東南~⑤也考慮

R-D1/SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8
西江の古村落がとても美しいことは否定しません。
しかし、実に残念なことに、観光客を広く受け入れる方策をとっているため、街中は整備され過ぎの感ありで、観光スレしてしまっているようで落ち着きませんでした。
メイン通りを軽くやり過ごして、はずれまで歩いてくると一面田んぼの素敵な風景が広がっていてホッとできました。
ガスで見づらいですが、山にはずっと棚田が連なっています。
農作業はまったく機械化されておらず、伝統的な農法が守られているように見えます。
村の足として各家庭にバイクがあるようでしたが、田んぼまでは歩いて向うようです。
誰しも天秤棒を担いで。

運転手とふたり牧歌的感傷に浸っていると、すぐわきに大型バスが乗り入れてきて、大量の観光客を吐き出しました。
賑やかで楽しそうではありすが、やはりどうしてもこう風景に団体旅行は似つかわしいとは思えません。
ひとしきり写真を撮ったりしたあと、ガイドに先導されてメイン通りの方へすぅっと消えていきました。
恐らくは午前中ずっと通りを歩いて、みやげを求め、食事してから次の村落を目指すのでしょう。

やれやれといった感じですが、ここでふと考えさせられます。

村は、住民の意思決定によるものか、政府の指導によるものかは分かりませんが、観光客に開放され、住民の好むと好まざるとに関わらず、彼らを受け入れなければなりません。
そのためには、簡単なインフラ整備が進められ、見世物としての伝統的舞踊や歌唱を披露することになります。
それは半ば不本意であっても、生活の根本が揺るぐものではありません。
うまく分業をすすめれば、生活はそのままで利便性が高まったうえに一定の現金収入が得られます。
あわせて自分達の文化を知らしむる効果も考えれば、何が悪いことだと言えるでしょう。

などと考えれば、きょろきょろと覗き見ばかりで現金を落とさないわたしのような人間はここでは招かれざる客で、団体で想定の範囲の行動をしてくれる彼らこそ熱烈歓迎の対象ということが明白になってくるのです。
やはり、ここでは長居は無用。
運転手をうながして、先を急ぐことにしたのでした。
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(6) | 2008/10/09 Thu

黔東南~④苗族村

R-D1/SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8
さあ、今日から貴州の奥深くへ向けて旅を開始します。
昨日購入のガイドブックに出ていた町、凱里から南へ160キロの県城・榕江を本日は目指すことにしました。
となりに「侗区最美麗的地方」といわれる車江の村があり、ここで宿泊するつもりです。
しかし、この160キロは山岳路で、バスだと6時間かかるとのこと。
途中の古村落にも魅力的なところがあるそうで、熟慮の末、タクシーをチャーターすることにしました。
今回の旅のスタイルでタクシーはあまりに不似合いですが、ここはお許しいただきたい…。

さて、予想に反して時間通りの朝7時にホテルに迎えに来てくれたタクシーですが、遠出するのでガソリンを満タンにしなくちゃと、いきなり給油所へ行ってしまいます。
しかも給油所は8時オープンで、なんだ結局1時間遅れのスタートで、やっぱり中国的な出だしとなってしまいます。
それでも「千戸苗寨」の西江へは1時間たらずで到着します。
旅は、ここ西江から始まりました。

このエリアは、黔東南苗族侗族自治州という名称で呼ばれ、一般的な中国人の漢族はほとんど存在せず、苗(ミャオ)族と侗(トン)族のふたつの少数民族で90%以上を占めるそうです。
この後わたしが訪れるのは侗族の村ばかりなので、ここ西江が唯一の苗族の村になります。
しかも典型的なこの地域の村です。

切り妻瓦屋根の木造の家はほとんど2階建てで、だいたいどの家もベランダがありました。
その軒にはとうもろこしと唐辛子が吊るされています。
川に隣接する家が多く、その川は洗濯や水浴びに利用され、生活用水の役割を担います。
当然、職住が近接していて、家のうらがすぐ田んぼだったり、離れで家畜が飼われたり、目の届く範囲の中で生活のサイクルが廻っているように見えます。
のどかなのどかな世界です。
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(6) | 2008/10/08 Wed

黔東南~②斗牛士

R-D1/SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8
大観衆といっしょになって観たもの、それは闘牛でした。
昨夜、謎めいた質問をしながら、なんたが大したことのない解答で申し訳ありません。
実は、ここに至るまでこんなところで闘牛をやっているだなんて知らなかったのですが、ここまで導いてくれた経緯がなかなか面白かったのです。


翌日のフライトで省都・貴陽から深圳まで戻らなくてはならなかったのすが、滞在した村から貴陽まではバスを乗り継いで約14時間かかるため、今日のうちにこの地方の中心都市・凱里まで到着する必要がありました。
間に合わなかった~、では許されないので少し早めに村を後にしてバスに揺られていると、途中、家財道具一式に近いような荷物を持って乗り込んできた家族がいました。
積み込みにかなりの時間を要しています。

やれやれ、こういうことがあるのでたいぶ早めに出発しておいて良かったと思いつつ、待っているあいだ近くを撮影していました。
戻ると隣だった、いかにも人の好さそうな太っちょ母さんという風貌の女性がわたしの行動を見ていたようで、あれ、ここの人じゃなかったのと話しかけてきます。

「東京というところから来ました。ご存知ですか」
「東京…。聞いたことあるけど、どこだったかしら。北の方?」
「ええ、かなり北のほうです。ちっちゃな島があって、そこに東京という少し大きな村があるんです」
「あらそう。それで、こんなとこまで、何をしに来たの?」
少数民族文化の研究をしてまして…」(中国語で説明が面倒なので、ウソの答えをしてしまう)

こんなとりとめない会話をしていたら、研究しているならちょうどいい、ぜひウチの村まで来なさい、そう誘ってきます。
残念ながら日程の都合で凱里まで戻らなくてはいけないので、時間がありませんと返事すると、凱里までその女性の村の隣村からバスがあって、最終便が4時にあると言います。
それなら2時間半くらいは時間がとれそうです。
でも、本当にそのバスがあるのかと思っていると、わたしたちの話を聞いていた他の乗客までもが、異口同音に大丈夫、絶対に寄って行くべきだと口を揃えだしました。
ええい、みんながそう言うなら、どうにかなるだろう寄ってみるかと思いますが、その村に何があるのか分かりません。
聞いてみると、乗客たちが言ったのが、「闘牛」というわけなのでした。

闘牛を見学したことでわたしの"研究"に多大なプラスになったということはなかったかもしれません。
しかし、どこの馬の骨とも知れないよそ者を見返りも期待せず案内してくれた太っちょ女性の純粋な優しさ、はるばる見に来た闘牛もでしゃばって前に行くことなく遠巻きに眺める地元の人々のあたたかいまなざし、晴れの舞台で自分達の牛にがんばってもらわなくっちゃと村人の団結心、そんなことを強く意識しました。
これこそが、快適とはいえない滞在した村の生活にあって、住み心地のよさを感じることができた理由なのかなとひとり戻るバスの中で考えたりしました。

そういえば、ひとつラッキーなことがありました。
凱里のホテルは国慶節休暇のため、ことごとく満室だったらしいのですが、この寄り道のため予定より遅く着いたわたしは、偶然にもその場でキャンセルが入り、隣で交渉していた中国人旅行社を尻目にまんまと最後の一室に泊まることができたのでした。
お母さん、謝謝你!
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SankyoKoki W-Komura 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(6) | 2008/10/06 Mon
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