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没結束的台階

M8/Summicron 40mmF2
鎌倉散策の最終回は成就院から、の予定でしたが予定変更します。
成就院には縁結びの不動明王像があって、タイミング良くカップルが詣でていたのでその後ろ姿を掲載してハッピーエンド的に鎌倉散歩を終了したかったのですが、あまりにも凡庸ではの声があがりました。

そこで浮上したのがこの作例です。
何だか訳が分からないと思われますが、成就院は高台にあって向かいも同様の高さがあります。
昨日お話しした星の井通りがその谷間を縫うように通っていて、ここは極楽寺の切り通しと呼ばれています。
成就院からは通り越しに向かいにあるこの階段が見えているということになるわけです。

2日続けて失敗だった準広角的標準レンズの距離感覚がここでは成功しています。
もっとも自分が動いて近づいたり引いたりできないので、意図的なものではないということになりますが。

こんな角度から見ると階段の状態が分かりにくいですが、かなりの傾斜で、しかも高さもあるという人間にやさしくない階段に思えます。
ですがきっと上にはいくつかの住宅があって、子どもからお年寄りまで毎日毎日きつい登り下りが繰り返されているのでしょう。

このすぐ隣には、また別の坂があります。
九十九折りのように、と言っても折り返しは2箇所だけですが、ちょうど逆Z字のように下る坂です。
これまたタイミングよくそこを下る女性がいたので撮影しました。
作例写真と好対照の一対であり、両方お出ししたいくらいですが、悩んだ末に、電線がうるさいけれど先の見えない階段というのが面白くてこちらを取りあげた次第です。

ここからは、江ノ電の極楽寺駅がほんの目と鼻の先です。
もうそろそろ戻らないといけない時間なので、歩いていると、藤沢方面の電車がやって来てしまい、これは間に合いませんでした。
しかし、わたしは江ノ電がきっちり12分間隔で走っていることを知っています。
駅でひとり12分待つことはなく、駅名になっている正面の極楽寺を見物します。

魅力的な名前ですし、門が茅葺になっているのも惹かれますが、残念ながらここは撮影が禁止されているので、長居無用です。
本堂で手を合わせてからゆっくり戻ると、今度は鎌倉行の電車が通りかかってトンネルに吸い込まれて行き、おじいさんに手をひかれた子どもが目を輝かせているところでした。

江ノ電の車両こそモダンなものに変わりましたが、この光景はわたしの幼少時代と何ら変わるところはありません。
成就院の興りは、平安のむかしに弘法大師がこの風光明媚な土地で修行したことに始まるそうです。
この江ノ電も、同じだけの時間を走り続け、かつてのわたしやこの少年のように、終わりなく愛され続けているのでしょうか。
【M8/Summicron-c 40mmF2 F2】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/02/06 Sun

星の井通

M8/Summicron 40mmF2
昨日の御霊神社の踏切を渡って路地を歩くとすぐに少し広い通りにぶつかります。
星の井通りです。
いかにも何か言われのありそうな通り名ですが、調べるとやはりありました。
しかも、ふたつの異なった話です。
どちらも短くご紹介しましょう。

天平の時代、諸国を行脚して社会事業を行っていた名僧・行基は、この地で虚空蔵求聞持法という修法を行いました。
すると井戸の底に明星が輝き、中から黒く光る石が現れます。
行基はそれを虚空蔵菩薩の化身であるとして像を彫り、この地にお堂を建てて安置たというものです。
それは虚空蔵堂という名で、御霊神社から星の井通りに出たすぐのところに現存しています。

もうひとつの話は、むかしむかし、鬱蒼とした山深い場所だったために、井戸の水面には昼間でも星が映っていたと言います。
ところが、ある日、村の女が水を汲みにきて、うっかり包丁を井戸に落とすと星影が切れてしまい、以後、井戸に星影が映ることは無くなったというものです。
その井戸は、虚空蔵堂のとなりに星月夜の井という名前で今も残っています。

鎌倉には、このような伝承のかたちで伝わる話が非常に多く残っています。
そういえば、以前、腰越の龍の話を書いたこともありました。
鎌倉文学館の近くですし、鎌倉には文学ゆかりのものが多いですし、鎌倉にゆかりの作家も多くいますが、古い伝承が少なからず影響してのことなのかも知れません。

さて、作例写真ですが、未来に向けて伝承すべき現在の事象として、この巨大なお婆ちゃんを取り上げました。
その巨体で、郵便ポストがちっちゃく見えます。
というのはまったくの出鱈目で、実は、このポストの方がどういうわけか背が低いのです。
他の場所でも見たのですが、なぜか地中に少し埋もれているようなポストには何か理由があるのでしょうか。

レンズは、昨日からズミクロンC40mmF2に切り替えています。
ライカCLの標準レンズだったズミクロンCですが、M8でも問題なく距離計連動で使えるようです。
ズミクロンの名前どおり、35mm、50mmと同様にすばらしくシャープな描写を見せます。
CLがM5の廉価版のような性格があって、このズミクロンCも鏡胴の作りは少し廉価な印象ですが、レンズに対しては手抜きは一切認められません。
近接撮影での激しい2線ボケまで、35mm、50mmズミクロンそっくりです。

このレンズを使用する問題をひとつあげるとすれば、50/75mmのブライトフレームが出てしまうことでしょうか。
ふだんこの焦点距離のレンズを多用しているので、ついつい50mmのフレームに収めようとしてしまいます。
さの結果が、昨日と今日の作例に顕著です。
写り込む範囲を事前にチェックしていれば、もう少しイメージどおりにフレーミングできるのですが。
【M8/Summicron-c 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/02/05 Sat

御霊神社

M8/Summicron 40mmF2
長谷通りをまっすぐ由比ヶ浜の方へ向かわずに、踏切より手前で右の路地に入ります。
ちょうど長谷寺の裏手あたりにあるのが、御霊神社です。
このあたりの路地はとても鎌倉らしくて、散歩していて楽しくなってきます。
わたしが住む藤沢にも、こういう路地がいくつもあったように記憶していますが開発の波に呑まれて今はほとんどありません。
残念なことですが、そんな子どもの頃の記憶も呼び覚ましてくれる鎌倉が近くにあってくれて感謝の気持ちでいっぱいです。

御霊神社は2回目で、前回はksmtさんといっしょに2年前のアジサイの季節に来たのだと思います。
参道の間に踏切があって、江ノ電がパーっと通過するのが面白かったので撮影しようと思ったのですが、あまりに俗っぽくて、ksmtさんに白い目で見られそうで断念しました。

今回はひとりなので遠慮は要りません。
ちょうど向かいから美女がやって来て踏切待ちになったので、江ノ電の通過する瞬間を狙いました。
距離が中途半端で、フレーミングガひどいのは、ksmtさんはわたしの背後に常にいて、そんなもの撮るんですかとダメ出しするのが原因でしょうか。
レリーズのタイミングだけが成功だったというような写真になってしまいました。

さて、昨日の続きでサッカーの話になります。
ふたつのニュースのうちひとつは長友選手のインテル移籍でしたが、もうひとつは、実は日本がいまサッカーの世界チャンピオンだということです。
アジアカップを制したからとかそういうことではなく、ある人たちが考えたルールによって、日本は今チャンピオンベルトを防衛中だというのです。

どういうことか説明しますが、また聞きの話なので正確でないところがあるかも知れませんがご容赦ください。
サッカーで代表レベルの世界チャンピオンというとワールドカップの優勝国ということになってしまいますが、これは4年に1度しか開催されないので次のワールドカップ開催まで優勝国が4年間居座ることになります。
それでは面白くないので、勝手にルールをつくって、チャンピオンを認定している人たちがいるそうです。

そのルールとは、ワールドカップの覇者は世界チャンピオンになり、以降の試合は防衛戦とし、勝てば防衛成功だが負けると勝者が新チャンピオンの座に就くというものです。
ヨーロッパ選手権からワールドカップの予選、親善試合などいろいろな試合があるわけですが、国際Aマッチであれば防衛戦とみなしてしまうのがこのルールの面白いところです。

昨年のワールドカップの覇者はスペインでしたが、同じ年の9月にブエノスアイレスに遠征をおこない、親善試合でアルゼンチンに1対4と大敗しています。
メッシ、イグアイン、テベス、アグエロがゴールするという豪華な結果だったようです。
優勝の余韻が残る中での親善試合ですので、結果をどうこういっても仕方ないところはありますが、とにかくスペイン王座防衛に失敗し、アルゼンチンが新チャンピオンとなりました。

こう書けば、もうお分かりの通り、1か月後、アルゼンチンはほぼ同じメンバーで来日し、日本代表と防衛戦を行います。
結果は、岡崎のゴールによって1対0で日本が勝利しています。
ここに世界チャンピオン日本が誕生したことになります。
アジアカップ優勝後にザッケローニ監督不敗神話などと言われたように、その後日本は引き分けをはさみながら、まだ負けていません。
その間ずっと世界チャンピオンを防衛して来たことになるわけです。

なんともくだらない話だと一笑に付す方も多いでしょう。
しかし、先にも書いたとおり、国家レベルのサッカーの世界チャンピオンは4年に1国しか誕生しませんから、ほとんどの国でチャンピオンになれる可能性がありません。
ワールドカップ後に行われたアンケートでも、日本がワールドカップで優勝するのはいつのことかの問いに、多くの人が永遠に無理と答えていたのが、16強入りして盛り上がった時だけに、印象に残りました。

そもそもワールドカップに出場できない国の方が多いのが現実なのです。
だからこそ冗談のようなかたちでも一定のルールのもと世界チャンピオンになることができるなんて非常に面白いアイディアだと思ったわけです。

アジアカップの予選ラウンドでは、緒戦のヨルダンに0対1とリードされロスタイムに追いついたのですが、もしヨルダンが逃げ切っていれば、なんとヨルダンが世界チャンピオンになっていたのです。
そのあとも勝った負けたでチャンピオンはアジアの国々に転々としていたことでしょう。
ヨルダン、残念!

一方防衛中の日本は、特別参加のコパアメリカが待っています。
なんと予選はアルゼンチンと同組になりました。
リターンマッチというところですが、日本が優勝するのは非常に難しいでしょう。
わたしが提言するコパアメリカの戦い方は、チャンピオン死守のため、予選全試合で引き分けて敗退して帰国する、です。
【M8/Summicron-c 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2011/02/04 Fri

光則寺

M8/Summicron 40mmF2
鎌倉文学館から長谷の交差点までは、もうほんのすぐそこです。
ははん、さては長谷寺か大仏のある高徳院だなとの予想を裏切って、光則寺に向かってみました。
初めての訪問ですが、このふたつのビッグネームの間にあって訪れる人は多くなく、道路からかなり引っ込んでいるのでたいへん落ち着いたたたずまいです。
四季の花が丁寧に配置されていて、門にはお花マップが置かれていました。

光則寺は日蓮ゆかりの古寺です。
言われを紹介します。
北条時頼の家臣、宿屋光則は、日蓮が佐渡に流罪になっている間、高弟の日朗を土牢に閉じ込めて監視しましたが、ついには光則自身も日蓮に帰依し、屋敷を寺に改築したのが光則寺の興りです。
この土牢は現存していて、中へは立ち入れませんが、13世紀のむかしにこの中へ幽閉されたのかと感慨深く見学することができます。

花の寺ですが、残念ながら冬のこの時期は、梅がわずかに咲いているくらいでなかなか絵になるところまではいきません。
4月に薄桃色の花をつける樹齢200年の海棠がすばらしいとのことでしたので、暖かくなってから再訪したいところです。

書くネタが尽きてきたところで、日本がアジアカップを制して盛り上がっているサッカーに関して、興味深いニュースがふたつ飛び込んできました(今日は2月3日の春節にあたる日だと思いますが、事情があってその2日前に書いています)。
ひとつめは、日本代表の左サイドバック、長友選手のイタリア・インテル移籍決定のニュースです。
ワールドカップから帰ってきて、いきなり昇格組とは言えイタリアのクラブ移籍が決まって半年にして、ビッグクラブへの移籍ですから、3段飛びの大出世と言えるでしょう。

ビッグクラブでプレーする日本人としては、ローマにいた中田選手を凌ぐということになります。
出場機会がないのではとの声もありますが、通常、冬の移籍市場ではクラブにとって即戦力かそれを埋めるための補強なので、この選手なら使えるとの判断が働いての移籍決定のはずです。
ましてや、今後リーグ戦とチャンピオンズリーグの2本立てという厳しい日程が待っているので、いずれかでどしどし起用されることになるでしょう。

少し前から興味を示しているチームがあったとの報道がなされていましたが、最終的にはインテルに電撃移籍になりました。
その理由になったのがアジアカップ決勝の長友選手の活躍にあったのは間違いなさそうです。
対峙するオーストラリアのディフェンダーにスピードがなかったため、何度も突破を成功させて目立ってたうえに、右サイドの内田選手は攻撃面でクロスがまつたく上げられずいいところがなかったことも相対的長友評価を押し上げたような気がします。

実は、我がFCバルセロナも長友に関心ありとの報道がなされていました。
インテル、バルサに限らず、サイドバックは人材不足で、ディフェンスとしての強さと縦に走るスピード、体力を要求されるポジションだけに、一定年齢を超えると使えなくなるからということもあります。
インテルの事情は分かりませんが、アウベスとの契約が揉めていて、センターバックにまわることが多くなってしまったアビダルのことを考えると少し若いサイドバックの補強はバルサの急務に見えます。

しかし、カウンターで飛び出すとか、縦に強引に突破とかという役割がほとんどなく、他の選手とのパス交換で局面打開を図るのが中心となっては、長友選手の現在のパス精度や足もとのテクニックではバルサになじめるとは考えにくいです。
結局、興味は持ったものの、バルサ初のアジア人選手の誕生は夢と消えてしまいました。

むしろ、本田の方がボールをうまくコントロールして左右にちらしたり、近くの選手とパス交換から突破させたりとシャビの後継者的にバルサのサッカーにフィットすると考えられたのですが、これも現実にはならないでしょう。
中盤では、ケイタがずっと控えていましたし、マスチェラーノ、アフェライととっていながら試合に出られない、ミッドフィルターの飽和現象がおこってしまっていますので、
それに、来年こそセスクが移籍して来るのではとの噂もあるからです。

それはともかくとして、長友をはじめ、岡崎、松井、家長、槙野、内田、川島、安田他、非常に多くのプレーヤーが欧州のクラブに所属するようになりました。
厳しいのは間違いありませんが、ぜひともがんばっていただきたいものです。
【M8/Summicron-c 40mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2011/02/03 Thu

眼鏡接触

R-D1/Summicron-C 40mm F2
この日曜日、地元の神社で例大祭がありました。
当日は都合が悪かったのですが、前日に神社前を通りかかると、準備が進められている様子です。

自転車だったのでなるべく出っ張らないレンズがいいですし、帰りは暗くなるのがわかっていたので明るいレンズが欲しい。
という訳で、今回は沈胴のズマールではなく、パンケーキのズミクロンC 40mmF2 を付けていました。
しかし、この両者、画角やら硝材やら製造年代はまったく違いますが、構成は同じ4群6枚のダブルガウスです。
コントラストとトーン、色抜けとボケが見事にバランスしていて、ズマールを端緒とするならこのズミクロンCはダブルガウスの完成形のような気がします。
4群6枚のダブルガウスではライカには強豪もいます。
ノクティルックス 50mmF1.2 とズミクロン 50mmF2(3代目) です。
ただし、前者には非球面が使用され、後者では貼り合わせレンズがメニスカスでなく直線で貼り合わせになっていて、ズマールやズマロンなどに比べるとだいぶ異質な印象です。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(3) | 2008/09/15 Mon

再到尾道~⑤常客人

R-D1/Summicron-C 40mm F2

今回、尾道に持ち出したズミクロンC40mmF2は、4群6枚の典型的なダブルガウス構成です。
ライツのレンズ一覧を見ても、この4群6枚のダブルガウスというのは案外少なくて、ズマール50mmF2(1933年)、ズマロン35mmF3.5(1946年)、ズマロン35mmF2.8(1958年)、ズミクロン35mmF2(第21969年)くらいしかありません(ノクチルックス50mmF1.2は非球面採用のため除く)。
そしてこのズミクロンCが1973年登場ですので、30年代から70年代にかけて各年代で1種類だけ4群6枚のダブルガウスレンズを発表しているというのが面白いところです。

それぞれのレンズの間には、ズミタール、ズミクロン、ズミルックスというダブルガウスを発展させた構成のレンズを送り出しています。
しかし、その後にやはり基本形に戻るべきだと改心するかのように、4群6枚ダブルガウスを登場させているという図式になります。
ガラス材の進化があったでしょうし、コストダウン的な意味合いもあったかもしれません。
あるいは特許切れの問題もあったのかなとも想像します。
でも、やはりなんだか、レンズ構成に対する試行錯誤からくる行きつ戻りつのような、ライツ設計陣の心の揺れのようなものがあるように思ったりします。

12年前後の周期で発表されてきた上記ダブルガウスレンズ群の中にあって、第2バージョンの35mmズミクロンからたった4年で出で来た、ズミクロンC。
もしかしたら、この型の完成形として自信を持って発表されたのではないのでしょうか。
あるいはミノルタにレンズ設計の秘密を握られまいと、単純な構成に戻しただけとか…。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2007/11/19 Mon

再到尾道~④連拱廊

R-D1/Summicron-C 40mm F2

ホテルへの帰り道は、アーケードを抜けて進んでいきました。
尾道本通り商店街というそうですが、一部古い建物がアーケードに溶け込んでいたりして、なかなか趣が感じられます。
石造りの古い銭湯が食堂になっていたり、呑み屋さんの閉じられたシャッターがもともとカメラ屋さんのもので古いカメラの絵が描かれていたり、かつての商業会議所の洋館がそのまま博物館になっていたり。
NOBUさんのブログで拝見したオバQの年代モノ遊具もありました。
これは侮れません。

朝方のため店開きしているところが少なかったのが残念ですが、軒先に商品を並べてパイプ椅子にちょこんと腰掛ける女性には、何十年もこの場所で商いをし続けてきた、アーケードの生き証人的な風情を感じます。
女性のかたわらを歩き回るのは、"やまねこ"ではなく普通の猫でしょうけど。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(1) | comment(0) | 2007/11/18 Sun

再到尾道~③虚空間

R-D1/Summicron-C 40mm F2

このあたりを地図を見ると、"楽天地入口"という交差点が目に付きます。
花街が楽天地なのだとしたら、街は変貌しても名は残ったということになります。

その街はあまりに入り組んでいて、歩けど歩けど外に弾かれるように中心から外れていきます。
昼間歩くことを拒むかのようです。
気付けば住宅街に迷い込んでいました。
しかし、ここも極端に人の気配がなく、バーチャル世界に足を踏み込んだような感覚です。
界隈で唯一見かけた婦人と。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron-C 40mmF2 | trackback(0) | comment(4) | 2007/11/17 Sat
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