加一天呆香港

M8/Heligon 35mmF2.8
結局のところ、香港発の夜の便のほとんどは欠航になり、2時頃になって、翌朝8時に次のインフォメーションを発表するとアナウンスがあって、あとは皆さんご勝手にという状態になりました。
ホテルに泊まったりできないのかとの声が上がりましたが、航空会社職員は、いったん出国審査を通過してしまったのでホテルへは行けない、このあたりで寝てください、ときっぱり言い放ちます。
不満の声も出たようですが、台風でこうなってしまったので仕方ないと、みんなあきらめました。

香港は24時間空港なので、深夜から早朝までも航空機が離発着します。
離陸の案内を見る限り夜の12時から朝の5時まででもざっと25便くらいの出発便はあるようでした。
仮に1便あたり200人の乗客がいたとすると、5000人ほどが空港内難民になっていたことになります。
いくら広い空港といってもたいへんな人数が詰め込まれたものです。
昨日の作例は、朝9時くらいのものだと思いますが、午前の便に乗るために早朝にやって来た人たちも加わってとんでもないことになっていました。

わたしは、毎月同じ航空会社で香港に行っているおかげで、このキャリアのビジネスクラスラウンジが利用できます。
夜食をとったり、ナイトキャップにワインをいただいたり、時間潰しにインターネットしたりと快適に過ごせ、毛布を借りて深い椅子で寝られたのも幸運です。
深夜はレストランはクローズになるので、この特典が無いと食事ばかりか飲みものにも窮したかも知れず、毛布を借りれなければかなり冷房の利いた中で震えながら床に寝ていたのでしょう。

8時になって、欠航便の振替をしてもらいました。
いちばん早い9時代の便だったのですが、これも時間になっても離陸する気配すらありません。
振替時に並んでいた男性が休暇で来ていたパイロットの方でいろいろと教えてもらったのですが、何便も欠航になるとまずゲートがふさがってしまうし、一度チェックインした荷物を別の期待に写す作業がたいへんなので、予想以上に遅れるとのことです。

結局、離陸したのは午後3時になってしまいます。
欠航便の乗客ともともとの乗客がいっしょになるので満席だと言われたのですが、どうしたことか6割程度しか席は埋まっていません。
また、1晩待たされてこれから成田着では神奈川の自宅までの交通手段がないかも知れないと抗議したところ、航空会社がハイヤーを無料手配してくれたのには助かりました。

結局、香港にもう1日滞在できたということなのに、街中へ出ることができなかったのは残念です。
また、夜のチェックイン時に欠航はしないという話だったのは確信犯だったように思われました。
欠航だと言ってしまい、乗客がホテルなどに分散してしまうと、それぞれとの連絡が不可能になります。
それで、いったん全員を空港の保税区内へ入れてしまえば身動きできなくなって、航空会社としては情報を客の方から見に来てくれ、手間が一気に省けます。
言わば、乗客全員が空港内に軟禁されたということですね。

香港は沖縄などと同様、台風の通り道です。
緊急時の対応については、空港と航空会社一体で対応できるようマニュアル化されるなど徹底されているのでしょう。
職員が整然と丁寧な対応をするためか、乗客側も相当いらいらしているはずにも関わらず、やはり落ち着いて従っていました。
比較するには次元が違い過ぎますが、昨日、公開された震災時の福島原発の東電の会議映像とは、ひとりひとりの落ち着きぶりにあまりにも差があり過ぎました。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
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Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(2) | 2012/08/07 Tue

機場之夜

M8/Heligon 35mmF2.8
千年瑶塞を辞する頃はピーカンで暑さがこたえるような天気だったのですが、唐さんのバイクにまたがって山を降りているうちに雲行きがだんだんと怪しくなってきました。
バス停のある村に着くと、やはり空から大粒の雨が降ってきます。
かなりの大雨になってしまい、雨具を持たずに善意でわたしをここまで連れてきてくれた唐さんには申し訳ないことになってしまいました。

その後乗り継いだバスの中でも時折り雨が降っているのを見ましたが、ずっと寝ていたので覚えていません。
到着した深圳はとくに雨ではありませんでしたが、夜とは言え妙に涼しかったので助かったと感じられました。
翌日は1日雨模様で、風が強く、時に激しい雨が地面を叩きつけます。
この天気のせいで、昨日の夜から涼しいのだと納得しました。

深圳では1日用事があり、雨の中ばたばたとしましたが、むしろ千年瑶塞でこんな雨ではたいへんだったと、自分の幸運に感謝したくらいです。
深夜1時香港発の飛行機に乗るために、9時頃、深圳を出発しました。
香港の入境審査を受けて、鉄道に乗り1駅目の上水駅で下車します。
ここまでは実にスムーズで、あとは香港空港行きのバスに乗り込むばかりです。

ところが、です。
待てど暮らせど空港行きのバスがやって来ません。
というよりは、上水駅前は大きなバスターミナルなのですが、やってくるのは回送パスばかりで、空港行き以外のバスもほとんど来ないようでした。
何だかおかしいと気付くのが遅すぎですが、もうひとりだけいたバス待ちの人と不安そうに顔を見合わせたりしていたところ、バス会社の係員が飛んできて、今日はバスは出ないと告げました。
なぜかと聞けば、台風が来ているのでとの返事です。
愚かなことに、このとき初めて台風が来ていることに気付いたのでした。

これはまずいと動揺しましたが、なんとしても空港まで行かなければいけません。
その係員にどうすればいいかと聞くと、すまないがタクシーを捕まえてくれと言うばかりです。
ここからタクシーではかなりの料金になってしまうので、もうひとりの待ち人とシェアしようと考えました。
彼も同じ考えだったようで、ふたりでタクシー乗り場に行きかけますが、これは諦めざるを得ません。
乗り場はすでに長蛇の列で、とても1時間やそこいらで乗車できるようには見えなかったからです。

絶望時な気持ちになりましたが、彼は地元の香港人で知り合いの運転手を呼んでみると心強く言ってくれました。
われわれの唯一の希望である運転手に彼が電話しているとき、こんな奇跡的なことがあるでしょうか、何とバスが目の前に停止して、運転手が乗れ乗れと手招きします。
驚いたことに、われわれの窮状を察知した先の係員がふたりだけのためにバスを手配してくれたようでした。
当然ながらわたしたちは運転手に何度も礼を言います。

発車してすぐにパスが出ていなかった理由を悟りました。
香港のバスのほとんどが2階建てでこのバスもそうなのですが、強い風の影響は普通のバスの何倍にもなるのではないかと思うほど、左右に振られています。
いつもの海岸沿いのルートを避けた内陸経由で、途中バス待ちの人を無料で乗せてあげて、かなりの遅れまで出たものの香港空港にはチェックインに間に合う時間に到着できました。

やれやれ、最後にとんだハプニングに見舞われたけど、これでようやく帰国できると安堵します。
ところが、これはとんでもなく甘い考えだったのだとのちのち思い知らされることになります。
そうです、飛行機はほとんどすべて欠航になってしまったのです。
台風自体がそれほど深刻に思えなかったですし、日本に台風が来た時は国内線は欠航になりますが国際線はけっこう飛んでいるのを知っていたこと、なによりチェックイン時には飛ぶと聞いていたので、まさか空港でひと晩明かすことになるとは想像もできなかったのです。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
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Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/08/06 Mon

中国的撮影師們

M8/Heligon 35mmF2.8
瑶王が眠った古いベッドは案外寝心地好く、日の出とともに起きるはずが6時過ぎになってしまいました。
周囲が明るくなっているのに気付いて外へ出ると、太陽はもうずいぶん高い位置ですが、早朝独特の美しさで中空に浮かんでいます。
昨日の夕日もきれいでしたが、立て続けに自然の美しさを堪能しました。
それを撮りにきたカメラマンがすでにいて、ベランダに三脚を据えていたので驚かされましたが。

いすに腰掛けて朝のさわやかな空気を感じていると、また数人のカメラマンがやってきました。
先行のひとりと合流して朝日を撮影していたのですが、そこへひょっこり現れた瑶王のとなりに住むお婆ちゃんに目ざとく声をかけ、撮影させてくれと申し出ています。
家の中で撮ろうと、勝手に瑶王の家に入り込み、お婆ちゃんにあれこれと指示し出瑶しました。

ああ、やれやれです。
お婆ちゃんは、中国語がまったくできません。
なかなか意図が通じず、半ばいらいらしながら、日のあたるところに座らせて、何やら作業しているやらせポーズを取らせ、5人が一斉に撮影しています。

はたから見るといい大人が同じようなかっこうで真面目に撮影にいそしむ姿は何かこっけいですし、見方によっては屈強な大人が5人がかりでお婆ちゃんをレイプしていると言ってもいいかも知れません。
お婆ちゃんは、最初、あきらかに困惑顔でしたが、だんだんと具合が分かって来た様子になので、自分が撮られていることには案外楽しんでいるところがあるのかなとも思いました。

この連中はなんだかんだとしつこくて、かれこれ10分以上もそうやって撮影していたと思います。
ありがとう、おばあさん、ともちろん礼は言って立ち去ろうとします。
おばあちゃんは普段そうしているように、卵とトウモロコシを勧めています。
ところが、連中は撮影時の愛想の好さとは一変して、いらない、いらないとふり切るように出て行ってしまいました。

お婆ちゃんががっくりする姿が見えました。
これらはわずか10円から30円ほどのものです。
最後尾の男性に、あれだけ撮ったんだから卵くらい買ってあげたらと言うと、いや朝は食べてきたからなどと言い捨ててそそくさと出て行ってしまいました。
これには、お婆ちゃんと顔を合わせて肩をすくめるポーズをとるしかありません。

日本でもカメラマンのマナーの悪さはたひたび議論になりますが、中国ではもっとひどいのかも知れません。
いずれにしても、個人で撮影するのにくらべ複数人がいっしょだと責任感が希薄になると言うのはよく見るところです。
集団いじめと心理的には通ずるものがあるのではないかと思います。

もうひとつは、旅の恥は掻き捨てという感覚が拭えないことでしょう。
自分にだってないとは言えないので偉そうなことは書けませんが、知らない人ばかりの土地、もう2度と来ることのない場所では、そんな概念が気持ちのどこかにあって身勝手な行動をとりがちになります。
ましてや中国人には、中華思想というのがあるようですので、傍若無人に振る舞ったりするのかも知れません。

それと似て非なるものが、漢族による少数民族蔑視です。
奴らはオレ達より劣っていると考える人が多いようですし、オレ達が稼いだ金で養ってやってるんだと考える人は残念ながらさらに多いようです。
集団心理による責任感の欠如や旅の一過性による無責任はあきらめられますが、もし民族蔑視であんな態度と言うことだとこれはもう救いようがありません。
彼らに限ってそうでないことを祈りたいと思います。
とは言え、やはり朝早くから目の当たりにした光景としては、あまりに後味が悪かったと言わざるを得ません。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(4) | 2012/07/30 Mon

殺鶏吃

M8/Heligon 35mmF2.8
8時を過ぎてようやく真っ暗になり、夕食の時間になりました。
どうやら土日は観光客が多いので、明るいうちは対応に追われ、彼らがすべていなくなる7時半以降にようやく食事に入るようです。
観光客がすべて帰ったかどうかを知るのは簡単で、駐車場に車が残っていなければ、交通不便なこの村では、もう外来の人はいないとみなせるのです。

この日ラッキーだったのは、前日、山で野生のニワトリが捕れたから食べようと言ってくれたことで、家でも数羽を飼っていましたが味はだいぶ違うよと歓迎してくれたことです。
嫌でも思い出したのが4年前の滞在で、その時は家計がたいへん苦しく、3ヶ月肉を食べていないと言っていました。
観光客が増加した恩恵を受けているのは間違いないでしょう。

殺鶏の現場を見ましたが、トリはブタほど暴れることなく包丁で首を掻くと静かに横たわります。
ところが、これが生命あるものの生きた証を示すということでしょうか、突然ばたばたと動き回り、すぐにことりと息を引き取りました。
ともすると残酷だと目を背けたくなるシーンですが、むしろ日本の子どもたちに見てもらって、我々の食が生き物の犠牲によって成り立っているのだということを体感してもらいたいなどと殊勝なことを考えたりもします。

夕食で不思議だったのは、4年前同様、旦那さんはどこかへ行ってしまったことです。
前回も理由を尋ねようと思い、夫婦仲の問題とかに立ち入るかも知れないなどと遠慮したのですが、やはり今回も聞けません。
前回と違ったのは、奥さんと娘さんの他に、親戚の女の子と友だちふたり、女の子の彼氏と友だちひとりと大人数で賑やかだったことです。
娘はたぶん13歳くらい、その他の若い人たちはみな20歳前後と、ジェネレーションギャップのある中での食事で、しかも会話のほとんどがまったく聞き取れない瑶語だったにも関わらず、たいへん楽しいものでした。

その理由の大部分は、隣に座った女の子がおかずをとってくれたり、誰も飲まない自家製のお酒をふたりで飲みましょうとお付き合いしてくれたからに他なりません。
唐さん一家全員の携帯番号を教えてもらったのに、せっかく親しくなった彼女の番号を聞き出せなかったのは我ながら不覚でした。
そればかりか、教えてもらった名前も、いま、どうしても思い出せません。

飲み口の好い米酒と初めて食べた野生のトリですっかり酔っ払って満腹です。
また、前回のように親戚の家で寝るのかと思えば、今回は唐さんの家に泊めてもらいました。
母娘は2階の自室に上がったのですが、わたしは1階のベッドに布団を敷いてもらい寝ます。
この家は、かつてと呼ばれた、地域の中心人物(今の日本でいう橋下知事?)の家で、現在は観光客が必ず立ち寄る村いちばんの観光スポットのような存在です。
その歴史ある古民家の、そのむかし瑶王その人が使ったという大切に展示されている古骨董家具のようなそのベッドに、わたしは寝かしてもらったのでした。
寝心地だってけっして悪くは無かったと報告しておきましょう。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/29 Sun

講英語的小妹

M8/Heligon 35mmF2.8
もう、1~2時間もしたら帰路につかないといけないとラストスパートに入ります。
写真だって、こんな日帰り遠征をすれば、デジタルの強みで200枚から400枚くらい撮りますが、この日はまだ100枚に達していません。
枚数を撮ればいいというものではありませんが、このカウンターは歩いた距離の目安であることは間違いないところです。

そんな矢先、「あれっ、あんたもここなの?」と声をかけるおばさんがいます。
しかし、よく見ても誰だったか思い出せません。
どなたでしたっけと聞くと、同じバスに乗っていたといいますが、やはり思い出すことはできません。
それにしても人口800万の深圳から500万の梅州行きのバスに乗って、かなり手前で降りたのに、そこで数時間後に再会とはすごい偶然です。

おばさんは、わたしをこの近所の人の親戚かと思ったようですが、カメラを見せて日本から写真を撮りに来たと説明するとびっくりして、ウチでお茶飲んで行ってと強くひきとめます。
撮影に専念と考えた矢先にやれやれですが、こういう偶然は大事にしたいとくっついて行きます。

いろいろと家を案内してお茶を出し、今日はどこへ泊るのかたずねます。
わたしは、あと1~2時間したら深圳に戻らないといけないと言うと、深圳から梅州の間を撮影のために往復とは信じられないと、また驚いていました。
日本の正月を説明したり、家の中や家族で食事の準備をするところなどを撮影したりしてから、お礼を言ってまた歩き始めます。

続いて隣の家に差し掛かったところで、今度はおじさんに呼び止められました。
わたしが隣の家に行くまでのいきさつを見ていたそうで、ウチにもぜひ寄って行ってくれとわたしの手を引きます。
日本は西洋の影響で元旦に正月を迎えるが、地方では旧正月といって、この日に行事を行うところもあるようだ、とこれは何回繰り返したか分からない説明などして、出されたお茶をいただきました。

このお茶ですが、ひとくち飲んでびっくりしました。
今まで出されたお茶も烏龍茶でしたが、それらとは一線を画す、かなり高級な鉄観音です。
そまことを指摘すると、よく分かるね、さすがこんなところまでひとり旅してくる日本人だと勝手に感心されます。
ふつう、誰でもいいお茶だと気付くほどの美味しさだっただけなのですが。

今回お会いした客家の人たちは、押しなべて教養が高く話がスムーズでしたが、特にここの家ではレベルが高く、教育熱心なところがよく分かりました。
長男一家は実家を出て広州で働いているそうですが、お嫁さんは美人で日本にも旅行したことがあるようで、親日家とのことです。

小学校3年生の娘が何か言ってわんわん泣いていますが、親子の会話は客家語のため聞き取れません。
すると、このお客さんは日本人で英語もできるから英語で会話しなさいと娘に命じているようです。
娘はぱっと泣きやんで、むナイス・トゥ・ミート・ユーなどと少しぎこちなくしゃべりだしました。
わたしも名前や年齢を聞いたり、初歩的な会話をして、わたしを連れて来た家の主であり、娘のおじいさんでもある潘さんに、彼女の英語力はすばらしいと褒めてあげます。
おじいさんは、もう嬉しくて嬉しくて仕方ないという風に顔を崩しています。

そうこうしているうちに、2種類のスープが出てきて、客家で正月に飲むものだといいます。
最初の黄さんの家でも伝統のスープを飲みましたが、まったく違うものです。
ひとつは塩味でしたが、もしかしたら塩漬けで干された豚肉から出汁をとっているのではと思われるふくよかな味で、もうひとつは野菜を長時間煮込んだことがすぐ分かる淡泊ながらもヘルシーな味わいで、どちらもたいへん美味しいものでした。

もうちょっとで夕食の時間だが、スープならおなかに来ないだろうし昨日のものを温めなおしてくれたのだといいます。
そして、このあと食事して、部屋も準備したので泊って行きなさいと、何十分か前に会ったばかりで、どこの馬の骨とも知れない外国人に対するとは思えない言葉をくれます。

せっかくのお話ですが、どうしても今日戻らなくてはなりません。
正直に告げると残念がっていましたが、それなら、また近いうちに今度は泊りで遊びにくるよう、半ば命令口調で言ってくれます。
こういうところが彼らのホスピタリティなのでしょう。

さて、もうそろそろ帰らなくてはいけません。
何かお礼をしたいところですが、日本から持参した飴はとうの昔に配りつくしてなんにも残っていません。
できることといえば、せっかく親戚一同集まっているので、それを記念撮影してあげることくらいです。
これは、かなり感謝してもらえましたので、ぜひ次回泊りで来る際に、少し大きく伸ばして持参することにしましょう。

おじいさんの弟さんがバス停までバイクで送ってくれると言います。
そのバイクにまたがると、ちょっと会話しただけでおじいちゃんにベタ褒めされてすっかりご機嫌だった娘さんの顔が曇って、すぐ帰ってしまうことにまた泣き出しかねない雲行きです。
それを捉えた1枚が梅州最後の写真になりました。
高速を走るバスの中に乗り込んだとき、そういえばと思い出してM8のカウンターを見ると、どうにか100枚は超えているのが分かりました。
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/02/20 Sun

最后一家餐庁

M8/Heligon 35mmF2.8
村にあるレストランの最後の1軒というところで、旅が音を立てるようにして好転し始めました。
ここでも老夫婦を中心にして豪華な食事をしているのが見えたので、ダメだろうなあとすぐに分かりました。
それでもいちおう、食事できるところを探しているのですが、30分も歩いているのにどこも開いてなくて、と言い訳がましく春節で盛り上がっているに違いない店主と思しき人に話しかけました。

しかし、ここでも、御覧の通り親戚一同食事中なので、申し訳ないが料理を作れないんだとの返事でした。
空腹なので簡単なものでもいいのでお願いできないかと言うと、麺くらいならと引き受けてくれ助かりました。
すすめられるままにテーブルのすみに空いていた椅子にかけると、その中の親戚から何やら話しかけられます。
広東語でしょうか、まったく聞き取れないのでそう言うと、香港人なのかと思ったのにと、今度は中国語の普通話しに切り替えてくれました。

わたしは中国各地をひとりで旅していても、まず日本人だと思われることはありません。
辺境が多く、そんなところを外国人が歩くことは少ないので当然ですが、背が高いので東北人かと言ってみたり、ここいらでは見ない感じだから新疆人だろうと尋ねてみたり、服装を見る限りシンガポールの華僑だなと断定されたりでいろいろな説が飛び出し楽しませてもらいます。
普通話の発音の怪しさから、香港人と思われることもしばしばですが、今回は、香港人口の何割かを占める客家の人が故郷を訪ねて来たと思われたのだろうと分かりました。

はい、わたしは香港人ですとウソをついても面白いかも知れませんが、ここは正直に実は日本人でと答えました。
すると、その瞬間、あちこちでざわざわと話をしていたテーブル全体がシーンとなるのが分かりました。
むかし、日本兵に撃たれたと足をひきずる老人にあったことがあるので一瞬ひるみましたが、反応はまったく逆でした。
よくぞ来たと握手をもとめる人、いっしょに飲もうと酒のグラスをわたしてくれる人、ただ目を丸くしてこちらを見る人とさまざまでしたが、異口同音になぜこんなところへ来たのかの質問攻めに変わります。
突然梅州まで来たことを説明し、なかなか食事にありつけなくてと笑うと、主人の奥さんと思われる人が厨房に飛んで行って、わたしの麺を中止にしてしまいました。
せっかく来たのだからわたしたちの伝統料理を食べてくださいと、数皿出してくれたのでした。
恐らく、夜用に作って置いた料理の一部を温めてくれたのだと思います。
客家の豆腐を除くと、どれも初めて食べるものばかりでした。

彼らの歓待振りはたいへんなものでした。
客家の人たちはよく客をもてなすからわたしたちは客家と呼ばれるんだと冗談っぽく言いますが、遠路はるばるやってきた外国人だからということがあるのでしょう。
また、客家の人は特に親日家が多いと言われていて、敗戦後の復興や工業技術、最先端テクノロジーなど努力して築き上げた地位を自分たちの手本としたいと感じているようにとらえることができます。
それと、おめでたい春節に日本人が来た、今年はおめでたい1年になるぞというようなニュアンスもあったのかも知れません。

しばらく、食事しつつ、お酒もいただきながら、いろいろな話をしていましたが、申し訳ないが時間がなくあまり
ゆっくりできないと説明すると、店主の黄さんが、それならわたしが僑郷村を案内しようと買ってでてくれました。
バイクを出してきたので、ありがたくそれにまたがって僑郷村を目指すことにします。
食事代を聞くと、あれは親戚で食べるために作ったものだ、おまえも親戚のようなものだから金なんていらない、と頑なに受け取り拒否です。
支払いをあきらめてバイクにまたがると、黄さんのふたりの娘が「さよなら」と日本語で手を振ってくれました。
あいさつ程度の日本語はみんなよく知っているとのことで、親日家振りを垣間見ることができました。

まず最初に着いたのが南華蘆という古建築で、これは赤いちょうちんがずらっと並んだおとといの写真の建物になります。
入口に入場券を売る老人がいましたが、黄さんがこれはオレの親戚だからといって入場料をパスさせてしまいました。
そしてみずからガイドに立って細かいところまで丁寧に説明してくれます。
この建物は南口鎮を代表するもので、子供のころからなじんでいるのでとたも詳しいのだそうです。

今朝、本来は別のところへ行くはずが、調査ミスから急遽この村にやってきて、物乞いのようになんでもいいから食べさせてと入った店の人に、ひとかたならぬ親切で接してもらえる。
わたしは、再びまたがった黄さんのバイクの後部座席で、旅の幸運に感謝しないではいられませんでした。
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、黄さんはわたしを振り返りながら言いました。
次に行くのは、もっといいところだからな!
【M8/Heligon 35mmF2.8 F2.8】
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/02/16 Wed

帯我滑雪去~④沙漠

R-D1/Rodenstock Heligon 35mm F2.8

青海湖からの帰り道、ちょっとした規模の砂漠に立ち寄りました。
あるいはご機嫌の運転手が、青海にはこんな所もあるんだよと無理に立ち寄ってくれたのかも知れません。
名前は分かりませんでした。

世界地図を見ると青海の北数百キロの内モンゴルにはゴビ砂漠が、西へ2000キロの新疆にはタクラマカン砂漠がどーんと広がっています。
それらと比べれば、ちっぽけな箱庭のような存在に過ぎないでしょう。
それでも、起伏に富んだ曲線、美しい風紋、肌理細かい砂、無限に見える広がりが、異国情緒を存分に掻き立ててくれます。

前述のゴビ砂漠の砂は、春先強風に運ばれて黄砂となり、遠く日本までやってくることがあります。
こちらの砂はどうなんでしょうか。
何百年と姿を変えない山などとは違って、風によって砂が移動しますから、今見ている風景を2度と見ることはないなどと考えれば、ますます感傷は増していきます。

手が痛くなるほどの寒さでしたからレンズ交換が億劫で、ヘリゴンはこの時初めて使用しました。
すぐに驚いたのが、ヘリコイドが硬くなって動かなくなってしまったことでした。
他の3本は大丈夫でしたし、このレンズも室内では普通にヘリコイドハまわったので、あるいは寒さに弱いグリースが使われていたのかもしれません。
今回のヘリゴン、野外では無限遠専用レンズになってしまいました。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(4) | 2008/01/10 Thu

有栄養的飲料

R-D1/Rodenstock Heligon 35mm F2.8

新安故城の門。ひっきりなしに人が通っています。手前にも出店が。
それほどの名所だったのでしょうか。
少々色めきました。
しかし、門をくぐれば何でもない。普通に商店街と民家が連なっています。
単に住民が通りすがっているだけなのでした。
ただ歴史的建造物もところどころ散在します。
まさに地域密着型の名所なのでした。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Rodenstock Heligon 35mmF2.8 | trackback(0) | comment(1) | 2006/07/31 Mon
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