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我的仙鹤

M8/Summicron 35mmF2
1週間は早いですね。
重慶で撮ったライカM6のモノクロの回も今日で最後になります。
M8ですでに2週間も重慶をやっていましたし、M6も同じ場所で撮っているので、新鮮味に乏しく書くこともない状況でした。
ただ、数日前のバスのおじいさんと今日の食堂の写真はM8では撮っておらず、目にした瞬間にこんなところでも撮ってたんだと懐かしい気持ちになりました。

これは重慶滞在の最終日、午前中に比較的近隣の古鎮に行ってまた重慶に戻る前にふらっと入った食堂です。
探せばもっとマシなところはあったと思いますが、ちょうど斜向かいが重慶行きのバス乗り場になっていて、もうここでいいんじゃない的なノリで席につきました。
と思えば、わたしたちが乗ったバスがしっかり左端に写ってますね。

確か12時ちょっと前でしたが、すでにほとんどのテーブルが埋まっていて、個人的にはこういう庶民的な店は嫌いではないこともあって、けっこう期待の食事でした。
そして料理もその期待を裏切ることはなく、旅行の最終日のランチとしては十分に及第点だと満足したのを覚えています。
地元のお客さんでいっぱいになっている店なら間違いなしという旅のセオリー通りでした。

料理の味とともに思い出すのが看板娘です。
店に似つかわしくない服装をしているのを見ると、普段から働いているのではなく、この日から国慶節休暇が始まっていたので、都会の大学に行っていたあるじの娘が帰省したというのが正しいと思われます。
その娘は忙しいランチタイムだけ実家の仕事を手伝って、2時には地元の友だちと待ち合わせて遊びにいく段取りで、都会暮らしを誇示するための洗練された服装で注文取りしていたのだと想像しました。

掃き溜めに鶴と言ったらあるじに怒られるかも知れませんが、彼女はこの店にあって確かに輝いていました。
作例を見ればどこがと思う人の方が多いのでしょうが、失礼ながら重慶で見る女性はかなりの不作続きでしたし、旅の終わりの感傷も手伝ってわたしにとって圧倒的存在感です。

重慶の旅では市井の人から警察官までいろいろな人と話す機会を得ましたが、彼女のように田舎から出て都会で暮らしているという2つの世界を知っている人とは会話のチャンスがありませんでした。
多くの人は自分の置かれた立場から話してくれましたが、彼女のような違う環境を知っていればより違った考えを持っているかも知れず、より深い意見が聞けたのではと思います。
単に直感ですが、彼女とは親しくなれたように思えるのですが、それは旅が終わった後の感傷なのかも知れません。
感傷といえば、M8編で書いたようにこの古鎮の名前は依然として分からないままなので、古鎮や彼女までもが虚構だったのではと不思議な気持ちにさせられもするのです。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/11 Sun

白1小時

M8/Summicron 35mmF2
いまからちょうど20年前の1992年、わたしの人生に若干の影響を与える催しが東京で開かれました。
サッカーのクラブチーム世界一を競うトヨタカップ、サンパウロ対バルセロナの一戦です。
この試合を1-2で落としたバルセロナに魅かれ、以降、曲折は経るものの彼らひとすじにサッカー観戦しています。

かつては全試合ではないもののNHK-BSで観戦できたものの、何年か前にスペインリーグの独占放映権をWOWOWが購入したことで、WOWOW加入を余儀なくされます。
視聴料2100円がかかるようになって、できる限り毎節見るようにしていますが、月4試合とすると1試合ごとに500円払っていることになります。

今日、書こうと思ったのは、サッカーのことではありません。
貧乏症のわたしには、バルセロナを見るためだけに2100円も払うのは悔しいので、WOWOWがウリにしている海外ドラマを去年あたりから見始めているのですが、これがなかなか面白いのです。
面白いといって毎日見ているヒマもないので、土曜の夜に1時間モノを続けて2本見ていますが、2時間の映画を通しで見ると疲れてしまうわたしが、あっという間に感じるのですから、よくできているのだと思います。
CSIマイアミ10とボディ・オブ・プルーフ2という2本の犯罪捜査ドラマで、どちらも最新の科学捜査の積み重ねで証拠を集めて犯人を追い詰めていくという展開です。

ちょうどネパール男性のえん罪が分かったところですが、確か被害者の爪に残された皮膚のDNAがこの男性とは一致しなかったなどが今になって分かり無罪になったということのようですが、このドラマであれば真っ先に調べられて彼はシロではないのかと判断されるような初歩的なことのように思えます。
この事件の初動捜査はずっと以前のことなので現在とは捜査方法は変わっているのでしょうが、アメリカと日本で同等のものが行われているのか気になります。

太陽にほえろや西部警察世代のわたしには、犯罪捜査ドラマというと刑事の捜査は足がすべてで聴きこみによって証拠が見つかり、容疑者は時に人情、時に暴力で自白に追い込まれるという展開の連続だったと記憶しています。
それも時代のなせるストーリーだったということかも知れません。
しかし、いまの日本で科学捜査に重きを置いた犯罪捜査ドラマというのはあるのでしょうか。
あまりテレビを見ないので間違っていたら恐縮ですが、たぶん、そんなもの誰も見たがらないだろうという理由で存在しないのではないでしょうか。

ちょうと今夜、9時から先行する2本の前にNHKで実験刑事トトリという連続ドラマがあって、タイトルからもアメリカの2番組の向こうを張るものではの期待もあり、3時間ぶっ通しで日米犯罪捜査ドラマを見てみることにしたのです。
感想を率直に言えば、NHKの方はあまりにひどくて言葉が出てこないのですが、子供向けあるいはこどもからお年寄りまで家族団らんで見られるドラマに仕上げてみました、どう僕たち面白かったかな的な内容としか言いようがありません。

低予算なのでこの程度なのか、あるいは科学捜査などとやると難かしくて分からないとクレームがくることを恐れたのか、はたまたNHKの企画スタッフまでもが官僚体質で実はそれに怒った某知事が辞任して国政に打って出ようとしているとか…。
テレビを見てつまらないといっても、それはただつまらないんだからしようがない、といえばそれまでのことなんですが、日本の捜査手法が太陽にほえろ時代と変わってないのではないかと憂いたりして、どうも不安になってくるので今日の題材にする次第です。
いずれにしても地上波のドラマはもうしばらく見ることはないでしょう。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/10 Sat

哪里很辛苦

M8/Summicron 35mmF2
先週の土曜日に続いて今日も、友人の写真展の見学に行ってきました。
会場は渋谷の駅前とも言っていいような便利なところにあって、勤務先の新宿を6時に出ても余裕で間に合います。
レンズ仲間のknpmさんが参加しているその名もJapan Leica Clubのグループ展で、今回のテーマは「ライカはつらいよ」となっていました。
どんなつらい写真が待っているのか期待に胸ふくらませて向かいます。

ところが写真を拝見するに、残念ながらつらい写真と思われるものが1枚もありません。
つらい写真とはどんなものなのかもよく分からず出向いて、ああ、なるほどこれはつらいと感動できることを半ば期待していたのですが、やはりつらい写真などというものは存在しないということなのかと思ったものの、テーマは写真ではなくライカはつらいよ、だったと気付きました。

あらためてつらいライカということを意識して見学しなおします。
やはり意味不明のままです。
額装なしの方もいたので、ライカは高くて買ってしまうと他に金をかけられないのがつらいと言っているのかと解釈しようとするものの、明らかに無理があります。

どういう意味なのか聞こう聞こうと思って結局果たせませんでしたので、勝手に想像してみます。
ライカを寅さんになぞらえているとするのはどうでしょう。
ひとつところに落ち着くことができないライカさんは、いつものようにふらっと風任せの旅に出ます。
そこでひょんなきっかけから女性と親しくなり、やがてライカさんは熱烈な恋へと発展させます。
最初、満更でもなさそうに見えた女性は同様に恋していたわけではなく、ライカさんに対する敬意だったり慕ってくれたりするだけで、相互の気持ちが重なることはない。
しかし、それはけっして悲しいことではなく、ただつらいということであって男なら誰しも経験あることだと顔で笑って、背中はさびしげ。

この拡大解釈版だと多くの写真が合致するように見えました。
写真は、被写体に対して親密な感情をもってシャッターを切られ、それをわたしたちは楽しむけですが、撮られた側では撮影者を意識することはあっても恋することはないのです。
それを気付かせてくれたのが1枚の少女の写真で、彼女は撮影した方の娘さんだそうですよと教えてもらい、この1枚は他のスナップとは性格が違うのだと考えをめぐらすことができたからでした。

写真展の全作品の中でも、同じ方の窓越しに室内で作業する女性をとらえた1枚がわたしはいちちばん気に入りました。
knpmさんの展示は、写真の説明にレンズ名を入れて、別資料でよければその構成を確認してみてくださいと、レンズへの関心をそそるユニークなもので、在廊しないときでもレンズファンを失望させない姿勢がすばらしい。
全体には、メンバー全員がそれぞれのカメラ、レンズ、プリント、サイズで個性を全面に出されていましたが、逆に展示法については統一して、紙やフレームは同じものを使うなどした方が、一体感が出ると同時に皆さんの個性もより明確になって好いのかも知れないなどと思ったりしました。

会場ではみなさんにお世話になり、楽しい時間を過ごすことができました。
わたしは、先日オーダーした古いカメラが到着して、使い方が分からなかったこともあって持ち込み、詳しいメンバーの方にいろいろとレクチャーを受けることができるという収穫までありました。
皆さんに感謝申しあげる次第です。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/09 Fri

西光拍売

M8/Summicron 35mmF2
以前何度か取引したことがあるからでしょう、年に2回、ヴェストリヒトのオークション開催の案内が届きます。
まずはめずらしいライカが出てくることで有名で、軍用ライカなど毎度いくつも出品されてひとつのカテゴリーになっているくらい、ファン垂涎のカメラに出合えるオークションです。
わたしはレンズ専門に見て来ましたたが、よくぞこんなものがといつも驚かされ、落札できぬものかと夢見るもののさすがに勝てるばすもないというのがいつものパターンでした。

それでも時にはちょっとした自慢ができそうなものが落札できたこともあり、メインの出品は依然として高嶺の花でも、誰も鼻にも引っ掛けないようなもので落札できるかも知れない、ぎりぎり末席に参加できる仕入れ先のような位置付けでした。
また、ヴェストリヒトではカメラのみならず写真も売られていて、生まれて初めて写真を買ったのもこのオークションでした。

しかし、もう何度も書いているようにレンズブームがあって、並行して中国マネーの流入まであってで、もともと高かったこのオークションは格好の標的になったかのように価格が超暴騰してしまいました。
もともと燕尾服の紳士が集う豪華なパーティに知味なダークスーツでこっそり参加していたようなものだったのに、最近のヴェストリヒトは、パーティ会場に入ろうとして入り口で拒否されたようなものです。
前回から、一切の参加を取り止めることにしました。
お金持ちの皆さんだけで、どうぞ盛り上がってください。

今回は、開催案内が来てもオンラインカタログを開く気すら起きません。
反日デモの横断幕のように「Plasmat是中国的」とやられて、大陸にわたっていくの欲しいレンズを見るのが忍びないからです。
無視を決め込むつもりでいたのですが、今日、とうとう我慢できずレンズに関するカテゴリーの出品を覗き見してしまいました。
ひとつ威光を放つレンズがありました。

オリジナルのウィットネス用、セプタック2inF1.5です。
ウィットネスは独自のバヨネットとライカスクリューの二重マウントになっているので、ライカに距離計連動で仕えます。
確かにウィットネス用に試作されたという話は聞いたことがありましたが、実在していたのですね。
驚くべき発見です。

添付の写真を見ると、まず特徴的なのがレンズの外観で、5cmエルマーのように無限遠ストッパーを兼ねた指がかりが付いていて、エルマーのヘリコイドとマウントにセプタックの大口径レンズヘッドを乗っけたような形状をしています。
キノプラズマートも同様のデザインと言えますが、戦後のウィットネス用としてはちょっと不似合いな感じがしなくもありません。
戦後のレンズだけあって、ダルコーティングの刻印があって、淡くコーティングがされています。
また、写真にレンズヘッド部分が取り外されているものがあり、恐らくスクリュー式なのでしょうか簡単に外すことが可能のようです。

スーパーシックは3フィートのところで一端ストッパーがかかって、非連動ながら1.75フィートまで繰り出すことができるそうですが、セプタックでも1.8フィートまで刻印があって同様の設計になっていると思われます。
ただ、よく見ると、3フィートまでひと回り大きな文字の刻印がなされていて、それから小さな文字に変わるのですが、続いて「3.3、3.0、2.8…」となっているのがあまりに不思議です。
3フィートの次が、3.3フィートでまた3フィートに戻って、2.8というのは、意味が分かりません。

もうひとつ気になるのが、被写界深度の表示が絞り値1.5ではなく2.8から始まっていることです。
途中の数字が省かれるのなら分かりますが、F1.5、F2という最小絞りを飛ばというのは他に類例が無いのではないでしょうか。
その刻印文字もレンズ部分とは字体が違うのが気になりますし、指掛かり部分のメッキの色が違っているのも不自然な印象です。
いや、レンズヘッド部のメッキと鏡胴部のクロームメッキもよく見ると微妙に違う色をしています。
そもそもが、全体にクロームメッキを施したレンズなのに、先端部だけ真鍮にブラックペイントというのがいまいちのマッチングです。

そんな風に見て来ると、ウィットネス用に誰かがこさえた鏡胴なのではないかと思えなくもないのですが、天下のヴェストリヒトがオリジナルと言い切るのですから、それは間違いないことなのでしょう。
そもそもこのレンズはウィットネスのために試作されたのであって、どこか不自然さがあったとしても当然のことなのです。

これ以上、余計なことを言うのは止めにしましょう。
問題は、このレンズが一体いくらで落札されるかです。
エスティメート価格、10000~12000ユーロとなっていますが、過去にマウントなしのレンズヘッドが100万円を超えていることを考えれば、そんなもので済むはずがありません。
オークションは今月24日に開催ですので、その後にはいくらになったと笑いながらここに書くことができるはずです。
たなみに、わたしが持っている"Dallmeyer Anastigmat 2inchF1.5"が同じレンズですが、これは研磨しなくてはいけないほどのポロレンズだったものの確か3万円せずに入手しました。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(4) | 2012/11/08 Thu

在公交車上

M8/Summicron 35mmF2
現像したフィルムを焼いてもらったDVDを1枚1枚見ていくと、最初は何だか分からず、ちょっと考えてアッと思いだした老人がいました。
魚木塞という山奥の村から重慶に戻るとき、バスですぐ後ろに乗り合わせたわたしの苦手なタイプのおじいさんです。

どこにでもいるじっとしていられない性格の彼は、途中から乗り込んできたわたしに何やら話しかけています。
見かけん顔じゃがどこから来たんかのお、などと聞いて来ているようですが、訛りがきつい早口でよく聞き取れません。
すぐによそ者だと見破られて、ついには日本人だとばれると、彼の顔は意地の悪い笑い顔になったように見えました。
やはりそれは見間違えではなかったようで、やれ尖閣だ第二次大戦の侵略だと次々にまくしたて始めます。

わたしはひとつ前の座席なので上半身をひねるかたちで彼の方を向きながら話を聞いていましたが、あまりにしつこくそのうち前方を向いたままはいはいとあいづちを打っていると、肩を掴んで話を聞いとるのかとますます熱が入る始末です。
酔っ払いの相手をしているような状況ですが、実際はお昼にしこたま酒を飲まされて酔っ払っていたのはわたしの方です。
いつのまにか、わたしは眠ってしまっていました。

かなりの爆睡だったと思いますが、どのくらい眠っていたでしょう、ふと目が覚めると、またあの浪人が何やら話しかけて来ます。
しかも話しをしやすくしたかったのか通路を挟んだ真横に座席を移しています。
寝起きでやや不機嫌なわたしはこれで追い払えるかもと、カメラを取り出し、彼にレンズを向けたのです。
彼は何やら怒りだしましたが、1枚撮ってまたはい笑って~と言うと、プイと横を向いてしまいました。
以降は、まったく話しかけて来ず、途中のバス停でこちらも見ずに降りて行きました。
その時は、うまく撃退できたと思ったのですが…。

その時の1枚が、今日の作例です。
あの時は胸糞悪いじいさんだなどと思っていたのですが、あらためて見ると弱々しいおじいさんのように見えなくもありません。
重慶では日本軍の爆撃があったと言われていますし、被害にあったりなど積年の恨みもあったのかも知れません。
貴重な話だって聞けたかも知れず、今になってちゃんと耳を傾けていればと少々の後悔を感じます。

しかし、激しく揺れるオンポロバスの中でのスローシャッターでよくぞ手ブレしなかったものだと思います。
逆に振動が激しかったのでしっかりホールドできたということでしょうか。
中国を歩くとこんな人とよく合うのではと思われるかも知れませんが、わたしにとっては初めての体験で、どう対応していいのかよく分からなかったという面があったかと思われます。
もしまた同様の機会があれば、しっかりと相手の話を聞いて自分の意見もブレずに言わなくてはいけないのだと、思っています。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/11/07 Wed

差很少

M8/Summicron 35mmF2
デジタルだ、いやフィルムだという議論は、もうすでに過去のものになったのでしょうか。
ニコン、キヤノンの一眼レフ勢はもとより、ライカもM8が発売されてからすでに6年が経って、発売当初のような優位性を問う争いには意味がなくなったということのようです。
デジタルに完全移行した人、フィルムに固執する人、両者を使い分ける人、それぞれが自らの考えをもって立ち位置を定着させて独自の道を歩んでいます。

わたしは典型的なデジタル一本槍派です。
カメラはどうだっていいとまでは言いませんが、あくまで好きなのはレンズです。
買いまくったレンズが出番を待つ状態を考えれば、デジタルでばんばん撮るのが理にかなっています。
一方でフィルムを使う機会が激減することは避けられませんが、一度そういう状況になるとフィルムから疎遠にするというのがデジタルのもつ力ということなのかも知れません。

重慶の旅でM6も使ったことは、フィルムの力ということも当然なくはありませんが、ライカの力がM6を持たせたというのが真実です。
M8だってライカですが、マニュアル・ライカを使うとこれはライカではないのではという感覚になります。
M6はライカの中ではできのいいカメラではないという意見が主流ですし、ファインダーのなかで露出計のLEDがちかちかするのが嫌だという声も多く聞きます。
それでも、わたしには操作して楽しく、M8ではカメラに撮ってもらっているのであってM6は自分で撮影しているという気分に浸れるような気がするのです。

部屋にはM3、M4も出番を待っています。
しかし、わたしはもっと古いカメラを使って撮影したいとずっと考えています。
関西にオールドレンズを大判に付けて手持ち撮影するという、わたしの理想ともいえる活動をされている方々がいますが、そこまでは無理でも、中判で同様に古いレンズの手持ち撮影をするという構想は少しずつ進めています。
カメラも入手できましたので、いつかこのブログに掲載できるときが来れば最高の喜びになるでしょう。

さて、今日の作例は、昨日のお婆ちゃんの暮らす家の外から撮影したものです。
木の質感描写などさすが低感度の微粒子フィルムの威力が見て取れると言いたいところですが、実際にはわたしの眼力ではそこまで分かりません。
そのように見えるのですが、いや、これはM8の彩度モノクロで撮ったものだと見せられてもまったく気付かないとも思います。
PCのディスプレイ上だからであってプリントすればまた違うのかも知れませんが、その検証までする余裕がありません。

とは言え、2年振りにM6を使ってフィルム装填から巻き上げなどのフィーリングを思い出し、さらにはしっくりくるサイズや適度な重みを両手に感ずることなどはとても愉しい体験で、手ブレを気にしながらもそうやって撮った写真の1枚1枚には格別の思いがあるのは事実です。
結果は同じようであっても、1枚の重みということでは、やはりM6でのモノクロ撮影にそれを感じるのは仕方ありません。
ひとつだけ作例で気になったのが、すごくリアリティのある表現をしていると思えるのに、なぜか犬だけが別物のように写っていることです。
廃墟寸前の古い建物の厳然とした雰囲気を和ませるようなコミカルさが、異彩を放っているように見えてくるのです。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/11/06 Tue

黒白膠卷

M8/Summicron 35mmF2
2週続けて撮影に行かなかったので、写真ネタが無くなってしまいました。
ちょうど先月の重慶と今月の東莞で撮影してきたフィルムの現像がやっと上がってきましたので、今週はその中から重慶のものを取り上げさせていただきます。
先に出させていただいたものと撮影地は同じですので新鮮味はありませんが、このブログでフィルム媒体のものを出すのは初めてなので個人的には不安を感じつつの初日です。

重慶編のときもちらっと書きましたが、久しぶりにモノクロフィルムを使ってみたくなって、重慶の旅こそその絶好の機会と直前にフィルム調達に走りました。
メインで使うはずだったゾナーを日中開放で使うために低感度フィルムが必要でしたが、これがメーカーの製造中止などがあり、いきなり手に入れられない危機に直面することになります。
これは、フォトシャトンで代替の買い置きが何本かあったため、つてをたどってそのことを知りどうにか3本譲っていただくことができました。

ADOXのCHS25というフィルムで、ISO感度が25ですので、これならF1,5開放でも1/500、1/1000を真昼間から可能、のはずでした。
ところが旅行中はずっとどんよりした曇りが続いて、低感度は一転、使いづらいものになってしまいました。
1/15、1/30程度のスローはしっかりホールドすれば手ブレはしないと考えたのですが、ずっとM8メインに使ってフィルムはM6に詰めており、比較してずっと軽くなるM6は頼りない感じで撮っていてブレているような感覚がずっとつきまといます。

よく軽いカメラはブレやすいとか、いやそんなことはないとか議論になりますが、わたしはこの時軽いカメラブレやすい説は正しかったと確信するに至ります。
ところが、フィルムの上がりを見るとブレでいるものはほとんどありません。
軽くてブレるというのは、わたしも感じたのですがどうも錯覚なのかも知れません。
ホロゴンさんも、重いカメラの方がずっともっていると手に負担があってブレると書かれていて、なるほどそちらの方が真実のように思えて来ました。

ブレの不安からどんより曇りの日は撮影を控えたので、結局、フィルムを3本持って行ったのに1本と5枚程度しか撮影することができませんでした。
そこで、翌月の中国行に残りのフィルムが入ったM6をそのまま持っていってフィルムを使い切り、帰国後新宿の大手カメラ店に現像とDVDファイルに焼いてもらいます。
これがなんと8日間かかると言われ、料金も1本あたり1000円強かかってしまいます。
むかしは平気で10本くらい1度に撮っていましたが、現像外注ではそれだけで1万円なのでちょっと考えざるを得ません。

できあがったファイルは高価なだけあって完璧かと思えば全然そんなことはありませんでした。
ほこりが除去できないのか、ところどころ小さな点が目立たない程度に存在します。
点々はあなた自身で消してくださいねということなのかも知れませんが、面倒くさくてやってられません。
作例でも、M8だってJPEGで撮っているくらいなので、フィルムも吐き出されたファイルそのままに無加工です。

実はこれ、最初の1枚です。
暗い室内ですばらしい雰囲気を讃えていて、さすがフィルムと感心させられましたが、ヴィンテージプリント風のものはこれ1枚だけで、他はM8モノクロモードだといっても分からないようなものばかりに見えます。
個人的な感想では、いちばん最初の1枚が最高傑作で、あとはどんぐりの背較べになります。
これが傑作かと言われれば返答に窮しますが、明日以降はどんどんひどくなっていくということです。
ちなみにこの1枚は1/8を切っています。
よくブレなかったねと言ってもらえそうですが、これはテーブルでカメラを固定させているからで、灯りのない室内で手持ちはほとんど無理だと思います。
【M8/Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(6) | 2012/11/05 Mon

木彫的観音

M8/Elmarit 90mmF2.8
長きにわたった重慶の回も今日で最後です。
夏休みと旅は、過ごしているあいだは長く感じられるものの、終わりになってみるとあっという間に過ぎてしまったと思えてくるものですが、このブログの連載ではただただ長く感じるだけです。
以前は、旅で出合った美女の作例を最後にもってきて、終わりよければすべてよしとお茶を濁していました。
今回も、ひそかにその作戦を実行に移すべく準備していたのですが…。

名も知らない古鎮にはおよそ1時間の滞在、古びた食堂でお昼をとってバスで重慶市街に戻ります。
庶民的なスーパーで買い物をしましたが、翌日が中秋節のため月餅が大量に売られているので、重慶でなくても中国中どこでもあるのを知りつつ購入します。
友人も重慶製とき書かれていますが、これなら深圳でも買えるのではというお菓子をしこたま買い物かごに入れていました。
重慶ならではのものはないかと店員に聞くと、磁器口の名物だったお菓子があったので一袋買って帰ります。
ところがこれは、帰りの飛行機が1時間もディレイになってお腹が空いたので、ふたりで食べてしまいました。

スーパーがいまひとつだったので、午後は時間を持て余すことになります。
近くの大きな公園を散策することにしましたが、さーっとひと雨あったのでベンチは濡れてて座れず、近くに喫茶店でもあればいいのに中国では案外そういう店が見つからないものです。
そのうち、友人の友だちが用事があると帰ってしまいました。
友人は、たぶん彼女はこの間ずっと我々に付き合っていたので、麻雀がしたくて仕方なくなったのではと分析しています。

公園のいちばん奥に小さな博物館がありました。
入場無料だというので入ると、入り口にベンチがあって、友人はどっかと座って、わたしは休んでいるのでひとりで見てきてと笑っています。
こういう展開になるなら、やはり古鎮にずっといれば良かったと残念でなりません。

しかし、この博物館、展示はほとんどベッドというユニークなところで、開き直って見たせいかなかなか面白く思えました。
ベッドはどれもが19世紀のもので、天井があってとサイドに化粧台か朝食をとれるような台が一体化しています。
全体に中国の縁起物を中心にした彫刻で覆われていて、当時の家具職人が持てる技のすべてを駆使しましたという絢爛さがあるのに、実際に寝てしまうと外側の装飾が見えないという不思議にはかなさを感じます。
いちばん豪華なベッドには、中国3大ベッドのうちのひとつと説明がありました。
誰がその3つを決めたのかは、説明がありませんでしたが。

その並びに骨董品店がありました。
ちょっと覗いていると若い女性店員が話しかけてきたので、見ているだけです、あのベッドが売り物だったらほしいけど、と返事します。
すると、わたしの下手くそな中国語で外国人と気付いた彼女が、英語に切り替えて話しかけてきます。
観光に来たのかとか他愛のない会話ですが、大学を出たばかりという彼女はなかなか美人と気付きます。

重慶の旅では、これまで美人にはさっぱり出合うことがありませんでした。
屋台のお姉さんが唯一の例外でしたが、旦那さんと俳優の卵といっしょにVサインしている写真は暗い中でパッとしません。
骨董屋さんの彼女を撮らせてもらおうという下心がはたらいて、1950年代に作られたという観音像を買ってしまいました。
木彫ですがプラスチック製のように見えなくもありません。
その旨告げると、ここは重慶市で経営しているアンティークショップなので、偽物は一切ありません、安心してくださいと言って優しくほほ笑みかけます。
笑顔につられて買ってしまいましたが、もちろん200元というのを120元まで値切っての購入です。

その笑顔が今日の作例になるはずでしたが、いま見ると、けっして不美人とは言いませんが、かといって美人とも言えぬごく一般的な顔立ちで、自分の記憶とのギャップに驚かされました。
旅ももえ終わりだという感傷的な気持ちが、彼女を美女に仕立てたのかも知れません。
代わりに持って来たのが、名前も知らぬ古鎮での緩い空気感の漂う作例です。
あまり盛り上がることもなく、ずるずると日数を消化していった今回の旅の気分を、2匹の犬がぴたりと表現しているように思われました。
【Elmarit 90mmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/21 Sun

涼不要火

M8/Summicron 35mmF2
名も無きというか、尋ねるのを忘れていた古鎮は、どこをどう撮っても絵になるような雰囲気でしたので、今回の旅ではいちばんの撮影枚数になりました。
それでも撮影したのは100枚にも足りなかったのは、ここにも1時間も滞在しなかったからです。
フィルム時代の感覚なら3本撮っているのでかなりのペースでの撮影と言えますが、無尽蔵のデジタルではいかにも少ないという印象です。
関西の速写名人ホロゴンさんなら、通勤途中の息抜きで撮り切ってしまえる枚数です。

重慶を8日間旅したのですが、撮影枚数は1000枚に届きませんでした。
一見たいへんな量ですが、1日100枚ちょっとというのは、やはりいかにも少ないと言っても多くの人が肯定することでしょう。
いつも、旅をすれば1日200~300枚は撮りますので、わたし自身少なさに驚き、間違ってデータを消去してしまったのではと思ったくらいです。
移動時間が長かったこと、期待の古鎮がいまひとつで短時間しか見なかったこと、全般に天気が悪かったこと、メインのゾナー50mmが壊れて戦意喪失したこと等理由はいくつか見つかりますが、ひとりではなく同行者がいて撮影に専念する時間が少なかったことが最大の原因ではないかと思われました。

カメラの件で言えば、とんだ失敗をしています。
今回は、Summimomuさんとの交流から刺激を受けて、モノクロに挑戦しようとM6を持って行きました。
フィルムはゾナーを開放で使うために彼が手配してくれ恵比寿のフォト・シャトンまで買いに行った低感度のものを用意しました。
傑作が撮れたら、Summimomuさんにプリントしてもらう約束まで取り付けています。

ところが、ここぞという古鎮ではことごとく雨やくもりに見舞われて、ISO25のフィルムでは1/8か1/15という状況ばかりで手ブレとの戦いです。
特に重量級のM8から切り替えると、M6はふわっと軽く感じられ手ブレしているような感覚が頭を離れません。
軽いカメラは手ブレしやすいというのは本当なのだと実感しました。
こちらの撮影は1本半で、まだフィルムが残っているので撮り切ったら現像に出すつもりです(現像するではなくスミマセン)。
あまり期待もできませんが。

とは言うものの、この古鎮で撮った写真は、作例のものとことごとく似たような雰囲気のものばかりで、同工異曲という言葉通りです。
100枚をいくら少ないと言ってみても、1枚を3秒でばんばん見ていっても5分もかかるのですから、やはり相当な枚数だということです。
いつも思うのですが、ライカという特別なカメラを持って、さらにはレンズまで気合の入ったものを付けているのですから、漫然と撮るのではなくよりハイレベルなものを撮るよう工夫が必要です。

身分相応ということもあるので、常に進歩というのは不可能ですが、例えば2週間に1枚くらいはインパクトのある作例、類例のない作例、あるいは賛否両論何だこりゃという作例をアップできなくてはいけないのではと考えています。
古鎮を紹介するものではなく、レンズの特徴をあぶり出しているわけでもない、もちろん芸術というレベルには程遠く、自分を表現しているのだなどとは間違っても言えない、そんな中途半端な作例を出し続ける意味に疑問を感じない方がおかしいのです。
【Summicron 35mmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(4) | 2012/10/20 Sat

像宋代古鎮

M8/Summicron 35mmF2
重慶の旅の最終日は、夜の便で深圳に戻ることになっています。
どこへ行こうか、どこを案内しようか、3人で議論になり、結局、わたしのゴリ押しで、またもや古鎮に行くことになりました。
ふたりには申し訳ないので、ひとりで行くと言ったのですが、重慶でわたしを一人っきりにするのが不安なようで、付いていくと言って聞きません。

昨日の偏岩よりもずっと近くに似たような古鎮があって、行ったことがあるので案内するとのことです。
お昼はそこで食べて、午後に重慶市街に戻ってスーパーでおみやげでも買って帰ればいいと提案してくれます。
友人が深圳の勤め先におみやげを買って帰らなくてはと言っていたので、そういうルートになってしまいましたが、個人的にはおみやげはいいのでひとり古鎮に行って空港で合流したいと言いたいところですが、これまで迷惑をかけどおしだったので素直に従わざるを得ません。

今日もまた、路上に出た友人の友だちが「ニャーッ」と大声を発してタクシーを止めたところから、今日の古鎮行はスタートします。
実は、近場の古鎮ということでそれほど期待していなかったため、この古鎮の名前を聞くことすら忘れていました。
しかし、この古鎮が実に良かったのです。
古鎮自体は地味な存在なのですがタイミングがぴったり合うとこうも良くなるのかというお手本です。

9月29日は1週間に渡る国慶節の休暇が始まる日です。
多くの人が休暇を利用して旅行に出掛けており、日本のニュースでも高速道路を無料開放したために大渋滞が発生したとか、万里の長城では朝の山手線のラッシュ並の大混雑になったとか、新疆の砂漠で何度も観光客を乗せたラクダが過労死したとか報道されていました。
都会に住む富裕層や中間層はそんな旅行も楽しめますが、地方の庶民はまだまだそんな余裕はありません。
もっとも彼らまで余裕で旅行するようになったら、すべての観光地が大パニックになるほどの人であふれてしまうでしょうが。

地方の老百姓と呼ばれる庶民はどうするのかと言えば、大型連休の祝祭的な雰囲気の中、家の近くで遊ぶということのようです。
訪れた名も知らぬ古鎮はたくさんの人でごった返していましました。
若い人は都会に出稼ぎに行っているからでしょう、古鎮は老人銀座となっていて、友人と目を見合わせながら、まるで50年前の世界にやって来たみたいだと言って大笑いしました。

昨日の作例では、パイプをくわえた男性がとくに時代がかった服を着ていたので、この人だけなら100年前に見えるかも知れません。
これはかなり異彩を放っていましたが、他の老人たちもむかしの人民服のような地味な出で立ちの人が多いので50年前の世界に突然降り立ったというのはちっとも誇張ではありません。
作例は、この老人が気になっていもの腰だめでノーファインダー撮影したものですが、そんなことをせずとも真ん中にどんと立って、気の向くままにあっち向いたりこっち向いたりしながらシャッターを切ればいくらでも古鎮写真が量産できるような状況でした。

それからしばらく歩くと、もっとすごい人がお茶をすすっているではないですか。
これは50年100年どころか宋代の格好にしか見えません。
あれって辮髪…?
長いこと中国を歩いてきましたが、もちろんこんな人を見るのは初めてです。

ここでも、わたしは店内にカメラを向ける勇気が出なくて、根性なしのノーファインダーでした。
ただの目立ちやたがり屋だとしたら、むしろはいチーズと撮った方がよかったのかも知れませんが、カメラを向けた瞬間に、お主、何をするか、と投げ飛ばされるのではと心配になりました。
観光用の衣装なのではと疑う向きがあるかも知れませんが、それは無いと断言できます。
なにしろ、観光で来ていたのはわたしたち3人だけだつたのですから。
【Summicron 35mmF2 F2】
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Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/19 Fri

我們只有一個

M8/Summicron 35mmF2
もう20年前とか大昔の話ですが、台湾の地図には自国を中華民国と名乗り、首都は南京になっていると聞いたことがありました。
一方の中国の地図は、当然、中華人民共和国となっていて、台湾も台湾省と書かれ自国の領土としていました。
いつ頃の地図かは書かれていなかったもののたぶん尖閣は自国領土だと言い始める1970年代より前のことでしょうが、その中国の地図では、尖閣諸島は日本の領土となっていたと先日の新聞で読みました。
これはまずいと思ったのか、中国の出版社が尖閣の地図を出したというニュースも見ました。

中国のポータルサイト最大手「百度」は中国のサイトとしては使いやすいのでわたしもよく利用しますが、中でも百度の地図は地名を入力するとそこがクローズアップされたり別の近くの地名を入力して交通の検索もできるなど旅するための便利アイテムです。
その百度地図はやはり台湾は中国領土としていますが、尖閣のあたりは国境線が無くなっていて、どの国の領土か分からなくなっています。
百度が日本にも法人を設立しているので、その辺の配慮と言う事情があったのかも知れません。

この地図ですごいのは、ベトナムやフィリピンの中国に向いている側の海域をすべて中国領にしているところです。
まるでその両国には海が無いと言わんばかりに。
中国には西沙諸島と南沙諸島で領土問題があるので、地図上では中国領だと有無を言わせぬ姿勢をとるかのようです。
とすれば、なおのこと尖閣を自国領としていないことが尚のこと不思議に感じられます。

では、中国人のうちどれだけの人が尖閣は中国領だと思っているのだろうかと言えば、わたしは、ほぼ100%そうだと思います。
重慶滞在中、ホテルでテレビをつけると必ずどこかしらのチャンネルで尖閣問題の放送があって、御用学者のような人から政府関係者とか軍人などが出演して、歴史的経緯とか今後中国が為すべきことなどを真剣に論じたりしているのですが、そこでは中国には都合の悪い事実はすべて省略されているうえに戦争によって日本に盗られたという論調になってしまっているので、見る人は、よほど懐疑的でもない限り尖閣は中国の領土だと刷り込まれてしまうのは無理のないことです。

愛国心に燃える人は日本を許せぬとなるでしょうが、それはまさにテレビ番組をコントロールしている政府の思い通りと言うことです。
ですが、一方で貧困層等は自分たちの生活で手一杯で遠く離れたちっぽけな島のことにまで関心は向かないでしょうし、問題意識が強い人はそんなところに軍事費を注ぎ込むくらいなら我々の生活の改善に投じてくれと憤懣やるかたなくなるということになっているのだと思います。

巫山にいた時、夜、ひとりホテルの近くを歩いていて美女がつくってくれる焼き物の屋台があったので入ってみました。
すぐにその旦那さんがやって来てがっかりだったのですが、他に客が来ないのでいろいろ世間話をしているうちに日本人とバレて、尖閣のこととかお互いどう思っているのかやりとりしました。
20歳代半ばの若い彼らは、こんな商売をしているくらいだからあまり興味はないけど、尖閣は中国のものだと思うと言います。

日本人はどう考えているのと聞かれて、わたしは、客観的な事実をいくつか並べてこういう事情なので誰がどう考える以前に尖閣は日本としか考えようがないのだと説明しました。
わたしはノンポリですし、尖閣のことを学んだこともないのでニュースなどの受け売りですが、19世紀に日本の調査団が尖閣はどこの国にも帰属していなかったことを調査して日本領にしようとして異議がでなかったこと、そのため島内に魚の加工場を建設して人も住んでいたこと、中国もアメリカも尖閣は日本領と文書などで認めた事例があること、ところが70年代になって近海に海洋資源があることが分かった途端中国が自国領だと突然主張し出したこと等を説明すると、彼はどれひとつとして聞いたことがなかったと冷ややかに笑いました。
日本には政党がいっぱいあるんだろう、我々にはたったひとつだけさ、彼らが言ったことがこの国ではすべてなんだからと、付け加えました。
美人の奥さんが、その後ろでうなづいています。

路上の屋台でオープンに話す内容ではないとお互い気付きました。
話題は、日本の物価のことに変わります。
近くで買った瓶ビールを例えに、これは日本だと500円以上すると言うと信じられないという顔でそんなに高いのかと驚いています。
日本は物価が世界一高い上に、中国政府は人民元を懸命に安く抑えているのだが、これによって中国の産業が守られているので、これは中国政府の評価されることではないかと思う、とフォローにならない説明をしました。

何しろ、屋台はかなり旨かったので8品頼んだのですが、会計すると16元と言われ1品すべて24円とめちゃくちゃに安かったのです。
屋台は庶民が利用するところですから安くなくてはいけないのですが、かなり注文して30分以上粘った料金が200円にもならないのですから、彼らの生活の厳しさがうかがえます。

話はまったく関係なくなりますが、この屋台にずいぶんとハンサムな青年がやって来て、途中話に加わって来ました。
ここで仕事しているのかと聞くと、そうだというので何をしているかたずねると、映画の撮影をしているとの答えです。
てっきり、観光用の映画でも撮影しているスタッフかと思いました。
彼は、もう帰って寝なくちゃというので、せっかくの機会ですしと言って屋台の夫婦と3人で写真に撮らせてもらいました。
奥さんが美人だったのでもともと撮影しようと思っていましたし。

その奥さんが彼が去ったあと言うには、彼は俳優だったそうです。
まだ若いので無名ですが、彼は中国の有名な俳優・趙本山の愛弟子なので、そのうち彼もブレイクするかも知れませんと、教えてくれました。
いま、小三峡の自然を活かして歴史上の映画を撮っているのだとのこと。
それだったらサインでももらっておけばよかったし、あるいはもっと親しくなって女優の友だちでも紹介してもらえばもっとよかったですね。
【Summicron 35mmF2 F2】
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Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(2) | 2012/10/18 Thu

超編

M8/Summicron 35mmF2
いくつかあった候補地からわたしが選択した古鎮は、偏岩でした。
どこの古鎮が好いかなんて、本やネットの情報を見てもよく分かりません。
すごく好くてアクセス便利なところはテーマパーク化してしまいますし、では逆に不便なところにするとゴーストタウン化しているという経験をすると、そのどちらでもない古鎮は勘で探すしかないようです。
偏岩がそういう古鎮と思ったからという訳ではなく、古鎮の近くに峡谷の観光地があるとあったので、古鎮に感心ないだろう友人たちにはせめてそちらで楽しんでもらおうとの配慮から決定しました。

バスでおよそ1時間半かかるそうですが、これも彼女たちへの配慮でタクシーをチャーターしていきます。
ふたりとも乗り物が苦手で、バスなんかだと前方の席に座らないと、しばしば気分の悪そうな顔になっています。
45分ほどで到着しましたが、なるほどこの偏岩はなかなかに見どころある古鎮でした。
かたわらを渓流が流れ、古い家並みの美しい石板が敷かれた小路が並行しています。
小道は二またに分かれていて、左に行くと川原に出て大きな木が立ち並び、右に曲がると古寺のある広場につきあたります。

このように、古い村がコンパクトにまとまっていて、重慶の郊外のためか住人が多く適度に活気があるのが、偏岩の魅力です。
ゆっくりと味わうように歩いて、ときおり建物の木彫のディテールを見つめたり、ぼんやり座っている老人を撮影したり楽しみました。

が、ふたりにはまったく村に興味がないようで、どんどんと先に歩いていってしまいます。
友人の方は実家が大昌という古鎮だということは書きましたが、その友だちの方も生まれたのはこの偏岩と似たような村で、聞くと懐かしいような気持ちになれたものの、ただ古くて何もないところを歩いてもちっとも面白くないと言います。
それは申し訳ないと恐縮しましたが、どうぞ気にせずゆっくり見てくれと気遣いするので、わたしはますます恐縮してしまうというまずいパターンです。

ところで、彼女は2児の母ですが、今は離婚して子どもたちを実家に預けてひとり暮らししているとのことです。
旦那さんはお金持ちだったそうで、慰謝料と養育費、さらには持っていたマンションを2戸分もらって、ひとつに住んでもうひとつは人に貸して家賃収入があるので、毎日麻雀などやりながら遊んで過ごしているようです。
なかなか豪快な女性で、食事なんかはほとんどわたしと変わらないだけ食べるのでびっくりさせられました。

いちばん印象に残っているのがタクシーを探している時、かなり大きな声で「ミャー」(?と聞こえる)叫んで捕まえていたことでした。
重慶ではああやってタクシーに乗るのかと思ったのですが、他に叫んでいる人を見かけませんでしたし、友人も大笑いしながら見ていたので、彼女が編み出した技だったのかも知れません。
まるでターザンが目に見えない距離にいる動物を呼ぶような野性味がありました。

作例は、偏岩の古寺で拝んでいると、バイクが通り過ぎた時のものです。
境内を走行するとは罰当たりなと思ったのですが、問題ないようなので、ここは境内ではなく広場だということなのでしょう。
前方の建物もお寺の施設ではなく、普通の古民家なのだと後で気付きました。
バイクも、よく見ると息子、父ちゃん、娘、母ちゃんが一家揃って4人乗りしています。
ヘルメットもしないで心配ですが、その分スピードは出さないようです。
おかげで、気付いてから慌ててカメラを構えても、どうにか撮影に間に合いました。
【Summicron 35mmF2 F2】
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Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/16 Tue

兎肉很好吃

M8/Summicron 35mmF2
もう慶の回になって3週目になりますが、特に新たなネタもないことから、このまま続けて行くことにします。
魚木塞からの帰り道、村の宴会に入れてもらうなどしてから万州行きのオンボロバスに乗り込み慶を目指しました。
宴会でビールと白酒を浴びるほど飲んでふらふら状態だったので、バスに乗ってすぐ眠ってしまいました。
隣のおばさんに揺すり起こされたのでもう着いたのかと立ちあがりかけると、そうではありません。
車内を洗うために水を流したところで、わたしの足首にまで水が来ています。
まだ半分も走っていないところで、なぜに車内を洗う必要があるのかよく分かりませんが、おそらくそれで15分は時間をロスしましたし、わたしはその後しばらく靴をたっぽんたっぽんさせながら歩くことになりました。

1時間半と言われたのにやはり2時間かかって万州に到着しました。
タクシーでバスターミナルを移動するとすぐの発車で慶に向かいます。
当初の予定では5時までに着いて友人たちと食事をともにするつもりだったのですが、これは厳しくなりました。
8時到着予定だったので、ご免、ご飯は食べててと友人にメールします。

ところが、8時にバスターミナルに着くと、彼女たちが待っていてくれました。
よく無事にお帰りでと暖かい言葉をかけてくれます。
みんなで、慶火鍋の店に行きました。
到着の翌日にも行って行列がすごくてあきらめた店でしたが、時間が遅かったおかげですぐにテーブルにつけたものの、やはり混んでいます。
散々待たされた挙げ句に、わたしの旅の話まで聞かされて、彼女たちもご苦労さまです。

火鍋の話題が出たので、慶の食のことに触れておきたいと思います。
慶もかつて四川省に属していたことからも分かるように、料理は全般に辛いです。
さらに、痺れる辛さも加わる、いわゆる麻辣な食べ物が多くあります。
痺れる辛さの麻とは、花椒と言う日本で山椒と呼ばれる小粒の木の実を入れることで意図的に作り出されます。
これは本当に舌がマヒするくらいの痺れで、わたしは辛いのは平気ですが、この麻は大の苦手です。
たぶん、ほとんどの日本人は現地で麻婆豆腐を食べても、舌がすぐに麻痺して辛さに驚く前に味覚がなくなってしまうでしょう。

幸いにして友人もその友だちも、わたし同様、花椒が苦手なのでオーダー時に入れないでねとお願いしたので難は逃れることができました。
あとははひはひする唐辛子の辛さに耐えられれば、料理はすべて美味に感じられること請け合いです。
今回食べたなかでいちばん旨かったのは、酸菜鶏という名前の鍋料理で、酸菜というちょっと酸味のある野菜とたくさんの薬膳などを入れたスープに、いま〆たばかりのトリをぶつ切りにして入れた鍋料理です。
スープがまず絶品でまずはこれを味わい、トリが煮たつとその味が沁み込んで、なんなんだこの味は!?と絶叫したくなるほどの美味を堪能することができます。
辛くないので子どもからお年寄りまで誰でも食べられるのも好いです。

ええっというものも体験しました。
ウサギの激辛スープ煮のような鍋です。
中国ではウサギ肉は高価で旨く人気があるのですが、この鍋は安価です。
その理由は、ウサギの顔だけしか使っていないからだと、食べている時に気付きました。
日本では愛玩動物のウサギが、ニタッと笑ったような歯をむき出した状態になったのが、鍋狭しと20匹くらい並んでいてオカルトに近い世界です。
ところが、さすが高価なウサギは顔面の肉も当然に美味で、気付くとがんがんといただいていました。
別のところでは豚足の鍋も食べましたが、これに比べると全然普通の肉料理に感じられます。
簡単にまとめてしまえば、重慶の料理恐るべし、です。

食通が、重慶の食べ物について書いたらキリが無いかも知れませんが、わたしは食べ物に関しては刹那主義で、翌日にはなんだか忘れてしまっているので、このへんでよしにしましょう。
その翌日には、どこに行こうかみんなで迷ったあげく、わたしのたっての願いで、郊外の古鎮に出掛けました。
食については完全に満足だったのですが、今回訪れた古鎮には不満が残っていたからです。
いよいよ、重慶の滞在も残すところ2日となったところでした。
【Summicron 35mmF2 F2】
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Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/15 Mon

又最高又最低的午餐

M8/Summicron 35mmF2
魚木塞は1泊だけで、翌日10時過ぎには出発しました。
朝のうちは、ご飯をつくってくれたり、昨日の作例の古民家まで案内してくれたり、宿泊した家の家族が面倒みてくれましたが、彼らにも畑仕事とか家事などやることが無いわけではありません。
村の中には他にも見るところはありましたが、徒歩1時間以上かかるし、迷子になるかも知れないと聞いてあきらめ、早々に重慶に戻ることにしたのです。

この日は、夜に友人と合流することになっていて、彼らと名物の火鍋を食べるとも約束していたのです。
のんびりし過ぎていては夕食に間に合わなくなってしまいますし、これ以上心配をかけたくないとも考えました。
というのは、単独行動になってからかなり心配させてしまったようで、友人からはこの2拍3日のうちにひっきりなしに安否伺いのメールが来ていました。
友人にも警官にも、心配ばかりかけてしまいまったく身勝手な旅人だと反省します。

奥さんから、また必ず来てねと見送られます。
そういえば前夜、利川の町の中学校で寄宿舎暮らしをしているという愛娘の写真を見せてくれましましたが、そこに写る彼女はびっくりするくらいの美少女です。
写真を加工してあるのではと疑ったものの、友だちたちと写っているものなど他の子はごく普通の顔なのに、彼女だけはひとり女神のような美しさで他を圧倒しているのでいじったりしたものではなさそうです。
娘さんをモデルに写真を撮りたかったなあと感想をもらすと、次回来る時は電話をくれれば娘に村を案内させるからいっぱい写真撮ってねと真面目に言いながら電話番号をくれたという次第です。
その機会はあるでしょうか。

魚木塞の子どもたちが1時間以上かけて通学する町まで、わたしの足では30分ほどで到着しました。
この日は昨日の悪天候から一転、今回の旅でいちばんの好天で、例の門のとこでも両サイドが崖になっている風景を堪能することができました。
30分の間に5組くらいの人たちとすれ違いましたが、みな気持ちよく挨拶をしてくれ中には話しこんで自分は日本人だと告白した相手もいました
昨日は北京から来た旅行者のグループに会い、どこからと聞かれ正直に日本からといってこんな時機に着て申し訳ないというと、なに言ってるんだ、ほら、われわれはみんな日本のカメラを使っているし、みんな日本が好きだよと言われて、その後はむしろ積極的に日本人だということをアピールすることにしていたのです。

町に着いて、子どもをあやしている若いお母さんたちにバスのことを聞いたところ、重慶に行くのならここからバスに乗るよりはバイクで下の町まで行って万州行きのバスに乗るのがいいと教えてくれます。
バイクを呼んでくれた上に価格も交渉してくれ、次に来る時はウチにも泊って行ってと送り出してくれました。
ちなみに、この町の名はわたしの名前と同じ名前で、好い印象を持って通過することができました。

雨だと怖いバイクの下り坂も天気がいいと爽やかな風を乗せて進んで行くフィーリングです。
15分ほどで万州行きのバスがあるという村に着いたのですが、そこで聞くと1日数本のバスは2時間後までないと言います。
ちょうどお昼時ですし、あせっても仕方ないので村で唯一のレストランでランチをとることにしました。
ところが、その小さなレストランでは村の会合があって40人ほどの人が食卓を囲んでいます。
何か食べれるか聞くとわたしたちといっしょにいかがですかと、村の重鎮とも見える老人が誘ってくれました。
これはとてもラッキーなことでした。
なぜなら、土地の名物料理を10皿以上楽しむことができたからです。

わたしが重慶に戻ると言ったことと、ビールの乾杯が続いてみな酔っていたからでしょうか。
彼らは最初、わたしを重慶の人間だと誤解していたようです。
ところが、会話がスムーズではないのでどうもおかしいとどこからかと聞かれ、日本人と答えました。
テーブルは少しどよめきましたが、遠いところよく来たとみな歓迎してくれます。
むしろ左隣の男性とはそう言った以降より会話が続いて、できれば今日は重慶に行かずウチに泊って行ってほしいと言われたくらいです。
国のことと個人のことはまったく別で、われわれこそ仲好くやって行かなくてはいけないんだとも。

しばらくして、村の党委員長だというでっぷりした男が酒をつぎにやって来ました。
お前は日本人なのかと聞かれてそうだと答えたその瞬間、テーブル全体が少し緊張するのが分かります。
彼は、今回の日本の行動は許せないし尖閣は中国の領土だが、お前が遠路はるばる来たことは歓迎するとかなり高飛車に言います。
わたしは彼の言うことにではなく態度にちょっとムッと来ましたが、ここでヘンなことを言って問題になってはたいへんなので、尖閣の問題は個人が決めることではないと無難なことを言って逃れました。
この村でのやり取りは、村民はおおかた個人を非難しても仕方ないと言っているのに対して、党関係者がモノを言うというところが、中国の縮図のように感じられます。
村人がこの男に遠慮がちで、何か言いたげなのもこの感を強くさせました。

作例は、バイクに跨っていた時にすばらしい棚田があったので止まってもらい撮影した時のものです。
何枚か撮っていると老人が歩いてきたたので、ちょっと後ずさりして彼も入れて撮影しました。
こういう写真なら絞り込んで、パンフォーカスで撮るべきだと今になって思いますが、無限遠のままで老人はピンボケ、棚田も一部が小さく写るだけの気のきかない作例になってしまっています。
唯一、天気が好く、環境も良さそうだということだけが分かる、いつにも増しての凡作になってしまいました。
【Summicron 35mmF2 F2】
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Leitz Summicron 35mmF2 2nd | trackback(0) | comment(0) | 2012/10/14 Sun
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