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拍得一般般

M8/Elmar 50mmF3.5
昨日、今日の作例で、いよいよ旧エルマーの登場です。
旧エルマーとは何か、どうやって入手したかについては何度か書いたので今日は省略しますが、ライカⅠ型でも初期のタイプについていたゲルツ工場で製造されたガラスで作られたのが旧エルマーで、さきのカメラオークションで落札した四千番台のⅠ型改造のⅡDにその旧エルマーが付いて来たのでした。

さすが旧エルマーで、その後のものとは写りがまったく違います…、といこうはなく、わたしの目には普通のエルマーと区別がつきません。
あるいはじっくり比較することで、差異が浮かび上がってくるかも知れません。
それは、今後の楽しみとしてとっておくことにします。
いや、放っておくと外観がそっくりな普通ニッケルショートエルマーと取り違えてしまいますので、これは近日中に必ず比較します。

そんな具合なので、今回の2枚のパッとしない作例では良いんだか良くないんだかの判断材料にすらなりませんね。
この日もすべて開放で撮っているのですが、夕方4時くらいからだいぶ暗いうえに、山手の洋館の中に入ったりしたため、スローシャッターの多くは手ブレしてしまいました。
手ブレをまぬがれたものも被写体ブレしていたり、被写体の顔がはっきり写っていたりで、ブログに掲載できるものがこれくらいだったので仕方なかったのですが。

直感的な印象で言うと、1920年代のレンズとしてはかなりシャープと言えますが、突出しているかといえばそれほどでもないような気がします。
また、解像力はあきらかに高いとは言えません。
よいところ中位というところですが、これも製造年代を考慮すれば良しとすべきところなのかも知れません。
コントラストも想像していたより、少し低く感じます。
とりたてて、特徴が見出せない、それで、どうしても比較することの必要性を思うわけです。

散策の方は、山手の商店街でお茶を飲んだ後、長躯、馬車道まで出て食事して解散になりました。
実に朝から晩まで、ずっとksmtさんと行動をともにしたことになります。
ずっとわたしに付き合ったksmtさんもうんざりだつたことでしょうが、思いもかけず、その翌週も同行の撮影になりました。
毎月1~2回くらいのペースで同行できるのがいいかなと思っていますが、こんな風に立て続けになることがあれば、合わない時は数ヶ月のブランクになったりもして、この付かず離れずな関係がわたしは気に入っています。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/26 Thu

愛好掃墓

M8/Elmar 50mmF3.5
出初め式のプログラムはまだまだ続いていましたが、そろそろお昼の時間も近づいてきましたので、中華街方面に向かいました。
今回、初めて見学した出初め式ですが、以前からずっとこんなに人出があったのでしょうか。
カメラを持った人がこれだけ多いのを見ると、カメラを買ったはいいが何を撮ればいいか定まらない人、ブログを始めたはいいが何を書いたらいいか分からない人が、このボリュームの何割かを形成しているような気がしてなりません。
もちろん、わたし自身がその両方に該当しているので、とやかく言う資格はあまりないのですが。

ゆっくり歩いて中華街に到着すると、恐れていたとおり、またすごい人出に圧倒されることになります。
ランチタイムなので当然ですが、ものすごい人の流れがあるうえに、人気店の前には行列ができてそれを堰止めたりしていて、ほとんどカオス状態と呼びたいくらいでした。
いつも困るのは、中華街の中でどこが美味か知らないし、ここは旨いと連れて行ってもらったところでも大したことなくて満足を得られた経験がまったくありません。

中国であちこち食べてもなかなか美味には出合わないのですから、観光地のレストラン街でそんなに旨い店がなくてもあたりまえです。
幸いこの時はお腹が空いていたので、よほどのはずれの店でない限り、満足感は得られるはずです。
たまたま歩いていた先に上海料理で10品くらい付いて1000円というあきらかに質より量という店があり、席も空いていたのでいただいてみることにしました。
味はいたって普通でしたが、なにしろ腹ペコだったので満足度は高かったです。

安くて旨いこんな店があるよ、などの情報を期待したいですが、なにしろネット上の口コミ情報はまったく信用できないことが明白になって、有益な情報はやはりお金を払って買わないといけない時代に戻ったのだと痛感します。
そういえば、少し前に話題になったミシュランに、中華街の店は何軒掲載されているのでしょう?

さて、お昼を食べ過ぎたので、今度は歩いて消化のアシストをしてやらないといけません。
山下公園、みなとが見える丘公園、山手ゲーテ座と延々歩いて、外人墓地に到着しました。
今度は時間が少し遅いせいか、人がまたいなくなってしまいました。
どうも今日は人がいるところいないところが極端です。

撮るものもなく手持無沙汰にしていると、いままで墓地の管理小屋か何かだと思っていた小さな建物が、ちょっとした資料展示室のようになっているのに気付きました。
面白かったのは、山手の墓地なのでカトリック、少なくともキリスト教の墓地だと思っていたのですが、プロテスタント、ケルト、ユダヤ、フリーメーソン等々いろいろな宗教や結社などのお墓があって、文字通りの外人のための墓地だったと分かったことです。
お墓の意匠もそれぞれの象徴を図案化したもので、そういった説明を読むことで西洋文化の一端を理解することができます。

墓地をめぐって、歴史上の人物や有名人の墓に参るのが静かなブームだと聞いたことがあります。
墓マイラーとか言うのだそうで、とくに女性に人気のようですが、有名人はいなくても外人墓地をつぶさに見て歩けば、いろいろな発見があったりしてマイラー人口が急増するかも知れません。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/25 Wed

我不喜歓地鉄

M8/Elmar 5cmF3.5
銀座から浅草へは、東京メトロ銀座線で1本です。
ただ、近いようにみえて20分近くかかります。
地上を基準にすると、A3とかC5とか書かれた入口を下って改札を通り、銀座線ホームまで歩いて、到着した浅草でも同様にバーチカル方向の動きがあるのでトータルでは30分かかってしまいます。

どうもわたしは地下鉄が好きになれません。
まず地下鉄というのは大量輸送機関に徹し過ぎています。
地元の人や通勤ならそれで文句が出るはずもないですが、外来のものにとっては旅してやって来ているわけですから途中の風景を楽しんだりとか、すれ違う列車の外観に最新式だとかローカルだとかの特徴を見出したりという好さを味わいたいのです。

ですからせめて地上を走る乗り物がいいですし、理想を言えば路面電車がいちばんの移動手段と言えるかも知れません。
ヨーロッパでトラムが走っている町は、だいたい自転車よりも遅くて時間のない旅では少しいらいらすることもありますが、流れていく町並みが実によく愉しめます。
地図を持っていればそれをなぞりながら乗車しているだけで町の規模が実感できたり、旧市街と新市街の替わり目を目撃できたりとか、不親切なガイドさんよりはずっと有益だったりします。

香港のバスも好いです。
町中を走るバスのほとんどが2階建てですが、2階に上がれば町並みが俯瞰できて大雑把にどんなところかを理解するのに最適です。
このダブルデッカーはJRの2階建て車両同様、1階が構造上少し低くなっていますのでマクロ的に町を眺めるには、むしろ1階に座るのがお薦めです。
信号待ちの時など、やや見上げる視線ですぐ脇を人が通るのを眺めることになりますが、そういうところにこそ香港らしさが感じられたりするものです。
また、香港の道路は道幅が極端に狭く、かなりぎりぎりのところをパスが疾走するスリルを味わうというおまけがしばしば付いてきます。

トラムやバスに共通して言えるのは、外を眺めていて何か面白そうなものが見つかったら構わず降りてしまえることです。
仮に停留所がだいぶ先になってしまったとしても、歩いて引き返す距離はたかが知れています。
発見を愉しむ旅、ガイドブックに頼らない旅をしている人には格好の乗り物と言えます。

わたしは以前関わっていた香港の掲示板サイトで、移動に地下鉄など使ってはいけない、バスを楽しみましょうと提唱しました。
しかし、誰からも賛同は得られません。
バスがスローすぎるからなのか、だいたいの行き先を網羅してしまっている地下鉄の方が便利という固定観念があるからなのか、他のほとんどのことでは意見の一致をみていた仲間から相手にされなかった悲しい主張でした。


浅草とはまったく関係のない話になってしまいました。
用事があって浅草まで来ましたが、ここもなかなか写真を撮る場所では苦労します。
なにしろ観光客が多すぎて、ローカルな感じの人には案外出合いません。
そういえば、以前何かのコラムだかで、浅草は朝早くがいろんな人が歩いていて、いちばんらしさを感じられると読んだような気がします。
午後は観光客の時間帯ということのようです。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/07/01 Fri

我在考慮在教堂上

M8/Elmar 5cmF3.5
銀座へは用があって出掛けましたが、地下鉄の階段を上がってまず向かったのが、銀座教会堂ビルです。
わたしは仏教を信仰ということになっているので、残念ですが礼拝ではなく、階上にある中古カメラ屋さんをたずねに行ったのでした。
たぶん去年の8月くらいにレンズ仲間との食事の集合場所として訪問して以来ですので、1年近くもご無沙汰していました。

ここのところネットオークションでレンズを購入する機会がぐっと減っていたので、何かないかと探しに来たのが第一の理由です。
ノンライツのコーナーには、オールドデルフトの望遠とかシュナイダーの広角、ヘリゴン50mmF2とかあって食指がぴくんとなりましたが、プライスタグを見てあきらめました。
魅力的なものが無いわけではありませんが、見えない力が手を引っ張るというところまでいきません。
しかし、たまにこういうところへ来てわくわくしながらガラス越しにレンズを眺めると言うのも、実は愉しいことではあります。

実はもうひとつ来訪した理由があって、それはライカレンズの相場に関することでした。
わたしは、ライカのレンズはアメリカの中古カメラ店で購入することがよくあります。
アメリカで流通するMマウントレンズは、実用品が多くて価格がきわめて安いケースが多く見られます。
実用品というのは、よく使いこまれていて鏡胴にキズや擦れが多いのですが、フィルターでずっと保護されていたレンズ自体は無キズできれいという、コレクターよりも撮影する人向きというレンズのことです。

例えば、2代目のズミクロン35mmF2が650ドルとか、クロームのズミルックス50mmF1.4が700ドルとか、ズミクロン90mmF2が400ドルといった具合です。
送料が高くつきますし、輸入にともなう消費税を徴収されることもありましたが、わたしは何度も何度もお世話になったものです。
ところが、ここ半年くらいでしょうか、これらMマウントレンズの値段は一気に跳ね上がってしまいました。
35mmF2は1100ドル、50mmF1.4は1200ドル、90mmF2まで1000ドルという感じです。
感覚的には、どれも倍くらいになってしまいました。

なぜなのでしょう。
単純に考えれば、フィルムが危機を迎えてライカレンズの値段が下落していたところM8、M9、さらにはミラーレス一眼プラスライカアダプターのようなシステムまで普及して、ライカレンズは半永久だという担保がなされて価格もリバウンドを起こしたということでしょう。
今までが安すぎました。

これはわたしがよく価格チェックしているアメリカの中古店での話ですので、では日本ではどうなのかとこの日偵察まがいに価格を見に銀座の某店まで来たのです。
しかし、この価格調査はまったくの不発に終わりました。
去年ガラスケースにあふれていたMレンズでしたが、今回見たところほとんど置いていないような状態でした。

日本の方が安いと売り切れてしまったのでしょうか。
なんだか分かりませんが、唯一分かったのは少し前のCマウントレンズの価格暴騰にもうかがえるように、レンズの値段というのはその性能や存在意義などとは関係なく、カメラボディによって大きく左右されると言うことです。
かつて写真はレンズで決まるという言葉があったようですが、レンズはカメラで決まる、が21世紀の正しい表現ということのようです。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/06/30 Thu

巴黎時代

M8/Elmar 5cmF3.5
岡本太郎記念館は楽しい施設ですが、長居できるほどではありません。
もともとがアトリエと住居だったものを開放したのですから仕方ないでしょう。
30分ほど見学して、立ち去ることにしました。

ところで、岡本太郎は、みずからカメラを持って撮影に出向いたことでも有名です。
特に1950~60年代には、全国の祭りを撮影して歩き、そのプリントは多く保存されています。
写真展も何回か開催されていますが、彼の撮影は素人芸ではなかったようです。
というのは、パリに留学していた1930年代、マン・レイやブラッサイ、キャパなどと親交があり、マン・レイがカメラの手ほどきをし、ブラッサイとパリの夜を撮るべく歩いていたというのです。

太郎の撮影した写真に俄然興味がわきますが、記念館には残念ながら展示はありませんでした。
生田緑地にあって、何度か訪れた民家園に隣接する岡本太郎美術館に写真が常設で展示されているかもよく分かりません。
せっかくですから、あるかどうかを求めて美術館にも足を向けなければと思います。
造形芸術の人なので、自らプリントしていたのではと期待もしてしまいます。

そして昨日も書いたとおり、この記念館は撮影自由、というより撮影することを奨励しているような空気がありました。
マン・レイ、ブラッサイ、キャパといった写真家たちが大成していくにしたがい、写真に自信を持っていた太郎は撮影での限界を感じ、自らの写真を記録のためのツールと割り切ったのかも知れないと想像します。
ましてや自らの芸術写真を素人がいくら撮ってもそれ以上のものにはならないのですから、どうぞご自由にという遺志までも感じられるのです。

生田美術館の他にも、首都圏エリアには30近いゆかりの地があります。
「岡本太郎のいる場所 TARO MAP」という冊子が置かれていました。
これは非売品で、目立たないところに記念館のショップで買い物した方に進呈と書かれていて、どうやら観察していると買い物しても欲しいと申告しないといただけないもののようでした。
絵はがき1枚でくれるものなのかは分かりませんが、これはぜひ入手されることをお薦めします。
彫刻作品は、案外あちこちにあったのだと驚かされました。

さて、作例写真ですが、これも岡本太郎の作品と誤解された方が多いと思いますが、下着屋さんのディスプレイですした。
まぎらわしく恐縮です。
しかし、岡本太郎記念館のすぐそばにあって、展示に際しては多かれ少なかれ太郎の作品の影響を受けているのではと思われました。
通りがかっただけでしたが、記念館に設置されていたもりもりとした彫刻と同様かそれ以上にインパクトを感じました。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/06/29 Wed

随便拍照

M8/Elmar 5cmF3.5
岡本太郎は、今年、生誕100周年だそうで、NHKでドラマが放映されたり、回顧展が開かれたり俄かに盛り上がりを見せているようです。
数多く発刊されている文庫本すら読んだことが無く、太郎について何も知らないわたしは、このドラマを熱心に見てしまいました。

2時間程度の脚色されたドラマで何が分かるのかということはありますが、わたしは岡本太郎に好印象を持ちました。
というのも、小学校低学年くらいに、例の芸術は爆発だあなんておっかない顔の親父が力んでいる映像を目にしてきていたので近寄りがたいという雰囲気がぷんぷんしていました。
それに、アンディ・ウォホールなどといっしょでテレビCMなどによく露出して、でたがりのおっさんというイメージがあったのもマイナスです。
まあ、ドラマによって、わたしの中での岡本太郎は、100周年にしてようやく復権したことになるわけです。

記念館は、もともと太郎と両親である岡本一平とかの子が暮らした家でした。
しかし、戦災で焼失してしまい、太郎が友人の建築家坂倉準三に自身のアトリエを設計させました。
板倉はル・コルビュジェの弟子で、太郎の求めに応じて斬新なアトリエを完成させます。
太郎は、1954年から没する96年までのあいだ、アトリエ兼住居としてここに暮らしました。

アトリエは当時を再現してありたいへんに興味深いものです。
他の部屋にも多くの作品が展示されていて、記念館と美術館の中間のような存在です。
この建物が生活の基盤でもあったわけですが、あまり生活臭を感じさせる状態でないことが残念と言えば残念と言えるかも知れません。

住宅地に忽然と現れる記念館は、ウィーンのフンデルトヴァッサー美術館を思わせるものがあります。
もちろんそれほど派手な建築ではありませんが、表参道というおしゃれな(あるいは馴染みにくい)エリアにあって、主張しつつも住宅地に溶け込んでいるところが好いと思いました。

そういえば、入場券を買った時に、ここは写真撮影が自由ですので、どんどん写真を撮ってくださいと案内されました。
ここを記念館にすること、写真を撮らせることが太郎の遺志だったのかも知れません。
作例は、太陽の塔のバリエーションでしょうか、どんどん写真を撮る女性が、太陽の一部にでもなろうとするかのようなポーズで撮影していました。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/06/28 Tue

梅雨的星期六

M8/Elmar 5cmF3.5
毎日更新ブログを継続するにあたって、最大の難敵は梅雨と言えるかも知れません。
土日ともにあいていれば、どうにかなりそうな気がしますが、今週は日曜に用事がとなると、土曜日が大雨になればにっちもさっちもいきません。
先週末がまさにそんなシチュエーションでしたが、幸いにして、雨は夕方少し降っただけにとどまりました。

銀座と浅草にちょっとした用事があったので、この2大行楽地(?)であれば1週間分の写真を撮ってくるのはどうにかなるだろうとタカをくくっていました。
さらに、朝、テレビで岡本太郎記念館を紹介しているのを見たので、これを加えれば問題なしと確信しました。
実際は、そうは甘くなかったですが。

岡本太郎記念館は表参道にあるので、小田急線からのこの日のルートは、表参道→銀座→浅草の順番になります。
代々木上原で千代田線に乗り換えるとほどなく表参道です。
深圳でのパターンにならってこの日は、M8とM6にそれぞれ標準レンズを付けて持参しています。
さっそくビルの壁によっかかって携帯メールを打っている女性がスナップに格好でしたので、M8を構えました。
しかし、どうしたことかピントが合いません。
連動カムが激しく狂ってしまっているようで、これでは撮影できません。
フィルムの方はあきらめて、M6に付いていたエルマーをM8に付けて、M81本で撮影する決断をせざるを得ません。

ところがひとつ問題がありました。
M8は色転び防止のためUV/IRフィルターの装着が必須になりますが、当然エルマーには付けていませんでした。
それどころかイエローフィルターが付いていましたので、これを取っ払ってフィルターなしでいくという選択肢がありましたが、結局M6の意志を継いでM8をモノクロモードで撮影することにしました。

岡本太郎記念館は、表参道の駅から徒歩8分の位置にあります。
骨董通りをしばらく歩いて1本内側の通りだと分かったので、家を出る前にだいたいの位置を確認しておいて、勘に頼って散策を楽しみながら向かうことにします。
これはよくわたしのやる手法ですが、ほとんどのケースで道に迷います。
迷えば道をたずねればいいだけですので、それはそれで現地の人に話しかけるきっかけになります。
しかし、今日は勘がさえたようで、導かれるように記念館の前まで着くことができました。

入場料600円はちょっと高いような気もしますが、記念館を維持するには入場料収入だけでは厳しいということもあるでしょう。
高い安いを言う前に岡本太郎に敬意を払うところから始めないといけません。
彫刻作品の影から、彼がこちらを睨んでいました。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/06/27 Mon

新旧対決

M8/Elmar 3.5cmF3.5
旧エルマーの話題をもう1日だけお許しください。
少し気になって、文献をあたってみようと思いましたが、一般のライカ本のようなもので旧エルマーに言及しているようなものは皆無か極めて少ないようです。

古いクラシックカメラ専科にふたつほど旧エルマー絡みの記事を見つけました。
ひとつは№19で「新旧エルマー比較レンズテスト」があります。
エルマックス、旧エルマー、戦前ニッケルエルマー、赤エルマーの4本の比較というたいへん意欲的な企画です。
しかし、残念ながら肝心の比較した作例はありません。
それぞれのレンズのF値ごとの特徴が書かれていますが、4者の描写の差異について突っ込んで欲しかったと思うのはわたしだけではないでしょう。

もうひとつが№32の「くたびれエルマー50mmF3.5の描写」です。
これは、ニッケル・エルマーの描写が通常のエルマーより素晴らしく、あるいはエルマックスか旧エルマーではないかとテスト撮影します。
繊細な写りに、旧エルマーではないかと結んでいます。
シリアル番号なしのショート・エルマーでインフィニティ・ストッパーの裏の番号が「0」ですので、一般に知られる旧エルマーの条件は満たしていますが、決定的な確証は得られていません。

ここで唯一分かるのは、ライカのメカニズムを図解するなど、かなりマニアックな本でありながら旧エルマーの判別法についての情報はまったく持っていないということです。
№19の企画では、すべて交換レンズとしてのエルマーを使いながら、旧エルマーのみボディ固着のレンズで比較しています。

今ではインターネット上などで情報が広まったため、旧エルマー判別法もこっそり掲載してるサイトもあるのかも知れません。
しかし、依然としてライカに精通した中古カメラ店などでも、正確に旧エルマーを見分けているとは言えないのが現状のようです。

タンバール9cmやヘクトール7.3cmなどのレンズで掘り出し物を見つけるのは今やほぼ不可能となつていますが、旧エルマーは何食わぬ顔をして安価に売られている可能性は非常に高いと言えます。
努力次第で、1920年代半ばの繊細かつ力強い旧エルマーの写りを愉しむことが可能となるかも知れません。


さて、散策の方は、不忍池を抜けて池之端の旧岩崎邸を訪れました。
等伯展をキャンセルしたところで、わたしはどうしたらいいのか分からなくなるところでしたが、さすがSクンは冷静に考えてそれではここはいかがでしょうと案内してくれたのです。

岩崎と聞いても岩崎宏美くらいしか連想できないわたしは、ここで殺人事件のドラマでも撮影したのか名などマドンナたちのララバイ(でしたっけ?)を口ずさみます。
しかし、いただいたパンフレットを読むと、あのジョサイア・コンドルが設計した近代建築の傑作だそうで、三菱の岩崎弥太郎の岩崎だったのでした。

解説を読まなければ、さすが岩崎家ではすごい洋館に暮らしていたのだなと感心するところですが、実はこの洋館はパーティなどに使用された別館的存在だったようです。
敷地内には20棟の建物があったのですが、現存するのはこの洋館と隣接する和館、西部劇の駅馬車が繋いでありそうな雰囲気の撞球室のみです。
こんな天井の高い洋館では、毎日を暮らすには落ち着かないでしょうから、意外に地味な建物に寝起きしていたのではと想像してみます。

ともあれ、1896年と古い旧岩崎邸を1925年ころの新しい旧エルマーで撮影してみました。
【M8/Elmar 5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Elmar(Nickel) 5cmF3.5 | trackback(0) | comment(3) | 2010/03/18 Thu
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