祝巴塞冠軍

M8/Hektor 5cmF2.5
木曜の準決勝に続いて、今夜、決勝戦を観戦して今もどってきました。
わたしにとっては5年前の辛い敗戦のリベンジを果たすことができ、ようやく重い荷物を降ろした気持ちになれました。
いえ、内容を考えれば、準決勝とは別チームに変わったかのようにいつものバルサらしいサッカーをして、まったく相手を寄せ付けない圧倒的な勝利を収められましたので、リベンジ云々はもうどうでもいいことになりました。

力の差からいえば、FCバルセロナの勝利は揺るぎのないものです。
ところが、決戦を前にして不吉の前兆やどうもマイナスに感じられることが相次いだ気がします。
その最たるものが、スペイン代表のエースでもある、ビリャの準決勝の負傷退場で、しかもそれが骨折だったということです。

リーグ戦の方では、エル・クラシコの大一番を前に下位のヘタフェから今期初黒星を喫してしまいました。
クラシコには圧勝しましたが、いつものレアル・マドリード戦に比べるとキレがいまひとつです。
ずっと安定していたバルデスに何年ぶりかの致命的ミスが出たのも不吉です。
板についてきたといわれる3-4-3の布陣も右のトップに、ペドロやメッシではなく本来ディフェンダーのダニ・アウベスやアドリアーノを置くのも腑に落ちません。

そんな中で、クラブワールドカップの準決勝では5パックのがちがちの守りもあって、すかっとしたゲーム運びができないミスに助けられる勝利だったのがたいへん気になります。
コンディションが落ちている危惧がありました。
もうひと心配なのは、5年前に敗北を喫したときと同じ仲間と観戦することで、彼が疫病神でないことを祈るばかりです。

しかし、結果はもうご存知のとおり。
サントスは南米のチャンピオンですが、スペインリーグのチームに例えるなら中位のマラガ相当のチームと言えるでしょう。
スター選手もいることはいますが、ヨーロッパリーグ出場を、あわよくばチャンピオンズリーグ出場が最大の目標と言うレベルです。
さらには、ディフェンスを選手の個人技に頼る中途半端な守備に終わったのは疑問が残ります。
ブラジルのプライドがそうさせてしまったのか、バルサを研究せずに臨んだのかは分かりませんが、これではどうにもなりません。

ペドロやイニエスタではなく、チアゴを左のトップに、やはりアウベスを右のトップに、少し引き気味のメッシを中央にと言う、ゼロトップにも見える陣形ながらその分ボールがよく回りました。
最後は、若いフォンタスを3パックの真ん中に置く余裕の試合采配で楽しませてもらいました。
ネイマールが、バルサのすばらしさを肌で感じて入団を希望するか、こんな中でプレーできるのかと不安を覚えて別のクラブに移籍するのかが唯一の気かがりです。

今日は特別の日になりました。
来年も日本開催なので、また観ることか出来るかなと早くも先が気になって仕方ありません。
それにしても、レアル・マドリード、アル・サッド、サントスと真っ白いユニフォームのチームに圧勝を続けました。
この3連戦だけを観た人は、白いユニフォームは弱者の証しとなってしまつたのてせはないでしょうか。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/12/18 Sun

旧的還是新的

M8/Hektor 5cmF2.5
ブラック&ニッケルのたいへん美しいライカⅡDには、ニッケルの光沢が眩しいレンズが付いていました。
「Leitz Elmar 1:3,5 F=50mm」と刻印があります。
約31万本製造されたというLマウント・エルマーのうちの1本です。
しかし、ただのエルマーではないようです。

なぜなら、ボディが4千番台のライカと同時にセットされていたエルマーは、いわゆる旧エルマーだからです。
旧エルマーについては、前にも書いたことがありますが、稀少なレンズで入手困難になっています。
製造数は1万本は超えていると言われますが、正確なところは分かりません。
正確な記録がないからです。

すべては、ライカⅠA型とⅠB型の固着レンズとして出荷されています。
レンズ交換可能な旧エルマーは当初はなかったわけです。
ところが、ⅡDの発売を機に、ライツではⅠ型をⅡ型に改造するサービスを始めたため、何本かのレンズ交換可能な旧エルマーが誕生しました。
その数も不明ですが、少なくとも1万本から現存するⅠ型を引いた数のレンズ交換旧エルマーはあるはずです。

数の調査はほとんど不可能と思われます。
というのは、旧エルマーとその後の新エルマーを見極めるのは難かしく、旧エルマーを所有しながらそれと気付かなかったり、新エルマーを旧だと誤解しているというパターンがあるからです。
特に後者はかなり多いようで、たとえば知ってか知らずか旧エルマーと偽ってそうでないものをオークションに出す
しているものが見られたりします。

しかし、Ⅰ型に固着されているエルマーはすり替えられたりしていなければ旧エルマーのはずです。
これを研究することで、新旧エルマーの違いを判別する方法が一部のファンに知られるようになりました。
友人にこの見分けができる人がいて、彼に旧エルマーを譲ってもらっています。
そこで、その旧エルマーとさらにはニッケル初期の新エルマーと比較することで、手元に届いたエルマーが旧エルマーであることを検証することにしました。

分からない、旧エルマーとは断定できない、が結論です。
ただ、旧エルマーである可能性を高める特徴が見られましたので列挙しておきます。

1.刻印された文字がまったく同じ
2.ストッパーの裏にある鏡胴ナンバーが「1」で同じ
3.鏡筒の高さが同じ
4.フィルターねじの細かいピッチが同じ
5.前玉を止めているリングの細さが同し
番外.撮り比べても両者の写りが同じ(に見える)

これだけ要件が揃えば、旧エルマーと言い切りたいところですが、わたしが聞いたもっとも大切な判別法は前玉の前面の曲率でした。
旧エルマーの方がわずかに曲率が大きく、これが一致すればほぼ旧だと断定できます。
ところが、これが旧、新と見比べてもどうしても違いが分かりません。
旧と同じように見えますが、微妙に違っても見えます。
違っていると言ってもどちらの曲率が大きいのかすら分からないのです。
こうなっては、これは旧エルマーだと断定することははばかられます。
くだんの旧エルマー通に鑑定してもらう他ありません。

実は、もうひとつ分からなかったとがあります。
もしかしたら何かの間違いで、エルマーではなくエルマックスが付いているかも知れないということです。
エルマックスは、後群が2枚ではなく3枚貼り合わせなので、蛍光灯の反射を見ればたちどころに分かるはずでした。
ちょっとだけ期待感を持って、絞りをF18に絞ってリアの蛍光灯下にレンズを見ます。

反射を見ると4つ蛍光灯が写っていますので反射面が4個所、つまり2群だということが分かります。
あとは貼り合わせの薄い反射面が1つなのか2つなのかを見極めればいいだけなのですが、それがどうやっても見当たらないのです。
そのためついんエルマックスかどうかを判定できませんでした。
そればかりか、これでは旧エルマーでもなく、トリプレット構成だということになってしまいのです。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/12/17 Sat

維也納開出的

M8/Hektor 5cmF2.5
ウィーンから小包が届きました。
送り主がウェストリヒトオークションになっています。
あれっ、なんだったっけと一瞬とまどいつつも、包みを解くとライカのケースが現れたので、ああっと思い出しました。
落札したライカⅡDです。

シリアル番号は4千番台で、ライカ製造番号表を見ますと、4番目のハッチで1926/27年の製造と言うことになります。
1923年製造開始していますから、すでに4年が経過していますが、パルナック型ライカの製造はこのあと36年も続いていますので、やはりかなり初期のライカだと言えます。

本来はⅠA型ですが、ライカのバージョンアップサービスによってⅡD型にコンバートされています。
距離計が付加されて、レンズ交換可能な上に距離計連動になつていますのでたいへんありがたいことですが、今となってはそれがアダとなっています。
特に初期のライカではオリジナルが尊ばれるため、コンバートされたライカは極端に値段が安くなります。
そのおかげで、今回、購入することができたということなのですが。

コンディションは完璧とはとても言えませんが、想像よりはずっといいもので好い意味での驚きでした。
まずファインダーですが、たいへんクリアーですし、距離計の二重像もはっきり見えます。
戦前のカメラのファインダーとは思えない、ファインダーを覗くのが楽しくなるようなカメラです。
シャッターも精度までは分かりませんが、全速度で良い音を出して健康状態の良さをアピールしています。
メカニカルな部分では、これ以上ないと言っていい状態に見えました。

それ以上に気に入ったのがブラックペイントの状態です。
ぬめっと分厚く温かみがあります。
先に完璧と言えないと書いたのは、ほとんどのふち部分のペイントが線状に剥がれているからなのですが、ここでは金色の真鍮がカメラの縁取りのようになっていて、まるでもともと縁取り付きで塗装されているかのように思えます。
ブラックペイントライカの魔力と言うようなことは、以前より言われ続けていますが、なるほどⅡDにはその力が備わっていると言えるでしょう。

ⅠA型で4桁の製造番号を持ちこれくらいのコンディションだと、使ってはいけない鑑賞用カメラになってしまうのかも知れません。
しかし、ⅡDにコンバートされたこのカメラは値打ちを失ってますから、やはり使ってあげないといけません。
よく言われるように、レンズを沈胴させれば楽にジャケットの内ポケットに入るサイズですから、スペインで余らせたトライXを詰めて何気なく撮影したりしてみたいです。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/12/16 Fri

半決賽

M8/Hektor 5cmF2.5
いまほど、少々の興奮をともなって帰宅しました。
行き先は、横浜国際総合競技場。
クラブワールドカップの準決勝にいよいよFCバルセロナが登場です。
彼らを観るのは実に5年振りのことで、あれからもうそんなにも月日が流れたのかと驚きを禁じ得ません。

2006年、実に15年振りにヨーロッパチャンピオンになって来日したFCバルセロナは、等時絶頂期にあった
ロナウジーニョを中心によくまとまっていて下馬評も高いチームでした。
いまだ手にしていないクラブ世界一の座は確実視さえされていたと思います。
ところが、堅い試合い運びに偏っていつもの積極性が出ないうちに、伏兵インテルナシオナルにカウンター1発を喰らってまさかの敗北を喫してしまいます。

そのとき話題になったのは、選手たちではなく、負けた瞬間に涙を流しながらひとり呆然と立ち尽くす子どもで、バルセロナのスポーツ紙の一面を飾りました。
あまりに印象的なその泣き顔の子どもはバルセロナ中の有名人となり、クラブの計らいでバルセロナに招待までされました。
愛するチームが負けて頭を抱えて嘆く姿はよく見ますが、悲嘆にくれた表情で涙まで流すなんてことはヨーロッパではまずないでしょうから、日本人はここまで我々を愛してくれているのかと感動を呼んだのでしょう。

このたびの来日で、FCバルセロナは日本の震災復興基金を立ち上げたりいくつかの支援をおこないましたが、その端緒が泣き顔の子どもだったのではないかと思います。
9月にわたしがスペインを訪れた折、友人のダヴィドにその子どもの話をすると、よく覚えているテレビにも出ていたよと笑っていましたので、バルセロナ市民には彼が日本の象徴だったと言っていいと思います。
わたしも、当時の監督ライカールトにひっかけて自文のハンドルネームを"LeicaArt"と名乗っていたことがあります。
ライカファンでバルセロナファン、ヨーロッパサッカーファンの人はほとんどいなかったようで、名前の意味に気付いてくれる人は皆無でしたが。

その雪辱はきっと晴らしてくれることを信じましたが、意外なほどその機会は早くやってきました。
2年前のクラブワールドカップに出場した彼らは、実にあっけなく、そのタイトルを手にしてしまいます。
素晴らしいことですが、残念ながらその地は日本でなく、遠くUAEで開催されたのです。
前身のトヨタカップの時代からずっと日本で開催されていたクラブワールドカップは、開催地立候補制に変わってしまい、彼らの初の栄光の姿を眼前で祝福するチャンスを逸してしまいました。

優勝の場なんて関係ないと思うでしょう。
ところが、関係者は涙の子どもの件もあって、世界一になる瞬間を日本人の前で見せたいと心から願っているというコメントがいくつも出ているのです。
今日の試合内容について云々するのは意味を為しません。
すべての答えは今度の土曜日に出ます。
わたしにとって5年前の絶望から立ち直る最初で恐らくは最後の機会がもう間もなくやってきます。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/12/15 Thu

在銀杏樹的前面

M8/Hektor 5cmF2.5
この日の散歩ももう終了です。
帰り道、鶴岡八幡宮に寄って見てこなくてはというものがありました。
ニュースでも報道されましたが、3月10日、樹齢千年の大銀杏が強風で倒れたのを見ておきたかったのです。

倒れた銀杏でしたが、根はしっかり残っていたためここから芽吹き、さらには幹も隣に植え直してこれが根付くよう神事が行われたと続報がありました。
80人の神職と巫女が祝詞を上げ、宮司は「今まで我々は大銀杏に見守られてきた。これからは私たちが大銀杏を見守ってあげたい」と語ったとのことです。

1219年、三代将軍源実朝が銀杏の木に隠れていた甥の公暁に暗殺されたことから、隠れ銀杏の愛称も持つ大銀杏は歴史を見続けてきた証人であり、市民から愛され続けた鎌倉のシンボルでした。
それが、倒れてしまったわけですが、あらためて神事を受けて再生するのです。
それは、どうしても見ておくべき、大切なものでした。


ふたつの大銀杏に手を合わせた後、撮影すべくカメラを構えていると、後ろから声がかかりました。
わたしが持っていたライカに関心があったようで、話しかけてこられます。
ライカ・ファンは少なくないでしょうからこういうことはたまにはあります。
むしろ、誰かがライカを使っているとこちらが声をかけることの方が多いかもしれません。

なにしろM8というデジタルカメラに、1930年代のニッケル・ヘクトールを光らせ、さらにUV/IRフィルターまで先端に付けて、ウッドグリップで固めています。
そんな姿が話しかけのきっかけだったようです。

いずれにしても、撮影していて声をかけられるなんて、普通にありがちな話です。
しかし、声をかけてこられたのは、普通の方ではありませんでした。
写真家でした。
しかも、土門拳賞を受賞されているような方です。

この日はほぼ徹夜をして鎌倉を歩いたので、途中からかなりぼんやり状態になっていました。
長い時間のようで、恐らくはわずかな時間、いろいろな話を聞くことができました。
この時の会話は鮮明でしたが、帰りの電車で眠ってしまったため、目が覚めたときあるいはこの出来事自体も夢だったのではと真剣に思ったりもします。

しかし、自宅に戻りはやる気持ちを抑えつつ写真データをPCで確認すると、そこにはまさにその写真家を撮らせていただいた写真がありました。
夢ではなかったようです。
ご本人の了解を得ていませんので、こんな程度しか書けませんが、やはりわたしにとっては夢のような出来事だったとだけ報告させていただいて、鎌倉散歩の締めくくりといたします。
いずれ、続編を報告できることを期待しつつ。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(6) | 2010/03/28 Sun

三大之一

M8/Hektor 5cmF2.5
建長寺で粘り過ぎました。
時間を気にしつつ、鎌倉宮方面を目指すことにします。
鎌倉街道をまたしてもせかせか下って行きました。
わずか5分で鶴岡八幡宮に着きますが、ここは西側の門から入って敷地を横切ってしまおうという作戦です。

明月院と建長寺がずいぶんと静かだったのに、八幡様にはすごい人がごったがえしています。
メインの階段を降りようと思っていたのに、ここは上り専用ですので、前方の階段から下りてくれと指示されてしまいます。
こんなのは初めてです。

源頼朝の墓、鎌倉宮と参ったところで、かなり陽も傾いてきたので、そろそろ折り返すことにしました。
だいたい予定通りという感じです。
しかし、せっかくだからと寄ったのが荏柄天神社です。
何年か前に一度来たきりと実に久しぶりの参拝です。

ここも菅原道真を祀ってあるということで学問の神社との印象があります。
3月末のこの時期では学生の来訪も無く、閑散としているのではとの不安がありました。
しかし、ここが意外なほど人出でにぎわっていて、狭いスペースに思い思いのひとたちが歩いています。
観察するに、ここが好きだから来たとか、好いと聞いて来たとか、少なくとも通り道だから来たが期待以上に好かったという空気を感じます。

鶴岡八幡宮と鎌倉宮のあいだで地味な神社と誤解していましたが、調べるとたいへんな神社だということが分かりました。
神社の起こりは、長治元年(1104年)晴天の空が突如暗くなり、雷雨とともに黒い束帯姿の天神画像が天降り、神験をおそれた里人等が社殿を建ててその画像を納め祀った縁起に始まります。

その後、鎌倉幕府を開いた源頼朝が鬼門の守護神として社殿を建てたのに始まり、足利氏、北条氏、豊臣氏、徳川氏に守られ続けます。
そのため関東各地に分社を持つ荏柄天神社は、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と並んで3大神社と呼ばれるそに至ります。

樹齢900年と言われる大イチョウが有名ですし、四季の花々も愛されているようです。
道真との縁でしょう、毎年筆供養が行われます。
また、絵筆塚には154人の漫画家が描いた河童の絵がレリーフになって貼り付けられています。
祭神が道真で学問の神社かと思えば、勉強の邪魔になる漫画が一方で祀られているのがユニークですね。

西洋人女性が絵筆塚を見てなにか誤解して顔をそむけているように見えます。
各地の神社で見る男性信仰のシンボルと間違えてしまったのかも知れません。
不謹慎なオチで失礼しました。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/03/27 Sat

下午去鎌倉吧

M8/Hektor 5cmF2.5
せっかくの三連休、せっかくの好天続きでしたが、いろいろあって閉じこもって過ごしていました。
ようやく最終日の今日、5時間ほど時間ができたので、短時間で往復できるところはと考え、やはり鎌倉へ出掛けてきました。
午後にぱっと時間ができて、半日弱を散策に過ごせる鎌倉が近いことを感謝しなくてはいけません。

せめてコースを工夫したいところですが、北鎌倉から八幡様経由で鎌倉駅に南下するオーソドックスなものになりました。
これは距離もほどほどで、撮影するものにも事欠きません。
何より山間の北鎌倉周辺は、静かさは保障されていますので、のんびりした散策にもってこいです。
そればかりか、今回はすばらしい出合いもあって、ゆったり転じて充実した散策になりました。

2時頃北鎌倉駅着で、日没前には鎌倉から帰途に就きますので、途中名刹をはしおりながら歩くことになります。
円覚寺、東慶寺、浄智寺は今回寄らずに、明月院だけで駅付近はやり過ごし、しばらく訪れていなかった建長寺を覗き、鎌倉宮あたりまで一気に進んで、鶴岡八幡宮を通って帰宅するルートです。
それぞれに30分以上はいられるでしょうから、散歩としてはじゅうぶんです。

そういうわけで、最初の作例は明月院からとなります。
ここも昨年末に ksmt さんの案内で、ジオさんと3人で来て以来なので、もうあれから3ヶ月になるのかと時間の経過の早さに感慨も一入になります。
そういえば、あのときジオさんはこんな話をしていたとか、ここで8.5cmのブラック&ニッケル・ゾナーをじっくり構えていたなあとか、何かを考えるより早く思いだすことばかりでした。

その時と同じような時間に着いたはずですが、12月と3月では陽のあたり方が違います。
空気も違うでしょう。
そして、早くも春を待ちわびていた花が咲いていて、若い緑がそれを支えていました。

やや遅めの時間帯がよかったのでしょうか。
シーズンによってはたいへん混雑する明月院でも、この時は人出が適度で、階段に人がぞろぞろというとはなく、レンズに収まってくれる程度にまばらに人が歩いている程度です。
こんな時は、鎌倉が庭のように感じるときです。
自分のものだと思う訳ではなく、自分たちがここを歩いているのだと実感するということです。
【M8/Hektor 5cmF2.5 F2.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(4) | 2010/03/22 Mon

好象老朋友

R-D1/Hektor 5cm F2.5

連続ですが、ヘクトールです。今度は、F6.3 の最短距離です。
まず、発色がニュートラルといえないのは前回同様、また周辺が少し甘いです。
しかし、解像力は絞った分、けっこういいなと思いますし、立体感もよい感じです。
ソフトに過ぎないハイライトのにじみも好印象で、普通であれば目もくれないような写りが、わたしにとってはかなりのお気に入りになっています。
実は同じ構図で開放でも撮っているのですが、こちらはボケが下手くそな水彩画のような魅力的なものだったのですが、連続開放 UP も芸がないので、趣向を変えて少し絞った作例にしてあります。
このレンズのコーティングされたものの存在は聞かないので、試験的のつもりでコーティングしてもらおうと思いつつも、やはりこの描写が捨てきれずに気付いてみればはや10年の年月です。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Hektor 5cmF2.5 | trackback(0) | comment(0) | 2006/04/28 Fri
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