12年で残したもの

Komura 80mmF1.8
キャメロンの写真展に行ってきました。
といっても、キャメロン・ディアスを撮った写真ではなく、マーガレット・キャメロンが撮った写真を見に行きました。
ジュリア・マーガレット・キャメロンは19世紀の湿板時代の写真家で、当時、最新の機器であった現在で言う木製の大判写真機とダルロー、ダルマイヤーのレンズを使用していたことが知られています。
古典写真に対する興味に加えて、古いレンズへの興味もあって、初めて19世紀の写真家による展覧会を見学に訪れました。

キャメロンをご存知ない方は多いでしょうし、わたし自身もまったく知らないので、伝記や資料その他から概要を見てみることにいたします。
キャメロンは、1815年、東インド会社の社員を父にフランス貴族の娘を母に当時のカルカッタで生まれ、その後フランスで教育を受けますが、1838年にインドに戻り20歳年上のイギリス人法律家と結婚します。
10年後には夫の引退でロンドンに移り、サロンを通じて芸術家たちと親交を結ぶようになります。
1863年、娘たちがキャメロンに写真機をプレゼントしたことで、彼女の写真家としての人生がスタートしますが、1875年にかつて過ごした英領セイロンに戻ります。
セイロンでも撮影活動は続けますが、湿板撮影用の薬品の調達が難しく撮影機会は激減して、1879年に亡くなります。

キャメロンの写真家としての実質的な活動は、カメラを贈られた1863年からセイロンに移住する1875年までの、わずか12年間と言っていいでしょう。
写真学校で学習する機会もなく独学で始めた当時の煩雑な写真術ですが、生まれ持った才能があったのでしょう、サロンでの芸術家たちとの交流も好い影響があったようで、1年もしないうちにロンドン写真協会の会員になり、のちには著作権事務所への自作の登録をおこなっています。
セイロンでの家業が厳しいときには、展覧会を積極的に開催して代理店からのルートを確保するなどの写真販売に腐心しています。
作品を鶏卵紙プリントして販売することに力を入れていたことがうかがえます。

作品は、大きく2つのタイプに分けられるそうです。
交流あった芸術家などを撮影した肖像写真と、歴史や文学に材をとって人物を配置し寓意的に撮影した写真イラストです。
詩人のテニスンや天文学者のハーシェルなど肖像の展示がありましたが、外見的な特徴だけでなく内面の偉大さを表現しようと考えて努力していたそうです。
一方の写真イラストでは、ソフトフォーカスを多用したり、ネガにひっかきキズをつけたり、合成写真を試みたりしています。
これらの試みは当時の同業者や評論家からは評判が悪かったのですが、戦後キャメロンが再評価される際には積極的に受け入れられ、今回の展覧会でもそのような作品が多く展示されています。

キャメロン展では撮影可の展示室があったので、今日の作例にさせていただきました。
芸術作品の見方は人さまざまだと思いますので、どうか気になさらないでいただきたいですが、わたしにはこの展覧会はおもしろいものではありましたが、キャメロンの写真はあまり好きになれませんでした。
美しいポートレイトは惹かれましたが、中途半端にボケたりぶれたりしたもの、輪郭に沿って引っ掻いたもの、合成写真などの意図が伝わってこなかったからです。
親交のあったロセッティやミレーなどのラファエル前派の絵画の影響が強すぎて、それを乗り越えるためにレンズの表現力やケミカルの偶発性に頼ったように感じられます。
かつて美術館で見たラファエル前派の女性に強く打たれたことを思い出すと、キャメロンも同じような力のある写真を撮ろうと試行錯誤した姿が見えてくるような気がしました。
【Alpha7II/Komura 80mmF1.8 F4】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SankyoKoki Komura 80mmF1.8 | trackback(0) | comment(1) | 2016/07/10 Sun

コレクションの価値はなさそう

Komura 80mmF1.8
その後コムラー80mmF1.8について調べて若干わかったことがあるので、メモ的に記載しておきます。
このレンズの製造開始は1957年と書きましたが、1958年としている資料もありどちらが正しいかは定かではありません。
また、1958年説では3年間造られていたとあり、広げて解釈して1957年から1961年くらいの製造期間としておきます。
生産能力の問題もありますが、やはりこの当時としては短命だったレンズと言えると思います。

ライカマウントだけでなく、少なくともM42マウントの一眼レフ用にも製造していたことが分かりました。
広角や標準レンズであれば、ミラーとの接触の問題があるのでライカ用を一眼レフに転用できませんが、80mmF1.8は後玉からフランジ面まで余裕があるので、設計変更なしにマウント部の変更だけで転用していたと考えられます。
また、これは恐らく少数のみと思われますが、ニコンSマウント用もありました。
コムラーでは35mmレンズでもニコンSマウントを見たことがあり、すべてのレンズかは分かりませんが、ライカ、ニコンSで選択できるようにしていたレンズがあったのだと思われます。

30分ほどのネット検索で、製造番号が読めるコムラー80mmF1.8が16本見つかりました。
それらは鏡胴のデザインが次の3種類あるようです。
➀ピントリングがギザギザタイプ
No.230020 – 230664 (9本)
②恐らく➀と同じ鏡胴でピントリングが黒とシルバー互い違いのいわゆるゼブラタイプ
No.230671, 455018 (2本)
③デザインが変更されてピントリング部は凹凸が交互になったいかにも一眼レフタイプ。
No.3550293, 4550086, 5550157 – 5560128 (5本)
製造番号が分かってもマウントがライカかM42か分からないものなどあり、サンプル数が少なすぎるので確度は低いですが、恐らく製造番号の最初の2桁ないし3桁はマウントを表していると考えられ、以下のように推測してみました。
最初の年はタイプ➀でライカマウントのみ約700本製造。
2年目はライカとニコンSマウントを製造番号帯を変えてタイプ②で100本づつ製造。
3~4年目は製造番号を変えてライカ、エキザクタ(?)、M42をそれぞれ300本、100本、1000本製造と考えます。
合計で2300本ですが、それでは少なく見積もり過ぎでしょうか。

また、レンズ構成ですが、先日書いたように4群5枚のエルノスターであることは間違いないようですが、2群目が2枚貼り合わせとした資料を見てそう書いたのですが、4群目が貼り合わせとするサイトを見ました。
あらためて自分のレンズの反射面で確認すると、確かに絞りより前の3群に貼り合わせはなく、絞りの後の4群目が貼り合わせでした。
トリブレットの1群目と2群目の間にシングルメニスカス、最後群が2枚貼り合わせの両凸と訂正いたします。
その資料では、最初に間違えた1+2+1+1のエルノスター型の構成図が並んで紹介されていたコムラー105mmF2.5のところに付されていました。
わたしが最初に引用した資料は同じものを見間違えたのかも知れません。

さて、本日の作例ですが、レンズ仲間のスタジオ撮影会の様子です。
今回の撮影会は諸事情あって欠席だったのですが、同じ日に都内での用事ができたので、急遽覗きに寄ってこの1枚のみ撮影させていただきました。
欠席通知して会費を払ってないのに図々しい話です。
ちょうどコムラー80mmF1.8を入手した直後で、珍しいものなのでこのレンズ知ってるかとクイズでも出そうかと考えていたのですが、カバンから出した瞬間に、言い当てられてしまいました。
さすがレンズ通の集まりだと感心してそう言うと、僕もむかし持ってました、いらないんで売っちゃいましたけど、との返事にへこみました。
【Alpha7II/Komura 80mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SankyoKoki Komura 80mmF1.8 | trackback(0) | comment(2) | 2016/07/09 Sat

真ん中のそのまた真ん中

Komura 80mmF1.8
ライカが90mmという焦点距離を採用していたのに、なぜ、コンタックスは85mmだったのでしょうか。
むかし、その理由をどこかで読んだような気がするのですが、忘れてしまいました。
日本光学が85mm派だったのは、コンタックスレンズのコピーから35mmサイズのレンズ設計をスタートさせているからでしょう。
キヤノンも85mm派なのは、ライカマウント共用なのでライカとレンズとアクセサリーを共有できるメリットを放棄していておかしいと思ったのですが、初期の日本光学からの影響について知って納得しました。
また、ヘクトール73mmやズミルックス75mmなど、標準レンズと85/90mmレンズの間をとった焦点距離も両者に比べて少数派ですが存在しています。

それなのになぜ、コムラーはさらに75mmレンズと85/90mmの間に割り込むような80mmという焦点距離のレンズを作ったのでしょうか。
何か理由がありそうで調べましたが、関連しそうな記述は見つけられませんでしたので、想像してみるしかありません。
昨日の三協光機の概要の中で、最初のチバノン名の時代のレンズに80mmF3.5と75mmF3.5とあったので、きっとこれは蛇腹か二眼レフの6x6用に2種のバリエーションを作ったのだろうと考えたのですが、ライカ用にコムラー名となってからも80mmF3.5とその後この80mmF1.8と続けて発売しています。
F3.5の方はチバノンの転用の可能性が高いと考えられますが、F1.8をまた80mmにした理由が思い付きません。

1950年代半ばには、キヤノン、レオタックス、ニッカ、タナック、チヨカ、メルコンなどライカ以外にも同じマウントを持つカメラが多くありました。
これらのユーザーに80mmF3.5はそれなりに受け入れられていて、すでに80mmファインダーを所有してこの画角に慣れているだろうことから同じ80mmのF1.8にしたのか、あるいは、そこまでユーザー目線ではないが、メーカーとして焦点距離は統一していこうという戦略なのかなあという気もします。
キヤノンではずっと早く85mmF1.9やF1.5を、日本光学でも85mmF2とF1.5を発売していたので、同焦点距離ではこの巨人たちには歯が立たないので真っ向勝負を回避したという弱気の経営戦略の可能性もありますね。

商業的にはどうだったのでしょう。
80mmF1.8には、製造数が少なく個性的なレンズのため人気があり高価であるという定説らしきものがあって、実際、わたしが見た数本はオークションでも5万円前後とコムラーとしては異例の高価格でした。
80mmF3.5の方はより製造数がより少なくてなかなか見つからないが、知名度もないために安価であると聞きました。
工場の規模相応に製造したので、商業的には失敗でなかったかと想像するにとどめます。
昨日、80mmF1.8レンズは業界唯一の明るさをもつ大口径と自負している旨書きましたが、当時すでに35mmF1.8、50mmF1.1、85mmF1.5という大口径レンズが各社から販売されていますので、三協光機が言うのは80mmレンズとしては業界唯一ということだと読むしかないですが、80mmレンズが業界で他に存在するのか知らずに転記したことが後悔されました。

さて、今日の作例は、中野のとある交差点です。
背後の特徴ある建物は中野サンプラザのようです。
以前のニュースでサンプラザが建て替えられると報道しているのを見たような気がするので、記憶違いかと調べてみました。
やはり、1973年に建てられて40年以上経つので老朽化が激しく、中野区がより大規模で近代的なものに建て替えようとしているそうです
高浜原発、美浜原発等々、やはり40年経過して廃炉とか再稼働とか議論されてますが、サンプラザが老朽化で建て替えなんだから同じ年数経過した原発も再稼働は無理という理屈が成り立ちそうなものですがどんなものなんでしょう。
【Alpha7II/Komura 80mmF1.8 F1.8】

thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SankyoKoki Komura 80mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2016/07/08 Fri

僅かに時代に遅れたか

Komura 80mmF1.8
三協光機は戦後の光学メーカーですが、調べると意外に歴史があることが分かります。
前身の島司製作所は1927年という早い時期に設立されると光学の事業が始まり、1937年にはその後の三協光機の社長として活躍する小島満氏が事業を引き継いでいます。
しかし、4年後には太平洋戦争が勃発し、カメラの製造も制限されたので、このころはレンズの設計などの成果は残せなかったものと思われます。
小島氏自身も召喚されたため島司製作所は消滅しますが、戦後のシベリア抑留から復員して裸一貫で写真用品の製造から細々と事業を再スタートさせます。
ようやく1951年になって小島は三協光機研究所を設立し、念願だったレンズの開発に取り組みます。
三協という言葉には技術、営業、資本の三部門の協力と均衡を保つという意味が込められていました。

最初のレンズは、80mmF3.5、75mmF3.5、50mmF3.5(すべて3群4枚テッサー型)、50mmF2.8(3群5枚ヘリアー型)で1953年の発売です。
翌年には105mmF3.5、80mmF2.8とリリースされますが、当時のレンズにはチバノンの名称が付けられ(Chivanon、Chibanoneの2つの表記あり)、中外写真商事から受注されたとあります。
レンズのスペックから引き伸ばし用か主に中判のレンズシャッターカメラ用に供給されたのではと想像できますが、チバノン名のレンズを見たことがなく詳細は分かりません。
中外写真商事と中外製薬、チバノンとチバガイギーと関連ありそうですが、このあたりのことも不明です。

1955年、三協光機株式会社に改組し、自社レンズの確立のためレンズ名を社長の小島と役員の稲村から1文字ずつ取ってコムラーとします。
最初に発売したのは、135mmF3.5、105mmF3.5、80mmF3.5、50mmF2.8の4本のライカマウントレンズでした。
翌1956年に発売した35mmF3.5は、初めてランタン系の新種ガラスを採用しています。
さらに1957年に発売したのが80mmF1.8で、このレンズは「業界唯一の明るさをもつ大口径で、従来の設計から飛躍してエルノスタータイプを開発したことは、当時としては特記すべき技術陣の成果」と自画自賛する、コムラーを代表するレンズだったようです。

このころから要望にこたえるかたちで8mm用レンズを発売し、さらに一眼レフ用のレンズもラインアップに加えていきます。
その後も、長焦点レンズ、大口径レンズ、レトロフォーカス28mm、中判用レンズ、大判用レンズ、ズームレンズと毎年新しい分野に意欲的に取り組んでカタログを充実させていきます。
1964年には、望遠コンバーターのテレモアを発売してたいへん人気を得ます。
テレモアにはライカマウント用も設定されましたが、すでに一眼レフ全盛時代に入っており、同年に105mmF2.5レンズをライカマウントで発売して以降、ライカマウントの新作はなくなり、順次カタログから消えていきます。
1969年には社名を株式会社コムラーレンズに変更し、なおも一眼レフ用レンズを中心に製造を続けましたが、1957年頃技術者が機械や仕掛品ごと持ち出して共栄光学を設立する騒ぎがあり、その後も労働争議問題が起こったことで、事業が好調だった1980年に突然の倒産をしてしまい、長いとは言えないその歴史に終止符を打ちました。

以上、ざっと三協光機の概略を見てきましたが、安価に高性能のレンズを提供したことでコアなファンから支持を受けていたので、倒産を惜しむ声が非常に多かったと聞きます。
わたしにとっては、あと5年設立が早く、コムラーブランドでのスタートも5年早ければ、80mmF1.8に匹敵する個性的レンズをライカマウントでいくつか設計していたのではないかということの方が悔やまれます。
今日の作例は、中野の商店街で何気なく前方のお姉さんを撮ろうとしていたところ、急に板前さんが目の前を通りかかったので、慌てて撮影したものです。
がさついたうるさ目なボケはいまひとつですが、開放から気持ちよいくらいシャープなところにエルノスターらしさが感じられるところが好いと思います。
ハイライトが滲んでないのも優秀で、このメーカーがF1.5以上の標準レンズを作らなかったのが残念です。
【Alpha7II/Komura 80mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SankyoKoki Komura 80mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2016/07/07 Thu

コムラー返り

Komura 80mmF1.8
考えるところあって、日本製のライカマウントレンズを手に入れました。
安さにつられて購入しながらまだ使っていないレンズと合わせて、がんがん持ち出してみようと思います。
国産レンズについては調べると面白いことが分かったものがありますし、さらにその関連で欲しくなってしまったものもありました。
これ以上在庫を増やす危険を承知で、国産レンズを中心にブログも続けていければと思います。

今回のレンズは、三協光機のコムラー80mmF1.8です。
三協光機はもちろんライカマウントのレンズで有名ですが、わたしには各社一眼レフ用カメラ用レンズを製造し続けたサードパーティーというイメージがあって、情報がなかったことも手伝い、あまり関心の持てないメーカーでした。
国産ライカマウントレンズのことを調べるにあたって、コムラーに28mmからヴィゾ用800mmまで20種類のライカマウントのレンズがあったことを知り、少し興味を惹かれたところです。

Komura35mmF2.8レンズはだいぶ以前からもっていて、4群6枚ダブルガウスのとてもシャープな広角として評価していましたが、黒アルマイトのアルミ鏡胴がオールドレンズらしくなくいまひとつ好きになれませんでした。
半世紀以上経過しているので、今どきの呼び名ならオールドレンズではあるのでしょうが、クラシックレンズではないという感じです。
また、200mmF4.5や135mmF2.8というライカの距離計の限界に挑戦したような望遠レンズがあって、スペックの割にとても安いので入手しましたが、どちらも経年でヘリコイドがひどく重くなっていて、安さゆえにオーバーホールする気にもなれず、すぐに手放してしまいました。

80mmF1.8というレンズがあることは、めずらしい焦点距離ということで記憶していましたが、それがライカマウントだったことは最近コムラーについて調べていて知ったのです。
コムラーレンズの構成は資料がなくほとんど分からないのですが、このレンズは古い雑誌の広告で4群5枚と知り、さらにトリブレットの2枚目と3枚目の間に貼り合わせのメニスカスを配置した典型的なエルノスター型と知りました。
製造数が少なく市場価格は高価だとの情報もありましたが、安ければ欲しいとチェックしてみました。
オークションに出てくる頻度は少なかったですが、出ればやはり情報通り価格は上がっていって、50000円以上になってしまうのでとても落札できません。
2度ほどそんなことが続き、3度目に出たものは前玉にキズがあるとの説明があったせいかあまり入札なく、どうにか2万円台で落札することができました。

レンズが手元にやって来て早々に中野駅前で撮影したのが、今日の作例です。
確かに浅い拭きキズが数本ありましたが、見ての通り順光では影響の出ない程度の軽傷でした。
オークション出品者は、キズが深刻であるかのような表記をしていましたが、後あとキズでクレームを付けられないよう少しオーバーに表現したということのようです。
また、大口径レンズですと、わずかなキズでも目立つということがあります。
もし同程度のキズが35mmレンズにあったとしたら、よりわずかなキズに見えて、出品者はそれほどキズを深刻にしなかったでしょう。
いずれにしても、この程度のキズのためにグッと安く買えたのは幸運でした。
もうひとつ、ヘリコイドが緩過ぎるという問題もありました。
グリスが切れかかっているのでヘリコイドの摩耗が心配されますが、最初のテスト撮影には、以前のコムラーレンズの重たいヘリコイドに比べればずっと快適です。
まずは、好い買い物だったとしておきましょう。
【Alpha7II/Komura 80mmF1.8 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
SankyoKoki Komura 80mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2016/07/06 Wed
| home |