Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
スポンサーサイト
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/28 Sun

Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/26 Fri

ヤギかヒツジか

Voigtlander 20.5cmF4
バングラデシュに到着した日、ダッカの町を散策しているとき、突然、子どもを抱いた若い母親に道を遮られました。
子どもに食べさせるものがない、お金を恵みなさい、というような内容のようです。
恵んでください、ではなく、恵みなさいと表記する方が恐らく正しい高圧的な態度です。
大昔に1日滞在したインドのニューデリーでも同様だったと思いだします。
バクシーシというのだと思いますが、概念としてはやはり恵んであげるのではなく、金を持っている人は持っていない人に少額でも手渡すのが人間としての決まり事だと言うような概念があるようでした。

到着したばかりなので、今後、これが続くようなら辛いだろうと心配になって、あなたは若いのになぜ働こうとしないんだ、わたしがお金をわたしてもそれでは貧困の解決にはならない、あなたは仕事を探さなくてはならないと真剣に説明したところ、その若いお母さんはへらへら笑ってどこかへ消えてしまいました。
英語が通じているようではなかったので、こいつに言っても金はもらえんようだと判断したということのようです。
その後、ラッシャヒで金をくれと言った男たちこそいましたが、バクシーシには2度とあいませんでした。
観光客とか外国人を狙ってのバクシーシというには、あまりにローカルな場所だったので、若い母親があれでどれだけの収入を得られるのかまったく想像もできません。
説教めいたことまでしゃべったので、それならわずかでも現金を握らせてあげればよかったかと若干の後悔があります。

バングラデシュでよく見かけたのは、なぜかヤギでした。
食べ物のバリエーションが少ないバングラデシュはカレーばかり食べていましたが、だいたいどの店もマトンかチキンかビーフのカレーがあって、ときどきフィッシュもあります。
ウシもニワトリもよくいたのにヒツジは一度も見なかったので、マトンと言うのはヤギの肉なのではないかと疑っています。
ヤギの肉はかなり臭みがあると聞いたことがありますが、相当に煮詰めてカレーにして食べると気にならなくなりそうなのであり得ない話ではなさそうです。
そもそもヒツジとヤギは近い動物なのでしょうか。
ヤギは山羊と書くので、親戚のような近い動物だと何気なしに思っていましたが、そうであれば肉の質自体も近いのでしょう。

ヤギを散歩させているのをたまに見たのですが、多いときは7~8頭を鵜飼のように首にひもをかけて歩かせていました。
作例は1頭だけのパターンですね。
一見すると犬の散歩ですが、なぜだかヤギを散歩させている方がおしゃれに見えました。
もしかしたらバングラデシュの富裕層でヤギを飼うのが静かなブームだったりするのかも知れません。
そういえばイヌもネコもときどき見ましたが、イヌを散歩させているのは一度も見かけませんでした。
イヌは食べるのか聞きましたが、もちろん食べないと大きく首を振っていました。
わたしが中国で食べたことがあるといい、中国人にはネコを食べるのもいるぞと教えてあげるとオエッという顔をしました。

インドにはベジタリアンが多いようですが、少なくともわたしはバングラデシュでベジタリアン用のレストランは見かけませんでした。
一度だけベジタブルカレーを見ましたが、それ自体ほとんどないようです。
なぜインドに多いと言われるベジタリアンがバングラデシュに見つけられないのか、というよりは、なぜインドに菜食主義があるのかが気になります。
インドにはいろいろ宗教が存在するのでその影響なのでしょうか。
そういえば、バンコクにインディアン・ベジタリアン・フードと掲げたレストランがありました。
その関係の人以外で、タイ人とか旅行者など利用するのか、それともすでにバンコクにはレストランが繁盛するほどのインド人ベジタリアンが定住しているのか、妙に気になったものです。

バングラデシュの空港でキャッシュがまだだいぶ余っていたので、750円くらいもしたお菓子の詰め合わせを2つ買ってみました。
ひとつは自宅用にひとつは奈良のお世話になる宿にお土産にしましたが、どちらもたいへん不評でした。
例えるなら甘ったるいドーナツですが、味はけっして悪くないのに、とにかく滅茶苦茶甘いのです。
自宅でも宿でもはっきりそうとは言われませんでしたが、あきらかに不評だったことだけはよく分かりました。
例えば夏休みにバングラデシュだけを1週間旅したと言う日本人はそれなりにいると思うのですが、彼らはおみやげに何を買って帰るのかが気になりました。
マンゴならいちばん喜ばれますが、時間が経つとやばそうですし、何より植物検疫がたいへん面倒くさそうです。
お土産になるようなものなんてバングラデシュにはまったくないんだよと言って信じてもらえるか分かりませんが、正直にそう言うよりほかないと皆実行しているのではと思います。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/26 Fri

Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/24 Wed

Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/23 Tue

Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/22 Mon

日本が遠かった話

Voigtlander 20.5cmF4
世界一周の第4ラウンドは残すところ今日だけになりました。
深夜のコルカタからの便で日本に戻ることになっており、本来ならばインドビザを取得することで、昨日あたりにインド入りして今夜にコルカタ空港へ入って帰国の途という段取りのはずでした。
しかし、発給日数の関係で、ヤンゴンかダッカでのビザ取得を断念せざるを得ず、泣く泣くダッカ発コルタカ行きの格安航空券を買って、空港内で乗り継ぐことになってしまいました。
こういうところにもインドと言う国は高い壁になって立ちはかるのです。

早起きして恐る恐る駅に行きますが、昨夜の件で指名手配されているということはなく、とりあえずダッカ駅から空港駅までの乗車券を入手しました。
ただし、空港行き列車の正確な時間はつかめず、1時と2時40分には運行していそうということだけは教えてもらいました、
いずれも空港まで30分で、コルカタ行のフライトが5時20分発なので、2時40分の列車は時間的にちょうどいいですが、万一遅れでもあればやばそうなので1時が無難です。
また、ホテルはなぜか2時チェックアウト起源だというので、12時くらいまで街歩きして一度シャワーを浴びて1時の列車に乗り込もうと考えました。

オールドダッカを再訪しました。
到着翌日にハサン君の案内で歩きましたが、彼なりに考えたハイライトを歩いたということのようでしたので、今日は自分の勘をたよりにぶらぶらして何かを見つけたいと考えたのです。
結果を言えば、わたしの勘はダッカでは威力を発揮することなく、ハサン君との行動以上の収穫は得られませんでした。
ついでにいえば、計算ミスでバングラデシュ到着時のATMキャッシング額が多すぎて3万円相当も引き出してしまい、1日あたり6000円予算だったのですがそんなには使い切れず現金がだいぶ余ってしまっていました。
何か買い物できればとも考えていましたが、欲しくなるようなものも一切見つかりませんでした。
作例は、オールドダッカの路上オフィスでタイプライターを操る男性です。
路地が狭いためにこんな接近写真になってしまいましたが、PCの時代に年代物タイプライターが現役で働いているのは、ペッツバールレンズをデジタルで使うのと共通点があるようで、その後お互いの愛用アイテムを見せ合うことになりました。

何かを探そうと力を入れたのは空回りに終わりましたが、その代償でホテルへ戻るリキシャが捕まえられず、ホテルに戻ったのが1時近くになってしまいました。
慌ててシャワーを浴びてから駅に1時半過ぎに行ったのですが、2時に空港へ行く列車があるとの朗報を聞いて助かりました。
その列車は特急で、わたしが買ったチケットで乗ってはまずそうでしたが、乗車下車の改札も検札もなく、その正当性は分かりません。
空港駅で降りたのですが、空港がどこにあるのか分からず、道行く人があっちだという方向に少し歩くとせっかくシャワーを浴びたばかりなのに暑さで汗が噴き出して来たので、オートリキシャの50円で空港に行くぞという誘惑に勝てず乗ってしまったのですが、ほんの目の前が実は空港建物でわずか30秒で到着とは、最後の最後にバングラデシュ人にすっかり騙された気分でした。

コルカタから日本までの航空券は少々前に購入済みで、今回はインドのビザを取得できなかったので、必然的にコルカタまで陸路は使えず、ダッカ発コルカタ行の航空券を別途購入しました。
エア・インディアが乗り継ぎ便の2時間前到着という時間ぴったりの便を飛ばしていて、しかもそれが最安価格です。
しかし、エア・インディアは、インド事情をほとんど知らないわたしでも遅延や欠航が頻繁なやる気なき航空会社との悪名が高いことを承知していました。
航空会社側の理由で乗り継げなかった場合は、代替便に振り替えてくれるという確証があれば予約していましたが、コルカタからは他社便なのでそれは期待できそうにありません。
その次に安かったジェットエアという航空会社の便を購入しましたが、時間を見ると乗り継ぎ便の7時間も前に到着してしまいます。
エア・インディアほどではないが、ジェットエアもインドの会社のようなので、何時間かは遅れるかも知れないと選択したのですが、逆に予定より若干早く到着するような優秀な航空会社でしたので、空港で7時間近く待たなくてはならないことになりました。

ビザが無いので入国審査を進むことができず、乗り継ぎのカウンターには人がいません。
どうするのかと歩いていると、ジェットエアの地上係員が来て説明してくれました。
わたしが乗り継ぐ中国東方航空のチェックインカウンターが開くのは出発の2時間半前なので、それまでは入国審査前の椅子にじっと座って待ち、カウンターが開いたらその職員がわたしのパスポートを取りに再訪しそれをもってチェックインまで行い、搭乗券を渡しに三度来てくれると言うことでした。
わたしは4時間半ベンチで待ちましたが、昼寝するには冷房が涼しすぎ、小さな空港のため到着便があるときだけ活気づいてそれ以外は暇な入港審査の職員、両替所の職員、アライバルビザ発行窓口の職員、空港セキュリティの職員がかわるがわるやって来ては、お前は何人だ、なんでこんなところに座っているんだと、判で押したように同じ質問をしては立ち去るの繰り返しでこちらが疲れるほどでした。
さらに夕方着で深夜のチェックインまで入国審査前にいて、水はない、レストランにも行けないでたいへんひもじい思いをしましたが、それを彼らに言ってもそれはお気の毒にと言うばかりで取り合ってくれません。
うざいだけで、何の役にも立とうとしないのがインド人との覆しがたいイメージがわたしの中に形成されました。
ようやく深夜になって手続きをしてもらいこのインドともお別れできる時がやって来ました。
しかし、それは甘い考えで、コルカタ-昆明、昆明-上海、上海-関西のすべての機内に大挙してインド人が搭乗していました。
あわせて、それ以上の数の中国人までいたことも申し添えなくてはなりません。
2度と乗りたくないフライトでしたが、翌週には逆ルートでコルカタを目指し、インドを西進する旅をしなくてはいけないのでした。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/19 Fri

食事ができない理由とは

Voigtlander 20.5cmF4
ラッシャヒへ来たのが鉄道だったので、ダッカへ戻るのはバスにしようと考えていました。
昨日のナトールからのバスはちょうど鉄道駅前のバスステーション行きでしたので、翌日のダッカ行のバスを探しましたが、どうもボロボロのバスばかりで所要時間も鉄道と変わらぬ6時間だと言うので考えてしまいました。
ダッカでの空港までの移動時間を考えると空港まで行って近くのホテルを取るべきと考えましたが、空港に行くバスは少ないらしく中途半端な時間ばかりです。
例えば朝の9時半発があると聞きましたが、3時半ダッカ着とすると朝はこちらで何もできず、夕方もホテルに到着して一服ついているうちに薄暗くなってしまって1日何もしないうちに終わってしまいます。
バスチケット屋は会社ごとに何軒も並んでいますが、なぜかどこも横柄で、時間の質問にすら答えないところもありイライラしてチケット購入をあきらめ、駅に行くと午後4時の列車のチケットならあると言うので購入してしまいました。
そういうわけで、今日は3時くらいまで何かすることができます。

ラッシャヒのホテルのWIFIはなかなか快調でしたので、前夜のうちに何かないか調べてみることにしました。
しかし検索すれど情報はほとんど見つかりません。
これはあとで分かったのですが、少なくともわたしにはラッシャヒと聞こえていてそう表記してきましたが、メジャー旅行サイトなどではラージシャーヒと記載されていて、さらにラシャヒと書くところまであって地名が日本語として統一されていないため情報が得られなかったのでした。
そういえば、ミャンマーのチェントンもチェイントンとかチャイントンとまで表記しているものがあります。
マイナーな地名にはよくあることですが、統一してもらわないとひとつの町が複数存在するかのような誤解を生じるのでどうにかすべきと思うのですが…。

昨日のバスの中で出合った人がバッガモスクというモスクがすばらしいと言っていたので、遺跡ではなく現役の宗教施設が見てみたいと行ってみることにしました。
しかし、どこにあるのか聞き忘れていました。
頼りにしていたホテルのマネージャーのモハンメド君は今日は出勤時間が遅いらしくいません。
代わりに青年に頼むと、バッガモスクの写真が入ったコピーを見つけて手渡してくれました。
このコピー写真1枚を頼りに、場所不明のモスクまでたどり着けるでしょうか。

少なくとも徒歩圏ではなさそうでしたので、駅前のバスステーションまで行って、リキシャが停めた目の前のバスにここに行きたいんだがと聞くと、まさにそのバスがそうだとのことです。
なるほど車掌がバカ、バカ、バカと連呼しているように聞こえるのは、行先のバッガ、バッガと言っていたのですね。
時間を聞くともう少ししたら発車だと言うし、所要1時間だと言うので安心してバスに乗り込んだのですが、これが大失敗でした。

まずバスは人が揃わないからとなかなか出ないし、1時間は真っ赤な嘘で2時間かかりました。
バッカは田舎町なのでバス本数が少なそうで、12時に到着しましたが1時のバスに乗らないと4時の列車には間に合いません。
結局、待ち時間を入れると5時間近くかかって、モスクと周辺を45分見ただけです。
作例はそのモスクの祈りのシーンですが、厳粛な雰囲気の中カメラを首から提げて立っていると、何やっているんだ撮るんだというジェスチャーのおやじさんがいたので、図々しく撮影したものです。
祈りの先には扇風機が轟音を立てていて、偶像崇拝を禁ずるイスラム教でもこういう物に向かって祈るのは許されるのだと知りました。
おまけに外国人だからと行きも帰りも運転手のすぐ後ろの席に座らされたのですが、これがクラクションがうるさくて落ち着いて座っていられないような席でした。

さて、慌ててホテルに戻りましたが3時過ぎだとどのレストランもクローズしていたので(これはあとあとでラマダンに入ったためだと分かりました)、駅に向かい向かいの露店でまたマンゴーを食べました。
今度のおやじは理解力が無く、3つカットしてくれと言っているのに1つカットした後に、何個買うんだと聞いてきます。
もう2個は何度頼んでも剥いてくれず、1個を30タカ払って駅に向かうしかありませんでした。
昼食は揚げ物を売っている売店で全6種類をひとつずつ袋に入れてもらいました。
電車の中で味わってみましたが、味覚的にはかなり微妙な食べ物でした。
来た時の列車ではアナウンスがなかったのですが、この列車では駅に着くたびに放送が流れ、お時間になるとコーランが流れたり、両隣の人が椅子に正座してお祈りを始めたりたいへんな車両でした。

空港そばに泊ろうと考えていたのですが、結局、ダッカ駅まで行って駅前の前回よりはマシなホテルに宿泊しました。
チェックインするとホテルを仕切っているのは俺だと言う態度のおじさんが、日本人か、何かあればわたしに言うようにと名刺をくれたのですが、その言葉の通り彼のおかげで大いに助けられました。
明日のフライトに合う鉄道のチケットを買いに行ったのですが、明日の列車は明日買いに来い、だったら時間だけでも教えてくれ、明日教えてやるさ、というふざけたやり取りになり窓口を閉めたのでわたしが扉をガンガンたたいたら、そのガラスの扉が割れてしまいました。
まずいと思っていたら警察がやって来て何事だと聞きますが英語が通じず説明できません。
そこで、ホテルまで同行してもらったのですが、警官が事務所までわたしを連行しようとしました。
わたしはくだんのホテルのおじさんに事情説明してちょっと叩いただけなのに割れちゃったんだよと言うと、お前は警察に行く必要はないと言いだし、警察を説得して追い返してしまいました。
あわや留置場に一拍の可能性もあったのかも知れませんが、さすがホテルを仕切るおやじでした。
駅の訴えでまた警官が戻ってくるかもと不安な夜を過ごすところでしたが、気付いたら熟睡していました。
相当疲れていたようです。
(前注のとおりわたしはこの日からラマダンがスタートしていたのに気付きませんでしたが、あるいはマンゴー屋が1個しか食べさせてくれなかったことや、駅員が早く帰りたくて窓口を閉めたことなどはラマダンと関係があったことをうかがわせます。基本的には事前に調べないことを自分の旅のルールのようにしていますが、イスラム関連についてはこれを緩めるべきかと検討しているところです)
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/18 Thu

ラッシャヒの女学生

Voigtlander 20.5cmF4
昨日の青年ハサンのことはわたしにとって旅のひとつの衝撃です。
彼はわたしのために町を案内すると言い、学費の足しに少額の料金をお願いしたいと言い、案内中もずっと誠実にわたしに接していました。
にも関わらず、わたしは彼のことを完全には信用せず、最後に時間外なのでいくら出せと言ってきたりとか、儲け話があるので乗らないかと古典的な詐欺に巻き込んだりとか、フィフティ・フィフティの確率で何かよからぬことを言うのではと心配していたのです。
しかし、言うまでもなく裏切っていたのは彼ではなく、信用しきっていなかったわたしの方でした。
わたしはどうすればよかったのでしょう。
今後このようなケースでは反省を込めてすべて信用するか、あくまで勘を頼りにケースバイケースで対応するか、あるいはこんなに悩むくらいなら最初から現地人には近づかないか。

少なくとも彼とはダッカに戻ったらまた会いたいと思いながら、どんどんと遠ざかる鉄道の中で考えました。
目的のある短期間の旅ならこんなことを考える必要はありませんが、旅が今後も続いていくことを考えると昨日はたいへんな試金石だったと気付かされます。
座席はなぜか寝台車になっていて、昼行なのでベッドメイクはなく、ひとつのベッドのスペースに4人が座らされる狭いスペースで快適と言えないところに大声のおじさんおばさんが休むことなく何やら話をしていたので、わたしは居眠りすることもできずに何かを考え続けずにはいられず、ハサンのことばかりが気になって仕方ありませんでした。

ラッシャヒは古都のようなところだと思っていたのですが、それはラッシャヒがあるエリア全体でかつての首都や地域文化があったということらしく、この町自体には古い町並みがあったりということではないようです。
リキシャに町でいちばんよいホテルまでと連れてきてもらったホテルは安ビジネスホテルのようなつくりで、ダブルの部屋が無かったので、近所を歩き回ると近くにすばらしいホテルを見つけました。
バンコクのそれと同様の新しくて清潔な広い部屋のホテルで、あいにくシングルがいっぱいでしたが、デラックスの部屋を500タカ下げて3200円ほどとバングラデシュの地方としては高く感じますが、ここならよいだろうと荷を解きました。
ダッカほどではないものの喧騒の通りにあって、7階にあるため静かでスタッフ全員が英語ができて助かります。

ラッシャヒに来た理由のひとつに喧騒のダッカから抜け出したいというのがあったのですが、地方に来れば静かでのんびりしているというのはバングラデシュでは当てはまらないようです。
ホテルがあるような町中はミニ・ダッカのように車、オートリキシャ、リキシャ、バイク、人があふれていて彼らは静寂は罪悪だとばかりに騒音をかきたてていました。
たぶんこの環境に育った人たちは、モーツァルトがピアノ協奏曲で美しい旋律をフォルテではなくピアノと指示した理由は理解できないでしょうし、日本に出稼ぎに来たとしたらここは故郷そっくりとパチンコ屋に入り浸ってしまうかも知れません。
日本の自動車メーカーはパングラ仕様の美しい音のホーン搭載の車やバイクを製造しても得ないものでしょうか。

近くにいいところはないかとホテルで聞くと、夕方はパッドマ川周辺の散策をしてはと勧めてくれました。
夕涼みがてら川沿いに散策する人がとても多くいて、こういうことを楽しむのはアジアのどの国も変わらないものだと思わせます。
バングラデシュで歩いていると、写真について次の3つのパターンがあるので、ここで触れておきたいと思います。
その1、こちらから撮るパターン、ポートレイトをお願いするのもこれです。
その2、撮ってくれと言われるパターン、カメラはわたしのを使い、液晶でどれどれと確認していますが、けっこう撮ってくれと言ってくる図々しいヤツが多いのがバングラデシュ
その3、撮らせてくださいと言ってくるパターン、自分たちの携帯などでわたしといっしょに写真を撮ろうとするのも実に多いんですが、へんなサイトにでも投稿されてなければと少し心配になります。

この日の川っべりの散策では、その1が作例の彼女たちのみですが、背景のパッドマ川は別名ガンジス川で、向こうに写っているのはインドだそうです。その2が5回くらいで撮れと言いながら液晶も見ずにそのままサンキューとどこかに行ったヤツもいました。
その3も5~6回あって、そのうち1組が女子大生グループだったのでよかったのですが、他の男たちで肩を組んで撮ったりした写真は、彼らの家に飾られるとか待ち受け画面に使われるとかするのでしょうかね。
写真以外にも、ユア・カントリー? とどこから来たのか尋ねられたり、もっとひどいのになるとコリア? とか、チャイナ? と聞かれるのもしばしばです。
国を聞いて話が続いていくかと言えば、オー、ジャパンと言ったきり何も言わず立ち去るのがほとんどです。
これらを指して、バングラデシュ人は外国人旅行者にとてもフレンドリーだと言われるそうですが、それはちょっと違うと思います。
わたしからすれば馬鹿にされているととれるような接し方だからです。
逆に道が分からずに聞いても、英語が分からないか、道が分からなくて固まってしまう人が多いのです。
フレンドリーと言えるような対応は、一部の人を除いてまったく期待できません。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/16 Tue

スリランカの中のヨーロッパ

Voigtlander 20.5cmF4
朝の9時過ぎに出発したバンコクからの便は3時間半ほどでコロンボの空港に到着しました。
入国審査官がグッドモーニングと言うのを聞いて時差があったことを思い出します。
時計の針を1時間半遅らせる言うので、ミャンマーより1時間遅い、面倒くさい30分ずれた時間が採用されているようです。
係官はわたしの名字がバイクメーカーと同じなのを面白がって、あなたが社長かなどと冗談を言いつつも、わたしのバイクはもう23年使っているが買ったときと同じように走ることができると日本製品に尊敬の念を隠しません。
わたしは隣のレーンに大声の中国人家族連れがいることを意識しながら、中国製のコピーバイクは1年たたずにどこか壊れて3年後には廃車らしいと言うと大笑いになりました。

入国審査の前にアライバルビザの取得が必要で列に並んだのですが、トランジット扱いのためかビザ代は免除されたようで、審査後にスリランカ航空のカウンターに行くよう言われます。
驚いたことにビザがタダというだけではなく、ホテル代、昼食代、夕食代、ホテル往復費用のすべてをスリランカ航空が負担してくれるとのこと。
ただ、ホテルはコロンボではなく郊外のようで、コロンボ観光80ドルもしくはキャンディ観光120ドルに参加するよう勧められましたが、そんな支払いをしてはホテル無料のメリットがまったくなくなるので体調が悪いといって断りました。
それなら観光前に病院に寄って診断と薬をタダで付けるからと言うしつこさに、かえって申しわけなくなりますがやはりホテルでずっと寝ていると拒絶します。

郊外と思っていたホテルはニガンボという海辺のリゾートタウンのようなところにあり、部屋からは向かいの建物を挟んでビーチが見えるロケーションでした。
さっそく海辺に出てみましたが、いまはローシーズンだそうで波がかなり立っていて、海水浴よりもサーフィンに向いていそうです。
隣国モルディブのような海を想像していましたが、確かにホテルから見えたように緑色の海だったもののだいぶ濁っていて日本でいえば沖縄ではなく江の島に来た感じです
いったんホテルに戻るとホテル専属だと言うトゥクトゥク運転手がやって来て、町と周辺を800円ほどで案内すると言うので、高いとは思ったものの80ドルよりは安いからと利用してみました。

特に見どころと言えるものはありませんが、運転手の説明でこの町にオランダが初めに植民を始めたことから住民にプロテスタントが多いことが分かり、今日は聖アンソニーの記念日とかで行事があると知りました。
町のお寺に案内してくれた時は、原色で塗装されたブッダの像を使って彼の功績を描いているところを示し日本でも寺は同じかと聞くので、日本のブッダや寺には色がほとんどなく、木があって金箔が貼られてほとんどそれだけというと、想像がつかないようで不思議そうな顔をしていました。
ヒンズー系の人口も多いらしく、結婚式があったので写真を撮らせてと頼むと、どうぞどうぞと食事まで出してくれる歓待ぶりです。
結婚式のカメラマンがわたしのフォクトレンダーのペッツバールに気付いて、これはすごいとレンズの撮影をしていました。
ふたりの大切なアルバムに使われたりしそうで心配になります。

トゥクトゥクの町巡りから戻ると路線バスの便があることに気付き乗ってみることにしました。
バス代は20円ほどと安く、どこまで行くか考える間もなく聖アンソニーの祝典と思われる長い行列が見えたので飛び降りました。
厳粛な雰囲気で行進が続いていて写真撮影がはばかられましたが、こんな時こそふだん若い女性に声をかけて撮影させてもらっている度胸がものを言います。
作例はその時のものですが、参列者はもとより道端の人もこの日のための衣装を着ていて独特の空気をつくっていました。
行事はオランダからもたらされたものだと思いますが、母国でも同様の祝典はあるのでしょうか。

ニガンボの町にはコンビニはなく、ドリンク類を売る雑貨屋にはビールがありません。
どこに行けばよいのか聞くと、ワインショップで買えるとのこと。
ワインショップと書かれた店は確かにあちこちで見ていましたが、どこも小さな店でまさかそこでなければビールが手に入らないなんてちょっと面倒です。
ライオンと言うのがこの国のビールメーカーのようですが、ハイネケンやタイガーなどの他国のものもいくつかありました。
子どもの飲み物にしか見えないポップなデザインの小瓶のビールが面白く飲んでみたところ、これはデザイン相応の味で失敗でしたが、ライオンラガーはタイのビアシンに劣らないしっかりした味で気に入りました。
ところで、わたしは乗り継ぎなのでチェックイン荷物は受け取らずにスリランカに入国したのですが、そのことをまったく考えていませんでした。
着替えが無かったのです。
下の方はそのままで、大汗かいたシャツはどうにかしたいと近くの土産屋でTシャツを買わざるを得ませんでした。
結局、Tシャツとビールだけがスリランカでの買い物ということになりました。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/13 Sat

レンズはやめて仏像趣味か

Voigtlander 20.5cmF4
バンコクには定宿と言うほど利用していませんが、複数回泊っているホテルがあるので、前夜はそこに落ち着きました。
市内中心のシーロムや旅行者が集中するスクンビットといったエリアはホテルが高く、いまは情報が氾濫しているので、条件の良いホテルはかなり早く満室になってしまいます。
泊まったホテルは空港とスクンビットの中間にあって、普通に言えば空港からも近くはなく繁華街に遠いというロケーションのとても悪いホテルなのですが、わたしの視線でいえば観光地ではないので食事などは安く、バンコク庶民の生活がよく見え、空港へもタクシーで1000円以内で出やすい、使い勝手の良いホテルということになります。
しかも、ホテルはできたてでピカピカ、部屋は広くてキッチンはありませんが、ワンルームマンションのような使い勝手の良さを感じられます。
これで3000円しません

昨夜、ホテルの受付女性はわたしを覚えていて、先週来たばかりなのにまたチェックインに来たので、観光不便なところに好きこのんで泊るんだからビジネス客と思われたかも知れません。
また、徒歩30秒のところに小さな食堂があって、いつもここでソムタムを食べます。
ソムタムとは青くてまだ酸っぱいパパイヤをスライスさせたものにスパイスをたっぷり加えたサラダのことです。
とても美味しいのですが、東北タイ出身の店の人がいつも食べる辛さでとお願いすると、口の中が大火傷になるようなとんでもない辛さで、辛いものはけっこういけるわたしでも悲鳴をあげるほどです。
その後の楽しみは、並びにジューススタンドがあって、そこでマンゴーのスムージーが90円ほどで飲めることです。
ソムタムで火の付いた口の中を、マンゴーで鎮火させる贅沢です。

バンコクに来てもとくにすることなく、旅仏を譲ってくれたタイ人の骨董商のところに行ってみることにします。
道を1本変えて向かうとそこに知らなかった骨董通りがあって、誘惑と戦いながら進んでいかないといけなくなりました。
ただし、さいわいにもこのあたりは高価な店ばかりで、手の届かない価格帯に欲しくなるものは設定されていてかえって助かりました。
もっともわたしが買った旅仏も本来はもっと高いのをわたしのために買える値段まで下げてくれたと言う経緯があるので、気を引き締めてかからないとまたまた購入になるので
要注意です。

香港人が共同経営している骨董屋さんは、彼が長年研究してきたというラオスの仏像のコレクションが秀逸で、タイやミャンマーとの様式の違いを解説してくれます。
旅仏のタイ人もそうですが、ほんとうに好きな人が商売を超えて説明してくれているとき、そのものがいちばん輝きを放つようで、欲しくなってしまうものです。
また、別の店はなんとタイの王室と関係がある店で、王室や有名なバンコクの寺から仕入れたと言う仏像が並んでいました。
そうなってしまうともはや金額はわたしの指先にかすりもしないところを舞っていて、娘が王室の何番目だと言う話をしてくれた店のマネージャーにここは高いから買わない方がいいよとアドバイスされる始末でした。

くだんの日本仏像蒐集家のタイ人男性はさいわいにも在店していて、お帰りなさいと迎えてくれました。
もちろん、旅仏のおかげでつつがない旅を続けられたことを報告し、感謝を述べました。
前回長居したこともあって今日はそれだけで帰るつもりでしたが、またいろいろと話を聞いているうちに夕方の閉店時間まで居座ってしまいました。
もともと好きで聞きに行っている仏像の話と旅の話が次々出てくるのでまったく飽きません。
徹夜で語り合っていても退屈しない、そんな人です。
またバンコクに来る機会があれば訪れたいですが、わたしの旅程はあとは西に向かうばかりなのでここに来る機会は当面ありません。
しかし、本拠地をバンコクと横浜に置いている彼とは、無理を言えば横浜で会ってもらえそうです。
ディスプレイしてあった観音像などのことを念入りに聞いてお暇しました。

さて、作例ですが、骨董エリアに向かう途中の商業地区であるシーロムは、リッチ層のサラリーマンやOLが多いせいか、ところどころで演奏しながらお金を投げ入れてくれるのを待つ人がいます。
多いのは視覚障害の人が歌を唱うもので、聴いているとなかなかの美声で意外に惹かれるような人もいます。
障碍者の演奏は韓国や中国でも見たことがありますが、あまり関心をもってもらえていないようですし、むしろ邪魔者扱いのような印象を受けました。
タイでは信仰心の篤い仏教国であることと、何より美声がものをいってかなりの人が小銭を投げ入れているのを見ることができホッとさせられます。
バイオリンの男性も歌い手に劣らず名手だったのかも知れませんが、ひたすら調弦を繰り返すばかりで残念ながら演奏に接することはできませんでした。
もしかしたらチューニングと思っていたそれが演奏だったのかも知れないですが。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(1) | 2015/06/11 Thu

美しきバンブーハウス

Voigtlander 20.5cmF4
ヘーホー空港からのタクシー運転手もニォンシュイの政府係官もシュイニォンにホテルはないと言っていました。
ヘーホーに戻るかバスで30分のタウンジーに行くしかないとのことでしたが、シュイニオンに着くと困っている人を放っておけないミャンマーの人々は、どうしたのかと聞いてくれます。
事情説明すると車を所有する男性を紹介してくれ、その男性がホテルはあるよと案内してくれることになりました。
デラックスホテルと言う新しいホテルでしたが、値段を聞くと45ドルと高く、安い部屋はないかと言うとそれなら40ドルでいいとのことですが、それでもわたしには高すぎで案内の男性にその旨告げると、もっと安いホテルがあると連れて行ってくれたところは完全な安宿です。
それでも30ドルだと言うので、このレベルでは10ドル以下だと運転手に言うと、それなら最初のホテルに30ドルならいいかと聞くので、それならOKだと答えるとまたデラックスホテルに向かい、先ほどの受付の女の子がはい30ドルですねとなぜかあっさり値段を下げてしまうのでした。
もともとホテルは30ドルで運転手は10ドルコミッションを取ろうとしたが諦めたということでしょうか。
よく分かりませんが、善良にしか見えない運転手には300円ほどチップをわたしました。

このホテル、名前こそデラックスホテルでプール付きなものの、名前に偽りありなところ多数ありです。
ベルボーイが部屋まで案内するもドアの鍵が鍵穴から抜けなくなって用度係のおじさんを呼ぶは、夕食はレストランでと勧めながらできるのはチキン何とかという料理だけだったり、シャワーが2つ付いていてなぜかと思えば熱いの専用と冷たいの専用が別々と分かったり、パーフェクトだと言っていたWIFIはやはりダメだったり、夕方まで預かってくれと頼んでおいたトランクが戻った時もロビーに放置されたままだったり、何より他に誰もお客さんを見かけないという、怒るよりも同情したくなるホテルでした。

シュイニォンという町と言うか村と言うかは、ミャンマー中どこにでもあるようなところかも知れませんが、実に素朴で散策するにもってこいのところでした。
メインの通りには幾種もの交通機関が通り過ぎます。
数えてみると、路線バス、トラック改造の乗合バス、バイク、農耕車、サイカー(サイクルカーのことで自転車のわきの荷台と自転車の後部に人が乗れる)、馬車、牛車と少なくとも7種の車類が移動用交通手段になっています。
牛車は遅すぎ、馬車は乗り心地悪そうでしたし、農耕車は満員でしたので、乗合バスとサイカーを利用しましたが、どちらも格安でミャンマーらしい楽しい乗り物です。
ニォンシュイ方面とタウンジー方面の分岐のところが中心のようで、昨日の運転手もここに住んでいて、散歩なら目の前の市場へ行ってその裏へ出たらどうだとアドバイスしてくれました。

市場ではふかしたとうもろこしが1本30円とのことでいただきますが、やはり日本のとはだいぶ見劣りがするものの、マレーシアのキャメロンハイランドのよりは味があって美味しく食べられました。
規模の小さな野菜中心の市なので買うものこそありませんが、現地の少数民族インタ族の頭にターバン状の布を巻いてたすき掛けにカバンを持つスタイルが特徴を出していてそんな女性たちを見ていると飽きません。
市場の先は農地がどこまでも広がっていて、散見される農家に続く小道がいくつかあってどれを選択しますかと謎かけするかのようです。
作例はそんな農家のひとつです。
どの家も壁は竹を薄く編んだもので、このような家をバンブーハウスと呼んでミャンマーの農村ではどこにもあるものですが、周辺一帯の家も含めて竹の編み方で描く模様が美しく、このような壁はわたしは初めて見ました。

番犬に追いかけられながら歩いていると、農耕用の牛が道を塞ぐように昼寝していましたが、わたしは牛が寝ている姿を見るのも初めてです。
猫のように丸くなって寝息を立てていて、牛の寝姿がこんなに可愛いとは意外です。
歩き疲れたところでうまい具合に少量の食品や雑貨を商う農家があって、休憩します。
ビールが置いてあったので冷えたのはないか聞きましたが、電気が無く冷蔵庫は置けないのでとのこと。
でも電灯がりますよねと言うと、最低限の電気はソーラーで賄っていると言う返事もあまりに意外でした。
常温のミャンマービールでしたが、渇いたのどには案外いけます。
もちろん冷えていればもっとずっと美味しかったはずですが。
さらに歩くとビラタイプのホテルがあって覗いていたら、まだオープン前ですがと言いながら部屋を見せてくれました。
場所にふさわしい落ち着いたインテリアに田園風景が広がるバルコニー、わがデラックスホテルも見習ってほしいとか思っていると、1泊150ドルくらいの予定と聞いて、比較してはいけないかと苦笑します。

こんな調子で牧歌的な雰囲気を味わってから件の運転手の家に戻ります。
彼の奥さんがここに停車する長距離バスのチケットを売っているので昨日の縁もあってヤンゴンまでの夜行便を購入しました。
ほんとうはタウンジーとかにもう1泊してもよいところですが、散策で十分に満足を得られたので少し先を急ぐことにしたのです。
旦那さんがちょっと見せたいものがあるから来なさいと言うので部屋に上がると、娘さんだと言う写真が飾ってありました。
大学生だと言うその写真にはどこか懐かしい感じがするなと思った矢先、娘は日本のICUに留学してるんですと教えられました。
娘が日本にいれば日本人に対して親切なのは当然に思えましたし、インタ族という少数民族で日本に留学なんてかなり稀でしょうからそんな家族にお世話になったことにも縁を感じずにいられませんでした。
【Alpha7/ZK 5cmF1.5 F1.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/08 Mon

ここにもフェイクの世界が

Voigtlander 20.5cmF4
6時半にイミグレーションが開くと言うのでその時間にミャンマーに行くつもりでしたが、メーサイ市内にブッダ・マーケットという仏像を扱う市場があると言う情報を聞いてしまいました。
恐らく9時オープンと思われるので、そちらに寄ってから国境越えしても遅くないだろうと判断して8時に起床しました。
ホテルはWIFIがあるものの部屋ではつながらず、レセプション付近は感度良好なものの冷房無しで蒸し暑く、6階の部屋で書き込みして1階のレセプションでネット接続して送信したりということを繰り返したため寝るのが3時になってしまったので遅起きも仕方ありません。
これでもネット接続ができるだけラオスやミャンマーよりずっとマシです。

メーサイにタイ最北端と書かれた場所があり、すなわちここがミャンマーとの国境になります。
タイ側の出国審査でペラペラとパスポートをめくるので、バンコクでミャンマーのビザ取得済みと言うとそのページを見ながらニコリと笑い、出国スタンプを押してくれます。
50メートルも歩くと今度はミャンマーの入国審査ですが、ここでは書類に記入を求められるものの名前とパスポート番号くらいのものであとは省略してサインすればよしとこちらもかなりいい加減なものでした。
ミンガラーバはこんにちはの意味ですよねと係員に話しかけ、ありがとうは何というんでしたってと聞くと、チャズティンパーテイと丁寧に紙に書いてくれました。
もうひとつお願いしてミャンマー文字で0から9まで書いてもらいます。
昨年訪れたとき、バスの何番に乗れと言われましたが、ヤンゴンのバスの番号はミャンマー文字で書かれているため、まったく読めず英語ができる人が現れるまで何本もバスを見送った苦い経験があったからです。
適当ながら親切なアジアらしい係官に感謝しました。

イミグレは列ができていましたが、行きかうのはタイ人とミャンマー人ばかりのため外国人窓口は人気が無く出入国は超スムーズでした。
しかし、いざイミグレを出るとそこには無数のトゥクトゥクやバイクタクシーの客引きが待ち構えています。
タチレクにはとどまるつもりがなかったのでノーサンキューを繰り返して客引きの波を潜り抜けて行きます。
すると目の前に4枚の写真を見せながら、トゥクトゥクで全部まわって100バーツだと言う男が現れます。
本来なら当然無視ですが、その中に写っている人物を見てしまったと思いだしました。
チェンライに着いた時必ず行こうと思っていたパダウン族の村のことをすっかり忘れていたのです。
トゥクトゥク運転手の写真に写っているのがまさにそのバダウンの人ですが、どうやら民俗村のようなところのようで行っても楽しめないのは承知しつつも、もはやタイには引き返せないので、ここに行くことで良しとせざるを得ません。
4ヶ所回った後にチェントン行きのバス乗り場まで連れて行ってくれて100バーツ、それ以上は1円も払わない、で契約成立しました。

最初に訪れた3つの寺はミャンマーやタイによくある様式であまり面白くありません。
2番目のにいたってはヤンゴンの聖地と同じシュエダゴンパゴダという名前だったので聞くと、ヤンゴンのそれをコピーして名前も同じにしたとのことで、そんなところに連れてくるなよと文句を言いたくなるような場所でした。
最後に訪れた民俗村も微妙な施設でした。
それ以上は1円も出さないと言っておいたのに、そこだけ入場料が140バーツだと今更になって言います。
正直高すぎでばかばかしいですが、いままでのに100バーツ払うことを考えるとバダウン族を見る唯一のチャンスをフイにすることはできません。
たぶん本来の入場料70バーツ、運転手のコミッションも70バーツということなのでしょう、運転手の眼はぜひ入るよう訴えていました。

しかし、民俗村をうたいながらそこにいたのは、バダウン族とアカ族がそれぞれ4家族だけと言う規模の小ささでした。
バダウン族は未だに首長族などと失礼な言われ方をしていますが、女性のみ小さいころから首に真鍮の輪を付けて年齢ごとにその数を増やすので、あたかも首が伸びているように見えることでよく知られている民族です。
人口の少ない民族で現金収入もあまりないためでしょう、このような観光用の施設で働いているケースが多いようです。
作例は、バダウンの母娘ですが、母親が首飾りをつけ続けたため顔が横長に変形しているようにみえるところが中国の纏足を連想させます。
娘の方はそれもあってか、偽の脱着可能なリングを付け外して誤魔化していて、このままではバダウンの伝統も早晩なくなってしまわないかと心配です。

バスステーションに行くと午後にあると言っていたバスは無く、運転手もわたしも焦りましたが、マイクロバスのチェントン行きと言うのを見つけてくれました。
しかし、一般が200バーツのところ外国人料金だと言って500バーツ請求され、足元見られるかたちで泣く泣く支払ます。
トゥクトゥク運転手はもともとそれを知っていて最初からキックバック狙いだったのかも知れず、してやられました。
バスの待ち時間にランチをとっていたら突然テレビでサッカーの試合が始まりました。
U20ワールドカップ予選のミャンマー対ニュージーランド戦で、レストランが異様な熱気に包まれました。
男性はもちろんですが、ふだんはサッカーに縁のなさそうなおばさんまでが、ひとつのプレイに絶叫したり、ため息をついたりで臨場感を高めています。
おばさんの願いが通じたようで、エリア内の角度のないところからインフロントキックの大きく曲がるシュートが決まってミャンマーが先制したときはこの大会に優勝したかのような大盛り上がりでした。
後半を待たずして車が来たとの連絡があり、わずか160キロを4時間かけてチェントンに向かいます。
7時間かかると言うタイ人がいたり、バスは午後にもあると言い切る地元の人がいたり、ミャンマーの交通情報は錯綜しています。
ともあれ、この車の運転手が言う通り、ぴったり4時間でチェントンに到着できてホッとしました。
隣の座席で親しくなったおばさんがここのホテルがいいんじゃないと運転手に告げて停めてもらった小さな宿にチェックインします。
フレンドリーなスタッフの態度が魅力的ですが、相変わらずミャンマーのホテルは高くメーサイなら1000円程度で済みそうなところがUS30だと聞き、がっくりしますが仕方ありません。
そのスタッフにサッカーの結果を聞いてびっくり、あの後ニュージーランドの猛攻を受けて1-5で大敗したそうです。
あのレストランで結果を知ることにならなくて正解だったかも。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/05 Fri

バス乗り場はあまりに遠かった

Voigtlander 20.5cmF4
バンコク~チェンマイの夜行列車はよく見ると連結部分に日本国有鉄道と書いてありました。
国鉄が民営化したのが何年前か思い出せませんが、かなり古いブルートレインが使われているのは確かなようです。
ただし、車両は紫に塗装されていましたので、もはやブルーは名乗れません。
気になるフィンランド娘たちでしたが、ベッドごとに仕切りカーテンが付いていたので、何か見てはいけないものを見たりとかということはなく過ごすことができました。
朝起きたらカーテンの隙間から下はパンツで寝ているセクシーな姿が見えたので、カーテンがなければ気になって寝るのが難しかったでしょう。
西洋人は裸で寝る人が多いと言う噂はかねがね聞いていますが、そうでなければ下着姿で寝てしまうようで、オープンなのはいいがこちらのことも考えてくれよと、隙間から覗いたくせに注文の一つも付けたくなります。

列車の揺れが比較的大きく感じられて1時間おきに起きるような状況でしたが、途中、コンビニで買っておいたすっかりぬるくなったビールを飲んで無理やり酔っぱらったりして寝て過ごすことができました。
先月、バンコク~ハジャイに乗った時は見た記憶がないのですが、列車内でのアルコール類の摂取や販売は禁止となっていました。
よく見ると小さな字で違反者は6ヶ月の刑務所行きか、1万バーツの罰金、もしくはその両方と怖いことが書いてありました。
酔っぱらいのトラブルなどがあって急遽、法律ができたのかも知れません。
見つかっていたら、今頃バンコク刑務所でこのブログを更新していたことでしょう。

チェンマイは大きな町でもうちょっと田舎町まで出ておきたかったので、チェンライまで行くことにしていました。
駅内にインフォメーションがあったので聞くと、バスステーションまでタクシーで30バーツ、そこからバスで3時間ほどだと言います。
しかし駅前にいたトゥクトゥクの運転手が200バーツだと言うので、あきらめて大通りまで出てタクシーを探します。
すると通りかかった乗り合いトラックのソンテオが停車したので、バスステーションまで行くかと聞くと行くから乗れと急かされます。
しかし、到着したのは町のど真ん中でバスの気配はありません。
道行く人に聞くと反対方向だと言うのでまた別のソンテオに乗って今度は2度3度とバスステーションだということを確認して乗ったのですが、降ろされた場所はホライゾンというリゾート施設です。
バスステーションがホライゾンと聞こえたようですが、わたしの発音は相当に悪いのでしょうか。
だいぶ行き過ぎたらしく反対方向のソンテオに乗って、今回は英語が分かる乗客もいたのでやっとバスステーションに着くことができました。

これでもうヘトヘトでしたが、バスチケット購入にも難儀しました。
最初に入った建物でこちらではなく向かいの方へ行けと言われ、そこにもカウンターが
いっぱいあったので分からず緑のカウンターがそうだと教えてもらいましたが、そのカウンターでは何やら言ってチケットを売ってくれません。
もういちど確認すると番号券を発券して待つのだとのこと。
その発券機は若干離れたところにあって、これでは一見の旅行者には見つかりません。
なんてひどいんだと言いながら自分の順番が来ると、チェンライ行きのバスは3分後に発車だと言うので、チケット窓口の女性がわざわざ発車間際のバスまで案内してくれました。
なんて好い人なんだろうに訂正します。

バスの行先はチェンライでは、ゴールデントライアングルとなっていて、途中いくつか寄るところのひとつがチェンライとのことです。
フランス人一家が乗っていましたが、彼らはゴールデントライアングルに行くと張り切っていました。
バスは、パンとミネラルウォーターのサービス付でしたが、喉の渇きが抑えられず休憩のときにまたビールを買ってしまいました。
バスの中にもアルコール禁止と書いてあって、休憩地の売店では売っていませんでしたが、ダッシュで近くの商店に行って入手したのです。
マリファナを吸うわけでもなくたかがビールなのですから禁止することもないと思うのですが、その理由を聞いてみたいものです。

チェンライに着いてから予約サイトを開いて見つけたホテルが大正解でした。
若い夫婦が管理人をしているアパートで、何部屋かだけホテルの客室として稼働させているとのことでした。
その奥さんがとてもきれいなので聞くとお父さんがドイツ人、お母さんがタイ人でずっと父方の故郷のデュッセルドルフに暮らしていたそうで、ドイツ語と英語は完璧です。
レセプションの横の通りに面したスペースがカフェになっていて、風通しの好いとてもタイにいるとは思えない涼しさと、通りがかる近所の人がみんな気さくに立ち話していく環境がとても心地よくて、これこそが本物のリゾートなんじゃないかと感じていました。
これならビールはいらず、おすすめだと言うドイツ式の大きなカップでいただくカプチーノをゆっくりのんびり楽しみました。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2015/06/03 Wed
| home | next