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Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
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thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/28 Sun

Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/26 Fri

ヤギかヒツジか

Voigtlander 20.5cmF4
バングラデシュに到着した日、ダッカの町を散策しているとき、突然、子どもを抱いた若い母親に道を遮られました。
子どもに食べさせるものがない、お金を恵みなさい、というような内容のようです。
恵んでください、ではなく、恵みなさいと表記する方が恐らく正しい高圧的な態度です。
大昔に1日滞在したインドのニューデリーでも同様だったと思いだします。
バクシーシというのだと思いますが、概念としてはやはり恵んであげるのではなく、金を持っている人は持っていない人に少額でも手渡すのが人間としての決まり事だと言うような概念があるようでした。

到着したばかりなので、今後、これが続くようなら辛いだろうと心配になって、あなたは若いのになぜ働こうとしないんだ、わたしがお金をわたしてもそれでは貧困の解決にはならない、あなたは仕事を探さなくてはならないと真剣に説明したところ、その若いお母さんはへらへら笑ってどこかへ消えてしまいました。
英語が通じているようではなかったので、こいつに言っても金はもらえんようだと判断したということのようです。
その後、ラッシャヒで金をくれと言った男たちこそいましたが、バクシーシには2度とあいませんでした。
観光客とか外国人を狙ってのバクシーシというには、あまりにローカルな場所だったので、若い母親があれでどれだけの収入を得られるのかまったく想像もできません。
説教めいたことまでしゃべったので、それならわずかでも現金を握らせてあげればよかったかと若干の後悔があります。

バングラデシュでよく見かけたのは、なぜかヤギでした。
食べ物のバリエーションが少ないバングラデシュはカレーばかり食べていましたが、だいたいどの店もマトンかチキンかビーフのカレーがあって、ときどきフィッシュもあります。
ウシもニワトリもよくいたのにヒツジは一度も見なかったので、マトンと言うのはヤギの肉なのではないかと疑っています。
ヤギの肉はかなり臭みがあると聞いたことがありますが、相当に煮詰めてカレーにして食べると気にならなくなりそうなのであり得ない話ではなさそうです。
そもそもヒツジとヤギは近い動物なのでしょうか。
ヤギは山羊と書くので、親戚のような近い動物だと何気なしに思っていましたが、そうであれば肉の質自体も近いのでしょう。

ヤギを散歩させているのをたまに見たのですが、多いときは7~8頭を鵜飼のように首にひもをかけて歩かせていました。
作例は1頭だけのパターンですね。
一見すると犬の散歩ですが、なぜだかヤギを散歩させている方がおしゃれに見えました。
もしかしたらバングラデシュの富裕層でヤギを飼うのが静かなブームだったりするのかも知れません。
そういえばイヌもネコもときどき見ましたが、イヌを散歩させているのは一度も見かけませんでした。
イヌは食べるのか聞きましたが、もちろん食べないと大きく首を振っていました。
わたしが中国で食べたことがあるといい、中国人にはネコを食べるのもいるぞと教えてあげるとオエッという顔をしました。

インドにはベジタリアンが多いようですが、少なくともわたしはバングラデシュでベジタリアン用のレストランは見かけませんでした。
一度だけベジタブルカレーを見ましたが、それ自体ほとんどないようです。
なぜインドに多いと言われるベジタリアンがバングラデシュに見つけられないのか、というよりは、なぜインドに菜食主義があるのかが気になります。
インドにはいろいろ宗教が存在するのでその影響なのでしょうか。
そういえば、バンコクにインディアン・ベジタリアン・フードと掲げたレストランがありました。
その関係の人以外で、タイ人とか旅行者など利用するのか、それともすでにバンコクにはレストランが繁盛するほどのインド人ベジタリアンが定住しているのか、妙に気になったものです。

バングラデシュの空港でキャッシュがまだだいぶ余っていたので、750円くらいもしたお菓子の詰め合わせを2つ買ってみました。
ひとつは自宅用にひとつは奈良のお世話になる宿にお土産にしましたが、どちらもたいへん不評でした。
例えるなら甘ったるいドーナツですが、味はけっして悪くないのに、とにかく滅茶苦茶甘いのです。
自宅でも宿でもはっきりそうとは言われませんでしたが、あきらかに不評だったことだけはよく分かりました。
例えば夏休みにバングラデシュだけを1週間旅したと言う日本人はそれなりにいると思うのですが、彼らはおみやげに何を買って帰るのかが気になりました。
マンゴならいちばん喜ばれますが、時間が経つとやばそうですし、何より植物検疫がたいへん面倒くさそうです。
お土産になるようなものなんてバングラデシュにはまったくないんだよと言って信じてもらえるか分かりませんが、正直にそう言うよりほかないと皆実行しているのではと思います。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/26 Fri

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Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/24 Wed

Voigtlander 20.5cmF4
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
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Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/23 Tue

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Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/22 Mon

日本が遠かった話

Voigtlander 20.5cmF4
世界一周の第4ラウンドは残すところ今日だけになりました。
深夜のコルカタからの便で日本に戻ることになっており、本来ならばインドビザを取得することで、昨日あたりにインド入りして今夜にコルカタ空港へ入って帰国の途という段取りのはずでした。
しかし、発給日数の関係で、ヤンゴンかダッカでのビザ取得を断念せざるを得ず、泣く泣くダッカ発コルタカ行きの格安航空券を買って、空港内で乗り継ぐことになってしまいました。
こういうところにもインドと言う国は高い壁になって立ちはかるのです。

早起きして恐る恐る駅に行きますが、昨夜の件で指名手配されているということはなく、とりあえずダッカ駅から空港駅までの乗車券を入手しました。
ただし、空港行き列車の正確な時間はつかめず、1時と2時40分には運行していそうということだけは教えてもらいました、
いずれも空港まで30分で、コルカタ行のフライトが5時20分発なので、2時40分の列車は時間的にちょうどいいですが、万一遅れでもあればやばそうなので1時が無難です。
また、ホテルはなぜか2時チェックアウト起源だというので、12時くらいまで街歩きして一度シャワーを浴びて1時の列車に乗り込もうと考えました。

オールドダッカを再訪しました。
到着翌日にハサン君の案内で歩きましたが、彼なりに考えたハイライトを歩いたということのようでしたので、今日は自分の勘をたよりにぶらぶらして何かを見つけたいと考えたのです。
結果を言えば、わたしの勘はダッカでは威力を発揮することなく、ハサン君との行動以上の収穫は得られませんでした。
ついでにいえば、計算ミスでバングラデシュ到着時のATMキャッシング額が多すぎて3万円相当も引き出してしまい、1日あたり6000円予算だったのですがそんなには使い切れず現金がだいぶ余ってしまっていました。
何か買い物できればとも考えていましたが、欲しくなるようなものも一切見つかりませんでした。
作例は、オールドダッカの路上オフィスでタイプライターを操る男性です。
路地が狭いためにこんな接近写真になってしまいましたが、PCの時代に年代物タイプライターが現役で働いているのは、ペッツバールレンズをデジタルで使うのと共通点があるようで、その後お互いの愛用アイテムを見せ合うことになりました。

何かを探そうと力を入れたのは空回りに終わりましたが、その代償でホテルへ戻るリキシャが捕まえられず、ホテルに戻ったのが1時近くになってしまいました。
慌ててシャワーを浴びてから駅に1時半過ぎに行ったのですが、2時に空港へ行く列車があるとの朗報を聞いて助かりました。
その列車は特急で、わたしが買ったチケットで乗ってはまずそうでしたが、乗車下車の改札も検札もなく、その正当性は分かりません。
空港駅で降りたのですが、空港がどこにあるのか分からず、道行く人があっちだという方向に少し歩くとせっかくシャワーを浴びたばかりなのに暑さで汗が噴き出して来たので、オートリキシャの50円で空港に行くぞという誘惑に勝てず乗ってしまったのですが、ほんの目の前が実は空港建物でわずか30秒で到着とは、最後の最後にバングラデシュ人にすっかり騙された気分でした。

コルカタから日本までの航空券は少々前に購入済みで、今回はインドのビザを取得できなかったので、必然的にコルカタまで陸路は使えず、ダッカ発コルカタ行の航空券を別途購入しました。
エア・インディアが乗り継ぎ便の2時間前到着という時間ぴったりの便を飛ばしていて、しかもそれが最安価格です。
しかし、エア・インディアは、インド事情をほとんど知らないわたしでも遅延や欠航が頻繁なやる気なき航空会社との悪名が高いことを承知していました。
航空会社側の理由で乗り継げなかった場合は、代替便に振り替えてくれるという確証があれば予約していましたが、コルカタからは他社便なのでそれは期待できそうにありません。
その次に安かったジェットエアという航空会社の便を購入しましたが、時間を見ると乗り継ぎ便の7時間も前に到着してしまいます。
エア・インディアほどではないが、ジェットエアもインドの会社のようなので、何時間かは遅れるかも知れないと選択したのですが、逆に予定より若干早く到着するような優秀な航空会社でしたので、空港で7時間近く待たなくてはならないことになりました。

ビザが無いので入国審査を進むことができず、乗り継ぎのカウンターには人がいません。
どうするのかと歩いていると、ジェットエアの地上係員が来て説明してくれました。
わたしが乗り継ぐ中国東方航空のチェックインカウンターが開くのは出発の2時間半前なので、それまでは入国審査前の椅子にじっと座って待ち、カウンターが開いたらその職員がわたしのパスポートを取りに再訪しそれをもってチェックインまで行い、搭乗券を渡しに三度来てくれると言うことでした。
わたしは4時間半ベンチで待ちましたが、昼寝するには冷房が涼しすぎ、小さな空港のため到着便があるときだけ活気づいてそれ以外は暇な入港審査の職員、両替所の職員、アライバルビザ発行窓口の職員、空港セキュリティの職員がかわるがわるやって来ては、お前は何人だ、なんでこんなところに座っているんだと、判で押したように同じ質問をしては立ち去るの繰り返しでこちらが疲れるほどでした。
さらに夕方着で深夜のチェックインまで入国審査前にいて、水はない、レストランにも行けないでたいへんひもじい思いをしましたが、それを彼らに言ってもそれはお気の毒にと言うばかりで取り合ってくれません。
うざいだけで、何の役にも立とうとしないのがインド人との覆しがたいイメージがわたしの中に形成されました。
ようやく深夜になって手続きをしてもらいこのインドともお別れできる時がやって来ました。
しかし、それは甘い考えで、コルカタ-昆明、昆明-上海、上海-関西のすべての機内に大挙してインド人が搭乗していました。
あわせて、それ以上の数の中国人までいたことも申し添えなくてはなりません。
2度と乗りたくないフライトでしたが、翌週には逆ルートでコルカタを目指し、インドを西進する旅をしなくてはいけないのでした。
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/19 Fri

食事ができない理由とは

Voigtlander 20.5cmF4
ラッシャヒへ来たのが鉄道だったので、ダッカへ戻るのはバスにしようと考えていました。
昨日のナトールからのバスはちょうど鉄道駅前のバスステーション行きでしたので、翌日のダッカ行のバスを探しましたが、どうもボロボロのバスばかりで所要時間も鉄道と変わらぬ6時間だと言うので考えてしまいました。
ダッカでの空港までの移動時間を考えると空港まで行って近くのホテルを取るべきと考えましたが、空港に行くバスは少ないらしく中途半端な時間ばかりです。
例えば朝の9時半発があると聞きましたが、3時半ダッカ着とすると朝はこちらで何もできず、夕方もホテルに到着して一服ついているうちに薄暗くなってしまって1日何もしないうちに終わってしまいます。
バスチケット屋は会社ごとに何軒も並んでいますが、なぜかどこも横柄で、時間の質問にすら答えないところもありイライラしてチケット購入をあきらめ、駅に行くと午後4時の列車のチケットならあると言うので購入してしまいました。
そういうわけで、今日は3時くらいまで何かすることができます。

ラッシャヒのホテルのWIFIはなかなか快調でしたので、前夜のうちに何かないか調べてみることにしました。
しかし検索すれど情報はほとんど見つかりません。
これはあとで分かったのですが、少なくともわたしにはラッシャヒと聞こえていてそう表記してきましたが、メジャー旅行サイトなどではラージシャーヒと記載されていて、さらにラシャヒと書くところまであって地名が日本語として統一されていないため情報が得られなかったのでした。
そういえば、ミャンマーのチェントンもチェイントンとかチャイントンとまで表記しているものがあります。
マイナーな地名にはよくあることですが、統一してもらわないとひとつの町が複数存在するかのような誤解を生じるのでどうにかすべきと思うのですが…。

昨日のバスの中で出合った人がバッガモスクというモスクがすばらしいと言っていたので、遺跡ではなく現役の宗教施設が見てみたいと行ってみることにしました。
しかし、どこにあるのか聞き忘れていました。
頼りにしていたホテルのマネージャーのモハンメド君は今日は出勤時間が遅いらしくいません。
代わりに青年に頼むと、バッガモスクの写真が入ったコピーを見つけて手渡してくれました。
このコピー写真1枚を頼りに、場所不明のモスクまでたどり着けるでしょうか。

少なくとも徒歩圏ではなさそうでしたので、駅前のバスステーションまで行って、リキシャが停めた目の前のバスにここに行きたいんだがと聞くと、まさにそのバスがそうだとのことです。
なるほど車掌がバカ、バカ、バカと連呼しているように聞こえるのは、行先のバッガ、バッガと言っていたのですね。
時間を聞くともう少ししたら発車だと言うし、所要1時間だと言うので安心してバスに乗り込んだのですが、これが大失敗でした。

まずバスは人が揃わないからとなかなか出ないし、1時間は真っ赤な嘘で2時間かかりました。
バッカは田舎町なのでバス本数が少なそうで、12時に到着しましたが1時のバスに乗らないと4時の列車には間に合いません。
結局、待ち時間を入れると5時間近くかかって、モスクと周辺を45分見ただけです。
作例はそのモスクの祈りのシーンですが、厳粛な雰囲気の中カメラを首から提げて立っていると、何やっているんだ撮るんだというジェスチャーのおやじさんがいたので、図々しく撮影したものです。
祈りの先には扇風機が轟音を立てていて、偶像崇拝を禁ずるイスラム教でもこういう物に向かって祈るのは許されるのだと知りました。
おまけに外国人だからと行きも帰りも運転手のすぐ後ろの席に座らされたのですが、これがクラクションがうるさくて落ち着いて座っていられないような席でした。

さて、慌ててホテルに戻りましたが3時過ぎだとどのレストランもクローズしていたので(これはあとあとでラマダンに入ったためだと分かりました)、駅に向かい向かいの露店でまたマンゴーを食べました。
今度のおやじは理解力が無く、3つカットしてくれと言っているのに1つカットした後に、何個買うんだと聞いてきます。
もう2個は何度頼んでも剥いてくれず、1個を30タカ払って駅に向かうしかありませんでした。
昼食は揚げ物を売っている売店で全6種類をひとつずつ袋に入れてもらいました。
電車の中で味わってみましたが、味覚的にはかなり微妙な食べ物でした。
来た時の列車ではアナウンスがなかったのですが、この列車では駅に着くたびに放送が流れ、お時間になるとコーランが流れたり、両隣の人が椅子に正座してお祈りを始めたりたいへんな車両でした。

空港そばに泊ろうと考えていたのですが、結局、ダッカ駅まで行って駅前の前回よりはマシなホテルに宿泊しました。
チェックインするとホテルを仕切っているのは俺だと言う態度のおじさんが、日本人か、何かあればわたしに言うようにと名刺をくれたのですが、その言葉の通り彼のおかげで大いに助けられました。
明日のフライトに合う鉄道のチケットを買いに行ったのですが、明日の列車は明日買いに来い、だったら時間だけでも教えてくれ、明日教えてやるさ、というふざけたやり取りになり窓口を閉めたのでわたしが扉をガンガンたたいたら、そのガラスの扉が割れてしまいました。
まずいと思っていたら警察がやって来て何事だと聞きますが英語が通じず説明できません。
そこで、ホテルまで同行してもらったのですが、警官が事務所までわたしを連行しようとしました。
わたしはくだんのホテルのおじさんに事情説明してちょっと叩いただけなのに割れちゃったんだよと言うと、お前は警察に行く必要はないと言いだし、警察を説得して追い返してしまいました。
あわや留置場に一拍の可能性もあったのかも知れませんが、さすがホテルを仕切るおやじでした。
駅の訴えでまた警官が戻ってくるかもと不安な夜を過ごすところでしたが、気付いたら熟睡していました。
相当疲れていたようです。
(前注のとおりわたしはこの日からラマダンがスタートしていたのに気付きませんでしたが、あるいはマンゴー屋が1個しか食べさせてくれなかったことや、駅員が早く帰りたくて窓口を閉めたことなどはラマダンと関係があったことをうかがわせます。基本的には事前に調べないことを自分の旅のルールのようにしていますが、イスラム関連についてはこれを緩めるべきかと検討しているところです)
【Alpha7/Voigtlander 20.5cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Voigtlander 20.5cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/18 Thu
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