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人生で大切なものはいつも目に見えない

C.C.Harrison 14cmF4
昨日は韓国雑記でしたので、今日はモンゴルにいたします。
ベトナムについては1分間の滞在でしたので、今回は何も書きません。
モンゴルで悩まされたことが3つあって、ひとつは零下20度の寒さ、続いて気の強い国民性なのか何度かそれによってイヤな思いをしたこと、最後がこれは昨日と同じになってしまいますが、ことばの問題でした。
今後、世界一周を続けていけるとすれば、この言葉の問題はずっとついてまわるはずで、わたしの語学力を向上させるのは不可能なので、対処法等を考えなくてはと少しずつ思い始めています。
少なくとも通るであろうスペインと中南米のためにスペイン語を即席勉強する必要性は強く感じます。

わたしは始めて行く国では入国後すぐに言葉を教わるようにしています。
と言っても、こんにちは、ありがとう、すみません、さようならの4つだけです。
とにかくこの4つだけでもしゃべれないと、その国に個人で行ったという気持ちになれません。
小学校の頃ですから大昔の話ですが、世界のこんにちはが書かれた下敷きを持っているクラスメートがいて、その中にはニーハオとかブエナスタルデスとかあったのだろうと思いますが、私たちがこれは面白いと受けたのが、ドーブロエー・ウートローでした。
小学校時代、まさか自分が生涯に海外旅行する機会があろうとは夢にも思っていませんでしたので、どこの国の言葉とか完全に忘れましたが、それはその下敷きがプラッシーのお客さん向けのものだったということと共に頭のどこかに記憶されたままだったようです。
と言うのは、それから20年以上経ってマケドニアを訪れたとき、現地の人はハロー的なあいさつをドゥブローと言っていたのですが、これこそまさにドーブロエ・ウートローに関係あるに違いないと小学校の記憶が雷鳴のように蘇ったからでした。
そんなことがあったからという訳ではありませんが、とりあえず現地言葉のあいさつは覚えて使ってみる。
10回くらい言えば、ひとりくらいは自分たちの言葉であいさつしてくれたと嬉しく思ってくれる人もいるはずで、そうすればわたしの目的は達成されるという程度ですが、そんなことを必ず実践しています。

中国からモンゴルの国境ではわたしたちを乗せた車の出国審査に時間がかかり、ヒマを持て余したわたしは早速、あいさつを教えてくれとノートを差し出しました。
モンゴル語の表記は、もともとは独自のものがあったのですが、利便性のためか現在ではロシア語のキリル文字を使用しています。
ロシア語表記は英語と同じものもありますが、違うものの方が多く知識が無いと半分も発音が分かりません。
サッカーの本田選手がモスクワでプレイしていたとき彼の名前の表記がХондаだったことを記憶している人はいるでしょう。

わたしは第3外国語にロシア語を取っていたので、読み方は何となく覚えていたりしてモンゴル語のキリル表記に対応できると思ったのですが、同じ車で移動した青年が書いてくれた文字に言葉を失いました。
検索してみると正しいモンゴル語は下記のようになるそうです(カッコ内はわたしの耳に聞こえた発音)。
・こんにちは Сайн байна уу? Sain baina uu サェン バイノー (サイン バイヌオー)
・ありがとう Баярлалаа Bayarlalaa バヤルラー (バイエラア)
・すみません Уучлаарай Uuchlaarai ウーチラーライ (オーチュラレー)
・さようなら Баяртай Bayartai バヤルタイ (バエスタイー)
ところが、彼が書いてくれた綴りには、аやУのような母音が1個か2個ずつ多くなっています。
たぶん母音の数分長く伸ばして発音するのだと思いますが、簡単なあいさつの単語はаやУがいっぱい並んだ長いものになっていてとても覚えられません。
カタカナでルビをふってみましたが、わたしの耳は上に書いたものとだいぶ違っているのも、今となっては苦笑するしかありません。

結局、こんにちはのサイン・バイヌオーすら覚えられず、サイン…何だっけ?のようになってしまい、一度も相手に通じませんでした。
こんにちはのミャンマー語はミンガラーバ、ラオス語はサバイディー、ベトナム語はシンチャオで、これらはそれぞれ当地で多用しましたので、忘れようと思っても忘れることができません。
逆に、日本語を知らない外国人も、コンニチハやサヨナラはパッと言える人がけっこういるのは、発音しやすいからだと思われます。
それぞれ今日は、左様ならとも表記されますが、漢字からは意味が伝わらないのは、もともと意味がなく発音しやすさ重視して作られた言葉だからではないかと考えらますし、タイ語のサワディーはまさにそういう理由で作られた言葉だと聞いたことがあります。
それら単語とは発生が違うことが、モンゴル語のあいさつ単語の聞き取りにくさ、覚えにくさから感じたことでした。

発音が聞き取りにくいモンゴル語ですが、何度か聞いているうちにわたしにはあることに気付き、さらにモンゴル語を聞いているうちにそれが確信に変わりました。
それは、GMOクリック証券のCMで、日本新の女の子が枯れた草原のようなところをバックパック姿で歩きながら、現地の老人と言葉のやり取りをするのが、モンゴルだということでした。
もともとこのCMを見ていてどこなのか気になっていたのですが、モンゴルに着いてその疑問が氷解したのです。
確認のためPCでユーチューブを再生し、ホテルの受付で見てもらいました。
ところが、受付の女性は何を言っているか分からない、モンゴル語ではない、うん、これはドイツ語だと言いました。
残念ながらわたしの耳は節穴だったようで、モンゴル語ではありませんでした。
いくら節穴でもドイツ語でないことは分かりますし、わたしはどこか旧ソ連か東欧の小国ではないかと判断しました。
この女性も適当なことを言うものです。
しかし、いま調べてみると、正解はスウェーデン語なのだそうです。
スウェーデンなら旧ソ連や東欧よりよほどドイツに近い言葉でしょう。
ホテルの受付にいるのでドイツ語を耳にしたことがあって彼女はドイツ語が似ていると判断したのであって、彼女の耳は少なくともわたしよりはずっと優れているということが、今、分かったのでした。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/08 Wed

間違い探し

C.C.Harrison 14cmF4
その後中国に長時間滞在したことを考えると、韓国の滞在が短すぎたかと後悔しています。
韓国には友人が留学していて遊びに行ったこともあって、10回以上渡航したことがありました。
また、最初の旅行が、学生最後の春休みに大韓航空で行ったヨーロッパだったので、韓国が最初に見た外国ですし、日韓ワールドカップでは日本でのチケットが入手困難で韓国で準々決勝を2試合観戦して韓国の盛り上がりを目の当たりにしました。
そんなゆかりのある韓国は、わたしの印象では日本より物価が3~4割安くて、日本と似て非なる独自の文化を味わえる旅先としてお気に入りの地です。
それが為替レートの変動の影響もあって、今回の滞在では日本より物価が高いということに気付いて気持ちが離れてしまい、先を急ぐかたちになりました。

今まではソウルばかりに滞在していて、東京とそう変わらない快適の中に過ごしてきましたが、昨年、釜山から地方を訪れたことでやはり田舎の方が面白いと感じました。
わたしの中国での旅のスタイルが田舎志向ですが、以前、ヨーロッパに行っていたときにすでにそれは確立していて、毎回、レンタカーを利用してあちこち旅していました。
その時からの悩みは、田舎へ行けば行くほど言葉が通じなくなることでした。
ヨーロッパで言えば、ドイツはどうにかなりましたが、フランス、イタリアではかなり厳しく、スペインや東欧では絶望的でした。
そんな中でカタルーニャで知り合ったダヴィドは語学堪能だったため、いろいろと頼ってしまい、そのことでよき友人になりました。

一方でデンマーク、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク等の人は年齢や場所関係なくみな英語をしゃべれた印象です。
人口の少ない国では、英語ができないと他国でコミュニケーションできないからなのだと実感しました。
中国人が英語を覚えないのは当然で、人口がずっと少ない韓国は英語教育が熱心で、英語がよく通じる国だと思っていましたし、実際、ソウルではその通りでした。
しかし、前回の慶州、今回の順天と地方の町に行くと全然英語をしゃべれる人に会いませんでした。
これが中国なら筆談とか漢字を見ればある程度の意味が分かるものですし、ヨーロッパ各国でもアルファベット表記で発音するくらいはできそうなものなのに、韓国ではまったく八方ふさがりでした。

楽安のバス停で順天に戻るバスの時間を調べたかったのですが、読めるのは時刻だけで、空く数ある路線でどれが順天駅行きか分かりません。
通りかかったおじさんに聞きましたがステーションという単語すら通じず断念。
続いて来た20歳前後の若者はステーションを理解して、ノーとは言いましたが、ではどれがステーション行きかと聞いても韓国語であれこれ説明するばかりでまったく何を言っているか分かりませんでした。
そのやり取りを見ていたようで、トラックのおじさんが、「スンチョン・ヨク?」かと聞いてきて、そういえば韓国語の駅はヨクというのだったかと思いだし、ネー、ネーと返すと、そのトラックで幹線道路まで乗っけてくれて、ここから乗れば駅に行けるというような言葉を残して去って行きました。
果たしてバスはすぐにやって来て、20分後には順天駅でソウル行きの韓国新幹線のチケットを入手します。

おじさんの年代は分かりませんが、少なくとも今の50歳以下の世代は中学、高校と英語を勉強していたと言います。
30年も前のことならさっぱり忘れてしまっても仕方ないと思いますが、20代の若者もこうもしゃべれないものでしょうか。
わたしだって今も片言レベルで人のことをいうような立場にはないですが、中学や高校の時に米兵らとと会話したことはありめちゃくちゃなことを言っていたと思うのですが、意志を通じさせる程度のことはできたと思います。
ダヴィドが来日した時、何度か周囲の人に切符の買い方や道順を聞いたときに、きっちり説明してもらったらしく、日本では言葉が通じるのも魅力だと言っていたことを思い出しました。
もし、彼が日本の田舎に行くと言葉が通じなくなって、わたしのように嘆いていたのかが気になります。
政府主導で外国人観光客を増やすキャンペーンをやっていてそのために何が必要かなどの議論がありますが、少なくとも国民の語学力が上がらなければ外国人のおもてなしに差し障りあるということは聞いたことがないので、観光局でも日本国民の語学力は一定レベルにあると評価しているのでしょう。
道案内程度なら最低限の語学力で十分ですので、わたしもそれでよいと思います。

さて、今日の作例ですが、楽安で韓国ドラマの撮影をやっていて、終了後に俳優陣(エキストラ?)が三々五々岐路につくところを撮影しました。
古写真っぽいのに、よく見ると7つの間違いのように、ダウンジャケットを着ている人がいたり、冷蔵庫が見えていたリガ面白いというところを狙っています。
そういえば、わたしが見物したのは、だいぶ前に作例を出した美少女が木の上で助けを求めるようなシーンで、彼女はチャン・ジャン・ピというアイドルだと聞いたのですが、タイトルの「華政」で検索すると、豪華出演者と名前が列挙されているのに、彼女の名前が出てきません。
名前の聞き違いでしょうか。
そういえば、彼女が歩いているとき、可愛いですね、写真撮ってもいい? と英語で聞いたのですが、はぁ? という顔をされるばかりでした。
すぐさま付き人が、ごめんなさい、写真はダメなんですと英語で返してくれましたが、これだけ英語が通じないというのは、彼らの方の責任ではなく、わたしの発音がひどいからなのだろうと考えざるを得ません。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/07 Tue

同化とアイデンティティと

C.C.Harrison 14cmF4
今回の1ヶ月の旅の間に出会った少数民族は、蒙古族、回族、彝族、納西族、白族、チベット人等の皆さんで、それら以外にも見かけたけれども気付かなかった民族の方もいるといっぱいいると思います。
モンゴルにも西にはカザフ族がいて主に遊牧生活をしているが鷹匠になる人もいると、つい先日のNHKで放送していました。
中国のことで言えば、昨日も書いたようにそこに仕事あれば漢族ありで、もともとはその民族だけだった土地にも漢族がどしどし入植して、一概にここは何族と括りづらくなっていますが、概して西側に少数民族の拠点があると言って間違いありません。
交通不便な山岳地帯に居住するケースが多いですが、もともと今の江西省あたりから追い立てられて安全な居場所として定着したケースもあって、山の斜面に暮らしているから孤立してしまったんだという風には一概には言えなさそうです。

例えば、広域の大理市には上述の蒙古族以外は居住しているのですが、外観で違いを指摘することは困難です。
回族のみイスラム信仰なので男性は白い帽子を女性はスカーフをそれぞれ被っているので見分けがつきますが、他の民族は民族衣装を見てもわたしには違いを言い当てることは困難です。
今日の作例の女の子たちは白族で16日前に出した女の子は納西族ですが、衣装のデザインがだいぶ違うのでこれなら判別可能と思われるかも知れません。
しかし、子どもはたまたまこの2組が民族衣装を着ていましたが、それ以外に民族衣装を着ていたのはおばあさんと呼べるような年齢の人たちばかりです。
彼女たちも日本人同様、一定の年齢になるとデザインが黒を基調にしたかなり地味なものに変わります。
そうなると
民族ごとに微妙なデザインの違いはあるかもしれませんが、ほとんど黒っぽい衣装をまとってしまうと、少なくともわたしにはみな同じに見えてしまい判別不能となります。

これらは普段着の民族衣装で盛装はもっと特徴が出るのだと思われます。
民族衣装図鑑のような本では、納西族と白族と彝族ではどこをとっても違う服を着ているからです。
この本の衣装をざっと暗記していざ現地入りしたら絶望的な気持ちになるでしょう。
また、地域差というのも顕著にあるようで、西昌あたりで目撃した彝族は巨大な帽子をかぶっていたので、石屏の彝族の女の子に写真を見せたら、こんなのは見たこともないと言っていました。
ついでに言うと、彝族には独自の文字があって、それは絵が変化して漢字になるその過程くらいにありそうな、言ってみれば絵と漢字の中間のような文字で、道路標識などに漢字、アルファベット表記と並んで記載があります。
出会った彝族の何人もの人に聞きましたが、その文字が読める人がいなかったばかりか、あれわたしたちの文字だったんですかと言って驚く人がいたのには、わたしまで驚かされました。
一時期チベット人が弾圧されていることを示すのに、学校での教育は北京語が使われ、チベット語を話すことを禁止するなどチベット文化を抹殺しようとしているということを聞きました。
これはチベットに限らずということなのかも知れません。

彼ら少数民族の言語は互いにまったく違うので、互いにコミュニケーションを取るときは北京語が使われます。
スペイン人、イタリア人、ポルトガル人はそれぞれが自国語を話したとしても相互にコミュニケーション可能だと聞いたことがありますが、例えば、ほとんど同じエリアに住んでいるといえる納西族と白族の言葉が単語も文法もまったく違うというのは面白いと思います。
しかし、一般に火車とか電脳とか新しい言葉などは、自民族の言葉で新たに言葉を作らずに北京語の単語をそのまま拝借するようです。
また、ほとんどの民族が名前も北京語による中国名を名乗ります。

テレビを付ければ基本的にはすべて北京語で放送されているので北京語の上達は早いのでしょうが、心配なのはその民族の言葉が廃れてしまわないかということです。
辞書だってないでしょうし。
家族の会話はすべて民族の言葉なので大丈夫と聞いても不安は拭えませんでしたが、考えてみれば日本でも普段は共通語を話しているのに、実家から電話が来ると土地の言葉をなんでもなくしゃべるのは普通のことです。
日本の方言にも辞書はありませんが、消滅の危機ということもないでしょうから、中国の少数民族の言葉をわたしが心配するのは大きなお世話だということになりそうです。

詳細はよく分かりませんが、少数民族に対する漢族の差別は厳しいものがあると聞いたことがあります。
開発に伴う立ち退きの保証金に大きな差があったり、就職に制限があったといったことですが、以前訪れた瑶族の一家は地方政府が補助すると言いながらそれがわずかなため生活が厳しく肉を1ヶ月も食べていないと語ったことを思い出しました。
ロサンゼルスオリンピックの体操で活躍した李寧のことをわたしはよく覚えていますが、彼は漢族ではなく壮族で、そのことをずっと伏せて活躍していたそうです。
今でも彼が少数民族の出自だということと知らないといういう人がほとんどでした。
もっとも、むしろ外国人はよく知っているが、国内では情報コントロールされていて知らされていないということはこれに限ったことではないですが。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(4) | 2015/04/06 Mon

トランクひとつだけで

C.C.Harrison 14cmF4
作例は馬車ですが、交通手段シリーズで馬車ということではありません。
ここ1年でも、マニラ、バガン(ミャンマー)、大理で馬車を見ましたが、交通手段ではなく観光用でしたし、何しろわたしは乗ったことがありません。
今日は、旅のアイテムについて雑記いたします。

まずはカバンからですが、オールドスタイルの世界一周旅行をイメージしているところがあったので、いつもの車輪が付いたスーツケースをやめてトランクを持って行くことを検討しました。
現地で捨ててもいいようなボロトランクを古道具屋で探したのですが、トランクはブタ革を使っていてとても重く諦めました。
しかし、紙製の軽量トランクがあることを思い出しました。
イギリスのグローブトロッターの古いヤツですが、これはヤフオクなどで見つかるものの2万円以上して高すぎでした。
イギリスのeBayでは安いのがいくつもありますが、送料だけで1万円してしまいます。
そんなセラーの中に洋服もいろいろ一緒に売っていて、わたしの体に合うBossのジャケットを2000円ほどで出品していた人がいたので、5000円程度のグローブトロッターといっしょに購入しました。
締めておよそ17000円。
ジャケットはクリーニングに出したら新品同様とは言わないもののかなりきれいで、中古で同様のものを日本で探せば10000円はするでしょう。
そうするとトランク代は7000円ということになり、これなら貧乏旅行の相棒として許容できる価格帯です。

グローブトロッターは老舗なのでご存じの方も多いと思いますが、紙製と言っても特殊なファイバー加工がしてあって、象が踏んでも壊れないと戦前から宣伝していた、日本の筆箱メーカーを先行していた会社です。
飴に降られると融けてなくなるなどと言うことはなさそうです。
大きさは機内持込みサイズよりふた回りくらい大きいもので、そのまま荷物を詰めると中でぐちゃぐちゃになりそうなので、高さを合わせた小さな段ボール箱2つを中に入れて仕切りにし、1週間分の下着と靴下、シャツ等の衣類を詰めました。
シャツは4枚で、うち2枚は普通の人なら捨てている10年以上のポロシャツです。
この2枚は旅の後半に別れを告げて捨てています。
というのは、途中から気候が春に転じたのでコートが不要になりトランクに入れたらパンパンになってしまったからです。
ゴムで固定する折り畳みキャスターを買って途中使っていましたが、小さくて引いている最中に何度も足にあたるので不要だったかと思います。
それと石屏でテロリストとの誤解を受けたのは、ボロいトランクだったため爆弾を仕込んであると疑われたのかも知れません。

カメラやパスポート、PCなどを入れたカバンも長年愛用しているf64のカメラ用トートバッグで、これも途中からファスナーがバカになってしまうボロでした。
サイドのペットボトルを仕舞うポケットもゴムが伸びきって、よくペットボトルを落としましたが、それ以外は長年使ってきた勝手知ったる旅の道連れです。
心配なのはf64のバッグにはアメリカ国旗の小さなタグが付いていることで、中東に入るとこれを理由に誘拐されたり越されたりすることがあるかも知れません。
まだまだイスラム圏は先なので、破れてしまうまではしばらく使い続けるつもりでいます。

永旅で重要なのはカバンより靴でしょう。
わたしは長年ビルケンシュトックのコンフォートシューズやサンダルを愛用しています。
特にコンフォートシューズはフットベッドと言われる靴底の凹凸が適度な刺激で心地よく、つま先の広がりも指の負担軽減になっていて長く歩いて疲れない靴であると信頼しています。
長年旅で履いている革靴を今回も使用しましたが、ホテルでスリッパのようにかかとをつぶして履いていたのが原因でその部分が切れてしまいました。
しかし、修理屋さんにもちこむとわずか60円で直してもらえました。
靴に関しては安いのを履きつぶして買い替えるより、自分に合うものを直しながら履き続けるのが良いと確信しています。

最後に、今回の旅で役立った小物のベスト3です。
第3位は、平凡ですがスマートフォン。
わたしのは050電話のSIMカードに替えているので、日本からの電話も受けられるし、こちらからかけても日本国内と同じ料金で済んでしまいます。
長旅なのでところどころ用事があり、何度か電話に助けられました。
第2位はマスクです。
多くは書けませんが、トイレの汚い中国ではマスクは必需品で、鼻を密閉できるようなしっかりしたワイヤーの付いた医療用がお薦めです。
第1位はわたしの場合は圧倒的にイヤホンです。
音楽を聴くために待って行ったインナーイヤータイプのもので、耳に当たるシリコン部分を低反発ウレタンのものに取り換えてあります。
これがわたしの耳にフィットしてかなり外部音をシャットアウトしてくれました。
わたしのイヤホンの使い方は、夜寝るとき音楽を聴くためではなく耳栓代わりに使用したのです。
市販のイヤープラグはいつの間にか耳から外れていることが多く悩みだったのですが、イヤホンがわたしを助けてくれました。
途中で騒音に起こされることなく熟睡できたのが、昼間、あまり疲れずに行動する力になったと考えています。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/04 Sat

超難読麺

C.C.Harrison 14cmF4
今日は麺のことについて書こうと思います。
あらかじめ断らなければいけないのは、麺という漢字の本来の意味は小麦でつくった食品と言うような意味です。
ですから、中国では小麦を使用していない日本そばやビーフンなどは綿ではなく、逆に餃子は麺として扱われます。
ただし、ヌードル状の綿と餃子がいっしょでは、食べる方もどちらか分からないので、通常、麺といえば狭義に小麦のヌードルのことを差しますし、イタリアのパスタに長いのや短いのがあるのと同様のものが中国にもありますので、長いものだよと限定させたいときは麺条という言い方をします。

南方で主流の米で作るヌードルは紛と呼びます。
米紛ということが多いですが、米線と呼ばれるものもあり、どういう違いがあるのか分かりません。
米紛は太めの日本のラーメンの綿くらいの太さで、さらに太い紛はうどんににています。
米では技術的に難しいのか、うどんのようにコシのある紛を食べたことがなく、多くはちょっと噛むとぶつんぶつんと切れてしまって個人的には食感がもの足りません。
粉で有名なのは桂林米紛と雲南の過橋米線ですが、申し訳ないですが、わたしは両方とも好きではなくほとんど食べたことがありません。

桂林米紛の例のとおり、麺や粉は地域ごとに特色があってこれを見つけて食べるのは、中国旅の楽しみひとつになります。
これには関しては心強書籍があって、確か前にも紹介したことがあったかと思うのですが、坂本一敏さんの「誰も知らない中国拉麺之路」という本がたいへん参考になります。
これは新書でページ数が限られていますので、より体型的な中国麺のガイドのようなかたちのものも出版いただけないかと、坂本さんにはリクエストしたいのですが。

この本は数度読み返していますが、その中でも印象に残っていたビャンビャン麺というのがありました。
ビャンというのは両手で持って麺を延ばすときに出る音に由来するという説があるとのことですが、その字がすごいのです。
しんにょうのつくりの方を解体すると、ウ、ハ、月、糸、言、糸、伐、長、馬、長、心に分かれる64画もある字で、中国サイトで検索してもこの字は登録されていないためbiangbiang面と表記されています。
本には陝西省の咸陽のローカルなものと書かれていましたが、西安でたまたま見つけました。
店頭でデモンストレーションをしていて蘭州拉麺かと思ってみたのですが、めずらしく若い女性が作っているので撮影しました。
しかし、拉麺とは全然違うものを作っていて何だろうと思ったら店の看板に、上に書いたあの難しい字が書かれていて、本にあった麺だと分かりました。
昼を食べたばかりでしたが、思わず入店して食べてみました。
たぶん美味しかったのだろうと思いますが、よく覚えていません。
ただ、20元もする高いもので、観光客用のものだということだけは記憶に刻まれました。
本物のbiangbiang麺を食べたければ咸陽を訪れるべきだとも。

それ以外に食べた日本でいうところの麺を列挙します。
・北京の炸酱面
 韓国でもバリエーションのジャージャンミョンを食べていたが、タレが甘いので主食ではなくおやつの感覚です。
西安の涼紛
 ホテルのおばさんに勧められてピカピカのファーストフード店のような涼紛店に行くと朝から行列で、確かにこれは旨かった。
・重慶の雑酱面
 四川や重慶では担担麺と並んでメジャーで、味の傾向が似ていますが、汁ありとなしがあるのもそっくり。
・平楽の奶湯麺
 成都郊外の古鎮の名物のようであちこちで見つけたので食べましたが、牛乳を使っている訳ではなく牛乳のように白いスープの綿という意味とのことでした。
・西来の芝麻甜水麺
 平楽から遠くないもうひとつの古鎮ですがこちらには奶湯麺は一切なく、この店を見つけたのですが、ゴマの甘い麺という名前にも関わらず皿の下には麻辣味のスープが入っていて、甘いのと辛いのを混ぜて食べる不思議な綿でした。
・平地の涼麺
 涼麺はどこにでもあるおやつのようなものですが、時期的な関係でなかなか見つからなくて、ようやく平地であった時にはおかわりしてしまいました。
・鶴慶の把肉餌丝
 餌丝というのは米から特殊技術(?)で作る外はもちもち中はコシありの新食感ヌードルで、鶏ガラと野菜を煮込んだ超濃厚スープで食べる絶品です。
・鶴慶の名もなき麺紛
 4種類の麺と紛を客の好みで組み合わせて、辛酸っぱい不思議なタレをかけて食べるものですが、意外に旨かった。

麺粉の店はかならずどこにでもあって、安く美味しいので、上記以外にも毎日麺類は食べています。
どれも実際に美味しいものですが、わたしのお気に入りは圧倒的に鶴慶の把肉餌丝で、それも鶴翔園という店のものに限ります。
近くの麗江周辺では7月に松茸が食べられると聞きましたので、この2つを目当てにまた訪問したいと考えています。
それとは別に、今回のランダムな訪問地でも多くの種類の麺が食べられたように、下調べと現地情報に基づいた麺紀行ができないかも検討中です。
また、世界一周を再開するにあたっても、各国の麺類探求にこだわりたいと思います。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/03 Fri

なぜに立ったままなのか

C.C.Harrison 14cmF4
今日は食の話をしたいと思うのですが、巨大中国の食については簡単に語り切ることはできませんし、誤解も覚悟で経験談的に少々書きたいと思います。、
まずは、中国人はなぜか立ったまま食事ができるというを取り上げます。
日本やヨーロッパには立ち飲みをする場所がありますが、わたしは食べるのも飲むのも立ったままと言うのはイヤです。
むかし見た映画の影響で、ホテルの部屋のベッドに寝たままルームサービスの朝食を食べたいという夢を持っていますが、寝ながら食べるのは許しますが、やはり立ったまま食べたいとは思いません。
なぜ彼らは立った姿勢で箸を器用に使って食事するのか、謎を解明できないままです。

10年以上前、深圳で知り合った友達が勤めている会社に招いてくれたことがありました。
コンピューターの能力を活かして転職したのですが、そこは深圳の郊外にある工場の事務所で工場の前を通って行ったのですが、6時頃だったため若い工員たちが50人ほど制服姿のままで食事していました。
その50人すべてが社食の何とか丼のような食べ物を立ったまま黙々と食べていたのです。
わたしは中国を何回か旅行して九寨溝とか貴州省の棚田とかタクラマカン砂漠とかすばらしい風景はいくつも見ていますが、もっとも忘れられないのは、圧倒的に50人の若者たちが同じ服装で立ったまま食事しているその光景でした。
その時、写真を撮っていれば何かの写真コンテストで優勝するようなものになっていたでしょうし、光景に驚愕するわたしの表情を撮っても、準優勝くらいしたのではないか、そんな迫力があったのです。

レストランはもちろんボロい食堂でも立って食事する人なんていません。
なぜか勤務先とか自宅で食事をするときに中国人で立ったまま食事するケースがあるようです。
あのときも制服なのでどこかに腰を下ろして食事すればいいだけの話なのに、全員が痔で悩んでいるかのごとく立ったまま食べている理由が謎でした。
今回、重慶に近い古鎮で女の子が立ったまま食事しているのを見て、謎が解けたとは言えませんが、ヒントになるようなことが分かったような気がします。
幼い子供はイスに腰掛けてもテーブルの高さに追いつかないし、いろいろなおかずを食べるのではなくひとつの茶碗に混ぜご飯のようにするので、立ったまま食べた方が都合がよいし、それが習慣化するのではないかと思ったのです。
都会のマンション暮らし家庭なら幼児用のイスを買えばいいところですが、田舎ではそういう発想にならず、両親が出稼ぎに出ていて祖父母が面倒を見ているので、自分たちのやり方で食事させるのも立ち食い文化が根付くことに貢献させているように思いました。
この説を持って、次回、中国訪問の際に聞いてみようと思いますが、彼らは同意してくれますでしょうか。

もうひとつは辛い料理の話題です。
四川料理が辛いということは日本人でも知っていますが、四川省の場合は辣椒(唐辛子)プラス花椒(中国山椒とか言われるらしい)の辛さで、この花椒は口の中が痺れてくるものでわたしは苦手なのですが、辛いものが好きな中国人も花椒を抜いてと言うのをよく聞きます。
作例を見ながら疑問に感じるのは、四川省・重慶市の人は何歳くらいから花椒を食べ始めるのだろうかということでした。
辣椒の辛さは未就学児童でも耐えられるだろうし、段階的に辛くすれば問題ないように思いますが、花椒の痺れる辛さを小さな子どもに食べさせたら危険なのではと感じるのです。
もしかしたら四川省政府が子どもの食事に対する花椒の与え方のようなガイドラインを作っているのではないかと思うのですが、これについても質問しないといけないと思っています。

ちなみに日本の中国料理で有名な麻婆豆腐、回鍋肉、青椒肉丝などはみな四川料理ですが、これは日本に中国料理を伝えた人が四川出身だったことによると聞きます。
上記は、青椒肉丝以外は花椒たっぷりの痺れる料理ですが、日本ではもちん花椒を入れるようなことはまずはないので、同様に辛いが花椒を食べない湖南料理、雲南料理、貴州料理との区別がつきません。
じゃあ湖南料理と雲南料理との違いは何だと聞かれても、いくつかの料理名を言えるだけで、その定義付けがわたしにはできないので、四川との違いだけを云々するのはおかしなことになります。

辣椒をよく食べる地域の人たちは、他の地域で辛いものを食べないということをよく知っているので、麺類の店や食堂などではしばしば辣椒を入れるかと聞いてきます。
わたしはもともと辛いものは得意ではなかったのですが、何度か食べているうちに辛さが病みつきになって来ましたので、麺屋なら入れてくれと返事しますし、コミュニケーションがとりやすいような食堂だと、現地人が食べるのと同じように調理して欲しいとお願いします。
この返事はだいたい受けてくれるし、出て来た料理は本格的に辛くなります。
それを食べることによって、また次の食事でも辛いものが欲しくなってしまうのです。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
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C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/02 Thu

中国巴士有限公司

C.C.Harrison 14cmF4
昨日が船のことを書きましたので、交通機関つながりでバスのことに言及することにします。
この旅では、奈良、釜山、順天、ウランバートルなどでもバスを利用していますが、今日はもっぱら中国のバスのことに限定することにしましょう。
中国では最近になって急速に高速鉄道網を延伸させてますし、日本で見る春節のニュースではごった返す駅と鉄道で移動する様子が映し出されるのが常なので、鉄道が主要な交通機関だと思われがちです。
しかし、同じように高速道路網が発達し、国土の広さを隅々までいきわたらせるためにはまだまだバスの方がはるかに主力であって、バスを避けていては中国を旅行することはできないと言えます。

バスは大きく中長距離バスと路線バスに分けられますが、中長距離バスはもとより市内の路線バスのようなものにも乗ることができないと移動がタクシーばかりになってしまい、長旅では無駄にお金を使うことになりかねません。
路線バスは一票制と呼ばれる一律料金の場合と区間ごとに運賃設定されている場合があって、主に前者はワンマンバスで、後者では車掌が乗っています。
車掌がいると行き先の相談ができたりするのでよそ者にはありがたいのですが、車掌はだいたい女性で相手が外国人と分かるととても親切に対応してくれることが多く、助けられたことが何度もありました。
そういえば、雲南省の田舎の路線バスで車内に料金表が貼られていたのですが、バス停が40くらいあって、そのバス停名が縦横にすべて書かれた表は巨大で壮観でしたが、外部の人があの表から乗車と下車のバス停を探している間に乗り過ごしてしまいそうです。

さて作例は、四川省西部の泸沽の町から郊外の河辺村までのバスですが、今回の旅で乗車したバスの中で一番のボロでした。
いつ発車するのか聞いたところ、河辺からのバスが到着したらというので、いつ到着するのかと聞き返すと分からないとの返事でした。
乗客は車内で携帯をいじったり、編み物をしていたり呑気なものです。
中国のバスシステムはちょっとアメリカの航空網と似たところがあります。
例えば成都から西昌に大型バスに乗り、西昌から泸沽に小型のバスに乗り換え、さらに泸沽から河辺に作例のバスに乗るというのが、成都が大きなハブで、西昌は州レベルの大きな空港、泸沽に来るとローカルな空港ということになるからです。

紀行文中でも書いたことがありましたが、中国のバスはフレキシブルなことがあるのが楽しいと思います。
例えば、高速を走る直行バスでも、高速の出口やサービスエリアで下車できてしまうのですが、考えてみれば日本でも高速バスは同様のところにバス停が設定されていたりするので、これは中国独自とはいえないかも知れません。
もうひとつは、高速道路の入り口で乗車できることですが、これとは別の面白いシステムがあります。
バスターミナルを出発したバスが外に出たとたん、すぐそばから何人も乗って来ることがあるのです。
恐らく、バス会社はバスターミナルで売れたチケット分のキックバックを払わなくてはならず、ターミナルの外から乗る人には多少割引しているのではないかと思われます。
バスの出発がその分若干遅れるし、空いていた隣の席に人が乗ってきたりで迷惑な仕組みなのですが、こんなのを見てどういうことだろうかなどと考えたりするのが、旅の楽しみの一つになってしまったりするのです。

寝台バスのことにも触れないわけにはいきません。
北京からモンゴル国境の二連浩特までその寝台バスを利用しましたが、これがたいへんな地獄でした。
バスの内部には通常の座席が無く、鉄枠の二段ベッドが縦三列になって並んでいて、わたしは最悪の中央列冗談でした。
そしてすぐ後ろが仲良しおっさんグループで、乗車時には白酒をしこたま飲んでいて酒臭いうえに、それ以上に奴らの足が生ゴミのような強烈な異臭を放っていて、それがわたしの頭のすぐ後ろにある状態ですので呼吸もできないほどきついものでした。
しかし、幸いにもマスクを持参していたので鼻部分のワイヤーをきつく鼻に密着させることで、どうにか眠ることはできました。
ところが、夜中に目覚めると掛け布団と枕が下に落下してしまっていて、とても寒いのですが、それを取りに降りて行く気力が湧かずに十としていました。
たぶんウランバートルの寒さではなく、このことが原因で風邪をひいたのではないかと思います。
それでも布団ではなく本人が落下するよりはマシなので仕方なしとしましたが、これを教訓に、以降、寝台バスと思われるバスの切符を買うときは下段と指定して買うことにしました。

以前はまったくなかったのですが、中距離以上のバスに乗るとシートベルトを締めるよう指示するようになりました。
事故が少なくないということを裏付けていそうですが、中国での安全への意識が変化していることを示しているとも言えそうです。
これはウランバートルへ向かう乗合タクシーの中で日本語堪能のチンジュルク君から聞いたのですが、モンゴルでは経済好況で車を買う人が増えていますが、中国車を選ぶ人は皆無なのだそうです。
理由は、平原のような道なき道を走るケースも多いモンゴルでは、車のサスペンションに負荷が強くかかるので、ここがしっかりした車を選ぶからだとのこと。
そうです、中国ではバスもタクシーも中国内で製造された車が走っていますが、みな足回りがへたってしまっていて乗り心地がすこぶる悪いのです。
中国でバスに乗るためには、まず最初にそれに慣れる必要があるとアドバイスすることにいたしましょう。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
thema:ペッツバール genre:写真
C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2015/03/29 Sun

美人は美人

C.C.Harrison 14cmF4
昨日、これは世界一周なのだと宣言しましたが、何度か帰国して寸断されるような旅を世界一周とは呼ばない、という批判があるのは間違いないと思います。
それこそ世界には世界一周するような猛者は掃いて捨てるほどいて、そのほぼすべてが1回の旅行で世界一周を完結させます。
ただ、期間についてはさまざまで、半年以上1年未満という人がほとんどだと思いますが、1ヶ月とかなかには1週間という人も少なくありません。
どういうことかと言えば、世界一周航空券と言うのがあり、そうでなくてもLCCが発達したいまの世界では、各地で格安航空を乗り継げば1週間の休暇で世界一周ができてしまうのです。

かく言うわたしもだいぶ昔に、世界一周航空券による世界一周を経験したことがあります。
当時、日本発のノーマル航空券は世界一高いと言われていたのですが、お隣韓国はその半額近い安さだったので、成田から韓へ飛び、ソウル、バンコク、アムステルダム、ミラノ、デトロイト、東京というルートの世界一周を達成しました。
社会人になってからのことなので、休みは10日ほどしかなく、ソウルとバンコクは1拍ずつで、アムステルダムは乗り継ぎのみ、ミラノには6泊くらい、さらにはデトロイトは乗り継ぎの6~7時間を町歩きに使っただけというかなりの駆け足での世界一周でした。
日程的にはイタリアの地方をレンタカーでまわる、ヨーロッパ旅行にアジアとアメリカ経由で遠回りしたということに過ぎません。
デトロイトはカナダのウインザーという町に隣接しているのでそこまで足を延ばしましたが、世界一周で訪れた国は、韓国、タイ、イタリア、サンマリノ(イタリアの中にあるミニ国家)、アメリカ、カナダと6ヶ国にもなるので、いちおう世界一周っぽいとは言っていいのではないでしょうか。

飛行機でポンポンと飛んで1週間で戻って来ても世界一周だといえるのなら、なるべく飛行機は使わないが、日程の限界まで先に進み、そこからは一旦帰国して、次の日程でその続きを再開するという方が、より世界一周的なような気が私にはします。
前述の通り、先の世界一周は世界を地域ごとに見てやろうという気持ちは一切なく、ルートが世界一周的だったということすぎないからです。
かなり以前のことですが、リアカーを引いて世界一周した日本人がいて話題になりましたし、自転車やバイクで世界一周したという人はもうかなりの数に上るはずです。
リアカーの世界一周は自転車よりたいへんですし、自転車はバイクよりも体力がいりますが、リアカーの人が自転車なんて楽してそんなものは世界一周ではないとか、自転車の人がバイクの人に向かって動力を使う旅は反則で準世界一周だとか言うことはないでしょう。
月一の世界一周も反則すれすれ化も知れませんが、るやはり世界一周なんだと胸を張りたいと思います。

1ヶ月ごとに東京へ戻るということは、そのたびに航空券を購入する必要があり、費用面ではバカになりません。
バンコクから東京への往復航空券は4万円ていどでありますが、今後、離れるにしたがって航空券代は上がって行くでしょう。
しかし、原油価格が下がったために燃油サーチャージもだいぶ安くなりました。
また、以前から貯めて来た航空会社のマイレッジがそこそこ貯まっているということもありますので、そこはうまく活用して費用を抑えたいと思います。

逆に、1ヶ月ごとに戻る意外なメリットがあることに先日気付きました。
今回持参したレンズは、ハリスンのペッツバールとウォーレンサックのオシロスコープ用レンズの転用です。
ペッツバール時代のアメリカには、ハリスンとホームズ、ブース&ヘイドンズという2大レンズメーカーがあって、ホームズのレンズは先に入手して高性能に驚いていましたが、ハリスンはそれ以上の性能と言われています。
またウォーレンサックの方は、以前に何度か使ってたいへんシャープなレンズであることを確認済みです。
ところが、両レンズとも解像度の低いレンズで、今回使ってみると、まったくよくないのです。
ハリスンは他のシャープなペッツバールに比べてだいぶ甘く、長焦点甘口ペッツバールを使うとピントがよく見えなくて困ってしまいますし、ウォーレンサックは改造ではなくコントラストでシャープに見えるタイプのレンズで、わたしの嫌いなタイプのレンズと判明しましたし、35mmフルサイズで激しい歪曲が騙し絵のようです。
どちらもイヤになりましたが、これが半年の世界一周だとすれば、ずっと使い続けるしかないところ、1ヶ月で戻るので選手交代を命じることができるのです。
次は、何を持って行くか考えるという愉しみもできるというおまけ付です。

さて、今日の作例も京都からになります。
4人は顔立ちも着物の柄もそれぞれ違っていてもみな美女であることに変わりないというのを、どんなスタイルでは世界一周であるということの象徴に見立てています。
そういえば、世界一周に出るという話したところ、ksmtさんから、ぜひ美女の写真をいっぱいアップしてくださいと依頼されていました。
しかし、韓国、中国、モンゴルとほとんど美人ポートレイトを撮っていませんし、ましてや審美眼の達者なksmtさんを満足させられるものは皆無です。
それを埋め合わせるとしたら、4人の美女が写ったこの作例しかないと思いました。
もっとも京都はksmtさんの庭のようなものです。
今後、挽回していかなければいけません。
【Alpha7/C.C.Harrison 14cmF4】
thema:ペッツバール genre:写真
C.C.Harisson 14cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2015/03/27 Fri
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