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礼貌新娘

Ernostar 5cmF2
シエムリアプの旅はあっという間に終わりを迎え、今日が最後の作例なのできれいなお嬢さんに登場してもらいましたょう。
いえ、彼女はお嬢さんというか花嫁さんで、水たまりのようなトンレサッブ湖から帰る途中にたまたま結婚式をやっていたので、図々しく呼び出して撮影させてもらったものです。
化粧が強烈なので歳が分かりにくいですが、友だちがみな20歳前後だったので、彼女もその前後くらいだと思われます。

普通に立っているところを撮影し終わったら、ありがとうのタイ語でいうところのワイをしてくれたのですが、そのポーズ良いですねとさらにともう1枚撮らせてもらいました。
少し暗いところでしたが、半逆光の位置に回り込んで露出をかなりオーバー目にしてみたら、華やかな雰囲気になっておめでたい雰囲気が増したように思います。
わたしのエルノスターは逆光に強いレンズとはとうてい言えないのですが、先日の作例と言い今回と言い、コントラストが落ちるくらいの逆光すれすれで撮ると好い表現をしてくれるようです。

写真を撮れて満足気に立ち去ろうとすると、出口近くのテーブルの長老とも言えそうな老人が手招きして、何か言っています。
近くの青年が英語に翻訳してくれて、どこから来たのか、日本から、日本は素晴らしい国じゃぜひとも食事して行ってくださいと座席を作ってくれました。
10人ほどのテーブルにはご馳走が満載でしたが、みんな満腹してしまっていて食事が余ってしまうのでしょう、勿体ないから食べてってという意味でもあったようです。

座るやいなやビールが出てきて乾杯し、しばらくすると例の村の手作りの酒がやって来ます。
これ飲んじゃったらやばいだろうなと心配しましたが、結婚式用だからなのか味はまろやかでアルコール度数も低いようでした。
とはいえ、そういう酒の方がかえって危険とは承知しているのでちびちび飲みながら、魚や鶏にぱくりと食いつきます。
ここの料理もさすがに旨くて、シエムリアプのレストランといい、町中のソバといい、ビゾルさんの奥さんの手料理といい、カンボジアの食事は全部美味しくいただけました。
カンボジアもかつてフランス領だった国でバゲットはとても美味だと言いますし、アンコールワットに退屈し、トンレサッブ湖の小ささに嘆いたわたしも、この国の料理には満足することができました。

先ほどの通訳をかってくれた青年は中学で英語を教える先生だそうで、なるほど発音がきれいな訳です。
彼は、熱心にカンボジアの未来についてわたしに語り掛けました。
日本のように優れた国民がみな必死に働いたからこそ敗戦から日本は復興することができた。
そんな手本がありながら、わたちたちの国では教育が立ち遅れ、若者に責任感が育たず、真面目に働こうとするものが少なすぎる、これではどうして発展していくことができるだろうか、彼はそう言って嘆いています。
またカンボジアへ来る機会があればウチに泊ってくれとアドレスをわたしにくれながら再会を楽しみにしていると言いました。
そういえば、ビゾルも次回来た時はシエムリアプよりここに泊った方がいいぞ、ぜひウチに泊りに来てくれとアドレスを渡してくれましたっけ。

正直なところ、また来たいという気持ちはまったくなかったのですが、見ることができなかった大きなトンレサッブ湖を見に、何より彼らに会いに再訪してもいいかなくらいの気持ちにはならないではありません。
そういえば、この度の計画は友人がして、その話からわたしは別の計画を思い立ったのです。
今年になってから、ベトナム、シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシア、ブルネイ、ミャンマーと東南アジアの国を短期で訪れていました。
行けるのはせいぜいこれくらいかと思っていたところ、友人からカンボジアのお誘いがあったのです。
これら8ヶ国はいずれも東南アジア諸国連合に加盟していますが、そのASEAN加盟国は10ヶ国で、確認すると残りの2つはフィリピンとラオスだけです。
そこで、カンボジア行きが決まった次にフィリピンに行ってみるかと考え、いつもの香港経由の便が格安プロモーションをやっていていきなり実現してしまいました。
続くこのカンボジアが9ヶ国目となり、1年間でASEAN制覇にリーチがかかります。
ペッツバールレンズを集めているときの勢いで、アジアのあちこちに行ってしまっているのでした。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
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thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/30 Sun

比琵琶湖三倍大

Ernostar 5cmF2
食事は素朴な肉野菜炒めとスープでしたが、長粒種のご飯を含めて不思議とどれも美味しくいただきました。
すると、これも飲んでみてとポリ容器に入った透明な液体を、ビールを飲み終わったコップにビゾルさんが注いでくれます。
米の蒸留酒です。
アルコール度数は40度くらいだそうですが、オレたちはビールは高いんでいつもこっちを飲むのさ、どうだい旨いか、と言った調子で聞いてきます。
わたしにとっては中国でよく飲んだ馴染みの味で、不味いとはいいませんが、酒には弱いので、わたしが昼間から飲む酒ではないなあと答えてふたりして笑いました。

友好的なビゾルさんなので、ここからトンレサッブ湖に連れて行ってくれないかとお願いしてみました。
トンレサッブならこの道ではなく1本東側の道だというので、そちらに行って50ドル取られそうになったんだと説明すると、彼は日本語ガイドをやっているくらいなので、みんなそこで金を払っているよと言うので、わたしは正直に手持ちがそんなにないのでと告げ、この道をまっすぐ行ったら湖が見えないのかと聞きます。
彼の答えは不思議なことに、先月くらいまでなら湖が見えたのだか…、でした。

どういうことかと言えば、カンボジアは雨季が明けたばかりで、先月くらいまでは豪雨が続くような日々だったのが、日照りが続いて湖の面積が一気に減少したということのようです。
なんと雨季になると通常期の5倍に面積が増え、水深も同様だということです。
見たかった湖付近の高床式住宅は、地上5メートルほどの高さにあると聞いていたので、なるほどと合点がいきます。

それでも湖があった名残は見えるというので、バイクで連れて行ってくれることになりました。
周りはずっと畑と田んぼで、雨季の間はだいたい水没しているとのことです、雨季が過ぎればメコン川から流れ込んだ水が栄養分も運んできてくれるので、大地の肥沃さは年単位で更新されるということのようです。
その田畑は個人の所有ではなく、村で所有していてみんなで農業をやって収穫は公平に分配されるのだそうです。
カンボジアの政治体制によるものなのか、この村が自主的にやっているのかは聞きそびれましたが、これだけ面積が広ければ社会主義的効率の悪さでもどうにかなるのだろうなと納得できるものがあります。

ようやく池というよりは水たまりという大きさのものがいくつか見えてきましたが、そこからどんなに目を凝らしてもどこにも湖らしきものは見えません。
面積が半分に縮小くらいなら見えるかも知れませんが、5分の1になったといえば、まだまだずっと先まで行かなければ湖などなさそうです。
もともと心細い細さだった道が、さらにバイクで走るには厳しくなって来たとき、投網を持っているおじさんがいました。
もちろんビゾルさんとも友だちで、わたしのことを紹介しながら漁の具合を聞いているようです。
やはり近くに湖があるのか、ビクの中の15センチくらいの魚を見せてくれます。

ビゾルさんがオレが一丁やってやるかと投網を受け取って、そのまま水たまりに降りていました。
まさかと思いましたが、その水たまりで投網を投じます。
そしてわずか4~5匹でしたが同じくらいのサイズの魚を獲っています。
湖がどんどん縮小する中で取り残された魚なんでしょうね。
2~3センチの小エビが網の中で踊っていましたが、これはそのまま食べて美味しいよと教えられて、3人で食べましたが、確かに微妙な甘みがあって悪くはありません。
そういうわけで、乾季でさえ琵琶湖の3倍あるというトンレサッブ湖は、わたしにとって水たまりサイズの泳ぐこともできない湖だったのでした。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/29 Sat

漂亮裙子

Ernostar 5cmF2
村の道は未舗装でしたが、車が入ってこないからでしょうか、アスファルトの道なみに平坦で歩きやすく埃も立ちません。
しばらく真っ直ぐだったので、明らかにトンレサッブ湖に行こうとしたときにトゥクトゥクで通った道と並行していると思えたので、このまま行けば湖に出られるのではとの期待が高まりました。
おとといの作例のような森を切り開いたような道が伸びていますが、ぽつりぽつりと民家が点在しています。
家はどこも高床式で、階下の日陰スペースに子どもや何か作業する人がいるケースが多く、見かけるたびにカメラを向けたり、あいさつしたりしますが、彼らの方では警戒心などなく手を振ってくれたりで、アジア的なホスピタリティーというのでしょうか、心優しい気持ちになる瞬間が連続します。

高床式家屋は、大きく2種類あって、クラシックタイプとモダンタイプと名付けました。
昨日の作例のような現代住宅を高床にした木製のがモダンで、今日の作例のような自然素材そのままのような手作りハウス的なのがクラシックです。
家自体がしっかりしていそうなのはモダンですが、クラシックの方が涼しげな外観から快適性では勝るのではと想像しました。
何より、見た目ではクラシックの方が誰もが美しいと思うでしょう。

臼と杵で餅つきのような動作をしている女性が気になって、ハローと言いながら近づいて行きました。
田舎のおばさんなので英語は通じませんが、いつもならこんにちは、さようなら、ありがとうくらいの現地語は覚えてから旅する習慣があるのに、アンコールワットに期待していなかったため、それを怠ったことを後悔します。
しかし、カンボジアの田舎でも、ハローやサンキューは通じるようで、コミュニケーションはまったくない訳ではありません。

餅つきに見えたのは、家禽のエサを作っているようでした。
足元にいるのは、鵞鳥、アヒル、それともカモ、よく分かりませんが、アジアの各地で似たような鳥類を見ますが、こんな黒いのは初めてかも知れません。
ぐわっぐわっとうるさいかといえば、全然鳴かず不思議とおとなしかったのが印象的です。
それよりも良かったのが女性の巻きスカートのような衣装です。
伝統的な布による民族衣装とも呼べるものだと思いますが、ずっと着続けられているのでしょう、いい感じに枯れた雰囲気になっていました。

撮影後、さらに道を進むと広場になっているようなところがありました。
そこでなんと、「どこから来たのですか」と日本語で声を掛ける男性がいます。
あっちからと来た方向を指さす間抜けな回答をしたところ、いえ、日本のどこから来たのですかと再質問されてしまいました。
小さな商店にいた恰幅のいい男性は、ビソルという名前だと名乗り、店の前の椅子に座るようにうながします。
暑かったので、ちょうどいい休憩になると思い、ビールを頼みました。
このあたりには電気は来ていないのですが、車のバッテリーを改造して数世帯の電気を賄っているそうで、冷蔵庫から出てきたビールはキンキンに冷えていて、思わぬところで至福の時を得ることができました。

なんでこんな田舎に日本語を話す人がいるのでしょう。
ビゾルさんの説明では、アンコールワットで日本語ガイドをしているからというあまり面白くないものでしたが、彼の人生自体は拝聴に値するすごいものだったようです。
彼は少年時代から軍隊に入って、政府軍の一員としてポルポト兵や彼らが逃げ去ってからのゲリラと、地上戦を戦い続けた人生だったそうです。
恰幅がいいのもそのためで、体には戦闘によるキズが生々しく刻まれているとも笑っていました。
話を聞いているうちに、奥さんがお昼を準備していて、わたしの前にもご飯を置いています。
ほんの10分ほど前に知り合ったばかりなのに、いきなりご馳走になることになってしまいました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/28 Fri

王湖的影響

Ernostar 5cmF2
エルノスターの入手にこだわった理由を掻き忘れていたので、3日連続になってしまいますが、レンズのことを少々記させていただこうと思います。
これはキングスレークによるところが非常に大きく、その部分を再確認します。
「写真レンズの歴史」には13章までの章立てがされていますが、真ん中の第7章が「トリプレットとその改良型」と題され、エルノスターがカテゴライズされているところです。

Ⅰ.クックのトリプレット
Ⅱ.ヘリアーとその変形
Ⅲ.スピーディック型
Ⅳ.エルノスターとゾナー
Ⅴ.ライツの改良型トリプレット
Ⅵ.レイの明るいレントゲン・カメラ用レンズ

このうち、Ⅰ.クックのトリプレットはライカマウントに改造できる焦点距離の短いものが見つかっておらず、Ⅵ.レイのレントゲン・レンズはバックフォーカスがミリ単位で写真撮影はほとんど不可能なレンズのため除外します。
Ⅱ.のヘリアーは、51mmF4.5を入手、Ⅲ.のスピーディック型でもクックのシリーズX51mmF2.5というレンズがそれに該当します。
Ⅴ.のライカのトリプレットと言えば、エルマー90mmF4がありますが、変形の貼り合わせ付では、ヘクトール50mmF2.5を代表に据えたいと思います。

問題となるⅣ.ですが、原型と言えるガンドラックのウルトラスティグマット50mmF1.9をまず手に入れ、ゾナーではコンタックス用初期のブラックペイント&ニッケルのゾナー50mmF1.5、50mmF2を続けて購入しました。
そうなると、ウルトラスティグマットからゾナーへの空白を埋めるエルノスターが、他のレンズと同様の50mmという焦点距離のもので見つけ出す必要が出てくるということになり、このたびようやく念願がかないました。

ゾナーもそうですが、エルノスターにはバリエーションが多く、ベルテレが設計した以外にもこの型に入れるべきか悩むレンズはいくつも存在します。
ペレテレの3つのエルノスターを見るとトリプレットの1枚目と2枚目の間に貼り合わせの分厚いメニスカスが入るという共通点があり、これがエルノスター型の定義だと言えそうです。
例えば、マイヤーのプリモプランはこの定義に当てはまるのでエルノスター型と呼びたいですが、プリモプラン型と独自の方であるという言い方がされることがあるようです。

ケルンのボレックス用スイター50mmF1.4もほぼ同じ形のエルノスター型です。
有名なマクロスイターも定義からは外れますが、トリプレットの1枚目と2枚目、2枚目と3枚目のそれぞれの間に正と負の貼り合わせメニスカスを入れている点で、エルノスター型と言えるとわたしは思っています(F1.8のマクロスイターは2群目が貼り合わせ出なく単玉)。
ただ、マクロスイターをエルノスターだと言っているのはわたしくらいなもののようで、マクロスイター型というような独自の型と位置付けるのが一般的なようです。

希少レンズの情報と研究の宝庫と言えるwww.oldlens.comにライカマウントに改造されたエルノスターが出ています。
正面の銘板部分がわたしのレンズとそっくりですが、シリアル番号はわたしのものの方が古いです。
鏡胴デザインは違いますが、見比べた限り同じレンズなのではないかと思ってしまいそうです。
ところが、焦点距離が5.2cmとなっていて、レンズ構成が4郡4枚となっています。
少なくともわたしのレンズはレンズ枚数が4枚ではないし貼り合わせもあるので同じ構成ではなさそうですが、短命のエルノスターで同じような焦点距離でこれだけ違う構成のレンズが存在するとは、不思議な気がします。
同じ設計のレンズか比較する機会があればいいなあと思っています。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/27 Thu

回首美女

Ernostar 5cmF2
エルノスターの製造本数は分かっていませんが、キングスレークによれば製造された期間はれほど長くはなかったよううです。
1919年に開発された後、ドイツ各地にあった光学機器メーカーが大合併したためで、1926年にエルネマン社はツァイス傘下になり、ベルテレはツァイスの社員になります。
以降もエルノスターは製造を続けましたが、それは短い期間だったということです。
ベルテレがエルノスターを改良したゾナーを設計するのが1932年のことですので、そのあたりにはエルノスターの製造は終わっていたのでしょう。

わたしは長らくエルノスターを探していましたが、ツァイス銘のものも見たことがありましたが、それはわずか2回だけのことです。
1926年以降製造されたエルノスターは極端に少ないかも知れません。
ツァイスの台帳で確認できればよいのですが、手許に無く未確認なのは申し訳ありません。

製造数が少ない理由を想像するのは、ベルテレがゾナーを開発したことと結び付ければ容易です。
ゾナーと同時に発表されたコンタックスがツァイスの35mmカメラの嚆矢なので、それまでの製造数の少ないカメラにのみ採用されていたエルノスターの製造数も多くなかったということです。
ベルテレがゾナーを開発できなければ、エルノスターがコンタックスに採用されてこのレンズもさらなる栄光に浴したかもしれなかったのですが、あるいはライカに対抗して開発されたコンタックスが何としても新しい高性能レンズを必要としたのだとすれば、エルノスターを隅に追いやったのは間接的にはライカだったと言えるかもしれないですね。

製造数の少なかったこともそうですが、35mmカメラ用レンズが無いことも長らく探しながらエルノスターを入手できなかった原因になりました。
主要なエルノスターを大別すると、10cmF2や8.5cmF1,8を中心としたエルマノックス等の中判用、5cmF2、4.2cmF1.5などの35mmを完全にはカバーしないシネ用、4.2cmF2などボベッテをはじめとした小型蛇腹カメラ用の3種があるようです。
蛇腹用は壊れたカメラを安く入手できたとしてもレンズシャッター付なので、ライカマウント用の改造に適しているとは言えません。
8.5cmF1.8用は比較的入手が容易で、高性能でもあることから入手の機会をうかがっていたのですが、大口径レンズの価格高騰などあって、入手困難になってしまいました。

もともとライカで50mmレンズを愛用したこともあって、5cmF2のエルノスターがわたしにとっての大本命でしたが、これなどはますます出て来ないレンズでした。
何度か見かける機会があったもののとても高価で手が出ません。
別のレンズを購入したドイツ人からエルノスターを持っているが買わないかとのオファーがあったものの実現しませんでした。
彼の話では焦点距離がライカ基準の51.6mmよりも長い52mmほどの焦点距離があるため、距離計連動できないということで、結局、エルノスターを売ってもらう話は立ち消えになってしまいました。
それが、もう5年ほども前のことになります。

さて、今日の作例は、トンレサッブ湖手前の村の市場を抜けると一本道があったのでさらに歩いて行ったところ、中学生と思われる女の子が自転車で来たのでハローと声をかけながらカメラを向けました。
村の人はみなフレンドリーでしたが、この子もハローと返してくれた上に、通り過ぎてからもこちらに笑顔をくれました。
4隅はケラレていますが、日の丸構図にしているためその他のアラは目立っていません。
戦前のノンコートレンズなので逆光には弱そうなものですが、意識してレンズの角度をわずかに下げたことでコントラストの低下を防ぐことができ、必ずしも逆光では使えないレンズではないことを証明できたと思っています。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(2) | 2014/11/26 Wed

年軽人鏡頭

Ernostar 5cmF2
つい先日、久し振りにペッツバール以外のレンズを手に入れました。
エルノスター5cmF2。
シネレンズをMSオプティカルのヘリコイドでライカに距離計連動するよう改造された、小さなレンズです。
ただし、レンズヘッドを購入して宮崎さんに改造依頼したのではなく、購入時、すでにMSオプティカルの改造が施されて販売されていました。
名高いエルノスターを入手して宮崎さんに改造してもらった前オーナーが、何らかの事情で手放したレンズと言うことのようです。

作例を見ると、無限遠では4隅がケラレて、近接ではどうにか周辺光量落ちレベルで留まります。
しかし、中心部がシャープなのに比べて上下1/3くらいは非点収差等の影響を受けて像が流れてしまうこところを鑑みると、シネはシネでも35mmではなく16mm用のシネカメラのために設計されたレンズではないかと考えざるを得ません。
この使いづらさが、手放した理由なのではと想像しました。
APSサイズなら問題はだいぶ解消されるので、前のオーナーも距離計連動にするくらいですから、ライカでこのレンズを使いたかったのでしょう。

そんなマイナスを知ったうえで、わたしはエルノスターを購入しました。
ひとつは、これがあったのが渋谷区に今年オープンしたレンズ店だったからで、店主はわたしなぞをはるかに凌ぐレンズ研究と撮影に情熱を燃やす青年で、彼の店でこのレンズを入手したことに意味があったということです。
店には、5~6回しか行ったことがありませんし、申し訳ないくらい買い物もしていなかったのですが、それでも無駄話するわたしにお相手してくれ、いろいろな知識を提供してくれる彼とこれからも付き合っていくのに、このレンズが役立ってくれることでしょう。

もうひとつは何と言ってもエルノスターのレンズ史における価値です。
レンズ史上重要なレンズをあげろと言われてすぐに思いつくものをあげるとすれば、ペッツバール、プラナー、テッサー、トリプレットなどと並んで必ず指を折らなければいけない名前です。
1919年に当時のドイツ・エルマネン社に在籍していた、ベルテレが弱冠23歳で設計したのがこのエルノスターです。
エルマノックスというカメラに付けて販売されましたが、写真家ザロモンが政治家や各界の著名人を室内撮影した写真が、エルノスター付のエルマノックスで撮ったものであることがよく知られています。

圧倒的な明るさを持ち高性能だったエルノスターは、当初のF2から画角を広げたF1.8、さらには簡素化されたF2.7までベルテレによって生み出されたとキングスレークは「写真レンズの歴史」に記しています。
今回使用した5cmF2の正確な構成は不明ですが、購入時に店主とレンズ仲間の友人が反射面から4郡6枚であることを導き出し、そうであればF2ではなく、F1.8と同型なのではないかと推定しました。
しかし、あらためて今見てみると、絞りより後半に単玉が2枚あるようで、キングスレークの本にある絞りより後ろに両凸レンズが1枚というのとは違います。
絞りより前もわたしには貼り合わせがひとつしか見えないので、2群4枚ではなく、2群3枚のように思えます。
あるいはF1.8をシネ用に簡素化した設計なのではと想像しますが、正確ではないことを申し添えておきましょう。

さて、今日の作例ですが、学校のあった村は路地を進んでいくと小さなしかし村の規模を考えるとけっこう立派な市場があって、農産物などを売り買いする光景が見られました。
しかし、11時前とすでにピークは過ぎ去っていて、のんびりとしたものでした。
東南アジアではよく見られるハンモックになかなかきれいな女性が寝ています。
カメラを向けると、周りの男性たちが何やらカンボジア語ではやし立てますが意味不明です。
○○子ちゃん、外国人がお前の写真を撮っているぞ、ほら、起きろ、とでも言っているのでしょうが、熟睡中の彼女はまったく気付く様子もありません。
わたしも数回ハンモックで寝たことがありますが、とても寝心地がよくて、日中木陰でハンモックに横になって本を読んでいるとたちまち寝てしまったことを思い出しました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ペッツバール genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/25 Tue

坐船還是回去

Ernostar 5cmF2
さあ、着きましたよ、運転手は妙なことを言いだしました。
わたしはトンレサッブ湖の高床式住宅がある村に行きたいと告げてトゥクトゥクに乗り込んだのに、湖も家もまったく無いようなところで降ろされたのです。
そこには小屋があって、中国人の女の子と小屋の男が激しく揉めていました。
その様子にすべてを察することができました。
案の定、わたしが近づいて行くと、人相の好いとは言えない男が金のことを言い始めました。

彼の話はこういうことです。
湖に行くにはここで50ドル払ってもらい、この先にあるボートに乗らなくてはならない、金を払わなくてはここを通すわけにはいかない…。
湖に行くのにそんな金は払えない、ふざけるな、とわたしははき捨てました。
中国人の女の子たちに話を聞くと、4人で来ているがひとり25ドル出せと言われたと憤っています。

小屋の新しさを見ると比較的最近できたようです。
わたしはブログの旅行記を読んでトンレサッブ行きを決断しましたが、それは去年の話でしたがどこにも船代は5ドルとなっていて、25ドルとか50ドルなんてことは書かれていません。
小屋には何とかアソシエーションと書かれていて4人いる男たちは首からライセンスのようなカードをぶらさげていますが、政府がそんなもの認可するものだろうかといぶかしく思うばかりです。

湖を見たいだけで船には乗りたくないと言ってもそこを通さないの一点張りで話になりません。
あげくにトゥクトゥク運転手までもが、やつらの側にまわって50ドル払えば行けるからと言うのをみると、彼はいくらかコミッションを取るということのようです。
腹が立ったので、お前らポルポト派の残党だろう、そんな奴らの資金源にされるくらいなら引き返すとトゥクトゥクに乗り込みました。
ポルポトと言ったのがまずかったが、わたしの態度に腹を立てたのか年嵩の男が来て何やらしゃべり出しましたが、訛りが強くて言葉が聞き取れません。
中国人の女の子たちに別れを告げて、引き返しました。

運転手は、トゥクトゥクを走らせながら、オレが40ドルにしてもらえるよう頼んでやるなどとまだしつこく言ってきますが、ポルポト派に出す金は無いときっぱり断りました。
本当を言えば、財布の中に25ドルくらいしか入っていなくて、50ドルでも40ドルでも払うことはできなかったのですが。
男が4人いていずれも人相が悪かったので、咄嗟にポルポト派ではなどと口をついたのですが、運転手はそんなものはいないと苦笑いしながら否定していました。

再度、トンレサッブ湖に行く手段はないのかと聞きましたが、カンボジア人ならあそこを素通りできるが、外国人は金を払わなければ通してくれないのでどうしようもないとの説明です。
であれば、残念ですがきっぱりあきらめましょう。
このまま帰ってしまうのはばかばかしいので、昨日の作例の女の子の学校があるあたりの村が魅力的に見えたので、そこを散策するプランに切り替えることにしました。
学校のそばに、オープンの床屋さんがあったので、そこから散策開始です。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/23 Sun

Center是中心的意思

Ernostar 5cmF2
バイタクが見つからなかったのはラッキーだったかも知れません。
滞在中のシエムリアプは熱暑で、とくに日差しが強かったので、完全露出するバイクよりも屋根で直射日光を遮れるトゥクトゥクの便利さが分かりました。
時速40キロくらいの一定速度で走行していましたが、受ける風が心地よくあまり暑さを感じずに済みました。
前日のツアーは冷房ガンガンのワゴンで、車内では涼しかったのですが、外に出たときの気温差と恐らくエアコンにあたっていたことから体に影響したのではないかと思うのですが、やたら熱く感じられ干からびないかと心配になるくらい汗をかきました。

ただ、トゥクトゥクの弱点は適度に遅いことで、幹線道路を走っているときはほとんどの車に追い抜かれるのですが、少しだけトゥクトゥクより速いダンプに追い越されると、その排気ガス攻撃が延々と続くことになるのにはまいりました。
ただ、サスペンションの調整が効いているのか、硬すぎず柔らかすぎずで座り心地よく、道路の凹凸でガクンガクン揺れてお尻が痛くなるのではとの懸念はすぐに払しょくされました。
運転手とも会話可能で、時おり、あれは何かと聞いたりすることができ、タイのトゥクトゥクよりも静かで快適と言うことかも知れません。

道は、シエムリアプからプノンペンに向かう幹線道路で、これを30分近く直進していきます。
最初は左右に新しい長屋住宅のような建築が続いていて、それが農家のような建物に変わってまばらになって行きます。
同時に田園風景のようになり、牧場のようなところに牛が飼われているところもありました。
アンコールワット付近は、もともとジャングルで、その中にあったため長らく忘れられた状態だったわけですが、カンボジア全土では農村のような風景の方がずっと多いのだろうと思われます。

案内表示のないところをひょいと曲がりました。
車がすれ違うのも難しいくらいの細い道に入ります。
途中で舗装もなくなって赤土のよく踏み固められたような道が続きました。
もう数キロで湖が見えてくるはずです。

しかし、途中の村で学校があるのが見えました。
授業と授業の合間なのか子どもたちが教室や校庭で歩いたり遊んだりしています。
トゥクトゥクを停めてもらって、少し見に行ってみることにしました。
カンボジア語の表記の下に英語でプライマリー・スクールとセコンダリー・スクールと書かれていて、小さい村の学校だからでしょう、ひとつの敷地に小学校と中学校が併設されているのが分かりました。

以前、中国のいなかの小学校に無断で入って行って写真を撮っていたら先生に見つかって、職員室に連行されて写真をその場で削除させられたことがありましたが、あの先生は共産党員だったに違いありません。
それ以外は中国を含めあらゆる学校で歓迎されるか、少なくとも自由にさせてもらっていますので、この時も図々しく教室のそばまで行ったところ、なかなかきれいな顔立ちの中学生にグッドモーニングと声をかけられました。
そこで写真を撮らせてくれとお願いしたのですが、拒否されてしまいました。
そんなやり取りをしているうちに彼女の友だちも数人来て、どうかしたのというようなやり取りが始まったので、あらためて写真が撮りたいとお願いすると、最初の彼女以外はOKの返事です。
さすがにその彼女も仕方ないとあきらめ一緒に写ってくれることになったのですが、嫌だと言っていた割には真ん中にに入って来て、なかなか好い表情をしてくれているではないですか。
レンズの性格もあって、作例自体は、4人の友だちが嫌だと言っていた少女を引き立てるような写真になってしまいました。
【Alpha7/Ernostar .5cmF2 F2】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Ernemann Ernostar 5cmF2 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/22 Sat
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