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三日一月

Abraham 10cmF3.6
大磯シリーズも残念ながら今日が最終回、湘南台、横浜馬車道、横浜赤レンガ倉庫、大磯と続いた、神奈川県ローカルイベント4連荘シリーズの最終回ともなります。
芸術の秋はイベントの秋でもあって、週末のイベントカレンダーは記事満載でどれに行ったらいいのか悩むほどです。
そこで、今回は3週間の間に比較的近隣であったイベントに出掛けて行って、ポートレイトもどきをぱかぱか撮らせてもらい、いつもの1週間単位ではなく2週間に4本のイベントの作例を詰め込むことにしました。
しかし、大磯ではレンズの光軸がずれて、作例のほとんどに偏ボケが出てしまったので、短縮したのはちょうどよいという結果になりました。

今日の作例は、大磯にある三日月さんというパウンドケーキ専門店の出店で撮らせていただいた1枚です。
素敵な着物ですねと声をかけたところ、雨が降りそうだったのでポリエステルの着物なんですと笑いながら答えてくれました。
そんなことも分からなくて恥ずかしいですが、予報がよければもっと素晴らしい出で立ちで来られたのでしょうから、来年の楽しみになります。

肝心のパウンドケーキは早々に売り切れてしまっていて味わうことができなかったのですが、さすが専門店で美味しいとファンの多いお店のようです。
朝から来ていたので気付いてはいたのですが、てっきり平凡な洋菓子かと思って、購入を見送っているうちに地元の方などが次々買って行って売り切れてしまったようなのです。
5年ほど前に大磯という町が気に入って、祭り会場の近くにパウンドケーキ屋さんをオープンさせてとのことでした。

作例の屈託ない笑顔に表れているように、話していてとても好い人たちだなあと感じましたが、この印象は間違いないでしょう。
話をする時間があまりなくて残念でしたが、その時はまた来年会えるでしょうからというものでしたが、あらためてこの記事をアップするにあたり、お店のブログを見つけて読んだところ、すぐにも食べてみたくなりました。
パウンドケーキのバリエーションがものすごい数で、「チーズ&チーズのパウンドケーキ 塩味と渋み、苦みのあるブルーチーズにクリームチーズのまろやかさをプラス」をぜひ購入したいと思います。

また、このブログによって、おふたりが姉妹だと分かりました。
昌子さんと明子さんというお名前だそうです。
このふたりの名前が三日月という店名の由来だそうです。
なるほど。
通販もありますが、店舗の営業は金土日の11時半から品切れまでとあります。
スープが切れるまでの有名ラーメン店のようですが、品切れにならなければ閉店できないということですから、必ず品切れする人気のパウンドケーキだということが分かりました。

大磯には、他にも個性的なお店があるそうで、公開されている旧島崎藤村邸や湘南発祥の地とも言われる茅葺の俳諧道場・鴫立庵、海に面した別荘地のあたりを散策しながら買い物したりするのはお勧めのコースです。
しかし、食事の良いところは知らなくて、祭りの帰りも駅前の喫茶店を利用するしかありませんでした。
単純にグルメサイトなどで調べて行くのは面白くないので、大磯で知り合った人たちに教えてもらったりして、近々大磯を再訪したいと考えています。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
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thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/16 Sun

奶奶的和服

Abraham 10cmF3.6
わたしは太陽にほえろを見て育った世代ですが、今のハイテク警察と比較すると当時の刑事ドラマは足と根気で事件を解決するというのが捜査の基本だということを子ども心に教えられたような気がします。
その典型的シーンは、容疑者の自宅付近での張り込みと写真を持っての聞き込みでしょう。
前者は、駐車禁止が普及している現在だったら容疑者に怪しまれるであろう、家の斜向かいくらいにずっと車を停めっぱなしで刑事が交代で張り込んでいるシーンがその象徴で、早番の交代は必ずアンパンと牛乳を差し入れで持ち込みつつ怪しい動きはありませんでしたなどと申し送りして長い張り込み業務についていたものです。

後者は、内ポケットに忍ばせた容疑者か被害者の写真を見せつつ、この人を見ませんでしたかと来る人来る人に聞いてまわるものですが、聞かれた方のリアクションは決まって、さあ、知らないねえです。
太陽にほえろであれば、地域は新宿区矢追町に限定されていたとはいえ、刑事の仕事はなんてたいへんなんだと誰しも思ったところです。

ところで、今回、地道な刑事の仕事を大磯で体験しましたと言うと大げさですが、ksmtさんがプリントして持参した何十枚かの写真のうち、何人かの写真が誰かが不明でご存じないですかと聞いて歩くことになりました。
そうとう聞いて歩いても身元が分からないままの写真の方もいましたが、努力のかいあってほとんどがご本人の手に渡り喜んでいただけたのはksmtさんも頑張ってプリントした甲斐があったと思われたことでしょう。

いくつか残念なことはやはりあって、一昨年お腹の大きかったところを撮影させていただき、去年はその赤ちゃんといっしょに写させていただいた、いちばんお会いしたかった女性は残念ながら今年は不在でした。
品川宿から海苔屋さんで出店していたきれいな奥さんと美少女の娘さんも不在で、話を聞くと彼女たちは海苔屋さんではなく品川宿場祭りの実行委員で、去年は当番で大磯にやって来ていたということでした。
酒屋さんのイギリス青年は、今回、サンダーソンを持ち出した理由でもあったのですが、奥さんがおめでたで欠席とのことなので、来年は同じ機材で父子写真を撮らせてもらうとしましょうか。
パン屋のお嬢さんは美人で親切、わたしたちのお気に入りでしたが、幸いお会いすることができたものの、途中用事でいなくなってしまい、今年の撮影が叶いませんでした。

ただ、今年も愉しい出合いはあって、ご主人が写真家関連の仕事をされていたご婦人に興味深い話をうかがうことができました。
昨日の作例にも登場の紋次郎さんのお仲間にもお会いし、写真をお送りする約束をしたのに、わたしの携帯が請われてしまい、メールできていないばかりか、お名前も分からなくなってしまいました。
スミマセン、復旧まで待ってください。
平塚在住のアメリカ人青年は日本語堪能でフィラデルフィア出身と胸を張っていましたが、フィラデルフィアの名前を知っていてもそれが何州なのかがさっぱり分からず失望させてしまいました。

いずれもレンズのテープ剥離トラブルで、写真が滅茶苦茶になってしまったのですが、来年また撮影して汚名挽回できればと思います。
作例の女の子は、ピントのアラがでなかったので、本日の作例とさせていただくことにしました。
おばあちゃんの着物をリメイクしたそうですが、色合いが彼女らぴったり合っていますし、びっしりとした柄は子どもには重く感じられそうなところむしろ彼女を上品に引き立てているように見えて、わたしのセンスでは祭りのベストドレッサー賞を差し上げたいと思います。
それにしても、何十年前の着物が今に違和感なく蘇るというところはペッツバールレンズとよく似ていますね。
名品は色褪せません。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/15 Sat

不管我的事情

Abraham 10cmF3.6
横浜は昨日で一区切り、神奈川県シリーズ第4弾は、赤レンガでのヒストリック・カーのイベントの翌日に行われた大磯宿場祭りの作例になります。
天気予報はほとんど100%近い雨の予報だったのですが、どうしたわけか雨は降らず、途中から陽が顔をのぞかせるような天気になってしまい、祭りを存分に愉しむことができました。
思えば去年も同様の天気だったので、大磯宿場祭りは、毎年不安定な天候下で開催されているとも、予報が悪くても降らない天気に強いとも言える不思議な祭りです。

この祭りは、藤沢のわたしの家からはそれなりに地元祭りに近い感じなのですが、まったく存在を知らず、4年前にksmtさんが品川宿場祭りで知り合った紋次郎さんから教えてもらい、その翌年わたしもksmtさんに連れて行ってもらって今年で3年目、常連メンバー入りに近付いて来たところです。
今回も、ksmtさんとは現地待ち合わせしていたのですが、いくら探せどその姿がありません。
電話してみると、朝起きたらけっこうな雨が降っていたので、寝なおしたとのこと。
こちらは全然降っていませんよと告げると、これから出て来ますと一気に目が覚めた様子です。

それにしても、開始時に中止ではないですよと伝えて、これから行きますと普通に言えるのが地元祭りだなあと確信しました。
ksmtさんは、昨年の写真をセレクトしてプリントしていて、それぞれモデルになってくれた人たちにプレゼントしていました。
これは予想以上の大好評で、写真を店頭に飾る人たちもいました。
普通に写真を持ってきてもらえただけでも嬉しいと思うのですが、それが祭りのテーマになっている江戸自体のレンズだと言われれば、感慨も一入でしょう。

わたしは、与野に続き、バージョンアップさせたサンダーソンのトロピカルカメラにエイブラハムのペッツバールを付けたイギリスバージョン写真師カメラで撮影に向かいました。
さすがに江戸自体祭りなので、与野のときのような怪しげなコスチュームは控えて普段着です。
できれば、着物くらい着て行けるよう、安物を見繕わなければとは毎回思うことです。

ここでもカメラは大いに受けたのですが、大きな失敗は、与野の時そのままにカメラをケアせずに出かけたところ、テープ止めしていたレンズがやや剥がれてきていたのに気付かなかったことがありました。
テープが剥がれたことで左右どちらかにズレが生じて光軸も真っ直ぐでなくなったため、部分的にピントの合っていない写真ばかりになってしまいました。
写真をお送りする約束をしたり、来年プリントして持って行こうかと考えたこともダメになったのは申し訳ないことです。
デリケートな器材を扱うのですから、より手厚いケアが必要なことを徹底しないといけません。

今日の作例は、ピントがおかしいところが目立ちないもので、皆さんの記念写真を撮らせてもらおうとしたところ、紋次郎さんが笠を外そうと準備しているときに露出テスト的に撮影したものです。
たまたま紋次郎さんのポーズと皆さんの表情が、ドラマの中で町人に感謝されつつも、あっしには関わり合いのねえことですんでと捨て台詞とともに立ち去るシーンを連想させる雰囲気があってとても気に入りました。
紋次郎さんは、品川と大磯でかなりの数のポートレイトを撮らせていただいていますが、むしろドラマや映画のワンシーンを再現するようなスナップを考えた方がご本人にも気に入ってもらえるのではと考えたりもしています。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/14 Fri

双孔匹兹伐

Abraham 10cmF3.6
今日の作例は、数日前の敬礼の美少女とは別の軍隊研究家の皆さんと思われる方たちの整列した姿です。
ペッツバールレンズを多用していると、特にイベントなどの時には、人物撮影用レンズだということで、同じような作例ばかりを撮影しがちです。
レンズの研究と言うことでは、その姿勢こそが正しいのですが、同工異曲を避けるということで、少し趣向を変えて、露出も思い切ってアンダーにしてみました。
緊張感と言うか、軍隊的起立感が漲っているような雰囲気を意図していますが、そのように見えますでしょうか。

エイブラハムのペッツバールは、期待を裏切るほどに高性能だったわけですが、そこで思い当たったことがあります。
このレンズは残念ながらラックアンドピニオン機構のピニオンギアが消失してしまっているのですが、そのピニオンギアを固定する金具があるべきところのネジ穴が2つなのです。
通常このネジは4つあり、2つというのはかなり少数派です。
ところが、何故かフォクトレンダーのペッツバールは2つ穴のものが多く、わたしの持っている3本の同社のペッツバール中2本が2つ穴で、4つ穴のものはかなり大きいので、2つ穴では支えなれないので4つ穴にしたと解釈することが可能です。

と、これだけの理由で決めつけることはできませんが、エイブラハムの製造元がフォクトレンダーなのではとの可能性が浮かび上がりました。
このレンズがイギリス製ではない可能性が高いですし、フランスのルルブールやダルローではコバにサインが入っているものが多いので、それ以外ではと推測していました。
また、1839年に同社がダゲレオタイプの展示会と同時に機材の販売もして、恐らくロスやダルマイヤーが台頭してくるまではペッツバールレンズも販売していた可能性が高く、それは1850年くらいまでではないかとの仮説を立てましたが、その頃はまだペッツバールの初期で、弱小メーカーが参入する前の話だと考えられます。

わたしのフォクトレンダーの20.5cmは、1862年製造の比較的新しいペッツバールですが、このレンズのエイジング具合とエイブラハムのそれが妙に似ているのも、フォクトレンダー製造説を裏付けています。
初期のペッツバールはブラスの上に金ニスと呼ばれるラッカーが掛けられているのですが、これがきれいに残っているのが理想的なものの、大概は一部、または全体が剥がれ落ちています。
その剥がれ方が、部分的になってしまうのがやや汚らしく今一つの外観になってしまうのですが、フォクトレンダー20.5cmとエイブラハムは全体に金ニスが落ちた上に若干の真鍮の腐食のような茶変という共通点があるのです。

写りについては、シャープであることにやはり共通点があるのですが、ペッツバールは多くがシャープなので似ているのは当然と言うことになります。
ところが、逆光の撮影と言うことになると、フォクトレンダーが比較的強いと感じるのに対して、エイブラハムはまったく奮いません。
ペッツバールの典型はコントラストの低下が見られるという逆光に弱いことなので、それが普通のことですが、稀に逆光に強いものがあって、そういうレンズはとても優秀だなと感心します。

それにしても、新しくオールドレンズを入手すると、それについていろいろと調べて、さらに実写してと知ることはたくさん出てきます。
それを順番に書いて行くだけで1週間のブログを満たしてしまうのがオールドレンズの懐の深さであり、素晴らしいところです。
特に年代がとても古いペッツバールは情報を得るのがなかなか難しいのですが、わずかの情報から想像が大きく膨らんでいくと言う愉しみがあって、これはペッツバール・コレクター、ペッツバール愛好家冥利に尽きることです。
そろそろペッツバールの購入を控えているのですが、まだ我がレンズ庫には未使用のそれが若干残っているので、愉しみはしばらく続けられます。
ペッツバール博士のみならず、ニエプス、ダゲール、タルボット…、写真術の黎明期の偉人たちに感謝して止まない所以です。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/10/19 Sun

油火腿鏡頭

Abraham 10cmF3.6
エイブラハムのレンズは、製造年代を特定するヒントがレンズからは見つけられません。
そこで検索によって、エイブラハムの資料を探すことにしました。
ペッツバールと直結する記事ではありませんが、面白い資料が見つかってksmtさんが自身のサイトで翻訳して掲載してくれましたので、内緒で全文転載させていただきます。

『(1839年8月19日にフランス学士院でダゲレオタイプが発表されると、10月には早速イギリスのリバプールでも展示会が開催された)1839年10月の第四週、リバプールの新聞三紙にダゲレオタイプのデモンストレーションに関する小さな広告が掲載された。
三紙は同じ週の異なる曜日に発行。
23日(水)にはLiverpool Courier紙、25日(金)にはLiverpool Mercury紙、26日(土)にはLiverpool Chronicle紙。』

『### ダゲレオタイプ展示会 ###
ダゲール氏監修の元で製造されたダゲレオタイプ機材により見たものがそのまま絵になる。
Quai de la Megisserie(パリの地名…著者注)を撮影した作品と、興味深い製作方法を展示。毎日11時から4時まで58, CASTLE-STREET(飛脚屋の隣)にて開催。入場料1シリング。
ダゲレオタイプの注文は展示会で受け付け。または、20, Lord-streetのA. ABRAHAM社でも注文可能。』

ksmtさんは、この記事から、A. ABRAHAM社がリバプールの光学機器商であり、ダゲレオタイプ発表に2が月後に展示会と機材の受注を行っていたことが分かるとしています。

当初、この記事からエイブラハムはペッツバールを使ったデモンストレーションを行い、そのときのレンズこそいまわたしが
使用しているレンズなのではと早合点してしまったのですが、冷静に考えればペッツバールが完成したのは1840年5月とされているので、ここで使用されたレンズは望遠鏡用の凸レンズか、色消しメニスカスのどちらかでしょう。
ダゲレオタイプの感度が低かったことから、露光に時間が10分もかかり、それを大幅に改善したペッツバールが歓迎されたのです。

上記記事では、ダゲレオタイプの展示会を行いつつ、注文もエイブラハム社で受け付けたとあります。
写真術の発明は、肖像画家をすべて失業に追い込むと言われるほどの熱狂を持って受け入れられましたので、1回の展示会のみでその後も売り上げを伸ばし続ける可能性がある写真機の販売を止めてしまうとは考えにくいと思います。
高価なカメラがリバプールで飛ぶように売れることはなかったかも知れませんが、この地域で写真館を開業しようとする起業家や資産家の趣味などで購入されたのは、みなエイブラハム社からだったというのは十分に考えられることです。
1840年以降はペッツバールタイプのレンズが急速に普及する中で、エイブラハムも何本も扱ったに違いありません。

しかし、しばらくすると英国内でカメラやレンズも製造されるようになるので、エイブラハムがカメラを本格的に扱った期間は意外に短かったかもと想像されます。
当時の輸入品にどのような関税がかけられていたかは分かりませんが、自国製の方が安かったのは間違いないでしょう。
そういう想像が許されるとすれば、わたしのエイブラハムレンズは、ペッツバール誕生の1840年から、ロスがレンズを製造し始める1850年くらいに限定できるのではと類推できます。
したがって、このエイブラハムは、1840~50年製造のかなり初期のペッツバールということに…。

さて、今日の作例は、和茶屋娘の大正ロマン3人組です。
秋葉原のネット・カフェで働きながら日本の心を歌うアイドルでもあるそうです。
と書いてみて、わたしにもそれが何のことか分かりませんが、大正時代のコスチュームで活動しているというのですから応援しないといけません。
秋葉原のそのカフェに行けば、同じスタイルの彼女たちが迎えてくれるのでしょうか。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2014/10/18 Sat

利物浦鏡頭

Abraham 10cmF3.6
サンダーソンの内側に目立たずに付いていたレンズは、"ABRAHAM & Co LIVERPOOL"とこれも地味に刻印されたペッツバール型のレンズです。
ペッツバール型のレンズは真鍮製で金色の美しい外観をしていますが、多くの個体は経年劣化で真鍮独特の茶色っぽい変色をしてしまいます。
ご多分に漏れず、このレンズも茶変してしまっていますが、外観がきれいでなかったことでオークションで安く落札できているという事実もあって、これは諦めるようにしています。

ABRAHAM は、子どもの頃にAbraham Lincolnをアブラハム・リンカーンと習ったので、アブラハムと書きたいところですが、実際の発音はエイブラムの方が近いとも聞きますし、ここでは中間をとってエイブラハムと表記します。
エイブラハムというレンズメーカーがあったことなんて恐らく誰も知らないでしょう。
もちろんわたしも知りませんでしたが、リバプールとなっていたのが珍しくかったので、落札に踏み切りました。
RossもDallmeyerもWrayも、イギリスの名門光学メーカーはみなロンドンなので、ビートルズの故郷にも存在していたというのが興味深く思えました。

ただ、このレンズの刻印はあまりにショボくてがっかりするくらいなのですが、レンズが超高級品だったはずの時代にこんな冴えない刻印をするというのが不思議でした。
前述のように茶色く変色してしまっているし、ラックアンドピニオン機構も消失してしまっている、聞いたことも無いようなメーカーで、かつ本場ロンドンではなく港町リバプールで製造されたと考えると、写りについて来たいしろと言う方が無理があると言えます。
5月にはksmtさんにα7で使えるようにマウント改造してもらいながら、なんだかんだと半年近くも放置してしまっていました。
サンダーソン用にぴたりと嵌まったことで今回使用しましたが、そうでもなければもう半年もお蔵入りしていたかも知れません。

しかし、実際に撮影してみると、このレンズ、実によく写ります。
もともとペッツバールはよく写るのですが、そうでないものも多いので、そう考えるとこのレンズはペッツバール原型を忠実に再現しているということではないかと思いました。
エイブラハムには失礼かも知れませんが、このレンズは彼らが製造したのではなく、他社が製造したレンズを購入して刻印を自社のものにして販売したのではないかと考えます。

"Early Photography"というイギリスの光学機器メーカーの百科事典のようなサイトがあります。
特に木製カメラと19世紀のレンズに関してはそれほど詳述されている訳ではありませんが、記載のないイギリス光学メーカーはないのではというくらいに網羅しており、エイブラハムも載っていました。
ところがレンズのことには言及されていません。
ペッツバール型のレンズを作っていれば、はっきりそのことを記しているので、少なくともサイトの管理者はエイブラハムにペッツバールがあるとは考えていないと想像されます。

エイブラハムは写真関連のメーカーではなく望遠鏡や顕微鏡などを扱う光学機器商社のような存在だったのではと考えられ、リバプール在住の写真愛好家ないしは写真スタジオのために少量のレンズを取り扱ったという裏付けになると言えるかも知れません。
少なくとも自社工場を持って一定量のレンズを製造していたとすれば、それが前述のアーリーフォトグラフィに出て来ないのはおかしいのではないか。

では、供給元のメーカーはどこになるのでしょうか。
恐らく国内で流通ルートを確率していたであろうロスやダルマイヤーが、リバプールの田舎に卸すとは考えにくいいですし、仮にそういう状況になったとすれば自社名も刻印したでしょう。
そう考えるとダルローかルルブールかのフランス・メーカーが有力になるのですが、コバ部分には書き込みもなく証拠を見出せません。
国籍すら特定できないというのは、ペッツバールの蒐集家としては少々残念ですが、それを調べる楽しみがあると考えるより仕方ありません。

作例の女性たちは、プレートにもあるとおり、早稲田ちんどん研究会の皆さんです。
3人だけのサークルですかなどと失礼な質問をしていたので、覚えてくれていたのでしょう、軍人ではないのに敬礼であいさつしてくれました。
ちなみにちんどん研には多くのメンバーがいて、厳選された3人が大正時代まつりに参加しているのだそうです。
なるほど演奏がとてもうまくて、見た目に面白い大正時代まつりの中で、聴覚的にも楽しませてくれる貴重な存在でした。
ちんどんメイクなので、そうは見えないかも知れませんが、ルックス的にも実はレベルが高い女性たちです。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/10/17 Fri

不用電子郵件

Abraham 10cmF3.6
品川でのルルブールを付けたサンダーソンに比べると、大正時代まつりでのエイブラハムを付けたサンダーソンは機動力に於いて圧倒的な優位を得ることができました。
昨日までの3枚の作例は、かなりゆっくりとはいえ動いている人たちですので、それに置きピンではなくカメラのフォーカシング機構を使って対応できたのですから、個人的には完璧と思っています。
視力の問題はあって、ピントを外す写真も少なくなかったのですが、それはこんなカメラを持ち出すまでもなくいつものことです。

ただ、問題は外観のことで、品川の時はルルブールレンズが完全に露出していたので、ペッツバールであることが一目瞭然だったのに対し、今回はレンズが蛇腹の中に隠れてしまっていて露出しているのはフード部分だけです。
本来、写真撮影は機能が優先されるべきですのでこれで良いのですが、目的と言うことを考えるとこのカメラとレンズで目立って撮影を有利にしたり、参加者との距離を縮めるということだったので、写らなくとも見てくれ重視が本来の趣旨にかなうかということになってしまいます。
そうであれば、さらに改良を加えて、ペッツバールレンズだということがはっきり見えるが、ピント合わせはたいへんスムーズだという状態のものに仕上げないといけません。
遅くとも来年のこの祭りまでには、そのレベルまで達成したいと思います。

作例の女性は綺瑠架さんという名前です。
自前の衣装でひとりで参加しているとのことで、名前の不思議さもあって興味を覚えたのですが、一筋縄ではいかない雰囲気でした。
ではメール交換でもとなるのかと思ったら、ツイッターでやりとりしましょうと言われ、ツイッターやっていないんですがと答えると、アカウントを作ってくださいとあっさり押し切られました。
言われるがままに台風の来た月曜日にツイッター開設してみましたが、彼女の秘密を知る前にツイッターの使い方を知らないといけないことに気付きました。

大正時代まつりはとても緩い祭りだということを前に書きましたが、その緩さ故にかいろいろな人から声をかけられたり、かけたり、一緒に写真を撮ったり、撮られたりと大忙しでした。
わたしは、大正時代の服装について知りたいことがいっぱいあったのであちこち質問しましたが、逆にまつりのベテランの皆さんは、自分の知識を披露することで仲間を増やしたいという気持ちがあるからでしょう、積極的にいろいろ語ってもらうことができました。
実に好い交流の場なのですね。

しながわ宿場祭りなどでも同様のことは言えますが、よりコアなのは明らかに大正時代まつりの方で、それは江戸時代の装束になる祭りが全国あらゆるところにあるのに対し、大正時代物はここ与野が最大で、他を探してもわずかしか見つからないことから、与野が高密度になるということで説明がつきます。
調べたところでは、岐阜県に大正村があって独自のイベントがあるほかは、浅草の東京時代まつりがあったのに今年度は何と予算の都合で中止になったと言いますし、柴又に大正ロマンと言うイベントがあったのも、いつの間にか昭和になってしまっていましたし、ご存じ京都の時代まつりは明治までが対象のようです。
やはり与野が大正もののメッカと言うことですね。

大正がこれだけクローズアップされるのは、日本モダンガール協會の存在が大きいようです。
代表の浅井カヨさんは筋金入りの大正人で(大正生まれと言う意味ではないです)、当時の生活を再現しているので、家にはエアコンも設置していないそうです。
わたしも彼女の撮影を愉しみに与野まで足を運んだのですが、残念ながらうまく撮れなかったので、今回は写真で紹介できません。
しかし、この分だと彼女が出演する場にわたしもお邪魔する機会は増えることでしょう。
日本モダンガール協會の皆さんは、ペッツバールで撮る最高の被写体だからです。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2014/10/16 Thu

達磨自行車

Abraham 10cmF3.6
完璧とは言えませんが、何とか大正時代まつりで使えそうなサンダーソン改造の妙案が浮上しました。
まだ未使用だった焦点距離10cmのペッツバールがレンズボードにぎりぎりすっぽりと入ったので、これを活用できないかと考えたのがきっかけです。
レンズボードの先にレンズを置くとバックフォーカスが足りないことから、逆にレンズボードの裏側に置けばいいのかと思い付きそのとおりにしたところ実に具合よくレンズ先端だけが出て直後の突起でそれ以上は動かない状態になりました。
テープでレンズをボードに固定してカメラにセットすると、期待通りレール部分にセットしても無限遠は出ます。

レンズ先端部分にフードを取り付けるとそれっぽい格好になりました。
ペッツバールレンズの外観デザインが好きなので、本体部分が見えずにフードだけが外に出ているというのは、少々納得いかないところもありますが、撮影することに関してはだいぶ改善されます。
運の好いことに、カメラを畳んだ状態にするとレンズ後端がNEXアダプターの穴とぴったりサイズでアダプターに収納されるようなかたちでぴたりと収まりました。
そのこともあったので、大正時代まつりはこれで行ってみようと決断することができました。

サンダーソンのようなハンドタイプのカメラは簡易組み立て式とでも言うのでしょうか、使わないときは箱そのものです。
使用する際、上部にある小さいボタンを押すことでロックを解除しながら、前ブタを前に倒します。
前ブタは脇にあるダイアルを回すことでレール部が前に繰り出されますので、箱に収納された状態のレンズ部分をつまみ出して、レール部の後端に取り付けすることで、フォーカシングを機能させることができます。
あとは、α7をセットするだけでサンダーソンは使用可能になります。

当日は、トランクにサンダーソン、α7、フロックコート(もどき)、シルクハットを入れて与野駅まで行き、到着するや否や路地でこっそりとネクタイを巻いて、コートを着、帽子をかぶり、カメラをセットしとスタンバイしました。
ワイシャツにスラックス、革靴の普通のかっこうが、自称19世紀イギリス写真師に早変わりできました。
しながわ宿場祭りの紋次郎さんは、自宅から紋次郎スタイルで電車に乗って会場入りしていますが、根性の無いわたしは自宅から会場までは普通の人を装い、直前に変身するシャイなイギリス紳士になるのが精いっぱいです。

大正時代まつりの本当の参加者は、みな正統派なのでわたしのような中途半端な人はいないようです。
自分のこだわりを見てもらいたいという気持ちもあって参加しているので、行き帰りの電車もアピールの場になっているのだろうと想像します。
作例のクリスさんは、山梨でしたか、かなり遠くからこの自転車でやって来たそうです。

この自転車は、日本ではだるま自転車と呼ばれたそうですが、たぶん小さな後輪を上に大きな前輪を下にするとだるまの形に見えることに由来しているのではないかと思います。
一般的にはオーディナリー・サイクルと呼ばれるそうで、1870年頃にイギリス人のジェイムズ・スタンリーによって発明されました。
発明時期がペッツバールの後期と被っているのがいいですね。
検索するとレプリカが今でも手に入るようなのですが、さすがに来年はそれで参加しようかといえばそこまではできません。
そもそもわたしの小さなトランクに入らないですから。
【Alpha7 with Sanderson/Abraham 10cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Abraham 10cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2014/10/15 Wed
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