モチモチが気持ち好い

Colas 15cmF4
浅草散策の最後の作例になります。
彼女は、昨日の作例の女性といっしょにいたのですが、友だちかと思えば姉妹だというのでちょっと驚きました。
しかも、妹だというので、また驚かされてしまいました。
あまり似ているように見えませんでしたし、姉妹だと言われても今日の女性の方がどう見てもお姉さんだったからです。
まだまだわたしの人物観察能力が低いのだということを思い知らされるばかりです。

妹さんは勉強しているという日本語でなかなか流暢に話していましたが、お姉さんの方とは英語での会話でした。
こういうときに片言でも韓国語ができるといいなと思います。
数年前の韓流の時には思いもしませんでしたが、日韓関係がこれほどにも冷え込むと逆に韓国語を少しやってみたいという気にさせられます。
韓国語にはハングル文字の壁が立ちはだかっていて、これが覚えられずに挫折する人が多いようですが、文法が日本語とほぼ同じで、発音も難しくなく、単語も似ているものが多いので、日本人にも習得しやすいと聞きます。

問題は身近に話し相手がいることで、以前、中国語を始めたときも独学の時はしゃべるのはさっぱりでしたが、中国からの留学生と知り合いになり、しどろもどろでもしゃへるようになってから、どうにか簡単な会話ができていました。
相手がいてその人が言うことを懸命に聞き、その返事を必死になって伝えようとするそのふたつの努力の繰り返しがどれだけ大切かを知りました。
それと簡単な日常会話では多くのボキャブラリーを必要としないので、いくつかの単語を覚えることで意外に会話を成立させられることに気付かされます。
在日三世の友だちが韓国語を流暢に話すというので、同様の手が通用するか挑戦してみようかとも思っています。

さて、作例に戻りますが、一見すると違うレンズで撮ったかと思うくらい、ソフトネスを弱めているように感じられるのではと思います。
着物のテクスチャーのパターンがレンズの解像度と嵌まってシャープに見せているということが原因の一つです。
花模様の白はかなり滲んでいますので、実際にはシャープにとらえられている訳ではないことが理解できます。
着ているものに限らず、塀の格子模様とか、屋根瓦のパターンとか、画面の半分以上を占める何かが何気にシャープに見えると全体がとてもシャープに見えてしまうということが時々起ります。
目の錯覚ですが、そうとだけでは言いきれない現象のようです。

ペッツバールは、光線に対して例外なくどれもセンシティブなレンズです。
順光の好い光線状態だと被写体が浮かび上がるすばらしい描写をしますが、逆光では丁寧にハレ切りしないとコントラストの低下が顕著です。
どんなレンズにもそういう傾向はありますが、そのプラスからマイナスへの振れ幅がとても大きいのがペッツバールです。
さらには、光線の足りないような場面で撮ると、発色が出ないというか、色が濁ったようになることがときどきあります。
彩度を失ったというような不思議な発色になることがあり、これはペッツバールレンズの特徴と言えるでしょう。
その意味で、夕刻の低い位置からの順光を意識した今日の作例が奏功しているのだと、自分では考えています。

韓国にはもち肌の女性が多いと言いますが、作例の女性のほっぺはいかにもツルツル・モチモチしてそうで、思わず触りたくなってしまいます。
しかし、その肌のテクスチャーもレンズの収差が寄与しているのは、着物のハイライトの滲みを見れば間違いないところです。
こんなところに、ペッツバールがもともと人物撮影レンズとして設計され、さらにこのレンズは女性撮影用に収差を増した改良が施されているのではとの可能性を裏付けているような気にさせるものが存在しています。
ちなみに彼女は、着物を着た日本女性のイメージのポーズをとっているのだそうです。
手で口元を隠すバリエーションかも知れませんが、自分の肌のモチモチ加減を確認しているようで、なかなか好いのではないでしょうか。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
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thema:ペッツバール genre:写真
Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/02/13 Fri

ダルローはルイヴィトンか

Colas 15cmF4
バッグとかファッションとか、通勤や町中で見かけるブランド志向の人を見ると、内心小バカにするようなところが私にはありました。
名前ばかり気にして、実際使って本当にいいものだと評価しているのかとか、その分高くついて無駄な買い物ではないかとか、密かに考えていました。
かばんや財布に10万円、スーツに20万円、とても考えられない、自分ならそんな金の使い方はしないと。
しかし、実際にはしていました。
それも、恥ずかしいくらいのとんでもないブランド志向です。
つい先日、そのことに気付き愕然としてしまいました。

そのわたしのブランド志向とは、ペッツバール・レンズです。
以前に始めたライカもブランド志向といえばそうでないとは言えませんが、例えば中古のライカM3やM6にズミクロン・レンズを買ってきて、たいへん気に入って使っている分には、それほどブランド志向とは言えないと思います。
もともとライカはかなり高価なものですが、中古市場では発売時より大幅に価格が下がっていますし、一眼レフがほとんどの中でレンジファインダーのライカは唯一無二的な存在ですし、レンズ描写にも特徴があるので、ブランドというよりもそういった特徴に惹かれたからだと半ば嘘だとしても言い切ることは可能です。
その後に嵌まったレンズ趣味についても、やれダルマイヤーだ、アンジェニューだというのも同様のことだと突っぱねられるでしょう。

ところがペッツバールの趣味はそういう理由付けができません。
性能差がそれぞれなくはありませんが、フォクトレンダーもダルローもロスもシャープさや一定程度のコントラストはどれも似たり寄ったりです。
使用するという意味においては、それぞれを集める必要性が我ながら感じられません。
では、なぜそれぞれのメーカーのペッツバールを買ったかといえば、キングスレークの本にオリジナルのペッツバールのメーカーが5ヶ国14メーカー載っていて、それらメーカーのペッツバールをひととおり揃えたいと考えたからに他なりません。
ロス、ダルマイヤー、エルマジー、ドゥロジー、ルルブール・エ・スクレタン、ジャマン・エ・ダルロー、フォクトレンダー、ホームズ・ブース&ヘイドンズと揃いましたかが、先日ハリスンも入手したので残すは5メーカーだとほくそ笑んでいるところですが、これなどは典型的なブランド志向と言えるのではないでしょうか。
どこそこのメーカーがいいよなどと聞いて、高かろうがそれを手に入れようとするのと同じことですので。

大判ではなく35mmデジタルで撮影するためにペッツバールを買っているので大切なのは本来ブランドよりも焦点距離ですが、そうとは分かっていても例えば100mmの無銘レンズよりも180mmのオズー、ガスク・エ・シャルコネ、シュタインハイル、ブッシュ、ズーターのペッツバールの方が欲しいいということになります。
それに、フランス製の刻印が入っていたとしても、聞いたことがないメーカーや自社生産していなさそうなメーカーではブランド力に乏しいのであまり欲しくはなりません。
ブランドが大切というよりも素性が分からなければ、製造年代等を含めて、正体不明のレンズを使いたいという気にならないのがペッツバールに対するわたしの歪んだ姿勢ということになります。

これではいかんという気持ちもあって、58mmとか75mmの無銘ペッツバールを焦点距離の使いやすさ優先で手に入れてみました。
確かにこのあたりの焦点距離は使い勝手良好だと感じますが、どうしても他のレンズのような強い愛着を得るまでには至らず、未だほとんど登用していません。
売り主がダルローの可能性があると言ってくれているにも関わらず、確証がなければ信じることができず、ブランド志向の喜びを満たすことは無いようなのです。
純粋に描写性能で評価しないといけないと思うのですが、そうできなくするのがブランド志向の恐ろしいところだということなのでしょう。

さて、本日の作例ですが、浅草寺に戻ってきて、早速、着物女性を発見したので声掛けして撮影させてもらったものです。
雰囲気から外国人と遠目で分かりましたが、わたしはてっきり中国人だと思ったのに、聞いてみると韓国人でした。
ソウルですかと出身を聞くとノーで、では釜山かと聞けば、釜山に近い蔚山というところだと言います。
ああ、蔚山なら2002年ワールドカップでドイツ対アメリカの試合を見に行きましたと言ったのですが、ほとんど反応はありません。
わたしには日韓ワールドカップは比較的最近の出来事ですが、何しろ13年も経っているので、若い人には遠い過去ですし、20歳代前半の彼女は、小学生の時の話なので、ほとんど記憶にもないのでしょう。
わたしは横浜の隣の町に住んでいるので、外国人に対してはワールドカップの決勝が行われた町だと言って自慢していたのですが、もはやそんな言い方では誰にも分からないということを気付かされた蔚山女性のリアクションでした。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2015/02/12 Thu

写り過ぎて信じてもらえず

Colas 15cmF4
明治元年は、1868年の1月1日に始まりますが、これは旧暦になるため、西暦に置き換えると1868年1月25日こそが明治の始まりなのだそうです。
ということは、少なくとも1867年までに製造されたレンズが江戸時代のレンズになります。
フォクトレンダー、ダルマイヤーなど一部のメーカーを除くと、当時のレンズの製造年を特定するのは困難ですので、1860年代までの製造だろうとされるレンズは江戸時代のレンズとみなしています。
わたしの所有するペッツバールレンズのほとんどがこれに該当します。

外国人に撮影させてもらうときは150年前のレンズだと説明しますが、日本でなら江戸時代のレンズですと言った方がインパクトがあります。
ただ、それだと日本製だとか江戸時代に日本にもたらされたとか誤解される心配があるので、そうでないことは説明しないといけません。
それでも、そんな古いレンズが存在すること、それをデジタルカメラに付けて撮影していることには十分に驚いてもらえます。
残念ながら、そんなことには関心がなさげな返事の人もいますが、それは仕方のないことでしょう。
わたしが付け加えるのが、写真術が1839年に発明された翌年に開発されたのがペッツバールレンズだということです。

そうして撮らしてもらった写真を液晶を通して本人に見せてあげると、とても驚かれるときがあります。
その理由は、とてもよく写っているからです。
そんなに古いレンズがまともに写るはずがないという先入観があるのでしょうし、江戸時代のレンズとの連想から幕末の志士の写真、例えば坂本龍馬の有名な体をちょっと傾げた斜め前方を凝視している写真を思い浮かべるからでしょう。
もっとも龍馬の写真は、保存状態の問題から汚れは目立つものの、写真そのものは鮮鋭に写っているのだと思います。

ペッツバールレンズの最大の面白さはそこにあると思います。
このレンズは写真が生まれて間もない時期の実質的に初めての写真撮影用のために設計されたレンズでありながら、150mmF3.6という大口径で設計され、とてもシャープでコントラストの良い写りを実現しているのです。
最大の欠点である像面湾曲は、分かる人には一目瞭然ですが、一般には気付かれないでしょうし、35mmフォーマットでは125mm(5inch)以上になると湾曲部分が枠の外に行ってしまうので判別困難でしょう。

戦後、二眼レフのブームとか安価なレンズシャッターカメラの普及とか全自動カメラの登場とか、カメラ人口が爆発的に増える出来事があったようですが、それらに増してカメラ女子やソーシャルネットワークの現在の方が、カメラ人口は大いに違いありません。
携帯電話での撮影も含めれば、1億総カメラ時代と言えるのではないかと思います。
そんな中でクラシックカメラを始める人はかなりいるようで、ライカやローライ、ハッセルブラッドなどの名前は意外によく知られているようです。
ところが、その写真を発明したと言われる、ニエプス、ダゲール、タルボットと言う名前を聞いたことがあるという人はごくごく少数と思われます。
ましてや、その写真史を支える発明だったペッツバールの名はまったくの無名です。
気の毒なレンズ発明家の先生を知らしめなくてはという妙な写真好きがひとりやふたりいても好いのではないかというのが、ペッツバールを使うもうひとつの楽しさだと言えば逆説的に聞こえるでしょうか。

さて、今日の作例ですが、浅草には何度も出向いているのに江戸下町伝統工芸館という施設があるのを知らず、たまたま雪まつりに行く途上で見つけ、職人さんが糸の組み合わせでシルクの組紐を作る実演を見たときのものです。
組紐は縁起ものとか着物の帯締めなどに使われますが、わたしのカメラのストラップがある方にお作り戴いた京都の組紐製です。
ストラップというと革ですが、手首に巻き付けて使う機会の多かった私には組紐の使い勝手は最高で、首から提げているときもシルクの感触が良いし、カメラバッグの中でするすると納まってくれて最高のストラップです。
お世話になっている組紐がこのように作られているのかと知って、たいへん興味深く感じられたものです。
糸自体に光沢はあったと思いますが、ちょっとこれは滲み過ぎで、ペッツバール博士が意図しなかった収差が出てしまったか、やはりこれはソフトレンズなのかも知れないと思わせます。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
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Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(1) | 2015/02/11 Wed

フェイスブックの不思議

Colas 15cmF4
昨日から少々ベトナム噛んれのことが続きました。
おととしにハノイで知り合った当時大学生だったフオンからメールがあり、どうもわたしの出したメールが不達になることが続いているので、メールをやめてフェイスブックでやり取りしよう書いて来ました。
正直面倒くさいと思ったのですが、何かの折にフェイスブックのアカウントは作っていたようで、そう言えばラオスの青年とのやり取りでも使っていましたので、わたしの名前で検索してくれと返信すると早速、友だちになるとのオファーが入り、OKすると彼女からメッセージが届きました。
手続きがたいへんだと敬遠していたのですが、まったく簡単にやり取りできるのですね。

驚いたのは、その後フェイスブックのページを開くと、知り合いかもの先頭がksmtさんでした。
すかさず、友だちになるをリクエストすると、ksmtさんからも了解が出たようでその経緯をメッセージしました。
ksmtさんは共通の友達というわけでもないのに、なぜ知り合いかもの先頭に現れたのがまったくの謎です。
ksmtさんもわたしもフェイスブック上にはレンズがどうこうという記載をしていないので、そこで結びついたわけでもなさそうです。

フェイスブックの賢さ、不思議さに舌を巻いていたところ、続けて友だちになるのオファーが来ました。
ベトナム人の男性からで、これはきっとフオンの友達だろうと思って了承したところ、続いて届いたメッセージには、who am Iと書かれています。
何のことかと写真を見直すと、どこかで見たような気がして、記憶をたどるとハノイ郊外のハイフォンでお世話になった青年と思われます。
一緒に大量のビールを飲んだ君かと返信すると、そのときいっしょに撮ったらしい、わたしと彼が酔っぱらった顔つきでニコニコと国際交流している写真が送られてきました。
やはりそうでした。
どうして、いきなり彼がわたしを発見したのか、またまた不思議度が上昇してしまいました。

もうひとつのフェイスブックの不思議は、これは以前にも書いたことですが、女性の大部分がきれいだということです。
ラオスの青年と友達になったとき、彼の他の友達のラオス人の女性はほぼ例外なく全員美少女だったので驚いたのですが、ベトナムでのフオンやビールを飲んだ彼の友達も同様でした。
ラオスでもベトナムでも今すぐにもペッツバール持って飛んで行って、フェイスブックで全員集合してもらったら、アイドル写真集ができてしまうでしょう。
同時に、両国でこれら美少女がこれだけいるというのに見つけられなかった、自分の目が節穴だったことを反省しなければなりません。

そんな話を友人としたのですが、その場所は新宿のベトナム料理店でした。
久し振りに友人とメシでも食べようと盛り上がって、どこにしようかと行ったのが彼のお勧めのその店で、とくにわたしのリクエストではなくたまたまベトナム料理だったので、以上のことを友人に話したのですが、彼もいっしょになって不思議がっていました。
彼女たちに会うためにベトナムに行きたいと言うと、オレも連れて行ってくれと言われましたが、その機会はいつかあるでしょうか。

さて、今日の作例ですが、琴姫に続いてのステージで、琴を弾いていますが琴姫ではありません。
昨日は後ピン、今日は前ピンでどうのもピントが定まりません。
先週のジャマン・エ・ダルローが扱いやすかったのに対して、コラスの方は大苦戦です。
ジャマンでは目の悪いわたしでもファインダー内でピントが確認できるのですが、コラスはソフトフォーカスまではいかないものの甘い描写のレンズのため、前後にずらしても柔らかさの中にピントのピークが見出せません。
もしかしたらこのレンズはレンズ位置が微妙にずれているなどオリジナルの状態が保たれていないのかも知れませんが、そうでないことを前提にすれば、数あるペッツバールのバリエーションのひとつと考えられそうです。
ただし、それが人物撮影用にややソフトになるよう設計されたものなのか、シャープなレンズを狙いながら精度の問題などで甘くなってしまったのかは今のとところ分かっておりません。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
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Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2015/02/10 Tue

琴姫音楽研究所

Colas 15cmF4
今日から作例は、少々遡って1月24日にレンズ愛好仲間たちと浅草散策した時の作例を数日出させていただきたいと思います。
この日は、散策もそこそこ楽しみましたが、どちらかというと後の新年会を愉しみに集まったという1日でした。
浅草は、これぞという撮りものが無い代わりに、それなりに撮影するものがあるというようにわたしは理解していて、どこにも行くとこがなければ浅草へ行くかという位置づけにしています。
ただし、うちからだとやや遠いのが難点で、定期券を利用した新宿廻りルートだと家から実に2時間半もかかってしまいます。
そうなると、是が非でもブログが続けられる程度の枚数を撮らなくてはとしやや気負うことになってしまうのが常でした。
そんな気持ちを抑えるのに、仲間たちとの新年会で来ているというのが好い自分への口実になるのです。

この日はたいへん幸運なことに、かなり中心から外れたところで、浅草雪まつりが開催されていました。
なぜ雪まつりかと言えば、山形県の豪雪地帯から雪を運んできて、子どもたちがそりすべりなどをして遊べるように趣向を凝らしているのでこの時期に雪まつりとして実施しているということとのようでした。
まつりではあっても浅草を訪れる観光客が出向くようなイメージではなく、もっぱら地元の子どもたちに楽しんでもらおうという祭りだったようです。
あまり宣伝にも力を入れている様子が見られません。

しかし、訪れてみると何やらアイドルのライブが行われているではないですか。
今でも親衛隊という言葉があるのか分かりませんが、座席の後ろに十数名が位置して、いっしょになってポーズを決めたり、声援を送ったりしている応援団的存在の若い男性たちを見ればアイドルだということは遠目からでも理解できます。
彼女たちは、平成琴姫というアイドルグループでした。
姫の文字が使われているだけでわたしは親しみを感じてしまいますが、むしろ琴の字の方に注目しなければなりません。

ホームページの紹介文をそのままコピペします。
平成琴姫 Heiseikotohime
平成琴姫は和装にて「礼に始まり礼に終わる」新感覚アイドルユニット。
歌とダンスに加え、大正琴をリニューアルした完全オリジナル楽器「平成琴」を用いてパフォーマンスする。
加藤唯(作例右)、沙月美祐(中央)、桃屋マミ(左)の3人組。
2012 3.31秋葉原でライブデビュー。
平成琴姫オフィシャルFCの事を「琴姫城」と呼び、ファンの事を「衛兵」と呼ぶ。ライブでは毎回、「三つ指の礼」という挨拶が行われる。
主催ライブには「琴姫城」と「姫会」がある。

ウィキペディアによれば、平成琴は彼女たちが持つ3台しか世界に存在しないと明記されています。
大正琴ならぬ平成琴とはすごい楽器のようですが、彼女たちのステージは歌と踊りが中心なので、わたしは平成琴の音色を聴くことができませんでした。
少しだけ演奏しているのを聴けましたよという人もいたので、わたしはその瞬間を聴き逃してしまったようです。

平成琴姫は気さくなところが人気を集めているのかも知れません。
ライヴは毎週のようにタフスケジュールで行われているようですが、お祭りのようなイベントでは、歌の合間にカメラを構えながら手を振ると、作例のように視線をくれたりもするのです。
また、3人のルックスがそれぞれタイプ違いというのがわたしには高ポイントで、ファンにとってはお気に入りを選びやすいですし、逆に3人がまったく違うのでひとりを選ぶというよりは3人とも好きだと思っている人も多いのではないかと思いました。
昨今のアイドルはみんな同じ顔に見えて区別の付かないわたしですが、平成琴姫ならはっきり違いが分かりますし、あの子は何チャンだとすぐに覚えられそうです。
歌も踊りも好かったですが、次回は世界にこの3つしかないという平成琴の演奏も聴かせてもらいたいと思っています。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
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Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2015/02/09 Mon

愛上你的眼晴

Colas 15cmF4
マレーシア・ボルネオとブルネイの駆け足の旅の最後は、音楽祭会場で世話になったふたりの女子高生の作例で、そう考えていたのですが、いくら探してもふたりの写真がありません。
女の子たちにチヤホヤされて浮足立ったわたしは、肝心の写真を撮ることを忘れてしまっていたようです。
さいわい携帯動画で撮影した演奏シーンの中に彼女たちもまじえたものがありますので、どうにか記録には収めていますが、ペッツバールが手許にありながら思い入れある現地の若者を撮り損ねたのは悔いが残ります。

逆に写真をひととおり見た中で妙にインパクトのある絵が見つかりました。
ちょっとピンボケですが、今日の作例の少女です。
いつどこでこんなのを撮ったのか思い出せません。
しかし、幸いなことに前後の写真と見比べれば、ある程度推定できました。
ドリアンが名物のマレーシア・サラワク州リンバンの果物の市場で商いをしていた人たちの中で撮ったものでした。

それが分かっても、その時のシチュエーションは思い出せません。
これだけのアップですから2メートルとかかなり至近で撮っているはずですが、さすがに声をかけて撮ったのなら忘れることはないと思うので、それなりにこっそりと撮ったのだろうと思います。
それが証拠に、彼女は笑顔ではありませんし、抵抗するような顔でもなく、突然カメラを向けられて何だろうと不思議そうな眼を見開いているように感じられます。
撮らせてねと構えて撮影した場合、なかなかこういう表情は得られないのではないでしょうか。

この作例で推定するのはわたしには無理がありますが、たぶん小学校の低学年で、足元のドリアンをかがんで見ていたとき、ふと目をあげるとこの女の子がいて、あれっと思わずカメラを構えたのかなあと言う気がします。
見下ろす視線ではないので、しゃがんだりしていたときと考えるのが普通でしょうから。
あらためて見返すと、このひとつ前のコマも同じ少女の同じ位置の写真でしたが、それは少し手ブレしている上に、このような魅力的な眼ではありません。
露出を変えずに2枚を立て続けに撮っていることになりますが、1枚目は反応していなかった少女が、2枚目で大きく表情を変化させているのが面白いというか、怖さすら感じさせられます。
さきに、突然のことで何だろうと反応したと書きましたが、むしろ自分のいちばん美しい表情をつくっているようにも見えてくるからです。

サムネイルの小さな画像でもこの1枚から発する雰囲気が強い力を放っていると感じられましたが、大きなサイズで見ると力強さがいや増したように思えてきます。
昨日のニュースで、パレスチナの少女がイスラエルの空爆を受けて家を破壊され、後日、今度は小学校までもが空爆されて目の前で友だちが死んでいったということを、テレビカメラに向かって淡々と語っていた少女の表情を思い出しました。
悲しくて泣くということを通り越して、あまりの出来事に感情を表現がコントロールできなくなっているかのようでしたが、それがテレビを観るものに伝わるだけにより強い衝撃を売れるような映像でした。
作例の彼女も、何か伝えたいことを秘めていたので、このような表情が自然と生まれてきたのかとも思いました。

また、甘い描写のペッツバールが、この作例の少女の不思議な表情とフィットしたということも特筆すべきかも知れません。
ピントのはっきりしないレンズは使い勝手が良いとは言えず、正直、このレンズは好きになれなかったのですが、この1枚で評価は変わりました。
ピンボケに見えますが、このレンズの場合はこれで合っているんですと、言いなおしてもいいのかなと考え直します。
ルルブール、ダルロー、フォクトレンダーなどメジャーなペッツバールはいずれもシャープでコントラストにも優れるものが多いですが、一見ダメなレンズにも嵌まれば他では撮れない魅力を秘めているということを思い出させてくれました。

また同じ地域を訪れるチャンスがあるとすれば、1食抜いてドリアンをたらふく食べたいと思います。
そして、この写真をプリントして、市場で彼女を見つけ出して手渡したいと考えています。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
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Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/09/02 Tue

伝統音楽祭

Colas 15cmF4
いつもの計画性の無さから、マレーシアの最終日はレンタカーで当てもなくさまようような事態になりかけました。
それでも行く先々でいろいろな人に出合ったりできたのは、この土地が旅人に優しかったということがあり、それ以上に幸運だったということでしょう。

そういえば、幸運と言うのにはあたりませんが、今回も羽田から香港経由で行ったのですが、香港からコタキナバルの往復はマレーシア航空でした。
日本以外にも2度あることは3度あるということわざがあるのか知りませんが、香港人がそう信じていたのか、乗客がたったの11人しかいなくて驚きました。
遡ること13年前の9月18日だったか、911テロで運航中止していた当時のノースウェスト航空の成田発マニラ行きの便は、ジャンボジェットでしたが乗客が5人くらいしかいなく客室乗務員の方が3倍くらいいるようなフライトで、それに次ぐ寂しい空の旅にでした。
もちろん、無事着いたから幸運ということではなく、運行休止になることもトラブルもなく、マレーシア航空独特のセクシーな制服のフライトアテンダントのサービスもあって、とても快適にコタキナバルに到着しました。

ドライブでは本当に幸運なことがありました。
それまでの寄り道は曲りやすい左折で海岸方面に行っていたのですが、そのときは何かがあると虫の知らせを感じたように右折してみました。
すると道路は二股に分かれてそこに表示はありませんでしたが、一方は坂を登る道で、どうもその先に何かありそうだという雰囲気に満ちています。
果たして、急こう配を登り切るとトラディショナル・ミュージック・フェスティバルと書かれた大看板が立っていました。

ところが、入り口にはバーが下りていて警備員がブースに座っているのが見えます。
入場券を見せるとかしないとダメなのかと恐る恐る車を近づけると、警備員がにこやかにバーを上げてくれます。
チケットも持っていない旅行者だけどとことわってもウェルカムと言って先にある駐車場の位置まで教えてくれる親切振りです。
あらためて確認すると、この施設は全寮制の高校で、この日、全国の高校の部活動などで伝統音楽をやっている学生が集まってコンテストをしているということでした。
会場は体育館のようなホールでしたが、毎年の行事らしく音響や照明の設備のしっかりした、なかなか本格的なコンテストだとすぐに分かりました。

伝統的音楽と言っても、学生らしく独自のアイディアをふんだんに取り込んでいるそうで、作例ではベーシストがリフを刻んでいましたし、搭乗するときに打楽器奏者が行進曲風リズムの曲を陽気に奏でて奏者がひとりずつ踊りながら登場したり、演奏でも盛り上げてクライマックスで終了と思わせてその後弱音で演奏をさらに続けて意表をついたりなど、学生たちがみんなで楽しんでやっていることも理解できました。
日本には高校生のための○×甲子園のような大会がありますが、そんなノリの楽しみながらも音楽はひたむきで、もちろんみんなが優勝を目指しているという熱意も伝わってきます。

ひとりぽつんと客席で聴きながら、ときおり写真を撮ったりなどしていたのが奇異に映ったのか、その高校の生徒で裏方をやっていた女の子から声をかけられました。
日本から旅行に来てたまたま道を曲がったらここに着いてなんと幸運なんだろうと思っているところだと言うと、たちまちのうちに日本人が見に来ているとまわりに伝わり、ひとつの高校の演奏が終わったところでスタッフが20人くらい集まって来ました。
それが、全部女子高生で、ほとんどが来年卒業するという17歳です。

その子たちがみな携帯を出してわたしの写真を撮ったり、コタキナバルはどうだと質問したり、今度はわたしといっしょに写真を撮りたいとかアイドルになったような状態です。
ちょっとした騒ぎになったもので、その後もひっきりなしに高校生が来ては珍しそうに写真を撮ったりしていきます。
アイドルと言うよりは、動物園の珍獣くらいだったでしょうか。
次の学校の演奏が始まりいったん収まりますが、その間に噂は拡散したらしく、次のインターバルにはまた同数くらいの高校生が集まって来ました。
たぶん総計50人超、総数200枚くらいの写真を撮られたと思います。
記録班のような女の子たちがニコンの一眼レフでステージを撮影していたのに、その子たちもそのカメラでわたしを撮ったり、ふたりで撮ったり、みんなで撮ったりとしたので、あるいは学校新聞に我が校に日本の音楽愛好家来るのような記事に採用されたかも知れません。
とにかく、こんなに大勢から、しかもほとんどが女子高生から、これほどまでにちやほやされたのは生涯最初で最後の体験でした。

親しくなった、女の子によれば、学校は全寮制で男女比は1対3くらいと女性が多い、進学校だが海外の大学に留学する子も少なくないとのこと。
どこに留学したいか聞くと、オーストラリアとカナダ、イギリスがベストスリーのようです。
日本はと聞くと、日本も悪くないけどと、あまり人気はなさげでしたが、彼女たちの英語はほとんどネイティブ並みだったので、わたしのようなブロークンなしゃべりの人間の暮らす国ははなから対象外と言うことなのでしょう。

フェスティバルは朝から夕方までとなっていましたが、さすがに1時間くらいで辞するつもりだったのですが、学食のお昼をご馳走してくれたり、中には親日家の女の子がいていろいろと質問されたり、こういう場では必ずそうなる日本語を教えてくれと言う話になったりして、臨時の教師になったかのように夕方遅くまで彼女たちと過ごしました。

別れるときはみんなが涙して…、もちろんそんなことはないばかりか、見送ってくれたのもお昼をご馳走してくれたふたりの女の子だけというのはちょっと寂しい気がしました。
大騒ぎにはなったものの、彼女たちの本心は寮暮らしの単調な日々にちょっと珍しいことがあったというだけで、翌日にはもう忘れてしまっているという程度の出来事だったということなのですね。
そうとは分かっていても、わたしにはたいへんなインパクトでしたが。

留学先の候補にはなっていませんでしたが、旅行では日本を訪れたいと社交辞令でなく言ってくれたので、その時は連絡するよう名刺を渡しました。
ふたりが何度も名前を確認しながら大切そうに財布の中にしまったのが印象に残りました。
もしかしたら2~3年後にはオーストラリア人のボーイフレンドを連れて、ひょっこり訪ねてくるのではないかと密かに楽しみにしています。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
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Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/09/01 Mon

馬来式竹飯

Colas 15cmF4
先日書いたように、パパールの町にはマレーシアの先住民による伝統的な生活を体験できるホームステイがあったにもかかわらず、同じ町の何もないホームステイとは名ばかりの宿に泊ってしまいました。
もっとも宿泊時には、当地のホームステイにそんな特徴があることを知らなかったので、その時は気にも留めていません
それどころか、階下で食堂をやっているスーパーマリオのようなおじさんと親しく会話したり、ふたりの孫と遊んだりしたのが愉しく、それなりに満足できる滞在でした。

さらに翌日ですが、コタキナバルへ向かって車を走らせ、何か表示が出るとそれを目指して脇道に入るような運転をしていたところ、何につられてそこへ行ってしまったのか、リゾートか何かと勘違いして警察施設のようなところに迷い込んでしまいました。
銃を持った短パン姿のおじさんが数名いて、うわっミリタリーかと聞いたところ、ポリスだと返事されてすみませんとすごすご戻ったのですが、その途中にホームステイではないにも関わらず現地の人の伝統的な生活の一端を目撃することになりました。

竹をきれいに切りそろえいて何をしているのだろうと車をそばに停めあいさつしました。
警察施設がそばのせいか、わたしを一瞬警察官と思って警戒したような空気がありましたが、カメラを持って観光客をアピールして、しかも下手くそな英語だったので、すぐに警戒感も薄れて笑顔が見られます。
竹を一定の長さに切りそろえているのは、この中にもち米やココナツミルク・肉・野菜などを詰めてから日の中に放り込んで炊くという伝統的な食べ物をつくるための準備だと教えてくれました。
名前を聴いたのですがメモが出て来ないので、検索するとレマントックという食べ物だと出ていました。
タイのチェンマイでも名物で食べたことがありますが、名前はカオ・ラームだそうで、これはとても美味しかったです。
中国の桂林のも有名ですが、ココナツミルクは使わないのでちまきそっくりの味でした。

竹のあるアジア各地で同じような料理があるようですが、自然発生的に各地に生まれたのか、どこかで生まれたものが伝播したものなのか調べてみると面白いそうです。
同様のものはどの地域に存在するか分布マップなんてありそうですし、日本では竹の笹に包むすしやお菓子などの食べ物はありますが、竹の中で米を焚くような食べ物は存在するのか気になります。
チェンマイでは名物と言うことで普通に食べられていましたが、ココナツ味の甘みはもち米と言えども、主食と言うよりはおやつのような存在のようでした。

マレーシアのサバでは、お祝い事などで大量に作られて大勢の人で食べることが多いと説明してもらいました。
だから、その時にそなえて大量に竹をストックする必要があるということです。
足元には20本くらいの竹が束ねられていましたが、まだまだ何本も作らなくてはと笑顔を見せてくれました。
服装も伝統的なスタイルでしたので、これはぜひとも撮影させてくださいと言うと、恥ずかしいから勘弁してと言われます。
作業している姿を撮りたいんですと重ねてお願いすると、了解してくれましたが、どうにも現地の人たちはシャイなんですね。
ホームステイの若い家主も食堂の一家もそうでした。
気候や食事、人々の性格はそれぞれに連動するものなのではないかとハンドルを握りながら思いました。
宗教ではなく、例えば砂漠のあれた土地に生まれ育つと、粗暴になる人も出てくるのかなあと昨今のニュースを思わずにはいられません。

蛇足ですが、いまデング熱が大きなニュースになっています。
マレーシアのボルネオ島と言うと、いかにもデング熱の多発地帯のようなイメージがあるかも知れませんし、シンガポールで流行しているとニュースを観ましたのでコタキナバルにも患者が出ている可能性はあります。
しかし、意外なことに、この旅では一度も蚊に刺されることはありませんでした。
アジアではどこに行っても蚊に悩まされてきたように記憶していますが、これはどうしたことでしょう。
ですから、わたしを媒介にマレーシアのデング熱になるという可能性はないと言えます。
ただ、帰国した翌週に代々木公園に行っているので、そちらから写る可能性は否定しません。
【Alpha7/Colas 15cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Colas 15cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/31 Sun
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