2度目の挑戦も成功せじ

Lerebours et Secretan 10cmF3.5
本来であれば、本日から世界一周の旅の続きがドバイ到着と同時に始まるはずだったのですが、諸事情あって、上海で足止め状態のため、旅とは離れますが、前々回帰国したときに、ksmtさんと大判撮影して来たので、今日はそのときの作例に言及というか言い訳を書くことにしたいと思います。
前回と同じく原宿の某通りにてカメラを用意して、通りかかった理解ある女性に依頼して撮影したものです。
うーん、これはひどいですね。
撮影後のフィルムが再露光しないように引き蓋を撮影前のように差し込むのですが、どうもそれが不完全だったために光が漏れたということのようです。
また、フレーミングも我ながらよく理解できません。
レンズがかなりの広角であることは理解していたので、被写体にぐっと寄ることを意識していたはずなのですが、彼女たちが後退りしてしまったかのようです。

前回の大判初挑戦のときは、手持ちで撮ることにこだわって、ピントクラスでピント確認後フィルムホルダーを差し込み、その時にカメラが動いてしまったようで、ピント不正確な写真が出来上がってしまったので、今回はそうならないように一脚を使用しました。
一脚を使ってしまえばすでに手持ちではないので、だったら三脚を使うべきではとの指摘はごもっともで返す言葉がありませんが、それにしても一脚ならカメラ位置を固定できるとの考えはあまく、これもある程度習熟しないとカメラは平気で前後に動いてしまいます。
軽いカメラなら固定可能でしょうが、スピグラ+ペッツバールレンズの重さでは軽量の一脚はしなっている感じさえしますし、一脚が支えている以上に左手でカメラを固定していなければいけないというのが実際でした。

今回ルルブールを使用したのは積極的な理由があるわけではなく、たまたま手持ちのレンズボードの穴のサイズがほぼルルブールレンズの鏡胴の径と同じだったので、加工する必要なくテープで留めるだけで使用可能だったからです。
4×5で使うにはイメージサークルがかなり厳しく4角はケラレている状態でしたが、それでも構わないので、せっかく集めたペッツバールタイプのレンズはひととおりスピグラで使ってやりたいと考えています。
機会があれば、4×5以上のイメージサークルがあるレンズは5×7、8×10などで使いたいですが、現状でそこまでは無理なので、時間をみては4×5で各レンズを撮影していくというのが当面の目標です。

今回もフィルムのセッティングから、現像、デジタル加工までksmtさんに全面的にお世話になりました。
あれだけ世話を焼かせて結果がこれでは申し訳ないですが、次回は三脚使用も辞さず絶対に成功させて周囲をアッと言わせたいと思います。
大判をやるなら自分で現像すべきではの意見ももっともで、もちろん挑戦するつもりではいるのですが、現在の旅暮らしときどき帰国、では1日撮影に時間をとるのが精いっぱいで、そんな事情を察してくれたksmtさんに助けられています。
そんなヘルプもあってのんびり旅が続けられていることは忘れないようにしなければ。

4×5のスピードグラフィックは登場から何度かモデルチェンジしていて、そのバリエーションの豊富さも人気の一因のようですが、素人に困るのは互換性の有無などの情報がないことです。
最大の問題はレンズボードがすべて共通かどうかなのですが、というのは、スピグラ用のレンズボードは中古でも1万円近くしたりけっこう高価なのです。
たまに安く出てくるので、そういうのを見つけては買いためるのがよさそうですが、使用したいレンズの本数分集めるのは簡単ではなさそうです。
木製の新品が安く売られていて、これが使用可能なら大いに助かるのですが、たぶん互換性がないんだろうなと半分あきらめています。
形状的には周囲に溝があったりするので、手作りしたりオーダーしたりも簡単ではなさそうです。
安いボードで2500円くらいするので、30数本のレンズ分買うだけで10万円近くなって、涙が出てきそうです。
スピグラ愛好者は少なくないと思うのですが、みなさん、あまりレンズを持たないようにしたりしているのでしょうか。

話しは変わりますが、今年は写真家・浜谷浩氏の生誕100年で、確認できた限りでは少なくとも平塚や新潟で写真展が開催されます。
平塚はほとんど地元なので見学に行きますが、8月1日に浜谷浩氏をもっともよく知る多田さんの講演があるのを知って参加できないのが残念でなりません。
多田さんはわたしが旅立つ前に写真や旅について面倒を見ていただいた人でもあって、温かい人柄がそのままトークになる素敵な方です。
もしどなたか浜谷氏のファンはもちろん、写真になんとなくの興味があって見ても分かるかどうか心配という向きでも、多田さんの話付きで写真を見れば理解が深まるのは必定だと思います。
時間がある方はお調べになってぜひお出かけになってください。
【Sped Graphic/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】

スポンサーサイト
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/07/25 Sat

双排扣常礼服

Lerebours et Secretan 10cmF3.5
しながわ宿場祭りの最終回です。
5日分でブログを書くと、長時間見物していたイベントだけに、ずいぶんと短いという気がしてしまいます。
最後は、宿場祭りといえばこの人ありの、美人女将…、ではなかった、紋次郎さんに登場してもらわないといけません。

実は、しながわ宿場祭りではカメラをサンダーソン・アダプター使用にしていただけではなく、自らも19世紀イギリス写真師に扮していたのでした。
といっても、もちろんなんちゃってレベルです。
シルクハットを被り、シャツはカフスボタンのウイングカラータイプ、ネクタイはスカーフでアスコットタイ風に締め、ウェストコートに上着はフロックコート、手荷物は白いトランクという出で立ちです。
ここまでするのも、紋次郎さんのコスチュームに影響されてのことです。

しかし、これだけ準備してみたものの、当日は半袖でちょうどいい暑さだったため、フロックコートなど着ることはできず、ウエストコート(日本語でチョッキのことです)も断念し、ネクタイもする気になれませんでした。
普段から帽子は慣れていないのに、それがシルクキットときては思いっきり頭が蒸れるは、汗がぽたぽたとカメラに落ちてくるはでかなり不快です。
そのシルクハットにトランクと言ういで立ちから、マジシャンとか怪しいペテン師と間違われたのもがっくりでした。

このフロックコートと言うのは、19世紀後半にイギリスで大流行したハーフ丈の外套です。
正面から見ると今あるコートと大きな差はないのですが、後ろ側はウェストが若干くびれてから広がりすとーんと落ちているところは、後の燕尾服に発展したと言われています。
その部分の縫製が難しいらしく、フロックコートは日本にも伝わったものの、今では縫製できる人はほとんどいないという貴重品となっているそうです。

現在、日本でフロックコートという名前で売られているものは、似て非なるものなんだそうですが、それでもかなり高価です。
それなら、安価に済ますべきだろうと、中国訪問の際にウイングカラーのワイシャツとともにオーダーしてみました。
フロックコートがどんなものか伝えるのは不可能なので、現代フロックコート風コートの写真を前後持っていってこれと同じデザインでとお願いします。
数日後の出来上がりは、正面は間違いなく写真そっくりに仕上げてくれましたが、後ろ側の難所はまったく無視されていました。
ダメ出ししたのですが、敵は先を読んでいたのか、わたしが手渡していた見本の写真は処分してしまったが、あの写真どおりにできていると言って一歩も譲らずで、泣く泣く持ち帰ってきたという顛末でした。

夕方、祭りが終わって、去年と同じように近くの公園のイベント会場で、紋次郎さんたちと1杯やることにしました。
日が落ちて少し涼しくなったので、せっかく持ってきたのだからとフロックコートもどきを着てみました。
正面から見れば普通のコートなので外観は面白くもなんともないのですが、シルクハットく組み合わさると雰囲気が無くはないようで、紋次郎さんにいいねと言ってもらいました。
紋次郎さんに受けたことで、失敗だったオーダーも少しは救われたような気がします。
何しろ外観は普通のコートなので、これから冬場には活躍してくれるでしょう。
【Alpha7 with Sanderson/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/10/12 Sun

桑德森受歓迎

Lerebours et Secretan 10cmF3.5
不調に終わったデジタル・サンダーソンですが、会場に来ていた人にはとても好評でした。
それはそうでしょう。後ろにはフイルムではなくデジタルカメラが付いているなんて誰も気付かないのですから。
何度も何度もすごいカメラですねと声を掛けられましたの゛、その都度これはインチキです実際の撮影はデジタルですと説明しました。
なんだという反応の人もいましたが、それでもそのアイディアを評価してくれたり、これほど古いカメラそのものを活用していることを面白いと言ってくれる人が多かったのは意外でした。

そんな人たちには、このカメラが1890年代に英国で製造されたことや、トロピカル仕様で当時海外に旅行したり移住したりする英国人のための特別製造だったこと、そのため木の美しさを最大限に活かした職人技で作られていることを自慢します。
いつものとおりにレンズが江戸時代に製造されたという自慢を加えることは忘れません。
こんなカメラを面白がる人たちですので、話も喜んで聞いてもらえます。
若い人たちに話しかけられたときは、ほんの数十年前までこういうカメラは写真館や観光地で使われていて、三脚を立てたカメラに斜光布でピント合わせをしたカメラマンが、ハーイ、笑ってください、チーズとレリーズボタンを押すやりかたを真似てやると、映画で見たことがあるなどと言って反応してくれます。
今でもこだわりのある写真観や写真機ファンは現役で使っているよと教えてあげると、フイルムすら触ったことのない世代が興味津々に目を輝かせています。

どこかで見たことのあるおばちゃんから、うわっ、すごいカメラと声を掛けられました。
あとで考えると、自○党の片○さ○き議員のようです。
その場で気付いていたら、アベノミクスで円安になって、レンズやカメラを買えなくなったじゃないかどうにかしてくれとでも言ってやればよかったか。

行列を見物しているときは、とても多くの人が並んでいましたが、わたしのカメラはさすがに目立つので、行列している人の多くがこちらを見てくれます。
ほとんどの人をこちらも撮影しましたが、驚きの顔やら興味深そうに見る顔やら、普通でない表情を捉えています。
ただし、そのほとんどでピントは合っていませんでしたが。

いずれにしても、使いこなせなかったサンダーソンが、コミュニケーションツールになったことは間違いなく、それは見物の人たちから、行列の参加者から、お偉いさんにまで波及していたということになります。
このカメラを構えれば、行列している人もこちらを見てくれるだろうとは機体はしていましたが、これほどまでとは予想していた以上の効果です。
実際には、サンダーソンはカメラとしてではなく、カメラの外観をしたα7とルルブールのペッツバールレンズを繫ぐアダプターとして使っているに過ぎないのですが。

作例は、行列の花だった藤娘です。
こちらは、昨日の女性とは別の着物関係のグループの中のおひとりで、さすがは皆さん普段から着物を着ている方々なので、立居ぶるまいなどとても決まっていました。
ところで作例をよく見ると着物と指にピントが合っているのにその中間の腕はボケていますし、漆の傘にも同じことが言えます。
ペッツバールの像面湾曲がうまく作用しているということですね。
このレンズでこの距離で撮るときは同じようなポーズと帽子を付けてもらって撮るのが良さそうです。
【Alpha7 with Sanderson/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/10/11 Sat

桑德森的限界

Lerebours et Secretan 10cmF3.5
わたしのサンダーソンには、無名のレンズとウニクムシャッター付きでしたが、たぶんF7.5とか暗いレクチリニア型レンズではないかと思います。
もちろんそのまま撮影してもよいのですが、レンズボードはカメラから外れますし、フランジなどを付けられればレンズ交換は楽勝です。
せっかくなので、マイブームとなっている愛用のペッツバールからどれかを付けてあげることにしました。

小型のハンドカメラなので、ボードも小さく大きなレンズは最初から付かないことは分かっていましたが、小さなレンズもフランジははみ出してしまいました。
ペッツバールは付けられないかと絶望的な気持ちになりましたが、試しにルルブールをボードに差してみると、もともと開いていた穴とレンズの径がぴたりと一致するではないですか。
フランジを固定しているのと違って強い力がかかるとまずそうですが、裏側をテープで固定するとしっかりと安定しました。

絶望から一転して、これでルルブールが使えると喜んだのも束の間、問題があることに気付きます。
小型のルルブールの焦点距離は10cmなので、レンズ鏡胴の中心あたりから設置するカメラの受光素子までそのくらいの距離を保てなければなりません。
サンダーソンのピント合わせは蛇腹の繰り出しですが、そのためにはレンズボードの下部にある金具を前方にあるレール部分に取り付けなければいけないのです。
レール部分まで繰り出してそこが無限遠なら問題ないのですが、その位置はすでに10cmをオーバーしているようで、無限遠が出せませんでした。

蛇腹が収納されていた少し前あたりが無限遠で、レールに固定した位置が4メートルほど、それより近距離はレールのノブを動かすことで蛇腹が前へ出て行くのでいくらでも寄ることはできます。
4メートルでは顔のアップで、これはこれで悪くはないですが、せっかくのきれいな着物を一部しか撮影することができません。
繰り出しはかなりできるようですので小さなものの接写は得意ですが、残念ながら人物撮影には不向きです。
くわえて、撮影時に気付いたのですが、せっかくのα7の液晶チルト気候は縦位置にすると使えません。
もっとも、縦位置にするというのは、ハンドカメラを横向きにすることになり、こんな不自然な撮影法は考えられないということになりそうです。
チルトしてさらに左右にターンできれば、デジタルバックをカメラが縦位置になるように付けることで解決するので、ソニーにはそういう機構に改良されたα8を発売してくれることを期待するしかありません。

ペッツバールが使用されていたのは、サンダーソンカメラが登場するはるか前のことで、その当時のカメラは箱の前面にレンズが付いていて蛇腹なしにフィルムバックの付いた内箱を前後させてピントを合わせる形態が主流でした。
サンダーソンに代表されるハンドカメラは、レクチリニアなどの小型なのに焦点距離が長いというレンズの特徴を活かして、前ブタを閉じるとレンズごと収納されたり、焦点距離が長い分レンズ後端からフィルムバックまでが長めになっています。
初期のカメラから比べればだいぶコンパクトになったといえるのです。
そんなカメラにペッツバールを付けることは最初から無理があったのかも知れません。

今日の作例では、レールぎりぎりにレンズを固定した位置での撮影です。
赤い着物がこれだけ似合う女性と言うのも珍しいでしょう。
日陰の中の木漏れ日にあった顔がとてもきれいで、露出を落として撮影してみました。
ピントが甘いですが、それでもかつらの継ぎ目はしつかり見えてしまうのが残念です。
もう少し離れることができれば、そのあたりも目立たないでしょうが、このカメラではそれができません。
【Alpha7 with Sanderson/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/10/10 Fri

熱帯的桑德森

Lerebours et Secretan 10cmF3.5
3年くらい前だったと思いますが、イギリスのショップでサンダーソンのトロピカルカメラが売りに出ているのを見ました。
サンダーソンというのは、19世紀末にロンドンのホートン社が手作りしていたハンドカメラの名称です。
トロピカルカメラと言うのは、通常、外側が革張りになっていますが、熱帯地方の気候にも耐えうるように全体をマホガニーやチークなどの木で製造したカメラのことです。
外国向け仕様のため製造数が多くないことと、何よりも仕上げの工芸品とも言える美しさから今では人気が高く、同じロンドンにあったシンクレア社のウナ、グラスゴーのリザーズ社のチャレンジと並んでサンダーソンは3大トロピカルカメラの称号を得て、入手自体が困難です。

しかし、その時見つけたカメラはバックがマミヤの中判フイルム用に取り換えられていたためかとても安価で、むしろシートフィルムよりも120フイルムの方が使う機会があるので好都合と購入を決心しました。
たぶんサンダーソンの一般価格は15万円以上ですが、わたしの改造版は1/4くらいの価格です。
本来のフォーマットはハーフプレートサイズで、このサイズのトロピカルではないサンダーソンはそれよりも安く売られているので、オリジナルの状態にしたければ、それを買ってバックを交換すればよいのではとも考えました。

さて、中判での撮影ですが、これは残念ながら未だ実行に移せていません。
120フイルム用フィルムバックが付いているので、背後からピントを見ることができないので目測になってしまうからです。
バックを外して、レンズを蛇腹で繰り出してどの位置に来た時何メートルというスケールを作ればよいと分かりますが、無名のレンズにそこまでの労力をかける気になれず、もっぱら観賞用カメラになってしまっていました。

そこで考えたのが液晶でピント確認できるデジタルバックを導入することでしたが、中判用のデジタルバックは自動車が買えてしまうくらい高いので断念せざるを得ません。
次善策として考えたのが、35mmレンズ交換デジタルカメラ用バックを製作することでした。
一眼レフでは大きすぎてカメラサイズがはみ出してしまうし、APSサイズのミラーレスだともとの中判より小さすぎるか、などと悩んでいたところα7が登場しました。
APSも35mmも五十歩百歩だといえばそのとおりですが、これならやつてみようかなという気になりました。
ひとつの理由がα7の液晶はチルドアップできるので、ウェストレベルファインダーを見るような姿勢で撮影すれば、その方がハンドカメラの撮影フォームとしては自然のように思えたからです。

中国に行ったときに、件のサンダーソンとNEXマウントアダプターを持参して趣旨説明すると、そういう改造が得意な朋友がいるからと改造を引き受けてくれました。
サンダーソンのバックは真鍮の小さな金具で4隅を固定するようになっていて、同じ厚さの板の真ん中にNEXアダプターをはめ込むだけです。
半年近く待たされましたが、バックができたとの連絡が来ました。
木製でなかったのが少し残念でしたが、きれいな加工でNEXマウントバックが完成していました。
さあ、これでデジタル・サンダーソンで撮影できると考えましたが、もうこの頃のわたしはペッツバールレンズに深く嵌まっていて、せっかくなのでレンズはペッツバールに変えようと考えます。
実は、それからがまた少し長い道のりになってしまうのですが…。

今日の作例は、昨日に続いて江戸時代とも宿場ともあまり関係なさそうなコスチュームのブラスバンドとバトンの行列です。
これを無理に江戸時代風に置き換えると、三味線や太鼓の演奏に続いて流し踊りとなってしまうので、やはり地元の高校生たちが出演するには今のスタイルしかないでしょう。
人数も多いので、着物とか古風なスタイルで揃えるのは無理があります。
ただ、この学校の生徒は美人が多くて目が離せませんでした。
昨日の1日署長には、まだ若さで負けますが、被写体としては申し分ありません。
【Alpha7 with Sanderson/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/10/09 Thu

四次都不興

Lerebours et Secretan 10cmF3.5
去年、見物に行って楽しかった「しながわ宿場祭り」に、今年も足を運びました。
江戸時代の装束に仮装するイベントとしては恐らく最大規模のもので、撮影するものもたくさんあるのですが、逆にそういう機会だからと特殊なカメラを準備したことでいつも以上に撮影に難儀してしまいます。
普通と特殊の2パターンを用意すべきだったかなと反省です。

祭りには開会と同時に到着して、江戸装束の行列を撮影しようとスタンバッていたのですが、どうしたことか先頭は江戸時代とまったく関係なさそうなアイドルが警察署の1日署長でオープンカーに乗っています。
よくいわれるアイドルでしたら、わたしレベルの審美眼には同じくらいきれいに見える女性がこのあと着物で練り歩いてくれるので無視すればよかったのですが、このアイドルはレベルが高かったです。
パレードの進み方が遅いのをいいことに、思わずしばらく追いかけてしまいました。

実は、カメラのセッティングがまずく、ほほ4メートルほどでピント固定のような撮影になってしまったのです。
4回の撮影チャンスをつくったのですが、
1回目は、ピントを合わせようと悪あがきしてかえってピント合わず、
2回目は、ピント固定で集中して車が近づくのを待ちましたが、ピントが合う位置では反対側の沿道に手を降っていて後頭部撮影、
3回目は、ピントはタイミングを撮れれば合わせられたので、こちらを向くよう祈り、それは通じたものの手を降る白い手袋で片目しか写らず、
4回目は、露出をオーバー目に臨んだのが裏目で、色だけ飛んだような写りに、
と、すべて失敗でした。
比較するまでもなく、4回目がいちばんマシなので、これを採用するしかありません(微妙に後ピン)。

肝心の彼女のプロフィールですが、すっかり忘れてしまいました。
確かエリさんという名前だったと思いますが、写真がこれでは調べたりする気力もありません。
沿道にいた女性からも、すご~いきれいとか、可愛すぎるなどと声があがっていました。
ちなみに手前にいるのは、これも調べていませんが、本物の警察署長だと思われます。
このご時世なので、警備上の理由で同乗するのかも知れませんが邪魔ですし、なにより役得が羨ましすぎです。

しかし、それにしても宿場祭りでみな江戸時代のコスチュームになることを考えると、リキシャか山車か何かに乗って着物姿で登場してほしかったと思います。
祭り前夜にはおいらん道中という催しもあったようですが、アイドルが遊郭の女性に扮するというのがタブーでなければそれがよかったのではないでしょうか。
あるいは、警察所長と言うことで、これだけの美人なら、岡っ引きのかっこうをしても案外似合ったように思われます。
1日署長だからと言って、警官のかっこうというのはあまりに芸がありません。
【Alpha7 with Sanderson/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/10/08 Wed

蘿蔔跳舞

【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
経堂まつりに行って最大の楽しみは、これでした。
東京農大と言えば、誰しも真っ先に思い出す、大根踊りです。
テレビでは何度か見る機会がありましたが、本物を見たのはこれが初めてです。
そもそも応援団という存在そのものが一般市民には隔絶された存在で、そう簡単に見ることができないものです。
野球の試合でも見に行けばごく普通に行われているのかも知れませんが、すぐ目の前で大根踊りを楽しめる経堂祭りのすばらしさを実感てきました。

それにしてもなぜに応援団で大根踊りなのでしょうか。
大根から連想される言葉には大根役者とか大根足とかあって、どちらかと言えばネガティブな意味で引用されるようなのですが、一方で大根はビタミンAやCなどの栄養素が豊富で、おでんの具としていちばん人気を誇るなど食品としては誇るべきものです。
大根の言葉としての不遇を気の毒に思った農大生が、名誉回復のために大根を応援しようとしたのではないかと考えました。

もしくは、大根踊り=無伴奏チェロ組曲説です。
大根踊りは、応援としては大根を持っているというだけで一見するとシンプルな繰り返しです。
応援団に入る人のほとんどが大学から始める初心者でしょうから、まずは基本的な動きを体に覚えさせることが重要で、単純な動きは奥行きがあってなかなか極まるということはありません。
バッハの無伴奏チェロ組曲も一聴すると練習曲のような味気なさに感じられますが、演奏を繰り返すことでそのすばらしさが体感的に分かり、その深みを知ることになるというものです。

また、あえて大根を持つことで、周りに動じない度胸付けさせようとしたのは、先輩からの心遣いなのでしょうか。
作例の大根は妙に光沢がありすぎて、ホーローか瀬戸物のように見えて、現実味がありません。
大根は冬野菜なので、農大生としては、季節違いの大根を使うわけにはいかず、フェイクを使っているのでしょうか。
あるいは、単純な動きの繰り返しだけに指先に力が入ってしまい、本物だと握りつぶしてしまうと いうことで、瀬戸物を使っているのかなどと想像もできます。

さて、この後日本酒を飲んだりして散策していると、ポツポツと大粒の雨が落ちてきて、アレッと思う間もなく激しいスコールに変わりました。
雷もかなり近くで鳴っています。
むかしはこのような現象を夕立と言ったような記憶がありますが、今は死語になってしまったのか、ゲリラ雷雨というようになったようです。
脱法ドラッグが危険ドラッグになったように、名前を変えてインパクトを持たせようという作戦でしょうか。
脱法ドラッグが危険ドラッグと名称を変えたところで物自体は変わりませんが、夕立から名前を変えたゲリラ雷雨は年々激しさを増しているという違いはありました。

しばらくお茶を飲んだりして時間をつぶしましたが、雨脚が弱まる気配はありません。
あきらめて帰宅することにしました。
大根踊りの次に楽しみにしていたサンバのパレードは、残念ながら中止になってしまったようです。
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/14 Thu

集団扮演

【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
関東では夏から秋にかけてがお祭りのシーズンのようです。
由緒ある神社の例大祭は、神輿や場所によっては大きな山車が出るところもあって、担ぎ手たちの勇壮な姿は一見に値します。
一方で、自治体や地域の住民参加イベントとしての祭りというのも実に多く開催されています。
ダンスや和太鼓、音楽の演奏をはじめ、阿波踊り、よさこい、エイサー、ねぶた等の有名祭りの地元版を開催してしまうようなローカル祭りも多いです。

開催時期は7~8月に集中していて、夏休みの子どもさんに楽しんでもらおうという主催者の思いを感じます。
東京・神奈川だけでも、この時期は毎週末このような祭りが開催されていて、ペッツバールでの人物撮影を主体とするようになってからは被写体探しにちょうどいいとせっせと出掛ける毎週末になってしまいました。
会場に行くと演技者はとても真剣で、観覧者は楽しそうで、みんな好い表情をしているので、自然とこちらも楽しく見たり撮影したりできるのがいいなと思います。

これから秋にかけてはより楽しみにしている祭りがあります。
品川宿場祭り、大磯宿場祭り、与野大正時代祭りなどです。
いずれも、江戸時代や大正時代など当時の衣装を着こんで、かつ当時の風俗なんかを見せたりしながら楽しむ祭りです。
広く参加者を募るので、なんちゃって江戸時代的な服装の人が多いですが、骨董屋さんで買ったり写真から自作したりとかなり凝った出で立ちの人も少なくないので、そういう様子を見学するのも楽しいんです。
祭りというよりは、おとなの集団コスプレといった方がいいかも知れません。

大正だとライカや蛇腹式カメラが似合うのですが(大正時代にはまだライカは製造されていないのですが)、江戸時代ですとレンズはまさにペッツバールの出番です。
もともとが江戸時代をテーマにしている祭りの参加者なので、江戸時代のレンズだとペッツバールを紹介するととても興味をもってもらえるのがまた好いのです。

できれば、観覧者、撮影者ではなく、同時に参加者にもなれるような服装で祭りに行きたいと考えています。
実はすでになんちゃってですが、古いカメラを用意してあり、この秋にはデビューさせようと考えています。
何がなんちゃってかと言えば、小型木製カメラのシートフィルムを装備する部分を取り外して、NEXマウントのボードを取り付けたので正面から見ると古いカメラですが、実際に撮影しているのはα7というカメラなのです。
服装についてですが、幕末のころはすでに日本にもカメラがもたらされていて、日本人の写真史がいたくらいですから、着物を着ていくのがベストですが、けっこう値段が張りますし、買ったはいいが着ることができるのか自信がありません。

そこで考えたのが、当時のヨーロッパやアメリカの写真師の服装です。
それこそダゲレオタイプや湿板写真などで見たことがありますが、フォーマルな服装に蝶ネクタイと山高帽という出で立ちです。
黒のスーツとウィングカラーのシャツ、小さなボータイ、現行品の山高帽をすべて安物でいいので揃えれば恰好はつくのではないかと思うのです。
あとは、カメラバッグという訳にはいかないでしょうから、カメラを入れる小さなトランクが欲しいですね。
秋の祭りシーズンまでにすべて揃えることができるでしょうか。

夏祭りがたくさんあるのに、○×時代祭りのようなイベントはなぜみな秋なんだろうと思っていましたが、かつらだったり衣装だったり、化粧もが、夏の暑さとは相いれないからだと気付きました。
その意味で、本日の作例の女性は熱い経堂祭りの中で、これだけの衣装で涼しげでいただけで素晴らしいことだと思いました。
夕方暗くなっていて色が冴えないですが、日中にまた撮影できれば、もうちょっといい感じに撮影できると思いますので品川か与野でお会いできないものかと考えています。
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/13 Wed

毎年百万人死的

【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
アメリカのニュースサイト、ビジネス・インサイダーが世界でもっとも歴史のある企業を発表したとのニュースを見ました。
おそらく現存する世界最古の企業という意味だと思うのですが、栄えある第一位は、大阪にある金剛組という建設業の会社で、創業はなんと西暦578年というのでびっくりです。
四天王寺建立のために、聖徳太子が百済から招いた金剛重光が創業者だそうです。
聖徳太子の時代の会社が大阪に存在するというのが信じられないような話ですが、初代の社長は韓国人ということになるのでしょうか。

この話は意外に知られていて、わたしも以前に聞いたことがありました。
しかし、2位、3位はどこだということは聞いたことがありません。
きっとヨーロッパの歴史ある企業かなと思ったら、意外な解答です。
2位は西山温泉慶雲館、3位は千年の湯古まんといずれも日本の温泉旅館で、なんと日本勢が1位から3位まで表彰台を独占です。
4位以下は、ヨーロッパ企業が続きますが、あまり馴染みのある名前はありません。
9位のイタリアベレッタ社は小型犬銃メーカーとして有名なのを除くと。

そして13位にまたしても日本の企業名が登場します。
1637年創業の月桂冠といえば、お酒のメーカーとして日本人なら誰もが知っているでしょう。
慶雲館は18000円くらいから、二番のふる万は13000円くらいからそれぞれ宿泊可能です。
世界一か二番目の宿に泊まって、世界一古い酒造会社のお酒を楽しむなんてことが、日本人ならやろうと思えばできるというのが素晴らしいですね。

以上はニュース記事で見つけたものですが、ビジネス・インサイダーのサイトを覗いてみました。
英語が得意でないので読むのが苦しい分野が多いですが、Lifeのページでは砕けていて割と読みやすい内容の上、興味深いものが多くあるのが楽しめました。
生涯見るべき21の建築物という記事では、トップの写真が金閣寺でした。
こう書くと日本びいきのサイトなのではといぶかしむ人もいるかも知れませんが、全体を見ると日本に肩入れしているような部分はまったく見られないような気がしました。

適当に見たものをピックアップしてみると…
・7つのウソのような本当の話
・パーフェクトなお肌のために毎日食べるべき10の食品
・市民から見捨てられた欧州人たちの恐るべき写真
・北朝鮮にまわる17のショッキングな事実
・生涯一度は運転してみたい世界の20の道路

最後に、中国の心を揺さぶる16の真実というのを紹介して今日のブログを修了することにいたします。
1.毎年2千万本の木が中国人の使う割りばしのために切られている
2.中国鉄道の延長は地球を2周する
3.中国が準備している石炭の重さは、5億7500万頭のクジラ並み
4.2年間に中国が作るセメントは、20世紀にアメリカが作った量と同じ
5.毎年100万人の中国人がタバコが原因て死んでいる
6.中国が用意している天然ガスの量は、オリンピックプール12億400万個分
7.中国で1年間に食べられるカップラーメンの量は、アルジェリア人が1年間毎日3回食べた場合の量と同じ
8.中国人は1年間でエッフェル塔5200分の豚肉を食べる
9.中国の20大金持ちを合わせると1万4510億ドルの資産になるが、これはハンガリーのGDPよりも大きい
10.3000万人以上の中国人が洞窟で暮らしているが(筆者注:ヤオトンのことです)、これはサウジアラビアの人口より多い
11.80億足の靴下を1年間に製造している浙江省諸曁市大唐鎮という町があり、靴下の町と呼ばれている
12.中国人の自殺率は、アメリカ人の2倍以上
13.中国の大きさはほとんどアメリカと変わらないのに、東から西まで同じ時間で時差を設定していない
14.中国の食糧はわずか7%の耕作地で、世界の25%の人を養うことができる
15.中国の消費者の購買力は2020年までに3倍になる
16.世界のブタのうち半数は中国にいる!
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/12 Tue

拡音器

【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
今日からは、先々々週の土曜日に代々木公園でブラジル・フェスティバルを見てきた足で向かった、経堂まつりのスナップになります。
経堂と言っても、お寺さんのお経を読むためのお堂の祭りではなく、世田谷区にそういう地名があるのです。
地名の由来は、お経を収めるお堂があったとか、京都風のお堂があって京堂だったのが転じたとか諸説あるようですが、いずれも仏教にゆかりがある名称なのですが、お祭り特に仏教カラーを感じさせない他と同様の内容でした。

経堂は見るからに住宅超密集地という感じですが、そのためかメイン会場のステージがなんと小田急線のガード下に特設されていて、出演者はこの時期特有の暑さとともに、数分毎にとおる列車の騒音とも戦いを強いられるというとこが、他と違う経堂ならではの特徴になっています。
もうひとつパレードなどをおこなう商店街のメインストリートですが、ここは駅前通りにも関わらず幅員が妙に狭くてバスが通れるような道ではなく、そのため逆にパレードは手を延ばせば届くくらいのところを通る親密感があることをウリにしているようでした。

経堂を特徴づけているであろうもうひとつのことは、東京農業大学の存在のようです。
日本の農業就労人口は200万人を超えている中で跡取りがなくて廃業してしまう農家は少なくないのかも知れませんが、誰しもご先祖代々の土地での農業を子どもに継承させたいと願うはずです。
しかし、地元の大学に農学部はあっても定員の少ない狭き門であり、国公立となると、かなり勉強ができないと入学が難しいようです。
そこで比較的入学しやすい大学をとなるのですが、学生数1万人を超える農大は、入学は簡単ではないようですが、門戸は大きく開いていると言えるでしょう。
そもそも農業大学という名称を使っているのは、日本ではここ東京農業大学だけなのだそうです。

そこで、農大には日本各地の農家のお坊ちゃんが集まっているのだと想像でき、彼らは子供のころから、実家でつくられる美味しい農作物を食べて育っているので、味にはとてもうるさく、経堂の商店街のレストランもグルメの舌に認められるような店だけが生き残っているような状況が生まれます。
また、日本全国から学生が集うので、食材や飲み屋さんのお酒の銘柄なども、彼らに合わせて全国から選りすぐりが集結しているはずです。
有機農法なども率先して採り入れられて、安全な食べ物ということでも先んじているでしょう。
かくして、経堂は東京でも稀なほどのグルメの町として栄えてきたのだと、わたしは勝手に想像しました。

そんな中、代々木からの移動で小腹が空いてきたころ、おにぎりやキュウリやらを売る店を発見、小休止することにしました。
売り子のお姉さんが、浴衣にプロ用前掛けという経堂以外では絶対に目撃不可能なコスチュームで客を出迎えてくれます。
よく見たら、たすき掛けにくわえてメガホンを肩から掛けるという、経堂まつり実行委員会から特別表彰されても誰も意義をとなえないくらいのヤル気を見せているのにも打たれました。
彼女も農大せいでしょうか、とても可愛かったです。

それにしても、大学のある町というのは、独特のカラーがあっていいなと思います。
女子大のある町近くに住んで撮影活動している友人もいるので、次回会ったときにはそんな話もしてみたいですね。
年取ってくると、大学生を見て、彼らの両肩にこの国の未来が載っているんだよな、頑張ってくれよななどと考えるようになってくるんです。
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/11 Mon

不是巴西人、不是西班牙人

Lerebours 10cmF3.5
ブラジル週の最終回です。
ブラジル人、日本人、ブラジル人に見える日本人と続けたので、今度は正統派ブラジル人と思わせて、じつはカタルーニャ人のカップルでした。
スペイン人と言うのが正しい言い方かも知れませんが、カタルーニャ人の多くはスペインからの独立を求めているそうですし、独自の言語や文化を持っている彼らをカタルーニャ人と呼ぶ方がより好いと思います。

代々木の会場を後にして、原宿から表参道を散策して腰掛けたとき、隣にいたのが彼らでした、
バカンスで、はるばるバルセロナから3週間の日程で日本を旅しに来たということでした。
話しかけたのはksmtさんだったのですが、わたしがバルセロナに3回行ったことがあるということで、短時間のうちに夢中になってしゃべってしまいました。
レリダ県ボイ谷のタウールという村に友人がいて、おととし来日したときにいろいろ案内したとか、カタルーニャ語はこんにちはくらいは覚えているけどあとはみんな忘れてしまったとか取り留めもないことばかりです。

しかし、いちばん盛り上がったのはサッカーの話でした(盛り上がっていたのは私だけだったかも)。
彼の親戚にもカンプ・ノウの年間シートを持っている人がいてたまに試合を見に行くのだそうですが、FCバルセロナというクラブ自体がカタルーニャを象徴する存在ですから、サッカーにそれほど興味がない彼女の方でも選手の名前と顔はすべて一致していて、今季はどういう問題があって優勝できなかったが、来期はこういう補強をすれば優勝できるだろうというようなことは当たり前のように知っているようでした。
いま写真で見ると、長身痩躯の彼はブスケツによく似ているような気がします。
今度、バルセロナに行ったら連絡するからというと、ふたりはメールアドレスをくれ、わたしたちは別れました。

彼らの歳や職業は尋ねませんでしたが、20歳代後半くらいに見え、仕事もそれほど特殊な高給取りという雰囲気ではありません。
日本の同世代のカップルとそう変わらないのではないかという雰囲気です。
政府観光局のホームページを見ると国別月別の訪日外国人観光客のデータが出ています。
ニュースでも2013年には外国人訪日者数は一千万人を超えたと報じていましたが、国別の第一位は韓国、第二位台湾、第3位中国、以下、アメリカ、香港、タイ、オーストラリア、イギリス、シンガポール、マレーシアまでがベスト10です。

韓国は統計の出ている12年間すべてで1位ですから、政治的な冷え込みがあっても人的交流を抑えられないことが分かります。
ただし、韓国を訪れる外国人でいちばん多いのはすでに日本を抜いた中国だそうです。
台湾もアジアでいちばんの親日国家ですから2位の座も当然に見えるかも知れませんが、訪日者数は昨年からずい゛ふんと増えていて、地震や原発事故からの回復ということがあるのかも知れませんが、観光地で台湾の若者を多く見かけるのを裏付けているなと感じました。
意外なのは、タイやマレーシアで、東南アジアへのビザ緩和はニュースで見ましたが、早くもその効果が数字になっているということなのですね。
最近、新宿あたりでもスカーフ(ヒジャブ)を被った女性をよく見かけるようになりましたが、彼女たちはマレーシア人が多いということですね。

ベストテンの中には、ヨーロッパはイギリスしか入っていません。
にも関わらず、最近、東京では特に夏休みシーズンに若いヨーロッパからの旅行社を多く見るようになったような気がしています。
アメリカ人、オーストラリア人と区別がついていないのではと言われればその通りなのですが、話しかけるとオランダ人、スウェーデン人、フランス人、今回のカタルーニャ人など、むしろアメリカ人ですとかオーストラリア人ですとかと言う人には逆に会いません。

どうしてヨーロッパ人が増えたかと言えば、ひとつは円安の影響がとても大きいと思います。
わたしがスペインやイタリアを旅したのは通貨統一される前のことで、当時のペセタやリラはとても安く食事やホテルなどにそれなりの贅沢ができたのですが、ユーロ導入後にスペインに行ってみると物価が倍くらいになったような感覚で、どうしても節約旅になってしまいました。
ヨーロッパから日本に来る人たちにとってはその逆が起こっている訳で、若い彼らは贅沢は不要ですが1ヶ月くらいを旅しようと思うと今の円安状況はとてもありがたく感じられているでしょう。

もうひとつの理由は、旅先ということを考えたとき、リゾートに長期滞在なら東南アジアでもカリブ海でも、どこに行っても一定水準の滞在が期待できるのですが、異文化を体験するような旅では、アジア、アフリカ、南米などを見渡してみると、食事、言語、治安、衛生が自国と少なくとも同程度というところはほとんど考えられず、かつその国の文化に接することが旅の目的とできるような国は、日本だけなのではないかと思えるのです。
だから刺激がなさ過ぎてつまらないと考える人も多いかも知れませんが、ヨーロッパ人の旅行先が日本になるのは当然のことでしょう。
わたしたちも、彼らと接することで、日本の評価をアップさせる些細な一助となれればいいなと思っています。
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/03 Sun

巴西銀行

Lerebours 10cmF3.5
日本のブラジルと言われるのが群馬県の大泉町です。
静岡県浜松市もブラジル人率が高いことでよく知られています。
わたしの地元付近でもブラジル人率が高くて、大和市はペルー人・ブラジル人の多い町で、小田急線の周辺駅では彼らを多く見かけることができます。
週末の仕事帰りに改札を出ると、ブラジル人やペルー人のグループがペンチでビールを飲んでいる前を通ると、ポルトガル語やスペイン語が飛び交っていて、国際列車で外国に来てしまったかのような錯覚に陥ります。

大泉にしろ、浜松にしろ、大和にしろ、その他のいくつかの町でもそうですが、ブラジル人やペルー人が多くみられるのは、25年ほど前に入管法が改正されて日系人の入国条件が緩和されたことによると言われています。
バブルがはじける前夜くらいの時期ですが、恐らく中小企業や労働力を必要とする産業界からの要望もあって、外国人労働力を取り入れる妥協案で日系人に扉を開いたということだったと記憶しています。
しかし、大泉や浜松のことは分かりませんが、少なくとも大和で見かける駅前宴会の彼らには日系人の雰囲気がまったくないのが不思議です。
日系人の親戚の配偶者のいとこだからだなどと言いながら袖の下とともに申請すると、現地政府は日系三世証明書を発給してくれるからだなどという説がありますが不明です。

先日、ペルー旅行をしたことがあると書きましたが、首都リマでは日系人のお世話になったことを思い出しました。
ナスカの地上絵を見るのにリマの旅行社でツアーを申し込んだのですが、たまたま入った旅行社の店長さんが日系人だったのです。
今ならネットでサブミットボタンを押してしまえば、カード決済で旅行社はバーチャルな存在ですが、実際に足を運んだことでその日の夕食をご馳走になる幸運を得ました。

閉店に近い時間だったということで、時間があればこの後食事はいかがでしょうと誘ってもらい、同意するとまず彼の車で家まで行ったのですが、そこは町の中心部から近い一戸建てで、車のまま家に入る門は大掛かりな電動式で、思わずビバリーヒルズの豪邸のようだと口走ったら笑われてしまいました。
治安が悪かったペルーでは一定程度の収入のある家では防犯上の理由で電動式の門は当たり前だと言います。
家も立派でしたが、車は少し古いカローラで、これも普段の通勤には高級車に乗ってはいけないという当然の決まりごとのようでした。

彼は、わたしでもひとめ見て沖縄的な雰囲気が漂っていて、名刺の名前も沖縄で多い城という字が付いていたので確信できたので、そういうとやや驚いていました。
祖父母が沖縄から出てきて苦労を重ねて今のような生活をできるようになったんだと語ってくれました。
三世ですので、日常生活ではスペイン語しか話さないという彼は、日本語のレベルはわたしの英語よりはマシという程度だったか、漢字は確か自分の名前以外書けないと言っていましたし、食事中、日本語のテキストを見せてわたしに質問したりということもありました。

もうだいぶ以前の話なので、どこでどんな料理を食べながら何を話したかなどほとんど思い出すことができません。
ただ、彼が苦労してきた祖父母や両親を尊敬していると言っていたことと、近い将来に日本に行くんだと夢を語っていたことだけは覚えています。
わたしには、日系人であるという重荷を背負いつつも真面目に頑張っている彼自身のことが十分に尊敬に値すると思えました。
彼の来日の夢は果たすことができたのか分かりませんし、あるいは彼の知り合いとは大和のどこかですれ違っているのかも知れません。

作例の女性は、てっきりブラジル人だと思って声をかけたのですが、意外にも日本人で、自分の外国人を見極めるセンスの無さを嘆かされることになりました。
しかし、雑談しているときに、ブラジル人からポルトガル語で話しかけられる場面があって、ブラジル人も間違えるくらいだから、少なくともラテン的ルックスであるということだろうと安心しました。
この日見かけたいちばんの美女だったのですが、そういうプレッシャーが無意識に働くのか前ピンになってしまいました。
帽子をとってくれたカットもあるのですが、そちらはさらに前ピンで、ブラジル銀行の宣伝のようなこちらを採用します。
こんな子が店員だったらその店で食事してしまったでしょうが、さすがにブラジルリアルの高利回り商品を購入するだけの余裕はありませんでした。
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/02 Sat

加納利藍色

Lerebours 10cmF3.5
今度は向島か熱海の芸子さんかなと思われるかも知れませんが、ブラジルの続きです。
ブラジル・フェスティバルの会場の雰囲気とはあまりに縁遠そうな着物女性がおられたので、声をかけるとブラジル風に着付けていると教えてもらいました。
確かに帯はブラジル国旗で、サッカーボールとか日伯友好のバッジとか付いています。
ヴィラ・ロボスのブラジル風バッハならぬ、ブラジル風着物というところでしょうか。

夏物の生地なのでしょうが浴衣ではなく着物ですので、暑い中たいへんだと思いましたが、ブラジルにゆかりのある方なのでしょう、素敵な出で立ちです。
ブラジル人たちの記念写真に応じる姿を何度かその後も見かけました。
ラテンアメリカ的な派手な出で立ちの人々も多く集う中で、注目度の高い存在ですし、国際親善に大いに貢献されていると思います。

ブラジル贔屓ならセレソンのように黄色い着物を着ればよいのではと言われるでしょうか。
ブラジル代表のアウェージャージはブルーです。
それもよくご存じで、日本はブラジルから見ればアウェーなのであえて青の着物にこだわったのではないかと思いました。
ブラジルには精通されていたようですし、ポルトガル語も話せるくらいだったかも知れません。

そのブラジルのブルーのジャージと言ってすぐに思い出す試合があります。
今からちょうど20年前の1994年ワールドカップアメリカ大会、ブラジル対オランダの準々決勝です。
ブラジルにはロマーリオ、オランダにはベルカンプという両エースが活躍する、大会屈指の好ゲームだったのではと思っています。
息の詰まるような前半を0-0で折り返すと、後半早々、ショートカウンター気味に左サイドに走りこんだベベットにパスが通り、そのまま中央にクロスを折り返すと、ロマーリオは軽く合わせるだけで難なく先制点を決めてしまいました。
その後の時間帯は、攻めに転じたオランダがボールを支配するようになります。

しかし、なかなか決定機は訪れる膠着した状態が続いていた時でした。
キーパー、デフーイからのロングキックを恐らくドゥンガが頭で前線まで跳ね返すと、先制点のロマーリオがオフサイドポジションにいてボールはそのあたりを転がって行きました。
ディフェンダーはオフサイドと知ってプレーを止めてしまっていたのですが、笛はならず、中盤の位置にいたベベットがダッシュでボールに追いつき、ディフェンダーを抜き去り、きーだーもかわして無人のゴールに流し込みました。
オランダの抗議は認められず、残り30分を切った時点での2点目が入ったことになったのです。

実は、この大会直前に、それまでオフサイドポジションにいればすべてオフサイドとしていたものをプレーに関わらなければオフサイドとしないとルール変更がなされていました。
プレーに関与していなければという部分がわたしには曖昧に感じられましたが、レフリーの間では関与しているしていないの線引き徹底されていたはずです。
わたしから言わせれば、いくら関与していないと見えてもボールが飛んできた位置にいたのであればオフサイドを吹いてあげなければディフェンダーが対応できなくなるので、あきらかにミスジャッジだと思うのですが、後でそういう議論も起こらなかったように記憶しています。

この後、オランダは奇跡的にベルカンプとヴィンテルのゴールで追いつくのですが、最後にブランコの強烈なフリーキックでブラジルは勝利をもぎ取ります。
準決勝、決勝は、超ディフェンシヴなスウェーデン、イタリアとあまりにもつまらない試合を見せられたので、ブラジルのハイライトはオランダ戦だったが、その試合の流れを決定づける時間帯に疑惑のゴールというのは後味が悪いなあと、この大会以降のわたしのブラジルへの評価を下げることになったのでした。
そんなことはどうでもよい、昔の話なのですけれど。

ブラジル・フェスティバルで見かけた女性から、20年前のワールドカップの試合を思い出すなんて、サッカーの試合には力強く脳を刺激するものがあるのかなと思ったりもしましたが、やはりそれは否定します。
例えば、今回のブラジル大会では試合全体が印象に残っているというものはありませんでした。
全大会での素晴らしかったスペインの試合もあまり思い出すことができません。
ブラジルーオランダ戦だけが鮮明に思い出せるのは、オフサイドにしなかった判定に腹が立ったということと、その後ベベットらがしたゆりかごのパフォーマンスがコントのように見えたこと、それ以上にわたしがまだ若くて脳の記憶中枢がまだ働いていたということではないかと言うことが原因でしょう。
(注 この試合のことを記述するのにYOU TUBEで確認しましたが、やはり、あれはオフサイドですよ)
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/08/01 Fri

18K世界杯

Lerebours 10cmF3.5
今日のほとんどのTVニュースのスポーツコーナーで取り上げられていた、わたしにとっては少し意外な話題がありました。
ブラジル代表エースのネイマールの来日です。
ネイマールは世界の五指に入るとも目されるフットボールプレイヤーと言えますし、ワールドカップでもかなりの活躍を見せ、何より日本でも人気がある選手です。
しかし、肝心のワールドカップでは悪質なファウルを受けたとはいえ、ここぞというところで怪我のために大会から姿を消し、ブラジルも自国大会で優勝が義務付けられている中で、ブラジル最大のスキャンダルと言われるほどの大敗をしています。
主役から降ろされたはずなのに、こんなに話題になっていいのかと感じます。

ワールドカップ優勝国ドイツの主将ラームが来日、あるいは話題になったキーパーのノイヤーが来日、点取り屋ミュラーが来日と言っても、TVニュースでは取り上げないでしょう。
しかも、ネイマールが日本でサッカーをするとか何をしたかとかという話題はなく、羽田空港に降り立ってファンの少年たちにサインしているところが映し出されているだけです。
わたしも彼のファンですし、何より彼の所属するバルセロナを20年以上応援し続けているのですが、ネイマールがこれほどまでに取り上げられる理由がよく分かりません。

ニュースでよく分からないと言えば、佐世保の女子高校生殺人事件の報道でも訳の分からないことがあります。
これは、Neoribatesさんが、自身の"Neoribates.exbrog.jp"の中で書かれていてなるほどと思ったのですが、この事件はかつて起きた酒鬼薔薇聖斗事件との類似点が多いにもかかわらず、それを指摘するニュースが一切ないということです。酒鬼薔薇事件を持ち出すことで、今回の事件を起こした理由が分かるということではないですし、犯人を同類として扱うのも正しいやり方だとは思いません。
にも関わらず、マスコミは心理学者や教育評論家などに納得しがたい仮説をしゃべらせていることを考えれば、酒鬼薔薇事件との比較で見えることの方が多くありそうなものです。

結局は、マスコミ各社は酒鬼薔薇事件を絶対に出してはいけないというルールがあるとしか考えられません。
なぜなのでしょう。
事件から20年近く経過して加害者少年は社会復帰しており、いたずらに事件のことを取り上げると、何かの拍子に彼が特定されてその仕事を失うなど、当時はまだ少年でそれから長年月の時間で更生したことに配慮しないといけないと考えてのことでしょうか。
それでは、当時はやしたてるように事件を扱っていたのは何だったのだろうということになってしまいます。
少年の猟奇的犯罪は、ブラジルの惨敗同様、早く記憶から葬らなくてはいけないということなのですね。

さて、作例ですが、ブラジルアイテムを販売するブースでノリのよいお姉さんにモデルをお願いしました。
販売しているのは、手にしているワールドカップトロフィーではなく、頭にかぶったハンドフリーの傘(という言い方が正しいのかは分かりません)です。
ブラジルではこんなのが流行っているのでしょうか。
日本でも流行するかと思いきや、すでに日本ではかなりむかしからヘラブナ釣りのおじさんたちの必携アイテムになっていましたね。

ワールドカップトロフィーのことですが、創設当時の会長が寄贈したためその名前をとってジュール・リメ杯と呼ばれていることははよく知られています。
しかし、ジュール・リメ当時のトロフィーは、1970年に3度目の優勝を果たしたブラジルに永久譲渡され、その後1983年に盗難にあってしまい、これまで見つかっていません。
写真のような現在のトロフィーはブラジルに譲渡されたあと1974年のワールドカップに向けて一般公募されたデザインをもとにイタリアの彫刻家が作成したものだそうで、ゴールを決めた選手が両手を高々と上げて喜びに満ちた表情で走っているその手に地球が支えられるように乗っています。
ジュール・リメのトロフィーとは外観はまったく異なっていますが、名前はジュール・リメ杯のまま。
なぜ、名称変更しなかったのか、その理由がよく分かりません。
【Alpha7/Lereboures et Secretan 10cmF3.5 F3.5】
thema:ペッツバール genre:写真
Lerebours et Secretan 10cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/07/31 Thu
| home | next