次はシーソーか

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
さすが、7時間で120円の列車でした。
座席は垂直でリクライニングせず、向かい側にも人がいるので姿勢が崩せません。
間にあるテーブルを反転するとシートの間が埋まって簡易ベッドのようになり、最初は向かいに人がいなかったので、そうやって寝ていたのですが、1時間もしないうちに席の主が乗車してきてかなりきつめに体を叩かれ起こされました。
ウクライナ式のあいさつのようなものでしょうか、すっかり目が覚めてしまい、座席のこともあって眠れなくなりました。
車内には暖房が無く、半袖シャツの上に薄いジャケットを着ただけでは寒くじっとしていては風邪をひきそうです。
通路を挟んで隣の座席では若い男女がひとつの寝袋にくるまって寝ています。
結局、1時間半も寝たでしょうか、まだ薄暗いルヴィフの駅に着いた時には、ただでさえぼんやりしている頭がさらにボケっとなっていました。
キシナウ~チェルニフィツィーのバス、チェルニフィツィー~ルヴィフの鉄道と厳しい移動が続いています。

駅前から旧市街方面行きのバスに乗りますが、どれに乗ればいいか分からなかったうえ、乗車してからどうやら町の中心に直行しそうなトラムが並行して走っているのに気付きます。
さらには隣の座席の男性に地図を示しつつどこで降りるか教えてくれと頼んだところ、かなり先になってここだと言われたようで、20分も歩いて戻らなければいけなくなりました。
彼が単に間違えたのか、からかわれたのか、後者のような気がしてなりません。
チェルニフィツィー着のときの反省から、早朝着で眠れないことを想定して、すぐチェックインさせてもらって寝るためにホテルを予約しておきました。
正確にはホテルではなくアパートの1室を借りる形なのですが、旧市街のど真ん中にありながら2000円もせずに泊まれます。
住所のところにすぐたどり着きますが、アパートのためドアの暗証番号が分からないと中に入れませんし、どこにも宿泊施設との記載が無く困りました。
重たいトランクを持ちながら近くのカフェに入って朝食を摂り、到着したとのメールを送りますが返事は来ず、時間を持て余してブログを書いたりして、ようやく9時になったのでツーリストインフォメーションを探すことにしました。
しかし、インフォメーションは10時オープンだったので、さらに近くを見物して時間をつぶし、ようやく再訪して事情を説明するとアパートに電話してくれました。
オーナーはアパートとは別のところに住んでいて30分後に来るとのことです。
せっかく早く到着して仮眠してから行動するつもりが、11時近くにまでなってのチェックインでは意味が無くなってしまいました。

しかし、このアパートメント自体はすばらしく、狭いながらもベッドルーム、リビング、キッチン&バスルームとあってホテルのスイートルーム並みです。
インテリアがオーナーのユリアさんのセンスでまとめられていて、普通のホテルとは違う、ウクライナの若者の家に民泊するような感覚です。
シャツと下着の洗濯の必要がありましたが、暖房設備があったおかげで厚い靴下まですべてほどなくして乾きました。
そして何よりよかったのが、ルヴィフのアパートの内側の住居がどのようになっているか確認できたことで、住民との交流の機会こそありませんでしたが、どんな生活をしているのかは、それぞれの窓から想像することができました。
すぐ隣の建物がカフェで何か史跡のようなものがある人通りの激しい通りでしたが、アパートの中はいたって静かな環境です。
冬場がとても寒い土地ということもあってか、防音がしっかりとしているのでしょう。

ルヴィフは歴史的建造物がよく保存されていて美しい町並みを形成しており、そのためかなり観光客が訪れているようですが、アジア人はまったく見ませんでした。
わたしにはウクライナ人もフランス人もしゃべっているのを聞かなければ区別がつかないので、観光客がいない町も同然です。
ツーリストインフォメーションでドイツ語で質問していた男性はドイツ人かオーストリア人なのでしょうが、ひとたびそこを離れ町を歩いてしまえば都合のいいことに彼は現地人となってくれるのです。
ウクライナ全土でそうだろうと思いますが、この町の人気者はプーチンでした。
みやげ物屋の目立つところには、彼の顔が描かれたトイレットペーパーや玄関用のマットが必ず置かれていました。
汚いものを拭いたり、汚れた靴で踏みつけるべき対象ということですね。
数日前ロシア側に妥協する法案を可決しようとしているとして首都キエフの議会そばで右翼系の爆弾テロがあったと聞きました。
気持ちは分からないでもありませんが、国民の気持ちを表現しつつ外国人の観光客にアピールするトイレットペーパーやマットのようなアイディアで対抗して欲しかったと思います。

血生臭い事件があったばかりですし、ウクライナと親ロシアとの戦闘の映像、マレーシア機撃墜事件の記憶もまだ新しいところですが、少なくとも西の外れのここリヴィフではそんな気配を感じさせるものは見当たりません。
警察も軍人もごく少数いるだけで、テロや平和という言葉が不自然なほど町には不穏な空気など流れていないのです。
戦闘が報道されていた東部地域のドネツィクやロシアに奪回されたクリミア半島はどんな状況なのでしょう。
とても気になりましたが、時間が取れそうもないし、冷やかしで行くところではなさそうであきらめることにします。

さて、作例ですが、ルヴィフの繁華街で見たジャグリングする若い女の子です。
最近復活している某CM同様、可愛そうに一生懸命なジャグリングを見るものは誰もいません。
この後自宅に帰って練習して、階下のオヤジにヘイヘイと床を叩いて怒られるのでしょうか。
彼女を助ける少年がまたヘイヘイと言ってキーボードを手渡してくれるといいのですが、パートナーは現れるのか、彼女に未来はあるのか心配です。
この町で面白いなと思ったのは、店の宣伝に被り物をしてたり、ゆるキャラみたいのがいたり、ミニスカートの女子高生風の女の子がチラシを配っていたり、どこか日本と似たような光景が見られたことです。
わずかな間ですが、わたしは旅をしながらかなりウクライナと言う国が好きになっていました。
日本と似た感性があるということかも知れませんし、こちらが知らないだけでウクライナの方では案外と日本に親しみを感じているのかも知れません。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
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Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/08 Tue

ペクトパーとカパオケ

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
セスクさんからは朝に駅にチケットを買いに行くべきと言われていたのですが、ホテルの隣の部屋が若きロシア人たちで、深夜と早朝に大声で何やら話していて、何度も起こされて眠れなくなりチェックアウトが11時になってしまいました。
アジアでは中国人が、ヨーロッパではロシア人が傍若無人にホテルで迷惑をかけていると言えばそれは言い過ぎかも知れませんが、レセプションで彼らはロシア人なのでと聞いた時、思わずプーチン・チルドレンとつぶやいてしまいました。
昨日の夜もそうしたのですが、タクシーは何としても共産時代の遺物と言えるラダに乗って駅に向かおうと考えました。
ラダなどのソ連=ウクライナ製のオールドカーは10台に1台くらいの高確率で走っているのですが、そのタクシーはなかなかなくて、昨晩と今日の待ち時間から15分に1台の出現率と仮定できるようです。
運転手とは会話困難でしたが、利用した車は1983年製ということは数字のやり取りで分かりました。
下車時に撮影させてくれというとご機嫌で、発進時にはものすごいエンジン音をさせてタイヤを激しく軋ませながら去っていきました。

さて、リヴィフ行きの寝台ですが、出足が悪かったせいですべて売り切れのため、座席になってしまいました。
深夜の12時半発6時着ですので、4~500キロ離れているのだと思いますが、料金はわずかに120円。
駅に荷物を預けるとなんと切符より高い140円。
ちなみにホテルから駅までのタクシーは、確実にボラレているとは思いますが、それでも6キロほど離れていてわずか250円です。
実は、セスクさんは昨朝、1等寝台コンパートメント4ベッドすべてを買って、たったの35ユーロだと言っていたのです。
この町に長く滞在したら、自分の中の物価の感覚が壊れてしまうのではと真面目に心配になりました。

駅を出ると激しい雨が降っていました。
2月に旅を始めてから天気にはかなり恵まれていて、雪に降られたことはもちろんありませんでしたし、大雨と言うのもほぼなく、ここまで降られたのは初めてだと思います。
少々先にカフェが見えたので、傘を差してダッシュしましたが足元はかなり濡れてしまいました。
おばさんがひとりでやっているカフェで、食事できるか聞きますが困ったという顔をしています。
やはり英語ができないようですが、ドイッチュというのが聞き取れたので、ドイツ語はできるかと思い、エッセン?と聞くとヤーとの返事をもらいホッとしました。
ブルガリアのポポボのホテル以来のドイツ語ですが、単語を少しばかり知っているだけなので、それからがたいへんでした。
スープはズッペと知っていても、相手になんのスープかと聞かれても答えられないし、チキンのスープとキノコのスープのどちらかと言われても分からないでしょう。
本日のスープのつもりでズッペ・ターク、唯一知っていた料理名にポテトを加えてシュニッツェル・ミット・ボム、それにビールをとウント・ビールと言ったら何だか通じてしまったようで、どうにかそれっぽいランチをとることに成功しました(なぜ、こんな細かく記載するかと言うと、ポポボでの1件でドイツ語ができるのかと誤解を与えてしまったようなので、そうではないことを示したかったのです)。

食事のことを書いたので思い出しましたが、むかし誰かのエッセイでロシアではレストランのことをペクトパーというと冗談で書いているものを読みました。
このヘクトパーはウクライナでも同じで、PECTOPAHと書きますが、ロシア語やウクライナ語ではこれをレストランと読むので、もちろんペクトパーと言っても通じません。
読めなかったとしてもレストランなら外観で分かりますので、お腹が減ったと入ってしまうと、英語のメニューが無い限りかなり辛いことになります。
アルファベットが使われているメニューならば何語であっても、多少の間違いがあってもそれっぽく読めますが、キリル文字は知識がなければ読めないからです。
読めても読めなくても自分の意思でオーダーできないのは違いないのですが、読めないと言うのはストレスですし、メニューの上を目が泳ぐ自分に気付いてむなしさを感じもします。
仕方なくボルシチはあるかと知っているロシア料理を言ってみるしかありません。
ただ、知っているのはそれくらいで、ピロシキはカレーパンみたいなものだったでしょうし、ビーフストロガノフがロシア料理だったか、ロシア人が発明した他国料理だったかも思い出せませんでしたからほとんど意味のないことになります。

運が良ければウクライナ語もアルファベット表記もそう変わらないケースもあって、KAPAOKEという看板を見れば、日本人なら誰でもカパオケとは何だとは思わず、カラオケのことだなと気付くと思います。
ロシア語とウクライナ語はどのくらい違うのかはよく分かりませんでしたが、違うことは間違いありませんでした。
こんにちは、ありがとう、さようならは、ロシア語でズドラーストビチェ、スパシーバ、ダスビダーニャということは知っていましたが、ウクライナ語ではドブリーデーニ、ディヤクユ、ド・ポバーチェンニャというそうです。
どこが似てるんだと言う話になりそうですが、ロシア語でもドブリーデンという言い方で通じるそうですので、あいさつ等以外に共通のあるいは似ている単語があるのではと推測できます。
ただ、ドブリーデンないしはそれにかなり近い言葉は、チェコ語やブルガリア語などでも使われていて、頭のドブリの語尾変化ドブロは良いという意味で多くの東欧の国で通じます。
また、今回旅しているブルガリア、ルーマニア、モルドヴァ、ウクライナはYESのことをダーと言います。
よく電話中の人が相手の話を聞きながら、ダー、ダー、ダーと相槌打っているのを聞きますが、アントニオ猪木の1,2,3ダーの掛け声も彼は北朝鮮と親密なようなので東欧のYESから採ったんでしょうかね。

閑話休題。
ウクライナでウクライナ語やロシア語ができないとなれば、英語が通じると分かっている昨日と同じレストランに行くしかありません。
さすがに高級レストランに2日続けて行けばみんなよく覚えていて、案内はマネージャーが買って出てくれて昨日と同じ席でよいかと聞いてきました。
わたしもバルセロナの方と知り合った場所だし、彼は一足先に出発してしまったが、思い出の場所なので同じ席にとお願いしました。
ウクライナの高級レストランに自分の馴染みの席があるなんてと自慢したくなります。
昨日ダンスまで見せてくれた給仕の女の子は残念ながらお休みでしたが、替わりの女の子がわたしは英語は得意でないのと心配そうに来て、それだけしゃべればわたしには十分だと返したりしました。
ウクライナは寒いとのイメージで知らなかったのですが、彼女にウクライナにもワインがあると勧められます。
南の黒海に面したあたりはワインの産地があるそうで、なかなか芯の強いこの赤ワインはオデッサのものだと聞きました。
地図を見るとオデッサは、あのワインしかなかったモルドヴァから近く、納得できました。
機会があれば、今度はウクライナの南部を廻ってみたいなあと旨いワインに舌鼓を打ちました。
さて、作例は、マネージャーの彼女の可能性ありの美人バイス・マネージャーで、玄関ホール部分に鏡があったので、確かマネの絵にこんな構図のが無かったっけと真似して撮ってみました。
店を出るときに彼女ではなくマネージャーの男性がまたやって来てわたしに握手しながら、今夜この町を出てしまうのは残念ですが、あなたはきっとまたこの店に来てくれるでしょうと予言するかのような別れの言葉を告げました。
わたしも、ぜひまた来ますと答えます。
たた、ここの店にひとりで来るのはさみしいので、次は誰か相手を連れてやって来ますよと付け加え、まだ雨の上がらない町を駅に向かい歩き始めました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/07 Mon

モルドヴァのカザフ人

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何もすることはないとゆっくり9時に起きて、料金に含まれていた朝食を食べに行きました。
食堂に入るやわたしを呼び止める人がいて、何だろうと振り返ると、昨日、ツアーが一緒だった香港人の青年がひとり食事していました。
彼は昨日から1泊2日のモルドヴァツアーでキシナウを訪れているとのことで、昨日の青年ガイドのお父さんが昨日からガイドとしていっしょに回っているとのことでした。
彼と同じ宿になること自体、首都にも関わらずキシナウにホテルが少ないことを裏付けているようですが、彼はホテル予約サイトで最安ホテルに泊まるのが得意と自慢していたので、何も知らずにここに辿り着いたわたしの嗅覚もなかなかのものだったということでしょう。
特筆すべきもののないモルドヴァで、ツアーがどこを訪れたか聞くと、近郊のワインセラーやキシナウ市内の主要建造物だそうですが、美しい教会だと聞いて着いたその教会はわずか30年前に建ったばかりだと聞いて、何だかがっかりだったと笑っていました。
ワインセラーには心動かさせましたが、かなり離れていてわざわざ行く価値は無いと断言され、諦めることにしました。

あてもなく駅方面に行くと警察官に呼び止められ、何事かと思いますが、どうやらわたしのカメラに興味があるようです。
彼の興味はカメラではなくペッツバールレンズの方で、ニューヨークと刻印があるアメリカ製だというとますます関心を寄せてくるのが分かりました。
明らかに欲しがっているようですが、言葉が通じないのをいいことにとぼけていました。
断ったりすれば、相手は何年か前までソ連の一部だった国のお巡りさんですから何をされるか分かったものではありません。
仲間の英語の話せる警官に電話して、彼を通訳に売ってくれと言ってきましたが、わたしの大切なコレクションで売れないというと案外あっさり引き下がってくれてホッとしました。
また歩きだすとすぐ先が広場になっていて、蚤の市をやっていました。
警官が売ってくれと言って来たのは、蚤の市で購入したら売ろうとしていると考えたからなのかも知れないと思われました。
しかし、この蚤の市は、もうどうにもならないくらいのガラクタ市で、申し訳ないですが、ゴミの市と言った方がいいくらいです。
例えば、おばあさんが自分や家族が着ていたと思われる衣服を並べて売っていますが、大胆にも下着まで並んでいました。
かたや、シビアな顔のおじさんは、古い車のワイパーのみを20本くらい並べて客を待っていますが、ワイパーだけを買う人がいるものなのか想像もつきません。
そんな具合なので、わたしが持っているペッツバールがいちばん価値ある骨董品で、自然とレンズに注目が集まって、いいもの持っているなとばかり数回声をかけられました。
これまででいちばんペッツバールが注目を浴びたのは、ここモルドヴァだったということになるかも知れません。

もはやこの国にいる意味がないと判断した私は、次の目的地ウクライナ方面行きのバスを探すことにしました。
キエフ行きのバスを運行している会社は見つかりましたが、キエフはモルドヴァからはるかかなたで、できれば国境を超えたあたりの比較的近い町に行くのが時間的には理想です。。
英語のできるバスチケット売りの若い男性がいて、そのような目的地なら北バスターミナルにあるかも知れないと教えてくれました。
路線バスがあって、行先がGara de Nordとなっていますが、これぞまさにブルガリアからブカレストに入った後に向かった北駅の意味ですので、北バスターミナルのことたろうとすぐに分かります。
ここでも何軒か聞くと夜10時発早朝着のウクライナ南部の町に行くバスがあると分かり、今夜のチケットを購入しました。

バスの時間までまた町中を散策することにします。
北バスターミナルからGara de Sud Vest行きのトロリーバスが出ているのに気付きました。
Sud Vestはドイツ語の類推で南西と分かりますので、これならキシナウを北から南に縦断できるのではと思い飛び乗りました。
やはり町の外れから中心部を通ってまた反対の外れへ向かう路線のようで、景色を見ながら面白そうなところがあったら下車すればいいと考えていましたが、殺風景な町並みが続くばかりで降りるタイミングがありません。
途中から田園風景になったと思ったら、広大なブドウ畑が続いています。
モルドヴァはかなりのワイン生産国のようで、昨夜、食後にスーパーに行くと、アルコールの棚が5列もあって、1列はビール、1列はスピリッツ類、残りの3列は、白とロゼ、赤、スパークリングの各ワインがそれぞれ1列を占めていました。
それほど大規模とは言えないスーパーで、総計150種くらいのワインが並んでいたのです。
思わず普段ほとんど飲まない甘口のスパークリングワインを買って部屋でがぶ飲みしてしまいました。
首都キシナウの中心から車で10分かからないところにこれだけのブドウ畑があるのですから、スーパーの棚のワインの独占も当然のことなのでしょう。

夜になって荷物をピックアップにホテルに戻るとあなたは中国人かと中国語で声を掛けられました。
いや、日本人だと答えると、先方は逆に目を輝かせて、すみません、昨日中国から来てここで働いている人たちがいたものでと言い訳しながら、自分はカザフスタン人であちこち出張で言っているので簡単な会話なら6ヶ国ができると言い、日本語はできないがいちばん好きな国だと言います。
わたしもカザフスタン人と話すのは初めてでしたが、彼は外観は中国人のようでもあり、日本にもいそうな雰囲気で、とても旧ソ連のしかもイスラム教徒の人とは思えませんでした。
空手をしているそうで、大会が大阪であったとき仕事が重ならなければ待望の日本に行けたのにと悔しがっていました。
いつか東京で会おう、いやぜひカザフスタンに来てくれなどと言いながら別れましたが、実に爽やかな好青年でした。

ずるずると話し込んでしまっているうちに、ゆっくり食事している時間が無くなりました。
近くでケバブを買ってカバンに詰め込み、タクシーを拾うと20レイでバスターミナルまで行くというので、手持ちのキャッシュもどうにかもってくれました。
しかし、ターミナルに着くとオレは20だなんて言っていない40レイだと言いはじめ、悪いがこちらはこれからウクライナに行くのでレイの残金はこれだけしかないと見せると、もう15レイあり、合計35レイで許してやると言いながらタクシーは去って行きます。
もう不要になるモルドヴァ通貨ですが、最後に水等買うつもりだったのに根こそぎ持って行かれて困りつつバスに乗車しました。
作例は、公園で撮った高校生ふたり組です。
声を掛けると最初は撮影拒否でしたが、声掛けられてまんざらでもない様子でしたので、何度か頼むと承諾してくれました。
モルドヴァの女子高生で外国人から請われて写真を撮られたというのは、彼女たちくらいのものでしょう、明日はそのことで学校中で盛り上がっているのではと想像しました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
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Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/09/05 Sat

彼女の名はミハエッラ

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朝から観光客の車の音で目が覚め、同時に興醒めしました。
シギショアラの旧市街は城壁に囲まれた高台にあって、入り口のところに大きな駐車場があります。
心ある人はそこに停めて坂道を上がってくるのですが、面倒くさがりや老人のいる家族連れなどは構わず城壁の中まで車で入って歴史的建築物の真ん前でも平気で駐車します。
アルプは5時起きで撮影に出れば人もいなくてよいと言っていましたが、これだけ車が停まっていてはそれも意味が無いとわたしは撮影を諦めました。
ここにいること自体に意味が無いような気がして、出発することにしました。
アルプに会えず、別れを告げられなかったのが心残りです。
そういえば昨日は書き忘れましたが、この宿の女主人は片言の英語はできましたが、わたしにフランス語はできないかと聞いてきました。
わたしは第二外国語がフランス語だったのですが挫折しているので、ノンと答えておきました。
いっしょに飲んだおじさんはイタリア語、やっと見つかった宿のおばさんはドイツ語、そして今回の宿のおばさんはフランス語と、ブルガリア、ルーマニアでは英語よりもヨーロッパ言語のいずれかを勉強していた方が役に立つということがまたしても証明されてしまいました。

ツーリストインフォメーションでスチャヴァ方面へ行きたいと相談すると、バスを乗り継げば今日中に着けるとのことです。
ただし、乗り継ぎ時間が15分しかなく、しかもバスターミナルが違う場所にあるので頑張ってねと、地図をくれました。
地図を見ると500メートルほどしか離れていないので、時間通りなら乗り継ぎは問題ないでしょう。
シギショアラのバスステーションは駅の隣だそうで、行きにタクシーで来たので歩いて30分かかると覚悟していたのですが、わずか15分で到着してしまいました。
アルプは勘違いしていたのか3キロあると言っていましたが、わたしは道を間違えたのに15分ですからせいぜい1キロしかなかったのでしょう。
途中、道を聞いた時ルーマニア語しか分からないと言いながら、前方を指さして、トレ・センテ・メートルと教えてくれました。
恐らくほかのほとんどの言語では何メートルと言っているかなんて分からないでしょうが、
ルーマニア語では300メートルだと誰でも分かるところがたいへんありがたいです。

バスの中では大学生の青年が助けてくれて、次のバスが発車するバスターミナルで降ろしてくれるよう運転手に頼んでくれて、バスの乗り継ぎの問題も解消されました。
青年はドイツ系の出自だそうで、ルーマニア語がフランス語やイタリア語に似ていると言うと、そうなんですか知りませんでしたと少し驚いていたのが、わたしには不思議でした。
青年は、学生や若い人ならみな英語ができるので困ったら聞くようにとアドバイスしてくれます。
しかし、わたしがルーマニアに来てから、わたしが聞いていないのに、どうしましたかとたずねられるケースがすでに5回もありました。
まったくの想像ですが、チャウシェスク政権の崩壊後、民主化の波が押し寄せ、まず我々に必要なのは英語であると教育に取り入れられ、社会主義で忘れられていた人に親切にすることを実践しようと考えたのではないでしょうか。

ムレスという田舎の中心の町からスチャヴァというやはり田舎の中核の町まで、バスはひたすら農村をいくつもつないで走り、人が降りては乗るを繰り返します。
6時間の行程ですから運転も相当たいへんだなと思います。
途中から乗車してまたしばらく先のバス停で降りる人の運賃を把握できるものなんでしょうか。
さすがに何度か眠ってしまいましたが、道路沿いの教会の庭で結婚式の人たちを見たり、荷馬車がゆっくり走っている後が渋滞になっているのを見たり、民族衣装でしょうか派手なスカートのおばあさんは何度か見たりしました。
あと、1時間で到着というところで、最前列の女性が下車してしまい、始発から乗って来たのはわたしと運転手だけになってしまいました。
しかし、スチャヴァは大きな町なので、途中から乗った乗客でほとんどいっぱいになっています。
終点のバスターミナルで下車時に運転手へ日本語でお疲れさまと思わず言ってしまいました。
ホテルを探さないとときょろきょろしていると、早速、若い女性が何を探しているのかと聞いてくれて、この先のラウンドアバウトの先にあると教えてくれ、その中でいちばん安かった100レイの宿に荷を降ろしました。

さて、その女性もそうでしたが、ホテル付近の広場や公園にいる女性という女性がみんなきれいです。
子どももみんな美少女だし、当然、男の子も美少年ばかり。
地図で見るとスチャヴァは北に50キロも行くとウクライナ、東はモルドバがすぐそこで、ハンガリー、ブルガリア、さらにはトルコの血もかなり入ってきています。
民族の血が混じることで美人が多くなるのは南米の例でよく言われることですが、このあたりの人々も同様なのでしょうか。
わたしのいちばんよく知るルーマニア人はゲオルゲ・ハジというルーマニア代表を率いて90年代に活躍した名選手です。
彼はちょっとアクの強そうな美少年とは言い難い顔つきでしたが、こういうタイプの顔の人もルーマニアでは数多く見ることができます。
女性ではあまりこういう濃い顔の人は見ないだけに、男女差に不思議なものを感じます。

わたしの世代でルーマニア人というと真っ先に思い出すのが、ナディア・コマネチです。
心奪われた日本男子は多かったかも知れませんが、わたしはどんな顔だったか思い出せません。
しかし、彼女の愛称が「白い妖精」だったことはよく覚えています。
ブラショフ、シギショアラ、スチャヴァと歩いてみて、白い妖精と呼びたくなるような女性や少女があまりに多かったので、コマネチ・ジェネレーションの男性がルーマニアを旅したら狂喜することは間違いありません。
作例の少女は、そんなひとりですが、シギショアラの町中で頼んで撮影させてもらいました。
ルーマニアにはこんなにも美しい少女がいるということを日本に知らしめなければわたしが旅行に来た意味が無いと真面目に言ったら、素敵な照れ方をしてくれました。
ほんとはその時の顔を記録したかったのですが、カメラを向けると表情は一変してしてしまい、なかなかこれぞという風には撮れないものです。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
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Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(4) | 2015/08/30 Sun

写真はLAWでなければダメなんだ

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ブラショフは美しい町でしたが、金曜の夜に着いたのはタイミングが悪すぎでした。
町中は地元の人と観光客で溢れていて、アジアからの貧乏旅行者が入り込む隙間が見出せません。
町が魅力的に見えたのでもう1泊しようかとも考えたのですが、土曜の夜が昨夜より静かとも考えられず、撤退するようにここを去ることにします。
むかし本で読んだドラキュラ伯爵の住処がこの近くのお城だったはずですし、ハンガリーと奪い合ったトランシルバニア地方の中心として独自の文化が数多く残るとも聞いています。
せめてもと思い午前中を散策にあててから、駅方向に戻りシギショアラ行きのバスを待ちました。
近くのレストランがトランシルバニア伝統のバイを民族衣装の女性が給仕してくれる写真を掲げていたので入ってみました。
パイの具の種類が多くて悩みましたが、牛のミルクのチーズにしてみると確かに美味しいものの量が多すぎて途中で飽きてしまいます。
日本のピザのようにクォーターにしてもらえるといろいろ楽しめて旅行者としてはありがたいのだがと思いました。

1時発だと言われたバスは時間になってもやって来ません。
インフォメーションに行って聞くと、1時が来ないなら次は2時だと悠長な返事でした。
1時がなぜ来なかったのか分かりませんし、2時が来るという保証もなしで、鉄道駅の方に行ってみました。
20分後に始発列車があるとのことで、バスは見限って、2両編成の鈍行列車で向かいます。
車両はすべてコンパートメントで、6人掛けにひとりでどっかりと座っていました。
すると、妹を連れた女の子がやってきて、何やら言っていますが理解できず、それならと写真を撮らせてもらいました。
それが実は大失敗で、彼女たちはベガーだったのです。
ベガーという表現で正しいのか、彼女たちは乞食という悲惨なものては無く、物乞いと呼ぶか悩みましたが、もうちょっと軽い感じで、乞食も物乞いも総称しそうなベガーという言葉を使うことにします。
彼女がカバンを物色しては、あれくれこれくれと来て、断り続けると母親が来て止めてくれるのかと思えば、彼女も娘たちに食べさせるものが無くてとジェスチャーして加勢するのでした。
カバンのポケットに飴を入れていたので、それを出してあげたのがさらにまずく、それで退散すると思えば脈ありと感じたのでしょう、しつこさが増すばかりでした。
ベガーには毅然として断るに限るようです。
カバンのポケットから航空機内で配られるウェットティッシュを見つけ出して、勝手に開けて顔を拭くや、その香りが気に入ったようで、突然わたしに向かってウィンクしながら投げキッスしました。
母親がそういう手も使えと教えるのでしょうか、彼女たちは切符を買って列車に乗っているのですから、まったく困窮し切ってということではないと思うのですが、とにかくダメもとでもらえるものはもらえというポリシーなのだとしか考えられません。

100キロ少々を2時間半かかってシギショアラに到着しました。
出口に向かって歩いていると男性から声をかけられました。
中心部まで行くならタクシーをシェアしようということのようで、わたしにはありがたい申し出です。
彼が交渉して6レイが5レイになり、彼が3レイ、わたしは2レイ払ったので下がった1レイはわたしのもうけになりました。
彼の名はアルプ、山好きと言っていたのでアルプスにちなんだニックネームか本名かはよく分かりません。
イスタンブールで歯医者さんをしているそうですが、以前はアンカラで総理大臣の奥さんの専属をしていたものの、総理から電話1本で他の患者をキャンセルしてわがまま夫人を看るのが嫌になって、イスタンブールで開業したとのこと。
趣味は写真で、彼はブラショフ駅で奇妙なレンズを付けた国籍不明の男が、さらには古いカバンで旅しているのに興味を惹かれ、写真の話もできるぞと声を掛けたのだと説明しました。
ペッツバールレンズとトランクがいちばん役に立った瞬間です。

彼は25ユーロですばらしい宿を予約したので、空いていればいっしょの宿はどうかと提案してくれました。
しかし、部屋に空きは無く、その宿の紹介で近くに同値段で泊まることになりました。
あとでアルプと話しましたが、どうも宿が高すぎでボラレている雰囲気です。
宿はペンションで空き部屋を貸しているだけなので、25ユーロはいかにも高すぎ、わたしの感覚なら半額で泊まれそうなところです。
彼とは夕食の約束をしていったん別れました。
シギショアラは保存状態の好い、中世がそのまま現在に残ったような小さな町です。
たぶん平日に来ていたら町のすばらしさに興奮しまくっていただろうと思われますが、今日は観光客でごった返していて印象はよくありません。
せっかくの中世の雰囲気が、車が自由に出入りできることなどでぶち壊しです。
むしろここでよかったのは、町はずれで蜂蜜のマーケットを2日限定でやっているのに出くわし、トランシルバニアの森の木の蜂蜜という、栄養価が特別に高い珍しいものを味わえたことです。
さらにこの地方の伝統的な生菓子の販売があったので食べてみると、食感の好いチーズケーキのような味わいは、日本に持ち込んだら絶対に売れるだろうものでした。

夕食は宿のそばが混雑していて、先のマーケットの近くに見つけたレストランにアルプを案内しました。
ここはホテルそばより安くて味の満足度が高く、アルプからわたしの嗅覚の鋭さを褒められました。
続いて、彼の写真にわたしが驚愕する番でした。
彼は前日ドラキュラ城に宿泊して、車で少し走り山道を1時間近く歩いたところで撮影したそうですが、完全に隔離されたような高原の村での人々の伝統的かつ牧歌的な朝の生活が写っていました。
山の写真と聞いたので退屈な山々の自然な姿を撮影しているのかと思っていたのですが、彼の写真は人間の営みが主題で、わたしが撮りたいと考えて果たせないでいるているそんな写真ばかりでした。
どうやってこんなところへと聞くと、昨年、モロッコを旅したときにルーマニアの写真家と知り合って意気投合し、今回、招待されてその写真家でなければ知り得ない場所に案内してもらったそうです。
彼には土日は結婚写真の撮影の仕事があるので、アルプはひとりでシギショアラに来てわたしと出合ったということでした。
わたしも自分の旅について紹介し、イスタンブールは飛ばしてしまったというと、今度また来ればわたししか知らない場所に案内するのでいっしょに撮影しようと言ってくれます。

彼の写真に対するこだわりは尋常ではなく、わたしがJPEGで撮影していると言うと怒りを露わにして、それでは好い写真ができないと自分の写真を使って説明しました。
おもにホワイトバランスや明暗の露出の調整ですが、確かに見せるための写真としてそのような手続きが重要なことは理解できます。
しかし、私は反論します。
個人で楽しむための写真を考えた場合、よい比喩とは言えないかも知れませんが、自分の奥さんが整形美人でも美人ならいいのかと考えてしまいます。
徹底した整形でも美人の方が好いという人はいるでしょうし、必要最小限の整形なら何の問題もないという人もいるはずです。
いや整形はダメだが化粧ならいくらしても構わないという人は多そうですが、わたしの現時点での意見は、素顔がきれいなら整形はもちろん化粧だっていらない、です。
じゃあ、お前は化粧を必要としないような写真が撮れているかと言えば、申し訳ないと詫びるばかりですが、それでも1年に若干枚程度はすっぴんで通用する写真があると思っていると心苦しくも自負しているので、それでわたしには十分ですと逃げることにします。
作例は、シギショアラで見かけた結婚写真の現場です。
モデルが美男美女なのでこれで全然構いませんが、さすがにこれは年若干枚と自負できる写真にはなり得ないのが残念なところです。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/08/29 Sat

馬里的古斯古斯

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
とある町の駅前グローバルフェスタの最終回です。
わたしはひとり3時間ほどここに滞在しましたが、意外に食事が美味しくて気に入りました。
毎年開催しているようですので、来年も出掛けてみたいと思いますし、京王線沿線の方には時間があればお昼でも食べにいかがでしょうかとお勧めいたします。
代々木公園でよく開かれているタイフェスなどと比べてずっと空いていて、のんぴりした雰囲気があるのも良いです。

失敗だったのは、到着して早々、ドイツとアイルランドのビールを売るブースでビールグラスを1個100円で売っていたので、スペインのステラビールとシンガポールのタイガービールのものを1脚ずつ買ったのですが、こんなに安くては申し訳ないと、買ったばかりのグラスに注いでくれとビールも頼んでしまったのです。
午前10時くらいだったでしょうか、朝飲むビールは、昼に飲むビール以上によく効きました。
すっかりご機嫌でフェスタを楽しむことになります。

おつまみが欲しくなって、まず買ったのがベトナムブースの揚げ春巻きです。
冷凍ものかと思っていたのですが、しっかりベトナム人の女の子たちが材料を刻んでベトナムのライスペーパーにくるんで鍋で揚げていました。
ニョクマムも用意してあって、アツアツを浸して食べるとまさにベトナムの味が堪能できます。

続いて、時間を持て余した時に早めのお昼にしてしまえと食べたのが、マリのブースのクスクスです。
わたしはまだアフリカに行ったことがないので、クスクスはパリと新宿で食べたことがあるだけですがいずれもとても美味しかった記憶があります。
これ、日本で本格的に出したらかなり受けるのではないかと思うのですが、どんなものでしょう。
マリから来ているという女性に、わたしがマリで知っているのはケイタだけだと言うと、その女性の苗字もケイタだと言うので互いに笑ってしまいました。
違うよ、サッカー選手のケイタだよと言うと、セイドゥは元気よと、まるで息子のことを言うように話してくれたのでした。

クスクスは食べながら水を飲むと妙にお腹が膨れて満足感を得られますが、ビールだとそれがさらに増すようです。
タイのグリーンカレーも食べようと目論んていましたが、先だって現地で何度か食べたこともあってこれはあきらめ、台湾のビーフンで締めにしました。
もう満腹ですが、さらにベトナムブースの女の子の写真を撮るべく声を掛けたときに、話の流れで彼女たちのつくるデザートも食べることになってしまいました。

もとはと言えば、最初に買った100円のビールグラスが原因で、ビールも飲まなくっちゃとなり、酔った勢いであちこちいろんなものを食べてしまったのですから、安さに釣られた大失敗だと反省しております。
ベトナムの女の子たちはみな可愛かったのですが、まだ日本語がおぼつかないそようでコミュニケーションがうまくとれなかったのが残念に思います。
作例の彼女の名前は何といったか忘れてしまいました。
ただ、ゴールデンウィークに旅してきたハノイとハイフォンの中間にある町出身だということだけ記憶に残っています。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/07/06 Sun

坐緑色火車去温泉

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
野次都議に号泣県議、まるで冗談みたいなニュースが立て続けにあって、怒りと嘲笑で話題をさらっています。
どちらも選挙で選ばれた地方議員の醜態ということで、世界中に配信されてもいるそうです。
どこかの女性外国人記者が、都議会の野次に対して東京はこれからオリンピックを開催する国だというのに、女性差別が政治家の口から飛び出すなんて信じられないと、怒ると言うより呆れているという表情で話していました。

オリンピック云々はどうでもいいことですが、世界中へニュースが流れているということは、いつどこから外国人記者のようなコメントをわたしが受けるかも知れませんので、すぐに回答できるように何か考えておかなくてはいけません。
そこで思いついたのが以下の答えで、日本は産業立国なので政治に関心を持つ人はとても少なく、企業に就職できなかったレベルの人たちが仕方なく政治家になっている現状なのです、議員は老人とその息子ばかりだから古い考え方を払しょくできないようなのです。

この2件で不思議なのは、いずれも野次の内容や号泣したことが問題となっているようなのですが、それはちょっと違うと思います。
早く結婚しろとか、結婚して子供を産めと言う野次が問題なのではなくて、都民を代表する人たちがそういう考え方のままで仕事をしていることなのではないでしょうか。
今回の騒動で分かりましたこのような野次はもう止めますが解決ではなく、このような考え方が間違っていましたので以降はそんな野次をすることはありませんが本来の受け答えだと思います。
それとも野次は出なくなったけど、女が権利を主張するのは止めにして、少子化問題解決のためにさっさと結婚して子供を産めと腹の中で考えているのは問題ないということなのかなと考えてしまいます。

号泣議員はもう論外ですが、こんな活動をノーチェックで政務活動費として支払ってきたことに対する批判が無いのも不思議です。
これは兵庫県議会だけの話なら地元で解決してもらえばいいですが、全国的に多くの地方議員が多かれ少なかれやっていることだということではないんでしょうか。
コンプライアンスという今まで聞いたことも無かったような単語が一般名詞化して、企業会計がとても厳しくなってから久しいですが、一方で政務活動費というのがこんなにザルであっても誰も非難したりしないものなのでしょうか。

野次の問題が出た前後に問題発言した大臣が、沖縄出張の際公費出張なのにダイビングしていたことがさらなる問題になりかけていましたが、いつの間にかしぼんでしまったようです。
野党が追及し切れないのは同じ穴のムジナだからでしょうか。
別に追及して悪いことした奴には罰をなどとは思っていません。
ただ、けじめをつけられない人たちを野放しにしておくような構造に腹が立ちます。

末端にはうるさい物言いをして身内には甘く、日本の侵略戦争を繰り返し問題にしながらアジア諸国を武力弾圧し西方地域で侵略と虐殺を繰り返す某国政府の二枚舌と本質は変わらないように思えてなりません。
そのことでこれはいけないと政治に関与したいと考える若者が出てくるでしょうか。
そうではなくて、政治から距離を置く無関心が増えるのでしょうね。
それこそ政府の思う壺でしょう。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/07/05 Sat

印度跳舞美女

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
音楽で3Bといえばバッハ、ベートーヴェン、ブラームスのことですが、旅人の間で囁かれる3Cはチリ、コロンビア、コスタリカを意味するのをご存知でしょうか。
3か国ともワールドカップで活躍しましたが、サッカーの話ではありません。
世界三大美人国とこれらの国々は呼ばれているのです。
確かに、試合中継の中でところどころ観客席を写していますが、この3か国の中継で登場した女性は美人が多かったような気がします。

3Cというのは誰が言いだしたことなのかは分かりませんが、一説によれば世界を歩き回る旅行者が言いだしたことのようです。
世界中を旅した人はいろいろな物事を目にしているので話すことに信憑性があるように信用してしまいがちてすが、それを逆手に取ったほら吹きも多くて、見てもいないことをさも真実のように語って、それに尾ひれが付いてということがよくあります。
世界一周旅行をしているバックパッカーが安宿で暇つぶしにしていいた、今まで滞在した国でいちばん美人が多かったのはどこだったと思うという雑談がもとだったたのかなあと思います。

南米はもともと美人が多いと言われていますが、誰かがチリが美人ばっかりだったと言い、誰かがコスタリカだと言った。
別の誰かは東欧のブルガリアやウクライナだと言うが、それもそうだが、チリだと言った奴がコロンビアなんてどうだろう、行ったことはないけどチリとコスタリカの間の国だからきっと美人が多いはず、チリ、コスタリカ、コロンビアにすれば頭文字がみんなCだから覚えやすいしと言った…。
きっと、そんなところから始まり、名指しされた国も奮起したりして定着していったのではないかと思うんですが、どんなものでしょう。

ちなみにアジアでいちばんの美人国はインドだと言う人がとても多いです。
少し意外な気がする人も多いのではないかと思うのですが、インド北部は彫りの深い色白の美人がすごいいるそうです。
ほんとうは、日本とか韓国だとか思っていてもそれでは普通だし、日本女性に辛酸を舐めさせられたこともあるのでしょう、意表をつく答えをしたのがそのまま定着したのかも知れません。
インド好きの旅行者が多いのも一因かも。
ただ、作例のすばらしくシェイプアップされた美女が、インド映画でおなじみのボリウッドダンスを踊っていましたが、たしかにインドにはこのようなスリム美人も多かったような気がします。

この作例でようやく気付いたのですが、黒点が何か所が付いていて、どうやら撮像素子に汚れがあるようです。
これは開放で写りこむくらいなので、目の悪いわたしでも拡大することでファインダー内で確認できました。
これまでのライカM8では当然ながらファインダーにゴミは映りこまないので、一眼レフとはこういうことなんだと再認識できたできごとです。
汚れはブロアのひと吹きで簡単になくなりました。
目が良ければ撮影中に視認して、その場で簡単クリーニングができるというのがたいへん便利ですね。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 20.5cmF5 | trackback(0) | comment(4) | 2014/07/04 Fri
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