ペッツバールの遠距離描写

Dubroni 10cmF3.5
奈良市吉城園近辺にて
【Alpha7II/Anthony 10cmF4 F4】
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thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/22 Sun

千利休の通勤とは

Dubroni 10cmF3.5
橿原市今井町並み散歩より
【Alpha7II/Anthony 10cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/21 Sat

奈良の京美人

Dubroni 10cmF3.5
唐招提寺うちわまきで見た素敵な女性
【Alpha7II/Anthony 10cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/20 Fri

まだまだありますオイリプラン

Dubroni 10cmF3.5
きょうは唐招提寺で伝統行事の”うちわまき”があるというので、見物に出掛けてきました。
今井町のお祭りで知り合ったオールドレンズ使いの青年から、この行事のことを教えてもらっていたのです。
平日ですがとても多くの人が見に来ていて、重要な行事であることを知りました。
鎌倉時代にお寺の中興の祖、大悲菩薩覚盛上人が、修行中に蚊にさされているのを見て、それをたたこうとした弟子に、「自分の血を与えるのも菩薩行である」と言って戒めたという故事にちなみ、せめてうちわで蚊を払ってあげようと、上人が亡くなられたときにうちわを供えた言い伝えがもとになっているそうです。

かつてまかれたうちわは奪い合いでぼろぼろになっていたのが、それでは上人の蚊さえ打たない故事とは程遠いからということでしょう、先着で申込した人には全員ゆき渡るようにまくので争わないでと呼びかけながら行われていました。
うちわには魔除けのご利益があるそうで、別途売られていたうちわをずっとお世話になった宿の主人にと買って帰りました。
わたしのようなやくざな客から守ってくれることでしょう。

作例写真のレンズはペッツバールなので関係ありませんが、昨日の”オイリプラン型”レンズの話をもう少しだけ続けようと思います。
キヤノン28mmF2.8は1956年の発売ですので、新種ガラスが採用されているのだろうと考え調べてみました。
写真工業出版社の「世界のライカレンズ」に記事があって、やはり新種ガラスが2枚使われていると記載があります。
また、「世界のライカレンズ Part 2」の巻末特集によれば、設計は50mmF1.8でも有名な伊藤宏氏です。
1926年のオルソメター35mmF4.5が、28mmとより広角になりながらF2.8の明るさを実現できた理由こそ、新種ガラスの採用と伊藤氏の設計によるものだからと理解できます。
しかし、このレンズは解像力ではだいぶ物足りなく、残念ながら個人的には好きなレンズではありません。

オイリプラン型レンズでは、ライヒャート・ポラー100mmF4というレンズもわたしは所有していて、当ブログの中で作例を3枚載せています。
室外の写真は恐ろしくコントラストが低く、戦前のノンコートレンズらしい内面反射の影響が顕著です。
戦前のライカとコンタックスの大口径レンズで性能を争っていたコーティングのなかった時代に、空気に接触する面が6面のゾナーが8面のズマールより反射率が高まるということだけでもずっと有利だったことを、やはり空気面が8面あるオイリプラン型レンズに思わずにいられません。

連日持ち出して恐縮ですが、オールドレンズドットコムにはサフィール50mmF3.5というオイリプラン型(同サイトではプラズマット型と表記)のレンズが紹介されています。
ここでも、やや内面反射が目立つと評価されていますが、なるほどコーティングがありポーラーよりコントラスト低下の影響はずっと小さいものの光源がある写真では光が拡散しているように見えます。
ポーラーもサフィールBもキングスレークの「写真レンズのもの歴史」のオイリプラン型レンズのページに名前が出ています。
また、そのページの最後に、1922年頃ルドルフ博士が内側の負のエレメントを絞りに向かって凸に配置することで画角は制限されるが、球面収差の補正にきわめて有効だとするレンズを設計したと紹介しています。
それこそがキノ・プラズマットです。
【Alpha7II/Anthony 10cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/19 Thu

行列を後ろから失礼

Dubroni 10cmF3.5
奈良県には古い町並みが点在していますが、とりわけわたしが好きなのが橿原市にある今井町の町並みです。
今井町へは2年半ほど前に訪れたのですが、町そのままが江戸時代からそっくり時間移動してきたような迫力に圧倒されることになります。
案内の方から5月には江戸時代の装束で町を練り歩くお祭りがあるよと教えていただき、今回、念願かなって見物に行くことができました。
近鉄奈良駅から大和西大寺乗り換えで八木西口駅まで45分ほど、駅から5分も歩くとすぐに今井町と、アクセスもたいへん良好です。

お祭りと聞いていた行事は、正式には今井町並み散歩という名称で、1週間にわたってコンサートやアート展示、茶会に重要文化財の公開などが開催されるようです。
そのメインのイベントと言えるのが、今井町出身の今井宗久にちなんだ茶行列で、織田信長や千利休など関連の人物に扮した人たちが登場して町並みを行列していきます。
先に江戸時代と書きましたが、どうやらこれはわたしの誤解で、戦国時代の装束での祭りということのようでした。
午前と午後それぞれ1時間も行列があってたいへんサービス精神旺盛ですが、着物の若い女性たちは相当にシャイなようで、うつむき加減に不機嫌な顔、緊張の面持ちとどうもこちらには積極性がないようです。

今日の作例は、行列の最後尾の茶職人のお嬢さんです。
行列の進行はおおむねスムーズですが、それでもこういうイベントの常として、ときどき立ち止まってしまうことがあるので、その間を利用して撮影させてもらいました。
協力的ですし何より美人だったので行列終了後にも依頼するつもりでいましたが、そのまま部外者立ち入り禁止の建物に消えてしまい、午後の部は別の人たちが参加していたためこれしか撮れなかったのが残念です。
町並み保存会会長の梅香さんと偶然話しする機会がありましたが、茶行列の参加者は公募しているがなかなか若い人が積極参加してくれないというようなことをおっしゃってました。
地元だと出にくいという事情は理解しますので、その辺はうまく出演させるような仕組みが必要でしょうか。

それはともかく、このローカルのお祭りは嬉しいことが2つありました。
1つは、手作り感から来る祭りとの距離の近さで、 出演している皆さんから、先の会長さん、地元の人々ととても親切にしていただきました。
屋台もたくさん出ていますが、自宅で作ったお菓子とか地元のボランティアグループのアクセサリーなど商売っ気のない値段で売られていて、心配だったランチもお寿司屋さんの屋台の安くて美味しい巻寿司といなり寿司で満腹になりました。
運営する側と参加者、見物人との間に垣根がないのは、好いことだと思います。
あともうひとつは、図々しいカメラマンがまったくいなかったことです。
関東の祭りだと傍若無人なカメラマンが必ずいて、自分だけがいちばんのショットをものにするぞという悪のオーラを放ちながら場所をふさいだり、周囲の人とトラブルを起こしたりということもしばしば目にするのですが、少なくともこの日見た人たちには、みんなで行事を楽しみましょう的な雰囲気がただよっていて気持ちよく撮影したり散策することができました。
今後もこの状況を保っていただきたいものです。

逆に、マナー好くパンカラーやクルミナーなどのオールドレンズで撮影していた方と知り合いになり、途中並んでカメラを構えたりなどいっしょに行動する機会も得ました。
宿泊を今井町からそう遠くない明日香村に取っていたのですが、彼から近くの甘樫丘に夕日を見に行ってはとアドバイスしてもらいます。
宿にチェックインしてたずねると、その甘樫丘は徒歩5分の至近でした。
あいにく西の方角に大きな雲があって夕日は見えませんでしたが、撮影に来ていたおじいちゃんとまた知り合い、昨日撮ったという夕日の写真を見せてもらい、帰り間際にはアルバムを取り出して以前のこの場所からの写真を譲ってくれもするのでした。
ありがとうございました。
宿泊はドミトリーで神経質なわたしは寝られるのか心配だったのですが、愉しい1日に気付いたら熟睡していました。
【Alpha7II/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2016/05/15 Sun

そうだ京都へ行こうかしら

Dubroni 10cmF3.5
時間が有り余って仕方ないので京都、奈良方面を旅してきました。
ここのところ奈良は何度か行っているので、もとは四国とか九州とかの遠方を候補地にしていたのですが、奈良に親しい人がいて5月の奈良はとても好いと言うので、あっさり目的地変更してしまいました。
そう言えば、前回も同じような展開で奈良に出掛けたんだっけと思い出したのは、高速バスのチケットを予約した後のことです。

神奈川県の人が京都に行くとしたら、十中八九は新幹線を利用すると思います。
川崎、横浜在住なら羽田から伊丹へ飛んで電車・バスというのも早いです。
しかし、わたしのように金はないが時間ならいくらでもあるという人間は高速バスがお勧めです。
平日の昼間なら新幹線の3分の1の料金で京都や大阪に行けてしまいます。
時間もしっかり3倍かかりますが。
もっとも、読書好きにとっては大した時間ではないでしょうし、本1冊読み切るには時間が足りないくらいです。
わたしは、最近復活させたブログの文章入力の時間に充てたりもして、読書、ネット関連、昼寝と4本立てで過ごしました。

バスは2階建て3列独立シートという座席配置で、隣席との間に通路が挟まるので混んでいても、すぐ横に他人が座っていて窮屈ということはないですし、そもそも平日は混雑することなどないようで、隣席は無人ということがほとんどです。
間仕切りカーテンがあるので眠たくなっても、他人に寝顔を見られる心配もありません。
前後席とのシートピッチやリクライニングの傾斜角度は旅客機のエコノミークラスよりはずっとよいです。
広いとは言いませんが、体の向きを変えたり足を動かしたりが余裕ででき、エコノミークラス症候群になる可能性は低そうです。
パーキングエリアでの休憩も2~3回あるので、食事に背伸びにトイレにおみやげ購入にと何でもできてしまいます。
高速バスに対しては思い出したころ起こる事故を心配する向きがあるかも知れませんが、こればかりはわたしには何とも言えません。
全区間高速なのとJRバス運行という信頼感があるので、まあ大丈夫でしょうと高をくくるばかりです。

少し京都までの高速バスのことを良く書きすぎたかも知れません。
日本の高速バスは世界一かと言えばまったくそんなことはなく、もっと優れた長距離バスはいくつも存在するようです。
わたしが乗車した中ではタイの長距離バスが断トツの1位です(アルゼンチンもよかったが、英語がひとことも通じなかったので2位)。
リクライニング角の大きなフワ硬シートで、それまで宿泊してきた安宿のベッドよりよほど熟睡できるくらいでした。
態度のよろしいおばさんアテンダントが軽食やドリンクを手渡すなど世話を焼いてくれ、シャワーのない移動型ゲストハウスと呼びたくなります。
タイは猛暑の国で、気候が厳しい分心地よさを求める国民性だと言われますが、それが結実したのが長距離バスなんだろうなあと納得しました。
タイのバス会社には、是非、日本の路線にも進出して、日本の長距離バスをもっとよくしてもらいたいものです。

さて、京都では四条烏丸の安宿に荷物を置いて近くを散策しました。
朝一番の高速バスに乗ると15時22分に京都駅に着きますので、この宿なら4時前にチェックインできます。
4時というとちょっと遅いようですが、八坂神社、祇園、先斗町と散策してから食事して帰ってくるのはちょうどよい時間です。
どこも予想通りの観光客の群れに圧倒されましたが、なぜか祇園巽橋付近は人影もまばらで、静かな散策を楽しむことができました。
舞妓さんの往来を待ってみましたが、残念ながらそこまでの幸運はありません。
かわりに、着物姿の日本人女性が現れます。
薄暮の中、白く浮かび上がるように見えました。
【Alpha7II/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/11 Wed

她的未来

Anthony 11cmF4
湘南台ファンタジアでもksmtさんと同行の撮影でしたが、藤沢に最近まで住んでいながら湘南台にはあまり縁が無く、このようなイベントがあることも知らなかったと言っていました。
もともとイベントで撮影をするということを積極的には行ってきませんでしたし、告知自体が広報に載るとか駅にポスターが掲示されるとかいう程度だったので知るチャンスがなかったからだと思われます。
自治体のイベントとしては盛り上げたいとは思うものの、あまりに人が集まって警備が大変になったり事故が起きるのを防ぎたいという事情があるとかも知れません。

会場ではタブロイドサイズのパンフレットと言うか案内が配布されていましたが、イベントが盛りだくさんのせいか少々分かりづらかったのが気になりました。
土日の2日開催で、それぞれの催事がどれだというのがひと目で分からないというのがあり、会場が駅東口と西口に分かれているのがうまく表示されているとも感じられませんでした。
例えば、これとこれとこれを見てあれを食べたいと思っても時間軸と会場がその場ではうまく結び付けられません。
お年寄りになればさらに厳しいでしょうから、来年以降はより分かりやすいものに刷新をお願いしたいです。

パレードも終わってから遅いお昼を食べて、この後どうしましょうかとなった時、撮影に関してどこへ行くのがベターなのかがよく分からず困ったのですが、東口側の会場に行けば何とかなるかと歩いていきました。
ステージはハワイアンや太鼓演奏など、見たり聞いたりはよくても撮影的にはいまひとつということで、ビールでも飲むことにしました。
屋台が並んでいて、どこでもビールは買えましたが、ひとり美形のお姉さんがいる店で購入し、撮影させてもらうことにしました。

店は、かしわ台にあるルイス&ケイコというペルー料理屋さんが出店している屋台で、その美女はペルー人ルイスさんと日系二世のケイコさんの娘さんだと分かりました。
戦時中にペルーに渡ったというケイコさんのお母さんもいらしたので、お願いして3人並んだポートレイト(?)を撮らせさもらいました。
3人の表情が好く気に入っています。

お店は自宅から車で15分くらいのところですので、ぜひ訪れてみようと考えていますが、土日が多忙で未だ実現していません。
その時に聞けばいいかとケイコさんのお母さんと娘さんの名前すら聞いていませんでした。
屋台ではビーフのバーベキューもあったのですが、昼食直後だったせいで頼むのを躊躇しているうちに売り切れてしまいましたので、ぜひ本格的なペルー料理を近々楽しみたいと考えています。

3人並んだ写真はこのレンズでは中心にピントを合わせると、左右が像面湾曲でボケてしまうので、ケイコさんと娘さんに若干前目に寄ってもらい、だいぶ改善させることに成功しました。
娘さんにスペイン語を教えてもらおうとお願いしましたが、彼女は生まれてそれほど経たないうちに日本に来たので、あまり得意ではないとはにかんでいました。
それなら日本語も達者なケイコさんとルイスさんに教えてもらいましょう。
それと、娘さんの方は普段はお店にいないそうなので、事前に電話するなりして"リザーブ"しないといけないそうです。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/06 Thu

迷你結婚礼服

Anthony 11cmF4
神奈川ローカルの話になって恐縮ですが、大船から根岸線に乗ると、本郷台、洋光台、港南台と「台」の付く駅が3つ続くのが、子どもの頃不思議に感じていました。
県内の私鉄駅にも「台」駅はあちこちにあって、京急の能見台、相鉄線のかしわ台、田園都市線の青葉台、宮崎台、小田急線では相武台前と我が湘南台です。
地名にはそれぞれに由来がありますので、十把一絡げにしてはいけないのでしょうが、「台」の付く地名には、もともと何もなかったところを宅地開発した新興住宅地のイメージが強いです。

湘南台は、わたしが学生の頃にはすでに開発が進んでいましたので、それ以前の姿が分からないのですが、周辺では田畑が広がっていて、牧場などもあることを考えると雰囲気は想像できなくもありません。
今から15年前に相鉄線と横浜市営地下鉄が相次いで湘南台駅まで乗り入れて、周辺の開発は進んだと言えます。
その9年前には慶応大学の湘南藤沢キャンパスが開設されたので、この間が開発のピークなのでしょう。

以前、湘南という地名の由来は諸説あってよく分かっていないなどと書いたことがありますが、湘南台の地名の由来も不明です。
平塚には花見で有名な湘南平がありますが、対抗したネーミングなのでしょうか。
ただ、理由はともかく、かしわ台とか青葉台ではなく湘南台としたことが、その後の運命を大きく切り開いたとは言えると思います。
湘南という地名のネームバリューですね。
前後の六会駅とか長後駅と言う歴史はあってもあか抜けない感が強い名前よりも、湘南台に住んでいるとか、最寄り駅は湘南台ですと言った方が好いと企業も個人も考えるのは仕方ないでしょう。

わたしは、自宅から小田急線の駅まで車に乗って行って通勤していますが、長後駅に駐車場を借りています。
本当は湘南台の方が便利なのですが、同条件で比較すると倍くらい料金が違うので、長後を利用せざるを得ません。
不動産価格も同様に違いがあるのでしょうが、一駅違いでこの違いと言うのは、駅の利便性と名前そのものの価値の相乗効果なのだろうと考えざるを得ません。
湘南台ファンタジアというと響きは悪くないですが、長後ファンタジアは老人ホームのように聞こえてしまうでしょう。

さて、作例はサンバのパレードの中で踊っていた、なぜかウェディングドレス姿の女性です。
これ以前にも撮らせてもらっていたのですが、午後のパレードで太陽の位置が低くなって背景が影になったことで、白いドレスが映えるようになって作例の写真の方がきれいになったので採用しました。
ただ、白いドレスはきれいに出るものの、腕など肌の部分が実際より黒っぽくなってしまうのは、本人が見たらがっかりするかも知れません。

白い服は背景が白っぽいと映えないですし、黒いと浮き上がったりしますが、白い肌が台無しになったり、なかなか難しい被写体と言うことに思い当たります。
結婚式の写真ではかなり色をいじったりしていそうです。
黒人女性に白いドレス、背景は黄色か緑、というのがいちばん好いコンビネーションなのかも知れません。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/05 Wed

本地的涼子

Anthony 11cmF4
藤沢市北部の市民祭りとして定着している湘南台ファンタジアのメインになっているのは、サンバパレードのようです。
出場するのは、浅草サンバカーニバルでその年に優勝、準優勝、第三位になったチームなので、日本のサンバの1トップ3が来ると言えばなかなかすごいことなのではないかと自慢したくもなります。
もっとも出場チームのメンバーは、湘南と言う名前に期待を寄せてきて、海もビーチもない大通りでサンバするので、がっかりしているのではないかと少々気の毒な気がします。

今年の浅草の覇者は、昨日の作例に登場したウニアン・ドス・アマリードスというチームですが、紹介文によると、ラテン音楽を愛好する関東の大学の連合会なのだそうです。
ウニアン・ドス・アマリードスはポルトガル語で、英語にするとUnion of amaturesになるので、愛好会ということになります。
地元の学生もきっと活動しているでしょう。

湘南台エリアにも3つほど大学があり、湘南台ファンタジアの運営にも関わっているようです。
そのうちのひとつ慶大は、ダンスのサークルがパレードに出場していました。
ダンスはステージでやるものとばかり思っていましたし、ストリートダンスと言うのもまさかパレードするものではありません。
行進しながら集団でダンスを続けてゴールを目指すというスタイルが一般的とは思えませんが、沿道に楽しさを伝えるノリのよいダンスはサンバと伍するものだったと思います。
休憩時に広末涼子似の美人に声を掛けると、ダンスの時同様のノリの好さでポーズを作ってもらいました。

アメリカ第7艦隊音楽隊のパレードとステージもあったので、それに絡めてレンズはアンソニーを持参しました。
機会があればポートレイトを撮らしてもらって、このレンズはあなたがたの国で150年くらい前に作られたものですと自慢しようかと考えてのことです。
アメリカ人と会話するだけの語学力はありませんが、だいたいがアメリカ人の方も日本人のわたしのレベルは理解しているでしょうから、外国で同じシチュエーションになるよりは気が楽です。
残念ながらその機会はありませんでしたし、アメリカ人そのものを撮ることもほとんどありませんでした。

そのアンソニーのペッツバールレンズが、少し前の某オークションに2本同時に出品されていました。
焦点距離かぜ確か15cmほどと、わたしのものより少し長いですが、外観は瓜二つと言えるほど似ていて、EとAを組み合わせたアンソニーのマークの刻印もあります。
はっきり違うのはFranceという刻印があることで、わたしのにはないため製造元がよく分かりませんでした。
アンソニーは木製カメラの製造でよく知られていて、そのため日本では木製カメラのことをアンソニーと呼んでいました。
レンズ製造のことはよく分かっておらず、自家製造だったのか他社品に自社刻印したのかは謎でした。

ところが今回の出品でフランスとの刻印が入ったアンソニーレンズが出てきたことで、少なくともペッツバールタイプのレンズはフランス製なのではとの可能性が高まりました。
自社の高級カメラに当時最高性能だったフランスのレンズを組み合わせるのは不思議なことではないですし、もともと自社銘のみ刻印していたレンズに、フランス製だと追加刻印して最高級品とアピールしたのかも知れません。
製造元までは入れなかったのは契約上の問題があってのことでしょうか、例えばダルローのレンズはベンジャミンと言うアメリカの会社が代理店のような存在だったので、名前は出せなかったということはあり得そうです。
いずれにしても製造元がどこなのかが分かりません。
アメリカ人にアメリカ製だからと言いながら、実はフランスで製造された可能性が高いことはもちろん言わないつもりでしたが。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/04 Tue

日本冠軍

Anthony 11cmF4
今日から数日は、わたしのほぼ地元、湘南台で行われたイベントの作例を出させていただくことにします。
サンバの写真なので夏に撮影したと思われるかも知れませんが、これが10月26日開催と言うので、日本国内数多あふれるサンバカーニバルパレードの中でも最も遅いもののひとつかもしれません。
今週あたりの開催だと出場者が風邪をひいてしまうかも知れませんが、さいわいこの日は好天で歩いていてちょっと汗ばむくらいの陽気でしたので、真夏にやるよりもむしろちょうどよいくらいだったかも知れません。
もっとも、カーニバルは本来1~2月の移動祝日なので、南半球でこそこんな格好でできるお祭りと言えます。

祭り自体は、今年で16回目を数えるという湘南台ファンタジアという立派な名称が付いていて、相当な市民が沿道に繰り出しているなど人気のほどがうかがえますが、わたし自身は初めてやって来ました。
メインイベントがサンバ・パレードなのですが、それをカメラで追っかけていると、知り合いにでも見つかって、○○さんが鼻の下伸ばして女の子の写真を撮っていたなどの風評が流れることを心配したということもあるのですが、万一、そんな話が出ようものなら、ペッツバールレンズ研究のために誤解を恐れず人物撮影していただけなのだと開き直ることに決めました。
しかし、誰ひとりとして知り合いに会うことはなかったので、杞憂に終わったのですが…。

とは言え、この会場で恐ろしい光景も目の当たりにしたことを記しておかねばなりません。
会場内で男性が警察に拘束されるのを目撃したのです。
ビルとビルの間の路地に身柄を留め置かれほぼ無抵抗になった男性が何やら咎められていました。
はっきりしたことは分かりませんが、何かを撮影したことが問題となったようです。
サンバの作例を撮っているわたしも明日は我が身かも知れず、証拠差し押さえされた時に恥ずかしくないよう捨てカット的に風景写真なども撮っておいた方がよいのかとも考えています。
いったい何を撮るとあそこまで問題になってしまうのでしょうか。

その人のことはどうでもよくて、今回の作例の女性は今年3回目の登場だと言えば驚かれることでしょう。
過去2回は↓です。
http://zunow.blog51.fc2.com/blog-entry-3055.html
http://zunow.blog51.fc2.com/blog-entry-3106.html
調布と羽村でそれぞれ出場していたのは、当地で知ったことですが、今回、湘南台にも同じサンバチームが来ることを知って、また彼女のサンバダンスを見ることができるのではと地元のイベントに行ったのは紛れもない事実です。
果たして、彼女の姿を目撃した時は再々会に感激してしまい、彼女ばかりを目で追っていました。

しかし、そこへブルーの衣装の女性が登場するのですが、彼女は羽村でわたしにハイタッチしてくれた女性です。
彼女も撮影しなくてはと慌てて撮ろうとしますが、なかなか動きについていけません。
結果的にはこのふたりに振り回されるようにレンズはあちこち向かされてしまい、まともな写真は1枚も撮れませんでした。
本来、デジタルでも100mm以上の焦点距離のレンズで不規則に動くものを撮るのはかなりの困難で、普通のパレードならば置きピンで対応可能でもサンバは勝手が違うのです。
作例では、顔にピントがあっていないですが、後に下がったところだからでしょうか髪が妙な動きをしているのが面白くて、また後ろに見える少年が撮影に夢中になる父親が恥ずかしくて微妙な表情をしている風に見えるところも気に入って、この1枚を採用します。

それはともかく、このサンバチームは大学のサンバ愛好会の連合会なので、もしかしたらメンバーは卒業してしまうかも知れず、来年もまた見られるとは限りません。
またこのチームで参加してくれると嬉しいですが、もちろん卒業してからも社会人チームなどでサンバの技をさらに磨いてもらいたいとも思います。
実は、彼女たちは今年のサンバカーニバルの優勝者でもあり、要するに日本のサンバのチャンピオンなのです。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ペッツバール genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/11/03 Mon

夏威夷女孩子

Anthony 11cmF4
今回のシリーズ最終回で、ポートレイトもラストになるのですが、最後を飾るにはモデルになっていただいたふたりにたいへん申し訳ない結果になってしまいました。
わたし自身も、アイドルのようななかなか撮影機会が訪れないふたりをうまく撮れずに残念です。
それにしても、じっとしてくれているモデル相手にどうしてこうもちゃんと撮れないものなのか、我ながら未熟さに失望させられます。

前にも少々書いたように、祭りは2時頃にお開きになり、わたしは7時くらいの米原発の新幹線の座席を予約していたので、草津からより米原に近い近江八幡、彦根、長浜あたりに移動して散策するという計画を立てていました。
しかし、美味しいお猪口の試飲と美少女の注ぐビールでksmtさんとふたり酔っぱらってしまって、車を動かせなくなり、祭りそのものは終わったものの、本陣や交流館を見学したり、関連イベントを見たりして時間を過ごすことにしました。

最後に駅前で見たのがフラダンスでした。
出演者は多く年齢層も幅広く感じられましたが、どちらかと言えば熟女という感じの方が多めのように見えます。
そんな中で体の動きに特に精彩が見られて、ちょっとエキゾチックな雰囲気のある女性の踊りが目立っていました。
もしかしたら本国から来ているのかも知れないなどと思いながら見入っていました。
もっとも座席はすべて埋まっていて、サイドのスペースに腰掛けて見ていたので、その女性と前後の人くらいしか見ることはできなかったのですが。

そのステージも終わって、祭りの関連イベントもすべて終了となってしまいました。
ksmtさんとはどこかでお茶でもしましょうとなります。
そう思って歩き始めると、さきほどのハワイから来日したと思しき女性がにこやかに仲間と談笑しています。
普通に日本語で話しているので、ハワイから来たという訳ではなさそうでした。
レイとトロピカルな衣装が可愛らしいし、とてもきれいな顔立ちなので、最後のポートレイトを撮らせてもらおうと声をかけたのでした。

手前だったし、素敵な踊りだったので見てたのですが、ハワイから来ていたのかと思っていました、とわたし。
いえ、違います、バリバリの関西人です、と彼女。
思ったより若かったんですね、高校生くらいですか、とわたし。
いえ、違います、中学生です、中学校1年生です、と彼女。
二重に驚かされましたが、バリバリの関西人という表現は、彼女のような美少女から発せられると意外性も増して、思わず苦笑してしまいました。
(この作例では普通に日本人にしか見えないかも知れませんが、ksmtさんの撮った写真ではかなりトロピカルな雰囲気でわたしの誤解も多少は理解していただけるかと思います)

今回の小さな旅は好い出合いに恵まれてとても愉しかった反面、撮影においてはいくつもの問題を露呈させてしまいました。
まだまだ集中力が十分ではなかったこと、アンソニーのペッツバールをかなり軽く扱ったことなどが敗因だと反省しています。
11cmF4は、今では大口径とまでは言えないかも知れませんが、それに次ぐ準高速レンズであれば慎重なフォーカシングは当然のことです。
製造当時は超大口径レンズだったわけですし。
来年またリベンジに来たいと思いますが、また、彼女たちと会うことはできるでしょうか。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/05/11 Sun

金時坤是鏡頭?

Anthony 11cmF4
旅のポートレイトシリーズは続きます。
2回続けて怪しい作例が続いてしまい、これではアンソニーの性能が疑われる恐れを感じたので、時間が前後してしまいますが、京都で撮った美人に登場いただくことにしました。
ただし、この写真も目の位置でファインダー拡大してピント合わせしたものの、顔の位置を上にずらしてフレーミングしたために像面湾曲の影響を受けて若干前ピンになってしまっていると思われます。
わたしとしては許容範囲ですが、肖像写真家の方には許されないことでしょう。

わたしにとってこの写真でがっかりだったのはピントよりも、顔や首に黒い影が出てしまっていることです。
太陽光のある中で撮影すれば影は避けられませんが、日陰に移るとか、逆光で撮るとか余裕があれば試してみるべきことはあります。
次回ksmtさんと同行の折には交互に撮影して、一方はレフ板を構えるなどの工夫をしてみようかと考えています。
モデルになっていただいた方にはよく撮れてると思ってもらいたいですが、基本的には撮影後に修正したりは避けたいので、撮影時にできることはどしどし実践しなくてはなりません。

ところで話は変わりますが、先般韓国に行って当地の人に親切にしてもらったことで、韓国の人や文化を理解しようとおぼろげに考えているのですが、先の韓国船沈没事故により少しだけ分かってきたことがあるような気がしてきました。昨夜の報道で、韓国国営放送KBSの報道局長が船の犠牲者300人は交通事故の犠牲者数に比べれば多いとは言えないというような趣旨の発言をしたことで、被害者の遺族らが遺影を掲げてKBS前に集結して抗議活動をする様子が映し出されました。
遺族の怒りはもっともなことだと思いますが、テレビ局に集まって大声で抗議したり、翌日には大統領府に出掛けてさらに責任追及するというのは、ちょっと日本では考えられないと思います。

結局、報道局長は(キムシゴンという名前だと書かれていましたが、ツァイスの広角レンズに採用されそうな名前です)辞任に追い込まれます。
そういえば、自己早々にも救出の不手際を被害者家族から糾弾され韓国首相が引責辞任しましたが、直後には問題を明らかにする前に逃げるとは無責任と糾弾を受けています。
また、船長、船員、船会社社長と逮捕者が出るごとにテレビカメラの前で謝罪するよう求められています。

韓国では、問題が発生するとただちに責任が追及され、その結論はその場で出されなければ納得されないということがよく分かりました。
被害者感情ということを除けば、日本でなら綿密な調査を行って原因や責任を明確にしてから、相応の処分を望むというようになるというのと実に対称的です。

安倍首相がいくら対話の扉は開かれていると言っても、慰安婦問題が韓国の主張通りに謝罪され、靖国神社参拝もやめない限り、それらを棚上げして首脳会談とはいかないという理由がようやく少し分かったような気がします。
朴大統領が日本との首脳会議を拒否しながら中国に接近するのは理解できない行動でしたが、韓国世論や支持率を踏まえると苦肉の策を取らざるを得なかったのかと考えるようにしています。
地域のパワーバランスを考えると、中国の台頭が日韓の結びつきを強めると考えるのが普通ですが、中韓が結託するのだとすれば、日本の力がずっと上回っていることを証明することになっているのかも知れないのですが。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/05/10 Sat

安東尼概史

Anthony 11cmF4
アンソニーの会社の概要について書かれた短文を見つけましたので、全文拙訳でご紹介します。

アンソニーは、アメリカ写真工業界でもっとも古い名前です。
サムエル・モース(モールス信号のモールス=訳者注)はアメリカでいちばん最初にダゲレオタイプの撮影をしていた人ですが、1840年にエドワード・アンソニーはモースの最初の生徒として写真術を学びました。
翌1841年にエドワードは自らのダゲレオタイプのスタジオをオープンし、同時にダゲレオタイプに関するアイテムを販売するE.Anthonyという会社を創設します。
販売会社の急成長によって、スタジオの方はすっかり影が薄くなってしまったので、1850年代にはダゲレオタイプ関連品の製造と供給に傾注することになります。

1852年にエドワードの弟のヘンリーが会社の共同経営者になり、1862年には今でもよく知られるE.& H.T.Anthonyとへと名称変更しました。
この名前は1901年まで続きますが、この間に、アンソニーの会社はアメリカの写真業界で最大かつもっとも傑出した存在でした。

1870年代までは主に職業写真家やスタジオのための写真用品を製造していました。
しかし、その頃からアンソニーは一般に使われるために設計した製品の製造をしはじめ、1881年には、100万人のための写真と銘打ったキャンペーンのために設計された製品を展開していきます。
その後の20年の間にもっとも特徴的で技術的に興味深い製品が作り出されました。

1901年、アンソニーは、Scovill & Adam’sはじめアメリカの歴史ある優れた会社と合併して、Anthony & Scovillとなり、1907年には名称を短縮してAnscoとなります。
さらに1928年には、ドイツのアグファと合併して、Agfa-Anscoに変更されました。
第二次大戦の結果、アメリカには多額の利益がもたらされるのですが、この時にAgfa-Anscoは、GAFの略称で知られたGeneral Aniline and Filmの一部門になり、それが1967年まで続きます。
GAFの写真部門は衰退し、1970年代後半にはその痕跡すらしぼんでしまいます。
1981年までにGAFは写真関連の業務をすべて売却してしまい、アメリカ写真史の創生期と発展期におけるもっとも有名な名前はすっかり姿を消してしまいました。
その精神を宿しているANSCOの商標は香港のHaking社に買い取られ、今でも高価ではない写真用品を製造しています。


アメリカ人にとって写真機関連のメーカーと言えばコダックを意味すると思うのですが、コダックの創業は1880年ですので、アメリカに写真がもたらされた直後に始まるアンソニーよりずっと後のことです。
コダックが1ドルカメラを発売して写真を大衆に広めたのは、アンソニーの100万人キャンペーンに範をとったのかも知れません。
アンソニーは最初カメラやレンズをヨーロッパから輸入して、小道具やアクセサリーを自社生産していたことから、日本で言えば小西六に相当するメーカーでコダックはキヤノンに相当すると言えば、かなり強引とはいえ分かりやすい例えではないかと思いました。

ライカやコンタックスなどをはじめとしたドイツのカメラ業界は、1960年代に安価な日本製一眼レフが席巻したことにより一気に衰退してしまったとよく言われます。
上記文章にはそのことは触れられていませんが、同じような影響があったと見て間違いないでしょう。
アグファ製のレンズシャッターカメラやゾりゴンなどのレンズは1950年代までは存在しましたが、アグファはその後フィルムに名を残すメーカーでした。
そのあたりのところを調べていくととても興味深いことがいくつもありますが、時間がとても足りません。
ひとつだけ書くとすれば、アグファの創業者はあの作曲家メンデルスゾーンの息子だということで、これは案外と知られていない事実だと思います。

さて、今日の作例は居酒屋前でビールとから揚げを売る、浴衣の少女です。
この日祭りを見物したお父さんの多くは、この前を通過するときに思わずビールを頼んでしまったのではと想像させる可愛らしい女性でした。
昨日のピンボケに続き、今日はわずかに手ブレしてしまっています。
ビールの影響だと言っておきましょう。
ksmtさんとは、来年は車で来ないで、締めをこの居酒屋でやるべきと意見一致しました。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(0) | 2014/05/09 Fri

不管国民党

Anthony 11cmF4
肖像撮影をするためのいちばんの問題はモデル探しだと言ってよいのではないでしょうか。
本来であれば、愛用のレンズのためにモデルさんを雇うべきなのだろうと思います。
しかし、それはそれで面倒があるようで、例えばブログに写真を掲載するには許可を取らなくてはいけないというのがあると聞きましたし、わたしのブログに同じモデルさんが同じ衣装で1週間登場するというのはおかしなことのように感じます。
ksmtさんが考え出した(というより皆さんやっていることなのでしょうが)お祭りとか京都のような観光地で、ハレの服を着た女性に声をかけて撮影させてもらうというのは、とても好いやり方だと気付きました。

とは言え、これにも大きな壁があります。
知らない人に声を掛けて撮影するというのはなかなか勇気がいる行為だということです。
小心者のわたしにはとてもできることでは無いように思われました。
にも関わらず、わたしでも声をかけられるのに気付いたのは中国でした。
中国だと理由不明ですが、躊躇することなく声をかけて撮影することができるのです。
国内だと、あるいは日本語だと、どうも周りの目が気になってしまうということなのかも知れません。

今回の京都で気付いたのは、相手が中国人ないしは台湾人だと、それほど気にならずに声をかけられるということでした。
だから国内でも中国語でなら声をかけられるということになり、日本人に日本語で声をかけるのができないのだと、原因がやや特定できました。
日本人に対しては、中国人の振りをして中国語訛りの英語で声をかけるというのであればどうにかなりそうです。
ちなみに昨日の作例は、「本物の舞妓さんですか」と間抜けなことを聞いてしまったことがきっかけで撮影できたというケースでした。

今日の作例は、台湾から観光に来た美少女なので撮影依頼できたというパターンです。
彼女たちは3人組で中国語で話しながら歩いていて、すぐに台湾人だと気付くことができました。
大陸とは若干違う聞き取りやすさと、彼女の可愛らしい感じが台湾的だと感じたからですが、これはあまり根拠のあることではありません。
撮影時には興奮したのか前ピンになってしまったのが残念ですが、独特の柔らかな雰囲気はやはり大陸ではなく台湾から来た親日の少女だと思わせる何かがあると言えば、ただの思い込みに過ぎぬと笑われてしまうでしょうか。

そういえば、わたしが写真をはじめたころ、若者の旅ブームが起きていて、毎月のように旅本と呼ばれる旅行記や旅のエッセイが文庫本で出版されていました。
中では、日比野宏さんという写真家の本が、旅の面白さで突出しており、さらには本業が写真家でライカで撮影した写真が本にはちりばめられていて、まだ若くてライカを試行錯誤使っていたわたしはたちまち彼のファンになってしまいました。
彼の本でエイジアン・ガールという旅先で撮った女性の写真とショートエッセイで構成された本は、わたしの旅のバイブルとも言える本でした。

韓国、中国、モンゴル、フィリピン、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、インドネシア、インド、スリランカとインドより東のほとんどの国の女性が出ていましたが、そのなかで台湾は一度しか登場せずその理由もわずか2行を使って明確に述べられています。

「台湾には国民党とともに大量のブスが流入してきた」と、ある台湾研究家がいっていたが、なるほど。

おまけにその写真の説明は、1987年11月に、高雄の六合夜市で唯一シャッターを押した貴重なものである、となっていました。
さすがに四半世紀も経てば状況はまったく変わるということでしょう。
少なくとも来日する台湾の女の子に関しては、美少女の宝庫と言えるからです。
【Alpha7/Anthony 11cmF4 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Anthony 11cmF4 | trackback(0) | comment(2) | 2014/05/08 Thu
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