水平線の先はアフリカ

Meyer OminI 20cmF3.5
スペイン、タリファ(帰国後の回想)
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2015/11/13 Fri

ポートレイトはかく撮るべし

Meyer OminI 20cmF3.5
モロッコ、マラケシュ(帰国後の回想)
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チュニジアはトルコよりオープンかも

Meyer OminI 20cmF3.5
チュニジア、スース(帰国後の回想)
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/11/07 Sat

彼は交通事故で入院したわ

Meyer OminI 20cmF3.5
スペイン、タウール
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/11/02 Mon

迷宮からの脱出

Meyer OminI 20cmF3.5
マラケシュを脱出することにしました。
さらに言えばモロッコから、もっと言えばイスラム圏から、離れたくて仕方なくなりました。
地図を見る限りその方法は簡単です。
モロッコ北部とスペイン南部はとても近く、フェリーでスペインに渡ることができるのです。
最接近しているのは有名なジブラルタル海峡で、ここは遠く離れたイギリスの飛び地ですが、なぜか旅していないわたしでもモロッコ側タンジール、スペイン側アルヘシラスという名前は知っていて、この間の航路でモロッコを脱出できると考えていました。
宿の夫妻に聞くと、マラケシュからタンジールまではおよそ10時間で、その途次にフェスという古い町があるとのことです。
フェスまでは8時間、フェスからタンジールまでは2時間というので、今日はフェスに泊まり翌朝タンジールから船でスペインへというプランをたてました。

フェスまでの交通手段はバスと鉄道の2通りだそうで、8時間なら夜行列車でと考えたのですが、マラケシュ発フェス行きは朝に1本、夕方2本でこの夕方の列車はいずれも深夜の到着です。
それなら、バスの方がいいかと考えましたが、バスの時間は分かりません。
バスターミナルの位置を地図にマーキングしてもらって、行ってみることにしました。
徒歩10分ほどと聞いていましたが、昨日、宿を探したときと同様のことが起こりました。
あっちだと指さされて歩いても見当たらず、別の人は案内すると言って金を取ろうと虎視眈々なのです。
そもそもバスターミナルが分かりにくい場所にあるとは思えません。
地図上でも、大通りにほぼ面しています。
それならまず大通りにでればと考えるのですが、入り組んだ道はそれさえ許さず、わたしは同じような小道をぐるぐる歩き回るばかりでした。
あきらめかけたところ、見覚えある通りに出て、ここからなら宿に戻った方が好さそうだと歩き出すと、あれよと言う間に大通りに出てバスターミナルも比較的そばにありました。
なんだか町にバカにされているようで、訳が分からなくなりました。

フェス行きのバスのことを聞くと、案内係に見えたその男性がわたしが売ってあげようと言いだしました。
しかも通常2500円のところを2000円でいいからと、誰が聞いても胡散臭いことを言います。
これはダメだと断り、会社ごとにいくつもあるチケット窓口の表示を1軒ずつ見て行きました。
アラビア文字で分からないところは無視して一通りまわると、2つのバス会社がフェス行きを出しています。
それぞれ値段を聞くと、2000円と1500円で両社とも夜行バスが複数ありました。
いちばん安いところで買おうかとも思いましたが、窓口の表示価格がすでに信用できませんでしたし、安い方がうちは安さとサービスでとても人気だというので、びっしり満員のバスを想像して乗る気が失せました。
バスより早いと分かった鉄道に切り替えることにしました。

バスターミナルから路線バスがたくさん出ているので聞くと、やはり駅を通るバスがあるとのことで乗り込みました。
座ると、他にも席はいくつも空いているのにわたしの隣にスーツの紳士が座ってきました。
カバンからPCを取り出して何やら作業を始めましたが、見るとはなしに横目で見ていると、彼の左手の位置がPCの下にあって、妙に不自然でした。
指の先からわたしのズボンのポケットの財布まではすぐそばです。
考えすぎだったかも知れませんが、マラケシュの人間が信用できなかったわたしは膨らんだポケットから財布を取り出して反対側のポケットに移し替えます。
そのとき紳士の方を盗み見ましたが、表情が変わったようには見えません。
やはり考えすぎだったでしょうか。

フェス行きの列車は16:30発、18:30発の2本で、それぞれ1:00着、3:00着でしたので、最初の方のチケットを購入しました。
チケットは800円ほどだったので、バスの料金はやはりぼったくりだったと確認できました。
宿に戻り深夜着のフェスの宿を予約してから、トランクを持って駅に向かうことにしました。
宿の奥さんが近くのタクシー乗り場に案内してくれるというので、助かったと思ったのですが、わたしにとって昨日のランチと同じ過ちになりました。
距離からして150円以下だということは明らかでしたが、奥さんが捕まえたタクシーに乗ると500円近い金額だといわれます。
奥さんが100円か、150円かキックバックを取ろうというのでしょう。
タクシーが走りだす前だったので降りてしまえばいいのですが、もう列車の時間が迫っていてすぐに次のを捕まえられるか分かりません。
タクシーは違う方向に走りだしました。
わたしが知らないと思って遠回りして、高い料金に文句を言われないようにと考えたのでしょう。
違うこっちじゃないと言いましたが、すでに人通りの多いUターン困難な道に入り、そのため前にもなかなか進まず、その後も渋滞につかまるなどして列車に間に合いませんでした。
間に合わなかったうえに倍以上も吹っかけられて、さすがに口論になりました。
最後にはわたしは300円ほどを運転手に押しつけて駅舎の中に入りました。
悪態をついていた運転手も駅まで追っかけてくることまではしませんでした。

2時間近くも空いてしまいました。
しかも到着は午前3時です。
元気があって荷物がなければ、メディナにもどって撮影するなり、空いた時間をポジティブに使うところですが、もはやそんな元気はこれっぽっちもありません。
近くのカフェで休むことにしました。
古びたカフェですが期待していなかったWIFIがあって、メールを打ったりしていると、思いの他時間が早く流れます。
しかし、悪いことは続くもので、店を出る際にカバンの脇に置いていたカメラをストラップに引っ掛けて落下させてしまいました。
何か部品が飛んで一気に血の気が引き、恐る恐るカメラを持ち上げると、電池を留めるストッパーが外れていました。
被害はそれだけで撮影にも影響無いようでしたが、電池を電池室に止めておくことができなくなりました。
そのままでは落下するので、撮影しようと思うと右手の小指か左手の人差し指で、電池を押し付けていないといけません。
少なくとも重たいペッツバールでは支えきれないですし、軽量なR-Serenarでも指がつりそうでとても何枚も撮影するなんてできそうもありません。
泣きっ面にハチですが、このあとさらなる悲劇が待ち受けていようとは、このとき、知る由もありませんでした。
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(5) | 2015/10/28 Wed

間奏曲をどうぞ

Meyer OminI 20cmF3.5
アルジェリア行きをあっさり断念して次の目的地にしたのが、アルジェリアの先のモロッコでした。
チュニスからカサブランカならフライトは多いでしょうし、料金もリーズナブルなようです。
しかし、いろいろ調べていると、カサブランカへの格安チケットは乗り継ぎ便で、他のモロッコの都市に飛んでも料金はほとんど変わりません。
であれば、なるべく奥地に飛んで戻ってくるようなルートの方が効率的です。
さらに見ると、バックパッカーの三大聖地のひとつマラケシュへのフライトが2000円ほどの差でいちばん安かったのですが、それがなんとミラノで1泊する乗継便でした。
今回の旅ではサッカーを2試合観てますが、1度もコンサートに行ってません。
ミラノ経由は振り出しに戻るみたいでかっこ悪いと思ったのですが、ミラノへ行けば音楽が聴けると考えてそのチケットを購入しました。

トランクを空港で預けようと思っていたのですが、5ユーロもして高いので、それよりは安いだろう駅に預けることにして空港バスに乗りました。
今夜空港に戻るので往復で買ったのですが、片道8ユーロ、往復14ユーロで2ユーロも得して気分上々でした。
前回の旅を終了して、今回の旅をスタートさせたミラノ中央駅のことは、案内できるくらいよく知っているつもりです。
ところが、荷物預かりに直行すると驚くべきことに50人以上の長蛇の列ができていました。
こんなのにとても並んでいられず、内部の作りだけ知っていても駅のことを知っているとはいえないのだと反省させられることになります
トランクを空港に預けなかったことを後悔しながら、気に入りの切符販売機のところに行きました。
購入したのは、スイスのルガノ行きです。

コンサートは8時半開演のものがあり、それまで大分時間があります。
普通であれば市内か、せいぜい近郊の町を訪れることを考えるでしょう。
しかし、今回、行きたかったアルジェリアを断念したことで、訪問国がひとつ減ってしまいます。
別に何ヶ国周れるかを競っている訳ではないので、アルジェリア1国パスしても何ら影響はないのですが、なぜか感情的にそれを取り戻そうという気持ちが働いていたようです。
1時間20分で行けるイタリア国境のすぐ先のスイスの町ルガノは、ほぼミラノ郊外の感覚でしたので、気にすることなくチケットを購入しました。

ルガノは同名の湖の湖畔にある町で、イタリア人にとってのリゾートになっているようです。
途中いくつか湖を縫うように電車は走り、定刻とおりにルガノ駅に到着しました。
天気が好く左右に次々現れた湖を見ることが、ルガノの小旅行のハイライトだったかもしれません。
永世中立国のスイスはEUに加盟していませんが、通貨もユーロでなく独自のスイスフランで、ATMでのスイスフランのキャッシングがまずは必要でした。
駅のレストランで食事するつもりでしたが、とても高くて断念しました。
並びのスーパーでサンドイッチを買おうとしたら1個700円もします。
いくらなんでも高すぎて買えず、300円の小さなハムのサンドイッチと、これはリーズナブルな150円ほどの瓶ビールを買ってお昼にしました。
スイスの物価の高さは尋常でないレベルに感じました。

帰りの鉄道の時間を見ると、ルガノには4時間滞在できます。
ツーリストインフォメーションで地図をもらって、とくに当てもなく、午後のやさしい陽光の中をのんびり歩きました。
その地図で面白かったのは、裏面全面が腕時計のカタログのような広告だったことです。
どんなものにしても生産地で買うのが安いはずですが、物価が高く、税金も高そうなスイスで時計が安いのかは疑問です。
もっとも安かったとしても、とてもスイスの時計なんて買う余裕はありませんが。
作例は湖畔にたたずむ少女です。
斜光を浴びたその横顔は、とても憂いを帯びているように見えました。
失恋でもしたか、あるいはわたしと同様、スイスの物価に嘆く旅行者なのか、たぶんわたし自身も同じような表情で歩いていたかも知れません。
唯一ルガノでしたのが、のんびりと次の駅まで歩くことでした。
来るときに気付いたのですが、ルガノの1つ手前の駅は、ルガノ・パラディソという名前でした。
パラディソは、パラダイスのイタリア語です。
期待して歩いてみましたが、名前の由来の意味は分からず、楽園なんて見つかりませんでした。

ミラノに戻ってロシア人ピアニストのコンサートを聴きました。
クレメンティから現代作曲家まで意欲的プログラムでしたが、ピアノをあまり聴かないわたしが知っていたのはドビュッシーの1曲だけでした。
それでも音楽に飢えていたわたしは退屈することなく演奏を楽しみました。
ホームの音響が素晴らしく、客が全然入っていなかったので、真ん中の最高の席で聴くことができたのもよかったと思います。
昼食が僅かで、好い音楽を聴いたとあっては、イタリア料理を堪能して明日のモロッコ行きに備えるつもりでした。
しかし、コンサート会場付近のレストランは10時半でどこも閉まっています。
残念ながらイスタンブールレストランでケバブの夕食になってしまいましたが、ビールがおいてあったのが救いでした。
レストランを出ると霧が出ていて気温もぐっと下がっています。
もう秋はだいぶ深まっているようでした。
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/26 Mon

代表がタダとは

Meyer OminI 20cmF3.5
一昨日のカフェの男性からチュニジアの言葉について解説してもらっていました。
アラブ諸国は基本的にすべての国でコミュニケーション可能ですが、国によっては違う単語が使われることが多く、スムーズにやり取りできないこともしばしばなのだそうです。
チュニジアでは、こんにちははアスラマ、さよならはベスラマ、ありがとうはシュクランで、シュクランはほとんどのアラブ圏で共通ですが、他はたぶん違うかもとのことでした。
この3つを覚えるだけで苦労しましたので、残りのイスラム圏で使えないとちょっとがっかりです。
しかし、今日1日これらの単語はフル稼働しましたし、使うことで相手の反応がすこぶるよくなるので、やはりあいさつ言葉は最低限覚えなくてはと心に決めました。

午前中の列車でチュニスに戻ったのですが、来た時と同じ2両編成なのに1等のない車両で、1等の往復チケットを買っていたわたしは損した気分です。
座席はほぼ満席でチュニスに向かってひた走りました。
今日のサッカーの会場がラデスというチュニス郊外の町で、ちょうど列車がラデス駅で停車するので下車するつもりだったのですが、車内アナウンスはなく、隣の座席の男性が言うもう少し先だというのを信じて乗り過ごしました。
それと気付いたところでちょうど同じホームの向かいに反対方面に向かう列車が停まったので、別の人に確認して乗り込みました。
10分ほどで無事ラデス駅に到着します。
カフェに入りスタジアムのことを聞くと、5キロくらい離れているので歩く距離ではないと言うことでした。
また、ラデスに泊まるつもりでしたが、ホテルはスタジアムと反対の方向に1軒あるだけとのこと。
スースのメディナには、宿泊したホテル以外にもいくつもホテルの看板を見ましたし、小さなケロアンの地図には10軒ほどのホテルが掲載されていましたので、ラデスにもあちこちホテルがあると期待したのですが、勝手が違ったようです。

タクシーでスタジアムに行きキックオフが6時と確認したあと、ホテルを目指しましたが違う駅の方が近いそうで一旦元の駅に戻って、ホテルはその駅で間違いないか確認してから切符を買いました。
すると、後にいた親子も同じ駅までの切符を買ったらしく、駅員が父親にこの外国人をホテルまで案内してやってくれと言ったようです。
言葉は通じませんが、ニコニコした顔で着いてきてというように合図してくれました。
3駅先に着くとここだというようにいっしょに降り、海の方に向かって歩き出します。
途中、子どもの遊び声のする場所があって、わずかに知っているフランス語で学校かと聞くと、公園だそうでどうも彼らはここに遊びに来たようですが素通りして、さらに歩いて行きます。
駅から10分ほどで交差点に出ると父親が、右前方の建物を指差して、オテルだと言いました。
再び笑顔になって、握手して別れました。
小さな子どもが早く公園で遊びたがっているだろうに、わざわざわたしをホテルが見えるところまで連れてきて、ずっと手を振りながら去っていったのが印象に残ります。
きっと小学校低学年くらいの子どもに、困っている人はこうやって助けてあげるんだよと言いながら公園に戻っていることでしょう。

残念ながらホテルは1万円以上でわたしの今の身分で泊まることはできません。
海岸近くにあるリゾートホテルだったからで、翌朝の空港へのタクシーも2000円くらいはかかるとのこと。
あきらめてチュニスのホテルに行くことにし、簡易カートに乗せたトランクでの移動を覚悟します。
駅近くに来るとスーパーがあったのでドリンクなどを調達して、近くの公園で休んでから駅に戻りました。
するとさっきの親子がホームにいて、また同じ電車になりました。
どうしたのかという身振りだったので、とても高くて泊れないのでチュニスで安宿を探すというようなことをフランス語っぽくいうと理解してくれたようです。
彼らは公園で遊んでの帰り道で、おもちゃとポップコーンを抱えた女の子がご機嫌そうです。
写真を撮ったり、飴をあげたり、お礼に女の子からポップコーンをもらったり、彼らの駅までは短い時間でしたがこの町の人に接することができで、高いホテルまで歩いたことが無駄ではなくなりました。

チュニス行きの列車はなぜか、1つ手前の駅で乗り換えなければなりませんでした。
しかも、乗っていた列車は8両編成で、やって来た列車は2両しかなく多くの人が乗れずにホームに取り残されました。
ずっと待っているとまたわたしの乗っていた方向から列車が到着して、ホームがラッシュ時の山手線のような状況になってしまいました。
時間のこともあっていまチュニスに行くのはあきらめました。
またスタジアムのある駅まで戻ります。
すると今度来た列車に大量にチュニジアサポーターが乗っていて、盛り上がっているのはいいのですが、駅が混沌状態になりました。
15分前には閑散としていたのに。
タクシーで行ったスタジアムでしたが、最寄り駅は一駅先だったようで、みなここまで乗車して歩いて向かっていました。
わたしはトランクを引いていたのでどんどん離されてしまい、途中サンドイッチを買ったこともあり試合開始に間に合いませんでした。
入り口でチケットのことを聞くと、不要だと言います。
アフリカネーションズカップ予選、チュニジア対モロッコの試合が入場無料だというのです。
当然、トランクなんて持って入場するなんて奴は前代未聞でしたでしょうから、拒否されるかもと心配したら、簡単にチェックしてOKでした。

試合はホームのチュニジアが2-3で負けましたが、レベルはかなり低かったと言わざるを得ません。
アフリカネーションズカップは無茶な日程を組むので、しばしば欧州のクラブでプレイする選手が帰国できずに、国内のクラブの選手のみで代表が編成されることが多く、そのためだったでしょうか。
チュニジアという国自体に親しみを感じていただけに残念でした。
タダにも関わらず観客はスカスカで、大きなスタジアムに3分の1も入っていませんでしたが、帰りの電車が心配です。
途中、チュニジアを応援してくれてありがとうと言われたりしながら歩きましたが、やはり流れに遅れてゆっくり駅に着いてみるとほとんど人はいません。
みな前の電車に乗っていってしまったようです。
今度来た列車は、途中の乗り換え不要でチュニスに到着しました。
前回泊まった蚊の多いホテル付近でチュニジア最後の食事にクスクスを食べました。
そこで聞くと、近くにホテルが5つあると場所まですべて丁寧に教えてくれます。
5つとも先日のより劣りそうなボロホテルばかりでしたが、そのうちの1軒の名前に惹かれてそこに泊まりました。
Hotel de Trans Atrantique。
翌月にはヨーロッパから大西洋を越えて南米に向かうので、あやかろうと考えたのでした。
しかし、ここでもチェックイン手続き中に早くも何ヶ所も蚊に刺されるような、きびしい宿泊施設です。
名前倒れのホテルだなあとがっかりでしたが、まさか、この蚊は太平洋を飛来してやって来たということはないだろうかと考えながら眠れぬ夜を過ごしたのでした。
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/25 Sun

最年少記録更新

Meyer OminI 20cmF3.5
アフリカ最初の夜は戦いにあけくれ、予定していた早起きができませんでした。
ホテル最上階の4階の部屋だったのですが蚊が随分いて、10匹以上殺してもまだ何匹か飛んでいたので、あきらめて布団をかぶって寝てしまいました。
何度か刺されたり、プ~ンとうるさい羽音に起こされたりして熟睡できませんでしたが、それよりもこちらで蚊に刺されたことでデング熱だかMARSだかにならないか少し心配になりました。
チュニスは地中海に面していて、温暖な気候ですが、砂漠の熱帯のようなところと違い、ナポリより若干気温が高い程度です。
室内ということはあるでしょうが、この気温に対して蚊が大量にいるということが不思議で、チュニスに行く人がいれば、必ず蚊取り線香は持参するようアドバイスしたいと思います。

もうひとつ寝るのが遅くなった理由があって、隣国アルジェリアのビザの確認をしなければなりませんでした。
実はサレルノの港で出国審査の職員が、わたしのパスポートのページを繰りながらチュニジアのビザはと聞いて来たのですが、乗船できないことを恐れたわたしは咄嗟に日本人はビザ不要ですと答えていました。
ビザの要不要を確認するのを忘れていたわたしは、チュニスの港で入国させてもらえずにイタリアにトンボ帰りかも知れないと心配だったのですが、入国できたところをみるとやはりビザは不要だったのでしょうが、国交のほとんどないアルジェリアは間違いなく必要なはずです。
ネットで調べるとやはりそのようで、そこまで調べたくはなかったのですが、チュニスのアルジェリア大使館で取得できないかと検索すると、かなり手続きが面倒なうえに日本大使館のレターも必要で、そうなるとISISの問題もあって日本大使館が対応してくれない可能性が高く、アルジェリアへの入国は半ばあきらめざるを得ないという状況でした。
それなら治安の悪そうなこのホテルの周辺を出て、どこか北アフリカらしい町に出て落ち着きたいと思いました。

チェックアウトするときにどこか南の方の行きたいというと、南方面の列車の駅は昨日とは別のところだと教えてくれましたが、どこか好い町を知らないかと聞いても首をひねるばかりです。
とりあえず駅に行って最初の列車の終点まで行ってみようと考えました。
駅のそばで、突然、女の子に声を掛けられ立ち止まりました。
中学生だという3人組は、昨日の高校生とは違い制服を着ていましたが、やはりどこから来たのかと聞いてきました。
3人ともかなりアジアに関心があるようで、寿司や刺身が食べたいと言ってましたが、Kポップとかジャッキー-チェンとか日本、韓国、中国の区別ははっきりとはついてないようです。
それと、会話は英語でしたが、ジャッキー・チェンをジャッキー・シェンとフランス語式に発音しているのがチュニジア流のようでした。
昨日の子たちと言い、ムスリム女性は閉鎖的とのイメージを破って、とてもフレンドリーかつ積極的なようです。
作例のように、撮影にも気軽に応じてくれました。
どこか列車で行ける好いところはないか聞くと、スースというところが海のそばの歴史ある町で素敵よと教えてくれました。
フェイスブックのアカウントはないのか聞かれ、友達リクエストを送ってもらいましたが、14歳の彼女たちがアルバニアの女の子の15歳の記録を抜いて、わたしのフェイスブックの最年少の友達ということになりました。

スースまで所要2時間の急行が30分後にあるというので切符を買うと1等になっていて、
2等でいいというと売り切れだといいます。
近くでサンドイッチを買いましたが昨日の反省から半分でいいと言うと、バゲットではなくハンバーガー用のパンに具を入れてくれました。
10分前にホーム行くと列車は人で溢れています。
2両編成で、一等はその1両の半分しかなくそこまですでに人がいっぱいで、切符を見ても車両番号や座席番号の記載が見当たらず、座れるのかどうか分かりません。
車掌が通りかかったので切符を見せると、1等の記載を見たからか、それともわたしが外国人だからか、率先して人波をかき分けてわたしを通したうえ、新聞を読んでいた紳士をどかせて、わたしにそこに座るよううながしました。
わたしの席がもともとそことは思えませんでしたが、誰に文句を言われるでもなくずっと座らせてもらいます。
サンドイッチは昨日よりずっと小さかったのに、それでもわたしには大きく腹いっぱいになり、すぐ眠ってしまいました。

スース駅は終点で、乗客の流れに乗って歩いていくと城壁のようなものと海がすぐに見えました。
メディナと呼ばれる旧市街を隔てる壁が海の比較的近くに建てられていましたが、これは中世に十字軍の襲来から守るために建造されたそうで、かなり堅牢そうに見えます。
こういう旧市街の古い建物を利用したホテルがあれば泊まりたいと思った矢先、まさにそんなホテルが見えました。
やや古びていますが、ダブルの部屋が1800円と昨日のチュニスの蚊の多いホテルの半額以下で、バルコニー付きの部屋にしてくれるといいます。
ホテルのそばを散策すると、入り組んだ細い路地の左右に古い家が並んでおり、これこそ北アフリカのスークの典型という光景が広がっていました。
どの家も、壁は真っ白ですが、扉や窓枠などは水色に塗られていて、午後の斜光を浴びて輝いて見えます。
白壁が光をきらきらと反射して、夢の中の景色のようでした。
スースを教えてくれた女子中学生たちに感謝です。

ホテルのほんの先に、小さな食堂があったので夕食にしました。
豆のスープと鶏肉のドンと乗ったクスクスに缶ジュースを付けて300円ほどでした。
安いですし、トウガラシが入っているらしいスープも、久しぶりに食べたクスクスもとても旨いんです。
ただ、量が多過ぎなのと、イスラム圏なのでビールもワインもないのが、不満と言えば不満でした。
と思ったら、ホテルに戻るとバーがあって、冷えたチュニジア産ビールが飲めてしまいました。
ちょうど、サッカーチャンピオンズリーグのパリ・サンジェルマン対レアル・マドリード戦をテレビで中継していて、マドリードファンだという青年とともに観戦しました。
わたしはレアルが嫌いなので、パリを応援しましたが、両チーム不発で0-0のドローに終わり、ケンカにならずすみました。
クリスティアーノがゴールしなかったことも含めて、わたしにとって今日1日は良いことずくめでした。
長く旅しているんですから、こういう日があってもたまには好いですよね。
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/21 Wed

小狗的後面

Meyer OminI 20cmF3.5
芸妓さんの舞を堪能してからいつもの梅園に向かったのですが、残念ながら雨は止むことなくむしろ雨脚を強めたようでした。
ミス熱海の撮影は中止だったどころか、その姿すら見かけません。
風邪でもひかれたらたいへんですので当たり前です。
ステージでは大道芸が行われていましたが、恐らくは梅の盛期に多くのお客さんの前でステージに立てると張り切っていたであろうパフォーマーは、わたしたち以上に雨を呪っていたことでしょう。

梅園には韓国式の庭園がありますが、梅の期間中、韓国伝統茶の販売が行われると表示されていたので行ってみましたが、これも中止になっていました。
日韓共同開催のワールドカップの前後にソウルを訪れ、仁寺洞の喫茶店で伝統茶を飲んでいたわたしは12年振りに飲めると期待しただけにとても残念でした。

予報から悪く、当日朝から雨だった熱海ですが、梅園にはけっこうな人が訪れていました。
雨の中で見る梅はより風流だからとやって来たファンもいたのかも知れませんが、多くはこの日熱海に行くと前からスケジュールを立てていて、当日の天気に関わらず翌週末は別の予定があるからとここまで来たということなのでしょう。
雨は雨で確かに風情がありますが、傘をさしての観梅は不便ですし、青空を背景にメジロも羽ばたく中での梅という方が定番でしょうから、そういう状況下で観ていただきたかったです。
梅の時期には何度も足を運んで、熱海の行政や旅館業、芸妓の皆さんまで、一体となって盛り上げようとする姿を幾度となく見てきた身にとっては、自然とそんな感情が起ころうというものです。

わたしたちは、早々に引きあげて途中にある温泉で疲れを癒しました。
ksmtさんは余裕だったかも知れませんが、わたしは何しろ使い慣れない重たくて長いレンズを振り回して、肩と腕が悲鳴をあげていました。
源泉かけ流しと明記してあった露天風呂で肩と腕を揉みほぐして生きた心地を味わいます。
生きていると言えば、体がふやけるほどの長風呂に浸かった後、畳の休憩所でごろんとなりながら飲んだビールの旨かったこと、他に変えられる心地よさは思い当たりません。

さて、温泉と言えば、梅園の中にも足湯があって訪れた人々の憩いの場となっています。
わたしたちは最初から温泉を利用するつもりだったので足湯はパスしましたが、寒い中で湯気を立てておいでおいでしているような雰囲気は魅力的に見えました。
そんな中に薄着でご主人様を待っていたと思われるワンちゃんが熱海最後の作例です。
言うまでもなく全体に白っぽいのはフレアではなく足湯の湯気であることをレンズの名誉のためにも明記しておきましょう。
そういえば、このレンズのオーミンの意味は前兆であり、オーメンのような超常現象が写るレンズかもなどと書いてしまいましたが、ワンちゃんの真上にそれっぽいものが写っていてギョッとしてしまいました。
たまたま人間のように見えているだけのようであり、あるいはたったひとりで足湯に浸かる女性のようにも見えます。
しかし、これは足湯なのですから、足の無い例が浸かれるはずはないことを考えれば、オーメンではないということでしょう。
【Alpha7/Meyer OminI 20cmF3.5 F3.5】
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/09 Sun

温柔鏡頭

Meyer OminI 20cmF3.5
ピントの良いレンズという言葉があります。
本来の意味は調べてみてもよく分からなかったのですが、恐らく、各種収差がよく補正されていることで、合焦しているしていないがはっきりしたレンズのことを意味しているのではないかと思われます。
初期のペッツバールレンズは非点収差や像面湾曲は大きく残っていますが、球面収差はよく補正されているものが多く、押しなべてピントの良いと言えるレンズが多いと考えられます。
したがって、乱視のわたしでも一眼レフでピント合わせがしやすいと感じられます(その割にはよくピントを外してしまいますが)。

ところが、マイヤー・オーミン(このレンズをそう呼ぶことにします)ではずいぶんと勝手が違いました。
重さや長さによってピントを外しまくったということを書きましたが、理由はそれだけではなかったようです。
どうもファインダーの中でピントが合っているのかそうでないかがはっきりせず、MFアシストも使ってみるのですが結論に至らずで、あいまいなままシャッターを切るようなことばかりでした。
作例では梅の花にない青い線が出ているのは色収差だと思われますが、それ以外にも若干のフレアっぽさに球面収差が残っているような感じがしますし、どうもそれら収差がファインダー内でのすっきりしない感になっているようです。

レンズはよりシャープでコントラストが高く、対象をはっきりと写し出せるものが高性能だったのですから競ってそういうレンズが製造されていました。
しかし、ペッツバールは画角が狭くて周辺は像面湾曲でピントが合わないのですから風景や建物を撮るには向かず、ポートレイト専用になります。
写真館にとって重要な顧客だった貴族やお金持ちのご婦人が、あまりに自分の顔をはっきり写し出されるよりは、少しソフトで小皺やシミを隠してくれるレンズを好むようになるのは必然だったでしょう。
マイヤー・オーミンはそのように設計されたレンズだったのかも知れません。

ペッツバールは分類上3群4枚構成になりますが、貼り合わせの前群と分離した後群の2つが一定の感覚で配置された2つのユニットからなる構成と言った方が分かりやすく、焦点距離が長くなるほどいずれのレンズの径も大きくなりレンズ間隔も広がって行きます。
しかし、マイヤー・オーミン20cmでは、ジャマン・エ・ダルロー15.5cmよりもレンズ間隔が狭くなっています。
両者のレンズ径はマイヤーが大きいので、レンズ口径比と同様にレンズ間隔を広げれば、焦点距離が変わるものの同程度のスペックと描写性能のレンズになったのではないかと想像できますので、マイヤーは意識して違うタイプのレンズにしようとしたということでしょう。
女性に優しいレンズを作るメーカーだったということかも知れませんね。

ところが、いまこれを手持ちで使おうとする男性諸氏に対しては厳しいレンズとなっているのは、これまでも何度か述べたとおりです。
このレンズのために使用したアダプターとエクステンションチューブの重さを列挙しましょう。
1.ライカM=NEX・アダプター 44g
2.EOS=ライカMアダプター 77g
3.M42=EOSアダプター 18g
4.M42エクステンションチューブ1 17g
5.M42エクステンションチューブ3 39g
6.M42=M52ヘリコイド 197g
7.レンズ本体(マウント加工済) 792g
合計 1184g
ちなみにストラップを付けたカメラボディの重量は538gとレンズの半分にも満たない重量でした。
筋力付けて、再挑戦いたします。
【Alpha7/Meyer OminI 20cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/08 Sat

刻印的秘密

Meyer OminI 20cmF3.5
ペッツバールレンズがまた少々増えましたので、リストを更新しておきます。
もともとブログを始めた理由のひとつがレンズの一覧化を目的にしていて、左側にレンズ名を並へるようにしているので屋上屋を重ねることになりますが、ペッツバールだけ抜き出して整理しておきたいと思います。

No. Manufacturer Nationality Focal lengs F No Years
1. Dallmeyer England 11.4cm(4.5in) F3.6 1861
2. Voigtlander Germany 10.0cm(4in) F2.3 1901
3. Lerebours et Secretan France 8.5cm(3.375in) F3.4 1860ca
4. Darlot France 10.0cm(4in) F3.5 1860ca
5. Gaudin France 10.0cm(4in) F3.5 1842ca
6. Dubroni France 10.0cm(4in) F3.5 1860ca
7. Vallantin France 7.0cm(2.75in) F3.5 1860ca
8. Holmes, Booth & Haydens USA 14.0cm(5.5in) F3.6 1857
9. Ross England 11.5cm(4.5in) F4 1862
10. Jamin & Darlot France 15.5cm(6in) F4 1860
11. Dallmeyer England 11cm()4.5in) F4 1861
12. Meyer Germany 20cm(8in)F3.5 1899ca

12番が今回使用したフーゴ・マイヤー、10番のジャマン・エ・ダルローは手許にありますがまだ使用していません。
前回の整理時同様、12本の平均値を計算してみましょう。
・平均焦点距離、13.90cm (10.78cm)
・平均F値、F3.50 (F3.49)
・平均製造年、1864.5年 (1862.3年)

括弧内は前回10本時の調査の時の数字で、焦点距離は大きく長くなり、F値はわずかに暗くなった程度で、製造年が2年少々新しくなっています。
35mmフォーマットで使うには100mm程度くらいまでの焦点距離が使いやすいですし、口径も大きいほど良く、製造年も古いものの方が嬉しいということで言えば、いずれも理想から遠ざかりつつある現状が分かります。

オークションサイトを眺めていると、ときどき19世紀後半くらいの湿板時代のカメラが出品されることがあります。
レンズにはペッツバールタイプのものが付いているのですが、それらには250mm以上の大きなレンズが付いているのが常です。
レンズ単体で売られているのも同様で、なかなか焦点距離が150mm以内のものは出てきません。
もっとも19世紀のペッツバールタイプのレンズには焦点距離の表示はありませんので、説明文にある出品者が計測したものを信用するしかありません。

オークションの説明文に正確な焦点距離が書かれているとは期待しませんが、高価に取引されるものなのでできる限りの実測結果は記載して欲しいものです。
バックフォーカスの計測はそれほど難しいことではありませんし、鏡胴の前玉から後玉までの長さも測ってもらえれば、ペッツバールの場合そこそこ精度のある焦点距離が分かります。
焦点距離に触れない場合は、レンズ径や鏡胴の長さをせめて記載してあれば、レンズ設計に差異の小さいペッツバールでは他のレンズとの比較で焦点距離が推定できます。
レンズ径ではなくフード径が、鏡胴の長さもフード込のものがそれとことわりなく記載されていたり、定規が添えられたレンズの写真があって径が3cmと小さいと思ったら3インチの巨大なものだったとか、手許に届いてからそれと分かったケースもありますので、それらはよく確認する必要があります。

さて、20cmF3.5と刻印されているフーゴ・マイヤーのペッツバールですが、これにも落とし穴がありました。
マウント部の製作をお願いしたksmtさんがレンズをチェックして刻印のスペックがおかしいことに気付き、次のように書いておられます。

「1:3.5 F=20cmと刻印されています。しかし、今の基準で言うと、F5.0, 220mm程度のようです。Canonのズームレンズで同じ画角、同じ明るさの写真を撮って、焦点距離とF値をEXIFから読み取っています。1:3.5とは単に焦点処理を前玉の直径で割っただけの口径比でF値ではありません。しかし、どうみても口径比は1:4.0くらいでして、ちょっと誇大表示のような感じです」

ペッツバールを蒐集しようとするならば、売り主の説明が信用できるとは限らないのは当然ですが、メーカー自身の記載することすらあてにはできないことを知るべきということのようです。
【Alpha7/Meyer OminI 20cmF3.5 F3.5】
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/07 Fri

前兆鏡頭

Meyer OminI 20cmF3.5
どうもピントが来ません。
今日の作例では、前ピンか後ピンだったかも不明です。
500mmくらいのレンズで使い回しが厳しいと言うのを聞いたことがありますが、わたしにはペッツバールタイプで使う200mmがα7で使う限界のようです。
200mm(8インチ)以上のペッツバールにはもう手を出してはいけないと決意したわけですが、実はすでにこのほか2本の200mmペッツバールを購入してしまいました。
合計3本の200mmペッツバールが使いこなせるように、肩や腕に筋力をつける必要がありそうです。

さて、そのレンズですが、金色の真鍮ボディにフォーカシングのためのラックアンドピニオン機構とウォーターハウス絞りのためのスリットが開いた典型的なペッツバールのかたちをしています。
ボディには次のように刻印されています。

OminⅠ 1:3.5 F=20cm
HugoMeyer&Co
Gorlitz No9001

字体が工業的なブロック体で高級感がないのは残念ですが、製造番号が9001というのはたいへん魅力的です。
フーゴ・マイヤーのレンズでこんなに若い製造番号のものを見たことがありませんでしたし、00とは違うここからスタートするというキリ番なので、シリーズ1番目のレンズとか、プロトタイプとして製造されたレンズなのではと想像が膨らみます。

残念ながら、マイヤーの製造番号表が見つかっていないので製造年の特定は困難です。
そこでフーゴ・マイヤーの歴史は分からぬものかと検索すると、ウィキペディアのドイツ語版に略歴が見つかります。
それによれば、1863年に生まれた光学技師のフーゴ・マイヤーは、1896年に商人のハインリッヒ・シュッツェとHugo Meyer & Coを設立したとあります。
その後、有名なアリストスティグマートが成功して1901年に工場を拡張したなどとの記載もありますが、1905年に亡くなってしまい、事業が奥さんと息子に継承されたとしています。
Ominやペッツバールタイプレンズ等の記載はありません。

一方、「ツァイスの電話帳」の著者として知られるティエーレが著した「Markennamen der Deutschen Photoindustrie」というドイツカメラとレンズなどの名称一覧には、1903年のアリストスティグマートの製造番号59250の記載があります。
1896年の創業から8年ほどですので、平均すると年間7000本くらいの製造ということになります。
前述のとおり1901年に工場を大きくしてるので、それまでは年産3000本ほどだと推定すると、9001番のレンズは1899年の製造ではと考えられます。

Hugo Meyer Ominと検索してヒットしたのはカメラペディアの1件だけで、そこにはプロジェクター用レンズと記載されています。
しかし、このレンズにはウォーターハウス絞り用のスリットがありますし、ティエーレの本にも写真用レンズとして148657番1911年製造が記載されています。
当時の木製カメラ用レンズとして製造されたものとみなすことにします。
もちろん部分的にはプロジェクョンレンズとして使われたものがあったのは、当時のマジックランターンがペッツバールを使用していることから当然のことです。

レンズの刻印にはOminIとなっているので、OminのシリーズⅠという意味であると想像します。
恐らくIはペッツバールタイプでⅡ以下も存在しているのだろうと思いますが、手掛かりはありません。
Ominの意味もドイツ語辞書で見てもよく分からないのですが、Ominという単語はないようなのですが、Ominaというのはあって前兆の意味のようです。
これは英語にするとomenとなり、とても怖い映画オーメンのことです。
前兆が写りこむという何か霊的なレンズということだとしたらちょっと怖いのですが、少なくとも今回撮った写真にそういうものはなかったようです。
【Alpha7/Meyer OminI 20cmF3.5 F3.5】
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/06 Thu

伝統楽器

Meyer OminI 20cmF3.5
昨日に続いて、熱海で見学した"華の舞"というステージから、楽団を写したものです。
なかなかピントが合わずに苦戦しています。
おかげで、譜面台の木目がはっきり見えることになって、これが手作りではないかということに気付かせてくれました。
座敷にあぐらで見学したのでもう少し慎重にピント合わせできそうなものですが、何しろレンズとそのコネクター類が長くて重くて一定時間以上は持っていられません。
長焦点のレンズは難しいという言葉は、使ってみて初めて分かるものなのですね。

三味線といえば前から疑問だったのは、この楽器の奏者は女性ばかりということです。
津軽三味線や三線は男性奏者が多いですが、三味線で男性が演奏しているというのを見たことが無いような気がします。
琴もそうです。
逆に尺八は男性の世界のような気がします。
邦楽器の中には性別制限があるのでしょうか。

わたしの学生のころはまだワープロが出てきたくらいで、パソコンを個人で所有できる時代ではなかったので、こんな素朴な疑問も図書館に行くなど半日掛かりで調べるしかありませんでしたが、今では検索すれば一瞬で問題解決してしまいます。
ありがたみが無いと言えば無いのですが、多くの疑問を解決してこなかったことを考えると、少なくとも半歩は前進したと言えるかも知れません。
上述の素朴な疑問に対する解答は、次のようなことになるようです。

まず三味線が女性のみというのはまったくの誤解でした。
絶対数が多い少ないということはありますが、三味線には男女格差はないとのことです。
尺八は、虚無僧が修行のための道具としていたことから女性が吹くことは忌避されていたということだそうです。
琴も三味線と同様でした。
有名な「春の海」の作曲者である宮城道雄は箏曲家の第一人者ということだけでも、男女がどうこうという問題以前です。
ちなみに、その春の海は新年のテーマ曲のように扱われることが多いですが、8歳で失明する前の道雄が父の故郷である広島の鞆の浦を見たときの記憶をもとに書いた曲とのことです。

単純化して言えば、男の子は野球やサッカーを、女の子は音楽の習い事をという割合が高くて、それが三味線や琴の男女比に繋がっているということなのでしょう。
団塊の世代が定年を迎える昨今では、仕事を引退してピアノやヴァイオリンなど西洋楽器を始めるという人が結構いると聞きましたが、三味線や琴はどうなのでしょう。
琴はかなりの本格派向きだと思いますが、持ち運びできる三味線は割と入りやすいのではないでしょうか。
密かに始めてみましたって人も周辺にいるのかもと想像します。
いずれにしても、なかなか機会のない三味線の生演奏を聴くことができたのも、熱海に行った甲斐ありだと思いました。
【Alpha7/Meyer OminI 20cmF3.5 F3.5】
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Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/05 Wed

観音光臨

Meyer OminI 20cmF3.5
今日から、南国の開放的世界から思いっきりドメスティックな世界に戻りたいと思います。
この日曜にまた熱海に、またksmtさんと出掛けてきましたので、その作例を出させていただくことにします。
あいにくの大雨と慣れない200mm長焦点で撮影枚数自体が少ないうえ、今日の作例を含めてピントが合わなかったり手ブレしたりの連続で、写真に真摯に取り組む方であれば1週間ブログはお休みだと諦めるとところですが、良心の呵責すら感じないわたしは構わず更新を続けていく道を選択することにしました。

熱海には先月行ったばかりですが、ksmtさんが熱海の芸妓さんを観光客向けのステージで安く見ることができるので行ってみませんかと誘ってくれ、合わせて前回雨で中止されたミス熱海の撮影会にも足を運ぼうという計画を立てたのでした。
しかし、この日はまたしても天気が悪く、残念なことにミス熱海の方は今回も中止になってしまいました。
それだけに芸妓さんの撮影にはいつも以上の気合が入っていたのですが、気合だけではどうにも補えないものがあることを思いきり知らされることとなりました。

今回のレンズは、20cmのペッツバールですが、客席からステージに向けるにはちょうど好い焦点距離と明るさのように思っていました。
しかし、レンズ自体が真鍮で重たいうえに、レンズマウント部分のコネクター、ヘリコイド、エクステンションチューブ、キヤノン→ライカ・アダプター、ライカ→NEXアダプターと数えきれないほどの中間リングを経由しているためやたら長大なレンズになってしまいました。
何でも刻印は20cmとなっていますが、実際には22cmくらいの焦点距離があるそうで、いずれにしてももっているだけで腕が疲れてしまうようなエクササイズ兼任レンズでした。

20cmくらいの焦点距離になるとピント合わせも微妙になって来るようで、ファインダーを見ていてもなかなかピント合わせは厳しいです。
そして、持っているだけでカメラを支える腕や肩も震えて来るほど辛いということが分かってきました。
テクニカルにもフィジカルにも優しいとは言えないレンズなのですね。

それでも撮影し続けたのは、何より熱海の芸妓さんが良かったからです。
とくに作例の愛千代さんは、ひと目見て痺れました。
芸妓さんといって親しみを感じるという人は今の世の中少ないのではないかと思いますが、わたしもイメージするところは明治の文豪とか政治家が遊んだり、それを超えて恋に落ちたりとか、いずれにしても現代ではない世界のとても縁遠いところに位置する崇拝の対象のような感覚を持っていました。
愛千代さんのステージに舞う所作や振る舞いはそんなイメージ通りの、例えば観音様が光臨してきたかのような現実離れした残像をわたしの頭の中に残したのです。

20cmレンズでこの大きさですからわたしの位置から彼女までは8メートルくらいの距離があったはずです。
客席には100人以上の観光客がいずれもステージを食い入るように見つめていたはずですし、わたしのすぐ隣にはksmtさんが座ってわたしと同じようにステージを、というよりはやはり愛千代さんを見つめていたはずです。
にも関わらず、わたしには彼女を独占して見ていたというような不思議な感覚がありました。
ここのところコンサートなどに行っても音楽に入り込めず、客観的に音楽を聴いているというようなことが続いていたのですが、なぜかこの日は舞台の彼女にすごく集中できたようだったのです。
【Alpha7/Meyer OminI 20cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Meyer OminI 20cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/03/04 Tue
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