Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/22 Tue

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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/20 Sun

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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/18 Fri

暫定1位はルーマニアに

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
これまで訪れた国を順番に記していくと、1.日本→2.韓国→3.中国→4.モンゴル→5.ベトナム→6.ラオス→7.タイ→8.マレーシア→9.シンガポール→10.ミャンマー→11.スリランカ→12.バングラディシュ→13.インド→14.ネパール→15.UAE→16.ヨルダン→17.イスラエル→18.パレスティナ→19.トルコ→20.ブルガリア→21.ルーマニア→22.モルドヴァ→23.ウクライナ→24.ポーランド→25.オーストリア→26.スロバキア→27.ハンガリーと日本を含めた27ヶ国を旅したことになります。
それ以外に、オマーンとフィンランドが航空機の乗り継ぎで通過、チェコが夜行列車で通過と、それらまで含めれば30ヶ国になるので、何ともまあ多くの国に足を踏み入れて来たものだと感心します。
しかし、もちろん、ほとんどが短時間の滞在で、そんなのでは旅したことにはならないという批判があるでしょうし、わたしの滞在の感想が好き嫌いばかりで客観性に欠けているという非難があっても受け入れる覚悟があることも記しておきます。
わたしができる世界一周を自分なりのルールに則って時間内にするとしたら、こんなものであろうというのを実践しているに過ぎません。

これまで旅した中ではどの国が良かったか、どの国が良くなかったかとの質問を受けたことがあります。
正直、たいへん答えにくいです。
1日でも滞在すれば、たいがいは良いことも悪いこともあって、人の親切には多少なりとも触れて、それらに○×を付けたり序列を付けたりいうのはなかなかできることではありません。
一方で、どこの国にも好い面があるのでなどという八方美人な回答も、それはそれでよろしくないという気がします。
敢えて勝手気ままにベスト3、ワースト3というのを選ぶとすれば、次のようになるでしょうか。
☆Best
1.ルーマニア 会った人のほとんどがすばらしく、観光地化し切ってない好さがあった
2.スリランカ アジアの仏教国はたいがい好きだが、ここには未知の心地よさが溢れていた
3.ヨルダン 気候・風土がすばらしくイスラム圏ではあまり感じられない異教徒を温かく迎え入れる空気があった
★Worst
1.インド 常に騙されていたし、気候が厳しく、食事も辛く、滞在時にレイプ殺人まであって救いが見当たらなかった
2.モルドヴァ 行く前は期待度がすごく高かったのに、着いてみるとあまりに何もなくがっかりで、ルーマニアを旅するならここに来る必要はなかった
3.UAE 別に悪いわけではないが、出稼ぎ外国人ばかりで普通のUAEの人に会ったかどうかも定かでない

旅は一過性のものなので、その時の運不運や滞在時の気候条件、滞在場所によって感想がまったく違うものになることがあるのは仕方ありません。
そういった外的要素を除外した客観的な国の評価ならまったく違う結果になったと思います。
上記は、旅した範囲内で好かった好くなかったを主観的に判断しているだけなので、もう一度行けば間違いなく違う結果になることを承知で書いています。
このことで不愉快に感じたりしても、あいつはその程度に皮相な見方しかできていないからと思ってご容赦ください。
それに旅の余韻が残っている中なので、時間の経過とともに感じ方が変わっていく可能性が高いことも付記しておきます。

ルーマニアは、ブルガリア同様食事やビール・ワインが美味しく、物価のリーズナブルな国でした。
地方色の濃い食事を出すことでもブルガリアと似ていて、その意味で両国に優劣をつけるのは難しいと思います。
町並みの美しさや個性と言う面でも両者は互角でなかなか甲乙が付けがたいです。
人々が親切なことも同様だと思うのですが、ここにひとつ英語教育がルーマニアの方が行き届いていそうだという優位性を感じました。
合わせて、ブルガリアはキリル文字が使用されているという私たちにとってのハンディキャップを抱えていて、ルーマニア語はラテン語圏の言葉に似ているために親しみやすいということがプラスに作用しています。
旅のしやすさということではルーマニアが何歩かリードしていると言わざるを得ません。
とは言え、しゃべっているのを聞いてもまったく分からないということではルーマニアもブルガリアも大差なく、ルーマニアが一足先にEUに加盟したことも旅行者にとっては何もメリットを感じるところではありません。

これはさらに主観の問題ですが、女性の美しさではルーマニアがだいぶ優っていると感じました。
ということならたぶん男性のルックスも。
ここでも俗説を引き合いに出しますが、ルーマニアの方がブルガリアよりも接している国が多様で、ハンガリーなどともかなりの領土争いをしていることからいろいろな血が混じっているということがその理由として考えられます。
わたしの主観の物差しでは、10人女性がいれば7人が美人で3人が普通というのがルーマニア。
目を瞑って写真を撮らせてくれと言っても7割の確率で美女の写真が撮れるということになるでしょう。
少なくともわたしが訪れたことがある国の中ではもっとも美人度が高い国です。

作例は、別に目を瞑ってお願いした訳ではありませんが、明日はモルドヴァに行くという日だったので、せめてひとりはルーマニア美人の写真を撮っておこうとお願いしたものです。
実は連れに強面の男性がいたのですが、市民のための音楽祭の会場での祝賀ムードから、少なくとも撮らせてと言って殴られることはないだろうと思い頼んでみました。
さすがに最初は不審がられましたが、事情を説明すると喜んで引き受けてくれました。
市民の憩いの日ならではです。
何もない日の夜にバーかどこかでこのふたりに同じ依頼をしていたらボコボコにされていたかも知れません。
好い音楽祭でした。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/17 Thu

ソフィアに暮らしたい

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
昨日も書いたように、いま、日本に戻ってきています。
つぎにまたブダペストに戻るまでのしばらくの間は、ソフィアからブダペストまでの旅のことで、旅の間に書き漏らしたことなどを記しておこうと思います。
とはいえ、ソフィアから旅を始めてすでに3週間以上経つので、記憶力が無く、記録を残すほどマメな性格では無く、意味のある旅をしている訳でも無く、という人間なので、それを文章にするのは相当の労力をともないます。
思い違いや恥ずかしい勘違い等あろうかと思いますが、読み流していただくか、ご指摘いただければ幸いです。

ソフィアで忘れられないのが宿泊したホテルでした。
前回の旅でソフィアから帰国する前の日に宿泊してたいへん気に入り、今回の旅でも到着時に利用したホテルです。
ホテルという名称で設備はきちんと備わっていますが、建物や構造はアパートメントそのもので、近代的なホテルを期待する人にはなんだこれはと思わせるかも知れません。
しかし、ブルガリアが気に入って長期滞在するためにアパートを借りて、一時的にだけれどソフィア市民になったと言う気分を味わうことができるという意味では最高のホテルでした。
シングルベッドが2台並行にではなく、広くない部屋に合わせてあっちとこっちと言うようにずらして配置しているのが、自分自身で工夫した結果のような楽しさがあります。
洗面とトイレは細長い別室にありますし、それをつなぐ小部屋はぎりぎりにソファや冷蔵庫などが置かれていて、アパートの住人気分を高めます。
もし、異性のちょっとした友人が来て帰りの交通手段がなくなったなんてことになれば、彼女はベッドに寝てもらって、わたしは冷蔵庫の脇のソファで休むことにするでしょう。

ホテルのすぐ並びにはオペラ座があります。
残念ながらまだシーズンではなかったのでオペラ鑑賞はできませんでしたが、お金が無いので安い桟敷席で鑑賞し、幕間の休憩ではシャンパンを楽しむ貴婦人たちを横目にいったん外へ出てからアパートへ戻り、用意していた安ワインをちびちびやりながらチーズにかぶりつき、本日の配役を再確認して採点表を作ったりしてひとり悦に入りながら第2幕開始ぎりぎりに席に舞戻るなんて芸当もできてしまいます。
一方で、ソフィアの象徴、アレクサンドル・ネフスキー聖堂はじめとした教会群や公園が徒歩5分圏内です。
毎日散策していたらずくに地元っこの友だちかできるでしょうし、慣れた雰囲気で歩いていれば旅行者から道を尋ねられることだってありそうです。
まさかソフィアで日本人が西洋人から道を尋ねられるはずがないと思われるでしょうが、わたしは以前、旅したベルリンとウィーンの2回ドイツ語で道を尋ねられたことがありますので、見た目より雰囲気が人の注意を惹くのだと思います。

ソフィアは日本料理も人気が出てきているようです。
わたしが歩いた狭い範囲だけでも寿司屋を3軒見ましたし、2度食事に行ったレストランはブルガリア料理とアジア料理の2枚看板の繁盛店でしたが、2回目の時は隣の中年夫婦が寿司のセットを楽しんでいました。
味のほどは分かりませんが、オーダーが手慣れていたし、箸の使い方も堂に入っていたのでしばしば寿司を食べているという雰囲気でした。
黒海こそありますが、基本的には海のない国ですので、寿司が自然に根付いたと言うよりも、食べ物として美味しさとヘルシーさとで人気を獲得していったという気がします。
日本食は世界的に増加の傾向にあるのでしょうか。
以前は、日本レストランと言うと、日本の若者が外国で始めるレストランと言うのが主要都市にある程度だったような気がします。
その後、大きな町では日本の回転寿司チェーンが出店したり、韓国人または中国人による日本食レストランなどがときどき見られるようになり、現在の日本食ブームのような状況が生まれたように思います。

ブルガリアと聞いて思い浮かぶのはヨーグルトくらいのものでしたが、どうもヨーグルトは酪農の盛んなブルガリアで美味しく食べられるものの、自国を代表する名物とまでは位置付けていないようです。
農家のお手製があればきっと違うのでしょうが、レストランやスーパーのそれは日本のものとそうは違いません。
その傾向は、ルーマニア、ウクライナ、ポーランド、スロバキア、ハンガリーと同じで、たぶんヨーグルトといえば、多少の差こそあってもヨーロッパで共通のものなのでしょう。
前にも書きましたが、ケフィルというヨーグルトそっくりな食べ物があって、ヨーグルトが乳酸菌を使っているのに対し、ケフィルはケフィル菌を使用したそっくりな食べ物ですが、
両者ははっきり分けられていました。
ケフィルの方が濃厚だとも聞いたのですが、味が強いということ以外わたしには違いは分かりませんでした。
同じメーカーのものでヨーグルトと比較すれば分かるかも知れませんが、それが分かってどうなるかというレベルのような気がします。

ブルガリアで美味しいと感じたのは、ビールとワインに止めを刺します。
ずっと中東を旅してトルコを過ぎ、ようやくコーランの束縛から解放されて自由に飲めるようになったのです。
加えて彼の地は乾燥していて常に喉が渇いているような状態です。
当初は昼食や夕食でもビールを飲んでいましたが、そこはリーズナブルに飲めるハウスワインに譲って、休憩時やホテルに戻ってからビールを飲むようにしました。
カフェでも安く飲めますが、ビールを売るショップやスタンドがあちこちにあるので、そろそろ喉が渇いたと思えば、その場で買って公園に腰を降ろしてでもいいし、歩きながらでもよしで飲み干します。
何しろ500mlのビールが100円しないくらいなので、日本でペットボトルのお茶を買うより安いのです。
作例は、公園で飲みながら撮った1枚です。
いかにも大学生風の女の子でしたが、新学期を前に思い詰めてるようなアンニュイな雰囲気がわたしにレンズを向けさせてくれました。
公園での飲食はよろしくないこととされているのかほとんど見かけることはなく、たまにいたのはわたしのような外国人旅行者だけだったかも知れません。
いずれにしても、住環境に食事&飲み物と、住んでみるにはソフィアは案外と好いところであることは間違いなしだと思います。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/15 Tue

ベートーヴェンフリース強盗計画

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
10時半には寝て、到着1時間前の5時半に目が覚めたので自分としてはかなり寝たつもりでいました。
寝台より安価なクシェットというコンパートメント1室が3段ベッド向かい合いの自分でシーツ等のメイキングをしないといけない簡易寝台でしたが、疲れがたまっていたせいか、横になるとすぐに眠ってしまっていたのです。
今日は、本当はスロヴァキアのブラティスラヴァに行くつもりだったのですが、クラコフからのチケットが売り切れだったので、ウィーン行きの列車に急遽変更していました。
ウィーンからブラティスラヴァまでは100キロも離れていなかったはずで午後移動することとして、20年ほど前に来て以来久し振りのウィーンを少しだけ訪ねることにしたのです。
その時は何日間か滞在したので、ウィーンの主要なところは知っているつもりでしたが、列車が中央駅と西駅に停車すると聞いて、どちらが中心に近いかが思い出せません。
名前で判断すれば中央駅ですが、確か西駅の前からマリア・ヒルファー通りを通ってステファン寺院前まで近かったようななどと記憶がよみがえります。
マリア・ヒルファー通りなんて名前まで思い出したのにわたしの記憶は間違っていました。
おまけにブラティスラヴァ行きは中央駅から出るそうで、素直に中央駅で降りなかったことが悔やまれました。

お腹が空いたので、駅構内のベーカリーで朝食を摂ろうとして驚きました。
ウクライナからポーランドに入って物価の高さに驚きましたが、ウィーンはさらに高く東京よりも物が高価です。
美味しかったチーズクロワッサンが250円、いちばん安かったドーナツが100円、ペットボトルの水も250円で、ちょっとした朝食が600円になってしまいました。
感覚的には同じものがクラコフでは300円、リヴィフでは150円というところでしょうか。
国境を超えるたびに物価が倍になっていっているようです。
中央駅まではトラムで行くよう言われたのですが、ほんのちょっとの距離で120円もしてこれはまあまあかと思っていたら、わたしは間違って半額の子供用を買っていました。
中央駅では切符売り場が長蛇の列でブラティスラヴァ行きの切符を買うまで1時間かかりました。
しかし、ブラティスラヴァ行きは1時間毎に出ていて指定を買う必要が無く、こんなに並ばずに券売機でよかったそうです。
ウィーンからブラティスラヴァという首都同士を結ぶ路線ですが、感覚としては東京から千葉に行くようなものでした。

短時間のうちにどこに行くか悩みましたが、どこに行ったとしても地図が無いと辛いので、まずはステファン寺院近くにあるツーリストインフォメーションで地図をもらいつつ、近くのザッハホテルのトルテを買いに行くことにしました。
実は、クラコフでアンドリューとスベトラーナとの電話連絡をお願いした友人のお嬢さんがスィーツ関連の会社に就職が内定したと聞いていたので、お祝いとお礼を兼ねたお土産をそのザッハトルテにようと考えたのです。
すでにトランクはいっぱいでトルテを入れるスペースはなかったので、クラコフでウィーン行きのチケットを買ったときにこのお土産を思い付き、駅前でセールをしていた小型のバックパックを購入済みでした。
今度はトルテだけではバックパックにスペースたっぷりなので、帰国前の空港でワインでも買って帰ることにしましょう。
このあたりから確か徒歩圏だったゼセッシオーンに行ってクリムトを見るところまで、簡単に計画できました。
もう1ヶ所くらい廻りたいところで、フンデルトヴァッサーハウスに行くことにしました。
インフォメーションで聞くとゼセッシオーンからは国立歌劇場に戻ってトラム1本で行けますし、そのまま中央駅に戻るアクセスも良いことが分かりましたので。

本日の作例は、インフォメーションからゼセッシオーンに向かう途中で見かけた、映画・第三の男にも登場する下水道が走る地下の世界を見て回るツアーの人たちです。
正面木の陰に見える金色の建物がゼセッシオーンです。
ツアーのことをガイドの方に聞いていたところ、わたしのレンズに目が留まったらしく質問されたので、ペッツバールはもともとウィーンに本拠のあったフォクトレンダーで製造されていたが、ペッツバールとフォクトレンダーが仲違いしたためにドイツに移転したというエピソードを示しつつ、レンズがいかによく写るかを賛美すると、感心して聞いてもらえました。
もっともウィーンっ子にこんな説明をするのは、わたしが鎌倉散策に行ってオーストリア人に源頼朝の解説を聞かされるようなものでしょうか。
蛇足ですが、ザッハトルテは木箱に入っていて高級感があったので、美味しくなかったとしてもウィーンの人々にはハレのスイーツとしておなじみのものだと申し開きでそうです。
ヨーロッパというとお土産なんていくらでもありそうなものですが、ワインは重いし生ハムは検疫手続きがあるし、何を買えばいいのか困りものです。

フンデルトヴァッサーハウスは再訪でしたが、近くに同じくフンデルトヴァッサーが設計して彼のギャラリーになっているクンストハウスヴィーンという建物があるのは現地で知りました。
これは思わぬ幸運でした。
フンデルトヴァッサーの絵をまとめて見るのは、都内のデパートでやはり20年くらい前にウィーン幻想派展を見て以来のことですし、その前にウィーンに滞在したときにそのフンデルトヴァッサーのシルクスクリーンが12万円くらいで売られていて悩んだ末に買わなかったという大後悔を思い出させてくれました。
フンデルトヴァッサーハウスのそばに安いケバブの店があって、お昼にと買ったときに店主にクンストハウスの場所を聞いたところ、ちょっと分かりにくいかも知れないからと途中まで案内してもらいました。
その彼に出身を聞くとシリアとの答えで、国の置かれる状況と彼のやさしさのギャップに言葉を失いました。
クンストハウスのそばの建物にベンチが置かれていたので、スーパーで買っておいた200円ほどのオーストリアスパークリングワインでケバブを頬張ります。
彼のやさしさとシリア出身との言葉がないまぜになって頭の中を去来していることを割り引いても、このケバブは中東で食べたどれよりも美味しいと感じられました。

ウィーンからブラティスラヴァまで鉄道で1時間強。
2つの首都間の距離や時間としては、世界でいちばん短いものではないかと思うのですが、ブエノスアイレスとモンテビデオの距離も近いと聞いたことがありますので、自信はありません。
ウィーンよりずっと小ぶりなブラティスラヴァですが、道路名表示が分かりづらく、ホテルを見つけるのにだいぶ手こずりました。
そのホテルは住宅を改装したペンションで、周辺には何もなく、食事しに旧市街まで繰り出しました。
しかし、ここでも道を間違えてしまい、歩けど歩けど旧市街の中心が見つかりません。
地元の料理が食べられればどこでもいいやと歩いていたカップルに近くにレストランがないか聞くと、5分くらいのところに好いところがあると教えてくれました。
あったと思ったらタイレストランで、ここではないともう少し歩くとおしゃれなレストランが見つかりました。
ところが、メニューを見てびっくり、ここもタイ料理の店だったのです。
不本意ですが、グリーンカレーを頼んだところとても美味しく、スロヴァキアの赤ワインとも実によく合いました。
その店にもうひと組いた男性から日本人ですかと声をかけられ、彼と食事していた女性が日本人と分かり驚きました。
彼はその女性の息子さんの友だちで、彼女がひとりで旅行に来て合流し、スロバキアを案内しながらウィーンやプラハも含め一緒に旅しているそうです。
何ともうらやましい話です。
彼も中部の町の出身だそうで、このレストランがタイ料理とは知らなかったようです。
彼は大の日本びいきのようで、すでに2回来日していて、また近々来るとのことでしたので、その時は鎌倉でも案内するからとアドレスを交換しました。
ところが、その後ホテルへの道をまたしても間違えたわたしにこそ案内が必要だったと言わなければなりません。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/12 Sat

助けてくれた彼を助けられず

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
長く旅を続けているとその間にはいろいろな偶然を体験することがあります。
しかし、それは旅人自らが引き起こしたということでいえば、必然と言った方が正しいのかも知れません。
なぜなら、ウクライナのルヴィフから次に向かったポーランドのクラコフへの珍道中は、必然と偶然が相互作用したものと考えてしまうからです。
それは、オペラ座地下のカフェで駅への行き方を聞いたところから話は始まります。
トラムの駅があるべきところに線路はなく、反対方向に歩いたところで見つかったので、待っていた人にこのトラムは駅まで行くのかと聞くと、イエスと返事が返ってきました。
しかし、11時が終電と聞いていたのに5分過ぎてもトラムは来ません。
焦り始めていると、バスが通って来て少し離れたところに停まりました。
先ほどの青年が、あれだと指さしふたりして走りましたが、バスは我々に気付かず行ってしまいました。
わたしが呆然としていると、彼は、駅まで歩くしかないな、いっしょに行こうと平然としています。

駅まではたぶん3キロくらいですので、30分少々で着ければ、クラコフ行きの列車には間に合います。
しかし、念のため彼には、クラコフ行きの列車が12時発なのでそれに乗りたいが大丈夫かと聞きました。
すると彼はエッという顔をして、わたしもクラコフに行くがバスだ、バスも駅前から出るんだよ、何だかずいぶんと奇遇だねなどと話しだします。
駅まではやはり約30分の道のりでしたが、その間、ずっと互いに自己紹介し合ったり、わたしがこれまでの旅の話をしたり、彼がクラコフの仕事の話をしたりでほとんど時間の長さを感じないうちに到着しました。
彼の名はアンドレイ。
明日また会おうという話になり、クラコフの到着時間を互いに確認し、わたしが予約したホテルを控えて、明日はわたしが車で町を案内するからと言ってもらいました。
互いに終バスを逃して歩いた縁で、すっかり親しくなってしまったのでした。

最初の悲劇は、駅の中でわたしの方に襲いかかりました。
列車のホームが見つからないので確認すると、発車時間は11:59ではなく、10:59でした。
もうすでに列車は行ってしまった後です。
切符の購入やり取りの時に最初に10:59と聞いていて、確認時に11時だと言いなおされて時間を混同してしまったか、最初から聞き間違いだったのか、いずれにしても切符を確認していればよいものを思い込みだけで駅に行ったわたしの大きなミスです。
普通ならこれで、ルヴィフにもう1泊ということになりますが、アンドレイはむしろ喜んでいて、いっしょにバスで行こうとわたしを落ち着かせてくれました。
列車の切符も、彼が窓口に行って事情を説明したところ、半額近くが払い戻されました、
日本のシステムはよく分かりませんが、たぶん、乗り遅れた列車の切符を持って行っても1円とて返してくれないのではないでしょうか。
12:30発のバスの座席には余裕があったようで、英語の通じない運転手から切符を買っておいたからと支払いの建て替えまでしてもらいました。
バスの中では、彼は持参のPCで旅の写真などいろいろ見せて話を続け、日本には興味があるそうで多様な質問をするなど、他の乗客が寝静まっている中、ふたりで盛り上がっていました。
不思議だったのは、こんにちはやありがとうという日本語は知らなかったのに、1から10まで日本語で言えたことです。
大きな謎ですが、類推すると、ウクライナ軍にいたことがあったと言っていたので、軍隊で空手か何かを習って1から10までの掛け声とともに訓練していたのかなと考えられます。
他にも彼にはいろいろと不思議なことがありましたが、彼のプライバシーを著しく侵害しますのでここには伏せておくことにしましょう。

もうひとつの悲劇は、ウクライナとポーランドの国境で彼の方に起こりました。
ウクライナの出国はバスに乗ったままパスポートのみが回収され、しばらくすると別の係官により返却されました。
ポーランドの入国では全員が降りて、入国審査を受けます。
日本人はビザが不要ですが、隣国ウクライナの人々は事前にビザ取得してあり、なんで日本人は不要で俺たちは必要なんだとアンドリューが怒っています。
バスには20人ほど乗客がいて、簡単な質疑応答の後、順次パスポートにスタンプが押されていきますが、わたしはノルウェイから会議のために来ていた高齢の女性ふたり組のうちひとりの足が悪かったので、介助を買って出てアンドリューと別々になってしまいました。
また女性に手を貸してバスに乗るとアンドリューの姿がありません。
おかしいと思っているうちにバスが発車してしまったので、こちらは半ばパニックになり、彼がまだ乗っていないと運転手に言うものの説明するウクライナ語が理解できず困ってしまいました。
別の乗客が、彼はビザに問題があってポーランドに入国できなかったんだと通訳してくれました。
列車に乗り遅れたと分かった時いっしょに行けると喜び、バス代を立て替えてくれ、何よりルヴィフで出合った時から親しくなったアンドリューとこんなかたちで別れなくてはいけないなんて。
ひとり乗客が減ってしまったバスの中では、彼の笑顔や語ったことなどが次々と思いだされて寝ることができませんでした。
 
ノルウェイのふたりのために空港行きのバスを探し荷物を持って案内すると、目に涙をたたえてありがとうと言いながらハグして別れました。
昨夜のアンドリューとも、あそこでお別れだとしてもせめてハグしたかったと悔やまれます。
ポーランドに入るとウクライナより格段に物価が上がるため、ここクラクフでもわたしは安ホテルを予約していました。シングルではいちばん安かった若者向けのホステルですが、旧市街に隣接したロケーションは便利ですし、少々待たされたりベッドメークを手伝わされたものの早目のチェックインを認めてもらいました。
バスであまり寝られなかった分、すぐにも寝るつもりでしたがやはり寝つけず、昨夜の動揺が続いていることを実感しました。
とにかく何か手を打たないとと考え、レセプションの親切な青年に国際電話をかける方法が無いか聞いてみましたが、SIMカードを買って携帯のカードを入れ替えるしかないだろうとのこと。
中国でそれをやって日中の電話ともしばらく使えなかったことを考えると気が進みません。
何か手はないだろうかと考えて、迷惑をかけるので気が進まないものの、こういう話にはいちばん理解してもらえそうな友人から連絡を取ってもらうことにしました。
職業上、英語を毎日使っているしその他4ヶ国語もどうにかいけ、それ以上にわたしの旅のことをよく理解してくれている人なので、世界一周中でしてという無駄な説明が省けるだけでもありがたい話でした。
事情説明すると、仕事中にもかかわらず、国境で拘束されたかも知れないアンドリューとわたしの再会と言うミッションインポシブルに果敢に挑戦してくれました。
アンドリューとは今日会う約束で電話番号を交換しておいたので、そこに電話して再会のためのアポをとってもらうというウクライナ、ポーランド、日本が関係する国際問題は解決なるでしょうか。

今まで触れずにいたもうひとつの問題が引っ掛かって、さらにロシアとチェコの2国がこれに関わってきました。
実は、アンドリューは英語があまりしゃべれないのです。
わたしとはボディランゲージも交えてどうにか会話が成立していましたが、電話でそれができるのか。
たぶんわたしの友だちが日本から電話してきた理由は理解したと思いますが、自分の意思が伝えられないと考えたのでしょう、彼のチェコにいるというロシア人のガールフレンドが折り返しわたしの友人に電話で事情説明してきて、彼は何とかポーランドに入国できるように努力していて、今日中にも達成できるだろうというようなことを、こちらはきれいな英語で説明したそうです。
たぶん、彼は明日にでもホテルに直接来ることでしょう。
わたしは大いに安堵して町を散策しましたが、ちょうど教会でバッハの無伴奏チェロ組曲の1~3番の演奏会があるのを見つけて聴くことにしました。
さすがに寝ていなかったので、眠ってしまうのが心配でしたが、すばらしい演奏がそうはさせてくれませんでした。
眠ることは忘れ、申し訳ないがアンドリューのことも忘れ、バッハの深淵の世界にただ浸っていました。
近くでとった食事もとても美味しく、すっかりいい気分でホテルに戻ると、こちらを何やらじっと見つめる女性がいます。
どうしたのだろうと思っていると、彼女が脇にいた男性の背中を叩きました。
振り返ったのは、まさにアンドリューその人でした。
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