Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
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暫定1位はルーマニアに

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
これまで訪れた国を順番に記していくと、1.日本→2.韓国→3.中国→4.モンゴル→5.ベトナム→6.ラオス→7.タイ→8.マレーシア→9.シンガポール→10.ミャンマー→11.スリランカ→12.バングラディシュ→13.インド→14.ネパール→15.UAE→16.ヨルダン→17.イスラエル→18.パレスティナ→19.トルコ→20.ブルガリア→21.ルーマニア→22.モルドヴァ→23.ウクライナ→24.ポーランド→25.オーストリア→26.スロバキア→27.ハンガリーと日本を含めた27ヶ国を旅したことになります。
それ以外に、オマーンとフィンランドが航空機の乗り継ぎで通過、チェコが夜行列車で通過と、それらまで含めれば30ヶ国になるので、何ともまあ多くの国に足を踏み入れて来たものだと感心します。
しかし、もちろん、ほとんどが短時間の滞在で、そんなのでは旅したことにはならないという批判があるでしょうし、わたしの滞在の感想が好き嫌いばかりで客観性に欠けているという非難があっても受け入れる覚悟があることも記しておきます。
わたしができる世界一周を自分なりのルールに則って時間内にするとしたら、こんなものであろうというのを実践しているに過ぎません。

これまで旅した中ではどの国が良かったか、どの国が良くなかったかとの質問を受けたことがあります。
正直、たいへん答えにくいです。
1日でも滞在すれば、たいがいは良いことも悪いこともあって、人の親切には多少なりとも触れて、それらに○×を付けたり序列を付けたりいうのはなかなかできることではありません。
一方で、どこの国にも好い面があるのでなどという八方美人な回答も、それはそれでよろしくないという気がします。
敢えて勝手気ままにベスト3、ワースト3というのを選ぶとすれば、次のようになるでしょうか。
☆Best
1.ルーマニア 会った人のほとんどがすばらしく、観光地化し切ってない好さがあった
2.スリランカ アジアの仏教国はたいがい好きだが、ここには未知の心地よさが溢れていた
3.ヨルダン 気候・風土がすばらしくイスラム圏ではあまり感じられない異教徒を温かく迎え入れる空気があった
★Worst
1.インド 常に騙されていたし、気候が厳しく、食事も辛く、滞在時にレイプ殺人まであって救いが見当たらなかった
2.モルドヴァ 行く前は期待度がすごく高かったのに、着いてみるとあまりに何もなくがっかりで、ルーマニアを旅するならここに来る必要はなかった
3.UAE 別に悪いわけではないが、出稼ぎ外国人ばかりで普通のUAEの人に会ったかどうかも定かでない

旅は一過性のものなので、その時の運不運や滞在時の気候条件、滞在場所によって感想がまったく違うものになることがあるのは仕方ありません。
そういった外的要素を除外した客観的な国の評価ならまったく違う結果になったと思います。
上記は、旅した範囲内で好かった好くなかったを主観的に判断しているだけなので、もう一度行けば間違いなく違う結果になることを承知で書いています。
このことで不愉快に感じたりしても、あいつはその程度に皮相な見方しかできていないからと思ってご容赦ください。
それに旅の余韻が残っている中なので、時間の経過とともに感じ方が変わっていく可能性が高いことも付記しておきます。

ルーマニアは、ブルガリア同様食事やビール・ワインが美味しく、物価のリーズナブルな国でした。
地方色の濃い食事を出すことでもブルガリアと似ていて、その意味で両国に優劣をつけるのは難しいと思います。
町並みの美しさや個性と言う面でも両者は互角でなかなか甲乙が付けがたいです。
人々が親切なことも同様だと思うのですが、ここにひとつ英語教育がルーマニアの方が行き届いていそうだという優位性を感じました。
合わせて、ブルガリアはキリル文字が使用されているという私たちにとってのハンディキャップを抱えていて、ルーマニア語はラテン語圏の言葉に似ているために親しみやすいということがプラスに作用しています。
旅のしやすさということではルーマニアが何歩かリードしていると言わざるを得ません。
とは言え、しゃべっているのを聞いてもまったく分からないということではルーマニアもブルガリアも大差なく、ルーマニアが一足先にEUに加盟したことも旅行者にとっては何もメリットを感じるところではありません。

これはさらに主観の問題ですが、女性の美しさではルーマニアがだいぶ優っていると感じました。
ということならたぶん男性のルックスも。
ここでも俗説を引き合いに出しますが、ルーマニアの方がブルガリアよりも接している国が多様で、ハンガリーなどともかなりの領土争いをしていることからいろいろな血が混じっているということがその理由として考えられます。
わたしの主観の物差しでは、10人女性がいれば7人が美人で3人が普通というのがルーマニア。
目を瞑って写真を撮らせてくれと言っても7割の確率で美女の写真が撮れるということになるでしょう。
少なくともわたしが訪れたことがある国の中ではもっとも美人度が高い国です。

作例は、別に目を瞑ってお願いした訳ではありませんが、明日はモルドヴァに行くという日だったので、せめてひとりはルーマニア美人の写真を撮っておこうとお願いしたものです。
実は連れに強面の男性がいたのですが、市民のための音楽祭の会場での祝賀ムードから、少なくとも撮らせてと言って殴られることはないだろうと思い頼んでみました。
さすがに最初は不審がられましたが、事情を説明すると喜んで引き受けてくれました。
市民の憩いの日ならではです。
何もない日の夜にバーかどこかでこのふたりに同じ依頼をしていたらボコボコにされていたかも知れません。
好い音楽祭でした。
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/17 Thu

ソフィアに暮らしたい

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
昨日も書いたように、いま、日本に戻ってきています。
つぎにまたブダペストに戻るまでのしばらくの間は、ソフィアからブダペストまでの旅のことで、旅の間に書き漏らしたことなどを記しておこうと思います。
とはいえ、ソフィアから旅を始めてすでに3週間以上経つので、記憶力が無く、記録を残すほどマメな性格では無く、意味のある旅をしている訳でも無く、という人間なので、それを文章にするのは相当の労力をともないます。
思い違いや恥ずかしい勘違い等あろうかと思いますが、読み流していただくか、ご指摘いただければ幸いです。

ソフィアで忘れられないのが宿泊したホテルでした。
前回の旅でソフィアから帰国する前の日に宿泊してたいへん気に入り、今回の旅でも到着時に利用したホテルです。
ホテルという名称で設備はきちんと備わっていますが、建物や構造はアパートメントそのもので、近代的なホテルを期待する人にはなんだこれはと思わせるかも知れません。
しかし、ブルガリアが気に入って長期滞在するためにアパートを借りて、一時的にだけれどソフィア市民になったと言う気分を味わうことができるという意味では最高のホテルでした。
シングルベッドが2台並行にではなく、広くない部屋に合わせてあっちとこっちと言うようにずらして配置しているのが、自分自身で工夫した結果のような楽しさがあります。
洗面とトイレは細長い別室にありますし、それをつなぐ小部屋はぎりぎりにソファや冷蔵庫などが置かれていて、アパートの住人気分を高めます。
もし、異性のちょっとした友人が来て帰りの交通手段がなくなったなんてことになれば、彼女はベッドに寝てもらって、わたしは冷蔵庫の脇のソファで休むことにするでしょう。

ホテルのすぐ並びにはオペラ座があります。
残念ながらまだシーズンではなかったのでオペラ鑑賞はできませんでしたが、お金が無いので安い桟敷席で鑑賞し、幕間の休憩ではシャンパンを楽しむ貴婦人たちを横目にいったん外へ出てからアパートへ戻り、用意していた安ワインをちびちびやりながらチーズにかぶりつき、本日の配役を再確認して採点表を作ったりしてひとり悦に入りながら第2幕開始ぎりぎりに席に舞戻るなんて芸当もできてしまいます。
一方で、ソフィアの象徴、アレクサンドル・ネフスキー聖堂はじめとした教会群や公園が徒歩5分圏内です。
毎日散策していたらずくに地元っこの友だちかできるでしょうし、慣れた雰囲気で歩いていれば旅行者から道を尋ねられることだってありそうです。
まさかソフィアで日本人が西洋人から道を尋ねられるはずがないと思われるでしょうが、わたしは以前、旅したベルリンとウィーンの2回ドイツ語で道を尋ねられたことがありますので、見た目より雰囲気が人の注意を惹くのだと思います。

ソフィアは日本料理も人気が出てきているようです。
わたしが歩いた狭い範囲だけでも寿司屋を3軒見ましたし、2度食事に行ったレストランはブルガリア料理とアジア料理の2枚看板の繁盛店でしたが、2回目の時は隣の中年夫婦が寿司のセットを楽しんでいました。
味のほどは分かりませんが、オーダーが手慣れていたし、箸の使い方も堂に入っていたのでしばしば寿司を食べているという雰囲気でした。
黒海こそありますが、基本的には海のない国ですので、寿司が自然に根付いたと言うよりも、食べ物として美味しさとヘルシーさとで人気を獲得していったという気がします。
日本食は世界的に増加の傾向にあるのでしょうか。
以前は、日本レストランと言うと、日本の若者が外国で始めるレストランと言うのが主要都市にある程度だったような気がします。
その後、大きな町では日本の回転寿司チェーンが出店したり、韓国人または中国人による日本食レストランなどがときどき見られるようになり、現在の日本食ブームのような状況が生まれたように思います。

ブルガリアと聞いて思い浮かぶのはヨーグルトくらいのものでしたが、どうもヨーグルトは酪農の盛んなブルガリアで美味しく食べられるものの、自国を代表する名物とまでは位置付けていないようです。
農家のお手製があればきっと違うのでしょうが、レストランやスーパーのそれは日本のものとそうは違いません。
その傾向は、ルーマニア、ウクライナ、ポーランド、スロバキア、ハンガリーと同じで、たぶんヨーグルトといえば、多少の差こそあってもヨーロッパで共通のものなのでしょう。
前にも書きましたが、ケフィルというヨーグルトそっくりな食べ物があって、ヨーグルトが乳酸菌を使っているのに対し、ケフィルはケフィル菌を使用したそっくりな食べ物ですが、
両者ははっきり分けられていました。
ケフィルの方が濃厚だとも聞いたのですが、味が強いということ以外わたしには違いは分かりませんでした。
同じメーカーのものでヨーグルトと比較すれば分かるかも知れませんが、それが分かってどうなるかというレベルのような気がします。

ブルガリアで美味しいと感じたのは、ビールとワインに止めを刺します。
ずっと中東を旅してトルコを過ぎ、ようやくコーランの束縛から解放されて自由に飲めるようになったのです。
加えて彼の地は乾燥していて常に喉が渇いているような状態です。
当初は昼食や夕食でもビールを飲んでいましたが、そこはリーズナブルに飲めるハウスワインに譲って、休憩時やホテルに戻ってからビールを飲むようにしました。
カフェでも安く飲めますが、ビールを売るショップやスタンドがあちこちにあるので、そろそろ喉が渇いたと思えば、その場で買って公園に腰を降ろしてでもいいし、歩きながらでもよしで飲み干します。
何しろ500mlのビールが100円しないくらいなので、日本でペットボトルのお茶を買うより安いのです。
作例は、公園で飲みながら撮った1枚です。
いかにも大学生風の女の子でしたが、新学期を前に思い詰めてるようなアンニュイな雰囲気がわたしにレンズを向けさせてくれました。
公園での飲食はよろしくないこととされているのかほとんど見かけることはなく、たまにいたのはわたしのような外国人旅行者だけだったかも知れません。
いずれにしても、住環境に食事&飲み物と、住んでみるにはソフィアは案外と好いところであることは間違いなしだと思います。
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/15 Tue

ベートーヴェンフリース強盗計画

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
10時半には寝て、到着1時間前の5時半に目が覚めたので自分としてはかなり寝たつもりでいました。
寝台より安価なクシェットというコンパートメント1室が3段ベッド向かい合いの自分でシーツ等のメイキングをしないといけない簡易寝台でしたが、疲れがたまっていたせいか、横になるとすぐに眠ってしまっていたのです。
今日は、本当はスロヴァキアのブラティスラヴァに行くつもりだったのですが、クラコフからのチケットが売り切れだったので、ウィーン行きの列車に急遽変更していました。
ウィーンからブラティスラヴァまでは100キロも離れていなかったはずで午後移動することとして、20年ほど前に来て以来久し振りのウィーンを少しだけ訪ねることにしたのです。
その時は何日間か滞在したので、ウィーンの主要なところは知っているつもりでしたが、列車が中央駅と西駅に停車すると聞いて、どちらが中心に近いかが思い出せません。
名前で判断すれば中央駅ですが、確か西駅の前からマリア・ヒルファー通りを通ってステファン寺院前まで近かったようななどと記憶がよみがえります。
マリア・ヒルファー通りなんて名前まで思い出したのにわたしの記憶は間違っていました。
おまけにブラティスラヴァ行きは中央駅から出るそうで、素直に中央駅で降りなかったことが悔やまれました。

お腹が空いたので、駅構内のベーカリーで朝食を摂ろうとして驚きました。
ウクライナからポーランドに入って物価の高さに驚きましたが、ウィーンはさらに高く東京よりも物が高価です。
美味しかったチーズクロワッサンが250円、いちばん安かったドーナツが100円、ペットボトルの水も250円で、ちょっとした朝食が600円になってしまいました。
感覚的には同じものがクラコフでは300円、リヴィフでは150円というところでしょうか。
国境を超えるたびに物価が倍になっていっているようです。
中央駅まではトラムで行くよう言われたのですが、ほんのちょっとの距離で120円もしてこれはまあまあかと思っていたら、わたしは間違って半額の子供用を買っていました。
中央駅では切符売り場が長蛇の列でブラティスラヴァ行きの切符を買うまで1時間かかりました。
しかし、ブラティスラヴァ行きは1時間毎に出ていて指定を買う必要が無く、こんなに並ばずに券売機でよかったそうです。
ウィーンからブラティスラヴァという首都同士を結ぶ路線ですが、感覚としては東京から千葉に行くようなものでした。

短時間のうちにどこに行くか悩みましたが、どこに行ったとしても地図が無いと辛いので、まずはステファン寺院近くにあるツーリストインフォメーションで地図をもらいつつ、近くのザッハホテルのトルテを買いに行くことにしました。
実は、クラコフでアンドリューとスベトラーナとの電話連絡をお願いした友人のお嬢さんがスィーツ関連の会社に就職が内定したと聞いていたので、お祝いとお礼を兼ねたお土産をそのザッハトルテにようと考えたのです。
すでにトランクはいっぱいでトルテを入れるスペースはなかったので、クラコフでウィーン行きのチケットを買ったときにこのお土産を思い付き、駅前でセールをしていた小型のバックパックを購入済みでした。
今度はトルテだけではバックパックにスペースたっぷりなので、帰国前の空港でワインでも買って帰ることにしましょう。
このあたりから確か徒歩圏だったゼセッシオーンに行ってクリムトを見るところまで、簡単に計画できました。
もう1ヶ所くらい廻りたいところで、フンデルトヴァッサーハウスに行くことにしました。
インフォメーションで聞くとゼセッシオーンからは国立歌劇場に戻ってトラム1本で行けますし、そのまま中央駅に戻るアクセスも良いことが分かりましたので。

本日の作例は、インフォメーションからゼセッシオーンに向かう途中で見かけた、映画・第三の男にも登場する下水道が走る地下の世界を見て回るツアーの人たちです。
正面木の陰に見える金色の建物がゼセッシオーンです。
ツアーのことをガイドの方に聞いていたところ、わたしのレンズに目が留まったらしく質問されたので、ペッツバールはもともとウィーンに本拠のあったフォクトレンダーで製造されていたが、ペッツバールとフォクトレンダーが仲違いしたためにドイツに移転したというエピソードを示しつつ、レンズがいかによく写るかを賛美すると、感心して聞いてもらえました。
もっともウィーンっ子にこんな説明をするのは、わたしが鎌倉散策に行ってオーストリア人に源頼朝の解説を聞かされるようなものでしょうか。
蛇足ですが、ザッハトルテは木箱に入っていて高級感があったので、美味しくなかったとしてもウィーンの人々にはハレのスイーツとしておなじみのものだと申し開きでそうです。
ヨーロッパというとお土産なんていくらでもありそうなものですが、ワインは重いし生ハムは検疫手続きがあるし、何を買えばいいのか困りものです。

フンデルトヴァッサーハウスは再訪でしたが、近くに同じくフンデルトヴァッサーが設計して彼のギャラリーになっているクンストハウスヴィーンという建物があるのは現地で知りました。
これは思わぬ幸運でした。
フンデルトヴァッサーの絵をまとめて見るのは、都内のデパートでやはり20年くらい前にウィーン幻想派展を見て以来のことですし、その前にウィーンに滞在したときにそのフンデルトヴァッサーのシルクスクリーンが12万円くらいで売られていて悩んだ末に買わなかったという大後悔を思い出させてくれました。
フンデルトヴァッサーハウスのそばに安いケバブの店があって、お昼にと買ったときに店主にクンストハウスの場所を聞いたところ、ちょっと分かりにくいかも知れないからと途中まで案内してもらいました。
その彼に出身を聞くとシリアとの答えで、国の置かれる状況と彼のやさしさのギャップに言葉を失いました。
クンストハウスのそばの建物にベンチが置かれていたので、スーパーで買っておいた200円ほどのオーストリアスパークリングワインでケバブを頬張ります。
彼のやさしさとシリア出身との言葉がないまぜになって頭の中を去来していることを割り引いても、このケバブは中東で食べたどれよりも美味しいと感じられました。

ウィーンからブラティスラヴァまで鉄道で1時間強。
2つの首都間の距離や時間としては、世界でいちばん短いものではないかと思うのですが、ブエノスアイレスとモンテビデオの距離も近いと聞いたことがありますので、自信はありません。
ウィーンよりずっと小ぶりなブラティスラヴァですが、道路名表示が分かりづらく、ホテルを見つけるのにだいぶ手こずりました。
そのホテルは住宅を改装したペンションで、周辺には何もなく、食事しに旧市街まで繰り出しました。
しかし、ここでも道を間違えてしまい、歩けど歩けど旧市街の中心が見つかりません。
地元の料理が食べられればどこでもいいやと歩いていたカップルに近くにレストランがないか聞くと、5分くらいのところに好いところがあると教えてくれました。
あったと思ったらタイレストランで、ここではないともう少し歩くとおしゃれなレストランが見つかりました。
ところが、メニューを見てびっくり、ここもタイ料理の店だったのです。
不本意ですが、グリーンカレーを頼んだところとても美味しく、スロヴァキアの赤ワインとも実によく合いました。
その店にもうひと組いた男性から日本人ですかと声をかけられ、彼と食事していた女性が日本人と分かり驚きました。
彼はその女性の息子さんの友だちで、彼女がひとりで旅行に来て合流し、スロバキアを案内しながらウィーンやプラハも含め一緒に旅しているそうです。
何ともうらやましい話です。
彼も中部の町の出身だそうで、このレストランがタイ料理とは知らなかったようです。
彼は大の日本びいきのようで、すでに2回来日していて、また近々来るとのことでしたので、その時は鎌倉でも案内するからとアドレスを交換しました。
ところが、その後ホテルへの道をまたしても間違えたわたしにこそ案内が必要だったと言わなければなりません。
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/12 Sat

助けてくれた彼を助けられず

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
長く旅を続けているとその間にはいろいろな偶然を体験することがあります。
しかし、それは旅人自らが引き起こしたということでいえば、必然と言った方が正しいのかも知れません。
なぜなら、ウクライナのルヴィフから次に向かったポーランドのクラコフへの珍道中は、必然と偶然が相互作用したものと考えてしまうからです。
それは、オペラ座地下のカフェで駅への行き方を聞いたところから話は始まります。
トラムの駅があるべきところに線路はなく、反対方向に歩いたところで見つかったので、待っていた人にこのトラムは駅まで行くのかと聞くと、イエスと返事が返ってきました。
しかし、11時が終電と聞いていたのに5分過ぎてもトラムは来ません。
焦り始めていると、バスが通って来て少し離れたところに停まりました。
先ほどの青年が、あれだと指さしふたりして走りましたが、バスは我々に気付かず行ってしまいました。
わたしが呆然としていると、彼は、駅まで歩くしかないな、いっしょに行こうと平然としています。

駅まではたぶん3キロくらいですので、30分少々で着ければ、クラコフ行きの列車には間に合います。
しかし、念のため彼には、クラコフ行きの列車が12時発なのでそれに乗りたいが大丈夫かと聞きました。
すると彼はエッという顔をして、わたしもクラコフに行くがバスだ、バスも駅前から出るんだよ、何だかずいぶんと奇遇だねなどと話しだします。
駅まではやはり約30分の道のりでしたが、その間、ずっと互いに自己紹介し合ったり、わたしがこれまでの旅の話をしたり、彼がクラコフの仕事の話をしたりでほとんど時間の長さを感じないうちに到着しました。
彼の名はアンドレイ。
明日また会おうという話になり、クラコフの到着時間を互いに確認し、わたしが予約したホテルを控えて、明日はわたしが車で町を案内するからと言ってもらいました。
互いに終バスを逃して歩いた縁で、すっかり親しくなってしまったのでした。

最初の悲劇は、駅の中でわたしの方に襲いかかりました。
列車のホームが見つからないので確認すると、発車時間は11:59ではなく、10:59でした。
もうすでに列車は行ってしまった後です。
切符の購入やり取りの時に最初に10:59と聞いていて、確認時に11時だと言いなおされて時間を混同してしまったか、最初から聞き間違いだったのか、いずれにしても切符を確認していればよいものを思い込みだけで駅に行ったわたしの大きなミスです。
普通ならこれで、ルヴィフにもう1泊ということになりますが、アンドレイはむしろ喜んでいて、いっしょにバスで行こうとわたしを落ち着かせてくれました。
列車の切符も、彼が窓口に行って事情を説明したところ、半額近くが払い戻されました、
日本のシステムはよく分かりませんが、たぶん、乗り遅れた列車の切符を持って行っても1円とて返してくれないのではないでしょうか。
12:30発のバスの座席には余裕があったようで、英語の通じない運転手から切符を買っておいたからと支払いの建て替えまでしてもらいました。
バスの中では、彼は持参のPCで旅の写真などいろいろ見せて話を続け、日本には興味があるそうで多様な質問をするなど、他の乗客が寝静まっている中、ふたりで盛り上がっていました。
不思議だったのは、こんにちはやありがとうという日本語は知らなかったのに、1から10まで日本語で言えたことです。
大きな謎ですが、類推すると、ウクライナ軍にいたことがあったと言っていたので、軍隊で空手か何かを習って1から10までの掛け声とともに訓練していたのかなと考えられます。
他にも彼にはいろいろと不思議なことがありましたが、彼のプライバシーを著しく侵害しますのでここには伏せておくことにしましょう。

もうひとつの悲劇は、ウクライナとポーランドの国境で彼の方に起こりました。
ウクライナの出国はバスに乗ったままパスポートのみが回収され、しばらくすると別の係官により返却されました。
ポーランドの入国では全員が降りて、入国審査を受けます。
日本人はビザが不要ですが、隣国ウクライナの人々は事前にビザ取得してあり、なんで日本人は不要で俺たちは必要なんだとアンドリューが怒っています。
バスには20人ほど乗客がいて、簡単な質疑応答の後、順次パスポートにスタンプが押されていきますが、わたしはノルウェイから会議のために来ていた高齢の女性ふたり組のうちひとりの足が悪かったので、介助を買って出てアンドリューと別々になってしまいました。
また女性に手を貸してバスに乗るとアンドリューの姿がありません。
おかしいと思っているうちにバスが発車してしまったので、こちらは半ばパニックになり、彼がまだ乗っていないと運転手に言うものの説明するウクライナ語が理解できず困ってしまいました。
別の乗客が、彼はビザに問題があってポーランドに入国できなかったんだと通訳してくれました。
列車に乗り遅れたと分かった時いっしょに行けると喜び、バス代を立て替えてくれ、何よりルヴィフで出合った時から親しくなったアンドリューとこんなかたちで別れなくてはいけないなんて。
ひとり乗客が減ってしまったバスの中では、彼の笑顔や語ったことなどが次々と思いだされて寝ることができませんでした。
 
ノルウェイのふたりのために空港行きのバスを探し荷物を持って案内すると、目に涙をたたえてありがとうと言いながらハグして別れました。
昨夜のアンドリューとも、あそこでお別れだとしてもせめてハグしたかったと悔やまれます。
ポーランドに入るとウクライナより格段に物価が上がるため、ここクラクフでもわたしは安ホテルを予約していました。シングルではいちばん安かった若者向けのホステルですが、旧市街に隣接したロケーションは便利ですし、少々待たされたりベッドメークを手伝わされたものの早目のチェックインを認めてもらいました。
バスであまり寝られなかった分、すぐにも寝るつもりでしたがやはり寝つけず、昨夜の動揺が続いていることを実感しました。
とにかく何か手を打たないとと考え、レセプションの親切な青年に国際電話をかける方法が無いか聞いてみましたが、SIMカードを買って携帯のカードを入れ替えるしかないだろうとのこと。
中国でそれをやって日中の電話ともしばらく使えなかったことを考えると気が進みません。
何か手はないだろうかと考えて、迷惑をかけるので気が進まないものの、こういう話にはいちばん理解してもらえそうな友人から連絡を取ってもらうことにしました。
職業上、英語を毎日使っているしその他4ヶ国語もどうにかいけ、それ以上にわたしの旅のことをよく理解してくれている人なので、世界一周中でしてという無駄な説明が省けるだけでもありがたい話でした。
事情説明すると、仕事中にもかかわらず、国境で拘束されたかも知れないアンドリューとわたしの再会と言うミッションインポシブルに果敢に挑戦してくれました。
アンドリューとは今日会う約束で電話番号を交換しておいたので、そこに電話して再会のためのアポをとってもらうというウクライナ、ポーランド、日本が関係する国際問題は解決なるでしょうか。

今まで触れずにいたもうひとつの問題が引っ掛かって、さらにロシアとチェコの2国がこれに関わってきました。
実は、アンドリューは英語があまりしゃべれないのです。
わたしとはボディランゲージも交えてどうにか会話が成立していましたが、電話でそれができるのか。
たぶんわたしの友だちが日本から電話してきた理由は理解したと思いますが、自分の意思が伝えられないと考えたのでしょう、彼のチェコにいるというロシア人のガールフレンドが折り返しわたしの友人に電話で事情説明してきて、彼は何とかポーランドに入国できるように努力していて、今日中にも達成できるだろうというようなことを、こちらはきれいな英語で説明したそうです。
たぶん、彼は明日にでもホテルに直接来ることでしょう。
わたしは大いに安堵して町を散策しましたが、ちょうど教会でバッハの無伴奏チェロ組曲の1~3番の演奏会があるのを見つけて聴くことにしました。
さすがに寝ていなかったので、眠ってしまうのが心配でしたが、すばらしい演奏がそうはさせてくれませんでした。
眠ることは忘れ、申し訳ないがアンドリューのことも忘れ、バッハの深淵の世界にただ浸っていました。
近くでとった食事もとても美味しく、すっかりいい気分でホテルに戻ると、こちらを何やらじっと見つめる女性がいます。
どうしたのだろうと思っていると、彼女が脇にいた男性の背中を叩きました。
振り返ったのは、まさにアンドリューその人でした。
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Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/10 Thu

知られざる国、知られざる野菜

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
朝5時に起きてシャワーを浴び、バスターミナルに向かいました。
本当は3日間も世話になったペンションの一家に別れを告げたかったのですが、6時過ぎでは誰も起きている気配はありません。
スチャヴァでは、この時期、夜は8時くらいまで明るいのですが、朝明るくなるのは6時を過ぎたころからで、もともとルーマニア人は夜型人間が多そうですし、関東近郊の人が東京へ出勤するような早起きの必要もないようで、どこも静まり返っています。
バスはメルセデス製の中型ワゴンで20人くらいが座れそうでしたが、途中の降車、下車を繰り返しながら東南に向かっていきました。
途中、ヤシという周辺で最大の町で休憩した後またしばらく走ると、国境に到着して、全員係官にパスポートを手渡し、乗車したままで出国審査を終えました。
また少々車を進ませると、今度は全員降車して窓口に並び入国審査を受けます。
何を聞かれるでもなくその場で顔を写真と照らし合わせてスタンプを押すだけですので30秒とかかりません。
こうして、モルドヴァに入国しました。

モルドヴァと聞いてどこにあって、首都はどこで、どんな国かを知っている人はきっと稀でしょう。
わたしもまったく何も知らずに来た未知の国でした。
モルドヴァは、ルーマニアの東隣にある小国で、首都はキシナウといい、第二次大戦後にソ連に組み込まれた後1990年代に連邦から脱退して独立した新しい国です。
モルドヴァは戦前はルーマニアの一部でしたが、このあたりの土地は戦争による収奪が激しく、そんなドサクサに乗じてソ連に割譲されてしまったようです。
民族や言語はルーマニアと同じで、ソ連時代はロシア語も公用語されていた関係で文字はアルファベットとキリル文字が併用されましたが、今ではルーマニア語が普通に通用しています。
小国で産業に乏しいことからヨーロッパ最貧国と呼ばれ、もはや自立よりも同民族、同言語のルーマニアに吸収されることを望んでいて、実際、そういった交渉が進んでいるとかという話もあるそうでした。
以上は、スチャヴァのペンションの娘さんやドライバーのベンから聞いたことをまとめたもので、実際にはウクライナのように親ロシア勢力が東側のエリアを独立させた状態にあるとか別の問題も抱えています。
ロシアとくれば、必ずそういう問題が付きまとっているのは、中国のチベットやウィグルと同じとしか思えません。

バスはほぼキシナウの中心にあるアウトガラに到着しました。
アウトガラはAuto Garaつまりは自動車の駅、もしくはAutobus Garaの略のバスの駅の意味なので、バスステーションだということはルーマニアの経験でよく分かりました。
独立国に来たので通貨もあらたに用意しないといけませんが、他国と同様、ATMでキャッシングが普通にできます。
最低引き出し額120円からというのは国の経済状況を示していそうでした。
それにしてもこのバスステーションは激しく混沌としています。
恐らくワゴン車2台所有レベルでバス会社が設立できて、みんなが首都キシナウ発着の路線を持とうとするので、同じ行先、別会社の車がそれこそ無秩序にあちこち停まっています。
それでも、すべてを統括する時刻表があれば利用者は何とかできるでしょうが、当然そんなものはなく、利用者は勘を頼りに自分の目的地を求めてバスの迷路を彷徨わないといけません。

混沌はバスだけではなく、残念ながらわたしの身にも降り注ぐことになりました。
ホテルが見つからないのです。
普通はバスターミナルのそばなどに固まっていたりするはずですが、1軒として見つからず、酷暑の中、周囲を2時間も歩き回りましたがやはりどこにもありません。
何度か人に聞きましたが英語をしゃべれる人はひとりもつかまらず、意思を伝えるのは困難なうえ、誰もホテルがどこにあるか知りませんでした。
散々歩き回ってようやくホテルが見つかります。
途中、アパート街のようなエリアがあって、住宅地に来てしまったかと引き返したのですが、再度近くに来た時にそのずっと先に駅があることに気付いて、アパート群を超えて駅方面に歩くと巨大なホテルが2軒向かい合って建っていました。
見るからに安そうな方に入り価格を聞くと30ユーロとのことで、そんなに高いのかと交渉しようとすると向こうから25ユーロに下げてきました。
表向きの価格とディスカウント価格の二重価格にしているようでした。
ホテルはこれ以上ないくらいソ連という言葉を思い出させるものです。
当時の彼らとしては西側に自慢できる超近代的デザインの建物のつもりだったのでしょうが、どこか垢抜けないし、機能のことを無視したためか例えばベランダに鳥の糞が何年分もそのままになっているのを掃除できないままだったりになっているのが見て取れました。
そのように聞いてピンと来ない方は、北朝鮮のニュースで時折出てくるピョンヤンの建物を想像してみればいいでしょう。

こんなホテルなのにWIFIは優秀で、期待していなかったのにどこよりもよくつながりました。
数時間町を歩き続けたので、どこかへ行く気力も失ってしまい、モルドヴァには何があるのかと観光サイトをいくつか見る掟破りをしてしまいました。
信じがたいほどに行きたいと思えるような場所はありませんでした。
そもそも観光などという概念がこの国には芽生えてないらしく、例えば市外ならどこへ行くにも公共交通機関ではなく車をチャーターしないダメなようです。
たぶんチャーター料は安いのでしょうから行きたいと思える場所があればチャレンジしますが、史跡のようなものばかりでそれならこの地の人々を見ていた方が楽しそうですし、若干でもモルドヴァという国を知ることになるでしょうからその気になりません。
いくつか町を巡りながらモルドヴァを数日で北上するつもりでしたが、そういう交通手段についても分かりにくく、すでに首都にして英語が通じないのに田舎に行ってからの苦労を考えたら気力も萎えてきました。
モルドヴァについて何か伝えたいという、旅人ならではの使命感があったりもしたのですが、申し訳ありませんがその気持ちは霧散していました。。

さて、作例は市内中心部の市場で見た野菜です。
市場の野菜や果物は、ルーマニアと同じようなもので、日本であまりなじみが無いのはパプリカくらいなものかと思っていたのですが、この奇妙な形の野菜を見て衝撃を受けました。
瓢箪のようなインドのコブラ使いの笛のようなかたちのウリ系野菜に、じゃがいもがトマトのような赤い帽子を被った野菜…。
どちらもモルドヴァで開発されたハイブリッド野菜のように思えてしまいます。
もし、わたしの不見識で日本にもあるポピュラーなものでしたらご免なさい。
このすぐそばでは、言葉が通じないながらも日本人だと認識してくれたおじさんがブドウを分けてくれましたが、それはごく普通のかたちでした。
皮ごと普通に美味しくいただきましたが、考えてみる市場の売り物は洗ってないでしょうし、先のハイブリッド野菜と同じ土壌で作られているのかも知れず、今後の健康被害が心配になってきました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/04 Fri

ルーマニアの子ども問題

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
昨晩泊まったホテル・グローリアは、いかにも共産時代の無機的ただっ広さが日本にはない味わいで案外悪くなかったのですが問題がありました。
部屋が何しろ暑いのです。
エアコンが無くあまりの暑さに外が酔っぱらいでうるさいのに構わず、窓を開けて寝ました。
翌日になって気付いたのですが、広い部屋は窓の面積がとても大きいことを示していて、東南に向いてしまっているようで、朝日から恐らく午後の遅い時間まで直射日光に照らし出され、部屋がサウナ状態になってしまうのが暑さの原因のようです。
この手は避けたかったのですが、ネット検索でペンションを見つけ、価格を調べておき、いざ現地で価格交渉して130レイのところを110レイに負けてもらって宿泊することにしました。
あえて引越しした理由は、この地方にある修道院へのツアーの参加でした。
16世紀に建造された知られざる修道院がいくつかあり、それらはみな人里離れた田舎にあるのでレンタカーでも借りない限り個人では回り切ることが難しそうで、ツアーに参加するのが効率的と判断したのです。
しかし、翌日は参加者がなく、明後日は2人予約が入っているというので、スチャヴァにもう1泊せざるを得なくなりました。

移ったペンションはスチャヴァの中心から徒歩5分の至近にありながらまったく違う環境です。
向かいに城塞が、左手に教会が見えていて、広い芝生の庭には多くの花があり、ハンモックまで吊ってあります。
家も巨大で、ベンツが2台停めてあって、嫌が応にもお金持ちの家だと分かります。
まずはペンションで勧められて、いずれも徒歩5分と至近の城塞と聖ジョアン教会に行ってみました。
城塞はかなり損傷の激しかったものを修復したようですが、年代的に新しく見え、詳細がまったく分かりません。
聖ジョアンは内部のフレスコ画が圧倒的ですがあまり大きくない教会で、他の修道院などと合わせて世界遺産に登録されていると聞きました。
さらに少し先まで行くとスーパーやスタンド、ちょっとしたカフェなどが集まっている公園のようなスペースがあって昼食をとりました。
アルプの話では、ブルガリアよりもルーマニアの方がヨーグルトは美味しいことで有名なのでスーパーで買って食べるようにとのことでしたが、なるほど酸味の強い日本のそれと比べてワイルドな味で旨いと思います。
しかし、わたしには日本のヨーグルトで十分で、ブルガリアやルーマニアに日本で味わえないヨーグルトがあるのだとすれば、酪農農家のつくるホームメードを探すしかないのでしょう。

宿に戻ると英語の達者な女性がいました。
宿のオーナーの娘さんだそうで、旦那さんとともにロンドンに移り住んで12年になるそうです。
10歳の子どもはあちらで生まれ育ったそうなので、完璧なネイティブで、相手が日本人だからと手加減することなくしゃべり、早口のため私には何を言っているのか聞き取れません。
しかし、彼はバルセロナのファンだというのですっかり仲良しになりました。
また、お母さんが話し相手になってくれて分かったのは、わたしが出合ったベガーはジプシーだったということです。
実はこのゲストハウスの周囲にもトランシルバニアで声を掛けられたベガーに似ているなと思える人たちがいたので、そのことを聞いてみてやっと分かったのです。
言われてみれば列車の中で見た少女はヨーロッパというよりはインド系の顔立ちでした。
ゲストハウス近くの子どもたちは近寄ってきたりはしないので安心してくれとのことでした。
しかし、その家の前を夜歩くと電気が点いていなくて、電気代を支払わずに止められてしまったようで不憫を感じずにいられません。

もうひとつ教えてもらったのが、ルーマニアからヨーロッパ各地に職を求めて移動する人が実に多いということです。
戦後からの長い社会主義の時代が続いて産業が育たなかったということを強調していました。
前にルーマニア語はフランス語やイタリア語などラテン語系統に似ていると書きましたが、そのことでイタリアやフランスで働く人は多くなったでしょう。
トランシルバニア地方はオーストリア・ハンガリー帝国との結びつきが強く、この地方にはドイツ語系の名前の人が多くこれはドイツやオーストリアで働く人を増やしたと思われます。
ソ連崩壊後に英語教育に力を入れたはずと想像しましたが、それは英米で働く人を増やしただろうと連想させます。
バスターミナルに行くと、派手なポスターがあって、デュッセルドルフ、ミュンヘン、ミラノ、トリノなどの文字が躍っています。
最初は、これらの地からやって来たドイツ人やイタリア人の旅行者やルーマニアから一気に移動する旅行者が利用するのかと思っていましたが、これらはルーマニア人向けのものだったのですね。
これらの都会には世界各地の中華街のようなルーマニア人街があるのでしょうか。

作例はどこか公園で撮影したものですが、どうせ通じないだろうと考えながらとっても可愛いねと英語で言ったら、嬉しそうにありがとうと返事があり、そのあとは流暢すぎる英語で話しされ、わたしにはチンプンカンプンでした。
ふだんはデトロイトに住んでいて両親の実家に夏休みで帰省しているというのを、お願いゆっくり話してと言ってどうにか聞き取りました。
ルーマニアで子どもに舐めてかかると、ベガーだったり英語の達人だったり苦労させられるので注意した方がいいと悟りました。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/09/01 Tue

ドイツ語で宿探し

Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5
朝焼けで目が覚めました。
朝の眺望を楽しもうとあえてカーテンを引かずに眠りに着いたのですが、果たしてベッドから窓越しに、はるか対面の山々が暁の明かりで縁どられているのが幻想的な美しさで迫ってきたのに感激しました。
まだ6時半で外気温は13度を示しています。
部屋の中はずっと温かいので寒さを感じず、起き上がって散策に出ました。
さすがにかなり寒かっのですが、これから出勤に向かう人々はみな、わたし同様、半そでシャツに短パンの薄着で、ヴェリコ・タルノヴォの晩夏の朝は寒いけれど、厚着する必要などないことを教えてくれます。
いったん部屋に戻ってシャワーを浴び、再度、散策開始するか迷いましたが、ちょっと悩んでその考えは捨てることにしました。
眺望だけでなく快適なこのゲストハウスでのんびりバスの時間まで過ごすためでした。
せかせかするのを放棄して、ブルガリア人ならそうするようにゆっくりしようと考えたのです。

前日、バスステーションに着いた時、次の目的地のバスの時間を確認しておきました。
上り坂で45分かかったバスステーションまで下りなら30分だろうと踏んだのですが、15分ほどで着いてしまいました。
昨日は道を間違えていたということを、そのために見つけられなかったツーリストインフォメーションで教えてもらったからです。
次に向かうはポポボという町です。
ヴェリコ・タルノヴォの地図を見たときに近くにボの字が3つも並んだ奇妙な名前を見つけ、それはよく見るとボボボではなくポポボだったのですが、何があるかもまったく知らないままに、行ってみることに決めたのでした。
バスの乗客は20名ほどでしたが、1時間強で着いたポポボで降りたのはわたしだけです。

ポポボには何があるのか、正直に言って何もありません。
そればかりか宿泊も困難なようで、徒歩5分ほどの町の中心にあったホテルでは宿泊を断られてしまいました。
言葉が通じないので理由も聞けません。
近くに地図がありましたが訪れるべき場所は見つけられず、ツーリストインフォメーションと書かれていましたが、そもそもツーリストが来ない土地でだいぶ前に廃業してしまったようで、道行く人に聞いても誰も知りません。
地図に駅が出ていたので向かいましたが見つからず、たまたま尋ねた人が片言英語を話せて、駅まで5キロ離れているので歩く距離ではないと教えてくれました。
地図上では5キロではなく5分の距離なので、縮尺をデフォルメし過ぎです。
こんな地図をつくるから観光客が来なくなっちゃうんだよと市長に会う機会があれば文句を言わなければなりません。
しかし、こんな幸運もあるのでしょう、片言の男性が駅にはタクシーで行けばよい、その裏にホテルがあるから呼んでもらいなさいと教えてくれて、図らずもホテルの存在を知ることができました。

そのホテルがまた面白いことに、女主人は英語はダメだがドイツ語で話してくれないかと日本人のわたしに聞いてきます。
わたしは当然ドイツ語なんてできませんが、学生時代に音楽を聴いたり、ドイツ、オーストリアを旅したことがある関係で簡単な単語は分かります。
アイン・ナハト、アイン・ヘレン、ツィンマー・フライ? とインチキドイツ語もどきで聞いたら通じて、ヤーとの返事にようやくホッとしました。
昨日いっしょに酒を飲んだアレクサンドルはイタリア語ができて、今日の女性はドイツ語。
ブルガリアの田舎では英語より他の欧州言語の方が通じるのはなぜなのでしょうか。
喜んで部屋に入ってびっくり、赤とピンクの内装はラブホテルそのものです。
そういえば、片言英語の男性はホテルではなくモーテルと言っていたようだったのは、聞き間違いではなかったかと、ようやくわたしは気付いたのでした。

それにしてもすることがありません。
1時前に町に着いて、2時半にホテルに入りましたが、このあたりは9時にならないと真っ暗にならないので時間はたっぷりあるのにすることがないのです。
ちょうど宿の息子が車で出かけるので町の中心まで送るよと言ってもらいましたが、そこで降ろされてみても興味を引くことがありません。
先ほどの地図のところに戻ると、教会とかミュージアムとか目ぼしいところはマーキングしてあったので、それを全部制覇してやれと考えました。
今度は地図の距離が正確ですべて確認することができました。
坂のある町をだいぶ歩いたのでヘトヘトで、たぶんわたしがポポボをいちばん歩いた外国人ということになると自負します。
今まで、もったいないと思って利用しなかった路上のカフェですが、時間を持て余して座席に着いてみました。
メニューを見ていると、近くにあった売店から間をおいて店員が出てきてオーダーをとり、すぐにビールとグラスを持って来てくれました。
売店で買うより30円プラス程度で、オープンカフェでふんぞり返っていられました。
今まではビールを買って公園のベンチで飲んでいましたが、ソフィアでも同価格で飲めたのならなんたるバカなことをしていたのでしょう。
こんなことをカフェでPC入力していても時計はゆっくり進むだけで、依然、時間を持て余すばかりです。

ブルガリアにはたいへん心打つ美しい習慣があります。
亡くなった人を写真付きでプロフィール紹介した紙を家に貼り出すというものです。
故人を忘れないために行われていると聞きましたが、あなたはいつまでもこの家にいるのだとの気持ちを保つことができるということでしょう。
ポポボの町では壁という壁にその写真が貼られている家があり、いったいこの家で何人亡くなったんだと驚かされました。
もうひとつ、この町を歩き回ってわたしはあることに気付きました。
レストランが1軒もないのです。
不安になって先ほどのカフェの女の子に聞いたところ、前の道をまっすぐ2キロ歩いたところにあると教えてくれました。
実際にはそんなに離れていなかったと思いますが、20分歩いてようやくポポボ唯一のレストランが見つかった時は思わずウェイターに礼を言わずにいられませんでした。
しかし、レストランは大繁盛していて、わたしもチキンのスープ、自家製ソーセージ、野生マッシュルームのチーズグリル、ハウスワイン、カプチーノと頼んで、たったの900円でしたが、繁盛している理由が分かるほどの美味に満足しました。
さて、あまり写真を撮っていないので作例の選択も困りましたが、先日話したトラバントを何度か見かけたので、ロシア人に破壊された教会の再生された鐘楼をバックに撮った1枚を採用します。
どうです、トラバントって可愛いでしょう、リアもまた素敵なんですよ。
レストラン以上に困ったのが、見どころがまったくないことでしたが、トラバントを4台見たので、トラバント・ミュージアムとかドライブ体験できる町として売り出してはどうかと、再度、市長に提言したいと思います。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 20.5cmF5 F5】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2015/08/27 Thu

横浜市に拍手を

Holmes Booth and Haydens 14cmF3.6
今日の更新のみ、先週出掛けてきた、横浜市民ギャラリーあざみ野の企画展示、平成26年度横浜市所蔵カメラ・写真コレクション展 「旅をするまなざし」のご紹介とさせていただきます。
紹介するといっても会期が今度の日曜までなので、とてもこれを読んで展示を見に行くということにはならないと思いますが、19世紀のレンズ愛好家にとっては、興味深いカメラやレンズ、写真などが近隣の横浜市に所蔵されていて、毎年少しずつ展示公開されているという事に喜びを感じますし、それを自分のブログの中に書いておかなければならないという義務感をひしひしと迫って来ているところでもありました。

横浜市が、カメラと写真の膨大なコレクションを取得していて、しかしそれは、関内エリアでなくなぜかあざみ野で定期展示されていると知って、わたしは横浜市民だったコレクターが寄贈して、たまたま広い施設だったあざみ野で引き受けて消極的に展示していたものかと思っていました。
カメラや写真といっても多くが古すぎて一般受けしないもので、ほとんどマニアしか関心を示さないようなものだからです。
ところが市民ギャラリーあざみ野のホームページで記載されているところには「横浜は日本における写真発祥の地の一つとして、近代日本の写真映像文化の歴史に大きく貢献したと言われており、こうした歴史を踏まえ、映像文化都市づくりを進めるため、アメリカのサーマン・F・ネイラー氏が40年にわたって世界各地から収集したコレクションを取得しました」となっていて、積極的に個人コレクションを買い上げて文化に貢献しようとしていることを知りました。

横浜市は数年前に、保育施設の整備が追い付かずに日本一待機児童の多い自治体だと報道されて、その翌年くらいには一気に整備を進めたのか、待機児童ゼロにして汚名返上したことが話題になりました。
恐らく、カメラ・写真コレクションの取得はそれ以前の話で、将来の保育よりも今こその文化に傾注していたのではないかと想像できる素晴らしい町なのだと評価いたしました。
それは冗談としても、コレクションの点数は、
・カメラ 約2,700件
・写真 約2,900件
・写真関連アクセサリー 約2,000件
・資料及び文献 約2,000件
となっていて、購入費用やデリケートな木のカメラを管理保存する費用、それらを学術的に分別するための学芸員の登用の費用など、膨大なお金が税金から使われているに違いありません。
それを英断した横浜市議会と、文句ひとつ言わなかった横浜市民の皆さんは、わたしにとって英雄であると評価しなくてはならないほどのものだと思っています。

毎年1回企画展示しているようですが、カメラ2700台を全部展示し終えるまでにいったい何年かかるのでしょう。
数えたわけではないのでいい加減な数字ですが、今回の展示ではカメラはせいぜい30台くらいの展示だったのではないかと思われます。
もしそのペースだと90年かかるので、一生通い詰めてもすべてを見尽くすことはかなりの困難のようです。
わたしには2700台のうちのほとんどがそれほど関心のないカメラとは思いますので、せめて1830~80年に製造されたカメラはすべてレンズ込みで見たいですし、フォックス・タルボットのカロタイプの写真集「自然の鉛筆」は生涯のうちに見なくてはならないマストアイテムだと思っています。

ksmtさんのご自宅から徒歩圏だということでお誘いしてふたりで見学したのですが、ごくごくコレクションの一部が見られるだけとは言っても、かなりの見ごたえある展示になっていました。
個人的には、たまたまホームズ・ブース&ヘイドンズのレンズを持って行ったら、同じメーカーのずっと大きなペッツバールを付けた8×10の木製カメラがどんと置かれていたのに感動しました。
わたしのホームズと同じ、フードがラッパ型になったペッツバールとしてはたいへん珍しい形状だったのが感動をさらに高めてくれます。
また、レンズの展示としては、ハリスンのグローブ・レンズやサットンのパノラミックレンズという、超広角の希少レンズが置かれていて、並んでいたハイペルゴンの存在を霞ませていました。

作例は、一見カメラのようですが、実は写真をスリットに入れて観賞するための装置です。
19世紀後半なので写真は鶏卵紙プリントの風景写真ですが、学芸員さんが手で持っている天板部分を開閉することで、写真に当たる外部の光の量がコントロールされ、昼間の景色や薄暮の景気のように印象を変えさせることができるというユニークな発想をその場で楽しむことかができるようになっています。
また、おなじみのカメラオブスキュラやプリズムで画像を捉えるカメラオブスキュラ同様のシステム、カメラ・ルシーダの展示もありました。
ksmtさんもわたしも展示に大満足でしたが、カメラが好きだという人でも、それらを見て面白く感じられるのかは微妙なような気がしました。
女性の来館者が何人かいましたので、感想を聞いてみたかったです。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(0) | 2015/02/14 Sat

美影之島

Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6
よさこい、阿波踊り、エイサーの3つが夏のローカルイベント御三家と言えるのではないかと思っています。
それぞれに特徴があることは間違いないですが、しかし、見ていてもよく違いが分からないという点でも3つは共通しているような気がします。
ローカルのイベントではそれらを一緒くたにしたものも見られますが、多くは自治体別にいずれかひとつを選択してイベントとして開催しています。
例えば、府中市ではよさこい、大和市では阿波踊り、今回の町田のよさこいと言った具合ですが、これを毎年繰り返すことで、地元にそれらの踊りが根付くことになり、それがまたイベントの盛り上がりを増していく相乗効果になっているように見えます。

ところが、主催者はそれだけでは物足りないと考えたのでしょう、これらイベントには少数化も知れませんが、ほとんどに
踊りの本家の団体が参加しています。
原宿のスーパーよさこいでは高知からの連が複数出場していますが、やはりレベルは高く、地元の誇りのようなものも感じられます。
それを見てローカルの連も刺激されてレベルアップを目指すでしょうから、イベント全体に良い影響をもたらしているのですね。

さて、町田のエイサーでは沖縄市越来青年会という団体が参加していて、やはりエイサーの味を出している点では傑出しているように思えました。
そこでちょっとお願いして写真をたくさん撮らせていただきました。
メンバーの多くは高校生・大学生で初々しく、かつ可愛らしい女性が多くて沖縄云々がなくても撮影依頼していたと思いますが。

さすがにゼネレーションギャップがあるので話題に窮しますが、沖縄の言葉を教えてくださいと聞いてみました。
まるで外国を旅した時の現地の女の子との会話のようですが、それでも快く対応してくれ、沖縄の女性と話して受ける言葉を教えてくれました。
"ちゅらかーぎー"がそれで、女性に対してきれいですねという時に使うそうです。
ちゅらは、美ら海という言葉でよく知られていますから、美しいということはすぐ分かりましたが、かーぎーとは何でしょう。
可愛いがなまったのかなど考えましたが、そうではなさそうです。
ksmtさんが調べたところではかーぎーは影とのことだそうですので、女性に対して美しい影ですねというのは、とても詩的な表現のように思えて気に入りました。

ksmtさんとふたり十分に撮影したのでお茶でもしますかと、繁華街を歩いたところ、たまたま沖縄物産のショップを見つけました。
わたしは大好きな島唐辛子を購入しましたが、泡盛なども買うべきだったかと少々後悔しています。
併設して沖縄そばも販売していたので、食べてみました。
わたしは数回沖縄に行っているので沖縄そばは大好きですが、ksmtさんは初めて食べたとのこと。
世界を飛び回るビジネスマンのksmtさんですが、意外なことに沖縄には行ったことがないのだそうです。
それなら、ぜひ撮影の旅で沖縄に行きたいですね。
現地での撮影時に便利な言葉を教えてもらいましたので、お嬢さん、ちゅらかーぎー、撮らせてね、これでいけるでしょう。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2014/09/21 Sun

下一站是町田

Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6
相模原のよさこい見物は3時頃に切り上げて、目の前の古淵駅から横浜線に乗車します。
ちょっと待って桜木町行きの電車に乗りました。
合流したksmtさんは、驚くべきことにナハト・イグザクタを購入していて、そのテスト撮影も行っていました。
このカメラは127フイルムと言う特殊サイズのフイルムを使用しますが、北海道の専門店で取り扱っているため、現在でも不思議カメラを撮影することで検証していくことを可能せしめています。

ナハト・イグザクタには4群6枚の初期タイプのクセノンが付いていて、自作アダプターでデジタルでも撮影していましたが、これはwww.ksmt.comで見ると、なかなかシャープでいい写りなのですが、どうしてもフレアっぽさが気になる人は気になるだろう当時のノンコート・ダブルガウスの典型描写に見えます。
ここのところずっと登場するペッツバールや絞ったヴェリート等のシャープな描写に比べると味わい深い、オールドレンズ臭さむき出しの愉しさがいいなと思います。

わずか1日の遅れで、ナハト・イグザクタのぬふやフイルムのモノクロ写真もアップされていましたが、www.ksmt.comでは滅多にモノクロが出ない目新しさもあって、新鮮な面白さを感じました。
いつものカラーで明るめの処理をされているような雰囲気とはだいぶかけ離れているところから、年季の入った女性の写真などに息吹を甦らせたような表現です。
ネガを専用スキャナーで読んでいるのではなく、ライトボックス上からネガをデジタル撮影して白黒反転させているとのことでしたので、プリントにすればだいぶ印象が変わると思いますが、それを差っ引いてもたいへんおもしろいチャレンジだったと評価したいと思います。
ただ、残念なことに続けての撮影でカメラは壊れてしまったそうで、ただいま鋭意修理中だとのお話でした。

さて、ナハト・イグザクタの話をしているうちに町田駅に到着したので下車しました。
古淵の隣が町田なのであっという間の到着です。
そして町田の駅前でも、今日2つめのイベントである町田エイサー祭りが開かれていました。
町田駅周辺は古淵や他の周辺駅とは比べるべくもなく人の多いところなので、エイサー見物の人はとんでもない数になっていました。
人の層が幾重にもなっていて、まともに写真を撮ったり見物したりは厳しそうです。
どうしましょうかなどと話しているときに見掛けたのが作例の女性でした。

飲食ブースの並ぶところで、シークワーサーサワーを売っていた女性だったのですが、ksmtさんとわたしとで何気なく通り過ぎて数秒経ったとき、お互い目が合ったのをきっかけに、シークワーサーいきますか、わたしもちょうどそう考えていたところで、のように意見一致でシークワーサーサワーを買うために引き返したのです。
シークワーサーサワーがそんなに飲みたかったのかと問われれば、はいそうですと答えますが、言うまでもなく本音はたいへんな美人だった女性のポートレイトを撮ることでした。
お願いすると、かなり照れながらもこころよくモデルを引き受けてくれました。
ksmtさんのカメラに向かってちょうど照れているところを撮影させてもらいましたが、思ったほど彼女の魅力が捉えられていないのが残念です。

ksmtさんも結果に納得されておらず、レンズも取り替えて撮影したい言うことで、しばらくしてから何度もその周辺に向かいましたが、彼女は早々に引きあげたか、エイサーに参加して踊っているためなのか、ついに見掛けることができませんでした。
我々にとっては幻の美女と言うことになります。

シークワーサーを飲み終わったタイミングで、今度はわたし好みの女性が特大ソーセージを売っていたので、間髪入れずに購入して撮影にも応じてもらいました。
続けて、ビールを販売する女の子が浴衣姿で可愛らしく、ここでもビールと引き換えに撮影させてもらいます。
シークワーサーサワーだけならどうにでもなったと思いますが、2杯目のビールはかなり来ました。
ふたりでいつになくハイテンションになって、エイサーを沖縄を楽しんでしまうのでした。
よさこいとエイサーには共通点が多いのではないかと思いますが、よさこいを見たときにはあまり高知というものを感じることはなかったのですが、エイサーには徹頭徹尾沖縄が存在しているように思えたのでした。
【Alpha7/Holmes Booth & Haydens 14cmF3.6 F3.6】
thema:ペッツバール genre:写真
Holmes, Booth & Haydens 14cmF3.6 | trackback(0) | comment(2) | 2014/09/20 Sat
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