大国的影響

Vallantin 7cmF3.5
ハノイの旅の最終回は、ぜひフオンの写真をと思っていたのですが、本人に無断というのは失礼かなと思いやめました。
いまベトナム正月のテトの休暇で帰省中なのですが、実家の村にはインターネット環境がなくてメールできないのでご免なさいとのメールを最後に只今音信不通中です。
最後のメールには2月末ごろハノイに戻ると書いてありましたが、好いお正月を過ごせたのか、戻ってからまたメールをくれるのか気になるところです。

ところで、ハノイは中国語で河内と表記します。
北京語読みでは、ホーノイのような発音になりますが、ハノイと聞こえなくもないので、倫敦とか伯林のような音訳なのだと思っていました。
しかし、ベトナムは中国と隣接した国であり、日本や朝鮮と同様に漢字が使用されていました。
現在のようなローマ字表記が一般化したのは20世紀になってからで、漢字表記を廃止したのは第二次大戦後のベトナムの独立後のことだと言います。
若い人はもちろん、一般には中国語や日本語の学習者以外、ベトナム人で漢字を理解する人はまったくいなくなってしまったようです。

ハノイはベトナム語でも河内と書いたこと知るきっかけになったのは、フオンの家で会った建築学科の大学生が、ハノイはホン・リバーの内側に町があったことに由来していると教えてくれたことでした。
そこで、わたしがリバーがハで内側がノイかと聞くと、よく分かりましたねと答えるので、漢字で書いたものがそのままその意味になるからと教えてあげました。
漢字が表意文字だということは知っていた彼は、なるほどと感心し、日本と中国の関係が、かつてのベトナムと中国との関係と同様だったということに思いを馳せているようでした。

ハノイの町には古い建物が残っていますが、フランスのコロニアルスタイルのものと並んで、門に漢字が書かれた現地式のものもいくつか見ることができました。
それまで、これらはフランスに対抗して中国の建築家が建てたものだと思っていましたが、戦前のベトナム式だということだと合点がいきました。
フランスが聖堂まで建てているのでキリスト教徒も多いハノイですが、仏教寺院の数はずっと多く、わたしが知り合った人はみな仏教徒でしたし、わたしは若いお坊さんとも知り合ったことは前に書いた通りです。
タクシン氏は中国系と聞きますし、タイ語の漢字との関わりは知りませんが、中国に隣接する国はかつての中国の影響を大きく受けていることは間違いないようです。

さて、夜に写したフオンよりも、ちょうどよい写真がありましたので、そちらを本日の作例とさせていただきます。
ハノイをひとりで散策して戻ろうとしていた時、恥ずかしながら方向を見失ってしまい、どんどんと遠ざかってしまっていました。
市街に戻ろうとしているのに、風景はじょじょに郊外感が漂い始めてきて、ようやくそれと気付いて近くにいた綺麗なお姉さんに道をたずねました。
やはり方角が反対で、来た道を戻るように言われます。
礼を言って戻りかけると、あなた日本人でしょうとけっこう上手な日本語で声をかけられました。
あれっ、日本語ができるんですか、それではぜひともお友だちにと言おうとしたのですが、写真1枚撮らせてもらったところでバイクでどこかへ行ってしまいました。
あれだけ日本語がうまければ、もう日本人の友だちなんて間に合っているのでしょうね。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/09 Sun

魅力河内

Vallantin 7cmF3.5
ハノイを再訪した理由はフオンに誘われたからだと書きましたが、いくらわたしでもハノイ自体に魅力がなければ行くのをためらっていたと思います。
ではハノイのどこが魅力かといえば、表面的には物価が安くて滞在費が中国よりも抑えられることがありますが、積極的な理由は町歩きが楽しいということに尽きます。
路地に個性があって、ローカルの人たちが旅行者にうまい具合に接してくれるのです。
人の接し方というのはそれぞれの国や地域によって違いがあるものだと思いますが、この部分では中国よりもずっと良かったように感じられました。

ハノイの町並みはほとんどの建物が2階建てか3階建てで、個性も上の方まで延びていると感じます。
まずは主人公の人がいて、その背景たる建物群も同時に捉えたいとなると、広角レンズでぐっと人に寄るのがベターです。
数か月前にハノイに滞在してそのことは感じていたので、広角レンズも持ってきていたのですが結局は使わずじまいでした。
ハノイのある北ベトナムは19世紀には仏印と呼ばれて、フランスが植民地として開発し、同時にいろいろな文化がもたらされました。

それを意識して持ってきたというわけではありませんが、今回のシリーズですべて使用レンズがヴァランタン7cmF3.5なのは、どうしても同じ19世紀のフランスレンズで撮り進めたいと考え続けたからでした。
そうするメリットはたぶん何もありません。
しかし、19世紀の建築がかなりの割合で残り、バイクこそ町に溢れているもののあまり近代的に進展したとも思えない町を撮影して歩くには、このレンズほどの適任はないと思えました。
19世紀後半、遅ればせながら我がフランスもアジアに植民地を持つに至ったので、その様子を取材するよう指令を受けた記者が、すでに時代遅れになった愛用の国産ペッツバールタイプレンズを付けたウッドカメラを手に、使命感に燃えながら町並みを徘徊する姿を空想しながらあちこちスナップするのはとても楽しいことだったのです。

カメラはキヤノンの一眼レフを使っていたのに、わたしと同じように撮影しているのではと直感できる西洋人の男性がいました。
歳は50前後でしょうか、割合と小柄な体にはスリムなジーンズとカメラマンウェストがよく似合っています。
カメラの構え方やその目付きの鋭さは職業写真家的な臭いがありました。
観光用の写真撮影か取材かでやってきたもののハノイの面白さに魅せられて、オフのこの日ひとり町に出て趣味の撮影を楽しんでいるように見えてしまうのです。
わたしは自分のことを忘れて彼が撮影する姿を見入っていましたが、やがてそれに気付いてこちらの方を睨んだように見えましたが、わたしが持っていたカメラのレンズに気付いて、また笑い返したかのようにも感じられました。

別の場所では、歩いていた時に「ハイ!」と西洋人女性から声をかけられました。
わたしが通り過ぎようとしたカフェからで、彼女はオープンなスペースでコーヒーを飲んでいてわたしがへんてこなレンズで撮り歩いているのが気になって呼び止めたようです。
カナダ人だという20代後半に見えるその女性はさっそくレンズのことを聞くので、わたは得意になって説明を始めました。
ところがフオンとはブロークンながらもどうにか英語でそれなりにスムーズに会話できていたのに、相手がカナダ人美女となると気負ってしまうのか、なかなかうまく説明できません。
その不器用加減がかえって彼女の好奇心を募らせたらしく、話はニエプスの写真史の始まりから延々と続いてしまい、どれだけ理解してもらったかは分かりませんが、少なくともわたしがこんなレンズで撮影している理由だけは分かったと言ってもらえました。

逆に彼女のことを聞くとずっとここに座ってひたすら道を眺めながらコーヒーを飲んでいるだけだとのことでした。
町を楽しむのは何もわたしのように歩き回らなければできないことではなくて、定点観測的にじっと1か所で過ぎ行く人々と時間とを追っていてもできるのだと教わることになりました。
あの場面では絶対に、隣にかけてもいいですかと言って自分もコーヒーを頼み時々話でもしながら、道行く人々を撮影しているべきだと、今になって後悔しています。

先日のニュースで気になる話を聞きました。
ハノイでは、地下鉄の建設が始まっていて、何年か後にはバスに代わる交通手段としての地下鉄が数路線営業開始するのだそうです。
土地の値上がりとか、利権とか、再開発とか、これまで世界中の街並みを破壊してきた嫌な言葉が、ニュースを見るわたしの頭を駆け巡りました。
今あるハノイは数年後には生まれ変わってしまうかも知れず、その時にはもう訪れたいという魅力も残っていないような気がしてなりません。
かと言ってそれを止めることは誰にもできないのではないか、今がラストチャンスなのではないかと思えてならないのです。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/08 Sat

河内的幼児園

Vallantin 7cmF3.5
ハノイの観光名所のひとつに20世紀初頭にフランスによって建設されたオペラハウスがあります。
コロニアル建築が多く現存するハノイでも、いちばんの規模と風格を持つ建築で、しかも大きなロータリーに面しているため全容を眺められるため、その美しさはいつでも堪能することができます。
ここを本拠とするベトナム国立交響楽団の音楽監督は日本人の本名徹次さんで、2010年にはハノイ建都1000年を記念してマーラーの一千人の交響曲を演奏したというので、定期演奏会でもあればぜひ聴いてみたかったのですが、残念ながら日程が合いませんでした。

その本名さんのことを調べようと検索すると、普通にプロフィールも出ていたのですが、それとは別に読まなければよかったと思うような恐ろしいことを指摘しているところもありました。
情報を鵜呑みにするわけにはいきませんし、真実かどうか確かめるすべはないのでここに書くことは遠慮しておきますが、もし本当ならば、いま話題になっている作曲家のゴーストライター問題と少し似ていて、しかもよほど事態は深刻です。

クラシック音楽の評価というのはたいへん難しく、ましてや現代音楽となるとそれは専門家の領域でしょう。
コンクール優勝とか評論家の買収とか自身について詐称とか、どうせ音楽のことはみんな分かりやしないのだからと考える個人や組織があったとしても不思議ではありません。
ゴーストライター問題はもちろんですが、現代音楽のグレーの部分についても、音楽業界が動くことで明らかにしていってほしいものです。

全然ハノイとは関係ない話になってしまい、具体的なことにも触れられず申し訳ありません。
オペラハウス付近を歩いているたら、どうしたことか建物の敷地内に日本の鯉のぼりが見えてきて、思わず足を止めてしまいました。
警備のおじさんがいて立ち入り禁止と言われたのですが、鯉のぼりのことを言ったらあなたは日本人か、それならとせうぞと中に入れてくれて、何か作業する女性たちに紹介してくれました。
英語ができる女性がいて説明してくれたところによれば、ここは幼稚園ですが北海道の幼稚園と交流事業を続けていて、来週その催しがあるので準備をしているのだとのこと。
鯉のぼりを何匹も泳がせ、手製の桜の木を立て、ステージではベトナムの音楽に合わせた踊りとともによさこいも踊ってみせます。

コンサートでいえばゲネプロに相当する通し稽古だったのでしょう、みな30代、40代と思われる先生たちの踊りは意外にも洗練度が高くて振り付けも面白く、思わずずっと見入ってしまいました。
オペラハウスの傍の幼稚園といえば、きっとお金持ちの子女が多く在籍して、教育も厳格であることが予想されます。
ふだん厳しい先生が国際交流の場でなんちゃって踊りでは子どもたちに示しがつかないので、鬼のような特訓をしたに違いないなどなど、無理やり座らされたステージ前中央の園長先生の隣の椅子でじっと考え込まされてしまいました。

小さな幼稚園でしたが、先生はなぜか20人以上もいて、しかもみんな女性ですから最初はドギマギしてしまいましが、さすがにみんなに優しくしてもらって生徒にでもなったかのような気分です。
ずっといたかったのですが、夕方にフオンと待ち合わせしていたので、残念ながらもう立ち去らなければなりません。
みんなで記念写真を撮ってから引き止める先生たちに別れを告げて立ち去りました。
交流会本番での踊りは、きっと日本から来た先生たちを楽しませたことでしょう。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/07 Fri

河内的徠卡

Vallantin 7cmF3.5
いきなりですが、今日の作例のお店が何屋さんか分かりますでしょうか。
ミシンを動かす若い男性の周囲にはカラフルな糸や生地が並んでいて、服の仕立て屋に見えないではありません。
しかし、それにしては洗練された感じがなくて、服を作りたいと思わせる雰囲気は皆無です。
壁にかけてあったり、上から吊るされている物を見ればピンと来たかも知れませんが、答えは、バイクのシートカバーを縫製してくれるお店でした。

なぜ、バイクのシートカバーを特注するのかがよく分かりませんが、たくさんあるバイクの中から自分のを見分けるためなのでしょう。
かなり派手なデザインのものもディスプレイされていて、バイクのシートで個性を表現するような潮流が現れてきているように思いました。
日本なら既製品の方がずっと安いので、オーダーするということは多少お金を積んでもオリジナルのものを持ちたいのだということを意味しますが、人件費の安い国では作ってもらった方が安上がりなうえに自分だけのものをつくってくれるのですから羨ましい限りです。
ここなら、α7用のケースを作成してくれるかも知れませんが、素材は革ではなく布になるでしょうか。

カメラ屋もあるかも知れないと思い探しましたが、旧市街に1店舗が見つかっただけでした。
小さなお店でフィルム時代の日本製一眼レフが雑然と置かれていましたが、ライカM6もぽつんとあったのが印象的でした。
あまりに不釣り合いな1台だけのライカは、もしかしたら旅行者が使っていて盗難にあったのではと想像しました。
ハノイでもPCやスマートフォンが普通に売られているのを目撃しましたので、わざわざフイルムカメラを欲しがる人がいるとはは思えません。
M6は永遠にこの店のディスプレイケースに置かれ続けるように思えてなりません。

8年くらい前にホーチミンを訪れたときは、露店の中古カメラ店を見つけました。
売られていたのは友好国だったソ連のキエフやコピーライカに東独のペンタコン製一眼レフなどです。
1980年頃であれば珍しくもあったかも知れませんが、すでにソ連が崩壊して何年も経っていては日本でも簡単に手に入るものばかりです。
値段を聞いても日本とほとんど変わりませんでしたので、これは永遠に売れないのではないかと、当時も同じことを考えて心配したことを思い出しました。

そのとき同じような露店ではベトナム戦争に関連した品々が多くを占めていました。
特に米兵の遺品と言われたジッポーのライターはいっぱい並んでいて、そのほとんどに恋人の名前とか詩の一節とか反戦のメッセージとかが刻印してあったのです。
当時のアメリカ軍の兵士の間にはお守り代わりにジッポーにそんな刻印をしてもらうことが流行っていたようなのですが、露店に売られていたもののほぼ100%がフェイクだろうと言われていました。
いまのホーチミンではまだ売られているのか分かりませんが、さすがにハノイでは一度も見かけることはありません。

今回も特に買うものはなかったかと言えば、到着したその夜にハノイでの生活必需品を買ったことを思い出しました。
天秤棒で歩きながら商売していたおばさんから買ったのは、布のマスクです。
15000ドンでしたので日本円で75円くらいと予想より高価だったのですが、空気の汚れたハノイでの必需アイテムになってくれました。
日本で売られている立体型の不織布マスクに近いデザインで顔にうまくフィットして着け心地は悪くありません。

ただ、ハノイではバイクに乗る人が着けるもので、徒歩で使用していたのは旅行者くらいのものでした。
それに女性の方が装着率が高いため、売られているのも女性用のおしゃれな柄のものの方が主流で、男性用に気に入るようなデザインがないのが残念です。
作例写真の店でオーダーメイドすればよかったかと、今になって後悔しています。
ニューデリーの大気汚染が北京よりひどいとの報道を先日見ましたが、将来ハノイまでがそうならないことを願うばかりです。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/06 Thu

法国餐庁再訪

Vallantin 7cmF3.5
友人に、前回のハノイ滞在でのいちばん良かったことはと聞くと、最後の日のフランス料理のディナーだと彼は言いました。
半分は冗談でしょうが、むその答えには納得できるものがあります。
久し振りに食べるフレンチはとても美味しかったですし、古い建物と家具調度の中という雰囲気も最高でした。
しかし、何より良かったのは、3人のウェイトレスが給仕してくれたことで、3人が3人とも大学生のアルバイトで、かつとてもとても美人だったからでした。
ハノイの滞在で見かけた美女ベスト3はと聞かれれば、友人もわたしもこのレストランの3人のウェイトレスをあげるでしょう。

またあのフランス料理のレストランに行きたいと思っていましたが、さすがにフオンを伴って行くのには抵抗があります。
何かのはずみに、この人前回来た時にわたしちの写真ばかり撮っていたのよー、などとフオンに告げられては面目丸つぶれです。
ましてや、あの時の写真はことごとく失敗だったのですが、だからといってフオンの目の前で彼女たちの写真をさらにパシャパシャ撮るという訳にはいきません。

アオザイ美人ウエイトレスたちの目と鼻の先まで来ていながらみすみす、会いに行くことができないとはと残念な気持ちでいたのですが、この日はフオンが夕方まで来れないと聞いて、ランチはあのレストランでと即決しました。
彼女たちは大学生なのでランチタイムにはいない可能性がありますが、その時は純粋にフレンチを楽しめばいいやと考えました。
と言いつつも、実はまた別の美人女子大生がいるかも知れないなどと、かなりの期待を抱いて店に向かいました。
今さら言っても仕方ないですが、昨日書いたホアロー収容所はホテルとレストランのちょうど中間点にあったので寄り道したということなのです。

ランチは11時から始まるとリサーチ済みで、ランチ時は忙しくてウェイトレスにかまってもらえない可能性があると考えたわたしは、11時きっかりに店に入る計画でした。
地図にレストラン位置をチェックしていたので道に迷うことはないはずですが、事前準備してうまくいった試しかないわたしはやはり迷子になってしまいました。
シックな洋館のレストランとしっかり記憶していたので絶対に迷わないと信じていたのですが、まったく気付かずに店の前を素通りしてしまったのです。
前回夜に行ったので重厚かつシックな洋館とイメージしていたのが間違いで、実際にはモダンにリノベートされた外観は明るく瀟洒で眼中にないとばかり見過ごしました。

そして、地図の位置を間違えたかなと周辺をぐるぐる歩いて出くわしたのが中学校でした。
ジャージを制服替わりにしているのは中国式で、かつて女の子はみなアオザイが制服だったことを想像すると残念でなりません。
中学校ではまだバイクの免許は取れないと思うのですが、なぜかバイクでやって来た女の子がいて、思わず撮影してしまいました。
このあたりは各国大使館があったり高級住宅地でもあるようでしたので、社会主義のこの国では両親の力で中学生でもバイクに乗れてしまうのかも知れませんね。

1時間以上も歩きに歩いて、ようやく見つけたレストランはランチの書き入れ時で、そこそこの混みようでした。
やはり美人女子大生トリオはおらず、ぽっちゃり女性と男子大学生が給仕にあたってくれるという展開でした。
これも想定の範囲内と考えながらも、カモのパテやら生ハムやらに舌鼓を打つことができたのが幸いでした。
しかし、満腹になって店を出ようとすると、幸いでもなんでもなかったことに気付きました。
3人の美人のうちのひとりか1階のフロアで忙しそうに駆け回っているところに、ばったり出会ったからです。
彼女はわたしのことを即座に思い出したようで、あっと小さく声をあげて、ハイとあいさつしました。
ただ、それだけで、あまりの忙しさに簡単な会話さえできないという状況のようです。
彼女が受け持っていたのは日本から来たおばさんたちの団体でしたが、誰ひとりとしてこんな美人からサービスを受けていることに関心を示していないようだったのが残念でなりませんでした。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/05 Wed

法国的断頭台

Vallantin 7cmF3.5
ホテルから歩いておよそ30分、ハノイの町のど真ん中にホアロー収容所跡があります。
建築学科の彼が第一に推したのがここで、かつて刑務所だった施設が建物の形状を活かして博物館として公開されているということでした。
牢獄を見に行ってもなあと、当初はそれほど乗り気ではなかったのですが、ここに足を踏み入れたのは大正解でした。
ベトナムの近代がすべて凝縮されているような空間だと感じられたからです。

ベトナムに進出してきたフランスが19世紀末にコロニアルの様式で建築したホアロー刑務所は、植民地支配に反対するベトナム人活動家の収容を目的にその歴史をスタートさせたのだと思います。
第二次大戦では日本軍がベトナムに進行してフランス人捕虜を収容し、あるいは敗戦によって日本人捕虜が収容されていたのかも知れません。
ベトナム戦争では米兵の捕虜が収容されていて、展示されていたそれら写真やビデオを見ることができます。
さすがに写真の展示はありませんが、南北統一後の労働党政権では数多の政治犯がここに集められていたことでしょう。

映画や実話などでしばしば刑務所からの脱出という話を観たり聞いたりします。
穴を掘ったり、食器を持ち帰ってのこぎりに改造したり、面会の助けを借りたり、看守を買収したり…、刑務所というのは脱獄のためにあるのではと錯覚するくらいですが、わたしが見たホアローの建物や服役囚の展示はそれら可能性はなくただ絶望を感じさせるだけだと思わせます。
扉はチェーンソーでも歯が立たないような金属の分厚いものでしたし、鍵は金属の塊です。
服役囚は両足を床に固定された足かせに繫ぎとめられていて、身動きするたびに足に痛みを感じたことでしょう。

作例に写っているのは、フランスから輸入されて実用され続けたというギロチンです。
そう書かれているのを見て、わたしは恐怖で後ずさりしてしまいましたが、やはり何人かの人も同じような行動をしていたのですが、中には作例の少女のようにうっとりと(?)見入っている人もいました。
ベトナム人であるこの女性には、この装置で命を落とした人々に対して目を背けてはいけないとの思いがあったのでしょうか。

ところで、このギロチンを発明したのは装置に名を残すフランス人のギヨタンで、死刑を広めて何人もの人の首を落とした挙句、皮肉なことに最後は自らがその処刑装置によって葬られたと本で読んだ記憶がありました。
残酷な発明をした人が悪魔が最後には殺された人々に復習されたのだというイメージを伴っています。
しかし、ギヨタンを調べると実際には話があべこべだったので、面白いなと思いました。
医師で博愛主義者だったギヨタンは、むしろ死刑制度に反対していたというのです。
むしろ死刑制度を段階的になくすために、まず苦痛の無い死刑執行のための装置の制作を議会に提案して、その設計は楽器製作者がになっていたといいます。

首を固定して大きな刃物で切り離す処刑装置は13世紀には早くも存在していたそうで、18世紀のギヨタンはそれを改良して苦痛なくあの世に行けるように願ったことが、彼に死刑を大量生産させた悪魔とのレッテルを貼らせることになったのは歴史の怠慢でしょうか。
もちろん彼は、ギロチンで処刑されたりもしていません。
中国や北朝鮮では多くのケースで銃殺刑が採用されているようですが、その執行方法をモウタクトウとかキムイルソンなどとは呼んでいないと思います。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2014/02/04 Tue

小狗四兄弟

Vallantin 7cmF3.5
フオンのおもてなし料理を食べているとき、明日は夕方まで用事があるので、ひとりで行動してほしいと彼女は恐縮していました。
理由を聞くと、大学で試験を受けなければいけないと言うではないですか。
この2日間連れ回してしまったが大丈夫なのかと聞くと、平気だと笑っています。
さすがに今日は長居は止めようと思い、バスの時間を尋ねるなどして早々に退散しました。
この食事会が原因で、大学の成績や就職、ひいては彼女の人生に影響を与えてしまうとすれば大変なことです。
ただただ、翌日の健闘を祈りました。

翌日はどうしようかと少し悩むところですが、例の建築家学生が(名前を失念してしまい彼には申し訳ない)ホテルでもらった市内地図にいくつも見どころをマーキングしていってくれたおかげて、その地図を見ながらふらふらと散策することにしました。
自分の意志ではなく、現地の人の話に流されて行動してしまう、わたしのいつものパターンです。
ただし、ガイドブックなどには左右されないという自負はあるつもりですが。

おとといや昨日のようにフオンが大きく遅れて来て出足も遅れてしまうということがないので、6時半には起きて8時にホテルを飛び出しました。
この日は土曜で、通勤のバイクはかなり走っていましたが前日ほどではなく、道路の横断にも完全に慣れてしまって行動がスムーズです。
東南アジア全体に言えますが、特にハノイではそれなりの交通量がある中での道路横断ができないと、どうにもならないときがしばしばです。

中国とは違ってハノイのバイクは歩行者にたいへん優しいのですが、さすがに停止まではしてくれません。
バイクが何台も走る中で横断するには、ゆっくりと一定の速度で歩いていれば問題ないのです。
バイクの方で、歩行者の速度を計算して右か左側にずれてやり過ごしてくれます。
怖がって駆けたり、途中から加速したりなど一定の速度で歩かないと、バイクが予測できずかえって危険です。
人並みの運動神経さえ備わっていれば、現地人の動きを見てすぐにコツをつかんでひとりでも横断できるようになるはずです。

作例は、遠くに犬たちがきょろきょろしているのが見えて、それでもあせらずにゆっくり道路を横断してから撮影したものです。
ハノイの固有種でしょうか、ここ以外でも2~3度見ましたが、チワワのように小さな犬で、携帯に夢中な後にいる飼い主のおじさんが巨大に見えてしまうのが面白く感じられます。
4匹はそれぞれ担当する四方向を監視しているような姿がユニークで、この辺にいた店の人たちのアイドル的な存在のようでした。

さて、そうしていくつかの通りを歩いたりしていると、フレッシュジュースのスタンドがありました。
その場で絞ってくれるマンゴージュースは1杯100円くらいして、ハノイの物価感覚では高く感じられなくもないですが、日本なら4~500円は取られるでしょう、いや、そもそもマンゴージュースなんて日本で飲めるところを知らないなどと考えれば値段には変えられません。
濃厚な果実の味が素晴らしいですし、スタンドなので立って飲んでいると店の女の子が気を利かせて椅子を持ってきてくれました。
銭湯にあるような東南アジアではおなじみの低い椅子ですが、かれこれ30分歩いていたので好い休憩になります。

若い西洋人カップルと現地人の3人組が歩いていたので座ったまま何気なく撮ると、彼らもこちらにやって来てジュースを買っています。
ミキサーにかけている間、わたしのレンズが気になっていたようで3人か話しかけてきました。
わたしがフランスのペッツバールというタイプの1860年頃のレンズだと説明すると、そんなに古いレンズが使えるのかとみな驚いています。
そこで、先ほどこっそり撮った彼らのスナップを見せると、今のレンズと写りは変わらないとまた驚くので、周辺はこんなになるんですとぐるぐるボケを拡大すると、3たび驚いて見せます。

ベトナム人の青年は、カメラを購入予定だったそうで、わたしのα7に興味を示します。
実はわたしのカメラには、SONYの文字のSOのところにLeicaの赤いロゴステッカーが貼られているので、彼はそれはライカかと聞いてきました。
わたしは、そうだと答え、Leicaのロゴに続いてSONYのNYが見えていることを示し、ライカ・ニューヨークだ、すごいだろと真面目な顔で彼に教えました。
西洋人の女の子の方が、分かったSONYでしょうと言うので、わたしは、いやライカ・ニューヨークですとよりシリアスな顔で主張すると、みんながライカ・ニューヨーク!と言って笑い出しました。

カメラを買いたいという彼に、機種はアルファ7ということや、つい先月発売されたばかりだが日本ではたいへん評判がいいこと、ミラーレス初のフルサイズでアダプターがあればライカのレンズをはじめどんなレンズでも使えること、eBayで香港の出品者から買えば安いこと、同じくeBayではエルマーなどライカの純正レンズでも200ドルくらいから見つかること等説明すると、彼はすっかり乗り気になっています。
ライカのコンパクトデジタル検討していたというので、いやライカならオールドレンズに限る、というと家に戻ったらさっそくチェックしてみるつもりだと言って、彼らはジュースを飲みながら立ち去りました。
きっと今頃、彼はライカ・ニューヨークでハノイを撮り歩いていることでしょう。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/03 Mon

越南私房菜

Vallantin 7cmF3.5
今度ハノイに来るときにはご飯をつくってご馳走するから。
そんな前々からの約束があって、バッチャン村の帰り道、バスを乗り継いでフオンの家に向かいました。
彼女の作る食事目当てでわざわざハノイまで行ったのかと呆れられそうですね。
さすがにそんなことはないときっぱり否定しますが、旅の愉しみのひとつであったことは確かに間違いありません。

2日続けて遅刻してきたフオンの家は、ホテルから遠く離れてはいましたがそれでも40分かからず、1時間の遅刻はどこから来たのか気にはなります。
家のすぐ前がバス停でしたが、ひとつ手前で降りてそのあたりに散在している路上マーケットで、野菜、トリ肉、卵と食材を調達していきました。
フオンはけっしてわたしに支払させようとせず、昨日と今日の食事のお礼をしたいという強い意志を感じさせます。

バス停がすぐそばで、小さな市場もありとすごく便利なところに住んでいるなと感心しましたが、もちろんハノイの中心からはだいぶ離れていて、住宅街ではあっても道幅の狭まったかなりごみごみとした庶民的なエリアでした。
雑貨屋がぽつんぽつんと数軒あって、文房具屋なども見られましたが、目を引いたのは作例の小鳥屋さんでした。
鳥かごは何の気なしにあるそばから架けていっただけだと思うのですが、全体がアートのような趣を感じます。
店仕舞いのときは、狭い店内に積み上げられるのだろうなあと思うと、いつまでもこの店から抜け出さない小鳥が憐れに感じられもしてきます。

フオンの家は古くて小さな3階建ての建物の3階でした。
入り口は中国などでもよく見る鉄格子の扉を鍵で開けて、もうひとつ玄関の扉を開けて階段を上がります。
3階はちょうど日本の6畳と4畳半の部屋にキッチンが付いている感じの間取りでしたが、6畳は若い夫婦と3歳の子どもが暮らしていて、4畳半の方にはダブルベッドひとつと小さな机がふたつで部屋がいっぱいになっています。
いま帰省しているルームメイトと部屋をシェアしているのは聞いていましたが、ここで出会うまでは赤の他人だった同世代の少女とひとつのベッドで寝ていると聞いて、何だか切なさを感じてしまいました。

キッチンは共同でしたが、今日は日本人が食事に来ると予告していたのでしょう、フオンが貸切状態で使い、その間わたしは隣の部屋の子どもと遊びます。
お母さんが少し遠巻きににこにこと見ていますが、残念ながら言葉が通じないため会話することができません。
そのうちハンサムな青年がやって来て流暢な英語でいろいろと話することができました。
もしかしたらフオンの彼氏かと思ったのですがそうではなく、この家の家主の息子さんでいまハノイ大学の建築学科の3年生とのことでした。
すでにインテリアデザインの仕事を始めていて一定の収入かるあるので、建築やアートの勉強のために海外旅行したいのだと力強く言っていました。
候補地には日本も上がっていたので、その際にはわたしは日本の建築を案内して歩くことを約束しました。

そうこうしているうちに料理ができました。
建築学科の青年も誘って3人になったのでフオンの部屋では狭いでしょうと、若い夫婦がわたしたちの部屋で食べるように言ってくれます。
料理は、ほんとにベトナム料理なのと聞きたくなるほど日本でふだん食べているものと違和感のないものばかりでした。
食材が日本とかわらないうえに調理法も限られるとあらば、結果がそうは変わらないのは当然ですね。

フオンたちは心配そうにわたしが食べるのを見守っていましたが、美味しい美味しいと食べたのでみんなホッとしていたようです。
何より、食べられるものがでてきて、わたしがいちばんホッとしたのでしたが。
ただ、白飯はジャポニカ種でしたが、日本で食べるものより味がだいぶ劣るのが残念でした。
わたしは中国料理が好きですが、油が苦手でという人も多いでしょうから、そんな方にはベトナム料理ならお勧めできると思いました。
【Alpha7/Vallantin 7cmF3.5 F3.5】
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Vallantin 7cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2014/02/02 Sun
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