鉄路是不是安全

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
昔からよく言われることのひとつに、航空事故は一度起こると連続して起こる、というのがあります。
統計上ほんとうにそうなのかは知りませんが、わたしの印象では、確かに1度航空機が事故を起こしたりすると数日間以内に別の事故のニュースを見てきたように思います。
先日のロスアンジェルスのアシアナ機の事故の後には何も起きていないではないかと突っ込まれそうですが、きっとあの事故の死者は消防車にひかれたことが原因だからなのかも知れません。
何にせよ、どこかの空や空港で事故が起きたと報道されると、その直後に飛行機に搭乗するときはいつも以上に緊張を強いられています。

鉄道の事故はどうなのでしょう。
鉄道は安全な乗り物でめったに事故なんて起きませんし、あったとしてもインフラが弱くてとんでもない数の人が乗り込んで頻繁に遅延するインドの話だけのように思っていました。
それが、少し前に中国の高速鉄道事故で、開発を急ぎ過ぎた余りの大惨事ということもあるのだということを知りました。
それでも鉄道の重大事故を起こすのは、ますば発展途上国での話しだろうと高をくくっていたのです。

フランス、スペイン、スイスとヨーロッパの鉄道が立て続けに事故を起こしたというのに驚かずにいられません。
鉄道網の発達した先進国で、しかも連鎖反応的に鉄道死亡事故が起こるなんて。
しかし、わたしはすっかり忘れていましたが、日本でも福知山線事故のような大惨事があったわけですし、JR北海道が繰り返し何度もトラブルを起こすという問題も発生しています。
日本の場合は、橋やトンネルの老朽化の問題もクローズアップされていますし、もはや鉄道は安全な乗り物と考えてはいけないのかも知れません。

運転士などの人為的なミスは絶対に起きないとは言えませんし、その場合でも列車を安全に運航させるシステムは新幹線のものが有名ですが、すべての国、すべての路線で取り入れられている訳ではないことはそれぞれの事故のあとの検証でイヤというほど明らかになってきました。
スペインやイギリスではあったのではないかと記憶していますが、航空機より警備が手薄な鉄道を狙ったテロの危険性も指摘されて来ていましたが、それの対策が行われているという話もあまり耳にしません。

航空業界でよく聞くのが、世界一安全なのがイスラエルの航空会社だということです。
テロの危険に備えて国家の威信をもって徹底的に航空機や荷物を検査するし、何か不安要素があれば時間を遅らせたり欠航したりは全然お構いなしという徹底した姿勢を貫いているということです。
これは本当か知りませんが、テルアビブの空港では、検査が厳しいので出発の4時間前にチェックインが締め切られるし、X線検査ではわずかでも不審な点があれば、別室で全裸になって自爆テロ犯ではないことの確認が徹底的に行われると聞きました。
だからこそ安全なのだそうです。

中国では、新疆などに問題を抱えていて、バスの爆破テロなど時々交通にかかわるテロが起きているとされます。
そういうこともあってか、中国では鉄道を利用する際、改札の前に空港にあるのと同様のX線による荷物検査とボディチェックを受けなくてはなりません。
また、先進国とは違って列車がどれだけ遅延しようが、料金を払い戻すという制度はないようで、ちょっとした理由で鉄道はちょくちょく遅れます。
大きな鉄道事故で世界中から批判を浴びたこととも相まって、上記理由を加味すると中国の鉄道は案外と安全なのかも知りません。

航空機も同様なことが言えるかと思いましたが、航空業界はキャリアが乱立気味で価格競争が激しく、その意味で鉄道より安全ではないと言えるような気がします。
中国で絶対安全なんてあり得るわけがないので、列車なら最後尾に乗れば後ろから追突されない限り先頭車両よりも万一のときの生存率が高いと考えるのですが、あいにく今の発券システムでは何両目と指定することはできないようです。
時速300キロで走る高速鉄道では、無理にでも安全だとの理屈をこねたりしなければ、恐怖のあまり車内でおちおち居眠りすることすらできません。

作例は、帰りの郴州西駅で見かけた美女です。
湖南省はかわいらしい女の子の多いところだと言うのがわたしのみならず、一般の認識になっているのですが、どういうわけか今回の旅ではそういう女性を見る機会が皆無でした。
陽山のひとりの美少女を除けば美人を見なかったなあと思っていたところ、最後の最後に美人を見つけたのですっかり仕舞いこんだカメラを取り出して1枚失敬させてもらいました。
湖南省でも郴州は最南端なので、広東省に人種が近いとか美人がいない理由があるのかも知れません。
切符が取れず帰りは高い一等車になってしまったのですが、その服務員こそが旅のいちばんの美人でした。
あとで頼んで写真を撮らせてもらおうかなどと考えているうちに、いつの間にか眠ってしまいそれは果たせませんでした。
中国の高速鉄道にわたしが恐怖を感じていたとすれば、今日の作例はその美人服務員になっていたはずです。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/08/04 Sun

和家人聊天

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
遅めの食事を摂ったころから日が出てきていちだんと暑くなったので、周辺の散策は早々に切り上げてもう一度村に戻りました。
ちょうどお昼を食べた家の人とすれ違って、スイカを割ったので食べていってと誘ってもらいました。
狭い部屋に入っていくと、大の大人が7~8にだらーっと椅子に座ったりゴロリとなったりと、スイカをかじりながらアンニュイに時を過ごしていました。
わたしが入っていくと寝そべっていたおじさんが起き上がってスペースをつくり、気だるい一団の仲間入りをさせてもらいました。

日本について質問攻めにあいますが、ちょうど参院選の投票日だったこともあり、中国のニュースでも報道されていた選挙の話題がひとしきり続きます。
中国では例えば町中などでは政治のネタを公然とすることはある種のタブーですが、家の中など限られた空間ではむしろそういう話題が好きな人が結構いるようです。
日本にもスイカはあるのかとか、日本のお金は中国で使えるのかなど子どものようなことを聞く一方で、日本の政治や歴史についてけっこう詳しかったりして脅かされます。

ナチスに学んだらどうかね、発言が出る前でよかったと、今、ホッとしています。
日本ではマスコミの意思が反映しているとはいえニュースは客観的に伝えられますが、中国では中共の情報操作も加味されてニュースがアレンジされるので報道直後はたいへんなことになっていたでしょう。
麻生さんがナチスに学ぼうがマンガに学ぼうが勝手ですし、政治家皆さんは終戦記念日にどこにでも参拝する自由はあると思いますが、それによって海外に赴任するビジネスマンや家族が危険に晒されたり不快な思いをする可能性があることはどこか配慮してほしいと思います。

日本の話題が途切れたところで、地元の話を聞いてみることにしました。
7時の電車で広州に戻ることになっていて、残りのおよそ5時間をこの村でどんより過ごすか、近くに何かあればそこまで出掛けるか考えていたところだったからです。
近くにもうひとつ古村落があると聞いて色めき立ちましたが、詳しく聞くとそれは先に訪れた小埠古村の方と分かってがっかりです。
山を登ったところに瑶族の村があるとも教えられましたが、10数キロの山岳路をバイクで行くので80元かかるということですし、ごく普通の村なので行っても面白くないだろうとのことです。
そう言いながらも彼らの誰ひとりとしてそこには行ったことがないというので、どこまで信用していいのかは分かりません。

やはり10キロほど離れた山に美しい湖があって、そこへはみんな行ったことがあると勧めてくれますが、酷暑の中で景色を見に行く気は起りません。
瑶族の村への行き方を尋ねたときに、バイクの運転手を呼んでしまったので、その人に乗せてもらって郴州の町まで戻ることにしました。
この村には4時ごろ近くではいちばん大きな町である桂陽に行くバスがあり、桂山から郴州行きのバスは10分間隔で出ているとのことでしたが、それでは菅官房長官そっくり顔をしたの女々しいバイクのおじさんに悪いかなと思ったこともあります。

郴州の町中には特に何があるわけでもないことは菅さんが教えてくれたので、適当に散策して最後に食事してから駅に向かえればいいやと、○×市場という名前だけで判断してバスを飛び下りてみました。
これはどうも失敗だったようで、午後の市場に行っても売り手も客もほとんどなく閑散としています。
外れで農民らしきおばさんが自分とこで作った野菜を売っているようなところをせめて写すことにしました。
遠くに塔のようなものが見えていましたが、郴州の町は山の中にあった陽山古村よりも暑く感じられて、あそこまで行ってやろうという気は起りませんでした。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/08/02 Fri

高級住宅地鏡頭

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
陽山古村落のように田舎にぽつんとある村のいいところは、360度緑に囲まれていることです。
ちょっとした高台に立つと遠くの山まで、ただただ緑が連なっているのが見られますし、村をちょっと離れて見下ろしたりすることができれば、緑に包囲された小さな村がかわいらしく感じられもします。
村のすぐ外側は田んぼですが、その脇を小川が流れていて子どもたちが例によってすっぽんぽんで泳いでいます。
これぞ田舎の夏の風物詩と言っていいでしょう。

さて、本来の趣旨であるレンズのことがすっかり後回しになってしまいました。
マミヤセコール48mmF1.5は、もともとマミヤ35スーパーデラックスというレンズシャッターカメラに固定装着されたレンズをライカマウントに改造したものです。
ただし、このレンズはいつものMSオプティカルの改造ではなく、中国で作ってもらったものでもありません。
F1.5レンズ蒐集の一環でジャンク品のこのカメラを早々に手にしていましたが、MSオプティカルに相談したところシャッター付のレンズの改造はあまり乗り気でないというニュアンスでしたので、余裕ができたときにお願いしますとなってそのまま2~3年も放っておかれることになりました。

このカメラのことをすっかり忘れてしまっていたところ、ある日ぽつりとマウント改造済みのレンズがオークションに出品されました。
たぶん、MSオプティカルに改造してもらうのとそう変わらないだろう価格で落札しました。
ライカで使ったわけではないので連動の精度などの評価はできませんが、実にしっかりした改造で素人の手によるものではなさそうです。
アメリカのセラーでしたが名前は中国系でしたので、あるいは本人は図面を引くだけで、加工は故郷で行っているのではないかと思われました。

朝日ソノラマのクラシックカメラ選書22「レンズテスト{第1集}」にこのレンズが取り上げられていました。
レンズ構成は予想される通りで、4群6枚のダブルガウスの最前面にもう1枚大きく薄めのメニスカスが追加された5群7枚です。
もともとF2だったリーのオピックに代表されるダブルガウス型をF1.5に引き上げるには、ライツ・クセノン、ズマリット、ズミルックスの系統にある後玉に1枚追加するかたちがとられていましたが、レンズシャッターで設計上の無理が生じると前群に1枚増やすかたちも現れました。

いっぱひとからげに断じるのは問題がありますが、前者では球面収差の補正に、後者では非点収差やコマ収差の補正に苦労が見受けられるケースが多いように思います。
このレンズも中央部分はすばらしくシャープで、コントラストもしっかりしていますが、周辺は暴れまくります。APSサイズでこんなんでは、フルサイズでさらに周辺に向かって収差の増大が予想されるマミヤ35スーパーデラックスというカメラを真面目に使っていた人は開放での撮影はあきらめていたのではないでしょうか。
発売当時の1965年から収差の好事家がいたらそれはたいへん面白いことですが。

ところで、セコールというレンズ名とは、ずいぶんと奇妙なネーミングだなと思っていたのですが、これはマミヤ光機から独立してレンズを製造していた世田谷光機の「セたがやコうき」から取られたそうです。
セコイという言葉をどうしても連想してしまうセコールなどと名付けることは通常考えにくいので、1950~60年代にはセコイという言葉は全国的に知られるものではなかったのでしょう。
ちょうど今、世田谷区がご当地ナンバーとして世田谷ナンバーをつくろうとしていることに反対と提訴したとニュースで見ました。
そのコメントの中で、世田谷は練馬や足立より上だという心の狭い田舎者の発想でナンバーを変えようとしているという要旨のものがあったのですが、これぞまさに世田谷区をセコイと断じているようでした。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/08/01 Thu

農薬餃子

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
昨日のニュースで、中国の毒入りギョーザ事件の初公判が、容疑者の逮捕から5年振りに開かれたと報じていました。
放送局によっては取り上げない程度の実に小さな扱いでしたが、事件そのものはいま改めて考えてみても日本に大きな影響をもたらしたといえると思います。
それまで一部の人にしか認識されていなかった、中国食品の安全性が日本全体に認識されるようになったからです。
事件発覚後に突然逮捕された容疑者は、食品が売れなくなることを危惧した中国政府のスケープゴードだったのではなどとまことしやかに囁かれましたが、本当のところはどうなでょう。
逮捕された時と昨日の公判に出て来た人物は別人にも見えましたが…。

この事件をきっかけに日本国民の輸入食品への関心は一気に高まり、以降、中国のローカル紙が取り上げるような小さな村での毒混入事件や、日本の基準値を超える残留農薬食品の存在、粉ミルクで乳児が死んだ事件を受けて日本にミ観光に来た中国人がこぞってミルクを買う騒動、化学物質で作られた卵とか廃材で作った食用油等々、パッと思い出せるものだけでも当時話題になった関連ニュース十指にあまります。
日本の食糧自給率の低さとも相まってこんなことでいいのかと、騒ぎになっていなかったでしょうか。

中国にしょっちゅう出向いて向うの食事を旨い旨いと食べている人間が言うことではないかも知れませんが、自分たちの口にする食べ物の問題がこれほど過熱したというのに、今ではほとんど誰も顧みなくなったことを嘆かずにいられません。
今月になって日本もTPP交渉に入りましたが、農業分野についてはコメや乳製品などを死守するという言うばかりで、食糧自給率の問題には触れられていないようです。
主要品目を死守する代わりに他の食品がどんどこ輸入されるのは問題としないということのようですが、世界でいちばん安全でおいしい国産の食品を減らして中国よりは安全とは言え外国のものに置き換えていくことが、どの程度わたしたちの健康を脅かすのか想像できません。

さて、話は中国に飛びますが、陽山にはたった1軒だけ民家の上階が宿泊できる施設になっているところがあり、そこでは食事からお昼はそこでどうぞと教えてもらいました。
もちろん高級レストランなどではなく、家のお母さんがその場にある食材でつくってくれる農家菜という食事を出す食堂です。
すごく美味しいかと言われれば肯定派しかねますが、村で獲れた野菜と肉類で作るので普通に旨くて、何より安心して食べられます。
ほんとうはせっかく地方に来たので、その土地ならではの料理が食べたいのですが、こういう農家菜だといつも同じような炒め物ばかりになってしまうのが難点でしょうか。

作例は、歩きながらスイカを食べる女の子がいたので後を追ったら、何やら壁越しのコミュニケーション取り出したという様子です。
スイカは日本だと高級フルーツだと言うと中国ではびっくりされるくらい安価な食べ物です。
田舎では大玉のものでも5元とかで普通に売っているので、100円しないくらいです。
5~6年前2元というのを買ったことがありますが、当時のレートで25円でしたが、こんなんでも普通に美味しくて友だち数人でペロリと食べてしまいました。
果物なら安全かと言えば、やはり中国では注射器で鮮度を保つ液体を流し込んだりというのをやっていましたので油断できず、やはり農村でそこの人が作ったのを食べるのがいちばんです。

分かりにくいですが、作例の少女の左手にはスイカが握られていて、壁の向こうの友だちに美味しい美味しいと言っているようでした。
椅子が倒れるんじゃないかと心配するもうひとりの友だちの不安げな表情も印象的です。
そしてなにより、まるでギョーザ事件容疑者の娘が、冤罪でつかまっている父にスイカをこっそり差し入れに来たシーンを連想して少しだけ痛ましい気持ちを感じてしまいました。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/31 Wed

没玻璃

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
だいたい1時間半ほど小埠古村に滞在しましたが、そのうちの3分の2くらいはおばあちゃんたちやスイカの一家と無駄話を過ごしていたと思います。
リゾートとしての小埠は広大ですが、古村落はとてもコンパクトで1時間もいたら普通の人は退屈してしまうでしょう。
というよりは、わたしのような酔狂な人間を除いて、わざわざこの村に行って面白いという人はまずいないと言えるでしょう。

わたしが到着したのは朝2番の高速鉄道だったので他に訪れている人の姿は皆無でしたが、日曜日だったこともあってか、帰り際には車が10台くらいも停まっていました。
古建築の付近ではほとんど外来者とは出会わなかったので、彼らが古村落に関心をもって来たのでないのは明らかでしょう。
郴州市民が休みのドライブで郊外に遊びに来たという程度のものだと推測できます。
彼らにとっては、古い家よりも新しく清潔な公園の方が週末を過ごすのにふさわしい…。

少し残念なことがあります。
恐らく村全体で20から30棟の古建築がありましたが、そのところどころが傷んでいて、そういうところは補修していかないと朽ちていってしまうのにそのまま手付かずになっているのです。
多くの古鎮、古村落でそのような情景を見てきましたが、それら村のほとんどは住人の高齢化が進んで、どうにも歯止めがきかないだろうと分かるものばかりでした。

しかし、この村は若い家族が暮らしているのを何軒か見ましたし、何より新しい古建築風の塔や建物をいくつも見世物に建てているくらいですから、本来の古建築のちょっとした補修くらいついでにできてしまうはずです。
リゾート開発とは言え、古村落も取り入れてそれをひとつの売りにしているのですから、どうしてそこに目がいかないのか不思議でなりません。

作例の家は村でいちばん立派なものひとつで、通りに面しているのでよく目立っていました。
ところが、それ以上に目立つのが、資材置き場になっているのを隠そうともしないことであり、ガラスがなくなったままの窓であり、崩れかけた装飾です。
何も新品同様に改装する必要はなく、ただ、資材を別の置き場にどけて、窓と装飾を軽く直してあげればいいだけです。
住む人がいないなら、ちょっとした家具などを置いて当時の生活空間を再現して、見学できるようにしてあげればいいだけです。
参観者が多いのならカフェとかレストランにしてくれると嬉しいですが、そこまでは望みません。

そんな不平を言いたくなるところは他にもありましたが、1時間そこそこの滞在で文句ばかり言って後を濁してはいけませんね。
ただ、みんな素通りしてしまうだろう古村落の人とわずかに触れ合って、わたしはここを結構気に入りました。
塔に登ってみると、季節がいいこともあって、360度が田んぼと畑で緑がとてもきれいなのも好きになった理由です。
細い未舗装路がどこまでも続いているのが見えたし、他の三方は山で、そのうちのひとつに古建築の屋根がひしめいているのも美しいと感じました。

次に向かう陽山古村へはどう行くのか分からず、駐車場の前の家のおじさんにバイクタクシーとかないのかと聞くと、困ったような顔をしてから、ちょっと待ってくれればオレが連れて行ってやろうと言ってくれました。
ここまで連れて来たタクシーの運転手は50元だと言っていたので、その相場からするとバイクでも2~30元かと予想していたら、やはり20元だと言います。
ひとり困っていたのですから、もう少し吹っかけてもいいものですが、村人はみな正直だということなのでしょう。
そのお礼のつもりで彼の小さな娘たちに飴を進呈すると、彼自身が恐縮しつつ満面の笑みを浮かべたのが印象に残りました。
この村に何があったかと言えば答えには窮しそうですが、わたしにとっては足を運んだ価値は十分にあったと思っています。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/25 Thu

喜歓吃稀飯

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
今日の作例は、小埠古村の正真正銘の古建築が並ぶエリアです。
小さな村の中心部分に、およそ20棟ほどの古建築が整然と並んでいたのですが、この部分が残っていることによって村がかろうじて古村と呼ばれる栄誉を勝ち得ています。
村の起こり自体は500年ほど前に遡るようですので、この一角が無くなっていたとしても、リゾートの中の古村とディベロッパーは称したでしょうが、200年前に建てられたというこの古建築群があることが小埠古村の価値を大きく高めているのは間違いありません。

撮影位置からでは、ちょっと派手な服を若い主婦の集まりと誤解させましたが、通りかかるとみんな60最を過ぎた若くない主婦たちだったのでややがっかりでした。
しかし、ニーハオと声をかけると、座っていきなさいとわざわざ家から椅子を出してきて勧めてくれました。
見ると、収穫してきたインゲンのような豆を剥く作業を手分けしやっているところです。
もう何十年も繰り返している作業なのでしょう。
普通に会話しながら、手先の動きのペースは落ちることなく、器用に豆とさやを取り分けて行っています。
その動きは外国人であるわたしが突然やって来ても変わることはありません。

アメリカ人のツアーもここに来たことがあるそうで、外国人自体がすごく珍しいというほどではなくごく自然に日本のことを聞かれます。
ただ、湖南の田舎の訛りは強く、わたしの語学力では残念ながら4人のうち2人とは会話が成立しません。
とくに途中参戦してきた人の好いおじいちゃんは何を言っているのかさっぱり聞き取れず、その場で奥さんが訳し、それでも部分的に分からないところがあって、それをいちばん若いおばあちゃんがまた訳してくれるという、不思議な国際会議のようなやり取りになってしまいました。

それでも会話ができることに感謝しなくてはいけません。
わたしは高校生の頃、勉強をまったくしないダメ学生だったのですが、なぜか英語だけ成績が多少は良くて自信をもったりもしていました。
ですが、初の海外となる大学の卒業旅行では、それなりに言葉は何とかなるだろうくらいつもりで出掛けて行ったものの、の相手の言うことがほぼまったく聞き取れずで、途中知り合った日本の女子大生がこれもわたし同様の下手クソな英語ながら、現地の人とうまいこと会話を成立させているのを横で見ていて羨ましくて仕方ありませんでした。
恐らく彼女とわたしの間には語学力という意味での差はほとんどなく、意思を伝えるテクニックとか、言葉のセンス、慣れ、さらに英語は学問ではなく生活のためのツールに過ぎないとすでに知っていたことなどが大きな差となって言葉を使う場面に現れたのだろうと思われます。
当時はそんなことは分からず、語学や英語というものにコンプレックスを感じるばかりでした。

さて、そのおじいちゃんがご飯は食べたのかと聞くので、高速鉄道の中でサンドイッチを食べたと答えると、そんなんじゃ足りないだろうと言って家からご飯を持ってきてわたしに食べるよう促します。
ご飯は小豆の入ったお粥でしたが、これが何とも食べたことのない美味しさでした。
こうするともっと美味しいと、砂糖を大量にふりかけられたのには閉口しましたが、確かにその方がうまくなったのでびっくりしました。
シーファンと言っていました、いま調べてみると稀飯のことのようです。
こういったものは、レストランなどではなかなか食べられないので、貴重な体験でもあります。
なるほど、夏バテなどで食が進まないときには特によいのだろうと思いました。

ところで、昨日の作例に写っている一家からはスイカを食べるからおいでと、たまたま近くにいたということでお裾分けしてもらっています。
おとといのおばあちゃんは話をしている間中、暑いだろうと心配しながらわたしの方を団扇で仰いでくれていました。
この村の人たちはとてもフレンドリーで親切で、他の古鎮や古村落を歩いていれば親切な人にはよく出会いますが、これほどまでに村人みんなが親切というのは今までにないことでした。
周辺一帯の開発によって、村人の財布も潤って来たので、訪れる人に親切にしているのかと思いました。
あるいは、自分が豊かになれば、他人にも親切にしてあげようというゆとりができるということかなとも考えます。

稀飯のお礼ではないですが、いつものように日本から持ってきていた飴をひとり1個ずつとわずかですが進呈しました。
いつもはミルクキャンディなのですが、今回はハイチューの袋詰めのものにしてみました。
スイカの一家や団扇のおばあちゃんもそうでしたが、日本の飴は美味しいとみんなから高評価です。
柔らかいせいか特にちっちゃな子どもに受けが良かったです。
ひとりのおばあちゃんが、正宗日本的糖非常好吃と言いました。
ホンモノの日本の飴は美味しいという意味です。
吉宗という言葉を聞いて、スーパーなどに日本製を装った超ドメスティックな食品が溢れていることを思い出しました。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/24 Wed

新古村落

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500キロの旅の果てにたどり着いたのは小埠という古村落です。
湖南省の最南端、郴州市の西20キロほどのところに位置しています。
湖南省の南のエリアを湘南地方と呼びますので、日本の湘南から中国の湘南にやって来たことになり、帰郷を果たしたような、遠い祖先の地を初めて訪れたような、そんな気持ちがしないでもありません。
わたしの住む藤沢市は、中国国歌を作曲した聶耳が鵠沼海岸で溺死したことが縁で彼の出身地の昆明と友好都市関係を結んでいますが、地名つながりで郴州との関係をつくってもよいのではと思いました。

広州や深圳と高速鉄道がつながり、今後は香港からも直行できるようになるなどアクセスが格段に良くなったことで、大陸や香港、さらには台湾の金持ちが次々と郊外の別荘を購入しているとのことでした。
洋風の豪華な一戸建てやマンションスタイルのものが1千万円くらいからあるから、日本人のあなたも買ってはどうかと村人に真面目に勧められたくらいです。
無理してそんなの買ったら、ここまで来る旅費が一切残らないと笑って誤魔化しました。

実は、この別荘の話と小埠古村とは大いに関係があります。
小埠古村は山間の小さな村だったのですが、数年前に山が丸ごと開発されて古村落もそのまま、複合施設の一部となったのでした。
施設内には、メインの別荘をはじめ、お城のような外観のリゾートホテルやゴルフ場、公園などがありますが、中でも住民がそのまま暮らす古村落は観光施設になり、村民がつくる有機野菜をレストランの食材に取り入れるなど、誰でも考えそうな、しかし、中国では目新しい取り組みでそれなりに注目されているようでした。

ところが、ちょっと困ってしまうのが、古村落をそのまま生かすのではなく、古建築風の建物をぱかぱか建ててしまったことでした。
作例に写っている建物はすべて古建築風の新築で、見た目がいかにも新しく、本来の村と調和しないこと夥しいです。
ただ考えてみると、50年も経てば西洋風別荘は古びて建て替えられる運命でしょうが、この塔などは100年経つと1世紀を経過した本物の古建築になって村に溶け込み、価値も出てくるのかも知れません。
でも、塔には名称が付けられていましたが、以前にあったものを再現したとか、かつての様式を忠実になぞって建てたなどの説明はなかったので、適当にデザインして建ててみました感は濃厚で、別荘群ともども破壊される可能性も少なからずというところでしょう。

せっかくこれだけの施設を作りながら残念なのは、この一大開発村へのアクセス手段がマイカーかタクシーに限られることです。
タクシーだと800円くらいでしたので、日本の感覚なら安いものですがバスなどの便がなくては行きたくても行かない人は多いでしょう。
ゴルフ場に高級別荘なので、はなから車も持たないような低所得層は相手にしないという方針なのかも知れませんが。

日本人の感覚だと、ゴルフ好きというのではない限り、仮に郴州市に住んでいたとしても車がないのであれば、わざわざここへ来る価値があるかは疑問です。
わたしのような古鎮・古村落愛好家であれば、この後訪れた陽山古村がなかなかよかったので、その前座に立ち寄ってもよいかというところでしょう。
500キロの道のりをやってきて、これだけ見て帰るなどということは絶対にありえません。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
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Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/23 Tue

来回一千公里

Mamiya-Sekor 48mmF1.5
先月の1週間の休暇の反動ではありませんが、今回は深圳に3日だけの滞在です。
間の1日はまったく時間があったので、いつものように古鎮訪問にあてることにしました。
ここのところ深圳からの古鎮探訪は近場に限定されていましたが、近隣はほぼ行きつくした感があって、中国のポータルサイトによる検索で見つかるローカル古鎮は行ってみてがっかりということが多くなってきていました。
ましてや5月に浙江省の古村落、6月に雲南省の古村落と立て続けに廻っただけに、あまりに今回の落差が大きいのもどうかと思い、かなり大胆な計画を立ててみたのです。

大見得を切るほどのことでもないかも知れません。
計画は、高速鉄道を使って、湖南省の古村落を2つ尋ねる日帰り旅をするというものです。
ただ、深圳北駅から目的地のある郴州西駅まで片道479キロもあるので、往復がちょうど1000キロにもなる日帰り旅というのが我ながらすごいなと思いました。
距離的には、東京から京都と変わらないので、そう書くと大した話でもなさそうですが、あまり京都まで日帰りの個人旅行をする人はいないでしょうから、その点では大胆だったといえるでしょう。

その郴州西に行く列車の時刻を見ると深圳を8時過ぎに出て到着も10時過ぎになります。
目指す古村落は駅から15キロほどと比較的近いのでそれでも十分でしたが、2つの村をまわるのでできればもう少し早く着いておきたいところです。
さらに調べると、それより早い列車が広州南駅を7時に出て8時過ぎに郴州西に着くものがありました。
深圳をどんなに朝早く出ても公共交通機関を使ってではこの列車に乗ることはできないので、前夜は杭州に泊まることにしました。

その前夜は、深圳の仲間と食事をし誘われるままに足のマッサージにも繰り出してします。
余裕があったはずが、深圳から広州東駅への高速鉄道がかなり遅い時間帯になってしまいました。
朝7時の列車に乗るので駅のそばに宿泊したいと考え、広州東駅から地下鉄で広州南駅に向かいます。
名前が似ている両駅ですが所用1時間弱とかなり離れています。
乗り換えの公園前駅に着くとちょうど南駅行きの最終が目の前で出てしまい、途方に暮れることになります。
この近くの宿に泊まるかと考え駅員に翌朝の始発の時間を聴くと6時20分とのことで、それでは7時の列車に間に合いそうもありません。
なんとしても今夜のうちに南駅のホテルに宿泊しなくてはと考えました。

さっそく地上に出てタクシーを捕まえましたが、南駅まで7~80元かかると思うとのこと。
たったいま地下鉄に乗り遅れて、その料金のギャップを悔しく感じ、まだバスが走っているのが見えたので、南方に向かうバスに乗って、なるべく南駅近くまで行ってからタクシーに乗り換えようとせこく考えました。
バス停まで歩くと、なんと深夜バスの南駅行きというのがあるではないですか。
しかも、30分に1本となっているのにそのはずが1分もせずにやって来ました。
地下鉄を目の前で逃して今日は不運だと思っていた矢先、今日はなんと幸運なんだと思いなおすことにしました。

広州南駅は、高速鉄道の開通によってできた新しい駅で、珠海方面などのターミナルにもなっている24番線くらいまであるとてつもなくでかい駅で、郊外の辺鄙な場所に建てられています。
着いてみるとまるで空港の敷地のような所で、期待していた安宿はおろか、あらゆる宿泊施設や商店など何もありません。
ほぼ満員に近かったバスも途中でみんな降りてしまい、南駅まで乗って来たのはわたしともうひとりだけです。
その彼もわたしと同様に翌日早朝の列車のためにここに来たようでした。
同じような勘違いをするヤツがいるからでしょう、何もないバスターミナルに1台だけタクシーが待っていて、わたしたちふたりを乗せて最寄りの、それでも8キロも離れたホテルに連れて行ってくれました。

チェックインしようと値段をたずねると300元の部屋がふたつ空いているだけだと言われ、あまりに高いので別のタクシーをひろって100元くらいの宿を探すことにしました。
引き返すときに玄関にいた警備員に泊まらないのかと聞かれ、300元では高すぎるからというと、オレに任せろとなぜか180元の同じホテルにある部屋まで案内してくれました。
昨年開業したばかりのホテルの部屋はきれいでそこに泊まることにします。
さきほど断ったカウンターに行き泊まりますと言って手続しましたが、なぜ彼らは300元の部屋しかないと言ったのか理由は分かりませんでした。

1時過ぎに寝て、5時半起床、6時過ぎに出てバイクタクシーを捕まえて駅まで行ったのですが7時の列車に間に合わず、愕然としていると20分後にも郴州西に停まる列車があると聞いて助かりました。
でも、それなら苦労して南駅まで出て高い宿に泊まらずに、終電を逃した公園前駅周辺にいくつもあった安いビジネスホテルに泊まれば良かったので、昨日、幸運だと感じたのはやはり間違いだったかと訂正する気分です。

列車は1時間強で郴州西に着き、タクシーと交渉して20キロ弱の距離を60元で古村落に向かってもらいました。
作例は、その村で温かく出迎えてくれたとっても優しいおばあちゃんです。
わたしが汗を流しているのを見ると団扇であおいでくれました。
撮影をお願いしてもやはりあおぎ続け、撮影中も団扇の動きを止めることはありませんでした。
【X-E1/Sekor 48mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Mamiya Sekor 48mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/22 Mon
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