安全の約束されない旅

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
帰国してバンコクで爆弾テロがあったことを聞きました。
タイは微笑みの国で、もっとも安全な旅行先のひとつだと思っていただけにショックでした。
とはいえ、わたしも滞在したハジャイなどタイ南部はイスラム教のエリアで、仏教を国教のように信奉するタイ政府と衝突がかなりあったことはよく知られています。
今回の犯行は外国人によるものという可能性が高いようで、宗教的対立とは関係なさそうですが、タイの人たちのためにも犯人が早期につかまって、タイの政治も安定に向かうことを期待して止みません。

そんなことを考えていたら、今度は韓国と北朝鮮の緊張が一気に高まりました。
北朝鮮を非難する放送をしている拡声器に砲撃というのもかの国ならではでしょうが、韓国のシェルターをニュースで初めて見ました。
避難用のシェルターが存在して、実用になっている。
あらためて韓国は休戦中とはいえ戦時下にあることを思い知らされました。
中国では天津で大爆発があったそうですが、その爆発はたいへんなことですが、神経ガスが基準値を超えて飛散していると消防士が伝えているのに、政府がそんなものはないと文字通り火消している情報操作のことがより気になりました。
さらに今日は山東省淄博市でも爆発があったと報じられましたが、この町はわたしが2月に古鎮を見ようと青島から立ち寄ったところなので少々驚きました。
立て続けに爆発事件となればテロの可能性が疑われるのではないかと思いますが、そんな話は一切出ていないようです。
それも情報操作によるものでしょうか。

旅行中のことなので若干古い話になりますが、インドのコルカタに滞在中カフェに行ったところ、昨夜このあたりで女性がふたり殺されたという話を聞きました。
報道される前の不確実な話でしたが、インドで頻発しているレイプ絡みで西洋人ではなくどこかのアジア人が犠牲者だったようです。
インド人は人懐っこい感じの人が多くて、それが過ぎるとうざったく感じられることが多いのですが、人を殺したりレイプしたりというのとは縁遠そうな気がしていました。
ごく一部の悪党の仕業と言っても人口の多い国では悪党がそこそこの数になってしまい、日本から見るとレイプや殺人がしばしば起きていると感じられることになるのでしょう。
警察もあまり信用できないと聞きますし、市民は関わり合いを恐れて見て見ぬふりだと聞くので、インドに関しては君子危うきに近寄らずと言わざるを得ません。
隣のネパールは大地震直後で余震もときどきあったようですので、わたしが旅した国ではある意味いちばん危険だったのかも知れません。
最貧国に近い彼らを襲う自然災害の非情さに胸が痛みます。

扱いが小さかったので見過ごされている方も多いと思いますが、昨日は、アムステルダム発パリ行きの列車内で、イスラム過激派モロッコ人が発砲して、たまたま乗り合わせた米軍人に取り押さえられる事件も発生しています。
軍人のひとりは抵抗する犯人にカッターで切られて小指が切断寸前の大怪我を負ったと書いてありました。
日本では、台風が2つ同時に接近していて、天気図を見ると列島の真下に大きな円が2つ並んで今にも日本を飲み込もうとするかのようです。
桜島は噴火の可能性が高まっているそうで、近隣住人が避難生活を余儀なくされていると聞きました。
公民館のようなところでしょうか、韓国のシェルターより幾分生活するにはマシのように見えましたが、高齢の方たちが住み馴れた家を離れて不安な夜を過ごすのはたいへんなことに違いありません。

順序が逆になりましたが、滞在中のトルコではKPP(カーぺーぺー)という組織がイスタンブールなどでテロを行ったと現地のニュースで見ました。
英語が通じない宿の人たちと一緒でしたが、彼らがKPPはISISと同等の連中だと怒りを露わにするのは理解できました。
ざっとみるところKPPはクルド人に支持されている組織で、シリアやトルコなど少数民族のクルド人はかなり虐げられているイメージですが、それが故にテロに走るのかも知れず、トルコ人がテロの原因をクルド人の仕業と押し付けているとも読め、微妙な問題は現地にいたとしても判断付かない場合もあると知りました。
わたしの移動後にはアダナでもテロがあったそうですから、トルコはかなり揺れていると思われます。
去年だったか、イスタンブールが東京やマドリードとオリンピックの招致合戦をしていたとき、イスタンブールでは政権批判のデモが起きて招致レースにマイナスと言われていましたが、最近の出来事はトルコはそれよりずっと危険なレベルにあったということを示しているようです。

世界一周の旅だと自慢していても、どうせ呑気にぼんやり旅していると思われているかなと思い、実際には危険なところが多いんですよ的に出来事などを列挙してみました。
世界中どこにも絶対の安全はないということですね。
このままだと後味が悪いかも知れないので、個人的に気に入っている作例の紹介で終わりたいと思います。
場所は、観光客のほとんど訪れないだろう、しかし素朴で素敵な町、シブリヒサルの裏道のどこかです。
夕刻のひと時、女性たちが家の前でおしゃべりに興じていたのでこっそり撮影しようと思ったのですが、バレてしまい何やら怒られそうな雰囲気でした。
ところが彼女たちは嫌がっているのではなく少し待ってくれと言っているようで、家から可愛らしい女の子ふたりを連れてきて、さあ撮ってくれと指示しました。
わたしが頼まないでもご覧のような配置になって、おしゃべりの途中の雰囲気はそのままに静かに微笑んでくれ、この町ならではの雰囲気を映し出せたような気になったのでした。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
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Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/23 Sun

聖歌に涙禁じえず

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
昨日はホテルからサッカー会場に直行してしまったので、今朝は周辺を散策してみることにしました。
夕方には空港に向かわなくてはならないので、あまり遠くへ行かずどこかでお昼を食べて公園でのんびりというのでもいいかなと考えています。
ホテルは朝食が付いていてそれは簡単なものでしたが、狭い食堂スペースに小さなテーブルをうまく配置したり、ハムやゆでたまごを一気に準備するなど若いオーナーの工夫が光っていて感心しました。
姉弟でやっているホテルのように見えましたが、ふたりとも対応が丁寧かつフレンドリーで人柄にも惹かれたので、やや予算オーバーのホテルながら(と言っても4000円ですが)また泊まりに来ますと約束しました。

ホテルの前にはオペラハウスがあり、ワーグナーのリング4部作のポスターが貼られていて興奮させられましたが、残念ながらこれはすでに終了していました。
もっともいきなりワーグナーの楽劇を予備知識なしに見ても、わたしではすぐに眠ってしまうでしょうが。
ただ、ヨーロッパの都市にくれば、運が良ければクラシックなども聴けるということを思い出して、今後の楽しみが増えることを素直に喜びます。
坂を上がってすぐのところにバジリカ教会があって、中から聖歌が聞こえてきました。
日曜の礼拝かと思いましたが、中では結婚式が行われていました。
作例は、その1シーンですが、荘厳な式典の要所に奏でられる合唱は心を揺さぶられるほどの美しさで、自然と涙を誘われます。
それにしても、聖歌によるこの感動はいったいどこから来るのでしょう。
聖歌の持つ宗教性からでしょうか、それとも音楽が持つ宗教を超えた力でしょうか。

ビールが何しろ安いので、サンドイッチでも買って公園でお昼にしようと考えたのですが、なかなかサンドイッチを売る店が見つかりません。
サンドイッチはもちろんバゲットにハムやチーズを挟んだものが食べたいのですが、こちらでコンビニに該当する24時間営業の酒屋にはポテトチップはあってもパン類は一切置いていません。
そういえば、いかにもいそうな公園でランチをとるひとも見かけません。
公園でランチをする人がいないから酒屋でパンを置かないのか、酒屋でパンを置かないから公園で誰も食事していないのか、その理由は計りかねました。
サンドイッチの専門店をようやく見つけましたが、自然志向の店で高く、店員は父親がベトナム人だという人懐っこい青年で、少し話をしながら店内で食べてしまいました。
ビールも飲みたかったので、酒屋でビールとチップスを買って公園のベンチに行きましたが、気候が良くて開放的で、やはりここでサンドイッチも食べればよかったかと後悔しました。

その公園で蚤の市が開かれていました。
パレスティナの骨董屋で買い物していたので、もう見る必要もないと考えていたのに、蚤の市は並んでいるものにローカル性が色濃く出るのが面白くてついつい覗いてしまいます。
ガラクタばかりしかなくてかえってホッとしました。
そういっては失礼ですが、地方のみやげ物として売っているものの売れ残って古びたものをアンティークのように扱っていたり、怪しいナチスやソ連のミリタリーアイテムがあったりで、外国人目当ての観光市の様相です。
ところがアクセサリー類には古い銀細工があって、なかなかに興味を惹かれます。
女性用アクセサリーなので欲しいものは見つからなかったのですが、小さな手鏡は細工の美しさと鏡として今でも実用できる点で心惹かれるものがありました。
手に取って眺めると細工の繊細さは先ほどの聖歌の合唱に通ずるものを感じます。
ブルガリア北部の伝統工芸だそうで、様式や工房によっておおよその年代特定が可能で、これは恐らく1920年前後の製造だとのこと。
ただし、価格を聞くと7000円ほどで、1000円下げてもらえたもののわたしには少々厳しく諦めました。

再度、散策開始しますが、このあたりはソフィアの中心で、日曜の午後だというのに人通りが少なくて不思議な気がしました。
昨日いた郊外の小さな町てあるコプリシュシティツァの方がよほど人出が多いように感じられます。
ヨーロッパの日曜なので商店は閉まっているところが多いようですが、それにしてもソフィアの人は中心部の公園まで遊びに来たりしないものなのでしょうか。
トラムやバスも日曜で間引き運転されているようですが、車内にはあまり人が乗っていません。
何か理由があって家にいるのか、郊外に遊びに行くのか、あるいは土曜の夜遅くまで飲むので日曜は寝ているのか、いろいろ想像してみますが理由は分かりません。
また、コプリシュシティツァでもそうでしたが、男性のほとんどが短パン姿なのが印象的でした。
暑いのは確かに暑いですが、短パン・Tシャツになるのは冬が長いだろうブルガリアで、太陽をより長く広い面積吸収したいという気持ちが表れているからではないかと思いました。いま、存分に太陽にあたっておかないと、やがて短い秋が来たと思っているうちに厚い雲に覆われるイヤな冬のシーズンが始まってしまいます。

ソフィアの空港は市街地からそれほど離れておらず、昨夜のサッカー観戦中もスタジアムの真上をかなり低空で飛行しているのが見えたくらいなのですが、さらに最近、地下鉄が空港まで延伸されてとても便利になったとのことです。
そろそろ空港へ向かった方がよいかとホテルに荷物を取りに戻ったところ、そう教わって少々ですが時間を持てあましてしまいました。
思い出したのが、ホテルそばの蚤の市の銀の鏡でした。
トランクを引きずりながら向かってみると、もうお開きに近い時間のようで、何軒かの店がなくなっていて、今も店畳みする店が作業中でした。
しかし、さいわい鏡の店はまだ頑張っていて、近づくと、やっぱりまた来たんだねと、まるでわたしの再訪を待っていたかのような口ぶりです。
それにわたしが古いトランクを持っているのを見て、いいカバンだなあと褒めてくれます。
わたしも、日本に帰るので、鏡にお別れしに来たと返事しました。
すると、お別れせずに買って行ったらどうだい、今だけの限定価格で4000円にするからと言います。
ほんとうは3000円以下なら買うつもりだったのですが、4000円でもいいだろうとその場で了解しました。
店は仲間同士ふたりでやっていて、わたしがまた戻って来ていくらなら買うと思うと相談して4000円まで下げてやろうと決めていたのだそうです。
本当かどうか分かりません。
閉店間際にぎりぎりまで下げてくるのはよくある話で、今回はそんなケースとしか思えなかったのですが、わたしはあえてその話を信じることにしました。
きっとこの鏡には未来を予知する力があって、彼らが鏡をのぞき込んだら、わたしが4000円支払って買っている姿が映っていたのだと。
ビニール袋だけの雑な包みの銀鏡をパスポートケースに大切にはさんで、わたしは空港へ向かって歩き始めました。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
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Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/16 Sun

岬を過ぎてバスは走る

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
寝たのは1時前くらいだったと思いますが、5時前にはたたき起こされました。
イスラムの毎日5回あるお祈りの1回目が大音量で流れて来たからです。
それまで気付きませんでしたが、築250年の美しい古建築の道路と反対側の並びにはモスクがあり、そのスピーカーからアダンが流れてきていたのでした。
10分くらい続いたでしょうか、半分眠ったままの頭で聞いたそれはなかなかの美声のテノールで、パレスティナで聞かされただみ声の高齢者のものと比べるとはるかに音楽的で、どうしても聞かなくてはならないのなら誰もがこちらを選ぶだろうとぼんやり考えていたのを記憶しています。
アダンの終了後にまた眠りましたが、7時に目覚ましをセットしていたので、慌てて飛び起き階下へ急ぎました。
この建物には20人くらい泊っていると言うのに、トイレもシャワーも1か所にしかなかったからです。
朝起きて来た人がトイレに行こうとしたら、シャワーを使用中で入れなかったというのでは申し訳ないですが、ここは中国人ばかりの寮のようなところなので、遠慮していたらシャワーもトイレもいつになるか分からないと朝一で独占させてもらいました。

昨日のメンバーと8時にいっしょに宿の朝食を食べる約束だったので、三々五々みんなは集まりましたが、驚くべきことに3人組のリーダー格の男性はアダンに気付いてなかったということでした。
あの団音量の中でも起きないとは、中国人恐るべし、です。
彼らは同室だったらしいのですが、大音量の中でも起きなかった男性は、歯ぎしりがひどくて他のふたりが辟易したと言っていました。
歯ぎしりなんて中国語は知りませんでしたが、摸牙というと教えてくれました。
歯をこするという意味の中国語なので、確かにそのまま歯ぎしりです。
朝食後彼らとは別れて、最初に会った中国人の女の子と博物館を訪れ、そのままバスターミナルに向かいます。
このままふたりで行動を共にするとしたら劇的な展開ですが、彼女はアンカラへわたしは
イスタンブールへ行くので、これでお別れです。
旅の一期一会はよくあることですが、わたしは頼ってくる人には徹底的に世話焼きだったりするので、彼女に対して気があったのではと思われる向きがあれば、残念ながらそういう対象ではなかったとお答えします。

わたしは、16日の夜の便でソフィアから東京に戻ることになっていて、残りの4日間をどうするかで少し悩んでいました。
ソフィアには1泊だけのつもりで、つまりは今日はイスタンブールに泊まって、明日の夜行列車でソフィア入りするつもりだったのですが、次回は翌週にソフィアから旅を続けるのでトルコに2泊して、ソフィアには泊まらないという選択肢もありました。
しかし、今回はドバイからアンマン、パレスティナ全域にトルコと、イスラム圏ばかりを旅してきて、イスラム世界にはうんざりしつつあって、今朝のアダンがダメ押しになったこともあり、イスタンブールには泊まらずこのままブルガリアに入ってしまおうかと考え始めていました。
イスラム教を蔑視するつもりは毛頭ないですが、食事や宗教上の習慣、人々との濃厚な付き合いなど、イスラム教社会には日本での生活と大きな違いがあって、短期の旅行ならその違いを楽しむ余裕も維持していられると思いますが、これはこれで結構なストレスで積み重なるにつれてかなりの負担になってくるということを感じていました。
イスタンブールはたいへん美しい大都会と聞いていたのでせめて1泊しようと考えていましたが、一方で、旅行者に対する土産売りやガイドの強要がしつこくてうんざりするところだとの話もあって、トルコの印象が悪くならないうちにブルガリアに脱出してしまうのも手にような気がします。

トルコには航空網・鉄道網が発達していて国土の広さのかなりの部分をカバーしているようですが、それにもまして民間のバス会社がしのぎを削っていて庶民の足となっています。
サフランボルのバスステーションには4~5社のバス会社のカウンターがあって、近くを歩いていると、一斉にどこに行きたいんだと声がかかります。
アンカラだと答えると、ウチは何分後に出るからなどと言ってきて、わたしはいちばん早く出るバスに決めましたが、ドリンクや軽食のサービス、バスの座席列やシートピッチ、映画や音楽などの車内エンタテインメント、料金や到着バスターミナルなど微妙に違いがあるようで本当はいろいろ比較検討した方が好いようです。
わたしが乗ったバスの車内では英語の表示があるものの、音楽も映画もトルコ語でしたかやっていませんでしたが、忍者2という言葉が分からなくてもストーリーが単純で日本人には突っ込みどころが多くあり退屈しない映画をやっていたので何となく見ることで時間をつぶしました。
本当はこういう時こそ、WIFIでメール作成したり、ブログなどの書き込みをしたりしたいのですが、WIFIが故障していて、昨夜宿で充電できなかったためにPCが使えずで、映画を見てみることにしたのです。
眠たかったのですが、ずっと寝てしまうとソフィア行きの夜行に乗った場合まったく眠れなくなるとまずいと思い、くだらない映画でがんばって起きていました。

イスタンブール市内に入っての渋滞もあって到着が1時間以上遅れましたが、途中、ボスポラス海峡を渡り、これでアジアは終わりヨーロッパに入ったんだと実感しました。
何か所か市内各地で停車して客を吐き出した後、終点の大きなバスターミナルに到着しました。
ソフィア行きはあるのか聞くと、何を当たり前なことを聞くんだという顔でもちろんとの返事です。
なるほどずらっと並んだバス会社のブースを見て歩くと、隣国のソフィア行きはもちろん、ざっと見てもベオグラード、ブカレスト、ザグレブ、ブダペストなどの東欧主要都市はもちろん、アテネ、ウィーン、デュッセルドルフ、パリ、バルセロナなど西欧行きのバスも出ていることが分かりました。
ヨーロッパの鉄道駅で大きな掲示板に上述のようないろいろな行先を見て、旅愁を感じてしまう私は、ここでもしんみりしてしまうのですが、まずはバスを探さないとと200近くあるカウンターをすべて見て回りました。
ソフィア行きは4社出ていて、料金は5000円前後、1時間後に出発する夜行バスのチケットを買って、イスタンブール滞在はきっぱり諦めました。

ヨーロッパ全体の地図では、イスタンブールはトルコの中でも西に大きく突き出た位置にあるように見えるので、バスに乗ればすぐにブルガリアに入るのかと思っていましたが、6時半に出発したバスは12時近くなってボーダーに到着しました。
満席だったバスはその手前の町で半分以上の乗客が降りてしまって閑散としていましたが、国境では全員降りて出国審査に並びますので、あらためてまだ15名も乗っていたのかと最後尾で感心しました。
出国審査はスムーズでこれだけの人数でも5分も待てば全員終了して、再度バスに乗り込みます。
1~2分でブルガリアの入国審査に到着しますが、ここでも10分並ぶと全員ブルガリア入国のスタンプをもらいます。
トルコの出国より時間がかかるのは、係員がいちおうブルガリアの入国目的や滞在日数などを聞くからで、わたしは半分ふざけてブルガリアは美人で有名なので嫁さんを探しにと答えましたが、たぶん30年前なら別室で取り調べになっていたかもしれないところを、この係官はグッドラックと言いながらスタンプを押してくれました。
かつて東欧の出入国には時間がかかるということが言われていて、とくに荷物は念入りに調べられたようですが、バスの中に係員が乗り込んで来たものの形式的なあっさりしたものでした。
日本からスタートした旅も、本日117日目にしてアジアを離れ、ついにヨーロッパに入ったことになります。
そんな感慨もわかないうちにバスに乗るや否や、旅の疲れと安心感からかソフィアまでの数時間は眠りに落ちていました。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
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Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/08/13 Thu

ケーキ完食す

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
前夜は欧州サッカーの覇者によるスーパーカップがあって、ゼビーリャをくだしたバルセロナが幸先よく、2015年シーズンの最初のタイトルを獲得しました。
とは言え試合は大荒れで、延長までもつれたため、サッカー好きのトルコ人とわたしは夜中まで付き合わされることになりました。
この試合はジョージアのトビリシで開催されたのですが、ガザに行くなどとパレスティナでもたもたしてなれければ、わたしはアルメニアとジョージアには滞在するつもりだったのでスタジアムで観戦できた可能性が高く、そのことはたいへん悔やまれました。
ところで、自国にサッカーリーグのないかないに等しいヨルダンやパレスティナでは、サッカーというとバルセロナかレアルマドリードのいずれかを意味していました。
アジアではイングランドのチームが人気なのですが、中東になるとだいぶ様子が違うようです。
トルコにはもちろんリーグがあって、各地にクラブが存在しているのですが、どうしたわけかわたしが会った人はすべて、ガラタサライかフェネルバフチェのイスタンブールの2大クラブのいずれかのファンでした。
この2強のいずれかが存在して、その次に地元クラブか地元は無視なのかと思われます。

ネットで事前に調べてそこを訪れるという旅の仕方を回避して現地で聞いたり適当に次の目的地を決めて、気ままな旅をしてきたつもりですが、シブリヒサルがなかなかに素晴らしかったので、トルコの古い町と検索して次の行先を決めてしまいました。
サフランボルという町で、アンカラから比較的近くにあるようでした。
シブリヒサルから毎朝8時にアンカラ行きの小型バスが出ていて2時間強でアンカラに着きますが、途中の幹線道路沿いにバスステーションがあって、サフランボル行きはあそこから乗れるよと教えてもらいます。
サフランボルはシブリヒサルより大きい町のようですが、それにしてもアンカラから直行バスが何便も出ていると聞いてイヤな予感がしました。
結局、予感は的中するのですが、その前に布石とも言えることがありました。
バスの中で中国人の女の子が、あなたは日本人と聞いたがサフランボルに行くのか、終点で降りればいいのか等々、英語で聞いてきたのです。
そうだと答えると安心したようで自分の席に戻っていきます。
3時間ほどでサフランボルのバスターミナルに到着しますが、ここは町から若干離れているようでどうしたものかと行き方を聞くと、町への無料シャトルバスがあると聞きちょうど出るところでした。
わたしは走って飛び乗りましたが、先の中国人のことを思い出しちょっと待ってと運転手にお願いして、遠くに見えた彼女を大声で呼びました。
このことで、わたしはサフランボルのみの旅の道連れができることになります。

彼女はいちばん安かったという宿をネット予約したと言います。
地図で確認すると、シャトルバスを降りたところから1キロちょっと離れていますが、まあ20分も歩けば着くでしょうから、女の子ひとり旅の彼女の道案内を買って出ました。
それまで英語のやり取りでしたが、ここで白状して中国語ができることを説明すると、当たり前ですが驚いていました。
わたしは宿の予約をしていなかったので、同じ宿に泊まってもいいかなとは思いつつも、ここは古建築の宿があるに違いないと考えていたので、いちばん安いという彼女の宿には期待せず、通り道でいいところがあればそこに泊まるつもりでした。
それにトランクを引きずって坂道を1キロ歩くのは骨が折れます。
まあまあここならいいかなという宿があったので、そこに荷物を預けて彼女を案内したら戻るからと告げて身軽になって歩き続けます。
到着した彼女の予約していた安宿は、なんと築250年のわたしの理想の古建築でした。
部屋は空いているかと聞くといっぱいだが、一部屋何とかすると言ってくれます。
わたしは先ほど荷物を預けた宿には支払していなかったので、キャンセルできれば泊まりたい旨告げて、その宿まで戻ることにしました。
すると、ひとりで観光に行けばいいのに中国人の女の子もそこまでいっしょに行くと言いだしました。
来るときは下り坂でしたが、今度は登らなくてはならずいいよと言ったのですが、地図を見ると山道からでも行けるので、面白そうだしいっしょに行くと譲りません。
わたしが彼女に付き添ったのは英語がいまいち覚束ない彼女がひとりで宿を探せるのか心配だったからですが、ほぼ同距離を戻るわたしに付き合うという彼女はどういう気持ちからなのか少し気になりました。

途中、地元の子どもたちに食べてごらんと木の実をもらって、生だからかおいしくないじゃんなどと言ったりしながら荷物を預けた宿に着きました。
先ほど対応したのとは違う人だったので、急用ができてアンカラに行かなければいけなくなったと言うとあっさり信じてくれたので、荷物を持って築250年の宿に向かいました。
さすがに何度も歩かせるのは悪いと思い、タクシーに乗り込みました。
宿の奥さんにキャンセルに成功したと言うと喜んで部屋に通してくれましたが、入ってみてびっくり、トイレ・シャワーは共同と聞いてましたが、もともと物置だったに違いない小さなベッドを入れたスペースで2畳ほどしかなく、充電用の電気のコネクターは存在しないばかりか、灯りすらありません。
これで2000円、彼女の部屋は3人用ドミトリーでひとり1300円くらいですが、他に客は来なかったので独占できて、わたしよりよほどいいシングルルームになっていました。
今日はトルコの祝日だそうで、1組家族連れが泊まっていましたが、それ以外の客はわたしを除いてすべて中国人でした。
この建物自体が8室くらいあって20人は泊れそうでしたが、向かいにある離れも10人くらい宿泊できるそうで、総勢30人が泊まっているとのことです。
宿の奥さんの話では、ヨーロッパ人やアラブ人を泊めさせるとマナーが悪いしトラブルが起こるので、なるべくアジア人の宿泊に限定しているとのことでした。
レセプションには、日本、韓国、中国、台湾、シンガポール、マレーシアの国旗が掲げてあって、これらの国の人のみを歓迎しますよと暗に言っているようです。
アラブ人は問題が多くて最悪と言っていたのには同意しますが、ヨーロッパ人より中国人の方が好いというのは理解しがたいものがあります。

その後、男2名女1名の20代後半くらいの中国人グループがやって来たのでいっしょに行動することになりました。
温州の女の子が英語が達者で助かりました。
4人が高速でしゃべる中国語にわたしはついていけず、困ったりすると彼女が英単語に置き換えてくれてようやく会話に追いつく体たらくです。
逆にトルコに2日早く着いていて、それ以前にヨルダン、パレスティナを旅していたわたしがトルコ並びにイスラム関連の説明を買って出ました。
食事のときは、わたしはトルコでポピュラーなのでとヨーグルトドリンクを勧めましたが、甘くないヨーグルトは中国人には不評で、彼らが砂糖を入れて飲んでいるのには苦笑させられました。
日本人なら美味しく感じなくても現地の人が日常飲む味だと思えば、その時だけでもそのまま食べたり飲んだりするでしょうが、中国人の辞書には郷にいては郷に従えという言葉はないのです。
そういえば彼らは、体を洗ってくれてマッサージしてくれる施設があるので行ってみたいと言っていました。
それはたぷんターキッシュ・バスのことだと思うと説明しましたが、まさか日本の同名のそれと勘違いしていないか心配になりました。

宿ではパンケーキを焼いて待っているからと奥さんに言われていて、ひとり1個だろうとタカをくくっていたらその3倍はかごに入っていてまいりました。
トルコ人の胃袋で量を想像してしまうようですね。
中国人は好きなだけ食べて残すかと思えば、せっかく作ってくれたんだから申し訳ないと言って、みんなで共同作業的に完食しました。
中国人もやるじゃんと評価したいと思います。
おしゃべりするなかではいろいろな会話が出ましたが、ひとつ印象的だったのは天安門事件のことはよく知っていたのに、中国人初のノーベル賞受賞者が平和賞の劉暁波氏だということを知らなかったことです。
人権活動をして中国政府から何度も抑留され名前を消し去られそうになっているのですから当たり前ですが、彼らはその場で検索してわたしの言ったことを確認して、自分たちの無知を恥じていました。
国内のニュースだけを見ていたのでは政府のコントロール下に生きているようなものなので、ぜひ日本や周辺国との関係のことなど客観的に知ってほしいと言うとうなづいていました。
ケーキを残さなかった彼らには期待したいと思います。
さて、作例は、先に言った予感的中でいたるところ、中国人であふれていたためがっかりしてほとんど写真を撮らなかったので、トルコ人の結婚写真撮影現場を採らざるを得ませんでした。
日本ではウェディングドレス姿の女性が公園にいるなんて珍しいので、ついついレンズを向けてしまいますが、中国では結婚写真を野外で撮るのは日常の風景なので、中国人はわたしが街歩きの時にカメラを出さなかったのに、彼らを撮影するのを見て不思議そうな顔をしていました。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
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Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/12 Wed

こうすればてっとり早い

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
メルシンから田舎道を経由してアンカラへ行く夜行バスは外国人旅行者が乗るような交通機関ではなかったようで、車掌というかアテンダントが乗務していますが、英語がまったく通じません。
メモでシブリヒサルに行きたいということは理解してもらったのですが、付近のサービスエリアに到着したときにタクシーを呼ぶとか言っているようで、そんなことされたら幾らかかるか分からないなどと会話にならないやり取りをしていると、となりの女の子のうちのひとりが英語を話せて、通訳を買って出てくれました。
バスを村の入り口で停車してそこにタクシーに待ってもらうので10リラ程度しかかからないとのことです。
女性二人組はこの先の町の大学に通う美人女子大生で、タンクトップにショートパンツの刺激的な格好をしていたので、イスラム教徒ではないのかと余計なことを聞きましたが、トルコではイスラム教徒であってもオープンな若者はこれで問題ないのだとすました顔をしていました。

それにしても、朝の5時に着くという話だったのがまさかの3時半着で、タクシーの運転手がやはり英語ができず、村の中心で夜を明かすという意味が理解してもらえずにホテルに連れて行こうとします。
この時間にチェックインすれば1泊分取られてしまうので、夜行バスの意味が無くなってしまうと話すのですが、ホテルの主人を起こして事情説明しています。
なんとなく話は通じたようで、ホテルでは部屋ではなく会議室のようなところに連れて行きソファーで休んでくれと、やはり英語が通じないのでジェスチャーで示してくれました。
バスでは寝たり起きたりの繰り返しだったので、ソファーに座るといつの間にか肘掛けにもたれて寝てしまい、8時になってようやく目が覚めました。
バスでもらったパンを食べてから、部屋にチェックインできるか聞きますが、やはり言葉の壁を破ることができず、荷物をおかしてもらって散策するという仕草をするとどうぞどうぞと送り出してくれます。

町はとてもコンパクトで、メイン通りの付近こそ普通の建物が並んで平凡な町に見えますが、1本路地を入るとタルソスのそれと少し似たところのある、2階部分がせり出した古民家が並んでいました。
いいなあと思うのは観光地化されていない土地だけに外装を無理にきれいにしたりということがないところです。
古びた外観のままの家があれば、日曜大工的に塗装したような家も多くあって町自体が観光客を意識している感じがありません。
塗装することが外壁を雨水から守る手立てでしょうから、見た目を気にしない素人仕事でも塗らないよりましということなのでしょう。
もうひとつここが好いのは、わたしの体力でもがんばれば登れそうな標高の高くない岩山が町の半分を囲んでいることです。
岩山の目立つところには、新しい建築のようですが、鐘楼のような時計台のような建物が見えています。
困ったのはハチが多いことで、これを書くとわたしがボーッと旅をしていると言われそうで恥ずかしいですが、肘をハチに刺されました。

午前中さんざん歩いて午後になったら土地のカフェのような店があって、お年寄りや仕事が休みでゆっくりしている男性たちが軒先に腰掛けて紅茶を飲んでいました。
当然のようにハローと声がかかり、こちらに来い、紅茶を飲もうと誘われます。
ここは紅茶屋なのでそのまま飲めますが、午前中は服の仕立て屋さんの仕事を見ていたら、やはり手招きされて紅茶をご馳走になったのですが、紅茶もコーヒーもデリバリーがあって、電話一本で届けてくれるようです。
日曜日だからでしょう、家の手伝いをする子どもが慣れた手つきで取っ手の付いたお盆を提げてかなりのスピードで歩いてやって来ました。
10歳くらいの子だったでしょうか、紅茶を受け取るわたしがよほど珍しかったようで、目を真ん丸にしていたのが印象に残っています。
ここでも言葉が通じず、仕立て屋さんと向かいの靴屋さんとはボディランゲージでコミュニケーションを取るばかりです。
トルコの言葉では、日本はジャポン、中国はチン、も韓国はそのままコリアというようです。
そういえば、子どもたちにチン、チンとはやし立てられたのを思い出しました。

午後のカフェには、英語をしゃべれる人がいて、よくある質問のやり取りに続いて、わたしを時計台のある山まで案内してくれました。
徒歩5分で山に登ったというほどではありませんが、そんな高さでも風が肌に心地よく、町を見下ろす景色と相まって連れて来てくれたことに感謝です。
町には11のモスクがあるとのことで、数えてみると確かにミナレットが11本立っていてそれが目で確認できるのが面白いなと思います。
そのうち一番重要だというモスクにも連れて行ってくれましたが、外観は石でできた体育館のような建物でパッとしませんが、中は木の柱が林立していて、いくつかの柱の上にはローマ時代の石の柱頭がくっ付いているという奇妙さに驚かされます。
向かいはお気に入りのカフェのようで、シミットというドーナツ型のパン3個と紅茶3杯をご馳走になり、ちょうどいいお昼になりました。
トルコ式の紅茶はとても濃くて、慣れないとおいしく感じられないのですが、このシミットを食べながら飲むと、地味なパンと濃い紅茶の味が相互作用を起こして、何だか旨いぞと気付かされます。
食べ物も飲み物も伝統的なものには、味に何かしら意味があるのだと気付かされる午後の紅茶のひとときでした。

夜は夜で宿の人の食事時にたまたま戻ったため、いっしょに食べようとパンとシチューのようなものを分けてもらいました。
パンをちぎってシチューに付けて食べる、恐らくはこの地方の一般的な夕食のようです。
デザートにはヨーグルトが付いていましたが、ヨーグルトの中にキュウリが入っているのもやはりこの地方独特なのかも知れません。
今日は3食パンばかりですが、朝バスでもらい、昼は英語の達者な人にご馳走になり、夜は宿にご馳走になり、紅茶は8杯くらいいただいて、食費を使わずに済みました。
さて、作例ですが、これはわたしのお気に入りなのですが、説明が無いとちょっと意味不明だと思われます。
可愛い子どもたちがいたので撮影していたところ、その騒ぎを聞きつけた目の前の家の女性が、2階の窓から顔を出してわたしも撮ってとアピールし、さらに何事かとやって来た旦那さんと思しき人が俺も入れてくれと言うと、優しい奥さんは愛する旦那さんのために窓を外してふたり仲良く写真に納まったと言うストーリーです。
そこまでして撮ってもらったのに、写真を見たがるということもなく、ただわたしに手を振るだけというのも不思議でしたが、窓を外すくらいなら下に降りて撮影してもらって液晶を確認すればよさそうなものなのに、何か降りてこれない事情があったかと想像すると不思議度は増すばかりでした。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/11 Tue

日本人の株を上げられたか

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
ヘブロンの町とわたしはどうもしっくりきませんでした。
昨日、ホテルを出て散策を始めた矢先に子どもたちに囲まれ何か言われますが、分からずにいるとその間に別の子どもにバッグのポケットに入れていた地図や単眼鏡を盗られ走り去られました。
気配を察した地元の人が駆けつけて残っていた少年を設問し、叱責すると逃げた子どもが戻って来て返却してきましたが、へらへらしていて悪いことをしているとか、詫びるとかいう感覚ではなさそうです。
以降、子どもには警戒するようしたのですが、別の子どもからはすれ違って少ししてから石を投げつけられました。
命中することなく脇を外れて行ったので実害なしですが、振り返ると、その子どもはやはり走って逃げて行きました。
ヘブロンに限らずパレスティナではどこでもそうですが、チャイナとかニーハオと子どもから揶揄されます。
最初はチャイナじゃないよといちいち答えてましたが、大人も含めてあまりに同じことを言われるので無視することにしました。
無視されれば気分は悪いでしょうが、向こうは中国人と思っているので、もうどうでもよくなっていました。

アブラハム・モスクに近くなると、今度は太った中年男性から声を掛けられました。
だいたいこういうケースは胡散臭いので適当にあしらうのですが、ウチは100年前の家に住んでるしすぐそこなのでちょっと見て行ってくれと言うのに同意してしまいました。
確かに古い家で奥さんや子どももいて、何か悪いことをするという感じではなさそうです。
かたわらにミシンが置いてあって、財布や小さなカバンが置かれているのを、妻がハンドメイドしているので興味があれば買ってくれると嬉しいと言います。
コーヒーもご馳走になったので、ブレスレットでも買おうかと思ったのですが、2~300円と思ったそれが700円と聞いて、この男性の胡散臭さが再浮上してきたので断って席を立ちました。
待て、良ければガイドもするから、あなたは友達だから6000円だけでいいと、本性が露わになったので、逃げるように家を出ました。
財布やカバンはその後同じものをあちこちで見かけたので、妻のハンドメイドは嘘で、ミシンまで置く演出で騙そうとしたようでした。

他にもオマーンで日本の企業の仕事をしたことがあり、日本人にはたいへんお世話になったので、恩返しのつもりでガイドするとか、自分は何とかいう組織で活動していて町のPRのためなので料金はあなた次第でいいのでガイドするとか、胡散臭い連中が寄ってたかってわたしにすり寄って来ました。
その間も間断なく、ニーハオ攻撃があちこちからあり、できることならこの町から一刻も早く出て行きたいと思うほどうんざりしました。
ただ好いこともあって、キャッシュがなくなったので銀行の場所をホテルに聞くと、歩いて行くと言うわたしを静止してタクシーを捕まえその料金を支払ってくれ、あとで返そうとしても受け取りませんでした。
また、ホテルに教えてもらったレストランが美味しく、久しぶりにサフランライスを食べて満足したのですが料金が予想より安く、いったん会計してしばらく歩いたところでドリンク代が請求されていないことに気付いて、向こうのミスだとそのままにしようと思ったものの、おいしい食事をさせてもらってそれでは申し訳ないと、レストランに戻って事情説明して再度精算してもらったところ、店員が数人集まって、あなたはとても正直だとか、どこの国の人か、日本人はみなそうするのかとすっかり感心してもらいました。
これが町のニュースになって、日本人は正直者、ニーハオと話しかけるのは止めましょうとなれば嬉しいのですが。

さて、早々にもチェックアウトするつもりでいたのに、痛いことになってしまいました。
愛用のトランクのカギが壊れてしまい、ロックしたまま開かなくなってしまったのです。
ホテルで近くに鍵屋さんがないか聞くとタクシーで行く距離だとのことで、さすがに今回はタクシー代を出してはもらえず、鍵屋もさすがにこれを外す技術はなく、力でこじあけて、ロック部分はバカになってしまいました。
イギリスから取り寄せたトランクは外観こそボロですが、古道具のような味わいがあって気に行っていましたし、ロック部分は真鍮でしっかりしていて、こんなにあっけなく壊れるとは思っていなかったので、旅のパートナーが怪我してしまったようなショックを受けています。
ロックは2ヶ所あってひとつは問題なく、壊れた方は何とか閉まるものの、ドンという衝撃などがあるとロック部分がバンと開いてしまいます。
旅の中ではそれほど支障ないものの、飛行機に預けるときはテープで留めるとか工夫が必要です。
スーツケースの現地調達も考えましたが、何しろ思い入れあるトランクで、日本にいるときに海外版寅さんのドリンクのCMを見ていたら、その寅さんがそっくりなトランクを持っていて、わたしもああいう実らぬ恋をしながら旅し続けたら楽しそうだと考えて、ますますトランクに愛着が湧いていたところで、これしきのトラブルで捨ててなるものかと思いなおしました。

続いて向かったのはナブレスという町ですが、ヘブロンから直行のバスは無くいったんまたラマラーで乗り換えなくてはなりません。
しかし、ここでひとつ問題解決のために先日おじいさんと泊まったホテルに立ち寄ることにしました。
モハンメド君のお父さんの友だちがラマラーに住んでいると聞いています。
そこで、モハンメド君からお父さんに連絡を取ってもらって電話番号を聞き、ホテルの人に電話してもらって、ここまで来てもらいました。
モハンメド君の家族へ日本からお菓子をお土産に持って来ていて、その処理に悩んだのですが、そのお父さんの友達が送付してくれるのではとモハンメド君が言うのです。
もし無理でもせめてお父さんの友だち一家に食べてもらえば、日本とパレスティナの友好関係にごくわずかにプラスになるでしょう。
抹茶の甘いお菓子とあられのセットですが、どちらかでも気に入ってもらえればはるばる持って行ったことが報われます。

その後着いたナブレスは、ヘブロンとは正反対に実にわたしにフィットする町でした。
バスを降りたところで歩き出すと、すれ違った男性が、どこに行くんだいと話しかけて来たので、ホテルを探していると言うと、この近くにあるホテルは高いので、まっすぐ行った先のところがいいよと教えてくれました。
確かに後で確認すると好い方のホテルは1泊15000円だそうで、そんなホテルを勧められなくてよかったのですが、宿泊した方のホテルがまたひどくて、トイレが汚れていたので掃除していないのではと抗議すると、いきなり洗剤を手渡されて掃除してくれと言われました。
客にトイレ掃除させるホテルなんて世界中そうはないでしょう。
ホテルが少なくてショボかったのはナブレスが有名な史跡など無くて、観光客があまり来ないことと関係あるようですが、実はこれがわたしには好かったのです。
夕方、古い町並みを散策すると商店街になっていて、写真を撮りながら歩いていると、パン、ケーキ、伝統的お菓子(?)を次から次へとご馳走になってしまいました。
たぶん外国人が珍しいので歓迎の印として、自分のつくった土地のものを食べてもらいたかったのだろうと思います。
何しろ2時間も歩いたのに観光客の姿はまったく目にしませんでした。
作例は、焼き立ての熱々パンをご馳走してくれた少年です。
さすがに焼いたばかりのものをすぐ手渡されたので抜群に香ばしさがあって、食感ももちもちしており、何も付けなかったのに十分美味しく感じられました。
それに掲示されているアラブ人、よく見ると若き日のアラファトさんの写真です。
何だか好い写真で、これまた実に気に入りました。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/08/05 Wed

パレスティナ人のデモ部隊

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
城壁内にユースホステルがあって、シングルの部屋もあるとのことでホテルを移ることにしました。
古い建物を利用しているので、屋根などが修道院のようで趣があるのが気に入ったのですが、シングルはプレハブ小屋のような建物ですし、料金も前夜のボロホテルとほぼ同額だったので、どっちもどっちのあまり意味のない選択になってしまいました。
城壁内なら夜とか早朝の散策が楽しめるかも知れないと考えましたが、結局、夜は出歩きませんでした。
ユースなのでメインはドミトリーですが、若いフランス人のグループとあいさつをする機会があって、むしろ彼らと同室のドミトリーの方がよかったかと少々後悔しました。
何しろ部屋は古い建物の側にあって、中世の修道院で寝泊まりするような雰囲気を楽しめたでしょう。

昨日はイスラム教の礼拝日だったため、モハンメド君に勧められていたアル・アクサー・モスクに行けなかったので、あらためて本日行ったのですが、結果を言えば、入場後にすぐ追い出されてしまいました。
作例がその理由を語っていて、未確認情報ではラマラーという町付近でユダヤ人過激派がパレスティナ人の家を襲撃してプラカードの女の子が犠牲になったため、女性や子どもがデモをおこない、この事実を伏せたいイスラエル政府がデモを挙行されたモスクをすぐさま閉鎖してしまったのでした。
作例の場所は、モスクの出口付近で、普段から衝突が起きないようにイスラエルの警察が出入り口を固めていますが、彼らが常駐していることがデモの場所として選ばれる理由になったようです。
この場所でのデモ参加者は30人くらいと規模は大きくありませんが、カメラマンを含めたパレスティナ側のマスコミが10人くらいいました。
わたしは最初、写真を撮っているのがマスコミと気付かず、自分も写真を撮らなければと何枚も撮っていると、警官につまみ出されてしまいました。

昨日は、エルサレムのパレスティナ人とユダヤ人は仲良くとは言わないまでも、隣人同士として意識しながら暮らしていると感じたのですが、けっしてそんな甘いものではなく、何かが起これば一触即発で緊張が走るのだということを知らされました。
この後には、正装のユダヤ人がとおった後ろから水をかけるパレスティナの若者を見ました。
彼は一般人だから、そんなことをしても何の解決にもならないのではと言うと、青年は分かっていないなお前はという顔で、アラビア語で何か言いながら立ち去っていきました。
水をかけられたユダヤ人も気付いただろうに、振り返ることもなく通り過ぎて行きました。
ここで喧嘩にでもなればますます立場が悪くなったり、パレスティナ人に集団暴行されかねないのかも知れず、そのまま立ち去ったのは正しい行動に思えます。
日常的にこういうことに慣れてしまっているように感じられました。
敵対せずに暮らしていると昨日感じたことが、今日、早くも翻ってしまい、自分の眼の不確かさにガッカリせざるを得ませんでした。

これも先日書いたことですが、パレスティナ人とイスラエル人とははっきり外観が違うと書きましたが、子どもを見るとどちらか分からない子がたくさんいます。
あきらかにパレスティナ人だろうなと分かる子どももたくさんいますが、ちょっと西洋人ぽいのでイスラエル人かと思えば、パレスティナ人の子だということが何度かあって、まったく分かっていないことを思い知らされました。
ヨルダンでもそうでしたが、色白で肌が卵のようにつるつるしている西洋人っぽい女性が多くいますが、子どもも同様なようで、おまけに目の色が青やグレーの子どもがパレスティナ人と分かったりすると、眩暈がするようです。
いちいち何人かと聞くわけにもいかないので直感的に言いますが、7割の子はアジア的なパレスティナ人だと分かる顔立ちでしたが、3割は西洋人風でイスラエル人と言っても分からないような顔をしていました。
こうなると、顔つきは同じで、身に付けているものも若干違うとはいえ似た者同士で、信仰だけがはっきり違うために対立し、憎しみ合っているようで、ただ、歴史と宗教に翻弄される気の毒な人々と感じられてくるばかりです。

城壁内で食事するととんでもなく高くなることを知ったので、ランチは外に出てパレスティナ人の多いエリアでサンドイッチをテイクアウトしました。
チキンは高く、ビーフのハムにチーズとサラダを挟んでもらって450円くらいもするので、やはり少々高いですがエルサレムの物価を考えると止むを得ません。
これが意外に美味しくて、エルサレムではいちばんコストパフォーマンスのよい食事に思えました。
とはいえ、夜もこのまま同じものではどうかと考えていたところ、似たようなものですが、ホットドッグとドリンクで500円と言う店があり、頼んでみました。
しかし、ポークでないソーセージは不味く、これはあきらかな失敗でした。
昼も夜もファストフードということになりますので、ビュッフェ式のボロホテルの朝食がサラダやフルーツ、ヨーグルトもあって、ヘルシーでいちばんだったということになりそうです。

また、城壁から別のゲートに出たとき、近くのイスラエル人の雑貨屋にビールが置いてあるのに気付いてしまいました。
夕方の暑さの中で我慢できず、小瓶のイスラエルビールを350円近くも出して買ってみます。
カタカナで「ユコカアブコ」と書いてあると思えば間違えで、イスラエルの文字でマカビーという名前のオールモルトのラガービールでした。
ゲート脇の木陰で栓を抜いてゆっくりと味わいながら飲みます。
小瓶から飲むと味が少し濃厚になって感じられるような気がするのですが、それを割引いてもずいぶんコクのあるビールのような気がしました。
真冬に暑いコーヒーをすするように、一口ずつ味わって飲みました。
エルサレムでは歴史に思いを馳せながら、時がくだるのを確認するように一口一口と飲むことで、各民族の興亡を理解したつもりになれるのです。
ほんとうは、歴史を語り合う仲間が一緒にいてくれるといいですが、今日はその代わりをマカビーを名乗るイスラエル人がしてくれているようなものです。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/08/02 Sun

脱税の片棒担ぎつつ

Leica Sonnar 5.8cmF1.5
ホテルにはわたしの他に、カリフォルニア在住のフィリピン人男性とオランダから来ている学生、住み込みで働いているイタリア人女性が宿泊していました。
ホテルがボロくて移動したかったのですが、彼らとすぐに親しくなったことで、延泊を決意しました。
一方でホテルのオーナーとその弟はイヤな奴らで、悪いムスリムの典型のような連中です。
しつこくパックツアーへの参加を勧めるのには閉口しましたが、もっとひどいのは犯罪への加担をさせられたことです。
別に強盗を手伝わされた訳ではないですが、ビールが飲みたくないか、飲みたければデューティーフリーショップに連れて行ってやる、安く買えるぞと、半ば強制的にどこそこのホテルの施設内の免税店に車で連れて行ったかと思うと、ビールを買わせるのを口実にわたしのパスポートを使って、大量に免税のタバコを買っていました。
いつもこうやって安くタバコを買っているのでしょう、せこい奴らです。
ちなみに免税店はヨルダンの警察が管理していて、わたしのパスポートのヨルダン入国スタンプの真下に警察のスタンプを押されていました。
出入国以外でパスポートにハンコを押されたのは初めての経験ですが、それがまさか犯罪に加担してのものだとは…。

フィリピン人のおじさんは、パックツアーに参加するらしく、今朝、出て行ってしまいました。
残されたオランダ人のクラスとイタリア人のセレーナと3人でおしゃべりしながら朝食をとります。
朝食の内容は、インドのチャパティに似た円形のパンをちぎって、ヨーグルトのようなものとかジャムとか卵を付けて食べる、典型的な中東の朝食とのことです。
これがなかなかいけますし、ふたりのヨーロッパ人も気に入ってかなり食べていました。
オランダ人のクラスは卒業レポート作成のために滞在していて、その内容とはヨルダンに逃れてきているシリア人難民を取材してまとめるというものでした。
その許可を消息筋を通して申請中だそうで、認可されれば、ヨルダンとシリアの国境の町で、シリア側にあと10キロくらいのところにある難民キャンプで活動開始するとのことです。
そんな話を聞いて思い出したのが、昨年、ISISの犠牲になった後藤健二さんのことです。
彼ももともとはシリア難民を取材していて、その後何らかの問題が起こってシリア入りして人質になってしまったということだと記憶しています。
クラスの場合は取材ではなく卒業リポートですが、例えばISISとパイプを持つ難民により詳しいリポートはわたしの実家まで来てくれればよく分かるなどとそそのかされて、シリアに足を踏み入れた瞬間にISISに売り飛ばされるなんてことがあるかも知れず、何があってもシリア側に行ってはいけないと念を押しました。
中東問題専攻の学生には釈迦に説法ですが、とにかく彼が無事に卒業できるよう余計なことでも言わずにいられませんでした。

朝食後にひとり散策を開始します。
ホテルから5分も歩くとローマ時代に造られた噴水跡があり、さらに3分歩くと同じくローマ時代の劇場の遺跡があります。
地中海沿岸の国々は、イスラムと十字軍がしのぎを削ってきたために双方の遺跡がよく残っていますが、とくにアンマンにはローマ様式のそれが多いようで、2つの遺跡を見下ろす高台にはシタデルというやはりローマ時代の神殿があって、保存状態がよくないものの、遺跡ファンにアピールするところは大きいようです。
残念ながらわたしは遺跡とか、観光名所とかにはあまり興味がなくささっと流しながら見学しただけで、レストランが少ないこの町でランチをどうするかの方が気になっていました。
どうしようかと歩いていると、ちっちゃな女の子にカモン、ウェルカムと手招きされたので入ると雑貨屋で、暑さの中をぐるっと歩いてばて気味だったので、ヨーグルトとクッキーを買ってささやかなお昼にしました。

ホテルに戻るとオーナーのイヤなオヤジが手ぐすね引いて待っていました。
ツアーを何としても売り込もうとしていますが、わたしは観光にあまり関心がないし、何しろ高すぎると断っているのに、それならいくらなら出せるかとしつこく閉口しました。
終いには、ローカル料理が食べられるがどうするかと聞くので、それならいいよと申し込むと1500円ほどと高かったのですが、めんどくさいのでOKしてしまいました。
パレスティナ人の友人のモハンメド君とはフェイスブックで連絡を取り合っていたのですが、そんな時にアンマンにヨルダン人の友だちがいるからと電話番号を送って来ました。
公衆電話はどこかにないかオーナーに聞くとオレの携帯を使えと手渡してきました。
すまないと借りてモハンメドの友人と話すと、今から行くから飯でもいっしょに食べようと言ってきました。
先ほどのローカル料理はキャンセルしなくちゃと思いながら電話を返すと、電話代1500円払えと言ってきます。
えっ、タダで使えと言ったんじゃないのかと思ったものの、強欲な男は10分ほどの携帯の通話料が1500円だと言い放ちます。
そしたら、それは払うから料理をキャンセルしてくれと頼みましたが、もう申し込んだキャンセルではないと即答したので、わたしはこいつはダメだと思い、分かった、もうここには宿泊しないから直ちにチェックアウトさせてくれというと、なぜだ理由を教えてくれと真面目に聞いてきました。
しつこいツアーのセールス、電話を使わせて後で高額請求、少し前のことをキャンセルしたいと言っても確認もせずにダメだと言う、こんなのが立て続けにあって怒っているのは明白だろうに、理由が分からないとは本当にいい加減にしてくれと言いたくなります。
ここは、やり取りを聞いていたセレーナが間をとりもって、電話代を払う必要なしとして宿泊は続けることになりましたが、料理はすっかり無駄になってしまいました。

モハンメドの友人だと言う青年はヨルダン人で割と気さくでした。
家で食事に招待すると言って、15キロほど離れた彼の家に車で連れて行ってもらいます。
アンマン市内ですが、郊外の丘陵地帯のような町並みで、ヤギを放牧しているところもあって、何より静かでのどかなところがわたしには魅力的に見えました。
放牧地にテントが張られていて、シリア人労働者の家だと教えてくれました。
難民は働けないはずで、ベトウィンは例外的に認められているのかも知れません。
青年は35歳ですが、すでに3人の可愛い子どもたちがいて、とても幸せそうです。
とくに女の子が可愛らしく、自然の巻き髪と彫の深い整った顔立ちは、有名なハリウッド女優の子どものころだと言われても信じてしまうのではと思うほどの美形で、思わずレンズを向けてしまいました。
家は、真新しくて5年前に建てたばかりだと言います。
彼は、いま夏休みでマレーシアから一時帰国していますが、10日ほど後にはクアラルンプールに戻り、来年経済博士号を取得予定とのことです。
どうやって家を建てたかと問うと、ヨルダンでは息子が卒業するくらいの時期に親が家を建ててやるというのが普通なのだそうで、この家もそうして建ててもらったのだということでした。
土地はもともとあって、建物だけで800万円ほどと日本よりは安いですが、それにしてもヨルダンの父親はたいへんなようです。

それにしても、この土地は素晴らしく、夕方の日が落ちる前に玄関前のスペースにみんなで椅子を並べて、庭のブドウを食べながらのんびりおしゃべりしているだけで、心地よい風の中で幸せな気分になります。
砂漠を少し開拓したような土地で、北に100キロも行けばすぐシリアという位置にあって、この平和な雰囲気はとても予想できないことでした。
美味しい食事をいただいていると、近くに住む親せきがやって来ては食事に加わったり、わたしたちとおしゃべりしたりします。
最後は、みんなで玄関に出て、メッカの方向に向いてお祈りしていました。
お暇する間際になって、初めて奥さんがやってきてあいさつするのですが、残念ながらヘジャブによって顔は隠れていて眼だけが確認できるだけです。
あんなに美しい娘の母親なのでさぞかし美人だろうと思うのですが、イスラムのルールでは確認することを許してはくれないようでした。
【Alpha7/Leica Sonnar 5.8cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leica-Sonnar 5.8cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/07/28 Tue
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