一碗甘粛菜

M8/Biotar 75mmF1.5
昨日で甪直の旅の話は終えたのですが、1日蛇足を追加するのが拙ブログのならわしになっています。
いつもなら女の子の写真ですが、今回は趣を変えて土産屋の邢クンをとりあげることにしましょう。

甘粛省の出身の邢クンですが、まず両親が先に甪直にやってきて木工品を中心の土産屋を始めて成功したようです。
ただちに邢クンもやって来て、その向かいで雑貨を主にした土産屋を開きました。
わたしは店の前を通りかかったとき、木工の仏像に惹かれて中に入ったことで彼と知り合います。

仏像は近くで見ると細工が雑で、正直、期待はずれでした。
彼は脈があると見たか、他にもいろいろあるぞととっかえひっかえ仏像を見せてくれますが、最初に見たのがいちばんマシなくらいで、ロクなものがありません。
全部断りました。
あいまいな態度でいると経験上しつこくすすめられるのが分かっているので、必要ないことをきっぱり断らないといけません。

ようやくそのとき、彼はわたしが中国人ではないことに気付いたようです。
後で思ったのですが、その反応の悪さが彼の商売のセンスそのものだったと言えそうです。
彼とは、その後ずっと話込んでしまい、食事の時間になるとよかったら食べていってほしいとお椀を持ってきました。
甘粛の伝統料理だそうで、小麦の幅広麺のようなものと鶏ベースのスープに鶏肉や野菜などで煮込んだ、麺となべ料理の中間のようなものでかなり美味しいものでした。
西方独特の味わいのようです。

ここまでしてもらったのだから雑貨の方でちょっとしたものでも買ってあげようと考えました。
そこで店内のものを一品一品見て回ったのですが、残念ながら欲しくなるようなものが何一つありません。
前述のように扱い品目にセンスがなさ過ぎます。
値段は安いので、なんでもいいから買おうと思っているのですが、どれもこれもタダでも要らないようなガラクタばかりでした。
なにも考えずに仕入れしているのではないかと思われました。

唯一これはと思ったのが木製の名刺ケース兼スタンドでした。
これ自体やはり欲しくなるようなものではありませんが、名前を彫ってくれると書いてあったので、わたしは要りませんが世話になっているksmtさんのお土産にしてしまおうと考えたのです。
www.ksmt.comと彫ってくれとお願いすると、驚いたことに、この商品が売れたのは初めてでもちろん名前を彫るのも初体験だと言っています。

難しかったと言いながら手渡されたそれは…、あまりにもひどいものでした。
グラインダーのような機械で手で彫るのですが、ここまでひどいのならわたしが自分でやった方がましだったように思います。
ご馳走になってなければやり直しを命ずるところですが、悪びれない彼の顔を見るとわたしは黙って受け取るしかありませんでした(わたしだってそれを何食わぬ顔でksmtさんに進呈したので同罪ですが)。

邢クンと話をしていて彼がとんでもなくお人好だと分かりましたが、それだけに商売は大丈夫なのだろうかと心配になります。
とくに中国では、少し汚ないくらいでないとダメで、こういうタイプの青年がうまくたちまわっていけるのか気になって仕方ありません。

扱うものも性格も、甘粛の田舎そのものから脱していないということなのでしょう。
翌朝も彼に会いましたが、このときも別の故郷の料理を旨そうに食べていました。
毎日そんな食生活のようですが、郷に入れば郷にで、甪直の料理を食べることから現地のことを知り、性格とセンスを磨くべきではないかと思いました。
頑張れ、邢クン。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
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Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(6) | 2012/01/22 Sun

紅色囲巾

M8/Biotar 75mmF1.5
滞在した年末のこの地方の気温は、最高が8度くらい最低は氷点下2度くらいと、出発したときの東京よりも若干寒いくらいでした。
ただ、日中はからっと好い天気で風もなく、体感温度からけっこう暖かく感じます。
が、それも3時くらいまでで、日がかげってくると一気に気温が下がるようです。

わたしは、東京でのそれと同様、フリースのシャツにカシミアのコート(中国で1万円程度で作ったもの)で歩いていましたが、何度かそんな格好では風邪をひくぞと心配されました。
コートは、綿入れの安物であまり温かくない外套を連想させるからのようです。
ついこの前までみんな裕福とはいえない中国では綿入れの上着が当たり前で、その時の記憶と連動しているのでしょう。
作例のように、いまでは子どもでも色も華やかにダウンとか着ていて、確かにチャコールグレーのコートは地味で寒々しかったかも知れません。

ところで、作例の女の子がダウンの上から、赤いスカーフをしているのがユニークです。
中国の小学校、中学校では男女を問わずこの赤いスカーフを付けますが、ただかわいらしいということでいくら赤でも子どもだけに政治的な意味ではないと思っていました。
ところが、調べてみるとこれがおおありだったのです。

中共の少年組織に中国少年先鋒隊というのがあって、これに入隊した子どもがその証しとして首に赤いスカーフを巻くことが許されるのだそうです。
共産党員になるにはかなり高いハードルがあると聞きますが、少年先鋒隊の方はほとんどの子どもが入るようです。
それで、わたしは学校の制服の一部だとずっと誤解していました。

この子たちは、きっと思想教育を受けて、優秀者は幹部候補に抜擢されてなんていう中共のシステムがあるのでしょうね。
子どもたちのあかるい笑顔を見ていると、考えたくもないですが。
可愛らしかったスカーフが、悪の象徴のように見えてきてしまいました。
子どもたちがスカーフを外す時、それが、わたしが中国をより身近に感ずる時と言えるでしょう。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
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Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/18 Wed

餛飩与青団子

M8/Biotar 75mmF1.5
正儀に着いてまず最初にしたのが、朝食をとることでした。
朝、起きてから直行したということもありますが、スーツケースを抱えたままやってきたので、その店に預かってもらうつもりでいたのです。
餛飩店というのが何軒かあって、この地域で多く食べられているようでしたのでその1軒でいただいてみることにしました。

餛飩とは日本でいうところのワンタンです。
ただ、中国では雲呑というのもあり、日本のワンタンはこちらが由来のようです。
知識不足で、餛飩と雲呑の違いはよく分からないのですが、恐らく前者は中国全体に見られ、後者は香港あるいは広東発祥と思われます。
いずれも小麦の薄い皮に肉や野菜等の餡をつめたものをゆでてスープで食べるものですが、雲呑の方は香港ということで小エビが入っているのが普通ですし、ワンタン麺として食べるのが最もポピュラーです。

それぞれの読み方ですが、餛飩がホゥントゥンのように発音し、雲呑はユィントゥンのように読むので、いずれもワンタンではありません。
ところが、雲呑の広東語の読み方は、そのままワンタンだそうで、おそらく横浜中華街で出されていた広東料理店の雲呑がそのまま日本全国に広まったのだろうと思われます。
その他の地方の料理の餛飩が広まっていたとすれば、ワンタンではなくホントンのような名前で定着したでしょう。
山梨県で有名なほうとうは餛飩が由来だそうですが。

この餛飩ですが、日本のギョーザの3分の1くらいの小ささなので、すべてひと口でするすると食べられます。
トリ出汁の熱いスープも意外に濃厚で体もあたたまります。
もちろんスーツケースは、店の奥に置いてと快く預かってもらえました。
最高のスタートを切れたようです。

続いておとといの写真ですが、屋台のような店で女性が作っているのはおもちのようなお菓子で、注目は前ボケの方の白い皿に入った緑の物体です。
これも地元の名物のようなものなのですが、名前はそのまま青団子というのでした。
美味しいというので数個買って食べましたが、中に餡子が入った日本の草団子そのままです。
わたしは、ずっと団子という言葉も団子そのものも日本の純国産だと思っていたのですが、どうやらそうではなかったということのようです。

というより、中国研究家以外のほとんどの日本人は、団子が日本以外から来たものだとは露とも思っていないでしょう。
実は、昨日、ksmtさんと散策したときのこと、平安京の町並みや建築などどう考えても当時の日本だけでできたもののはずはなく、中国からやって来た一団によって形成されたのだと思いますという話を聞き、団子のことを思い出したのでした。

さて、正儀をおおむね見終わって、もう移動するかと朝の餛飩店に戻りました。
大切なスーツケースを預かっていただき感謝いっぱいです。
ところが、来た時と同じように店はオープンなままなのに、気の好いおばさんの姿がありません。
トイレにでも行ったのかとしばらく待ちましたが、いっこうに現れませんでした。
行き先不明のまま、わたしのスーツケースは通りからでも見えるところにぽつんと置かれたままになっていました。
もちろん被害はなかったので問題ありませんでしたが、少し、あれえという感じで次の目的地を目指しました。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
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Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/09 Mon

Biotar 簡説

M8/Biotar 75mmF1.5
"Biotar 75/1.5"で検索をかけるとかなりのヒットがありますので、詳細な情報が得られるはずです。
そこに時間を費すことも考えましたが、以前買ったまままったく開かれることない Hartmut Thile の"Carl Zeiss Jena"という本にレンズ名別の簡単な説明があったことを思い出し読んでみました。

ちなみに、この本は通称「ツァイスの電話帳」と呼ばれる"Fabrikationsbuch Photooptik Carl Zeiss Jena"の副読本と呼べるような本です。
「電話帳」の方は、ツァイスがこれまでに製造したレンズを製造番号順に名称、焦点距離、F値、本数、カメラ名、製造年月日が一覧になった台帳です。
ツァイスレンズファン必携の1冊で、古いレンズを見つけるとこの台帳を繰ることで、レンズの由来を知ることができるのですが、残念ながら製造番号が欠番になっているところも多く、完全な資料とまではなっていません。
逆にそこを想像で埋めるという楽しみはあるのですが。

さて、Thiele の本ですが、手にとるまですっかり忘れていたのですが、ドイツ語で書かれていてわたしにはまったく読むことができません。
ただ、世の中は便利になっていて、ドイツ語翻訳サイトがありますので、そこに全文入力して翻訳実行ボタンをえいっとクリックすると、無茶苦茶な訳文に化けるものの丁寧に見ていけば意味を解することができます。
わたしが直した訳文と原文を記載させていただきます。

「最初のBiotarは、1910年、18×24mmフォーマット映写レンズ用にロールのモーリッツが設計しました。
それには、
8.5cmF1.8の光学データです。
しかし、焦点距離が長過ぎたためレンズは非常に重くて扱いにくく、カール・ツァィスは量産まではしませんでした。

1928年、ヴィリー・メルテが、左右対称のブラナー・タイプを発展させた新しい型を設計しました。
彼/それは、映画撮影用にF1.4レンズを考え出したのです。
Biotar(Bio=生活、ここを明るく照らす、tar=音を追加したもの)は、焦点距離2.5cmから7cmまでが市販されました。
それは、映画用レンズの中で最も明るく、画質もすばらしいものでした。
メルテは、さらにレンズの収差を減らすことができると考えました。

次にメルテが発表したのが、小型撮影用カメラ、コンタックスとロボット用 Biotar 4cmF2でした。
また、コンパーシャッターに取り付けるレンズもいくつか設計されました。
有名なのは、ナイト・エクザクタ用の Biotar 8cmF2です。
また、1936年にはそのドレスデンの一眼レフカメラ用に、Biotar 58mmF2 という大口径標準レンズを供給します。
望遠レンズとして最高の明るさだった Biotar 75mmF1.5 も投入されます。
この2本は、レンズ交換式小型カメラの焦点距離の異なるレンズとしてもっとも重要なものでした。

Biotarの他のバージョンは、航空パイロットとレントゲン撮影機のためのものでした。更なる機能は、x-光線-X
レントゲン用 Biotar (R-Biotar F0.9)は、1932年に世界に登場します。
のちに、より明るいF0.85が追加されました。

Biotar は1965年まで製造され続け、その後、Pancolor にと移行します。
総生産数は502000本ほどでした」

内容的には、それほど、という感じですかね。
以上の翻訳作成にあたって、ドイツ語の入力に約1時間、翻訳の手直しにまた1時間、これだけの労力に見合ったものだったか。
冒頭書いたように、普通に検索してコピー&ペイストすれば、時間は短かく内容もずっとましだったかなあという気がしてなりません。
これも3連休の過ごし方ということでしょう。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
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Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/08 Sun

貧困人的SUMMILUX

M8/Biotar 75mmF1.5
最近このボヤキが多くなって恐縮ですが、ライカの純正レンズはすっかり値上がってしまい、安いうちに買っておけばと後悔することがあります。
ズミルクス75mmF1.4もそんな1本で、ちょっと前まで安いもので15万円くらいで出ていたのが、いまは倍以上になってしまいました。
つまりは、いまの金額でかつては2本買えていたので、そうなればこの巨大レンズでステレオ写真も撮れていたのです。
冗談はさておき、75mmという画角がライカでこんなにも使いやすいと分かっていれば欲しいレンズでした。

今回入手できたビオター75mmの写りを見ると、ズミルクスの無念を晴らすことができます。
もちろん、このビオターは少量製造されたと言われる純正ライカマウントではなく、最も廉価なエクザクタマウントのものをMSオプティカルで改造いただいたものです。
廉価と言っても、いまやエクザクタマウントでも10万円以上するようで、たまたまその3分の1程度で売られていたものを先月発見して、年末の旅に間に合わせるべく宮崎さんにお願いしました。

安かったにも関わらずレンズはガラス、鏡筒ともたいへんきれいで、戻って来た時にはMSオプティカルのオリジナル・コネクターを介してアダプターが付けられた姿は新品のようです。
宮崎さんには仕事を急がせてしまい申し訳なかったのですが、そんな状況でも距離計連動の精度は完璧に出してきてくれていました。
乱視のわたしはピンボケを何枚も作ってしまいましたが、その程度はいつもの50mmF1.5と同程度で、歩留まりの好い大口径レンズと実感しました。

MSオプティカルのレンズ改造と言えば、宮崎さんによるカルテによる診断ですが、かなりの高評価を得ていました。
まず球面収差はやや過剰補正ですが、これはポートレイトを意識した開放でのフレア感を表出するためのものかも知れません。
ただ、強いハイライトでもフレアはあまり感じられず、開放でも十分使える、というよりは開放以外では使いたくないレンズです。

また、コントラスト、解像力とも開放から「よい」の判定で、コントラストはすでにF2で「大変よい」、解像力もF2.8で「大変よい」と書かれています。
そして両者ともF4になると「パーフェクト」の診断でした。
つまりF4以上は、F5.6でもF8でも深度は深くなりながら、描写は変わらないということです。
コメントには「コントラストは、開放~F2で大口径にしては大変よい」と絶賛されています。

ところでレンズ構成ですが、これが、なんとオーソドックスな4群6枚のガウスタイプのようです。
ライバル、ライツのズマレックス85mmF1.5が後群に1枚足した5群7枚、ズミクロン90mmF2ですら後群貼り合わせを分離させた5群6枚なのに対して実に潔さを感じます。
先にあげたズミルクス75mmF1.4を調べてみると、前群の貼り合わせを分離に、最後群をダプレットにした5群7枚でした。

この4本は、いずれもダブルガウスとその変形なのが面白いですね。
ただ、枚数が増えたり、構成が複雑なレンズほど性能が上なのかは微妙なところと言えそうです。
少なくとも同様のスペックであるズミルクスとは比較してみたくなります。
ビオターを入手してズミルクスは不要になったはずなのに…。
やはり、レンズというものは、その存在自体が魅力を放っているので、似たものを手に入れたとしても、それでもう良いとはならないのです。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/07 Sat

干萝卜

M8/Biotar 75mmF1.5
江蘇省と浙江省、それに上海市の一部に江南の水郷古鎮は相当数点在しているようです。
水運や漁業、その他の産業で清代までに栄えた村々は、その河や運河が邪魔をして近代の発展に取り残されたので
しょう。
それに、彼ら自身の美意識が町並みを保存に向かわせたということもありそうです。
戦争や文革が村をどのように変えたのか分かりませんが、結果的にはこのエリアに20以上の古鎮を残すことになりました。

世界遺産に登録される村が出れば、007のロケ地になった村もあります。
普通に映画やドラマのロケ地になったということであれば、それこそ数えきれないくらいでしょう。
そんな中で正儀という古鎮はほとんど知られていません。
実際、昆山という最寄りの町の駅に着いてタクシーに乗った時、運転手は正儀という地名は知っていたものの、そこに古鎮があるとは初耳だと言い、途中、道を訊ねながらそこへ向かったくらいです。

着いてから分かったのですが、周囲一体が正儀という比較的大きな町で、その中の老街と呼ばれるエリアのみが古鎮だったのです。
こぢんまり過ぎていますし、新しい町との境界もあいまいで、はずれの方まで行くと線路があって列車がそこそこの頻度で通っていきます。
どうも、古鎮の風情というか古鎮の品格というか、そういうものに欠けているようです。

そんな無名の正儀ですが、歴史自体は江南随一と言われているようです。
それが現在とどう繋がっているかは不明ですが、なんとこの地には6000年前から人類が生息していた形跡が見つかっているそうです。
それで正儀は6000年古鎮と言っているようですが、そんな石器時代に古鎮が形成されるはずがなく、この表現はあきらかに無理があります。

古鎮になりきれない古鎮、そう呼びたくなります。
そういえば、着いてすぐ入った店で朝食をとっていたとき、なんでこんなところに来たんだと聞かれたのを思い出しました。
住民にも自分たちが住んでいるのが古鎮だという自覚はあまりないようです。


今日の作例は、この地域の名産品の大根を干しているところです。
塩をまぶした大根を薄切りしたものを1日干すそうで、ちょっと塩っからいけど美味しいよと笑っていました。
家の中でやればよさそうなものなのに、こんなところへ並べて平気というのはよそから人がやって来ない証拠というところでしょうか。

ちなみに、いちばん奥に見えているのが鉄道の橋脚です。
また、1枚また1枚と並べられた大根が、この村の歴史の長さを象徴しているようにも見えます。
それに、これだけ大根があるなら細いところへ並べずに、中国で普通に見られる大きな円の籠に並べて庭に置いた方が、片づけるのも楽だろうにと思ってしまいます。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2012/01/06 Fri

小宝宝

M8/Biotar 75mmF1.5
今回訪れたのは、いわゆる江南の水郷と呼ばれる古鎮です。
上海と蘇州の間には、このような村がいくつか点在していて、わたしもこれまで、西塘、烏鎮、同里という名村を歩いてきました。
それらに匹敵する古鎮ということで、甪直を選択します。
せっかくですので、すぐ近くの正儀という村にも寄ったので、まず最初の数枚はその正儀で撮った作例です。

気温が8度~-2度くらいと東京より若干寒いですが、天気は上々で風もなく日中は暖かに感じました。
おかげで、日向に暖を取りに出て来る人が多く、被写体にことかきません。
歩いては立ち止り撮影して、声掛けられては立ち話してと、愉しい散策ができました。

しかし、行き先についてはかなり曲折がありました。
去年、一昨年と中国貴州省の少数民族の村を訪れたので、ぜひ今度も奥地まで足を運びたいと考えていました。
ところが年末年始の仕事の日程がなかなか決まらず、航空券購入競争に大きく出遅れて、気付いたときには10万円を超える値段になってしまっていました。

さすがに、香港や中国に10万円の航空券を買う気にはなれなく、マイレージを使って往復できないか調べてもらいます。
もう時期的には無料航空券がある状況ではなかったのですが、運好く某航空会社に行きは成田→上海が、帰りは香港→成田がそれぞれ1席だけ空いているという回答でした。
必要マイルは通常の倍でしたが、悩んでいては無くなってしまうと思い即予約を入れます。

上海から深圳へは中国国内線の航空券を別途購入します。
すぐに深圳まで飛んでもよいのですが、せっかく上海経由ですからどこかへ寄ってみたいと考えて、先述のように甪直に行ってみることにしました。
仕事のスケジュールも決定して、成田-上海-甪直-深圳-香港-成田の旅が確定しました。
短期間に移動ばかりする忙しい旅になりそうてす。


昨日の300年前に建設されたという景福橋に続いて、今日も正儀古鎮からです。
赤い帽子が縁起物を感じさせる赤ちゃんがいたのでそっとカメラを向けたのですが、すぐに抱いていたおじいちゃんにばれてしまい、ほらほら写真撮っているぞ笑って笑ってとやられてしまいました。
日の丸構図ですし面白くもないのでボツになるはずでした。

ですが、ふとあれっと思い、採用することにします。
服や顔つきから女の子だとばかり思っていたのですが、どうやら間違いだったと気付いたからです。
それにしても、朝の気温はまだ0度くらいだったはずですが、出しちゃってて寒くなかったのかなあと気の毒になる作例です。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/05 Thu

2012年快楽

M8/Biotar 75mmF1.5
明けまして、おめでとうございます。

年末年始の休みをいただいたうえでの新年の再開ですので、内容刷新と写真レベルの向上を検討したのですが、アイディアはなく撮影技術が一朝一夕に上達するわけもありません。
進歩なく、ひとまず今年も同じスタイルを続けることになりました。
よろしくお願いいたします。

それでは、年頭にあたって2012年の抱負を語ることにしたいと思いますが、なかなかそれも…。
ひとつは、昨年末にいわゆる旧エルマーと覚しきレンズを入手しましたので、いくつかある戦前の5cmF3.5というスペックのレンズを多用したいと考えています。
できれば、レンズ比較で構成や描写の違いを見極めたいとも思っていますが、そこまでできるかどうか…。

もうひとつは、やはり戦前のライツのレンズをがんがん使いたいということです。
わたしがライカを始めたころ、レンズの情報はライカを使っているカメラマンなどが書いた本がほとんどそのすべてでした。
カメラ店に通っている人は店から情報を得ることができたでしょうが、一定程度の知識がなければ店員さんと話をすることすらできませんから、ただただ本やらムックやらに頼るわけです。

そこで得られるライカレンズについての話では、ことごとくMマウントレンズの評価が高く、スクリューマウントの方は一部の例外を除いてことごとくひどいものだったと記憶しています。
特に、ヘクトール2.8cmF6.3、エルマー3.5cmF3.5、ヘクトール5cmF2.5、ズマール5cmF2、ヘクトール7.3cmF1.9に書かれたものはほとんどダメレンズだということぱかりでした。

これら戦前のライツのレンズたちはそんなにもひどいものばかりでしょうか。
確かに、古い設計で新種ガラスは使われておらず、コーティングもないので、コントラストが低くシャープネスもものたりないのは間違いないかも知れません。
ところが、このうちのいくつかを使ってみると、たいへん面白い写りをすることに気付きます。
バルナックライカではレンズを絞って使うのが当然ですが、開放で撮るとまったく違ったレンズの顔が見えて来るということではないかと思えるのです。

それと戦前の古いレンズは整備不良のケースが多く、写らないレンズだと誤解されているような気もします。
ぜひ手持ちのレンズでそういった誤解を解けないかと考えています。

レンズ全般が高価になってしまったため、こんなことくらいしか書けません。
今年は、これを入手しようとか考えることは少なくとも難しくなりました。
海外の市場に対してはせっかく円高のメリットがあるのですから、レンズの相場が少しでも下がることを今年の希望ということにいたします。
【M8/Biotar 75mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Biotar 75mmF1.5 | trackback(0) | comment(8) | 2012/01/04 Wed
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