像鏡頭一様

M8/Zuiko C 4cmF2.8
わたしが万年筆を好きになるきっかけは、万年筆そのものにありました。
かなり以前、おもちゃのような、それでもパーカー製の万年筆を使ったことがあるのですが、ペン先が引っかかる、インクが突然ドバッと出るなど、とても普段使いできるような筆記具とは言えないものでした。
それから万年筆なんてこんなものだと考えるようになって何年も経ち、くだんの専門店でモンブラン72という60年代のモデルを試し書きさせてもらったところ、これこそが万年筆だったと気付かされたというのが経緯です。

ペンを持つ手に力を入れず、ペン先を神の上に置いて動かすだけでインクが勝手に走り出して紙に定着するという感覚でした。
手を動かす速度や手の重みにかけ方などの変化を与えると、それを反映して線の表情も変化します。
自由自在というにふさわしい書き味を味わった瞬間でした。

すっかり気に入って注文すると、1ヶ月オーバーホールと調整に1ヶ月かかって納品されるとのことです。
とても1ヶ月先の楽しみを待っていられません。
そこで古いモンブランのコレクター書のような本を買い、それをもとにeBayで何本も落札してしまいます。
それらも当たり外れこそありましたが、わたしに形成されつつあった万年筆のすばらしさを確認するものばかりが手元に揃いました。

待望の1ヶ月後、万年筆があがりましたの連絡を受けます。
名人の調整を経たそれは、最初の好印象をずっと上回る最高のフィーリングで、もはや万年筆の大海に沈んでいくことに何のためらいもありませんでした。
一直線に突き進んでしまい自分でも怖さを感じないではないですが。

50年代以前のモンブランには、ライカやノンライツのレンズに通ずるものがあって、それも万年筆購入を助長させる要因になっています。
例えば、モンブランの各モデルはeBayにときどき出てくるという程度の頻度で登場し、あまり出ないレアモデルがあったり、一般的なモデルのレアバージョンがあったりします。
それパターンは、ライカやライカレンズのそれに似ていると言えます。

対抗するペリカンやゼーネケンというドイツの万年筆メーカーは、ツァイスやフォクトレンダーに相応するように思われますし、イギリスのオノトはダルマイヤーっぽいですし、パーカーはずばりコダックに相当しそうです。
かなり強引ですが、レンズの世界を連想させるだけの根拠はあります。

他にも万年筆とレンズを結び付ける要素はいくつもありますが、この辺でやめておきましょう。
あるいは、アンティーク腕時計やクラシックカー、パイプ、鉄道模型…、どれも同じような世界なのかも知れません。
どれかひとつを全うするのが正しい生き方なのだと思いますが、まずいことに二またになってしまいました。
後戻りはできそうにありません。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/26 Sat

火車站的故事

M8/Zuiko C 4cmF2.8
今夜、帰宅に向かう駅で心温まる光景を目にして、ちょっとした衝撃に包まれました。
普通であれば見過ごしてしまうようなことです。
向かいから初老の男性とその息子さんと思しき青年が歩いてきました。
発老の男性は盲目で白い杖を手にしており、青年が慣れた風にサポートしながら雑踏の駅を進んで行きます。

それだけであればごく普通の光景です。
わたしが衝撃を受けたのは、そのふたりがなんとも自然な美しい笑顔だったことです。
何かしゃべりながらだったので笑っていたのではなく、ふたりは無言で歩いていました。
にも関わらずあれだけの笑顔をふたりとも見せられるというのは、そのときふたりはお互いを信頼しきっていて、その相手とふたりでいることに最高の幸福を感じていたのではと直感したのです。
それに、ふたりの笑顔がまったく同じに見えたので親子なのだろうと想像しました。

そしてとっさに思い出したことがありました。
女優、グレタ・ガルボが晩年に言ったとされる言葉です。
正確には覚えていませんが、こんな内容だったはずです。

 わたくしの最大後悔は、結婚しなかったこと。
 この世で最も美しいのは腕を組んで歩く老夫婦の姿だというのに、わたしにはそうすることができない…。

わたしも老夫婦の姿を好いものだと思ったことはありましたが、この話を読むまでは美しいのだということに気付いていませんでした。
老夫婦の姿がなぜに美しいと感ずるのかはグレタ・ガルボとわたしで見方が違うかも知れません。
ひとりだけでも美しいのでしょうが、相手を信頼して身を寄せ合うことが相乗的に美しさを高めるのではないか、外見的な美しさを超えた内面から出てくる美が伝わってくるのではないかと考えられました。

それは、最初の親子のケースと通ずるのではないかと思います。
そうではなくもっと深い意味があるのかも知れませんし、単にわたしの錯覚だったかも知れません。
しかし、それでもわたしはこの一瞬の出来事で、心豊かに帰宅の途につくことができました。
そして、美とは何かということを少しだけ考えるきっかけを与えてもらいました。


アンダーな写真が続いているように見えますが、おとといと昨日はけっしてそうではありません。
木陰というもともと暗い場所で、レンズのくもりによる影響を配慮しつつ、被写体を求めて撮っていった結果です。
かなり以前には何でもかんでもアンダーぎみに撮ってひとり悦に入っていたのですが、それは違うと勘違いを鋭く指摘されて以降は暗い写真を避けてきた嫌いがありました。

Shasindbadさんのレンズ千夜一夜というブログを毎日拝見するに、多くが黒のなかの黒とも言えるシャドウの美を
とり入れた作品は、アンダーというのともまた違う美学があるようで、とても真似のできない世界を感じます。
せめてあの黒を出せないものかと実は模索しています。

その完全失敗作が、今日の作例です。
美しい女性が向かいから来たので、これもShasindbadさんから密かに盗もうとしている腰だめで撮影します。
このままではブログに掲載できないのは分かっていたので、顔を消すべくシャッタースピードを3段上げて、同時にシャドウを黒くシャドウも表出させようと試みました。
結果はこのとおり、説明がなければまったく意味不明の1枚です。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(2) | 2011/11/25 Fri

鋼筆画

M8/Zuiko C 4cmF2.8
今週は万年筆のネタで通すつもりだったのですが、脱線というか、そんな考えはすっかり忘れてしまっていました。
実は、昨日も仕事を終えてから銀座まで足を運んで、万年筆のペン先の調整をお願いして来ました。
縦に太く横に細い文字をイタリック体と言いますが、そんなペン先の万年筆が売られています。
ヴィンテージの万年筆のペン先も、同様の加工・調整は出来ないのですかと相談したところ、もちろんできる、との返事をもらいましたので、早速、昨日お願いに出掛けたのでした。

というのは、先日も書いたようにヴィンテージ万年筆を扱って調整まで依頼できる信用のおける店は限られています。
ここでは新品の万年筆も扱っているということもあってか、購入、修理、調整の依頼がひっきりなしで、受け取りまで1~2ヶ月待たないといけません。
イタリック体は、アルファベットで面白い味を出せますので、スペインでお世話になったダヴィドたちにクリスマスカードを書くのに使ってみたいと考えました。
もたもたしていると年越ししてしまいますので、なんとか年内早い時期に間に合わせてもらうようお願いしたという訳です。

そんな依頼をするよりは、イタリック体のペン先の付いた新品を買えば好さそうなものです。
しかし、万年筆はカメラやレンズよりもワールドワイドで歴史も匹敵する広大な世界なので、無制限に買っていてはレンズの泥沼どころか、万年筆の大海にドボンと沈み込んでしまうでしょう。
レンズではオールドの世界に限定しているのですから、万年筆も同様に1950年代以前のものに縛って購入しています。

万年筆メーカーは今では群雄割拠なのかも知れませんが、50年代以前、特に戦前となると、カメラでライカコピーの粗悪品があったように、怪し気なメーカー二級品、三級品と言えるものも多数あります。
あえて三級を買う必要はないですが、日本のライカコピーに名品が多かったように、万年筆でも同様なことが言えるようで、その辺を集める楽しみはあるようです。

個人的な好みの問題で、違うサイズが存在する場合は短いものを選ぶようにしています。
万年筆はどんなに短いものでもキャップを外して本体に付けることで、十分な長さが確保できるので、手のでかいわたしでも問題ないので、よりコンパクトな短い万年筆に惹かれるものがあるのです。
また、万年筆はインクの吸入機構が壊れては使うことができませんが、壊れにくいもの、壊れても修理しやすいものをと考え、どうしてもピストン吸入機構のものが中心になります。

購入したペンは二桁を超えました。
そんなに持っていてもしようがないと知りつつ、やはりレンズ同様にいろいろなタイプを集めたくなってしまいます。

作例は、日比谷公園名物のルーパ・ロマーナ像をスケッチする青年です。
ローマ建国の神話に由来するものだそうで、日独伊三国同盟締結時にイタリアから寄贈されたというので歴史の遺物と言えるのかも知れません。

スケッチと言えば、万年筆画という絵画のカテゴリーがあって、いま、静かなブームとも言われています。
水彩とペン画の好いところを合わせたなるほど素晴らしいものですが、字もまともに書けないのに、わたしには縁遠そうな世界です。
それでも、いつか写真が撮れなくなるなどしたら、挑戦してみたいと思わせる魅力があります。
ただ、そういうことを考えていると、万年筆画のためのペンを揃えたいなどと購入の口実にしてしまいそうなので、当面は封印するつもりです。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/25 Fri

鋼筆的故事

M8/Zuiko C 4cmF2.8
銀座まで出向いて手にしたモノとは、残念ながらレンズではなく万年筆です。

毎日毎日、仕事にプライベートにPCで文字を入力してばかりだと漢字が書けなくなっていっているのを実感します。
なるべく文字を書く努力をしなくては。
わたしは力を入れて書く悪筆なので、筆圧を下げて書く万年筆は絶好のアイテムです。
おかげで多少ですが、読める字を書くこともできるようになります。
筆圧が低いと疲れないというメリットもありました。

また、万年筆は趣味の高いアイテムだということにも気付きました。
もちろん現在でも多くのメーカーが競って新作を出していますが、わたしはそれらに興味はなく、もっぱらヴィンテージと呼ばれる古い万年筆を使います。
古い万年筆を手に入れる方法はレンズ同様で、eBayや専門店がメインになります。

ありがたいことにeBayのこの分野にはまだ中国人が進出して来ていないようで、だいたい相場より安く収まります。
時には、とんでもなく安く落札できてまうことがありますが、ヴィンテージ万年筆人口がそれほど多くないということが理解できるような気がします。
ただ気を付けなくてはいけないのは、万年筆をきちんと整備してから出品しているeBayerは少なく、うっかりするとすぐに故障して修理が必要という事態になる可能性が非常に高いのです。

万年筆の修理をするところは日本には案外少なく、相応の出費と期間を覚悟しないといけません。
レンズ、カメラや時計と同様に中国で安く修理できないかと探しましたが、未だ見つかっていません。
購入の時によく確認しないとかえって高く付く心配があるわけです。
修理費を考慮してそれでも十分安いと判断できればいいですし、怪し気だったが着いてみるとすこぶる調子いいこともあり、運が左右する買い物と言えるようです。

以上は、主に万年筆のインクを吸入する機構に対しての話ですが、ボディのコンディションに関することであれば問題はより深刻です。
古い万年筆はセルロイド製のものが多くクラックとかヘアラインと程度によって呼び名の違うキズがある場合があります。
当然、説明文に明記されるべきですが、気付かないのかわざとなのか、時おり到着して初めてそれに気付く場合もあります。
それらの修理も不可能ではないようですが、そんなものが届いたときは基本的にそれらキズを騙し騙し使うしかありません。
不運だったと諦めるか、自業自得と泣くしかないのです。

そんな心配をしなくていいのが国内の専門店での購入です。
非常に細かいところまで正確に説明がありますので、安心して購入することができます。
そして、より重要なことはペン先を調整してくれることです。
万年筆はいろいろな要素がそれぞれ機能を果たすことで、完璧な筆記具として成立するものだと思いますが、中ではペン先がもっとも大切な役割を持つことは言うまでもありません。

それを書く人のクセまでをも考慮して、完璧な調整を施してくれるのが、今回購入した専門店です。
この調整がなかったり、いまいちだったりだと、ペンポイントが引っかかりぎみで指先にストレスを感ずるなど、万年筆の良さを味わうことができません。
いや、完璧な調整を経た万年筆を使ったことがない人がほとんどなため、万年筆人気が一部にとどまっているのだと思われるくらいです。

わたしは、たまたまこの専門店の扉を開ける機会があったため、このすらすらっと書ける味わいを知ることができ、万年筆の沼にずぶずぶとはまりこむことになりました。
片足はレンズ沼に、もう一方は万年筆沼に。
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/23 Wed

奥林巴士的鏡頭

M8/Zuiko C 4cmF2.8
今日からは都内です。
先週、依頼していたものが約2ヶ月かかってようやく仕上がったと連絡があり、土曜に銀座まで取りに行って来たのです。
藤沢くんだりから銀座まで出るとなると、ただ往復するのではもったいないと考えてしまいます。
時間に余裕があればがんがん歩きまわっても、また谷根千あたりに繰り出してもいいですが、今日は千代田線を霞が関で降りて、日比谷公園を抜けて銀座まで歩くことにしました。
時間のない時のわたしの定番コースです。

こういう短時間の散歩では、軽い装備ということで、まずはついこの間のスペイン旅行の帰途のロンドンで購入した小型バッグのハドレーSをまず手にし、カメラはいつも通りのM8でいいとして、レンズを何にするかが悩むところです。
ところが今回は、オリンパスの問題が発覚して連日報道されるようになって、そうだと思い出すレンズがあったのでそれに即決できました。

それは、ある程度量産されたレンズとしてはオリンパス唯一と言えるライカスクリューマウントレンズのズイコー4cmF2.8てす。
比較的数の少ないレンズのようで、4cmという中途半端な画角、F2.8というこれまた中途半端な明るさにも関わらず相場はけっこう高く、当時8万円くらいで売られているものが多い中で、ファインダーとケースが付いて4万円ほどと格安に手に入れました。

理由は簡単で、レンズにくもりがあるという説明だったのです。
普通の人は手を出さないのかも知れませんが、くもりが取れれば好いですし、最悪の場合研磨してもらっても通常の価格より安く入手できたことになるので、考えた末に買うことにしました。
たぶん、2~3年前のことと思いますが、その後なかなかクリーニングに出す機会に恵まれず、すっかり忘れてしまっていたところへ、先の事件が起こったためあっとこのレンズを買ったことを思い出した次第です。
そういう経緯なので、くもりの影響が撮影結果に如実に現れる作例が続くことをご容赦ください。
ついでに言えば、大王製紙が印画紙を製造していたならM8ではなくM6になっていたでしょう。

オリンパスを選択した理由はその程度のことですが、今の報道を見る限り不祥事の原因は一部役員にあるだけで、それ以外の大多数の関係者の方たちは、事件に関わりなくいわば巻き込まれたかたちの被害者と言えるのではないかと思います。
こういう比較は非難されてもやむを得ないかも知れませんが、福島の原発事故によって風評被害にあわれたり、避難生活を送られている方と立場は近いような気がします。
かつては、素晴しいカメラやレンズでわたしたちを楽しませ、いまでは優れた内視鏡で消化器などの検査で健康を守ってくれている同社に対して、こういう時こそエールを送りたい気持でレンズを選び撮影に及んでいます。

そんなくもりレンズは快晴のこの日、普通に撮るとコントラストの極端な低下など、条件的にかなり厳しいものがありました。
しかし、たまたま出掛けた日比谷公園の多くの場所は木陰になっていて、レンズのダメージをも隠すのに役立ちまジた。

ペンタックスやミノルタのように合併などイヤです。
頑張れ、オリンパス!
【M8/Zuiko C 4cmF2.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Olympus Zuiko C 4cmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2011/11/22 Tue
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