3K 5cmF1.5
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/29 Mon

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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/25 Thu

ひとり旅の愉しみ

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チェントンについて記載があるちょっと古い本を読んだことがあります。
何冊かミャンマー、ビルマ関連を読んだので正確に記憶していないのですが、たぶん、アメリカ人ジャーナリストによる軍事政権真っ只中のルポルタージュのようなものだったと思います。
確かこういう記述でした。
チェントンの町並みは茶色い屋根の家が連なっていて、たいそう美しい…。
わたしは、町並みの美しいところを求めて旅しているところがなくはないので、こういう記述を読むといつか訪れたいと思い、記憶はすっかり風化してしまっても、チェントン、町並み、美しいの3つの単語は頭のどこかに残るようなのです。

現在のチェントンはその本の当時とはだいぶ変化してしまったようでした。
ここ10年くらいのあいだに建てられたのだろうと分かる、まったく魅力ない建物ばかりになってしまっています。
しかし、ところどころあの本で記載されていた茶色い屋根で白い壁のこの町の伝統を感じさせる建物が残っていて、当時の様子を想像するのは不可能ではありません。
それにしても、こんな家が並んでいたとすれば、当時のルポが言及しなければならなかったのも大いに納得します。
現地の人にだってそれだけの町並みだったら自慢だったはずで、それを壊してしまうほど住みにくい家だったのか、政治的な力が働いたのか、いずれにしても残念なことでした。

作例写真は、あまりに立派過ぎて町並みを形成するような建物ではありませんが、屋根と壁の色は他の家と同じなので、チェントンを代表する家だろうととりあげてみることにしました。
ガイドしてくれた小龍クンに聞くと、ここは法律家の家とのことでした。
この地域の裁判所のいちばん偉い人が住んでいるのか、もしかしたらここ自体が英国領時代から続く裁判所なのではとも思えます。
わたしも小龍クンも英語が得意ではないので、このような話になっても正確なところが分からないのが歯がゆいですが、この程度の解釈でもチェントンを少し理解するには十分なような気もします。

チェントンだったり、チェイントン、チャイントンとこの町の日本語表記が多すぎると嘆いたところ、ラオスで出会った竜クンからチェントンはタイ語読みからの表記から取っていると教えてくれました。
わたしはその竜クンがチェントンと表記していたのを真似したのですが、結果的にそれで正解だったと安心しました。
というのはチェントンのマジョリティはシャン族で、シャンはシャムと同語源のつまりはタイ人と同じ民族だと聞いたことがあるからです。
ガイドの小龍クン(竜クンは日本人、小龍クンはシャン人ですが、ややこしくてすみません)によれば、シャン人が日常に話すシャン語はほぼタイ語と同じだそうで、テレビもタイの放送が普通に流れていました。

竜クンからまた便りがあって、今度は昆明から南に雲南地域を周ってラオス、タイと旅して来たようです。その雲南地域は西双版と言われるエリアで少数民族の坩堝ですが、多数を占めるのが泰族です。
泰族は仮名表記するとタイ族なのでやはりタイ人、シャン族と同系民族のはずです。
彼らもタイ語に近い言葉を話すのならタイ語が得意な竜クンはコミュニケーションてきたことでしょう。
そんなことを含めて彼の旅がどんなだったか報告会でもやりたいですねと返信しました。
機会があればいいのですが、彼は中部地方在住なので簡単に会うと言うわけにいかず、まだ実現していません。

かつてわたしが旅のバイブルとして読んだ高坂知英氏のひとり旅のシリーズには、旅に3つの愉しみあり、計画する愉しみ、旅しているときの愉しみ、帰ってから振り返る愉しみ、だとのことでした。
むかしは計画するのが旅行中と同じくらいの愉しみだったのですが、情報が簡単に手に入るようになると計画はそれほど愉しみでなくなり、今では旅を振り返ることがそれに置き換わる愉しみになっています。
気分を味わうだけでも旅は十分に愉しいですが、研究すると言うことはさらに愉しみを広げてくれることに気付きました。
竜クンはまさにそういうタイプの旅人でした。
旅先で唯一出会った日本人がそういう人で、本当に幸運でした。
すぐには会えないのが残念ですが、細く長く関係を築けたらと思っています。
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/21 Sun

シャン州のおいしいお酒

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昨日書いたようにコルカタ空港で長い搭乗待ちした後、2回航空機を乗り継いで関西空港に到着しました。
諸事情あって東京ではなく関西行きを選択しましたので、今回も奈良に宿泊することにしました。
今回、タイやミャンマーで小さな仏像を手に入れたこともあって、仏像通の青年が始めた奈良町のゲストハウスに行ってみました。
予約するのを忘れて直接訪れたところ、開口一番わたしの名前を呼びながらお帰りなさいと言ってくれました。
2月の世界一周スタート時に泊って以来2回目でしたが、わたしの名前を憶えていてくれたことに感動しました。
仏像とか中国人宿泊客のこととかそんな話で盛り上がりました。

翌日、用事を済ませてから高速バスで自宅を目指します。
奈良から近鉄線の急行に乗って40分くらい、竹田という駅で降りて高架道路沿いに10分も歩くと、高速バスの京都深草のバス停に着きます。
自宅から比較的近い東名厚木バス停まで6時間の長旅ですが、ここ4ヶ月ほどで長距離バスには何度も乗っているのでなんのことはありません。
すでに2~3度乗ったことがあるバスは、3列シートでリクライニングが深くて快適です。
ただ、バスのシートの快適度でいうと、タイやミャンマーで乗ったものも同程度に感じられますので、この分野では日本に優位性は存在しないと言えます。
ただし、中国では外観のみ豪華なサスペンションのヘタレたバスが走ってますので、北朝鮮などを除けばアジア最悪と思われます。

もう少しバスのことを書けば、わたしはJRバスを利用しているのですが、この予約システムは中国並みです。
いやもはや中国でもこんなシステムは動いていないですか。
何しろ驚くのはオンライン予約にも関わらず、夜中はお休みしてしまいます。
また、的確な路線や時間を調べるのにたいへん難儀します。
チケットもすごいことになっていて、もちろんeチケットと言う概念はなく予約完了メールが届くのですが、このリンクから発車30分前以降にアクセスしてチケットページに辿り着かなければなりません。
わたしはここまで行けたことがなくメールを見せて乗車していますが、たぶん同様のトラブルが多すぎて利用者の抗議が殺到し、車掌さんが対応に疲れてメールで良しとしてしまっているのでしょう。
このサイトに英語版があるのかは知りませんが、安いJRバスに外国人利用者を見ないのはオンラインでチケット購入ができないからではないでしょうか。

そういえば、チェントン郊外で蔵元から買ってきた酒は意外にいけました。
クセのない米焼酎の澄んだ味がします。
ひとりで飲んではもったいないので、酒好きの旧友に賞味いただこうと思います。
作例写真は、その蔵元で撮ったものです。
子どもたちが一点の曇りもない澄み切った顔をしているように見えます。
彼らのお尻の下にあるのが原料の米ですが、澄んだ味の秘密を見たような気がしました。

わたしが旅してきた地域では多くの農家で自家製の酒を造っていました。
中国の雲南、貴州、湖南、四川などは有数の穀倉地帯なので、コメ、トウモロコシ、その他の日常の穀物がそのままお酒に生まれ変わります。
ベトナム北部の少数民族の村でも同様です。
酒もどぶろくのような酸っぱいのから、日本酒のようなの、焼酎タイプとさまざまで村によって好まれるものが違っていたり、オールマイティに造ってTPOで飲み分けていたり、東アジアの人は総じて酒好きだと理解してよいのでしょう。
ところが、タイではあまり自家製のお酒のことを聞きませんでした。
沖縄の泡盛はわざわざコメをタイから輸入しているそうですが、それならタイの農家で酒造りをしていないはずがありません。
わたしの調査不足でしょう。

ただ、ミャンマーの北東部のチェントンを含むシャン族のエリアは、やはりあまり農家で自家消費用の酒は造らないようです。
作例の購入したところでは量り売りはしているし、酒好きそうな旦那さんが毎晩楽しんでいそうですが、本来は大手の酒商に卸しているそうです。
中国語のパッケージがおかれていたので見ると、雲南米酒と書かれていました。
誇り高いシャン族の酒がまさか中国の酒として売られているとは、漢字を読めない彼らには知る由もないことのようです。
今や中国とミャンマーの物価はとんでもないくらいに広がってしまったので、この酒商はかなりボロい商売になっているに違いありません。
むしろ中国製でないだけに、この雲南米酒は安心して飲めるお酒ということになるのかも知れません。
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/20 Sat

握手は拒んだが

Voigtlander 20.5cmF4
ダッカのレストランのポスターにあった古い建物のことをホテルのマネージャー、モハンメド君に話すと、それはプティヤのことだと思うと説明してくれました。
ラッシャヒからバスで1時間かからないとのことで、さっそく今朝出掛けてみました。
モハンメド君はとても親切で、通りまでいっしょに降りてきてくれてバスの出発地点まで行くようオートリキシャに交渉してくれました。
こういうケースではリキシャからコミッションを取るホテルマンが多いのですが、リキシャ料金はわずか30円ですので、この真面目な青年がそこから10円ピンハネしているとかちょっと考えられません。
プティヤを通るというバスがちょうど発車するところに到着して、リキシャマンがバスの車掌に何やら告げると入り口の人がさっと道をあけて通してくれました。
恐らくモハンメド君は料金交渉のみならず、わたしが乗るバスを見つけるようにも言いさそらにバスで不便がないよう車掌に伝えろということまで指示したようです。
座席は埋まっていたはずなのに子どもが移動したりして1席空き、そこへ座ってと促されました。

そんな乗車をしたのでそのあとが少したいへんでした。
周囲の人から、ユア・カントリー? に始まり、名前を聞かれ、年齢を聞かれ、仕事を聞かれし、それは他の座席の人にも伝言ゲームのように伝わり、わたしのプライバシーは乗客全員に筒抜けなばかりか、後から乗車した人にまでわたしに気付いていないのに、その情報がもたらされてしまっているようでした。
好奇心の眼がすべてわたしに注がれているような状況ですが、どうしてこんなことになるかと考えると、それはひとえに外国人がまったくいないからということでしょう。
空港を除いて、わたしはダッカで2人西洋人を見かけたほかは一切の外国人をも目撃すらしていません。
見かけた西洋人のうちひとりはカナダから来た英語の先生でしたが、もう30年もいろいろな国で英語教師をしていると言う人で、もうひとりも別に見ましたが旅行者風でなかったので同僚だったかも知れません。
わたしはただのひとりも外国人旅行者を見ていないということになります。
これまでの東南アジア諸国ではヨーロッパを中心に実に多くの外国人旅行者を見たり、会話したり、宿が一緒だったりと接してきましたが、なぜかバングラデシュには旅行者がまったくいないのですが、その理由が分かりません。

プティヤに着くと、さあどうぞという感じで周囲の乗客にうながされ、古い建物があるのは向こうの方ですと教えてもらいながら下車します。
乗り込む人はバスが発車しかけている中なので、なんであいつにだけ親切なんだと不思議に思ったかも知れません。
テンプルはあっちと表示があったので、町の道を10分も歩くと忽然と作例の建物が現れました。
何もないようなところで突然見たヒンズー寺院は衝撃です。
いずれも遺跡なのでわたしの本来の好みではありませんが、18~20世紀に王朝もあったため建築様式の違うヒンズー寺院が10基ほども残されたというのは、歴史的に見ればたいへんなことです。
建築ファンの人、遺跡マニアの人は、知名度が低いバングラデシュのプティヤは観光客がほとんどない中でじっくり見物できることからもお勧めしたいと思います。
ラッシャヒのエリアにはこのほかにも実に多くの遺跡があると聞きましたので、併せて行かれてみてはいかがでしょう。

バスを降りたところに戻って食事をしようと考えていたのですが、暑さとバングラデシュのワンパターンの食事を考えると気が進みません。
そんな時、電車の中などでラッシャヒに行ったらマンゴーが名物なので食べるよう言われていたことを思い出しました。
道端に自分の家で採って来たと思われるマンゴーをいっぱい並べた朴訥とした農家のおじさんがいたので、マンゴーはここで切ってもらえるか聞きましたが、言葉が通じません。
しかし、この程度のことなら言葉はなくとも仕草で通じるものです。
マンゴー3個を切ってもらいその場でぱくぱくと一気にいただきました。
よく言う熟しきったものとは違うみずみずしいタイプで、癖のない自然の甘さが舌でとろけてこんなに旨い果物は何年も食べていないと思えるほどでした。
いくらか聞くと、食べっぷりのよさを気に入ったのか、金はいらないというではないですか。
いや、そんなわけにはいかないと押し問答になりましたが、ついに1円たりとも受け取ってもらえませんでした。
わたしがあったバングラデシュ人の中でいちばんフレンドリーだったと言えるのがこの人です。
このやり取りのせいで、人がわっと集まったので、この中からおじさんのマンゴーを買ってくれた人がいればよいのですが。

モハンメド君は、時間があればさらにナトールという町にも同様の遺跡があるのでいかがかと勧めてくれていました。
ナトールは地図で見るとラッシャヒの少し離れた隣町という存在で、そのちょぅど真ん中にプティヤの町があります。
つまりさっき乗ったのと同じ方向のバスに乗れば、バングラデシュの文字が読めなくても、仮に言葉が通じなくても簡単に行けるはずと気付いた通り、わたしにしてはごく簡単にナトールまで到着しました。
しかし、遺跡まで行くとゲートがあって入場料500タカ(約800円)ほどだと言います。
バングラデシュ人の料金は10タカだというので、そんな極端な二重価格を付けるからこの国には外国人が来ないんじゃないかとチケット売り場で悪態をついて、切符購入をあきらめました。
せっかく来たのですから見ない手はないのかも知れませんが、あっさりあきらめるところがわたしが遺跡に関心が薄いことを示しているのです。
仕方なく遺跡の入り口近くのお茶屋さんで紅茶を飲みましたが、支払い時に値段を聞くと4本指を立てたので40タカ(65円くらい)渡すと、違う4タカだと怒られました。
ティーバッグとは言え熱い紅茶が7円弱とは、これで商売になるんでしょうか。

ナトールでは親しげに話かけてきた人たちと話をしているうちに、ロンギーを買うことになりました。
わたしはミャンマーで愛用していたロンジーが、バングラデシュではロンギーとして愛好されていることを知ってここでも着続けていたのですが、違いがあるのか聞いたところ、それなら買ってしまってはどうかと言われたのです。
ロンギーは、ロンジーよりも2まわりくらい大きいことが分かりました。
ロンジーはウエストのところで巻いていましたが、ロンギーではお腹のところくらいで巻かないと下を擦ってしまいます。
そんなことが分かっただけでも購入の価値ありと思って彼らに礼を言って別れようとすると、我々は仕事がない金をくれと言われました。
それまで友達だなんだと言って接していただけにショックを受けて、わたしの友達には貧乏な奴もいるが金の無心をされたことは誰一人としてない、すまんが今まで話したことはすべて忘れてくれと彼らの握手を拒否して立ち去りました。
お互いにかなり後味が悪かったと思います。
お金をくれの部分はともかく、バングラデシュの地方に来れば仕事がないは現実でしょう。
貧乏旅行というレトリックに富んだ言葉が、しばらくわたしの頭から離れませんでした。
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/17 Wed

シェイクスピアの青年

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朝、目覚ましの音で目を覚ましましたが、それ以上によく聞こえたのが雨の音でした。
気になって窓のカーテンの隙間から覗くと、前の道路が完全に冠水して川のようになっています。
このオールドホテルは川に面していてリバーサイドにあることを自慢にしていましたが、大雨で両サイドが川になってしまうとは…。
しかし、コロンボでも同じことを聞きましたが、なぜか雨が降るのは夜が多いらしく、シャワーを浴びて朝食をとっているうちに雨はあがって、いつの間にか洪水かと思っていた道路もほとんど水は引いていました。

昨日会った青年が、サッカーのワールドカップアジア予選の試合かあると言っていたので、それを観戦してから、夕食を食べた食堂のウェイターから古い建物が多いと聞いたラッシャヒという町に夜行列車で行くことにします。
スタジアムと駅は比較的近いのですが、昨日の続きでホテルから駅までが難儀しました。
タイならトゥクトゥクと呼ばれる3輪タクシーで向かったのですが、やはり渋滞の連続でわずか7キロに1時間半かかってしまいました。
この3輪タクシーがタイのトゥクトゥクと違うのは、客用の座席が細かい格子で囲われていることで、客を引ったくりから守るためか、客が支払い前に逃げないためか、いずれにしても独房に入れられたような激しい息苦しさを感じます。
何かひどいなあと気分悪く乗車していましたが、自動車やバスに邪魔扱いされながら排ガスの中をふらふら走る3輪タクシーの動きを見ていたら、もっといい仕事をしたいと考えながらも3輪タクシー以外に仕事を見出せない運転手の方が、むしろ独房に入れられて身動きできないも同然なのだと思えてまた辛くなってきました。

残念ながら当日のラシャヒ行きは売り切れていて、明日の6時の便があると言うので購入しました。
すると、そのやり取りを見ていた隣の窓口で切符を購入していた青年が、手助けが必要かと近づいてきました。
切符は買えたので大丈夫と言ったのですが、彼はこれから行こうと思っていたオールドダッカに住んでいる大学生で今日は講義がないからこれから案内すると言います。
駅でこういう手合いはあまりに怪しいので一旦は断ったのですが、意外にも向こうから学費の足しにしたいのでガイド料をくれればと言ってきたので、値段を聞くと200だというのでたった300円なのでOKしました。

彼の名はハサン、イスラムの名前はみな同じだなあと思っていると、彼は無宗教だと言います。
5年ほど前に宗教を理由に対立ばかりしているのに憤ってイスラムを捨てたそうです。
だからポークは好きだし、ビールやワインも飲んだことがある、苦手だけどと微笑んでいます。
大学の専攻は英国文学でシェイクスピアを勉強していると言いますが、もし、わたしがシェイクスピアを読んだことがあれば内容を追及するなりして彼のウソを見抜けるのではと考えましたが、読んだことはないのでこれは断念します。
とにかく、おかしなことはないか様子をみようと案内に従えば、実に的確にわたしをいろいろな場所に連れて行ってくれます。
オールドダッカにはもともと名所と言うものが存在しないのかも知れませんが、観光客が見たがるものではなく庶民の生活をというリクエストを出していなかったにも関わらず、そんな場所ばかり行くのでわたしは楽しくて仕方ありません。

まずは市場からで、野菜や果物の山は首都の市場らしいのですが、その直後に品物がどういうルートで運ばれてくるかを教えてくれます。
市場の南端は河口に面していてそこにおびただしい数の小舟がつけられ、バナナやパイナップルが荷役の頭に乗せられ次々と運ばれていました。
そのあと楽器屋街で平置きして使うアコーディオンのような楽器を弾いてもらいました。
木の本体にメーカー名が刻印してあったので大きい会社なのかと聞くと、それはウチのことだと言い、その楽器を製造しているのがまさにその店だと、裏で職人が製造しているところを見せてくれます。
さらにはヒンズー寺院に飾る神々の像を作っている人の紹介があり、これはカリー神でこちらはシバ神などと説明しながら2週間ほどでできるからあなたも何かオーダーしないかと勧められます。

こんな調子で書いていたらキリがないですね。
サッカーも彼と一緒に見ましたが、チケットはブラックマーケットで買うと言うので高いかと思えば逆に1枚150円が2枚200と安くなっていました。
先制したバングラデシュでしたが、残念ながら後半40分過ぎにフリーキックで追いつかれ無念のドローも、かなりの盛り上がりを体験しました。
サッカーが終わるとすっかり暗くなってここで彼とはお別れかと思ったのですが、ホテルの近くに仏教寺院があるからとなおも案内してくれました。
こうなると何か法外な請求があるのではと不安は高まるばかりです。
ホテルに着くやまたダッカに戻ったら電話してと連絡先をくれたので、わたしは言われた金額ですと手渡すと彼はにこっと笑いながら明日から気を付けてと暗い街並みに消えていきました。
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/15 Mon

わたしの町へおいで

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やはりというべきかホテルのウェイクアップコールはすっかり忘れられて、迎いのバスが来たと4時25分に起こされます。
慌てて身繕いしてワゴンに乗り込み真っ暗なニガンボの町に別れを告げました。
わたしは前日にバンコクでコロンボ経由ダッカまでチェックイン済でしたので2時間も前に着く必要はありませんが、ただで手配してもらっていて文句を言えるはずもなく、空港でぼんやりしているしかありません。
フライトはさいわい時間通りで、到着後さっそくバングラデシュのアライバルビザの列に並びます。
前夜は気付いたら寝ていた状況なのでダッカのホテルは予約しておらず、ビザの前提が宿泊の確保とのことで係員と揉めますが、適当なホテルの名前を書かされ、前の中国人が支払っていたビザ代もなぜか不要で放免されました。

ホテルの予約を忘れていましたが、さいわい空港でWIFIが使えたので、ホテル予約しようとしていると、ウチは空港一ホテルが安いのでと係員が来たので、あまり期待せずに付いていきました。
やはりホテルは80ドルだと言うので高くて泊れないと言うと、60ドルに下げるがどうだと聞きますがやはり高いと断りました。
50ドルではダメかと聞き、ホテルまで送迎しての最後の価格は40ドルだと言うので悩んだ末OKしました。
しかし、着いてみるとそのホテルは最初の80ドルのホテルとは別で、そのホテルのボトムは60ドル、こちらは50ドルのところが40ドルまで値引きできる別ホテルということのようです。
老朽化激しいところでやられたと思いますが、確認せずにOKした自分の責任です。

ホテルまでの道のりがまたたいへんでした。
空港から8キロと聞いていましたが、とんでもない渋滞にはまり何と2時間かかりました。
そのワゴンには恐らく80ドルのホテルに向かっていたと思われるインド人親子が同乗していましたが、自分たちのホテルがここではなくまだ7キロ先と聞いて白目が飛び出さんばかりに驚き嘆いていたのが印象的でした。
道路では渋滞でどうにもならないのに無暗にクラクションを鳴らすのが多く、排ガス公害と合わせてイライラさせられます。
中国やその他の東南アジアでもあることですが、ダッカでのクラクション公害はより深刻です。
あまりにみんなが鳴らすので誰も音に関心を持たず、それにイライラしてもっと長くクラクションを流し続けることが輪をかけていました。
こういうシーンだけ見ていると、そこをどけ俺が通るんだとわがままを言っているガキんちょが大量にいるようなものです。
バングラデシュは小さな国家を除くと世界一の人口密度だそうで、あいつがいなくなっても次のが来ての繰り返しでメビウスの輪の真理を見たような気分でした。

こんな状況にひとり置かれてその国を好きになれるでしょうか。
もともとインドへの強い偏見があったわたしには、すぐに耐え難いまでの状況になり。
この国で何をどうするかも決めていなかったこともあって、途方にくれながら町を歩きました。
15分も騒音に耐えながら進んでいくと鉄道駅があり、さっそく特急と思しき列車が通過していきました。
線路上に多くの列車待ちの人が待機していましたが、気付いたらみんな線路脇に避けて特急をやり過ごしていました。
感心していると青年が話しかけてきて、しばらく仕事のこととか雑談をして、彼の同僚とボスだと言う人も加わって何と言うこともない話が続きました。
そこへローカル列車がやって来ました。
予想通り列車は満員で、テレビなどで見るようにドアからは人があふれて屋根にも何人かが当たり前のように乗っかっていました。
3人は隣町まで1時間半の道のりを通勤していると言っていましたが、毎日だったらわれわれの通勤の大変さの比ではありません。

手を降って見送っているとボスのおじさんが、いっしょに行こう、ヘイ・カモン!とわたしに乗るよう誘いました。
えっ、と思ってから、一瞬行ってみるかと考えました。
常識的に考えればこの状態がすでに危険ですし、更にこの後の駅もあって深刻度は増すでしょうし、明日の朝はもっとひどいかも知れません。
ところが、どうにも距離を感じていたバングラデシュに対して、カモン!と言われたときに、その間の距離が蛇腹を一気に収縮するように縮まったような気がしたのです。
彼ら3人が強く来いと言うポーズをとったところで現実に引き戻され、やはりまずいよなと思って明日また会おうと答えました。
事前にフェイスブックのアドレスを教えてコンタクトもらうことになっていたので、そのやり取りで明日ならそっちへ行ってみるかとも考えます。
彼らは、ぎりぎり辛うじてドアの手すりにつかまっている状態で、じゃあまた明日と握手したときはわたしの指先の力で地面に落とされれるのではと心配になるほどでした

帰り道は雨模様で、傘を差さざるを得ませんでしたが、意外なことにヘジャブを被っている女性で傘を差す人はほとんどなく、この民族衣装の便利さに感心したりしました。
そんな矢先見かけたのが今日の作例の風船売りの女の子です。
信号待ちのバスの乗客に売込みしていますが、商談が成立した気配です。
ここで問題です。
このあとどうなったか次の3つから当ててみてください。
①風船が2つ3つ破裂して通りが一瞬静まる
②乗客がすべての風船を買ってバスの中に無理やり入れる
③撮影していたわたしに少女から金をよこせと言われる
はい、みなさん全員正解です。
見ている間に①から③まですべてが起きて、少女に追いかけられながらこれぞバングラデシュとわたしは絶句するしかありませんでした。
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/14 Sun

タイ猫の生活

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2月末に旅を始めてからすでに3ヶ月半が経ってしまいました。
歳のせいで時間が早くて困りますが、それ以上に旅をしていること自体が時間を加速させているようです。
これまで日本を含めると、韓国、中国、モンゴル、ベトナム、ラオス、タイ、マレーシア、シンガポール、ミャンマーと十ヶ国を旅したことになりますが、モンゴルを除けばいずれも訪れた経験のあるなじみのある国ばかりです。
これからバングラデシュを振り出しに、わたしには未知と言える南アジアと中東に入っていくことになるので心と体の準備が必要です。

南アジアにはかつて一度だけ滞在したことがあります。
アメリカの航空会社が世界一周の格安航空券と言うのを売り出して飛びついた時ですから、いまから20年近く前のことではないかと思います。
単純にヨーロッパ往復にすればいいだけのところ、東京-香港-デリー-ロンドン-サンフランシスコ-東京というチケットを買いました。
eチケットのない紙航空券の時代ですので、5枚綴りになったチケットは目的地を含めて単純な欧州往復よりも魅力的に見えました。
そのとき、デリーでは降機せずにそのまま通過ということもできたのですが、せっかくだからと次の日の同じ便に乗ることにして1泊しました。
初インドはわたしにとって耐え難いもので、あちこちで金を要求され、友達だからと案内してくれた奴にまで最後にガイド料よこせと言われ、暑さに倒れそうになり3食すべて激辛カレーと何一ついい思い出がありません。
インドは旅人に人気の高い国ですが、わたしに限っては2度と行こうという気にならない地図上から消したくなる国になっていました。

中東ではUAEに行ったことがあります。
今でこそ世界一高層のホテルとか中東きってのリゾートとして人気があるようですが、やはりわたしが訪れた20年前は未知のベールに包まれた国でした。
大きなインド人街が町中にあって労働はインド人が、公務員的なことはUAE人がと仕事が住み分けられているように見えました。
当時の日本も同様だったでしょうから偉そうなことは言えませんが、自分たちは楽なことをやって辛い仕事を外国人に押し付けている嫌な奴らのように感じた記憶があります。
英語はよく通じたにも関わらず、どうも相手が見下して話しているような感覚がつきまとって、結局、誰一人として親しい間柄になるというようなことはありませんでした。
イスラム社会に対する偏見ができた一因もこのときのUAE旅行だったように思います。

いずれにしても南アジアや中東地域によい印象を持っていないことは確かです。
経験上、相手国の人や文化をリスペクトする気持ちが無ければ、好い旅はできません。
日本を出発してからすべての国でそれなりに好い出会いを持ちそういう旅を楽しみ続けてきただけに、この勢いでバングラデシュに入ってしまうと、一気に気持ちが沈んでしまってこの国の民度はどうだとか、だから貧しさから脱出できないとか、そういう方向に旅が思い通りにならないことを言い訳することが目に見えています。
そこで気分をリセットするためのバンコクでの休息ということにもなったわけです。

さて、今日もなじみの宿を出て、なじみのソムタムを食べ、なじみのマンゴースムージーでクールダウンします。
ただ、今回はホテルに戻らず、タクシーにも乗らずで、乗合トラックのソンテオで目的もなく少し開けたところまで出てみました。
ソンテオは高架鉄道駅の少し先まで行っているようで、みんなが駅で降りる中、終点まで乗ってみました。
ソンテオの溜まり場のようなところへ出てしまい、しまったと思いましたが、そのまま道高架鉄道の下の道路を進むと、ちょっと変わった店などが並んでいて興味を惹かれました。
面白かったのは、バイクタクシー運転手が着る番号の入ったチョッキのような服の店が集まった一角で、みんなこういうところから仕入れているのかと感心しながら撮影していると、店主と思しきにこやかな男性からあなたも1着作ってみてはと勧められました。

さて、作例はそのさきにあった何屋さんか不明の店ですが、ショーケースの上の猫の居眠りに微笑ましい気持ちでいると、おばさんにケースの中を指さされました。
猫が斜めあおむけになってバンザイしながら難しい体勢のまま熟睡していました。
どうやらこのあたり一帯の名物猫らしく、通りかかる人みんなが様子をちょっと観察したりしながら通り過ぎて行きます。
わたしが撮影しようと道に出ると車が来たのですが、避けようとするわたしにいいよいいよ先に撮影しなと運転手が手で合図してくれます。
こんな寝姿アイドル猫に会えたのは、一見不便と思える旅行者が敬遠するような下町ホテルを選択したからとも考えられます。
この猫によってバングラデシュモードに入れたような気がしてきました。
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Zorki ZK 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/06/12 Fri
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