虫が植物に

Raptar 50mmF1.5
わたしは旅行してもあまり観光のようなことはしません、そう常々言っていますが、一方で古い街並みが好きなのでよく行くとも言っています。
これは明らかに矛盾で、わたしは、古い街並みの観光はしますが、それ以外はあまりしませんと訂正すべきでした。
何度も書いているように中国には古い街並みが残っているエリアを古鎮と呼びます。
広大な中国では、山間の寒村や水郷の村など交通手段が遮断されているために、100年前の村がそのままに残っていると言うところがけっこうあったりします。
水道や電気などの最低限のインフラのみ整備して、食事やライフスタイルなども伝統的なものが継承されているケースが多く、昔の村に突然やって来たかのように錯覚を覚えることがあるくらいです。

しかし、開放政策以降中国が豊かになると、古鎮にも大きな変化が起こります。
訪れる人がどっと増え、何もないこんな村に観光客が来ると気付くと入場料を取るようになり、収入で観光客の便宜を図ろうと素朴な道がコンクリートになったり、ごみ箱や街灯が設置されたり、古さが売りだった村に新しい設備が導入されていきます。
中国人はある意味おおらかなので、そのように手が加わっても便利になれば、いいことだと訪れる人はさらに増加していきます。
こうなると立地の良い家の住民やもともと小銭を貯めていた住人などが食堂や土産物屋の商売を商売を始めたりします。
もちろん、オリジナルの村の状態こそベストですが、このくらいの段階ならまだまだ許容できます。
作例は、河北省石家荘郊外にある石頭村ですが、これを見た中国人以外の誰もが、ひらひらしている旗(?)は外すべきと考えるでしょう。

しかし、さらに観光客が増えると困った現象が起きてきます。
ここは商売なると考える外部の人が、次々やって来ては地元の人を追い出す形で村に入り込んで商売を始めてしまいます。
それでも古い建築を補修して、外観が損なわれない程度にリノベーションした商売ならよいのですが、人生掛けてこで商売やると決めてやって来た人たちは村で目立とうと建物の外観をおかしなことにしてしまうのです。
元の住人も、家賃収入で不便な村を捨てて町に引っ越してしまい、現地人不在のおかしな村へと変貌していきます。
良識ある中国人はそこまでなってしまう村の現状を嘆きますが、ほとんどの中国人には現地人空洞化の村よりもより活気づく村を評価して、より訪れるようになるという構図が出来上がります。
冬の間に地中に生まれた幼虫の成分を吸って育つ冬虫夏草を思わせるものがありますね。

虫の形なのに植物になってしまった町をわたしはいくつか知っています。
湖南省の鳳凰、広西壮族自治区の陽朔、雲南省の麗江・大理などです。
鳳凰は苗族、陽朔は壮族と瑶族、麗江は納西族、大理は白族がそれぞれ住んでいた町でした。
もちろん今でも彼らが主要な民族です。
しかし、それぞれ町があまりにすばらしかったため観光客が訪れ、よそからやって来た漢族が商売を始めて家賃が上昇して、地道に暮らすより彼らに家を貸して、自分たちは都会に家を借りたり買ったりして引っ越ししてしまいます。
民族の伝統が一気に薄まってしまい、先に書いた冬虫夏草の町に変貌していました。

残念ながら、外部から来る中国人の多くは、もともとの文化や伝統を尊重することはありませんし、商売もむしろその土地になかった本格コーヒーのカフェだったり、大音量の音楽の酒場だったりします。
土地の名物を売るみせもありますが、恐らくそれを製造している工場はやはり外から来た漢族の経営でしょう。
そんな中を貧しい現地民族の老女が伝統的なお菓子や手作り細工をとぼとぼ売り歩いている姿に胸が痛みます。
何もなかった古い街に人がいっぱい訪れて豪勢な食事に買い物、宿泊をするのですから町はうるおうでしょうし、出て行ってしまった地元民族も生活向上しているし、観光客はみんなご機嫌で何が悪いんだと言われそうですが。

前にも書きましたが、アジアインフラ投資銀行がどういうことをするか、これによって見えてこないでしょうか。
アジア開発と言って自国の企業丸々進出させて、自然破壊も辞さずに開発終了して、やって来た企業は地元の産業を吸収して居残り続ける。
あるいは中国人観光客が日本にどっと押し寄せて爆買いしているというニュースです。
買い物するのは中国資本の元日本の電気店で、働いているのも中国人、売っているのは欧米ブランドのバッグや腕時計。
中国経済が破たんすれば元に戻ると考えているのか、何か日本に対応策はあるのでしょうか。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
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Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/05 Sun

酒を売らない酒店

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大酒店、大飯店、賓館、酒店、客栈と書いて何のことか分かるとすれば、それは中国旅行をしたことがある人と言うことになるでしょう。
もちろん、酒屋やレストラン、要人が集まる館ではなく、どうしたことかこれらはすべてホテルを意味します。
日本でもHotelのことをホテルとそのまま訳していますが、ホテルを漢字で表現するのは簡単ではなかったということでしょうか。
中国ではさらに招待所、旅館、旅社などという宿泊施設もあって、いずれもホテルと呼べそうなものですが、記載順にランクが落ちるようで、このあたりの名前になると外国人は宿泊不可と言うところがほとんどになります。
先に書いた方も、大酒店、大飯店は確実に外国人も宿泊できますが、賓館は宿泊できないところもあり、酒店も同様です。
名称がホテルのランクを表している部分があるということは理解できたのですが、どのような基準で名前が付けられているのかがよく分かりません。

青島を散策していたら、作例のようなホテルが3つ入ったビルがあったので、これは面白いと撮影しました。
左端の故郷情大酒店とはすごいネーミングですがここなら外国人でも宿泊可です。
右端の天福旅館はゲン担ぎによさそうですが、チェックインしようとすると身份証(中国人に対して発行されている身分証明カード)を出してと言われ、外国人なのでないと答えるとウチは外国人は泊まれませんと断られるでしょう。
問題は真ん中の陸合賓館で、ここに外国人が停まれるかどうかはフィフティの確率です。
外国人が泊まれるように許可を取得しているかどうかについては、名前の問題と並んでよく分からないことがあります。
いずれにしても、作例の通り、入り口を見るとホテルの性格やクオリティは何となく理解できますので、名前云々はどうでもいいかも知れません。

タリフというのでしょうか、中国のホテルにはレセプションに料金表が掲示してあるのですが、それがまったく現実とかけ離れている金額になっていることがほとんどです。
もともとこんなに高いのに大幅値引きしているんですよと見せかけるためにそんな表があるのか、料金はたずねてみないと分かりません。
今回分かったのですが、どのホテルにも特別に安い部屋が用意されているのですが、いちばん安い部屋をと言っても教えてくれないのです。
標準房が148元、特価房が128元のように言われてしまいます(房は部屋の意味です)。
そこで100元以下の部屋がないなら諦めますと言うと、とても狭い部屋ですが、そこは100元です、それでよろしいですかと慌てて聞いてきます。
それがないケースもありましたが、もともと最低が150元以下であれば、だいたい100元程度に設定されている部屋がありました。
こういう仕組みもよく理解できません。

宿泊はできるだけ高い階で、表通りと反対側の部屋をリクエストするのが賢明です。
車はところかまわずホーンを鳴らすので、表通りに面した2階の部屋だったりすると、深夜でも早朝でも目覚めさせられることしばしばです。
もっとも8階の部屋だったとしても、同じフロアにいる客次第で静かに眠れないこともあるのは指摘するまでもないでしょうか。
ほとんどの中国人は他人のことなんか知ったことではないとばかり、夜中でも大声で会話しながら部屋に戻り、部屋のドアを力いっぱいバーンと閉めます。
中国のホテルのドアは建てつけが悪いものが多いと前から感じていたのですが、それだからみんなが強くドアを閉めるのか、みんなが強く閉めるからドアがダメになってしまうのか、わたしにはとちらか判断できません。

中国のホテルの特徴としてデポジットを支払うということがあります。
日本語では保証金というのだと思いますが、中国では押金と書いてヤーチンと読みますが、チェックイン時に何度も言われたり聞き返したりしたせいで、わたしが最初に覚えた中国湖のひとつです。
100元の宿だと200元支払い、チェックアウト時に100元返却してもらいます。
チェックアウト時にハウスキーパーが部屋の中で持ち去られたものが無いか確認してから押金を返却されるのが常で、チェックアウトが多い時間帯は待たされることも多かったのですが、最近はチェックアウト、即精算というケースが多く助かります。
クレジットカード払いの時でも押金は現金でと言うケースが多いですが、カードで押金を払うと差額を返すという訳にもいかず、一旦伝票を破棄してから、再度世紀額をカードで支払い手続するので面倒ですし、破棄すべき伝票をそのまま使われる可能性もあり、現金押金の方が安心です。

ホテルのお勧めについても言及しておきます。
中国では古建築をホテルに転用するケースがたいへん増えていて、きれいにリノベーションされた快適空間で古い建物を味わう楽しみがあって、わたしは積極的に利用しています。
天津、青島、上海、広州などは旧租界の西洋建築をホテルにしているところがあります。
天井が高く、シャンデリアが下がり、内装も当時の西洋風で、中国らしからぬ空間で、意外に料金も高くありません。
中国らしさを求めるのなら、わたしが何度も書いている古鎮に、古建築を客栈という小さな宿に転じたものが多くあります。
これまで、麗江、大理、陽朔、鳳凰、上海近郊の水郷のいくつか等々でそんな客栈に宿泊しましたが、建築やロケーションなどどれも楽しくなるようなところでした。
こういう宿を訪ね歩くような旅をいずれしてみたいと計画しているくらいです。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
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Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/04/01 Wed

師匠の運転で

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乗り物シリーズの最終回はタクシーです。
安心と心配、安全と危険が表裏一体になっている、それが中国のタクシーに対するイメージです。
80年代くらいの香港映画では、若く未熟なジャッキー・チェンが敵にボコボコにされてカンフーの師匠に教えを乞うというのが毎度のパターンですが、ジャッキーは師匠のことを師傅と呼んでいました。
師傅とは先生などの敬称として使われる言葉ですが、中国ではバスやタクシーの運転手も師傅と呼ばれます。
ジャッキー・チェンが師匠に相手を倒す極意を聞くときと同じように、わたしたちもバスの運転手に「師傅、このバスは何時ごろ到着しますか」のように聞かないといけないのです。

これは、開放政策が始まる前のみんなが自転車に乗っていた1980年代まで、自動車の運転ができるということは現在の飛行機のパイロット並にたいへんなことで、それだけ尊敬を込めてみんなが「師傅、師傅」ともてはやしたてたということのようです。
その後、1990年代になってもタクシーの運転手は花形職業で、たぶん中国人の子どもたちに将来の夢はと聞くと上位に入っていたのではと思いますが、現在ではもはや地位もだいぶ下がってしまったことと思われます。
タクシー自体が供給過多になってしまったように見えますし、もはや都市部では一家に一台乗用車の時代になってしまいましたので。

かつて尊敬と羨望の目で見られた師傅の中には、悪いヤツに成り下がったものが続出しているようで、空港や駅前に屯している客引きタクシーはとんでもない金額を吹っかけてきます。
相場を知っている地元の人は問題なく利用しているようですが、よそ者は始めから勝ち目はありません。
少なくとも都会であれば、少し歩いてでも到着して客を降ろしたタクシーにさっと乗り込むか、道路に出て流しを拾い、メーターで行ってくれるか確認してから乗り込むべきです。む
作例は天津の駅前ですが、ぼったくりタクシーが何台も手ぐすね引いて待っています。
そのちょっと先の地下には駅のタクシー乗り場があって長蛇の列ができていましたので、地元の人も避けるほどのぼったくりタクシーだということが理解できます。

10年近く前上海から郊外の西塘という水郷の古鎮に行くとき、タクシーの師傅は150元で行くと言ったのに途中で白タクに乗り換えるよう言われ、拒否したところ西塘まで行ったものの250元寄こせと言ってきました。
それを拒否すると、払うまでトランクを開けず荷物を出せないようにしました。
そこで揉めていると、地元の人が割って入ってくれ、200元で解放してもらいました。
この体験がトラウマになって、タクシーに乗るのは緊張しますし、極力荷物は後部座席に乗せるようにしています。
おかげで以降はトラブルもなくと言いたいところですが、その後も揉めることはしばしばです。

しかし、今回の旅で利用したタクシーではトラブル発生が無かったばかりか、よい思いをすることの方が多くありました。
四川省郊外の攀枝花のバスターミナルで郊外の平地への行き方を聞いたら、少し先の新市街から小型バスが出ていると分かりました。
時間が無いのでタクシーに乗ると、バス乗り場まで12元くらいだろうと言って走り出します。
ほどなくすると前方に雲南省永仁行きのバスが見えてきて、タクシーはバスを追い越して停止させ、この客を平地まで連れて行ってくれと頼んでくれました。
高速を走るバスで降ろされた平地インターは平地村から徒歩5分でしたので、ずいぶんと早く着くことができました。
後で分かったのは通常のバスだと客がいっぱいになるまで発車しないので、運が悪ければ1時間でもバスの中で舞っていけなければならなかったこと。
タクシーの機転で助けられたのですが、そのタクシー料金は初乗りの5元で済んでしまいました。

他にも、電話番号をくれて次回はいっしょに火鍋を食べに行こうと言ってくれた成都のタクシー、駅に行くだけでいいのに列車の時間はまだあるからと追加料金なしで長城の一部に連れて行ってくれた娘子関のタクシー、外国人だと言っているのに聞き違いで新疆人だと誤解したまま周辺を解説してくれた石屏のタクシー、現在の師匠たちもその名の通りの活躍をしてくれました。
なお、中国の都会では、メーターの料金プラス燃油サーチャージを支払うと言ったら冗談だと思われるかも知れません。
しかし、これはほんとの話で、通常は1元、深圳では2元取られます。
中国のタクシーは一部のハイブリッド車を除いてガソリン車だからですが、昨今の原油価格下落に対応しているのかはよく分かりません。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
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Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/31 Tue

中国鉄路の憂鬱

Raptar 50mmF1.5
船、バスと来たので今日は鉄道です。
バスはあちこちで乗ったので、どこからどこまで何回利用したかと聞かれても答えられませんが、鉄道に関してはよく覚えています。
日本でも、韓国でも、モンゴルでも乗りましたし、日中韓の新幹線乗り比べ体験もしたことになりますが、ここでも中国の鉄道のみに言及します。
利用した区間は、
①青島-済南(実際には溜博で下車) 119.5元
➁娘子関-井陉 2元
➂天津-北京南 54.5元
④ウランバートル-集寧 171850トゥグルグ
⑤集寧-銀川 208元
➅銀川-西安 196元
⑦南陽-重慶北 363.5元
⑧成都-西昌 139元
(1元はおよそ20円)
なぜ、料金まで書いたかと言えば、これはみな切符を見ながら書いたからで、中国では切符を回収しないので記録が手許に残るのですね。

①と➂は高速鉄道で高く、➁はローカル列車で激安、④は国際列車の一等なので高めですがそれでも1万円少々です。
⑤➅⑧は二等寝台で、⑦は一等寝台です。
こう書いたところで何が分かるというものでもありませんが、鉄道は安い乗り物だということだけは伝えておきたいと思います。
例えば、成都から西昌まで550キロあって硬臥(二等寝台)が2800円ですので、中国のちょっとしたビジネスホテルに泊まる料金で、これだけの移動ができてしまうのです。

中国で鉄道に乗るためには外国人にとって非効率と思える儀式が必要で、乗車する人の忍耐力が問われます。
まず切符の購入ですが、駅の正面に改札が見えても、切符の窓口は別の場所にあるので、售票処と書かれた入り口を探さないといけません。
改札のある建物に入ろうと思ってもその入り口に検票があるので、切符が無いと立ち入りできないのです。
事情が分からずに列に並んだあげく切符を出せ、これから買うところだ、ここじゃないあっちで買えなどというやり取りを2~3度体験しました。
重いトランクを持って、後ろにできた長い列をすみません、すみませんと言いながら戻らなくてはいけません。
そして指さされた方向に切符売り場を見つけてホッとし、中に入って窓口の長い列に気付いてまた愕然とします。
切符を買う前からドッと疲れが出てしまいます。

意外に切符購入の列の進み方は早いですが、たまに自分の希望日の切符が売り切れで、携帯で日程確認しながらいついつはあるかなどやっている人がいて、イライラさせられます。
中国人と日本人の違いを端的に示せと言われれば、日本人が背中に感じる視線が痛く感じると表現するこのような場面でも、まったく気にせずに悠長に検討しているところだと答えたいと思います。
いざ自分の順番が来たら、行先を言いますが、中国語ができなくても紙に書いておけばいいのでそれほど苦労することはないと思います。
窓口の人が行き先を入力すると、該当する列車番号と時間、料金が表示された画面を外国人に対してなどは見せて、確認させてくれます。
OKならば料金とパスポートを渡します。
切符には自分の名前とパスポート番号が印字されるので、中国旅行する人にはちょっとしたお土産にもなります。
中国らしくない配慮でパスポート番号は後ろの二けたが**と隠されて、セキュリティ上も問題なくしているようですが、今回あらためて全部の切符を確認すると全部入力されているのがあったり姓と名の順番が逆のがあったり、駅によってやり方が統一されていないようでした。

これでようやく改札のある建物に入れますが、その前に、夜行列車に乗るのだしたら食事やドリンクなど事前に済ませておくべきです。
駅併設や駅前の食堂はたいがい高くてまずいので、少し歩いてでも地元の人が利用するような食堂を探した方がいいですし、ドリンクも駅前だと2~3割高いのが普通なので気を付けてください。
車内販売のドリンクも同様ですが、最悪食事ができなかった場合は、カップラーメンを買って車内備え付けの熱湯でしのぐこができるので空腹で寝られないということは避けられます。
さて、検札を過ぎると空港にあるようなX線装置で荷物検査を受けてようやく駅舎の中に入り、列車別の候車室というところで待機します。
だいたい発車時間の10分前に改札が開くので、また切符を見せてホームに向かいます。
切符に記載された列車の車両番号がホームにも記載されているのでそこで待たなければなりません。
やって来た列車には車両ごとに車掌がいてここでも検札があり、車両番号が違うとそこからは乗車させてもらえず、荷物を抱えてホームを走らされることになります。
ちなみに発車するとドアは車掌によってすぐに施錠されます。
バスのように列車を飛び下りちゃう人がいるからかも知れません。

車内でまた検札がありますが、これで4回目ですので、いい加減うんざりです。
座席の場合は日本同様の車内検札ですが、寝台はちょっと変わっていて、車掌は切符を受け取るとベッドごとのカードに引き換えられます。
下車直前にまたカードと引き換えに切符を返してくれるのですが、カード自体は何かの役に立つようなものではなさそうなので、車掌が切符を手許に置くことで、下車駅が来たら降りるようにうながすためにそうしているようです。
寝台車は、掛け布団と枕がセットしてあってあとは寝るだけですが、おおむね乗車直後は他の乗客がざわついていて寝やすい環境ではありません。
おおむね11時頃に一斉に消灯されて、ようやく眠れるようになります。
途中駅に夜中に下車する場合でも心配無用です。
車掌が起こしに来てくれますので、安心して熟睡ください。
下車駅の改札でも5度目の検札がありますが、前述の通り切符は回収されません。
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Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/30 Mon

空ではなく海を

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世界一周旅行とは言っても、通しでぐるっと地球をひと廻りして日本に戻って来ることは諸事情あって不可能でした。
フライトを駆使して一気に一周してしまう手もありましたが、できればもう少しゆっくり回ってみたい。
その考えを実現するには、やはり、旅を中断して帰国し、用事を済ましてはその地点に戻って、旅を再開させるということを繰り返すほかありません。
しかし、世界一周での常識を大幅に緩和しているということになるので、反対に引き締めもする必要を感じていて、一時帰国の往復に飛行機を使う代わりに、それ以外では極力、航空便は使用しないというルールを打ち出しました。
ひとりで旅するので、一定のルールを決めておかないと、旅はルーズになって行ってしまうでしょう。
当然、陸路においても、なるべくバスや鉄道などの公共交通機関を使い、タクシーなどは極力避けたいと思いますし、ホテルについても、リーズナブルな価格を重視することにします。

日本から韓国まではフェリーがあるのを知っていましたし、北朝鮮の通貨ができそうもないので、韓国から中国へ移動することになりますが、ここでもフェリーがあるという情報は得ていました。
アジアからヨーロッパへは中東のあたりが怪しいですが、いちおう陸路で移動できるはずです。
ヨーロッパから北アフリカへも船があるというのも、大昔にモロッコへの旅を計画したので知っています。
しかし、ヨーロッパからアメリカ大陸への船と言うのはどうもなさそうです。
あるいは豪華客船のクルーズのようなものがあるのかも知れませんが、こんなのに乗れば資金が底をついてしまいかねません。
アメリカからオセアニア、あるいはアジアへも同様ですので、今後旅が進んだところで調べてみるつもりですが、これら区間で航空機を利用するのは仕方ないと考えることにします。

ホテルについてはどうすればよいでしょう。
中国や東南アジアへは最近も渡航しているのでホテル相場の検討が付きますが、南アジア、西アジア、中東、北アフリカ、南北アメリカとほとんどの地域は未踏破ですし、ヨーロッパやオーストラリアは円高の頃の訪問なので勝手が違って感じられそうです。
いずれもホテル予約サイトを見れば相場感は分かりますが、あまり下調べしてしまうと旅の興味を削いでしまう危惧があるので、そのエリアを旅するごとに確認していくという方針にしました。
今回、慣れている中国では1泊100元以内という制限を設けましたが、これはかなり厳しいものです。
治安や衛生的な問題が感じられるようなら、このような自己規制は取り払えればいいでしょう。

船の話に戻りますが、大阪から釜山と仁川から青島まで乗船したのは、いずれも午後に出発して翌朝到着する大型客船でした。
この後に何度かお世話になる夜行列車の寝台に乗るのと似ていますが、フェリーでは起きてる間自由に動き回れるし、何よりお風呂に入れることで比べ物にならないくらい楽でした。
風を切って進む船から見える景色と言うのも、船旅ならではのものがあって旅情を誘います。
豪華客船の旅というのも一度は体験してみたいなと思わないではありません。
ただ、時化とか台風の接近とかということがあったらどうなんでしょう。
大型客船でもかなり揺れるのでしょうか。

フェリーも事前予約だと安くなる制度があるようですが、通常料金での利用ですとLCC利用の方が安くなってしまいます。
当然飛行機の方が短時間で移動できますし、食事もタダですので、ソウルから青島に行くときに現地で面倒を見てくれたキムさんがなぜ船でとの回答に苦労させられました。
フェリーにはダブルルームなどもありますが、それでは割高になってしまいます。
大阪からは4人部屋にひとりでラッキーでしたが、仁川からは蚕棚のような2段ベッドが並ぶ部屋で中国人たちといっしょでしたので、心配した通り早朝に起き出して大声でおしゃべりする連中に目覚めさせられるということになりますが、こういうことは覚悟しなければいけません。

さて、本日の作例は大阪-釜山のフェリーのカフェで働いていた女性です。
飛行機に乗ればやはりきれいなフライトアテンダントがいますが、さすがに機内で写真を撮らせてくれとは言えないでしょうから、日本語堪能な彼女とちょっとおしゃべりして撮影させてもらっただけでも船を選択した甲斐があったと思っています。
今後、韓国旅行を検討している関西の方には、片道だけでも彼女に会えるフェリーの利用をお勧めいたします。
そういえば、カフェに英語堪能な女性がいてというか、乗客は多くの韓国人とわずかな日本人だけなのに、英語でやり取りしている女の子がいて、その子はフィリピン人とのことでした。
貨物船の船乗りもよくフィリピン人やミャンマー人等々外国籍のクルーがいますが、船では外国人が乗っているのには何か意味合いがあるのでしょうか。
気になりました。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
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Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2015/03/28 Sat

洗濯物のよく乾くホテル

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同じ町に2泊以上は避けようと考えていたので、昨日は重たい荷物を持って移動したのですが、結局、井陉の同じホテルに戻って来てしまいました。
外国人の珍しい町のことで、わたしをよく覚えていたフロントはあれつ戻ってきたのとわたしを笑顔で迎えてくれました。
恐らく町で2番目に高級なホテルですが、前日チェックインの際に交渉して128元を100元にしてもらっていました。
鉄路で終点の石家荘まで行ってしまう方が翌日の行動には便利ですが、省都の石家荘ではおなじクオリティのホテルは倍以上するでしょう。

もうひとつこのホテルに舞い戻った理由がありました。
部屋に通常の空調暖房と併設してスチーム式の暖房も据えられていたからでした。
スチーム式暖房は金属の配管がむき出しになったようなかたちで、ヨーロッパにも多く見られます。
この暖房装置のメリットは、洗濯物の乾燥機としても使えることで、もちろん本来はそんな使い方はしないのですが、むかし、卒業旅行でヨーロッパを旅した時、旅行者がみな洗濯物を乾かすのに利用しているのを見て自分も真似していました。
今回の旅も10日を超え、まだまだ先は長いのでそろそろ洗濯しなくてはと考えていた矢先にちょうどいいホテルを見つけました。
前夜に洗濯するつもりでしたが、疲れていて行動力が発揮できなかったので、今日は頑張ってまずはスーパーで洗剤調達し、洗濯開始しました。
下着に靴下をすべて洗濯するとスチームには置ききれず、エアコンの吹き出し口も利用しましたが、なんとその夜のうちにすべて乾いてしまって、寝る前にトランクケースの中に仕舞い込むことができました。

ホテルだけではなく、食堂も昨日と同じところに入りました。
とても対応よく、料理も美味しかったからですが、さすがに2日連続で行くとさらに対応がよくなります。
昨日はメニューで苦戦しましたが、そのことをよく覚えていた店員が、昨日はあれを食べたので、今日はこれとこれにしたらどうかとアドバイスしてくれました。
店主の親戚だという男性がビールをご馳走してくれながら、日本のことをいろいろと聞いてきました。
地域格差を生んでいるいまの政府のやり方に不満をもっているようでしたし、日本は農民も貧乏ではないと聞いていると感心していました。

今朝は、バスで石家荘に戻り、天津を目指すことにしました。
その石家荘行きのバスが2日前に井陉に来た時とおなじ車掌だったので、お互いあれっと驚いてしまいました。
このバスはそれこそ10分間隔くらいで出ているので、このように再会する確率はけっして高くはありません。
来るときはもう夕方だったので、明日の石頭村までのバス乗り場を聞いておこうくらいのつもりで車掌に話しかけたのですが、そのバス乗り場まで行ってその日はもう終バスも行ってしまったことを確認までしてくれた親切な人でした。
帰りもこれからどこに行くのか聞いて来て、天津だと言うと、公共バスの何番に乗ればバスターミナルに停まるからそこから天津行きに乗れるよと教えてくれました。
実は、鉄道で天津に移動しようと考えていたのですが、この親切さに負けて言われたとおりのルートで天津に向かいました。

天津に行った強い理由は特にありません。
言うまでもないですが、天津にはその名を冠した丼も甘栗も存在しません。
数日前に、モンゴルへ行ってみようと思い立ち、国境の二連浩特までどう行くのか検索すると北京と天津から夜行バスが出ていると分かったので、ではあえて北京ではなく天津から行ってみるかと考えたのです。
北京には何年も前に数日滞在したことがありますが、天津には行ったことがないというのが、唯一の理由でした。
天津のバスターミナルは郊外で、聞くと二連浩特行きは別のターミナルとのことで、移動したのですがタクシーの言い値が高く、いちばん安い価格表示をしたおじさんに付いて行くとタクシーではなく、バイクの後ろに荷台を付けたトゥクトゥクもどきでした。
後ろ向きに乗るので、後続の車から丸見えでちょっと恥ずかしい乗り物でした。

本日の、作例ですが、バスターミナル付近に宿をとって散策すると、すぐ天津駅があり、その広場あたりで見た不思議なベビーカー(?)です。
スーツケースのように後ろ向きに転がす構造ですが、これって危なくないんでしょうか。
日本にもこんなのがあるのか知りたいです。
ちなみに、駅を過ぎて古い橋を渡ると、戦前の建物が並んだエリアがありました。
中にクラシック建築を活かしたホテルが数軒あって、バスターミナル前に宿を取ってしまったことを後悔することになります。
仕方ないので、クラシック建築のアイリッシュパブを見つけてキルケニーを飲み、やはりクラシック建築の中で営業しているマッサージを受けました。
薄暗がりの中で若い女性のように見えたのですが、このマッサージ嬢は建物ほどではないもののけっこうなお年の女性でした。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
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Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/05 Thu

各駅停車は安い

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旅をスタートして今日でかれこれ10日になるようです。
振り返ると、韓国の楽安を除いていずれも都市間移動しているばかりのようで、何か目的をもってどこかを訪れている感が薄すぎることに気付きました。
長旅なので、自由度を優先させて行き先等は考えず、前日に明日はどうしようかと考えるようなスタイルにこだわったためで、もう少しここには行こう的なポイントをつくるべきと感じます。

そこで、この日向かうのが石頭村という比較的知られた古村落です。
石頭村というと、頑固者オヤジがわんさかいるようなイメージがしますが、中国語ではいわゆる石のことを石頭と言い、村全体が石でできているというようなことから付いた名前ということのようでした。
井陉からは20キロほど離れているようで、途中未舗装路もあり、小さなバスで1時間かかります。
しかし、昨日の反省もあって8時前に出たので、じっくりまわることができました。

10数キロ離れていますが、近くにもうひとつ娘子関という古鎮があります。
問題は、石頭村までが河北省で、娘子関は山西省になるので、両者を結ぶ交通機関がないということでした。
行きのバスで、娘子関との分岐になる交差点を確認していたので、バスでそこまで行って。何やら停まっている車に話しかけると、やはりそれは白タクで娘子関まで50元で行くということでした。
ところが、そのタクシーは省を超えて営業できないからと、省境付近でここで降りろ、娘子関まで行くにはもう30元出せと言います。
当然ケンカになりますが、10分間の口論で進展は得られず、人の好さそうな運転手だったのに騙されたと言いながら歩くことにしました。
しかし、やはり運転手はそれほど悪い人ではなかったようで、10分も歩くと娘子関に到着しました。
その間を30元で行くというのはどういうことか分かりませんが、河北山西の間にあるルールということなのかも知れません。

娘子関には水上人家という表示があって興味を惹かれました。
湖の真ん中にポツンと家が建っているようなイメージでしたが、実際にはそうではなく、この村は地下水がたいへん豊富にあって、一部地上を渓流のように勢いよく流れているところがあり、水中の水車を回して石臼で小麦や米、トウモロコシなどを挽いて粉にしている小屋が千年以上前から存在していて、今も現役だというものでした。
村の前は大きな峡谷で雄大でしたが、その帰り道に乗った地元のタクシーのおじさんに、ここには万里の長城があって一部その跡が残されていることを教えてもらった上に、追加料金なしでそこまで案内してもらいました。
娘子関の関という字は長城の関所を意味していたのだとそのとき気付きます。

そのタクシーを手配してくれた雑貨屋のおばさんが、娘子関には鉄道駅があって1日2往復の列車が停まり、1本は6時頃だよと教えてくれました。
石家荘行きだとのことですが、井陉にも停車するとのことで、また井陉に戻りました。
30キロも離れていませんが、1時間かかって井陉に戻ります。
なのに乗車券はたったの40円で、それでも切符購入時はパスポートの提示を求められて、切符にわたしの名前とパスポート番号が印刷されます。
もともと、春節などに切符を転売するダフ屋対策で切符に名前と身分証番号を入れる仕組みができたそうですが、まさか2元の切符にまでそれをするとは想像していませんでした。
駅員に何駅目くらいあるのか聞くと、乗り過ごしを心配して、到着した列車の車掌にこの人が井陉についたら降ろしてやってくれと伝えてくれました。
中国の列車は1両にひとりの車掌がいて、ドアの開け閉めから切符の確認からこなしていますが、ローカル路線の各駅停車でもそれは変わらず、ローカルということでとても親切なおばさんが駅に着くたびにまだここじゃないよとか言いに来るのが印象的でした。

さて、作例ですが、前述のとおり今でも残っていて、村人の通り道になっている万里の長城の一部を撮影しました。
夕方になって、鉄道があって娘子関に宿泊せずに移動できると分かったので、だいぶ暗くなってからの到着です。
門の先がちょっとした村になっていて、たぶん仕事を終えて自宅に戻ると思われる女性が自転車を押している後姿が絵になっていたので、この作例を採用することにしました。
石頭村などの作例は後日、出させていただこうかと考えています。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/04 Wed

寒さが身に滲みる

Raptar 50mmF1.5
済南と言って思い出すのは、何年か前にサッカーのアジア選手権が中国で開催されて、日本とどこか中東の国だかが、済南で試合をしたことがありました。
西安での留学生の寸劇が発端で、中国各地でデモや日系企業への破壊行為が続いた後のことで、中国の試合ではないのに中国人観客で溢れていて、それもみな物凄い憎悪の眼付きで日本チームにブーイングを浴びせていました。
そのときは、済南は反日の町だと誤解してしまいましたが、今ではあれは政府に金で雇われて怖い顔していろといわれたのだと分かります。
新興宗教でも信者をよそおう大人数が雇われると聞きますが、共産主義は新興宗教のいっしゅだということを裏付けているのでしょう。

言うまでもなく、済南はふつうの人が暮らす都会で、反日の人もいるのでしょうが、わたしが出合った人はみな、日本に敬意を持っていると感じられました。
前夜は遅い到着で宿探しに苦労しましたが、そのホテルの従業員が熱心に食事のことなど教えてくれます。
言われた通りの食堂が数軒見つかりましたが、どこにでもある快餐というファミリーレストランのような店で面白味がありません。
遠くに見えている灯りを頼りに、歩を進めてみました。

残念ながら、妙に明るかったのは病院でしたが、その先に小さな店があって入ってみることにしました。
それは青島でも何軒かあった羊湯と書かれた店で、羊のスープのようですが、中国北部では人気があるようです。
わたしは豚骨ラーメン好きで、鶏がらスープや牛骨のスープのラーメンも食べますが、羊というのはありません。
濃厚が好まれないのか、意外とあっさりしたやや甘みのあるスープで、臭みもなく美味しくいただけました。
それに、店主の陳さんはじめ、お客さんからもいろいろとご馳走してもらい、羊肉が少々入ったスープ一杯でお腹いっぱいになって帰りました。

しかし、翌日がいけませんでした。
山東省・済南から北隣の河北省・石家荘まで4時間ほどの移動だったので、石家荘郊外にあるという古鎮を目指そうと考えました。
ところが、朝の寒さでベッドから抜け出せません。
沿海の青島は割と温暖でしたが、西に200キロ内陸に入った済南は、その語感よりずっと寒い都市で、最低気温はこの時期マイナス5度くらいのようです。
加えて、今回は長旅なので安宿を選んで宿泊していたのですが、どうもこのホテルの暖房が故障していました。
ようやくベッドから抜け出して、震えながらシャワーを浴びたのが9時頃で、この遅れが命取りとなって古鎮行きの終バスに間に合うことができませんでした。

この日の移動を台無しにしてしまったので、以降は反省して朝7時までには起きることを徹底することにします。
基本的には毎日移動するので、早起きの寝不足は移動のバスなり電車の中なりで寝ることで調整可能です。
車窓の景色も魅力的な場合がありますが、広大な中国ではずっと同じような景色が続いて退屈することが多いです。
旅をしていると気付くことがあり、それを自らルール化することで旅の効率を高めることができます。
ルールは多すぎると自由度が無くなってかえってつまらなくしますが、時間的なことや予算的なことなど最低限のことは決めておくべきだろうと思います。

さて、本日の作例は、この日行き着いた井陉という町で撮影した劇の様子です。
京劇は北京の古典劇で、山東省では鲁劇というようです。
前述のように寒い夜でしたが、野外のステージで演じられ、数十人の観衆が、これはほとんどが老人でしたが、パイプ椅子に腰掛けて熱心に鑑賞していました。
これは、春節が終わって、もうすぐ元宵節(日本の小正月)ということで演じられたものだそうです。
ガシャーンと打楽器が鳴らされ、高い声で何やら歌われましたが、歌詞はいっさい聞きとれません。
しばらくじっと見ていましたが、寒さに勝てず、暖房のしっかり効いたホテルに戻りました。
【Alpha7/Raptar50mmF1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Wollensak Raptar 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/03/03 Tue
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