没人人力車

M8/Tessar 7.5cmF3.5
浅草の用事が済んで、本日の散歩は終了です。
せっかくここまで来たので、何か撮影するものはないかと一応うろうろしてみますが、観光客の波に人酔いしそうでがんばる元気が出て来ません。
カメラを持ち続けつつも、自然と地下鉄駅方面に足が向いてしまっていました。
美し過ぎるスパイを撮れたことだし、もう今日はいいかなという感じです。

最後に昭和レトロっぽい神谷バーを撮って終えることにしました。
信号を渡って1枚撮り液晶を見ると、すでに薄暗くなっていたためスローぎみのシャッターで車が流れている状態です。
ここは、今まで開放ばかりだったのを少し絞って、流し撮りでもしてみるか、車を流しても面白くないので、人力車に挑戦してみようと考えます。

ところが人力車はなかなか通りがかってくれません。
何台も人力車が停車しているのですが、それらは客が来るとまさにここ神谷バーの前でUターンして雷門方面へと走り去っていきます。
じゃあ雷門前で撮るかとも考えますが、わずかな距離戻るのが面倒くさくて、もう帰ろうという気になってしまいました。

そんな矢先通ったのが作例の無人の人力車です。
流し撮りはやったことがある方ならご存知だと思いますが、シャッタースピードが適切であってかつ真横で流すのであれば実に簡単なテクニックです。
ましてやデジタルならば、数枚撮れば確実にきれいに流れてくれるのが確認できるでしょう。
ただし、歩いている人とか、遅過ぎるものはやはりかなり難しくなります。

この客のいない人力車は比較的ゆっくりだったし、いきなりやって来た1枚目だったので失敗覚悟でしたが、たぶん1/30秒くらいと早目立ったせいか簡単に流れてくれます。
面白いのは、背景が適度に流れ、反対向きに進む自動車はもつと流れしているのに、横断歩道のゼブラ模様は止まって見えることです。
車夫の上半身や人力車は止まっていますが、彼の足や人力車のスポークは動いていることが分かって、何か慌ただしさを表現しているように感じられます。
今日1日の行動を象徴しているようにも見えなくありません。

さて、最後になりましたが、レンズ紹介です。
使用したのはルドルフ博士の設計になる古いテッサーで、もう何年か前に入手したものです。
鏡胴が金色の真鍮で、銘版にはテッサーの文字は無く、シリーズⅠcと刻印されています。
わたしはてっきりツァイスの1900年前後に製造されたブラナーか何か歴史的レンズかと思い手を出してしまいました。

しかし、ツァイス研究の第一人者K氏に尋ねると、それはテッサーだと言います。
テッサーはもともとF6.3からスタートしてじょじょに明るくなって来たレンズですので、F3.5ともなると1903年の登場からずっと後のものになります。
シリアル番号を追うと1920年製ということが分かりました。
なんだ、そんなに新しいレンズだっのか(?)とがっかりです。

テッサーは安定してシャープな写りをするというイメージがありますが、当時としては4枚構成でかなり明るいということもあって、かなりのむクセ玉だということが分かりました。
特に逆光には弱く、ちょっとした斜光程度でもコントラストががくんと落ちて、かなり白っぽくなってしまいます。
それでも真順光では、テッサーらしいしまったシャープさですし、古いレンズにしてはコントラストもかなりあるのに驚かされます。
まさに、太陽位置で性格が180度変わるジキルとハイド的レンズの代表と言えます。

入手したのは絞りの付いたレンズヘッドで、テッサーだと分かってしまうとMSオプティカルで改造してもらう気が起こらずにお蔵入りしてしまっていました。
最近になって、キズ玉のヘリアー75mmを捨て値で入手したので、鏡胴を活かしてテッサーをくっつけてもらい、ライカ距離計連動の新しいテッサーが完成しました。

数があまりに多いのと、常に期待通りの優秀な描写をする故に不人気なテッサーですが、このレンズはかなりの暴れ玉で、待ちに待って改造してもらった甲斐があったと思います。
やはり、後年キノプラズマートという不思議なレンズを世に出したルドルフ博士だけのことはあります。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F8】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/01/30 Sun

太漂亮的間諜

M8/Tessar 7.5cmF3.5
立ち止まることを許されない歩行者天国で、マグロになった気分を味わいつつ、最終目的地の浅草を目指します。
蔵前橋通りから江戸通りを歩けば、雷門までたいした距離ではありませんが、時間を気にして末広町から銀座線に乗って浅草まで出てしまいます。

浅草には、修理名人で有名なカメラ店がありますが(カメラを売っている修理屋さん?)、修理を受け付ける小さな時計屋さんがあって、だいぶ前に修理依頼した腕時計がありました。
いえ、実はオーバーホールをお願いしたのですが、戻ってきた時計がすぐにおかしくなったので、直してもらったのです。
あまり、出掛ける用事の無い浅草なので、直って以降も時計は預けっぱなしになっていたのを取りに行ったというわけです。

時計は無事に受け取り、いまわたしの左手首に巻かれています。
しかし、約1週間経った現在、1日1分近く遅れることが分かりました。
ああ、調整してもらいに、また浅草へ向かうか、否、もうここの修理は見限るべきか…。

そんな浅草では、写真を撮るものがなくて困っていたのですが、少し前に話題になったある人物を発見しました。
作例写真を見ていただければ一目瞭然。
美し過ぎる女スパイです。
スパイを秘密裏に撮影してしまうとは、わたしにもその才覚があるのでしょうか(それ以前にピント外しで写真の才覚がないのに気付くべき…)。

さて、先日、ロンドンで古い時計を買った話を書きましたが、そのきっかけになったのは、それより何カ月か前に出掛けた台湾でした。
友人とした台湾旅行でしたが、海が見てみたかったわたしはショッピングに行きたいという友人と分かれて、半日だけ淡水という台北郊外の町へ向かったのでした。

今は、淡水は地下鉄で繋がり週末などはかなりの台北市民や観光客が訪れますが、その当時はバスで行くしかなく、割合とひなびた港町のような雰囲気でした。
淡水名物の阿給という日本人が伝えた揚げ物をいただき、かつてのオランダ人の砦を見物しました。
そして、何より見たかった淡水の大きな夕陽を全身で浴びます。

商店街のようになった通りでは、土産物屋さんが並んだりしていましたが、骨董品屋も数件あります。
本当ならば、残された時間はお土産用に現地ならではの食べ物を探すのに使われるべきでした。
ところが、家具類を中心にした骨董屋さんが妙に気になってしまい、ついには中に入って物色し始めてしまいます。
実は、当時引っ越ししたばかりで、自分用のソファーを買おうかとずっと思っていたところで、古びた中国式の椅子が目に入ったのです。

中国式の椅子と書きましたが、実際は何と言うのでしょうか。
椅子2脚と間に置くテーブルがワンセットになっています。
いずれも木でできていて、背もたれの真ん中に漢字の文字が彫刻されていたりします。
中国南部などでは家の前に置かれていて、真ん中のテーブル上の烏龍茶をすすりながら、老夫婦が夕食前の会話を楽しむというような絵を連想させる椅子です。

理由は分かりませんが、これがすっかり気に入ってしまいました。
試させてもらうと、座り心地はいいとは言えませんが、時代離れしたようななにか時間を遡るような感覚があります。
ただ、わたしの貧相な家にはとても似合うとは思えませんし、2脚買っては置き場がありません。
何より値段が気になりました。

店主と思しき親父さんに声をかけますが、英語がまったく通じません。
当時、わたしは中国語はさっぱり分からなかったので、トラベル何とか実用レベルの英語だけが頼りだったのでこれには困ってしまいました。
店主の方はぜんぜん慌てず店の奥に行ったと思うと若い娘を連れて戻ってきました。
大学生だという娘を通訳として連れて来たという訳です。

古いものでは明代のものもあるし新しいものでは清代で100年以上経っていると言います。
明は300年以上前なのでちょっと信じがたかったのですが、確かによくありそうなリプロダクツを古く見せているものではなさそうです。
恐る恐る値段を尋ねると日本円にして、わずか3万円ほどということでした。

2脚で3万円なので、1脚1万5千円にしてもらえないか相談します。
娘が店主と相談しますが、店主は大きく首を振っています。
セットだからこそ価値があるので、バラして売ることはできないようです。
実は椅子を見た時、直感的に2万円以下なら買おうと思っていました。
なんとか1脚1万5千円で売ってもらおうと粘りますが、店主が頑として認めてくれません。

そんなとき、わたしはあることに気付きました。
店の奥にあった店主がさっきまで座っていた椅子も同様に古い椅子で、それはどうやら2脚セットではないようだったのです。
では、あれなら1脚だからいいんだよねと聞いてみます。
よく見ると、その椅子だけデザインが少し違っていて、木も黒光りした、店内でもっとも魅力的とも言えるアイテムです。

店主の顔色が変わりました。
あれは、わたしの大切なもので売り物ではないと拒否です。
そう言われるとますます欲しくなります。
再度熱意を込めて売っていただけないかと願いしました。
店主が少したじろぐのが見て取れましたが、やはりダメだとの返事でした。

しかし、そこへ思わぬ伏兵が現れました。
いや、すでに現われていたのですが、通訳の娘が、めずらしい外国からの客に加担してくれ、恐らくは、パパ、売ってあげなさいよのように説得にまわってくれているようです。
わたしはわたしで、実は家を建てたのだが、書斎に中国の古い椅子が必要でそれを求めて日本から来たのだと滅茶苦茶な説明を始めます。

閉店間際ということも追い風になったのでしょう、分かった分かった売ってやろう、ただ、わたしの愛用の椅子だ大切にしてやってくれと、店主はついに折れたのでした。
値段は2万円だとのこと。
わたしはの予算どおりでしたが、いちおう1万5千円にしてもらえないか相談しますが、はっきり断られます。
強く言えば売ってくれなくなるかもしれないので了承します。

デザインが少し違っていたのは、この椅子は肘掛けがカーブになっていたからで、これは娘がアームチェアだと説明してくれました。
本当かは疑わしいですが、約300年前の椅子だそうで、よく見るとその肘掛け部分に補修の跡がありました。
しかし、あばたもえくぼ、座り心地までもがよく感じられてしまいます。

慌てて戻った台北の食事はこの話で盛り上がりました。
友人は、その店主と娘が共謀して1脚だけ残った椅子を売るために、わたしを罠にかけたのではないかと言うのです。
そんなバカなと思いましたが、なるほど、そういう展開だとしたらかなり面白いストーリーです。
友人には、そんなことは絶対ない、店主と娘とは親しくなってアドレスの交換までして来たんだと説明しますが、それでも友人はわたしが騙されたのだと言って譲りません。

実は、この骨董屋での話は続きがあって、お金を支払った後しばらく雑談していたのですが、台北行きのバスは混むので椅子の安全を考えてタクシーで帰るよう言われました。
わたしは、財布を見せながら今の支払いでもうほとんど残金がなくて、たいへんだろうがバスで帰るしかないと答えました。

それはいかんと言った店主は、何とわたしにタクシー代2千円を手渡してくれたのです。
もちろん誇示しましたが、ぜったいにタクシーで帰るんだと店主も引き下がりません。
結局、わたしはありがたく受け取ってタクシーを使って台北まで戻りました。

価値の無いものに2万円も払ったからだとか、いろいろ考えられることはありますが、わたしは素直にこの店主が椅子を大切にして欲しいという気持ちがそうさせたのだと考えることにしました。
ましてや、友人が言うような連係プレーなどとは信じません。

あれから数年後、台北を訪れたわたしは彼らとの再会を楽しみに、開通したばかりという地下鉄に乗って淡水に向かいました。
懐かしの淡水は開発が進んでいて、印象が変わってしまっていましたが、あの骨董屋さんへの道を忘れるはずはありません。
しかし、辿り着いたそこには飲食店が並んでいて、数件の骨董屋もろともその店は無くなっていました。
彼らはどこに行ってしまったのか、まるであの時の出来事は夢だったのではないかと思われました。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/01/29 Sat

重新開始

M8/Tessar 7.5cmF3.5
カメラ関連書籍を漁っているうちにだいぶ時間をとられてしまいました。
神保町から秋葉原はもう目と鼻の先です。
地名で言っても、神田神保町から外神田へと動いただけで、両者とも神田のくくりでした。

もう歩行者天国が復活したんじゃなかったっけと思えばその通りでしたが、マスコミ関連がかなりいて様子がヘンです。
これは帰宅してニュースを見て分かったのですが、まさにわたしが通りかかった20分ほど前に、歩行者天国が再開したばかりで、その様子を伝える報道のカメラがあちらこちらに陣取っていたのでした。
そんなのに映し出されてはたいへんです。
せっかくの歩行者天国でしたが、車道ではなく、歩道の端をこそこそと歩かざるを得なくなりました。

何か撮影しなくてはと立ち止まると、コスプレのお兄さん、お姉さんがちらほらいましたが、パフォーマンスのようなものは一切ありません。
これもニュースで知ったのですが、パフォーマンスはもちろん、チラシ配りや、なんと立ち止まって写真を撮ることすら禁止されていたそうです。

わたしが撮影した、緑の髪のお兄さんや、ピンクのセーラー服のお兄さん、悪魔コスチュームのお姉さんなど、すべてニュースのインタビューなどに登場していたのには苦笑せざるを得ませんでした。
目立っていた人はマスコミにとっても格好の取材の標的だったということのようです。

それにしても、歩行者天国という美名とは裏腹に、あれはダメこれはダメと規制が多すぎます。
共産主義ではあるまいに、なんでも抑圧する意味はなんなのでしょうか。
ニュースでは、歩行者天国内でのチラシ配りが禁止というので店舗の敷地からちらしを配っていたら警官が飛んできて何やってんだコラ、と一喝していましたが、これなんか中国そのまんまです。

歩行者天国がいったん中止されたのは、ここで通り魔殺人事件が起きたからで、それは理解できます。
しかし、復活させるにあたって、パフォーマンスやらちらし配りやら立ち止まっての写真撮影やらを禁止するというのは理解できません。
これらの行為と通り魔殺人に因果関係があるのでしょうか。
加藤某は、ネットに書き込みされて通り魔の暴挙に出たと報道されていましたが、パフォーマンスに腹が立ったとかちらし配りが気に入らなかったとかなどとも供述しているのでしょうか。

監視カメラを相当数設置したと言いますし、警官のみならず商店会など多くの方が警戒に当たっています。
規制を考えなくとも、十分な効果が期待できると思います。
通り魔殺人は、むしろ駅前などで起こっていますが、全国の鉄道駅で同様の措置をとらないのは問題にはならないのか不思議です。
結局、秋葉原に行くような連中は信用できんと言っているようなものだととらえざるを得ません。
秋葉原の若者から今後声があがらないようなら、それこそ中国化していく危機を感じます。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/01/28 Fri

到神保町去

M8/Tessar 7.5cmF3.5
靖国神社から数百メートルで皇居のお堀が見えてきます。
千鳥ヶ淵とありました。
あれっと思い、北の丸公園方面へ進んでいくと、てっぺんに玉ねぎがのっかった建物が見えてきました。
武道館です。

高校生くらいの女の子がいっぱい並んでいて、建物からはロックの生演奏が聞こえてきます。
アイドルのコンサートかと思いましたが、ポスターにはアニメのイベントだと書かれていました。
見たことも聞いたこともなくわけが分かりませんし、女の子があふれるようになった会場付近にカメラを持ったおじさんがいるのは不自然です。
そのまま通過することにしました。

新書サイズの地図を持参していましたので、あらためてコース取りを考えます。
事情があってゴールを浅草にしていましたので、遠ざからない範囲で進路上に何かないか探しますが、これといったものがなく、神保町の古書街を目指すことにしました。
昨日の骨董ではありませんが、古書にも関心がないわけではありません。
古書店の主人と知り合いになったのをきっかけに古書でも少し集めるかなどと考えた時期もありましたが、これはその後レンズ蒐集が始まったこともあって、まったく実現をみませんでした。

ですから、今回も古書探索というよりは、安価な古本探しという程度です。
時間のこともあるのであんまりゆっくり見ていられないと思っていたら、首尾よく美術書を扱う店に写真関連書もかなりあるのを見つけたので物色することにしましょう。

写真集や専門書など高価なのかなと思えば、中には定価の半額とかリーズナブルなものもちらほらあります。
ざっと欲しくなった本は数冊ありましたが、ここは冷静になってハドレーに収まる2冊だけいただきます。
うち1冊は、1936年刊の佐和九郎氏のハードカバー本ですが、最新のレンズとしてズマールのことが構成図付きで紹介されています。
ズマールが「ズマアル(ズムマー)」と表記されているところが実によいんです。
きっと何か発見があると思われますので、読了のあかつきにはぜひ紹介させていただきたいと考えています。

それにしても、世がデジタルカメラだと言えばフィルムに固執する人がいて、スマートフォンがこれだけ普及しても機械式時計にこだわる人はむしろ増え、eブックだと騒がれれば古書のすばらしさが注目され、日本の趣味人はさすがだなと再認識します。
もちろんわたしも、最新のレンズがシャープネスと解像力が抜群でも、オールドレンズの味を追求しなくてはいけませんね。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/01/28 Fri

買古玩

M8/Tessar 7.5cmF3.5
靖国神社の参道で骨董市が開かれていました。
この参道は思いの外長くて、大型バスが何台も駐車しているくらいでしたから、骨董市の出展もかなりなものです。
わたしは、クラシックレンズを蒐集していますし、古い手巻きの腕時計を使っているくらいですから骨董は嫌いではありません。
冷やかしながら進んでみることにします。

好きではありますが、非常にケチな性格なので中古カメラ・レンズを除いて骨董を買ったことはたぶん無かったと思います。
ただ、旅先では、けっこう骨董の類に手を出してしまうことがあります。
気が緩むからなのか、実際に安くてお得感があるからなのかはよく分からないのですが。

気が緩むというのは、骨董は基本的に1点モノで、この機会を逃すともう2度とお目にかかることはないとか、買っとくべきだという方向に思考が進んでしまうというのがあります。
十数年前、ロンドンの有名なポートベローを冷やかしていた時、わたしより若干年上と感じられる青年が腕時計を売っているのに目が止まりました。

その中の1本、オメガ製の戦時中のものだという時計はケースにブロードアローという刻印が入っていて、第2次大戦で英国軍兵士が実際に使っていたものだと言います。
風防ガラスとクラウンは後からのものだが、ケースや中の機械はすべてオリジナルとの説明でした。
もともと白かったであろうダイヤルが経年でグレーっぽく変色していたり、耳元で聞くとこつんこつんと現在の時計には無い独特の音色を響かせているところにぐっと惹かれました。
値段を聞くとやはり予想よりは高く、こういうケースでは値引き交渉かと希望価格を伝えたりしましたが、ジェフリーを名乗るこの青年は、この時計には特別の思い入れがあって値引きはできないんだと一歩も譲るところがありません。

交渉決裂となって、わたしは諦めることにしました。
意外と自分でもあっさりしているところがあるのだなあと、この時思ったのをよく覚えています。
しかし、その夜安宿に戻っていま寝ようかという時になって、枕元にジェフリーが現われました。
もちろん、それはわたしの妄想ですが、彼がわたしに分かりやすいように少しゆっくりとした英語で、こんな風に語り出しました。
じつはあの時計は祖父の形見なんだ、だから誰にも売れるというものじゃない、だがお前は時計を日本に持って帰ってからも大切にしてくれそうな気がする、時計の音を耳元でずっと聞き入っていたときの嬉しそうな表情に、オレはそう確信したんだ…。

結局、翌日も開催されていたポートペローのフリーマーケットまで出向き、彼の言い値で時計を買うことにしました。
彼は、頼みもしないのに500円程、値引きしてくれました。
まさか、わたしが再訪して実際時計を買うと言ったことが嬉しかったのかも知れません。

この時計は非常に気に入って、しばらくずっと使い続けましたし、その後何点か古い腕時計を買うきっかけにもなつてくれました。
この時計の買値は、18000円ほどです。
一部パーツが交換されているとは言え、第2次世界大戦の英国軍の刻印入りオメガにしては安過ぎでしょう。
オーバーホールの時、時計店の方がムーヴメントは本物だと確認してくれましたが、ブロードアローのことを聞くと何も答えず笑っていました。
わたしも、それ以上は質問するのを差し控えるようにしました。

骨董の購入経験はそれほどありませんが、数少ない分だけ購入したものは、ひとつひとつにそれなりの意味を持っていると感じています。
それをいちいち書いていてはきりがないので今日のところは、このへんで切り上げることにいたします。
ちなみにですが、靖国神社の骨董市でも興味を惹くものは何点かありましたが、購入にまでは至りませんでした。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/01/26 Wed

因為他問我

M8/Tessar 7.5cmF3.5
散歩は23日の日曜日の11時ごろ、市ヶ谷駅からスタートしました。
駅前の通りを線路沿いに御茶ノ水方面に歩いて5分ほどで靖国神社に着きます。
日曜の午前中ですが、ご覧のとおり、人出はかなりのものです。

昨日の写真も、境内の中にある洗心亭という茶室でのひとコマです。
和服のお姉さんが大勢でしたが、立ち入り禁止になってしまっていて、遠巻きに着物を見やるだけです。
隣接する日本庭園の池にはきれいな鯉が群れていましたから、カラフルな彼らを着物に見立てて撮影します。

遊就館を見学するかどうかはずっと迷いました。
初めて来た靖国で、ここの展示を見るのを楽しみにしていたのですが、どうも冷静に見切る自信が起きなくて、次回に譲ることにしました。

そもそも、今回の散歩を靖国神社からスタートしたのは、年末年始の貴州の旅が発端でした。
本里村で楊さんたちにお世話になっている時、食後の団欒の中で、突然、次の問いかけがあったのです。
「チングォセンサ」には行ったことがあるのか?
何度聞き返しても何のことかさっぱり分からず、紙に書いてもらったのが「靖国神社」の文字でした。

誰にそう聞かれたのかよく覚えていませんが、わたしは反射的に言ったことがないと答えると、周囲の人からは案外と無関心だというような反応でした。
後になつて考えれば、行ったことがると言ったところで、それを非難するとか、戦争中日本がどうしたと説教するとかそんなつもりはなかったようです。
ただ知識として、日本の靖国神社というものを知っていて、わたしがそれにどう関わっているのか、何となく聞いてみたというところではなかったかと思われます。

とすれば、わたしが行ったことがないというのは、周囲を少し失望させたのかも知れません。
行ったうえで、わたしはこう思うというような日本人代表的な意見を聞きたかったのだというように思えました。
帰国したら、ぜひ機会をつくって靖国を訪れなくてはと決意します。

そして、暇だったわたしは、さっそく靖国を訪問したという訳ですが、結局のところ遊就館をじっくり見学するだけの心構えができていなかったということになります。
逃げたということになるのでしょう。
また、いずれどこかで「靖国神社」へ行ったことがあるかと問われる機会がやってくるのではと思います。
その時までには再訪して、自分なりの考えを整理しなくてはとつよく感じています。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(1) | 2011/01/25 Tue

太質樸的

M8/Tessar 7.5cmF3.5
貴州省の旅は昨日の記事でおしまいにして、今日からは都内を散歩した様子を1週間綴ることにします。
年末年始の海外旅行にしては内容も写真もあまりに地味な貴州の旅でしたが、今週の散歩はそれをはるかにしのぐ超地味散策です。
こんなんで1週間も何を書いたらいいのか、早くも絶望的な気分になってしまいました。

わたしが愛読している写真関連のブログに毎日4回前後記事を更新していて、さらに写真ブログとしては異例の長めの文章がついたものがあります。
たいへんに話題豊富な方で、恐らくは書きたいことが泉のごとくこんこんと指先から湧き出てくるのだろうと察しますし、文章もしっかりと格調が備わっています。

わたしも真似してみたいといつも思いますが、わたしの方の水源は完全に枯渇状態で、どうにもならなくなっています。
唯一旅した時だけが、いろいろなできごとをそのまま文章に起こせばいいので、どうにか日記スタイルが継続しています。
週末の撮影行だけではとてもではありませんが、どこかからこっそりコピー&ペイストでもしていかない限り、毎日1本の記事を書き続けることはできなくなるでしょう。

当初の目的だった、レンズの個人的な記録帳としてのブログの継続には限界が見え始めてきました。
写真のモチーフとしてつねに人物を(時には他の生き物を)登場させてきたのですが、そもそもこれが肖像権などの問題を内包していて難しい挑戦だったわけです。
人物の表情や所作のおもしろさを採り入れてきたので、自分なりにはどうにかなってきたかなと思っていますが、では明日からは風景専門でいくとか、ちょっとしたテーマで町を切り取るとか、そんなことではわたしの撮影技術ではまったく見るに絶えないものになることは間違いありません。

このままだましだまし継続するか、旅の写真に特化するか、あるいは撮影技術を習得してから新しい分野にチャレンジするか、いま、そんな隘路に立っている気持ちです。
いずれにしても、レンズのことにのめり込むあまり始めたブログですので、その柱だけは揺るがざるものにしていきたいとは思います。
【M8/Tessar 7.5cmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Tessar 7.5cmF3.5 | trackback(0) | comment(4) | 2011/01/24 Mon
| home |