スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --

荷物考ふたたび

Angenieux S5 50mmF1.5
前にも書いたような気がしますが、長旅では荷物をいかに減らすかは重要な問題です。
昔からの金言は、持って行くかどうか悩むようなものは、持って行くな、です。
わたしはバックパックではなく、キャスターの付いたスーツケースでもなく、持ち手が付いただけの古いトランクで旅しているので、荷物の重さはそのまま自分の手と肩あたりの負担になります。
重量は11キロくらいでしたが、それを手持ちで運んでいたら手にマメが2つできてしまいました。
いつも右肩にはカメラ等の入ったトートバッグを提げていたので、左手でばかりトランクを持ったためのようです。

痛くはないのでそりままでもよかったのですが、旅行鞄でできたマメですという自慢もできないし、やはり楽したいので折り畳み式のキャリアーというんでしょうか、荷物をゴムのひもで固定してキャスターで引いて歩くアレというので通じるものなのか、を買って愛用しています。
初代は、南陽駅の売店で値切って買ったのですが、すぐにキャスターがぐらぐらになったと思ったら、ゴムを留めていた部分が割れてしまい使い物にならなくなりました。
さすが中国のローカル製品です。
2代目は日本の通販で見つけたもので、プラスチック製で軽量、ハンドル部分はスーツケースのように長く伸縮するというので試しに買ったところ、使い勝手は格段に良く気に入っています。
奈良の友達の女性がそれに気づいて、荷物が進歩してる!と指摘したのはさすがだと思いました。

2月に世界一周をスタートさせる前は、カメラが壊れて撮影できなくなったらまずいので、予備のα7をもう1台持つべきか真面目に検討していました。
旅の前にカメラを新しく買うのは厳しいので、ではライカM6にするかなどと考えてもみました。
機械式カメラはバッテリーを気にしなくていいですし、タフなライカが壊れることが想像できません。
実際、フィルムの時代に旅していた時は、ライカ2台にレンズ3本ということもしばしばだったので自然な発想なのですが、そのころはPCや携帯を持って行くことはありませんでした。
PCや携帯は周辺の充電器、コード、マウス、アダプター等々を含めるとバッグのスペースを大幅に占拠します。
ライカ1台とレンズ1本が減ったスペースにそれらが加わったと考えて、カメラ2台はあきらめることにしましょう。

前回の旅で携帯のカメラ機能が壊れてしまい、α7もおかしくなったらどうしようと少し心配にもなっています。
中国の順平さんのように、世界各地には修理のプロフェッショナルがあちこちにいて助けてもらえそうな気がします。
しかし、うまい具合に修理屋さんがあってその場で直ればいいですが、カメラ修理店などというものがそうそう簡単に見つかるとも思えません。
がちゃがちゃといじった挙句、こちらは早く出発したいのに、数日預からせてくれということもあるでしょう。
旅の途中から一切撮影行為ができないというのは、手足をもがれたような気分でしょうし、そんなときに限って超絶美女が現れてペッツバールの自慢をするものの、カメラが壊れていて撮影はできないんですけどね、と肩を落とす姿を想像してしまいます。

そこで思いついたのは、カメラをちょっとだけ借りてブログ更新用の写真だけでも撮らせてもらうという作戦です。
α7を持っている人が見つかればいちばんいいですが、わたしのペッツバールはksmtさんにEOSマウントへ改造していただいているので、EOSを持っている人ならあちこちいるでしょう。
タダで借りるのは図々しいですが、代わりにその歴史的レンズであるペッツバールのことを説明して撮ってみてくださいとやれば、十分に理解してくれると思います。
今まで、旅先であった人は、モンゴルの一部を除いてみな、ペッツバールに高い関心を示してくれています。
こちらが自慢しなくても、不思議なレンズに気付いた好奇心旺盛な人は惹きつけられるようにやって来て、それは何だねと尋ねてくるのですから。

さて、今日の作例はリペ島の土産物屋さんが並んだ通りでの1枚です。
ランチタイムや夕方以降、船が到着したときなどは賑わうのですが、それを除くと小さな島ではみなすることもありません。
同僚の女性の体形を見て、暇なときは何か運動でもしなくてはと考えるのも当然の成り行きでしょう。
いちばんいいのはきれいな海で泳ぐことですが、タイ女性は水着になるのがとても恥ずかしいことだと思っていると聞いたことがあります。
それに何より日焼けして肌が黒くなることを恐れているそうです。
観光客に撮影までされて恥ずかしいですが、やはりフラフープれがいちばんのシェイプアップと判断したのだと思われます。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
スポンサーサイト
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/26 Tue

何もない島の暮らし

Angenieux S5 50mmF1.5
リペ島はたしか自動車は走っていませんでしたが、タクシーは存在しました。
といってもバイクタクシーのことではなく、作例のようにバイクの横に荷台を括り付けたサイドカーのようなタクシーが恐らく20台くらいは営業しているようでした。
狭い島なのでわたしは利用する機会がありませんでしたが、西洋人のお年寄りカップルが肩寄せ合って乗車しているのを見ましたし、本土からの船に乗って来た荷物の多い旅行者がホテルまで行くための便利な交通手段として活躍しているようでした。

日中どこかに移動する人は少ないので、流しのタクシーと言うものは存在しないようですが、木陰などに待機していて通りかかるとタクシー?と聞いてきます。
これだけだと物価の高いリペ島では生活費を稼げそうにないでしょうから、荷物運搬とかバイクを活かした別の仕事も兼ねているのだと思われます。
ガソリンをどうしているのか気になりましたが、これも本土からタンクなどで運んでもらい手間賃を上乗せした値段で買っているのでしょう。
そうなるとリペ島のタクシーは本土よりずっと高くなることは免れないでしょう。

バンコク市内などのトゥクトゥクもそうですが、料金相場が分からないと貧乏旅行者にはなかなか利用しづらい交通手段です。
どうしても使わざるを得ない時はわたしの場合次のように料金交渉しています。
「○○まで幾ら?」
「50バーツ」
「高すぎる20ハーツで頼むよ」
「それは無理、では40バーツで」
「いや20バーツでなければ乗らない」そう言って立ち去る。
これで、相手があきれたりするようなリアクションだったり、それ以上声をかけなけれぱ40バーツは法外ではないと判断して、35バーツを目標に他の人と交渉します。
さらに下げてくるようなら、最悪30バーツとみなし、その人とは25バーツ以上はOKしないようにします。
折れなければ別の運転手と交渉します。

5バーツは約20円なので、そんな単位までせこく交渉するのかとあきれられるかも知れません。
わたしもそこまでこだわるつもりはありませんが、生活のための交渉事だと考えると、その5バーツの積み重ねが昼食代に化けることを意識せざるを得ません。
ちなみに屋台のソバは30バーツくらいからです。
また、現地の人はそこまでシビアに交渉したり、金銭感覚を持っているはずですので、同様に対応することはそこで生活している感覚を身に着けさせることに役立つと思うのです。
短期旅行では多少のお金より時間の方が大切なケースが多いですが、時間にゆとりのある場合は、価格のやり取りを含めて旅なんだとそれを楽しむ姿勢が大切なのです。

ところで、リペ島はお金に固執するような人も少なくないのでしょうが、多くは南の島らしくのんびりと無駄話を好むような人が多かったのが気に入りました。
レストランはどこも高くて辟易しましたが、外れに個人経営の食堂を見つけたので地元の人が酒を飲む中に紛れて、高い外国人向け料理をいただきました。
しかし、ここはとても美味しくて翌日のランチにも利用することになります。
場末のレストランなのでほとんど利用する人がいないんじゃないかと心配するようなところなので、2日続けて来てくれたというのは美味しいから再訪したということが相手にも分かります。
言葉の通じないおばさんが昨日にも増して張り切って調理しているように見えました。

また、夜の12時までやっていたバーは、わたしの泊ったバンガローの並びの半分砂浜と言う格好のロケーションだったので覗いてみたのですが、弱冠20歳のハジャイから来た若者が経営者でした。
2年前に来て始めたというので、未成年にしてバーテンダーデビューということになりそうです。
ご自慢のカクテルは高かったので、ビールを注文したのですが、流暢な英語に感心してどうやって覚えたのか聞くと、ここへ来る前にはほとんどしゃべることができなかった、2年間ここで客と会話しているうちにどうにか会話できるようになったとのこと。
すごいなあと感心しますし、最初はそうとう苦労したのでしょうね。
わたしもここで働けば英語ができるようになるのかしらと思いつつ、バンガローに戻りました。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/25 Mon

ストップオーバー・ラブイズオーバー

Angenieux S5 50mmF1.5
今日、バンコクから3度目の帰国をします。
ホテルは空港からの列車が着く駅の真ん前に取ったのですが、このあたりはインド人街のようで街行く人は南アジア系ばかりの不思議な空間でした。
レストランもインド料理ばかりで香辛料の匂いが鼻をくすぐりますが、来月にはインドに入るつもりなのでここは我慢して、小さなしかしやはり高いタイ料理の食堂で食事しました。
やはりここもツーリストエリアのようで、何軒かあったメニューを店頭に掲げるタイ・レストランはどこも高く、メニューが見られない安そうな店を選んだのですがダメでした。
円安もあるとはいえタイで1食900円と言うのはかなり堪えます。

翌日のブランチはさらに歩いてローカルなタイ料理かつ店頭のおかあさんが英語を話す店を見つけました。
いい店を発見したと喜びましたが、正直このエリアにまた泊まりにたいとか来たいとかという気にはなれないので、この店に再訪のチャンスはないでしょう。
そういえば、ホテルの荷物係はパキスタン人だと言うのでいろいろと聞いたところ、カラチ出身なのにクリスチャンだと言っていました。
パキスタンにもクリスチャンが存在するということを初めて知りました。
やはりカラチには居づらいそうで、もう少しバンコクで働いてカナダに移住したいと言っていました。

ブランチの後はホテルに戻って荷物を受け取り空港へ向かいます。
前回はバンコクから戻って香港に立ち寄ったりしているので今回もそうするつもりだったのですが、ベトナム航空のハノイ経由成田行きが最安だというのに気付きました。
このチケットは安いのですがハノイで7時間ほど待たなければいけません。
しかし、わたしにとってはこのハノイでの7時間は逆に絶好のチャンスでした。
先月、会ったフリーハグの仲間たちと短時間の再会をすることができると思ったのです。
このアイディアを思いついてやはりフェイスブックでやり取りすると、わたしのために飲み会を開いてくれることになりました。
ただしハノイ空港には夕方6時に着いて深夜12時50分の便で成田に向かいます。
空港から町中まで1時間近くかかるので、7時から11時までハノイに滞在できるからと伝えておきました。

航空機から降りると空港は新しくなっていて感心したのも束の間、入国審査の列は並びきれずに人があふれていました。
これではうまくやっても1時間以上並ぶことになり、待っている彼らに迷惑をかけてしまいます。
よく見ると短い列のところがあり、そこまで通してもらうとベトナム人用のレーンでした。
しかし、その隣のアセアン用のレーンと言うのも同様に短かったので腹を据えてそこに並んでしまいます。
ジャカルタかどこかからの便が着いたばかりなのでしょうか、色黒のイスラム風の人ばかりが並んでいて、その中に混じったわたしは浮いた存在だったはずですがそんなことは気にしていられません。
いざ係官にここはアセアンのレーンだと言われたら、えっ、勘弁してくださいアジアンて書いてあるのかと思った、今更並びなおしはできませんととぼけるつもりでしたが、何事も言われず通過でき、ガッツポーズです。

しかし今度は悲運で、タクシーに乗ると運転しているのは英語の一切できない若者でした。
住所のコピーを突きつけると顔色を変えてどこかに電話していますが、ベトナム語は一切分からないのでなに言っているのかさっぱりです。
道が分からないなら別のタクシーを探すからというわたしの言葉も通じず、タクシーは不安げに出発してしまいます。
市街に入ったところでわたしの友人に電話させて道を聞いたりしてもらいいますが要領を得ず、繁華街を行ったり来たりでまいりました。
結局、空港から1時間半かかり、料金も帰りの2倍でした。
外国人が乗った時料金をボッタクルための英語が分からない振りをする新手の詐欺なのかも知れません。

タクシーが停まったところで彼らは待っていてくれて、若干遅れたもののお気に入りだという日航ホテル裏のベトナム料理のレストランに急行しました。
来られない人がいたり新顔がいたりで総勢7名が集まっていました。
友人はこの日のためにとベトナム北部の美味しいお酒を取り寄せてくれていましたし、隣には女の子が座ってやさしく料理をとってくれます。
この子はわたしに気があるのかなあと思っていたら、ごめんなさい、これからデートなのと言って途中で帰ってしまいました。
3時間の宴はあっという間に感じられます。
今度はゆっくりベトナム各地を旅したいとわたしが言い、彼らの何人かは真剣に日本旅行を検討しているらしく、ホテルやレストランの料金をわたしに確認していました。
これにて世界一周の第3ラウンドが終了になります。
目的地だったシンガポールでは何もせずに、ストップオーバーのハノイで盛り上がってしまうのがわたしらしい旅だったと言えるのではと思います。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/24 Sun

さすが明るい北朝鮮

Angenieux S5 50mmF1.5
バスの行先はクアラルンプール市内に2か所あるそうで、わたしはそのまま中心になっていたセントラルという方で下車しました。
ツリーハウスに3泊したためもう翌日の夜にはバンコクに着いていなくてはならず、できればそのまま夜行列車でシンガポールに向かうためです。
セントラルは名前の通り大きな建物で、降りたところに空港行きのバス乗り場がありましたので、鉄道駅行きもあるだろうと思い聞いたら、まさにここセントラルが鉄道駅だということが分かりました。
人の波をかき分けて切符売り場に行くと、そのシンガポール行きが夜11時発で翌朝6時頃に到着であるとのこと。
さいわい寝台車もあったので、下段ベッドのチケットを買います。

出発まで5時間近くあったので、荷物を預けて食事します。
セントラルは、地下街とショッピングモールが合体したような巨大商業施設でもあるようで、寿司屋を含めたレストランやカフェがたくさんあって、どこに入るか悩みます。
充電OKの店で食事と携帯のチャージを行いました。
久し振りにメールのチェックもしますが、さすが3日もジャングル生活で受信していないとスパムを含めてすごい数のメールが着いていました。
ここはマレーシア料理の店でしたが、こういうところに入っているのは日本同様ファーストフードタイプで、ツリーハウスでさんざん美味しい野菜料理を食べて来た後では何とも味気ない夕食になってしまいました。

イヤホンも紛失していたので電気量販店で日本製の1000円ほどのものを購入します。
以前は1万円もするイヤホンを愛用していましたが、どうせ耐用性がないですし、失くすことも考えると1000円台の国産品で十分と考えるようになりました。
携帯にダウンロードされているのは懐かしのロックとポップだけでクラシックは入っていないので、音にこだわる必要を感じません。
ノイズキャンセリング仕様などヘッドホンタイプも以前は考えましたが、旅には荷物になると諦めました。
カメラ用のバッテリーも置いてありましたが、8000円もすると聞いてびっくりします。
今回の旅はもうあと何日もないので帰国時に日本で買うことにしましょう。
オードリーという名前のランジェリーショップがあって、西洋人モデルが下着姿でポーズしているポスターにタナメラでハグした彼女の残像を見た気分になりました。

列車は中国式の進行方向に横を向く並びではなく、縦に左右2段並ぶタイプで枕はあるのに毛布が付いておらず寒い思いをしました。
乗車率は高く、わたしの車両には空席がありません。
荷物置き場もなく、みな通路にスーツケースを置いていますから、中国のように車内販売のカートが通ることはありません。
食堂車もあると聞きましたが、23時発6時着の夜行で利用する人はまずはいないでしょう。
5時頃ジョホールバル駅に着いて全員降ろされ出国検査を受けました。
寝ぼけていたわたしはシンガポールに着いたと思い、入国審査はと聞いたところ、また列車に戻ってシンガポールまで行ってからだと言われ、ここがまだマレーシア内のジョホールバルだと気付きます。

シンガポールの駅はセントラルではなくウッドランドとか言う名前のマレーシアよりの外れにありました。
駅前は住宅街で、食堂が見えたので聞くと近くにATMがあり1500円分ほどキャッシングして朝食を食べました。
雨が降っていて、シンガポールで何をするかも考えておらず、荷物を預けるところも見つからずで、地下鉄駅まで出てスターバックスで再度充電をすることにしました。
この日の夜にバンコク行きのLCCを利用することにしていたのですが、航空会社や時間が思い出せずEチケットを確認のためメールを見る必要があったのです。
受信から時間が経ってしまったせいかメールの内容が読み込めなくなっていて、どうせシンガポールも行くところがないしと、お昼前に空港へ向かいました。

空港のWIFIと職員は優秀なようです。
インフォメーションで事情を説明すると、わたしの携帯を取り上げて内容確認しながら、スクリーンショットで保存までしてくれ、好い旅をと言ってくれました。
まだ出発まで何時間もあり困るところでしたが、昨日、今日とだいぶ充電したはずなのにもうバッテリーがなくなりかけていて、容量の足りないキーボード用のケーブルで充電していたことに気付きました。
バッテリーやヤホンを失くしたり、PCがずっと使えなかったり、メールがチェックできなくなったりとロクなことがありません。
旅の疲れがこんなところに出てしまうのだと解釈することにします。
作例は、この日唯一撮影したシンガポールの地下鉄内の風景です。
子どもは靴を脱がないまま座席の上に立ち、若者たちは会話せずにそれぞれの携帯ゲームに夢中、イスラムの女性はヘジャブの上からヘッドホンで音楽を聴く、とみんなそれぞれにわがままなシンガポール人が並んでいましたとさ。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/23 Sat

ハートの贈り物

Angenieux S5 50mmF1.5
朝起きて、少しのんびりしてからシャワーを浴び、朝食に向かいます。
メインのオープンデッキの建物で時間を決めてみんなで食事するのです。
インド人ファミリーは昨日立ち去ったので、今朝は、レイチェル、ギョン、オードリー、モハンメド、そしてわたしの5人だけです。
今日の朝食係はオードリーだったそうで、小麦をこねてツリーハウス風のクレープをつくったと自信満々に語りながら食器を運び込んでいます。
今日、宿を去るわたしからどうぞとクレープを取り分けてくれたのですが、それはハート形をしていてスマイルマークも描かれていました。
わたしのために愛を込めてハート形にしてくれたのだそうで、思わぬ演出に泣きそうになります。

朝食を始めるとモハンメドがどうしても今日出発しなければならないのか聞き、いやけっしてそんなことはないがと答えると、ボランティア2日間ですっかりスタッフの一員気取りの彼はそれならもう1泊滞在を許可しようと言って、結局もう1日滞在することになってしまうのでした。
オードリーに明日もハートのクレープを作ってくれと頼みますが、ダメだと断られました。
体育の先生はときに優しいですが、ふだんはとても厳しいのです。

ツリーハウスがあるキャメロンハイランドは、クアラルンプールからバスで5時間ほど、標高1500メートルの高原のため涼しい気候と美しい自然が堪能できると、マレーシアでは人気の避暑地になっています。
ツリーハウスは中国系のオーナーが始めたオーガニックの農園の一部に仲間の大工さんが建てたもので、自慢の野菜を使った料理が楽しめ、自然に親しむことができるアウトドア派のためのホテルとして3年前にオープンしたのだそうです。
IT企業に勤めながら自分の人生を見つめなおそうと考えていたレイチェルが知り合いからオファーを受け、これを転機にとホテルの管理を買って出て、さらにひとりでは管理しきれないと旅行好きで自然を何より愛するギョンにも加わってもらって、どうにかツリーハウスを運営して来たそうです。
食材は農薬を使わない畑から供給されますが、コメや麺類、小麦粉、調味料その他はなるべくオーガニックにこだわって取り寄せ、それらの入れ物にはオーガニックかそうでないかがマジックで明記されています。
それを求めてやってくる外国人、マレーシア人が多いということでしょう。

自然や有機野菜にこだわるくらいですので、下水処理や電気などにもそうとうな気配りをしているようです。
電気は発電機を使いますが、発電時間は午後の6時から10時までの4時間だけで、何かのトラブルで点かないこともありました。
そのため電気が点くとみんなでやったとばかり拍手します。
実は、カメラの予備バッテリー4個をそっくりリペ島に忘れてきてしまっていて、初日に充電できなかったのでこの日撮影したのはこの1枚だけになってしまいました。
おかげで、わたしは写真撮影を全然しないのに150年前の古いレンズだどうだと自慢ばかりしている変人扱いです。

せっかくまた延泊したのですが、とくにやることはありません。
再度、滝探しに行く約束でしたが、午前中はずっと雨で、午後にはレイチェル、ギョン、モハンメドの3人が町に買出しに出掛けたのでわたしはついに滝を見ることはありませんでした。
オードリーとふたり残っておしゃべりをしたり、彼女が草刈りに出るとハンモックに横になったり、端材で看板作りに挑戦したりして過ごします。
前日、オードリーが花をデザインした見事な看板を木切れに彫ってこれは目立つところに掲示しなくてはと評判だったので、わたしはサルの看板に挑戦したのですが、床板用の硬い板しか残っておらずまったく彫れなかったので、仕方なしに滝はあちらという矢印を作成しました。
レイチェルのメガネにかなえば、滝の入り口付近の木に貼り付けられることでしょう。

森には10年前くらいまでときどきヒョウがやってきたそうです。
わたしはサルの群れを3回も見ることができました。
姿は見えませんが、いつも聞いたこともない美声で鳴くさまざまな鳥や虫たちがツリーハウスのまわりを取り囲んでいます。
蚊がとても多いのですが、なぜか活動するのは朝と夕方の短時間だけで、それ以外はどこかへ行ってしまいますし、動きが遅いので簡単にはたくことができます。
また、蚊はレモングラスが苦手だそうで、これを混ぜたお手製クリームを塗ってもらうと近寄って来ませんでした。
雨がちなので、なかなか見られませんが、星はとても大きく輝いていますし、夕日が見えたときは雲が紫になってとても幻想的でした。
マレーシアで生まれ育ったふたりは夜を寒がっていましたが、フランス出身のオードリーとわたしは自国のいちばんいい季節と同じくらいの気温だと喜んでいたくらいです。
リペ島に楽園を感じたわたしは、ここにもうひとつの楽園を感じていました。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/21 Thu

鳳先生と模範目処先生

Angenieux S5 50mmF1.5
ツリーハウスは全部で6棟あり、1棟だけファミリー向けの大きな建物で、逆にそこだけは崖に沿っているので高台ではあるものの木の上の家ではありません。
わたしが宿泊したツリーハウスは大きなダブルベッドがひとつ置かれていて一見ダブルルームですが、足元にもうひとつシングルマットレスがあり、はしごで上がれる屋根裏のようなスペースにも同じものがあったので、最大4人が泊れるようです。
夫婦に子どもふたりの組み合わせならちょうどよさそうですが、ひとりかふたりで泊まるのがベストでしょう。
他の4棟も多少大きさは違うようですが、同じようなつくりでした。

てっきりカップルだと思っていたオードリーとモハンメドは、そうではなくて、同じ寮に住んでいる顔見知りのような存在ということでした。
オードリーは大学のインターンシップでマレーシアに滞在していて、モハンメドはマレーシアの大学で機械工学を学ぶ留学生でした。
オードリーは22歳、ひげ面が一見ごついモハンメドはよく見ると少年のようなあどけなさで20歳とのことです。
ふたりは部屋が2つあるツリーハウスに泊っていますが、通常のゲストではなく、ボランティアとして来ているとのことです。
スタッフは荷物運びを手伝うミャンマーからの農夫が数人いましたが、それ以外はレイチェルとギョンのふたりだけなので、部屋の掃除、洗濯、草刈り、それに食事の支度までして、恐らく宿泊はタダなのでしょう。

初日はファミリー棟にインドからの3家族が滞在しました。
クアラルンプール在住のインド人夫婦が故郷の親戚を呼び寄せて、総勢13人でマレーシアをあちこち旅しているのだそうです。
みんなきれいな英語を話していたので教養ある家庭のようですが、子どもたちに話しかけられると早口で聞き取れずわたしは付いていくのに苦労しました。
天気があいにくで1泊しかしなかった彼らが滞在中学んだのは、日本人は英語が苦手らしいということだけだったかも知れません。
また体を柔らかくするヨガの方法をみんなに伝授してくれましたが、わたしのみ手が床に着くようにならず、日本人は不器用だという理解もさせてしまったようなのも残念です。

ホテル予約システムでは2日目は空いていなかったので、わたしも1泊で帰るところでしたが、このツリーハウスは週休1日制をとっていてその日は宿泊できないと言うシステムだったのでした。
別にわたしだけが連泊しても食料が足りなくなることはないし、わたしの部屋のベッドメーキングや掃除を1日ずらせばいいだけなので、延泊させてもらえることになりました。
実はこれは、オードリーとモハンメドがわたしが1泊だけで帰ってしまうと聞いて、レイチェルに確認してくれ、泊まりたいならぜひどうぞとなったのです。
ツリーハウスへ向かう激しく揺れる車の中から、到着しての憩いの時間、食事のひととき、さらには床に就くまでの時間とずっといっしょにおしゃべりをしていて、わたしのみ語学力が無くてついていくのが精いっぱいながら、仲間に入ろうとしているのか必死に聞いているようなところに好感を持たれたようで、彼らとは年齢や国籍、宗教の違いを超えて(むしろ違っていたからこそ面白かった)友情のようなものをすぐに感じ会うことができるようになっていました。

翌朝、近くに滝があると言うのでいっしょに行かないかと、オードリーとモハンメドが誘ってくれました。
ところが早々に道にはぐれてしまいます。
怪しい矢印に沿って進むとけもの道のようなジャングルの中へ入り込んでしまったのです。
前夜の雨でぬかるんでいてサンダルがつるつる滑って危険ですし、道を間違えているのは明らかなようで引き返すと思いました。
しかし、オードリーは滑るサンダルを脱いで裸足になってどんどん下っていきます。
モハンメドは身長180センチの体格のいい青年ですが、さすがにひるんでいて大丈夫かを連発しますが、彼女はわたしの勘ではこの下に滝があると先頭を行きます。
わたしはついに滑って1メーターもスライディングしたところで木につかまって滑落の危機から救われると、オードリーが見かねてわたしたちのガイドをかってでました。
この木をつかんで右足はここに置く、左足はあっちと事細かに指示するのですがすべて的確です。
まるで、わたしたちはツリーハウスにやって来た子どもたちで、そのリーダーはオードリー、それにしたがう子分がモハンメドとわたしで、ぎこちなく言われるままにくっ付いていくばかりです。

結局、滝は見つからなかったものの小さな清流があって、水を飲むととても美味しかったので、この小さな冒険は救われました。
後で聞くとここは水源だったようで、ここまでの危険な道はオードリーズ・トレイル、水源はオードリーズ・ウォーター・ソースと名付けられました。
それにしてもオードリーはジャングル歩行に慣れていたようだけど経験があるのと聞くと、もちろん初めてだし、わたしはこういうことにはクレイジーだからと済ましていました。
夜は、モハンメドがパレスチナとアラブの事情を説明してくれました。
パレスチナは安全なので旅行可能、アラブ連合は22か国あってイランはアラブではない、イスラエルはパレスチナの女性や子供を何人も殺しているがパレスチナ人はイスラエル人の兵士以外殺していない、イスラム最大の国はインドネシアだが誰も布教していないインドネシアやマレーシアではイスラムの教えに感銘して進んでイスラム化したのだ…、話は際限なく書ききれません。
まるで、オードリーは体育の先生、モハンメドは社会の先生、わたしはできの悪い、しかし好奇心だけはいっぱいの生徒でした。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/20 Wed

木の上に眠る

Angenieux S5 50mmF1.5
リゾートアイランドに続いては山岳少数民族の村かと作例から思われたでしょうか。
いいえ、これも一種のリゾートで、続いてわたしはツリー・ハウスに宿泊したのでした。
ツリー・ハウスは文字通り木の上の家で、そんな建物に宿泊できるところを見つけたので珍しく予約までして訪れたのです。
きっかけはベトナムのサパを旅していた時、現地で知り合ったイスラエルの少女たちがラオスにツリー・ハウスがあって泊れればよいが見るだけでも価値があると教えてくれたことでした。
場所を聞くとラオス南部のタイに近いところだと言います。
調べてみると、ラオス南部はずっとタイと国境を接していて特定困難です。
ネット検索してもラオスのツリー・ハウスは自然体験施設のようなものが見つかるばかりで、彼女たちの言っていたものとは違い、ラオス滞在中そこを訪れることは諦めざるを得ません。

しかし、ツリー・ハウスの検索をしていた時マレーシアのキャメロンハイランドにも同様のものがあるのを見つけました。
ツリーハウスというと、1本の木の上に枝を利用して簡易な建物をつくるイメージなので、作例のようにマレーシアのものはアプローチが会談になっているなどちょっと立派過ぎましたが、それでも木の上に作られた建物であることに違いはなく、説明では4輪駆動車でないと入れないジャングルの奥地に位置していて素晴らしい自然を満喫できるとありました。
少年時代誰しもが憧れたような木の上に住むことを体験するチャンスでした。
ただし、最低2泊はしたかったのですが、予約サイトを見ると1日しか空いていませんし、日程上、ハジャイ行きが遅れるとリペ島も1泊になると危惧した通りの結果になってしまったことはこれまでに書いた通りです。

リペ島から行きと同じルートでハジャイに戻ります。
ハジャイから国際バスがクアラルンプールなどに出ていることは町中の旅行会社の看板などで承知していましたが、ちょうどキャメロンハイランドにほど近いイポー行きのバスも記載がありましたので、それに乗っていくことにします。
バスは夜の7時出発でイポーまで6時間とのことでしたが、マレーシアはタイより1時間早いので夜中の2時と言う中途半端な時間に到着することになのます。
バスで夜を明かして早朝到着になると期待していましたが、2時ではホテルを利用せざるを得ません。
タイ国鉄のように遅れることなく到着してしまったため、わたしはバスの運転手があそこに行けと指さす薄汚い安宿に泊まらざるを得なくなりました。

汚いということでは、翌日に乗ったタクシーの方がずっと上を行っていました。
タクシーにはメーターが無く、キャメロンハイランド行きのバスターミナルまでというと、バスがあるか分からないので直接タクシーで行った方がよいと言い料金を聞けば5000円以上なので断ると、ターミナルまでは600円ほどだというのでOKしました。
昨夜、陸路越境してマレーシアに着いたので現地通貨を所持しておらずATMに寄ってくれというと待っていた間の分だと100円近く上乗せを要求されてしまいました。
そして驚いたことにバスターミナルは歩いて5分ほどと思われる至近だったのです。
すっかり騙されてしまいました。
ただ、到着後1日3本しかないキャメロンハイランド行きのバスがすぐに発車して、歩いていれば銀行に寄っている間に発車してしまったでしょうから、それでもタクシーで来て正解だと言わざるを得ませんでした。

バスはすぐに山道に入って左右に揺られますが、1時間半ほどでブリンチャンという町に着き下ろしてもらいます。
先述のように四駆でないと行けないところなので、ブリンチャンにあるホテルの前で待ち合わせて連れて行ってもらうのです。
リペ島同様、モンスーンの影響でしょう大雨が降ってきました。
傘は持参していたのですが、ハジャイの大雨で壊れてしまい、どこかで買おうと考えたままここへたどり着いたので困ったもののちょうど食堂があってランチをとりながら待つとすぐにあがりました。
近くの市でとうもろこしをバターを塗りながら炭火で焼いていたので1本買いましたが、これが全然いただけません。
とうもろこし自体旨くない上に、バターは味が無くぎとぎとしているばかりです。
みんな美味しそうに食べていたので、ぜひ彼らに日本のものを食べさせてあげたいものだと願わずいられません。

待ち合わせの時間に現れた四駆にはふたりの女性が乗っていました。
マネージャーのレイチェルとスタッフのギョンです。
ふたりとも中国系の顔立ちでしたが、やはり中国語で会話していたのでわたしも割って入ると中国語ができるのと驚いています。
もっとも、これは後でわたしは英語も中国語も少ししかできず、みんなの会話になかなか付いていけなくなるので、あまり自慢になることではないのですが。
もうふたりやって来る予定と言うので車の中で待ちますが、なかなかやって来ません。
しびれをきらしたレイチェルが電話すると、まだクアラルンプールからのバスの中で30分ほど遅れるとのこと。
やれやれです。
レイチェルは事前にメールで集合場所と時間を指定し、みんなに迷惑がかかるので絶対に遅れないように強調していたのですが、それすら守れないやつらといっしょになるとは…。
やがて到着したのはずいぶんと若い二人組でした。
女性はフランス人のオードリーと名乗り、もうひとりはモハンメドと名乗り国を訪ねるとパキスタンと言います。
えっ、パキスタンと聞き返すと、いやパレスチナだと言うではないですか。
えぇっ、パレスチナ? わたしは生まれて初めてパレスチナ人と会いました。
遅刻しやがってもうと言っていたふたりは、そのわずか後には自己紹介後にはすぐに親しくなってしまいます。
そしてレイチェル、ギョン、オードリー、モハンメドの4人は、わたしにとって最高の存在になるのでした。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/19 Tue

誰もいない宿

Angenieux S5 50mmF1.5
念願だったリペ島へ向かう朝がやってきました。
リペ島なんてよほどのタイ痛でないと知らない名前だと思いますが、実は、わたしもこの島について何一つ知っている訳ではありません。
タイにはプーケットやクラビをはじめ、サムイ島、サメット等、ピーピー島などなど多くのメジャーな海のリゾートが点在しています。
しかし、ものの本によるとそれらリゾートは押し寄せる観光客の波と業者による乱開発で荒れ果てていて、実は海もそれほどきれいではないとありました。
手つかずとは言わないが、海が透明度を保っていてそれほど観光客も訪れない最高に美しい島がある、それがリペ島だと本は紹介していました。
それを読んだのは10年以上前でしたが、リペ島の名前は記憶にずっと刻まれ、このたびついに上陸する機会を得たのでした。

ハジャイからは旅行社のワゴンで2時間かけてパクバラ港へ、そこからスピードボートでまた2時間で待望のリペ島に到着します。
わたしは未知のところへ行く場合、事前になるべく調べないようにしています。
ネットで写真を何枚か見てしまうだけで、うっかりするとそれを確認するために旅するようなことになり、新鮮味が大幅に失われてしまうからです。
リペ島も写真はまったく見ずに向かったのですが、想像通り海辺の水は絵の具を流したようなエメラルドグリーンで、それが打ち寄せる砂浜は眼が開けていられないほどに真っ白でした。

到着直後は期待通りだと感じたのですが、だんだんとおかしいと思うようになります。
まず水は透明度が今一つでこれよりきれいな海は何度も見ていましたし、スピードボートに大勢が乗っていたので想像はしていましたが、島は多くの観光客であふれている雰囲気です。
上陸してすぐに土産物屋とレストランが並んだ通りが島の中心に向かっており、多くに中国語表記があるのを見て、想像していたものが音を立てて崩れていくのを感じました。
宿は自分で見つけなければならなかったので、WIFIありと書かれたレストランでお昼を食べながら、検索しようとしたのですがまったくつながりません。
何もないような島を目指して来たのにインターネットに頼ろうとしている自分に気付いて情けなくなり、宿に直接あたって探すことにしました。
見るからにリゾートアイランドですので、値段はともかく、ホテルが見つからないなんてことはないでしょう。

聞けば、ほぼ島一周にホテルが100軒近くもあるとのことです。
重たいトランクがあるので、明日また船で戻ることを考えて船着き場付近の宿からあたることにしましたが、ビーチまで徒歩30秒とはいえボロボロのバンガローがいきなり1泊6000円と聞いて泣きたくなりました。
断って隣の宿に行くと妙に閑散としています。
オーナーらしき人物があれっと出てきたので、泊れるか聞くと、実は今日からシーズンオフで休みに入ったんだと言います。
がっかりとしたのを見たせいか、でもあなた日本人でしょ、いいですよ泊ってくださいと優しく勧めてくれました。
オーナーのルカさんは、イタリアはパルマ出身で、モンスーン期に入るころからバカンスをとって宿を閉めてしまうそうなのですが、とりあえずイタリアへは数日後に出発するので泊めても構わないし、そんな事情なので1泊4000円のところを2800にしてくれました。
しかも、宿は木の戸建てで、さきほどよりずっと立派なバンガローです。

ルカさんによれば、昨日1日大雨が降って海も荒れ、海水が濁ってしまったのですが、それがモンスーンに入った合図なので、例年通りバカンスをとることにしたとのことです。
わたしが海水が美しいと聞いていたのに、期待通りではなかったと言ったところ、もしおととい来ていれば、世界有数の海が見られたのにねと同情してくれます。
シーズンオフに入ったとはいえこれだけ観光客が訪れているのだから、営業続ければいいのにと言うと、この仕事どれだけたいへんか知っているかい、1年の3/4を1日の休みもなく働き続けなければいけないんだぜと、うんざりした顔で説明してくれます。
なるほど確かにそれはたいへんでしょう、しかし、他の宿は営業を続けるのに構わず休んでしまうのがイタリア人なんだろうなと納得しました。

スタッフも今日まさに暇を与えたばかりなので、周囲が賑やかな中で唯一閑散としたビーチリゾートにひとり泊る贅沢を期せずして獲得したことになります。
レストランも当然閉まっていますが、ここの料理はナポリ出身パルマ在住のルカのママ直伝の最高のイタリア料理が味わえるそうで、イタリア料理はイタリアよりも日本の方が美味しいと聞いたことがあるがと突っ込むと、ベネツィアやミラノなどの観光客が多い町のレストランは全部日本に負けるだろう、でも食の伝統を守り続けているすばらしい町はいくつか存在する、それがナポリやパルマさと自信満々に答えていました。
ちなみに今日の作例に写っているのはどちらもルカではありません。
ひとりは、休みの間も建物を管理する現地スタッフで、もうひとりは母親を亡くしたために引き取られたサルです。
わたし以外にももうひとりだけゲストがいたということですね。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/17 Sun

寝るには最高タイ国鉄

Angenieux S5 50mmF1.5
バンコクから乗った列車は思ったよりも快適でした。
チェンカーンからバンコクまで乗車したバスのように毛布を貸してくれ、ウェルカムドリンクや朝食と昼食のサービスまでありました。
それで料金は2000円しないくらいでした。
ハジャイまでの距離はおよそ950キロ、深夜11時出発して翌日の昼1時頃着く予定だと言います。
それが本当なら平均すると時速73キロほどで走ることになり、わたしが思っていたほど遅くありません。
切符窓口で聞いていたようにリクライニングがかなり倒れるので姿勢も楽ですし、乗車率も半分程度で隣席が空いたままなのも助かりました。

とはいえ懸念がありました。
ハジャイからツアーを利用してリペ島と言うところを目指そうと考えていたのですが、どうもそのツアーが2時出発らしいのです。
定刻の1時に着けば問題ないですが、列車のスタートがすでに30分遅れているので、2時出発は厳しいかも知れません。
前々日に徹夜して、前夜も大阪の激安宿で数時間寝ただけでしたので、列車の中でわたしは爆睡でした。
ランチを食べてもまた熟睡して、また起きると到着予定の1時を過ぎていましたが、まだハジャイは先のようです。
結局、2時半頃ハジャイ駅に到着しましたが、列車はスタートの30分の遅れを取り戻すどころか、さらに30分遅れてようやく着いたことになります。
日本なら乗客からのクレーム必至でしょうが、もちろんタイで怒っている人はなく、わたしも予想外の爆睡でむしろすっかり上機嫌でした。

駅前の旅行代理店に駆け込んで念のためリペ島に行けないか聞きましたが、やはり今日はもう船に間に合わないと断られます。
仕方なくひとまず荷物を引きずりながら、喉が渇いたので何かないか駅周辺を歩いてみました。
眼が開けてられないくらいの快晴でしたが、ハジャイはバンコクよりもずっと南で気温も高いのでしょうか。
すぐに歩いているのもつらくなってきます。

ようやくWIFI環境のあるカフェを見つけて、ネットでハジャイ駅に近いホテルを予約して向かうと、小さなホテルなのにツアーデスクがあります。
あらためてリペ島に行きたいと告げますが、やはり明日の朝8時にホテルを出て、11時の船に乗るのが最短とのことで、それを予約します。
もともとリペ島には2泊のつもりで、本日の到着が間に合わなかったので、1泊だけして翌々日にハジャイに戻る船とバスも予約しようとしたのですが、リペ島に1泊しかしないなんて間違っていると言ってチケットを売ってくれません。
その2日後にマレーシアのホテルを予約してしまっているので、日程は動かせないのですが、ツアーデスクのおじさんは頑固者でその程度の説明では自説を曲げず、やはりチケットを売ってくれないのでした。
リペ島ってそんなに良いところなのでしょうか。

ハジャイは地方都市で物価はバンコクより少々安いのではないかと思うのですが、あろうことか、小さなレストランに入るとまたしても英語メニューが出てきて昨夜同様のバカ高い夕食をとる羽目になってしまいました。
タイ語ができれば、タイ語のメニューを持って来いと言って注文したいところですが、一文字として読めないのですからここは素直に安めのものを最低限だけ食べることにします。お腹が満たさなければまた屋台を探して、ソバか何かすすればいいでしょう。
性懲りもなく昨夜と同じ好物のグリーンカレーとライスをたのんで、我慢できなかったのでいちばん安いビア・レオも追加しました。
これでけっこうお腹いっぱいになってしまうものです。

さて、作例は夕食の帰り道、ホテルの手前で見つけた母娘が切り盛りするスイーツの屋台での1枚です。
お腹が空いていた訳ではないのですが、こういうところがあるとついつい寄ってしまうのですね。
この日はほぼまったく写真を撮っていなかったことを思い出して撮らせてもらったのですが、日が進むにつれて撮影枚数が減少するというのがタイの旅の不思議です。
こういう屋台では言葉が通じないことが多いですが、反面で英語のメニューはなくて、安心して指さしオーダーできるのがまた好いのです。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/16 Sat

寝台のない夜行列車

Angenieux S5 50mmF1.5
関西からバンコクの便といっても直行ではなく、いつもと同じ香港経由便です。
新今宮の安宿は予想に反して外国人の宿泊者がとても多く、そのためか翌朝シャワーを使おうと5時に起きたのにもかかわらずずっと使用中で、結局、使用できないままに旅をスタートしなくてはならず、乗り継ぎ時間の長い香港でようやくシャワー室を借りて人心地つくことになります。
たぶんこの乗り継ぎの悪さこそが、航空券の安さの理由でしょう。
おかげて、わたしは旅の前夜祭を楽しむことができ、マイルも貯まって、シャワーでリフレッシュもできで悪いところはありません。

バンコク到着は夕方ですが、今回はそのまま夜行列車で南へ向かうことにしていました。
本来は西を目指さないといけませんが、月末近くに日本で用事があるため時間が長くとれないので、このまま西進してしまうと帰国が困難になると考えて、今回はシンガポールかできればその先のインドネシアの島まで行ってバンコクへ折り返してくる旅にするつもりでした。
そうすれば、翌月はまたバンコクからミャンマーを経てバングラデシュかインドのどこかの都市まで行って帰国するルートが組めるでしょう。

バンコクの鉄道の拠点になるホワランポーン駅に行って、タイのほぼ最南端のハジャイまでの寝台券を購入しようとしました。
窓口では英語のできる女性がいて、寝台券はないと言います。
旅の早々から寝台券が売り切れているとは、この先思いやられると思い、キャンセル待ちとかできないか聞くと、ハジャイ行きの列車にはそもそも寝台車は連結されていないとのことでした。
絶望的な気持ちになりましたが、シートバックがだいぶ倒れるから眠れますと太鼓判を押してくれたのでチケットを購入して、夕食をとりに出掛けます。

駅前にWIFIありと書かれたレストランがあったのですが、食べ物がみな高いです。
店員はみな流暢な英語を話すので、外国人観光客向けのようでした。
ここではマンゴーシェイクだけ頼んで、ハジャイに着いてからの行動をインターネットで確認します。
駅周辺は中国人街でたまに見かけるレストランはみな中華料理でした。
久し振りのタイでのディナーなのですから(と言っても18日前にはバンコクで食事している)タイ料理レストランを求めてさまよい続けます。
子どもたちが集まっているところがあって学習塾と思われたのですが、すぐそのさきには何と立ちんぼの女性何人もいて、通りがかるや何やら声をかけられました。
これはまずいと踵を返して駅方向に戻りますが、夜の学習塾と夜の女性たちが隣接していると言うのはいかがなものでしょうか。

そうして歩くこと30分、屋台街を抜けたところに小さなタイ料理屋を見つけて飛び込みました。
ローカルチックな外観ですが、渡されたメニューは英語表記で、料金は駅前の店とどっこいどっこいです。
もしかしたらこの辺りは、外国人用とローカル用の二通りのメニューが用意されているということなのかも知れません。
こんなところにはそれほど外国人は通らないでしょうし、タイ人はこんな高くては利用しないでしょうから。

激辛カレーでお腹いっぱいにして、セブンイレブンで飲料関係の調達をしてから駅に到着しました。
11時発の列車は、遅延で30分以上遅れてやって来ました。
ここが始発駅だと言うのに、到着した列車も折り返し運転ではないと言うのになぜこんなに遅れるのかが理解できません。
この列車が最終なので構内の店は全部閉まっているし、案内放送がタイ語のみで何言っているか分からず、駅員に聞いてもいつ列車が来るかは分からないと言われるばかりで何もできませんでした。
他の乗客もプラットフォームに直に座り込んで、ぼんやりするばかりです。
作例写真は、チケット購入後に撮ったひとり旅の東洋人女性ですが、バンコクの駅では椅子の設置が少なく、どこでも直座りが当たり前だと理解してもらえるでしょうか。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/15 Fri

旅遊結束

M8/Angenieux 50mmF1.5
年とると記憶がかなりあやしくなるもので、去年の正月に貴州に行ったのは覚えていますが、おととし、さきおととしがどこだったかさっぱり思い出せません。
調べると、
2012年江蘇省の古鎮に1泊
2011年貴州省の少数民族の村に数日
2010年貴州省の少数民族の村に数日
2009年江蘇省の古鎮に日帰り
と分かり、ああ、そうだったっけと思い出してきました。

この4年間、正月は江蘇の古鎮に短時間か貴州の山奥に割と長期間の2パターンの旅しかしてなかったようです。
行き先と期間から旅の傾向も2つに分かれます。
一期一会ということはありますが、はっきり言えるのは、旅は長いほど、遠くへ行くほど面白いということです。
今回の旅も2009年の旅もどちらも楽しいものでしたが、その重みは昨年、一昨年とは比べモノになりません。

わたしは、旅の醍醐味をその重さ濃さ深さに求めてきましたが、今回のようにあっさりしたものだって悪くありません。
旅がいつも濃厚ではいつしか疲れてしまうでしょう。
旅のスタイルがどうであれ、まずは家を飛び出すことです。
家を出た瞬間に責任はすべて自分が負い、楽しみはひとり占めする、それが旅の良さだともう一度思い出せればそれで好いのではないでしょうか。


この日は大晦日で、深圳の友人と過ごすことにしていたので、午前中には甪直を発って上海の空港を目指さないといけません。
散策から戻ると荷物をスーツケースのなかにまとめ、宿を後にします。
お世話になった臭豆腐の老夫婦にも礼を言おうと立ち寄りました。
わざわざありがとう、また来ておくれと見送ってもらいます。
カメラをバッグのなかにしまっていた今回の旅はすでに終わっていて、うん、また来ますねと返事したことで、次の旅が始まったのだと思いました。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/21 Sat

是蘇州麺?

M8/Angenieux 50mmF1.5
宿泊した部屋には家庭用のエアコンが付いていて、温度が30度に設定されていました。
いくらなんでも熱過ぎだろうと25度てスイッチオンしましたが一向に温まりません。
結局、30度に戻してやっと寒さから解放されますが温かいというほどにはなりませんでした。

木造の古民家は建てつけがいまひとつでエアコンの効きが悪いのか、そもそも中国製のエアコンはこんなものなのかよく分かりません。
ただ、30度に設定していると音をたてて空気が飛び出ているのが見てとれます。
心配どおり翌朝起きるとのどが痛み参りました。
この時以来今に至るまで、風邪というほどの症状にまではなっていないものの、せきがひどくて困っています。
乾燥対策という基本を怠った報いですね。

ペットボトルの鉱泉水をまるまる1本飲んで、まだ薄暗いうちから外に出てみました。
なるほど、6時半くらいになるともう動き出している人の姿がちらほら見られます。
調理に使うのでしょう炭に火を入れる人、薪のようなものの束を持って歩く人、朝から植木に水をやる人とちょっと日本の朝とは違う風景です。

橋の上でぼんやり立っているおじいさんがいます。
何をやっているのかさっぱり分かりませんが、遠目から1枚撮影させてもらいます。
おはようと声をかけて近づきましたが、やはりなにしているかの謎は解けません。
橋の中央がかなり高くなっているので、ここからの景色を毎朝楽しんでいるのだろうと結論付けることにしました。

そんなのもろもろをやり過ごしながら村の入り口の街道の方へ歩きました。
その街道の交差点の手前に2軒レストランが並んでいて、左側の方に入ります。
昨日の夜、ここで食事したのですが、いろいろ事情があって少ししか食べられなかったのですが、そのおかみさんがこんなふうに言うのです。
 明日の朝、よければ、またおいで。
 うちの麺は、甪直では古くからの店として有名なのよ、と。

そんな話を聞いて行かないわけにはいきません。
なるほど入ったのはまだ7時くらいだったと思いますが、かなりの人で混雑していました。
ところが、テーブルは中国式の円くでかいヤツですので、みんな相席でかけていて待たずに座れます。
ただ、注文の仕方がよく分からず、カウンターに並んで前の人たちがたのむのを凝視してようやくなんとなく飲みこめました。

壁には何種かの麺のメニューが書かれていましたが、麺そのものは1種類しかなく、あとはトッピングをカウンターに並んだ皿から選んで会計してテーブルに持ち帰り、しばらくして運ばれてきた麺に各自入れて食べるというシステムでした。
そのトッピングの皿は、肉、魚、野菜、目玉焼き、なんだか分からないのと、10種以上あって、一見再度メニューのようですが、すべて麺に入れていっしょに食べるためのものだったのです。
どれも冷めてしまっていて、これでは旨くないのではと少しがっかりでしたが、自分の番になるとカウンターのおばさんがさすがにわたしを覚えていて、良く来た良く来た、この人は日本人なのよとまわりに説明するなど余計なことまでして歓迎してくれるので今さら要らないという訳にはいかなくなって、見よう見まねで辛そうな肉と目玉焼きをとってテーブルに舞い戻りました。

運ばれた麺はほんとにスープと麺だけで他に具は入っていません。
ただ、そのスープは深茶緑というか、なんとも濃厚な色をしていてちょっと驚かされました。
肉と目玉をぶち込んでよくかき混ぜ、まずはスープから。
これが見た目通りに濃厚で、あっさり系(または激辛)が多い中国では異色の味ですが、こんなの初めて食べたという旨さです。
色のもとは分かりませんが、何かの肉と野菜を相当に煮詰めた味で細麺で食べることからも、九州の濃厚とんこつラーメンが連想されました。
味そのものは全然似ていませんが。

冷めた肉と目玉も麺の中に入れれば、当たり前ですが熱くなってまずいということはありません。
ラーメンのチャーシューだって考えてみればあとから載せるだけですね。
わたしはふだんとんこつ系のラーメンばかり食べているので、あっさりスープだと物足りないと感じることがほとんどですが、この麺はたいへん美味しくいただけました。

中国へ行くたびに麺類を何度も食べるので、これまでに食した麺は何百杯となっているはずですが、これは旨いと思ったものは数えるほどしかありません。
四川省峨眉で食べた牛肉麺、同じく成都の雑醤麺、北京の炸醤麺などは感動するくらい旨かったのですが、有名な担々麺や刀削麺で特別に美味と感じるものに出合ったことはないのです。
この時食べた麺は前述の麺たちに匹敵するレベルですが、非常に残念なことに、何という麺なのか名前が分かりません。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/01/20 Fri

隣河房間

M8/Angenieux 50mmF1.5
せっかく歴史ある古村落へ来たのですから、古民家へ泊ってみたいとは誰もが考えることでしょう。
甪直にも、客栈と呼ばれる民宿のような施設が数件ありました。
ところが、中国人にはみすぼらしい宿にわざわざ泊りたくないという感覚があるのか、近くのもっと大きなホテルに行ってしまう人が多いようです。

河に面した感じの好い客栈が2軒ありましたが、シーズンオフのせいか1軒は門を閉ざしていましたので、必然的にもう一方に行くことになります。
部屋は5つくらいありましたが、さいわい河側の部屋が空いているというので値段を聞くと200元、他の部屋は80元とずいぶん開きがあります。
部屋の大きさや設備に大差ありませんが、なにしろ河側部屋にはベランダがあって景色がいいというのでまずは見せてもらうことにします。

なるほど、ベランダは部屋の外側ですが、そこもまたガラス窓で覆われていて、ちょうど主の奥さんが孫を抱いて外を見ているところでした。
のんひりと外を眺める姿にいいなあと惹かれましたし、夜、ここにビールを持って来て暖房の聞いた中でちびちびやりながら夜の甪直をぼんやり眺めるのも冬の夜長にはいいかも知れないと考えたら、この部屋以外に考えられなくなりました。

ひとりだから100元にしてよと交渉してみます。
人の好さそうな主は100元はちょっとと笑っていますが、結局150元ということで交渉成立です。
ラッキーと思ったものの、後で他に宿泊者はないばかりか、ここ何日も誰も泊っていないと聞き、しまったやはり100元で引かなければよかったと後悔してしまいました。
そればかりか、ベランダにいた奥さんも旦那と連携して演出のために座っていたのではと疑う始末です。

もちろん主は印象どおりの人柄のいい人で、長年の旅慣れた客とのやり取りで培った接客技術で、わたしの質問にてきぱきと答えてくれます。
英語はさっぱりできませんが、外国人は泊らないかと問えばアメリカ人はときどき来るし、台湾人は多いなあとの返事です。
台湾を外国と言っているのがすばらしいですが、アメリカ人が来た時はどんなやり取りをするのでしょう。
この親父さんと若いアメリカンバックパッカーが紙に数字を書きあって値切り交渉する姿を想像して、思わず吹き出してしまいました。

さて、今日の作例は、その部屋からの眺めです。
窓を少し開けて窓枠にカメラを押し付けて4秒のシャッターを切りました。
中国式の赤いちょうちんにも灯がともっていると好い感じだったと思いますが、F1.5開放でも意外に細部まで描写してくれるものですね。
上海の夜景は100万ドルのと言わているようですが、この夜景は他の部屋との差額120元の夜景と名付けたいと思います。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2012/01/19 Thu

鏡頭朋友們

M8/Angenieux 50mmF1.5
遠方のレンズ仲間から、朗報が届きました。
これまで撮りためてきた写真をレンズの解説とともにまとめたものを、近く公開する予定になったのでと連絡をくださったのです。
いつもレンズについて多岐にわたって説明いただく方なので、知識はすばらしくそれを裏付けるだけの撮影もされていて、これは類例のないした資料的価値を持つものになっていると言えます。
もちろん、資料としてだけでなく面白い読み物になつているので、完成が待ち遠しいです。

などと書いていたら、kinoplasmatさんから行方不明だったレンズがやっと届いたとの連絡が入りました。
このレンズこそは、わたしも懸命に探して見つけられない、珍しくも、レンズ史上の価値のあるもので、早くそのインプレッションをお聞きしたいものと願っています。
そういえばksmtさんも、入手したばかりのフォクトレンダーのペッツバールガあまりに良かったせいか、ペッツパールをもっと集めると意気込んでらしたのを思い出しました。

Summimomuさんは、トリプレットタイプの問合せをして来て、わたしが貸すと言っているのに中判でも使いたいからとローライコードを入手予定のようです。
先日、手に入れたばかりのフォクトレンダー・ビテッサのウルトロンがすごく良かったと報告してくれたばかりだと言うのに。

かく言うわたしは、この前、清水の舞台からえいっと飛び降りてスピードバンクロをオーダーしたのですが、昨日になって中国のカメラ修理の友人から、もう1年以上前にお願いしていたレンズのライカマウント改造が仕上がったとのメッセージを受け取りました。
実は、これもテイラー・ホブソンの1920年代の名作です。
今度、訪問の際に手渡してもらうのが楽しみです。

いずれも、これらはここ2.3日のことです。
ついこの前まで、レンズの価格が上がってしまったと嘆き、周囲の動きも停滞気味かと見誤っていたのですが、にわかに活気づいて来たようです。
写真は、個人が撮ってその技量を高めるものですが、レンズ趣味という要素が加わると、情報を交換したり、教えを乞うたり、意見をぶつけ合ったりとレンズ仲間の連携と言うものが形成されます。
とくに気の置けない仲間とのこういった付き合いほど楽しいことはなく、同時に、レンズ蒐集へのモチベーションを高めてくれる素敵な繋がりともなっています。


さて、作例ですが、まず昨日のものですが、保聖寺という1500年もの歴史を持つお寺の境内からです。
この建物のなかに有名な羅漢の木彫り像があるので見学に行ったのですが、カメラを手に入ったせいか撮影厳禁と強い口調で言われ、逆にそう言った女性の思い切り弛緩した姿を撮ったものです。
冬の夕方のいい空気感が気に入っています。

今日の作例は、やはり夕方の甪直に現れる手漕ぎの舟です。
遅い時間になって観光客が減るとやって来るのは、他の水郷の村と同様ですが、なにをしているかお分かりになりますでしょうか。
実は、このおじさんたちは、河に投げ捨てられたゴミをすくってまわっているのです。
美観を保つための、恐らく毎日続けられているボランティアだと思います。

中国にだってもちろんゴミ箱はありますし、そこへ捨てるのが普通です。
ところが、それでもゴミ箱ではなくそこいらに捨ててしまう人が少なくないのです。
日本にもそういうのはいますから、その比率が中国ではかなり高いと考えれば想像つくと思います。
とくに河は、そこへ捨てても流れによって目につかないところへ運んでしまうので、そのような人々の絶好のゴミ捨て場になっているようです。

はい、河は国内に留まるものではないことは言うまでもありません。
一部は東南アジアへ、ほとんどは日本海へと流れつきます。
ちょっと前に大問題になっていた越前クラゲはそれが原因だという説が有力視されているようです。
黄砂と同様の問題です。
こんな作例からそこまで話を発展させるのもどうかと思いますが、少なくとも自然分野では日本と中国は大きな関連で結ばれています。
このまま放っておいては環境に影響を受けるのは時間の問題ではないかと心配になります。
【M8/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(3) | 2012/01/17 Tue
| home | next
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。