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荷物考ふたたび

Angenieux S5 50mmF1.5
前にも書いたような気がしますが、長旅では荷物をいかに減らすかは重要な問題です。
昔からの金言は、持って行くかどうか悩むようなものは、持って行くな、です。
わたしはバックパックではなく、キャスターの付いたスーツケースでもなく、持ち手が付いただけの古いトランクで旅しているので、荷物の重さはそのまま自分の手と肩あたりの負担になります。
重量は11キロくらいでしたが、それを手持ちで運んでいたら手にマメが2つできてしまいました。
いつも右肩にはカメラ等の入ったトートバッグを提げていたので、左手でばかりトランクを持ったためのようです。

痛くはないのでそりままでもよかったのですが、旅行鞄でできたマメですという自慢もできないし、やはり楽したいので折り畳み式のキャリアーというんでしょうか、荷物をゴムのひもで固定してキャスターで引いて歩くアレというので通じるものなのか、を買って愛用しています。
初代は、南陽駅の売店で値切って買ったのですが、すぐにキャスターがぐらぐらになったと思ったら、ゴムを留めていた部分が割れてしまい使い物にならなくなりました。
さすが中国のローカル製品です。
2代目は日本の通販で見つけたもので、プラスチック製で軽量、ハンドル部分はスーツケースのように長く伸縮するというので試しに買ったところ、使い勝手は格段に良く気に入っています。
奈良の友達の女性がそれに気づいて、荷物が進歩してる!と指摘したのはさすがだと思いました。

2月に世界一周をスタートさせる前は、カメラが壊れて撮影できなくなったらまずいので、予備のα7をもう1台持つべきか真面目に検討していました。
旅の前にカメラを新しく買うのは厳しいので、ではライカM6にするかなどと考えてもみました。
機械式カメラはバッテリーを気にしなくていいですし、タフなライカが壊れることが想像できません。
実際、フィルムの時代に旅していた時は、ライカ2台にレンズ3本ということもしばしばだったので自然な発想なのですが、そのころはPCや携帯を持って行くことはありませんでした。
PCや携帯は周辺の充電器、コード、マウス、アダプター等々を含めるとバッグのスペースを大幅に占拠します。
ライカ1台とレンズ1本が減ったスペースにそれらが加わったと考えて、カメラ2台はあきらめることにしましょう。

前回の旅で携帯のカメラ機能が壊れてしまい、α7もおかしくなったらどうしようと少し心配にもなっています。
中国の順平さんのように、世界各地には修理のプロフェッショナルがあちこちにいて助けてもらえそうな気がします。
しかし、うまい具合に修理屋さんがあってその場で直ればいいですが、カメラ修理店などというものがそうそう簡単に見つかるとも思えません。
がちゃがちゃといじった挙句、こちらは早く出発したいのに、数日預からせてくれということもあるでしょう。
旅の途中から一切撮影行為ができないというのは、手足をもがれたような気分でしょうし、そんなときに限って超絶美女が現れてペッツバールの自慢をするものの、カメラが壊れていて撮影はできないんですけどね、と肩を落とす姿を想像してしまいます。

そこで思いついたのは、カメラをちょっとだけ借りてブログ更新用の写真だけでも撮らせてもらうという作戦です。
α7を持っている人が見つかればいちばんいいですが、わたしのペッツバールはksmtさんにEOSマウントへ改造していただいているので、EOSを持っている人ならあちこちいるでしょう。
タダで借りるのは図々しいですが、代わりにその歴史的レンズであるペッツバールのことを説明して撮ってみてくださいとやれば、十分に理解してくれると思います。
今まで、旅先であった人は、モンゴルの一部を除いてみな、ペッツバールに高い関心を示してくれています。
こちらが自慢しなくても、不思議なレンズに気付いた好奇心旺盛な人は惹きつけられるようにやって来て、それは何だねと尋ねてくるのですから。

さて、今日の作例はリペ島の土産物屋さんが並んだ通りでの1枚です。
ランチタイムや夕方以降、船が到着したときなどは賑わうのですが、それを除くと小さな島ではみなすることもありません。
同僚の女性の体形を見て、暇なときは何か運動でもしなくてはと考えるのも当然の成り行きでしょう。
いちばんいいのはきれいな海で泳ぐことですが、タイ女性は水着になるのがとても恥ずかしいことだと思っていると聞いたことがあります。
それに何より日焼けして肌が黒くなることを恐れているそうです。
観光客に撮影までされて恥ずかしいですが、やはりフラフープれがいちばんのシェイプアップと判断したのだと思われます。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/26 Tue

何もない島の暮らし

Angenieux S5 50mmF1.5
リペ島はたしか自動車は走っていませんでしたが、タクシーは存在しました。
といってもバイクタクシーのことではなく、作例のようにバイクの横に荷台を括り付けたサイドカーのようなタクシーが恐らく20台くらいは営業しているようでした。
狭い島なのでわたしは利用する機会がありませんでしたが、西洋人のお年寄りカップルが肩寄せ合って乗車しているのを見ましたし、本土からの船に乗って来た荷物の多い旅行者がホテルまで行くための便利な交通手段として活躍しているようでした。

日中どこかに移動する人は少ないので、流しのタクシーと言うものは存在しないようですが、木陰などに待機していて通りかかるとタクシー?と聞いてきます。
これだけだと物価の高いリペ島では生活費を稼げそうにないでしょうから、荷物運搬とかバイクを活かした別の仕事も兼ねているのだと思われます。
ガソリンをどうしているのか気になりましたが、これも本土からタンクなどで運んでもらい手間賃を上乗せした値段で買っているのでしょう。
そうなるとリペ島のタクシーは本土よりずっと高くなることは免れないでしょう。

バンコク市内などのトゥクトゥクもそうですが、料金相場が分からないと貧乏旅行者にはなかなか利用しづらい交通手段です。
どうしても使わざるを得ない時はわたしの場合次のように料金交渉しています。
「○○まで幾ら?」
「50バーツ」
「高すぎる20ハーツで頼むよ」
「それは無理、では40バーツで」
「いや20バーツでなければ乗らない」そう言って立ち去る。
これで、相手があきれたりするようなリアクションだったり、それ以上声をかけなけれぱ40バーツは法外ではないと判断して、35バーツを目標に他の人と交渉します。
さらに下げてくるようなら、最悪30バーツとみなし、その人とは25バーツ以上はOKしないようにします。
折れなければ別の運転手と交渉します。

5バーツは約20円なので、そんな単位までせこく交渉するのかとあきれられるかも知れません。
わたしもそこまでこだわるつもりはありませんが、生活のための交渉事だと考えると、その5バーツの積み重ねが昼食代に化けることを意識せざるを得ません。
ちなみに屋台のソバは30バーツくらいからです。
また、現地の人はそこまでシビアに交渉したり、金銭感覚を持っているはずですので、同様に対応することはそこで生活している感覚を身に着けさせることに役立つと思うのです。
短期旅行では多少のお金より時間の方が大切なケースが多いですが、時間にゆとりのある場合は、価格のやり取りを含めて旅なんだとそれを楽しむ姿勢が大切なのです。

ところで、リペ島はお金に固執するような人も少なくないのでしょうが、多くは南の島らしくのんびりと無駄話を好むような人が多かったのが気に入りました。
レストランはどこも高くて辟易しましたが、外れに個人経営の食堂を見つけたので地元の人が酒を飲む中に紛れて、高い外国人向け料理をいただきました。
しかし、ここはとても美味しくて翌日のランチにも利用することになります。
場末のレストランなのでほとんど利用する人がいないんじゃないかと心配するようなところなので、2日続けて来てくれたというのは美味しいから再訪したということが相手にも分かります。
言葉の通じないおばさんが昨日にも増して張り切って調理しているように見えました。

また、夜の12時までやっていたバーは、わたしの泊ったバンガローの並びの半分砂浜と言う格好のロケーションだったので覗いてみたのですが、弱冠20歳のハジャイから来た若者が経営者でした。
2年前に来て始めたというので、未成年にしてバーテンダーデビューということになりそうです。
ご自慢のカクテルは高かったので、ビールを注文したのですが、流暢な英語に感心してどうやって覚えたのか聞くと、ここへ来る前にはほとんどしゃべることができなかった、2年間ここで客と会話しているうちにどうにか会話できるようになったとのこと。
すごいなあと感心しますし、最初はそうとう苦労したのでしょうね。
わたしもここで働けば英語ができるようになるのかしらと思いつつ、バンガローに戻りました。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/25 Mon

ストップオーバー・ラブイズオーバー

Angenieux S5 50mmF1.5
今日、バンコクから3度目の帰国をします。
ホテルは空港からの列車が着く駅の真ん前に取ったのですが、このあたりはインド人街のようで街行く人は南アジア系ばかりの不思議な空間でした。
レストランもインド料理ばかりで香辛料の匂いが鼻をくすぐりますが、来月にはインドに入るつもりなのでここは我慢して、小さなしかしやはり高いタイ料理の食堂で食事しました。
やはりここもツーリストエリアのようで、何軒かあったメニューを店頭に掲げるタイ・レストランはどこも高く、メニューが見られない安そうな店を選んだのですがダメでした。
円安もあるとはいえタイで1食900円と言うのはかなり堪えます。

翌日のブランチはさらに歩いてローカルなタイ料理かつ店頭のおかあさんが英語を話す店を見つけました。
いい店を発見したと喜びましたが、正直このエリアにまた泊まりにたいとか来たいとかという気にはなれないので、この店に再訪のチャンスはないでしょう。
そういえば、ホテルの荷物係はパキスタン人だと言うのでいろいろと聞いたところ、カラチ出身なのにクリスチャンだと言っていました。
パキスタンにもクリスチャンが存在するということを初めて知りました。
やはりカラチには居づらいそうで、もう少しバンコクで働いてカナダに移住したいと言っていました。

ブランチの後はホテルに戻って荷物を受け取り空港へ向かいます。
前回はバンコクから戻って香港に立ち寄ったりしているので今回もそうするつもりだったのですが、ベトナム航空のハノイ経由成田行きが最安だというのに気付きました。
このチケットは安いのですがハノイで7時間ほど待たなければいけません。
しかし、わたしにとってはこのハノイでの7時間は逆に絶好のチャンスでした。
先月、会ったフリーハグの仲間たちと短時間の再会をすることができると思ったのです。
このアイディアを思いついてやはりフェイスブックでやり取りすると、わたしのために飲み会を開いてくれることになりました。
ただしハノイ空港には夕方6時に着いて深夜12時50分の便で成田に向かいます。
空港から町中まで1時間近くかかるので、7時から11時までハノイに滞在できるからと伝えておきました。

航空機から降りると空港は新しくなっていて感心したのも束の間、入国審査の列は並びきれずに人があふれていました。
これではうまくやっても1時間以上並ぶことになり、待っている彼らに迷惑をかけてしまいます。
よく見ると短い列のところがあり、そこまで通してもらうとベトナム人用のレーンでした。
しかし、その隣のアセアン用のレーンと言うのも同様に短かったので腹を据えてそこに並んでしまいます。
ジャカルタかどこかからの便が着いたばかりなのでしょうか、色黒のイスラム風の人ばかりが並んでいて、その中に混じったわたしは浮いた存在だったはずですがそんなことは気にしていられません。
いざ係官にここはアセアンのレーンだと言われたら、えっ、勘弁してくださいアジアンて書いてあるのかと思った、今更並びなおしはできませんととぼけるつもりでしたが、何事も言われず通過でき、ガッツポーズです。

しかし今度は悲運で、タクシーに乗ると運転しているのは英語の一切できない若者でした。
住所のコピーを突きつけると顔色を変えてどこかに電話していますが、ベトナム語は一切分からないのでなに言っているのかさっぱりです。
道が分からないなら別のタクシーを探すからというわたしの言葉も通じず、タクシーは不安げに出発してしまいます。
市街に入ったところでわたしの友人に電話させて道を聞いたりしてもらいいますが要領を得ず、繁華街を行ったり来たりでまいりました。
結局、空港から1時間半かかり、料金も帰りの2倍でした。
外国人が乗った時料金をボッタクルための英語が分からない振りをする新手の詐欺なのかも知れません。

タクシーが停まったところで彼らは待っていてくれて、若干遅れたもののお気に入りだという日航ホテル裏のベトナム料理のレストランに急行しました。
来られない人がいたり新顔がいたりで総勢7名が集まっていました。
友人はこの日のためにとベトナム北部の美味しいお酒を取り寄せてくれていましたし、隣には女の子が座ってやさしく料理をとってくれます。
この子はわたしに気があるのかなあと思っていたら、ごめんなさい、これからデートなのと言って途中で帰ってしまいました。
3時間の宴はあっという間に感じられます。
今度はゆっくりベトナム各地を旅したいとわたしが言い、彼らの何人かは真剣に日本旅行を検討しているらしく、ホテルやレストランの料金をわたしに確認していました。
これにて世界一周の第3ラウンドが終了になります。
目的地だったシンガポールでは何もせずに、ストップオーバーのハノイで盛り上がってしまうのがわたしらしい旅だったと言えるのではと思います。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/24 Sun

さすが明るい北朝鮮

Angenieux S5 50mmF1.5
バスの行先はクアラルンプール市内に2か所あるそうで、わたしはそのまま中心になっていたセントラルという方で下車しました。
ツリーハウスに3泊したためもう翌日の夜にはバンコクに着いていなくてはならず、できればそのまま夜行列車でシンガポールに向かうためです。
セントラルは名前の通り大きな建物で、降りたところに空港行きのバス乗り場がありましたので、鉄道駅行きもあるだろうと思い聞いたら、まさにここセントラルが鉄道駅だということが分かりました。
人の波をかき分けて切符売り場に行くと、そのシンガポール行きが夜11時発で翌朝6時頃に到着であるとのこと。
さいわい寝台車もあったので、下段ベッドのチケットを買います。

出発まで5時間近くあったので、荷物を預けて食事します。
セントラルは、地下街とショッピングモールが合体したような巨大商業施設でもあるようで、寿司屋を含めたレストランやカフェがたくさんあって、どこに入るか悩みます。
充電OKの店で食事と携帯のチャージを行いました。
久し振りにメールのチェックもしますが、さすが3日もジャングル生活で受信していないとスパムを含めてすごい数のメールが着いていました。
ここはマレーシア料理の店でしたが、こういうところに入っているのは日本同様ファーストフードタイプで、ツリーハウスでさんざん美味しい野菜料理を食べて来た後では何とも味気ない夕食になってしまいました。

イヤホンも紛失していたので電気量販店で日本製の1000円ほどのものを購入します。
以前は1万円もするイヤホンを愛用していましたが、どうせ耐用性がないですし、失くすことも考えると1000円台の国産品で十分と考えるようになりました。
携帯にダウンロードされているのは懐かしのロックとポップだけでクラシックは入っていないので、音にこだわる必要を感じません。
ノイズキャンセリング仕様などヘッドホンタイプも以前は考えましたが、旅には荷物になると諦めました。
カメラ用のバッテリーも置いてありましたが、8000円もすると聞いてびっくりします。
今回の旅はもうあと何日もないので帰国時に日本で買うことにしましょう。
オードリーという名前のランジェリーショップがあって、西洋人モデルが下着姿でポーズしているポスターにタナメラでハグした彼女の残像を見た気分になりました。

列車は中国式の進行方向に横を向く並びではなく、縦に左右2段並ぶタイプで枕はあるのに毛布が付いておらず寒い思いをしました。
乗車率は高く、わたしの車両には空席がありません。
荷物置き場もなく、みな通路にスーツケースを置いていますから、中国のように車内販売のカートが通ることはありません。
食堂車もあると聞きましたが、23時発6時着の夜行で利用する人はまずはいないでしょう。
5時頃ジョホールバル駅に着いて全員降ろされ出国検査を受けました。
寝ぼけていたわたしはシンガポールに着いたと思い、入国審査はと聞いたところ、また列車に戻ってシンガポールまで行ってからだと言われ、ここがまだマレーシア内のジョホールバルだと気付きます。

シンガポールの駅はセントラルではなくウッドランドとか言う名前のマレーシアよりの外れにありました。
駅前は住宅街で、食堂が見えたので聞くと近くにATMがあり1500円分ほどキャッシングして朝食を食べました。
雨が降っていて、シンガポールで何をするかも考えておらず、荷物を預けるところも見つからずで、地下鉄駅まで出てスターバックスで再度充電をすることにしました。
この日の夜にバンコク行きのLCCを利用することにしていたのですが、航空会社や時間が思い出せずEチケットを確認のためメールを見る必要があったのです。
受信から時間が経ってしまったせいかメールの内容が読み込めなくなっていて、どうせシンガポールも行くところがないしと、お昼前に空港へ向かいました。

空港のWIFIと職員は優秀なようです。
インフォメーションで事情を説明すると、わたしの携帯を取り上げて内容確認しながら、スクリーンショットで保存までしてくれ、好い旅をと言ってくれました。
まだ出発まで何時間もあり困るところでしたが、昨日、今日とだいぶ充電したはずなのにもうバッテリーがなくなりかけていて、容量の足りないキーボード用のケーブルで充電していたことに気付きました。
バッテリーやヤホンを失くしたり、PCがずっと使えなかったり、メールがチェックできなくなったりとロクなことがありません。
旅の疲れがこんなところに出てしまうのだと解釈することにします。
作例は、この日唯一撮影したシンガポールの地下鉄内の風景です。
子どもは靴を脱がないまま座席の上に立ち、若者たちは会話せずにそれぞれの携帯ゲームに夢中、イスラムの女性はヘジャブの上からヘッドホンで音楽を聴く、とみんなそれぞれにわがままなシンガポール人が並んでいましたとさ。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/23 Sat

ハートの贈り物

Angenieux S5 50mmF1.5
朝起きて、少しのんびりしてからシャワーを浴び、朝食に向かいます。
メインのオープンデッキの建物で時間を決めてみんなで食事するのです。
インド人ファミリーは昨日立ち去ったので、今朝は、レイチェル、ギョン、オードリー、モハンメド、そしてわたしの5人だけです。
今日の朝食係はオードリーだったそうで、小麦をこねてツリーハウス風のクレープをつくったと自信満々に語りながら食器を運び込んでいます。
今日、宿を去るわたしからどうぞとクレープを取り分けてくれたのですが、それはハート形をしていてスマイルマークも描かれていました。
わたしのために愛を込めてハート形にしてくれたのだそうで、思わぬ演出に泣きそうになります。

朝食を始めるとモハンメドがどうしても今日出発しなければならないのか聞き、いやけっしてそんなことはないがと答えると、ボランティア2日間ですっかりスタッフの一員気取りの彼はそれならもう1泊滞在を許可しようと言って、結局もう1日滞在することになってしまうのでした。
オードリーに明日もハートのクレープを作ってくれと頼みますが、ダメだと断られました。
体育の先生はときに優しいですが、ふだんはとても厳しいのです。

ツリーハウスがあるキャメロンハイランドは、クアラルンプールからバスで5時間ほど、標高1500メートルの高原のため涼しい気候と美しい自然が堪能できると、マレーシアでは人気の避暑地になっています。
ツリーハウスは中国系のオーナーが始めたオーガニックの農園の一部に仲間の大工さんが建てたもので、自慢の野菜を使った料理が楽しめ、自然に親しむことができるアウトドア派のためのホテルとして3年前にオープンしたのだそうです。
IT企業に勤めながら自分の人生を見つめなおそうと考えていたレイチェルが知り合いからオファーを受け、これを転機にとホテルの管理を買って出て、さらにひとりでは管理しきれないと旅行好きで自然を何より愛するギョンにも加わってもらって、どうにかツリーハウスを運営して来たそうです。
食材は農薬を使わない畑から供給されますが、コメや麺類、小麦粉、調味料その他はなるべくオーガニックにこだわって取り寄せ、それらの入れ物にはオーガニックかそうでないかがマジックで明記されています。
それを求めてやってくる外国人、マレーシア人が多いということでしょう。

自然や有機野菜にこだわるくらいですので、下水処理や電気などにもそうとうな気配りをしているようです。
電気は発電機を使いますが、発電時間は午後の6時から10時までの4時間だけで、何かのトラブルで点かないこともありました。
そのため電気が点くとみんなでやったとばかり拍手します。
実は、カメラの予備バッテリー4個をそっくりリペ島に忘れてきてしまっていて、初日に充電できなかったのでこの日撮影したのはこの1枚だけになってしまいました。
おかげで、わたしは写真撮影を全然しないのに150年前の古いレンズだどうだと自慢ばかりしている変人扱いです。

せっかくまた延泊したのですが、とくにやることはありません。
再度、滝探しに行く約束でしたが、午前中はずっと雨で、午後にはレイチェル、ギョン、モハンメドの3人が町に買出しに出掛けたのでわたしはついに滝を見ることはありませんでした。
オードリーとふたり残っておしゃべりをしたり、彼女が草刈りに出るとハンモックに横になったり、端材で看板作りに挑戦したりして過ごします。
前日、オードリーが花をデザインした見事な看板を木切れに彫ってこれは目立つところに掲示しなくてはと評判だったので、わたしはサルの看板に挑戦したのですが、床板用の硬い板しか残っておらずまったく彫れなかったので、仕方なしに滝はあちらという矢印を作成しました。
レイチェルのメガネにかなえば、滝の入り口付近の木に貼り付けられることでしょう。

森には10年前くらいまでときどきヒョウがやってきたそうです。
わたしはサルの群れを3回も見ることができました。
姿は見えませんが、いつも聞いたこともない美声で鳴くさまざまな鳥や虫たちがツリーハウスのまわりを取り囲んでいます。
蚊がとても多いのですが、なぜか活動するのは朝と夕方の短時間だけで、それ以外はどこかへ行ってしまいますし、動きが遅いので簡単にはたくことができます。
また、蚊はレモングラスが苦手だそうで、これを混ぜたお手製クリームを塗ってもらうと近寄って来ませんでした。
雨がちなので、なかなか見られませんが、星はとても大きく輝いていますし、夕日が見えたときは雲が紫になってとても幻想的でした。
マレーシアで生まれ育ったふたりは夜を寒がっていましたが、フランス出身のオードリーとわたしは自国のいちばんいい季節と同じくらいの気温だと喜んでいたくらいです。
リペ島に楽園を感じたわたしは、ここにもうひとつの楽園を感じていました。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/21 Thu

鳳先生と模範目処先生

Angenieux S5 50mmF1.5
ツリーハウスは全部で6棟あり、1棟だけファミリー向けの大きな建物で、逆にそこだけは崖に沿っているので高台ではあるものの木の上の家ではありません。
わたしが宿泊したツリーハウスは大きなダブルベッドがひとつ置かれていて一見ダブルルームですが、足元にもうひとつシングルマットレスがあり、はしごで上がれる屋根裏のようなスペースにも同じものがあったので、最大4人が泊れるようです。
夫婦に子どもふたりの組み合わせならちょうどよさそうですが、ひとりかふたりで泊まるのがベストでしょう。
他の4棟も多少大きさは違うようですが、同じようなつくりでした。

てっきりカップルだと思っていたオードリーとモハンメドは、そうではなくて、同じ寮に住んでいる顔見知りのような存在ということでした。
オードリーは大学のインターンシップでマレーシアに滞在していて、モハンメドはマレーシアの大学で機械工学を学ぶ留学生でした。
オードリーは22歳、ひげ面が一見ごついモハンメドはよく見ると少年のようなあどけなさで20歳とのことです。
ふたりは部屋が2つあるツリーハウスに泊っていますが、通常のゲストではなく、ボランティアとして来ているとのことです。
スタッフは荷物運びを手伝うミャンマーからの農夫が数人いましたが、それ以外はレイチェルとギョンのふたりだけなので、部屋の掃除、洗濯、草刈り、それに食事の支度までして、恐らく宿泊はタダなのでしょう。

初日はファミリー棟にインドからの3家族が滞在しました。
クアラルンプール在住のインド人夫婦が故郷の親戚を呼び寄せて、総勢13人でマレーシアをあちこち旅しているのだそうです。
みんなきれいな英語を話していたので教養ある家庭のようですが、子どもたちに話しかけられると早口で聞き取れずわたしは付いていくのに苦労しました。
天気があいにくで1泊しかしなかった彼らが滞在中学んだのは、日本人は英語が苦手らしいということだけだったかも知れません。
また体を柔らかくするヨガの方法をみんなに伝授してくれましたが、わたしのみ手が床に着くようにならず、日本人は不器用だという理解もさせてしまったようなのも残念です。

ホテル予約システムでは2日目は空いていなかったので、わたしも1泊で帰るところでしたが、このツリーハウスは週休1日制をとっていてその日は宿泊できないと言うシステムだったのでした。
別にわたしだけが連泊しても食料が足りなくなることはないし、わたしの部屋のベッドメーキングや掃除を1日ずらせばいいだけなので、延泊させてもらえることになりました。
実はこれは、オードリーとモハンメドがわたしが1泊だけで帰ってしまうと聞いて、レイチェルに確認してくれ、泊まりたいならぜひどうぞとなったのです。
ツリーハウスへ向かう激しく揺れる車の中から、到着しての憩いの時間、食事のひととき、さらには床に就くまでの時間とずっといっしょにおしゃべりをしていて、わたしのみ語学力が無くてついていくのが精いっぱいながら、仲間に入ろうとしているのか必死に聞いているようなところに好感を持たれたようで、彼らとは年齢や国籍、宗教の違いを超えて(むしろ違っていたからこそ面白かった)友情のようなものをすぐに感じ会うことができるようになっていました。

翌朝、近くに滝があると言うのでいっしょに行かないかと、オードリーとモハンメドが誘ってくれました。
ところが早々に道にはぐれてしまいます。
怪しい矢印に沿って進むとけもの道のようなジャングルの中へ入り込んでしまったのです。
前夜の雨でぬかるんでいてサンダルがつるつる滑って危険ですし、道を間違えているのは明らかなようで引き返すと思いました。
しかし、オードリーは滑るサンダルを脱いで裸足になってどんどん下っていきます。
モハンメドは身長180センチの体格のいい青年ですが、さすがにひるんでいて大丈夫かを連発しますが、彼女はわたしの勘ではこの下に滝があると先頭を行きます。
わたしはついに滑って1メーターもスライディングしたところで木につかまって滑落の危機から救われると、オードリーが見かねてわたしたちのガイドをかってでました。
この木をつかんで右足はここに置く、左足はあっちと事細かに指示するのですがすべて的確です。
まるで、わたしたちはツリーハウスにやって来た子どもたちで、そのリーダーはオードリー、それにしたがう子分がモハンメドとわたしで、ぎこちなく言われるままにくっ付いていくばかりです。

結局、滝は見つからなかったものの小さな清流があって、水を飲むととても美味しかったので、この小さな冒険は救われました。
後で聞くとここは水源だったようで、ここまでの危険な道はオードリーズ・トレイル、水源はオードリーズ・ウォーター・ソースと名付けられました。
それにしてもオードリーはジャングル歩行に慣れていたようだけど経験があるのと聞くと、もちろん初めてだし、わたしはこういうことにはクレイジーだからと済ましていました。
夜は、モハンメドがパレスチナとアラブの事情を説明してくれました。
パレスチナは安全なので旅行可能、アラブ連合は22か国あってイランはアラブではない、イスラエルはパレスチナの女性や子供を何人も殺しているがパレスチナ人はイスラエル人の兵士以外殺していない、イスラム最大の国はインドネシアだが誰も布教していないインドネシアやマレーシアではイスラムの教えに感銘して進んでイスラム化したのだ…、話は際限なく書ききれません。
まるで、オードリーは体育の先生、モハンメドは社会の先生、わたしはできの悪い、しかし好奇心だけはいっぱいの生徒でした。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/20 Wed

木の上に眠る

Angenieux S5 50mmF1.5
リゾートアイランドに続いては山岳少数民族の村かと作例から思われたでしょうか。
いいえ、これも一種のリゾートで、続いてわたしはツリー・ハウスに宿泊したのでした。
ツリー・ハウスは文字通り木の上の家で、そんな建物に宿泊できるところを見つけたので珍しく予約までして訪れたのです。
きっかけはベトナムのサパを旅していた時、現地で知り合ったイスラエルの少女たちがラオスにツリー・ハウスがあって泊れればよいが見るだけでも価値があると教えてくれたことでした。
場所を聞くとラオス南部のタイに近いところだと言います。
調べてみると、ラオス南部はずっとタイと国境を接していて特定困難です。
ネット検索してもラオスのツリー・ハウスは自然体験施設のようなものが見つかるばかりで、彼女たちの言っていたものとは違い、ラオス滞在中そこを訪れることは諦めざるを得ません。

しかし、ツリー・ハウスの検索をしていた時マレーシアのキャメロンハイランドにも同様のものがあるのを見つけました。
ツリーハウスというと、1本の木の上に枝を利用して簡易な建物をつくるイメージなので、作例のようにマレーシアのものはアプローチが会談になっているなどちょっと立派過ぎましたが、それでも木の上に作られた建物であることに違いはなく、説明では4輪駆動車でないと入れないジャングルの奥地に位置していて素晴らしい自然を満喫できるとありました。
少年時代誰しもが憧れたような木の上に住むことを体験するチャンスでした。
ただし、最低2泊はしたかったのですが、予約サイトを見ると1日しか空いていませんし、日程上、ハジャイ行きが遅れるとリペ島も1泊になると危惧した通りの結果になってしまったことはこれまでに書いた通りです。

リペ島から行きと同じルートでハジャイに戻ります。
ハジャイから国際バスがクアラルンプールなどに出ていることは町中の旅行会社の看板などで承知していましたが、ちょうどキャメロンハイランドにほど近いイポー行きのバスも記載がありましたので、それに乗っていくことにします。
バスは夜の7時出発でイポーまで6時間とのことでしたが、マレーシアはタイより1時間早いので夜中の2時と言う中途半端な時間に到着することになのます。
バスで夜を明かして早朝到着になると期待していましたが、2時ではホテルを利用せざるを得ません。
タイ国鉄のように遅れることなく到着してしまったため、わたしはバスの運転手があそこに行けと指さす薄汚い安宿に泊まらざるを得なくなりました。

汚いということでは、翌日に乗ったタクシーの方がずっと上を行っていました。
タクシーにはメーターが無く、キャメロンハイランド行きのバスターミナルまでというと、バスがあるか分からないので直接タクシーで行った方がよいと言い料金を聞けば5000円以上なので断ると、ターミナルまでは600円ほどだというのでOKしました。
昨夜、陸路越境してマレーシアに着いたので現地通貨を所持しておらずATMに寄ってくれというと待っていた間の分だと100円近く上乗せを要求されてしまいました。
そして驚いたことにバスターミナルは歩いて5分ほどと思われる至近だったのです。
すっかり騙されてしまいました。
ただ、到着後1日3本しかないキャメロンハイランド行きのバスがすぐに発車して、歩いていれば銀行に寄っている間に発車してしまったでしょうから、それでもタクシーで来て正解だと言わざるを得ませんでした。

バスはすぐに山道に入って左右に揺られますが、1時間半ほどでブリンチャンという町に着き下ろしてもらいます。
先述のように四駆でないと行けないところなので、ブリンチャンにあるホテルの前で待ち合わせて連れて行ってもらうのです。
リペ島同様、モンスーンの影響でしょう大雨が降ってきました。
傘は持参していたのですが、ハジャイの大雨で壊れてしまい、どこかで買おうと考えたままここへたどり着いたので困ったもののちょうど食堂があってランチをとりながら待つとすぐにあがりました。
近くの市でとうもろこしをバターを塗りながら炭火で焼いていたので1本買いましたが、これが全然いただけません。
とうもろこし自体旨くない上に、バターは味が無くぎとぎとしているばかりです。
みんな美味しそうに食べていたので、ぜひ彼らに日本のものを食べさせてあげたいものだと願わずいられません。

待ち合わせの時間に現れた四駆にはふたりの女性が乗っていました。
マネージャーのレイチェルとスタッフのギョンです。
ふたりとも中国系の顔立ちでしたが、やはり中国語で会話していたのでわたしも割って入ると中国語ができるのと驚いています。
もっとも、これは後でわたしは英語も中国語も少ししかできず、みんなの会話になかなか付いていけなくなるので、あまり自慢になることではないのですが。
もうふたりやって来る予定と言うので車の中で待ちますが、なかなかやって来ません。
しびれをきらしたレイチェルが電話すると、まだクアラルンプールからのバスの中で30分ほど遅れるとのこと。
やれやれです。
レイチェルは事前にメールで集合場所と時間を指定し、みんなに迷惑がかかるので絶対に遅れないように強調していたのですが、それすら守れないやつらといっしょになるとは…。
やがて到着したのはずいぶんと若い二人組でした。
女性はフランス人のオードリーと名乗り、もうひとりはモハンメドと名乗り国を訪ねるとパキスタンと言います。
えっ、パキスタンと聞き返すと、いやパレスチナだと言うではないですか。
えぇっ、パレスチナ? わたしは生まれて初めてパレスチナ人と会いました。
遅刻しやがってもうと言っていたふたりは、そのわずか後には自己紹介後にはすぐに親しくなってしまいます。
そしてレイチェル、ギョン、オードリー、モハンメドの4人は、わたしにとって最高の存在になるのでした。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/19 Tue

誰もいない宿

Angenieux S5 50mmF1.5
念願だったリペ島へ向かう朝がやってきました。
リペ島なんてよほどのタイ痛でないと知らない名前だと思いますが、実は、わたしもこの島について何一つ知っている訳ではありません。
タイにはプーケットやクラビをはじめ、サムイ島、サメット等、ピーピー島などなど多くのメジャーな海のリゾートが点在しています。
しかし、ものの本によるとそれらリゾートは押し寄せる観光客の波と業者による乱開発で荒れ果てていて、実は海もそれほどきれいではないとありました。
手つかずとは言わないが、海が透明度を保っていてそれほど観光客も訪れない最高に美しい島がある、それがリペ島だと本は紹介していました。
それを読んだのは10年以上前でしたが、リペ島の名前は記憶にずっと刻まれ、このたびついに上陸する機会を得たのでした。

ハジャイからは旅行社のワゴンで2時間かけてパクバラ港へ、そこからスピードボートでまた2時間で待望のリペ島に到着します。
わたしは未知のところへ行く場合、事前になるべく調べないようにしています。
ネットで写真を何枚か見てしまうだけで、うっかりするとそれを確認するために旅するようなことになり、新鮮味が大幅に失われてしまうからです。
リペ島も写真はまったく見ずに向かったのですが、想像通り海辺の水は絵の具を流したようなエメラルドグリーンで、それが打ち寄せる砂浜は眼が開けていられないほどに真っ白でした。

到着直後は期待通りだと感じたのですが、だんだんとおかしいと思うようになります。
まず水は透明度が今一つでこれよりきれいな海は何度も見ていましたし、スピードボートに大勢が乗っていたので想像はしていましたが、島は多くの観光客であふれている雰囲気です。
上陸してすぐに土産物屋とレストランが並んだ通りが島の中心に向かっており、多くに中国語表記があるのを見て、想像していたものが音を立てて崩れていくのを感じました。
宿は自分で見つけなければならなかったので、WIFIありと書かれたレストランでお昼を食べながら、検索しようとしたのですがまったくつながりません。
何もないような島を目指して来たのにインターネットに頼ろうとしている自分に気付いて情けなくなり、宿に直接あたって探すことにしました。
見るからにリゾートアイランドですので、値段はともかく、ホテルが見つからないなんてことはないでしょう。

聞けば、ほぼ島一周にホテルが100軒近くもあるとのことです。
重たいトランクがあるので、明日また船で戻ることを考えて船着き場付近の宿からあたることにしましたが、ビーチまで徒歩30秒とはいえボロボロのバンガローがいきなり1泊6000円と聞いて泣きたくなりました。
断って隣の宿に行くと妙に閑散としています。
オーナーらしき人物があれっと出てきたので、泊れるか聞くと、実は今日からシーズンオフで休みに入ったんだと言います。
がっかりとしたのを見たせいか、でもあなた日本人でしょ、いいですよ泊ってくださいと優しく勧めてくれました。
オーナーのルカさんは、イタリアはパルマ出身で、モンスーン期に入るころからバカンスをとって宿を閉めてしまうそうなのですが、とりあえずイタリアへは数日後に出発するので泊めても構わないし、そんな事情なので1泊4000円のところを2800にしてくれました。
しかも、宿は木の戸建てで、さきほどよりずっと立派なバンガローです。

ルカさんによれば、昨日1日大雨が降って海も荒れ、海水が濁ってしまったのですが、それがモンスーンに入った合図なので、例年通りバカンスをとることにしたとのことです。
わたしが海水が美しいと聞いていたのに、期待通りではなかったと言ったところ、もしおととい来ていれば、世界有数の海が見られたのにねと同情してくれます。
シーズンオフに入ったとはいえこれだけ観光客が訪れているのだから、営業続ければいいのにと言うと、この仕事どれだけたいへんか知っているかい、1年の3/4を1日の休みもなく働き続けなければいけないんだぜと、うんざりした顔で説明してくれます。
なるほど確かにそれはたいへんでしょう、しかし、他の宿は営業を続けるのに構わず休んでしまうのがイタリア人なんだろうなと納得しました。

スタッフも今日まさに暇を与えたばかりなので、周囲が賑やかな中で唯一閑散としたビーチリゾートにひとり泊る贅沢を期せずして獲得したことになります。
レストランも当然閉まっていますが、ここの料理はナポリ出身パルマ在住のルカのママ直伝の最高のイタリア料理が味わえるそうで、イタリア料理はイタリアよりも日本の方が美味しいと聞いたことがあるがと突っ込むと、ベネツィアやミラノなどの観光客が多い町のレストランは全部日本に負けるだろう、でも食の伝統を守り続けているすばらしい町はいくつか存在する、それがナポリやパルマさと自信満々に答えていました。
ちなみに今日の作例に写っているのはどちらもルカではありません。
ひとりは、休みの間も建物を管理する現地スタッフで、もうひとりは母親を亡くしたために引き取られたサルです。
わたし以外にももうひとりだけゲストがいたということですね。
【Alpha7/Angenieux S5 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Angenieux S5 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/05/17 Sun
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