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害臊王女

M8/Xenon 5cmF1.5
山西省の旅は、今日でもう最終回です。
いや、これまで2週間続けてきましたので、もう、ということはないですね。
わずか2泊3日の旅を15日に拡張させるのですから、かなり強引で無理のある作業でした。

ブログを日刊で更新するということは、かなりの労力がいることです。
例えば写真が優れていれば写真に語らせて文章は添えもの程度で続けていくことができますが、写真は凡庸で内容も自分の日記でもあるというスタイルを続けるとなると、実際に起こるできごとなどに話題性がないと止まってしまいます。

通常、土日のいずれかで写真を撮って来て、1週間それをネタにブログを続けます。
定期的に3~4日間で中国へ出掛けていますが、そこで撮って来た写真は、ブログ2週間分に拡大します。
さらに1週間以上旅することがたまにありますが、その場合は3週間のロングバージョンにします。

いずれのケースでも写真は質より量でぱかぱか撮ってきますが、よく行く鎌倉や横浜では書く内容に事欠きがちになります。
それが、中国をはじめとした外国では、目新しいことに出合ってばかりで、2週間、3週間とブログを続けてもどうにか詰まることなく最終回まで進むことができます。
中国旅行は、写真の下手くそなプロガーの聖地と言っていいのかも知れません。


さて、時間を気にしてそろそろ戻ろうかと3輪タクシーの運転手に声をかけると、すぐ近くにもうひとつ古い町が残っているが見て行かないかとたずねます。
それだつたら早く言ってくれればありがたいのですが、かといってまったく見ないで帰るのも後ろ髪を引かれるでしょう。
駆け足で見るから速攻で連れて行ってと頼みます。

場所は意外にも道路をはさんですぐ目の前で、同じ梁村に属するようです。
すでに時間が押していましたたので、村の入り口から建物がなくなって畑の始まるところまで、本当に走って見て歩きました。

今度は、中学生くらいの女の子ふたりが楽しげに話をしながら自転車で来たので、すっとカメラをかまえました。
昨日の小学生同様にシャイだったのでしょうか、ふたりともちょっとうつむいてしまい、自然体とはいえない写真になってしまいましたが、最後の1枚として、これはこれでいいのかも知れません。

3枚ほど続けざまに撮らせてもらったあと、ふたりの背中に向かってありがとうと言って手を振ると、右側の子はしっかりこちらを見ていて、手を振り返してくれました。
自転車でなければ、追いかけて声をかけたいところですが、お互いが手を振りあってさようならと言っているようでした。
このちょっとした出来事が、終わりよければすべてよし、さあ、帰ろうと背中を押してくれたようでした。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/12/12 Sun

密着主義

M8/Xenon 5cmF1.5
荷車に野菜を積んだ人が通りかかりました。
ネギですかと聞くと、そうこのあたりの特産だと答えます。
大きな2輪の荷車は引くのではなく、押すタイプでしたが、その後ろ姿はちょっとコミカルで付いて行きます。
古い窰洞の鍵を開けて中に入ったかと思うと、中は倉庫になっていました。

もともとは住居として建てられた窰洞も、住む人を失えば朽ちていく運命です。
廃墟にしてしまうくらいなら、倉庫としてでも活用して古い窰洞が保存された方がまだずっとよいことです。
とは言っても、古建築は人の生活があってこそで、古民家の美しさはそこに暮らす人々の営みによって保たれるのだと思います。

梁村で出合ったのは老人ばかりでした。
平日の昼間ですのでそれは当然でしたが、子どもの姿もほとんどなく、中国の農村域ではどこでも見られる空洞化を感じずにはいられません。
梁村から平遥までは10キロほどしかないので、この地で観光業に従事している青年・壮年層の人もいるのでしょうが、多くが太原や北京の労働力になっているに違いありません。
そんな中でシャイな女の子たちを目撃できたのは、たいへん幸運なことでした。

この仲好しのふたりを見ていて思い出したことがあります。
中国では、特にスキンシップが尊ばれていると感じることがよくあります。
話をしていると相手の体に触れてきたり、同性同士が手をつないで歩いていたり、見知らぬ人と体が接触してもエチケット違反にならないということもあります。
あるいは、行列の時に前の人とかなりくっついたり、エスカレーターに一段あけずにすぐうしろに立つのもそれと関係あるかも知れません。

寒冷な華北では、スキンシップがより進化して密着文化とでも呼べそうな体験をいくつかしました。
磧口の李さんなどは、窰洞のベッドの上で会話する時わたしに体をぴったりくっつけていましたし、彼のバイクの後ろに乗った時にはもっと前に出て密着するよう指示もされています。
バスに座った時は、必ず隣の人と肩や足が密着している状態でした。

太原から離石へのバスの中では、隣は高校生くらいの女の子でしたが、やはり出発から体をくっつけてきます。
座席の幅は狭いですが、女の子であればくっつかない状態を保つことは可能なはずです。
寝ているわけではなく、途中から眠ったようでしたが、そのときには完全にこちらに体をあずけるようにしていました。

もちろん彼女がわたしに特別な関心を持ったとかということではありません。
他の人も同様ですから、この地に於いては赤の他人とでも体が触れあうことは自然な行為のようです。
少し話が飛躍しますが、最近、特に意見の衝突する中国ですが、彼の地まででかけてスキンシップのもとで話をすれば解決の糸口が見えてくるかもしれません。
電話ではダメですし、首脳会談のように椅子が離れてしまっていては意味なしです。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/11 Sat

坐三輪車去郊外

M8/Xenon 5cmF1.5
福聖恒客栈をチェックアウトして、太原空港へ向かうバスに乗るにはあと2時間半くらい。
少し中途半端な時間が残りました。
このまま平遥を歩くには長過ぎ、郊外に行くには短いかなという感じです。
それでも宿をチェックアウトしたのは、郊外の村まで足を伸ばしたいと考えたからで、オフシーズンだというのにツアー団体客の多い平遥に見切りをつけることにしました。

その郊外の村は、梁村といって平遥から10キロほど離れています。
やはり明代の建築が多く残されていてすばらしい古鎮ですが、惜しむらくは近隣の平遥があまりに高名なため、その影にすっかり隠れてしまっている村です。
平遥と同様の建築が見られるためわざわざここまで来る人は多くないようで、鄙びた農村的な雰囲気を味わえそうです。

バスで行けるとありましたが、時間を考えて3輪タクシーをチャーターすることにしました。
ちょうどホテルを出たところで声をかけられたので、渡りに舟と60元というところを40元に値切って颯爽と出発します。
ただ、この地の3輪タクシーは荷台の方にサスペンションが付いていないようで、がしゃんがしゃんとやたらと揺れます。
激しい凹凸では体が宙に浮くくらいの衝撃ですので、普通の4輪タクシーを見つければよかったかと後悔の念、無きにしも非ずです。

30分近くかかって最初に着いたのは寺院でした。
しかしここはなぜかチベット仏教の寺院で、チベット人の僧侶が迎え入れてくれました。
時間が無いのでゆっくりもできませんでしたが、政府がテロリストと名指しする人を崇拝していると伝え、寺を後にします。

移動すると、今度は中国式の寺廟があって、おじいさんがエクササイズ(?)を楽しんでいます。
あいさつすると、やはりここまで訪れる人は多くないということで、歓迎してくれます。
3輪タクシーの運転手も合流して、この人外国人だよと教えると、いよいよ感激して周囲の古い建造物や木の装飾などを案内してくれました。
いずれも、普通に人が生活している古民家なので、門を入ってさあさあ中へと導いてくれなければ到底自分ひとりでは見つけることができなかったので素晴らしいガイドと言えました。

そんな家で暮らすおばあさんが、突然の外国人の訪問に驚いて、おじいさんや運転手といっしょにくっついて来たのには笑ってしまいましたが。

今回の旅では、クセノン50mmF1.5、テッサー28mmF8、マクロスイター75mmF1.9、テッサー28mmF8とレンズを使い、また最初のクセノン50mmF1.5に戻ってきました。
このクセノンは、所謂ライツ・クセノンと呼ばれるもので、以前使用したシュナイダー・クセノンとは違うレンズです。
ライツ・クセノンもシュナイダーの製造だというとややっこしいですが、ライツ・クセノンは5群7枚のガウスタイプなので、3群7枚ゾナータイプのシュナイダー・クセノンとは外観も構成もまったく別物のレンズです。

ライツ・クセノンは、コンタックスのゾナーに対抗するためシュナイダーから供給を受けた大口径レンズと言われていて、性能で大きく劣ったため売れ行きが芳しくなくて実質的に7年ほどしか製造されていません。
確かにコントラストが低く、周辺の流れる全体にも甘いレンズですが、今回の作例を見ていくとわたしにとってはかなり魅力的に感じられるレンズでした。
わたしの個体には残念ながら後の手によるものと思われるコーティングが施されてしまっていますが、それでも逆光にはまつたく弱く、使いづらさはなかなかのものです。

シリアル番号を見ると1939年の製造で、同時に使っていたコンタックス用テッサー28mmF8のブラック&ニッケル・バージョンは1936年の製造といずれも戦前の古いレンズです。
それでも、好天の順光ではレンズ性能が発揮されて、合焦部でのじゅうぶんなシャープネスを感じることができます。
この2本に加えて逆光でも力を出し切れる望遠のマクロスイターを組み合わせたことが、古い町を撮るための最高の outfit になりました。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/12/10 Fri

餃子的秘密

M8/Xenon 5cmF1.5
当地では5時半に完全に日が落ちてしまうようです。
しばらく薄暮が残りますが、6時になれば完全に真っ暗でした。
暗くなったらすることが何もないのは分かっていましたから、真っ暗になってもふらふらと散策を続けました。

ピーカンの日中撮影が苦手なライツ・クセノンでしたが、暗い中でのスローシャッターではいい色味を出してくれます。
同時に静けさや冷たくピーンと張り詰めた空気も映し出してくれているような気がします。
ただ、手ブレは連発します。
壁や何かに抑えつけながら撮れば問題ないのですが、液晶を確認してブレてなさそうだったので撮り続けたところ、あとあと確認したら微妙にブレていたという、わたしがよくやってしまうパターンでした。

さいわい満月の夜で、どうにか迷わずに宿まで戻ることができました。
宿では主人の李さんが、よければ夕食を5元で出すと言っていたのですが、さすがに安すぎて不安です。
どんなものか確認して食べられそうなら頼んで、ちょっとこれではという内容なら、外へ食事に出ようと考えていました。

それで夕食が始まるのを待っていたのですが、なかなかそんな雰囲気ではなく、どうも夕食タイムは終わってしまった雰囲気です。
尋ねるとやっぱりそうで、毎日夕食は6時頃なのだそうです。
さらに説明するところによると朝食は10時頃で、1日の食事はこの2回だけだと言います。

どうやら、この地域ではこの食事パターンが一般的なようでした。
それではお腹が空くのではと聞くと、合間には特産のなつめや果物を摂ったりするし、習慣だからと笑っています。
就寝時間は10時くらいで6時か7時に起きると言ってましたので、1日8時間以上寝ていることになりますが、これが本来人間がとるべき睡眠時間なのかなあと思わせるものがあります。

李さんは、少し申し訳なさそうに、夕食は外に食べに行くしかないと言い、食堂まで連れて行ってくれることになりました。
後で分かったのですが、そこは友人がやっている店で、どうやら外国人がウチに泊まりに来たと自慢したかったようです。

夕食は、李さんの勧めに従って、卵と野菜の卵焼きのようなものと豚肉の炒め物、それと水餃子を食べました。
水餃子は、もちろん中国中で食べられますが、例えば広東省のような南方では、東北餃子店とか北京料理店のような店にいかないと食べるのが難しくなります。
大雑把に言えば、長江を境にして南方では日本同様に米が主食ですが、北方では小麦が主食になります。

小麦と言えば主に、麺類、饅頭(中に何も入っていないパンのようなもの)、それに餃子です。
餃子もあくまで主食で、おかずではありません。
この時のわたしのように、おかず2~3点と餃子をご飯のように頼むのが常識です。
麺も同様なので、日本にあるラーメン・ライスに餃子をくれなんてオーダーをしたら、主食ばかり3点も頼むことになって、ご飯と食パンとスパゲティを同時に食べるようなもので、中国人はびっくりすると思います。

もうひとつ言えば、漢字の麺の字は、日本ではラーメンとか焼きそばとか長い食べ物の総称ですが、中国では(つまり本来の意味は)小麦食品のことで長い短いを問いません。
実際、このあたりの麺屋さんには1センチ大くらいに小麦をちぎったようなものが麺の代わりに入った食べ物がありましたし、麺類と言った場合、餃子もこれに入ります。

例えばビーフンなんかは、日本では麺と読んでもおかしくないですが、中国では小麦でなく米で作られているのでけっして麺とは呼びません。
では何と言うかといえば、粉です。
そう、ビーフンは米粉と書きますが、その他南方では米で作る長い食べ物が何種もあって、これらは一括して粉類と呼ばれます。
両方を扱うそば屋は粉麺店という看板を出していて、メニューには「牛肉麺(粉)8元」などのように書かれているので、麺か粉かを選んでオーダーします。

目論見から大きく脱線してしまいましたが、この日、わたしは長年の疑問を解く大発見をしたので、餃子を食べたことを書いたのでした。
餃子の読みは、日本語では「ギョーザ」ですが、中国語は「ジャオツ」で微妙に似ていなくもないですが、ちょっと違い過ぎると思っていました。
例えば、拉麺は中国語「ラーミェン」、焼売は広東語「シューマイ」、小籠包は中国語「シャオロンパオ」というように日本に定着した中国料理はかなり近い発音で定着しているのに比べると、違いはは明らかです。
中国語の面子は「メンツ」と日本でも言うので子の字は「ザ」ではなく「ツ」にすればよさそうなものなのです。

それが、李さんが餃子を勧める時に、えっと聞き返すくらいはっきりと「ギョーザ」と発音したのです。
本人は、ジャオツと言っているつもりですが、訛っているので、ギョーザと聞こえました。
この一言だけで断定してしまっていいのかとも思いますが、たぶん、日本の餃子は山西省から来たのです。
なんにも調べず勝手に想像すれば、大昔に山西省の古刹に修行に出た僧が、精進料理として出された餃子の味に感動してレシピも日本に持ち帰り、ギョーザという料理名で広めたことに由来するのではないでしょうか。

真相は、よく分かりませんが、ギョーザの発音が何かの間違いで付いてしまったのではなく、実際にそう発音する地域があることを知ったのはわたしにとっての大発見でした。
中国語を習い始めの頃、何人かの中国人になぜギョーザかと聞いても誰も知らなかったので、これは早速公表しなくてはと思った次第です。

さて、満腹になって店を出る時、わたしが食べ残したブタ肉の炒め物を李さんは店の人に頼んで、袋に入れてもらっていました。
やはり李さんの生活は楽ではなく、一家にとって肉は貴重品なのかと辛い気持ちになります。
李さん申し訳ない、明日はご馳走するので一緒に食事しましょうと伝えようと思いました。
家に着いた李さん、嬉々として肉の包みを広げたかと思うと、愛猫を呼んで食べさせていました。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2010/11/29 Mon

李家的小吃

M8/Xenon 5cmF1.5
目的地に遅く到着して、早く歩きだしたいのはやまやまですが、まずは宿を決めなくてはいけません。
乗合タクシーの面的を降りて運転手とやり取りしている時、通りかかった女性が運の好いことにウチヘ泊まらないかとオファーしてくれました。
もちろんその場で決定なんてできません。
まずは部屋を見せてくれと、あまり期待せずに返事します。

面的を降りたところが磧口の古い町並みが続く古鎮エリアと呼ばれる所でしたが、家はそのはずれの方になるようです。
全長500メートルほどの狭い通りをずっと歩いて向かいましたので、おかげで磧口古鎮の様子が分かりました。
途中、いくつか宿の看板を出している古民家があって、もしこの女性の宿が良くなければそこまで戻ればいいので、これは比較でき助かりました。

5分ほど歩いて着いた家は高台にある古民家で、期待以上の環境でした。
料金も50元だというので、高いというとふたつ隣の部屋なら30元でいいと言います。
ふたつの部屋はまったく同じですが、どういう違いで宿泊料の違いがあるかは分かりません。
いずれにしても400円未満ですから、これ以上値切るのも時間の無駄です。
さっそく荷を置いて、今来た道を戻りました。

まず最初にすべきことが食事です。
今日は、ペットフードのような機内食と持参したパンしかまだ食べていません。
ただ、もう5時近いのでとりあえずそばか何か食べて、人心地ついてから夕食にしようと考えて、さきほど見かけた食事のできる店を目指しました。

日が落ちてきてだいぶ寒かったので、ぜひ麺類をと思っていましたが、包子しかないと言います。
肉まんのようなものですね。
何しろ空腹でしたので2つもらうことにして待っていると、散歩から戻って来たと思しき老人が、寒いからわたしの部屋で食べなさいと招き入れてくれました。

ほどなく娘さんだか、お嫁さんだかが包子を持って来てくれましたが、包子の皿とは別に黒い液体の器もいっしょです。
液体の正体はすぐに分かりました。
醋です。
醋とは、日本でいえば黒酢、その時突然思い出しましたが、ここ山西省は醋で有名なのでした。

包子に醋を浸して食べようとすると、老人がそうではなくまずひと口食べてそこに醋を流しこむんだよと現地流の包子の食べ方を伝授してくれます。
確かに醋が包子のブタ肉と絡まり、さらには包子にも少ししみ込んで、非常に美味しく感じられます。
その包子自体がアツアツで良かったのですが、小米で作った熱いスープも持って来てくれて、体を徐々に温めることができました。
お腹も膨れた満足感も手伝っていたことでしょう。

そんな食事をしながら老人と会話していて分かったのは、この老人が磧口ではかなりの顔役だということでした。
宿と旅行社、それにこの食堂を経営し、撮影美術協会の役員もこなしていると言います。
それならばとカメラを取り出し、撮影させて欲しいと願い出ると腕組みでポーズを決めてくれました。

数枚撮りましたが、1/4と1/8秒で、これ1枚以外は恥ずかしいことに残念ながら手ブレしてしまっていました。
さらに、この写真も後ピンになってしまっていますね。
どうもわたしは縦位置のピント合わせが苦手で、目尻のラインで距離計を合わせたつもりでしたが、ズレてしまっていたようです。
伊藤博文似で、ダンディな男性でしたので決めたかったのですが…。

もうだいぶ外が暗くなってきていました。
ずっと話していたかったのですが、夕暮れの古鎮も散策しなくてはなりません。
そういって出ようとすると少し残念そうでしたが、さすが撮影美術協会の役員だけに、ぜひ撮影して来てくださいと送りだしてくれました。

食事代は5元。
美味しい包子2つとスープでわずか60円でした。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/11/28 Sun

下午5点半到

M8/Xenon 5cmF1.5
今回は少し遠出しました。
通常月末に出発する中国行ですが、23日火曜日が休日だったので、月曜も休んで4連休にすることで、いつもより1週早く出掛けてきました。

問題は渡航手段で、話題になった羽田空港の国際線ターミナル開港によって、毎月利用していた羽田-香港の夜間発便早朝戻り便がともに廃止されてしまいました。
仕方なく、価格が比較的安く時間帯がまずまずだった成田-香港のキャセイ航空便を利用します。
羽田に慣れてしまうと神奈川県民にとって成田はあまりに遠すぎて、羽田国際線開港が香港への距離を遠くしてしまった感覚です。

さて、今回、いつもより約1日長い滞在ということで少し遠出しようと思い、行き先はかなりの検討を重ねました。
とは言っても2泊3日の範囲なので、贅沢は言えません。
未踏の地で、あまり遠すぎないようなところをいつくかピックアップして、最終的に山西省を選びました。
深圳-太原の航空券が3掛けと激安だったのが主要な理由です。
距離は片道2000キロ近くありますが、6000円と言うのは魅力的でした。

山西省や太原と言ってもあまりピンと来るところではないかも知れません。
中国では、長江より北側を北方と呼びますが、山西省はその北方で、省都太原は北京の南西400キロほどに位置しています。
山西省の北側は内モンゴルで、地図上では間に長城が連なっています。
東側は河北省と山東省に接していて海に面していないことから、内陸部の経済発展から1歩遅れたやや地味な地域のイメージがあります。

このエリアのことは、折々に触れることもあるでしょうからこのくらいにします。
深圳を7時40分に飛び立ちましたが太原着は10時半近くと、やはり距離を感じます。
空港バスで町中に入ってからタクシーに乗り換えてバスターミナルへ出ます。
目的地の磧口行きのバスは1時間半後と言われ、5分後に出るという磧口の手前の都会・離石までのバスに乗り込みました。

離石までは2時間半かかり、そこから磧口までの所要時間は不明ですが40キロ離れているのは確認してありました。
いま、すでに12時で離石着2時半、たぶんスムーズに磧口まで行ければ4時に着けるでしょう。
日没が5時半くらいでしたので、これならなんとか少しは宿をとったり夕方の村を散策したりできそうです。

しかし、12時発のはずのバスはなかなか出発してくれません。
運転手が何やら説明しましたが、訛りがあってよく聞き取れません。
分かった断片から判断すると、どうやらまだ空席があるので満員になるまで発車しないと言ったようです。
かなりあせりますが、残りは3席だけなのでそれほどかからず埋まるという読みなのでしょう。
まわりの乗客も慣れているのか、気にしている人はいません。

しかし、逆に3席だけなのですから、出発しちゃったっていいのではないかと思うのですが、このあたりが広東省や他の沿海部の省とは違う仕来たりということなのでしょう。
予想した通り、20分ほどで座席が完全に埋まり、いざ出発です。
出発してすぐにガソリン補給しているのにも笑わされますが、20分の間になぜ給油しとかないのだと怒っていては、このエリアを旅行なんてできないのだと心を広く持つことにします。

ずっと高速道路を走るルートでしたが、スタートの遅れを取り戻すことはできず3時に離石に到着。
磧口行きのバスを聞くと、もうないので別のに乗って乗り換えろと、これもたぶん出発時間を過ぎて座席が埋まるのを待っていたと思われるバスに乗せられました。
ただ違ったのは、今回はわたしがその最後のひとりだったことで、バスはすぐに発車しました。

45分後、ここで乗換だと三差路で降ろされました。
しかし、ここで待っていたのはバスではなく、軽ワゴンタクシーの通称、面的(メンディ)です。
すでに運転手を含めて9人が乗車している満員状態でしたが、わたしを含めたもう3人を乗せてくれるといいます(この場合、乗せるではなく載せるの字が適当か)。
最前列3人、中間列はわたしも押し込まれ4人、最後列は板であしらえた座席でしたが前向きに乗る3人の間に後向きに2人を見事に押し込みました。

繰り返しますが、これは軽ワゴンです。
女性が約半数でしたが、大人が12人も乗ってしまうのですから、普通のバスに空席があってはいけないわけだと超圧迫感の中で妙に納得できました。
途中、4人も降りたのでだいぶ楽になりましたが、それでもまで超満員軽ワゴンに乗っていると思うと、笑いがこみ上げてきます。

しかし、無茶な乗車をさせてくれているおかげでどうにか日のあるうちに磧口に着くことができました。
書いていて気付いたのですが、前段で触れているように、あまり遠すぎないところ、という理由で磧口を選んだはずなのに、深圳のホテルを出てほぼ12時間経っての到着です。
単に選択ミスなのでしょうが、いまあらためて中国が地図で見る以上に広いということを実感しました。
【M8/Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Leitz Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/11/27 Sat
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