距離的問題

M8/Canon 35mmF1.5
ノーファインダー撮影では、やはり広角がいちばんです。
一度90mmエルマーでノーファインダーを試みたことがありますが、すぐやめました。
フレーミングガどうにもならないからです。
広角だろうが望遠だろうが真ん中をフレーミングするならどちらも変わらないだろうとタカをくくっていたのですが、90mmではまるで狙ったモノにかすりもしていません。
加えてピントがまったく来ていないのですから、すぐにあきらめました。

標準では、わたしはライツ純正のウェストレベルファインダー、通称AUFUSを持っています。
50mmレンズでは、せっかくですからノーファインダーではなく、ローライばりのウェストレベルファインダー
撮影を愉しみたいと思います。
なにせ、このファインダーは高価なうえに、けっこうな入手困難アイテムなのでぜひ使ってあげたい。

やはり広角かとなって、では何ミリくらいがちょうどいいのかという疑問が浮かびます。
これは少し考えて何ミリだってよいのではと考えました。
例えば15mm、16mmのホロゴンで人物をスナップするとなれば、ほとんど目と鼻の先くらいの距離でシャッターを切る必要がありますし、35mmでは建物の2階以上が写るか写らないかになったりで背景を取り込まなくてもいいかを考慮しないといけません。
そのへんのことが意識に入っているのならば、別に焦点距離がどうであってもかまわないというスタンスです。

ただ、距離は目測ですから、対策が必要です。
普通は、超広角を使ったり、絞って被写界深度を稼いでパンフォーカス気味にすべきところですが、わたしはなんでもかんでも開放で撮るのを基本ポリシーにしてしまっているので、35mmF1.5という広角としてはピントの薄いレンズでも開放で試すことにしました。
正直言えば半分以上がピントを外す散々な結果でしたが、もともとが実験的な試みですし、散歩スナップで失敗してもダメージmないので問題ありません。
むしろ鍛錬することで、成功率を上げたいと思います。

ピントは固定します。
今回は、道幅のある程度広いところでは3メートル、狭い路地では2メートルとしました。
それだけ近距離だと明るいレンズではより厳しくなりますが、せっかくのノーファインダーなので接近戦に持ち込みたいという目論見があります。

目測の仕方はほとんど感覚的なものです。
わたしは身長180センチなので、後から突き飛ばされて爪先が伸びきって前のめりに倒れて頭の先が来るであろうところが2メートル、後から小突かれて2歩ほどよろけてから前のめりに倒れた頭の先が3メートルになると頭の中で距離を想定しました。
かなりいい加減に思われるかも知れませんが、自分の足先を基点に前のめりに倒れて扇状に広がるだろう距離というのは案外分かりやすいように思っています。
それに立ち止ってならまだしも、歩きながらでは絶対距離感覚を持っていても感覚にブレが出てしまうでしょう。


そんないい加減な今日の腰だめですが、自転車の後部に後ろ向きにまたがる女の子です。
少し後ピンですが、それもノーファインダーならではの許容範囲でしょう。
路地ということで2メートル設定でしたが、近過ぎて自転車に乗っているのがはっきり分からないのが残念です。

また、歩きながらの腰だめは、普通だんだんと被写体との距離が詰まってくるものですが、このケースで遠ざかっていくという逆パターンでしかも自転車はそれなりにスピードがあるので、ピントとフレーミングにあせりが繁栄してしまっているようです。
ところで当の女の子がじっと何かに見入っています。
フルーツか何か食べ物なのだと思いますが、握っているバーにぐっと力を込めるほどすごく力の入った目です。
わたしにも同じくらいの目力があれば、ピントを外すなんてことはなかったのかなと思いました。
【Canon 35mmF1.5 F1.5】
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Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/12/06 Tue

両椀涼麺

M8/Serenar 5cmF1.5
1週間にわたった湖南の旅は、今日で終わりです。
吉首から列車で張家界へ出て、そのまま空港へ行って広州への便に乗り、バスかなにかで深圳に戻ります。
国慶節休暇の2日目で、土曜日でもあったので鉄道は混雑するだろうと踏んで早めに出てきたのですが、拍子抜けするくらい駅は空いていました。

指定席の切符を取っていましたが、30分早く出発する列車があって到着時間も早いことから、そちらの自由席に乗ることにしました。
吉首が始発で車両ごとに車掌が立って乗り込んでくる客の切符を確認しています。
わたしは切符を示してこの後の列車なのだが、飛行機の時間が気になるので30分早い列車に乗せて欲しいと頼んでみました。
車掌は、わたしには判断できないので車長に聞いてくれと相手にしてくれません。
車長とは車掌の責任者のような人のことで、事情説明すると、自由席ならいいだろうと乗るべき車両を示した上であっさりOKしてくれました。
そこでその車両に行き、女性車掌に切符を見せながら車長が了解してくれたのでと言っても信じてもらえず、また車長を呼びに戻る始末でした。
どうも中国鉄路の車掌はクソ真面目というか、公務員だからでしょうか態度が官僚的です。

作例写真ではそうは見えないかも知れませんが、わたしの乗車した車両の車掌はなかなか可愛い女性でした。
しかし、こういうタイプの女性に横柄にダメだと言われると、太ったおばさん車掌に言われるより腹が立つのはなぜなのでしょう。
女性客が笑顔で車掌に話しかけていますが、横柄車掌の前ではトラブルを避けようと誰もが下手に出てしまうようです。

吉首発長沙行きの快速列車は定刻通りの出発で順調に進んでいるように見えましたが、張家界到着は30分遅れでした。
結局、予定通りの列車に乗ったのと同じ時間に着いたというのが何か皮肉に感じられます。
いや、後の列車だと1時間遅れとかになって、かなり慌てることになったのかも知れません。

湖南でいちばんの観光地こそが張家界です。
屹立した山が延々と並んだ山水画の世界は世界遺産にも登録されていて、1年中訪れる人が絶えません。
映画アバターにそっくりな形をした山が出てくるところから、張家界の風景と映画の登場人物を重ねたポスターを作ってアバターの旅をしようと宣伝しています。
映画の版権所有者の許可を得てポスターを作っているのか心配になりますが。

張家界駅からバスでいったん町中へ出て、お昼を食べることにしましたが、屋台の麺屋さんに行列ができていて、湖南最後の食事はここにしようと決めました。
涼麺と言う汁無しの麺で、唐辛子がかなり入った刺激的な味ながら、これがクセになるような旨さでした。

相席になったOL風の女性によれば、湖南省全体にこういう涼麺があってそのほとんどが屋台で商売しているということでした。
屋台ごとに味に特徴があって、この屋台は特に人気店とのことで、最初で最後の湖南涼麺がそんなに美味しいところで食べられた幸運を感謝します。

タクシーで空港へ向かうと、開けた道に張家界独特の山並みが見えてきて、思わずカメラを構えました。
しかし、運転手はここで撮る必要はない、空港の方がよく見えるからと説明してくれました。
ソウルへ帰るのかと聞かれてなぜソウルかと聞くと、張家界はソウルの直行便があって、訪れる外国人のほとんどが韓国人とのことでした。
そうえば、そば屋にいたOLもあなたは唐辛子をよく食べるんでしょうと聞いていたのは、わたしが韓国人だと思ったのでしょう。

空港に到着して支払いしようとすると、小銭が5元足りません。
100元札を出すとお釣りが無いといいます。
5元はいいよと言うなんとも心の広い運転手でしたが、財布に唯一残っていた5円玉を進呈したところかえって恐縮されてしまいました。
技術のずっと進んだ日本で、中国の古銭のような穴あきコインが現役で使われているのが驚きだったようです。

フライトの1時間半前に着いてチェックインしてしまうと、空港ではすることがまったくありません。
運転手が空港から山並みがよく見えると言っていたのを思い出し、いったん空港ビルから外に出て写真を撮ったりして時間をつぶしました。

そして、戻るとき裏側の玄関に不思議なものを見ました。
どうしたわけか食べ物の屋台が1台停まっていておばさんがぼんやりしています。
空港の入り口の道路にはセキュリティのゲートがあって、さすがに屋台は入ってこれないはずです。
中国らしい袖の下を使ったのか、あるいは近所の人が裏道からこっそり入ってきたのでしょうか。

ありがたいことに、屋台は涼麺屋さんだったので、さきほど最後だと思った涼麺の本当に最後の一杯を味わいました。
少し慌てながら搭乗手続きに向かうと空港内の放送が流れて、もうすぐ搭乗が始まると言っていますが、中国語、英語に続いて韓国語でもアナウンスされたのが運転手の話を裏付けています。

搭乗の列に並ぶとそこからも張家界の山並みがきれいに見えます。
さきほどよりきれいに見えているのに気付いて、やっとその理由が分かりました。
日がさしてきたのです。
思えば、これが旅の最後の最後に湖南で見た、ただ一度の太陽でした。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
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Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/10/24 Sun

可以看嗎

M8/Serenar 5cmF1.5
バスは吉首駅に着きました。
運転手と車掌にもお別れを告げると、すっきりとひとりきりに戻りました。
まずは、そうだと思いだして切符売り場に行くと、昨日の行列がうそのように人がまばらで、明日の張家界までの指定席が簡単に入手できました。
たかが紙切れ一枚ですが、今日から国慶節が始まっていますので、張家界のような超観光地へのチケットはもう無いと言われる心配がありました。

あるいは東京の通勤電車のような大混雑になるかも知れません。
しかし、この指定席券を確保したのですから、通行手形を手に入れたようなものです。
徳夯にもう一泊したかったのですが、この手形を入手するために戻ってきたという側面もあったのでした。

最後の目的地は、吉首郊外の乾州古城です。
昨日バスターミナル前から吉首駅まで乗ったバスに、今度は吉首駅から乗り込みます。
40分ほどの行程でしたが、路線バスなので一律1元でした。
吉首には、往復2元で行ける古鎮が存在するということになります。

大通りをひたすら直進するだけなので気付いたのですが、この道は鳳凰から来る時に通ったものと同じです。
そういえば、何か古めかしい大門があったなあと思い起こしていたところ、果たしてその門こそが乾州古城の入り口でした。
車掌に着いたら教えてと頼んでいたのですが、その車掌だけではなくやり取りを聞いていた周りの乗客が口々にあれがそうだと指さして教えてくれました。

乾州は宋代からの歴史をもつたいへん古い町で、今でも多くの古建築が城壁の内側に残っています。
しかし、観光開発のために古建築風の建物が相当数建てられて、見せかけの古い建物が本来の古建築を凌駕してしまうような困ったところが見られました。
わたしが入って来た城門も、あきらかに最近作られたもので、古代都市の雰囲気をだしたかったのでしょうが、それよりも鄙びた古村落を好むわたしにはあまりありがたいものではありません。

ここにも野外ステージがあって、国慶節の初日だからでしょう、折しも苗族の表演が行われていました。
湖南省苗族歌舞芸術団のような名前のプロのステージでしたが、あいにくの大雨で気の毒なくらいずぶ濡れになって演じていました。
客席には屋根がありましたし、取り巻くように傘をさした人もいて、多くの観衆が熱心に見ていたのが幸いでした。

有名な観光地なのでしょう乾州古城には多くのツアー客が押し寄せていました。
ツアーではガイドがマイクを持って大声で説明しながら歩くので賑やかなものです。
せっかくの休暇が雨では気の毒ですが、この地で観光業をされている人たちには気の毒を通り越した生活の問題があります。
憎たらしい長雨です。

古鎮には雨が似合います。
カラッとした快晴よりも、しっとりとした雨の方が少なくとも日中は良い舞台装置です。
ですが、雨が降れば人と出会う確率はぐっとへってしまいますし、歩いている人は傘をさしていてその表情を見ることができません。
やはり雨が降っていない方がわたしは好きです。

乾州にも風雨橋がありました。
作例写真で分かるように、かなり歴史を感じる橋で、三王閣風雨橋という立派な名前も付いています。
ところが、帰国後乾州古城を紹介している本を見たら、1993年頃の橋の写真が載っていたのですが、なんとこの当時は石でできた普通の橋で、木造の部分はその後に復元(?)されたもののようです。

雨のせいでしょうか、風雨橋の中では結婚アルバム写真を撮影している最中でした。
カメラマンの指示に従って熱いポーズをとる男女を、恥ずかしげに見つめる子どもたちがユニークでした。

旅は明日で終わりですが、移動に時間をとられるので、今日が実質的な最終日です。
いつもですと、最後になるとラストスパートするように、しゃかりきになって歩きまわったり撮影したりするのが
常ですが、この旅では悠然と最後の土地を歩けたような気がします。
雨に気持ちを冷まされたからでしょうか。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/10/23 Sat

很矮的少年

M8/Serenar 5cmF1.5
宿に戻っているとすでに店開きしていて、この地方の名物の草餅を作っていました。
アズキではありませんが、素朴な甘みのある餡を入れて草餅でくるんだうえに笹の葉を巻いて出来上がりです。
見ていると、ずいぶんと器用に次々と増産していきます。
美味しそうですねと言うと、はいどうぞと分けてくれます。
日本で食べるものよりずっと素朴な味わいですが、土の香りがするような自然な風味が美味しいです。

昨日片付けたときは店を開くときもお酒のカメのセッティングなどを手伝うと言っていたのですが、滝に行っている間にすでにすべてが終わってしまっていて恐縮します。
そんなわたしに、はい、もひとつと草餅を寄こします。
働かずに食べてばかりでスミマセンと詫びつつも、うまいうまいとさらにもうひとつ戴いてしまいました。

いけない、10時を過ぎていると、奥さんにうながされました。
今日も表演があるそうですが、雨が降っていると言うと、晴れれば野外ステージで、雨の日は建物の中で毎日必ず10時と3時の2回、表演を行うそうです。
あわてて、その建物まで行ってみました。

公民館のような建物は、国慶節に演じるにはいかにも小さく、すでに満員のひとが腰掛けていて空きがありません。
しかし、外から見ていると、滝のところで会ったグループの女性が手を振ってこちらに来いと手招きしました。
彼らの椅子の前にべたっと腰掛けて見物です。

作例の踊りですが、歌詞が無く正確な意味は分かりません。
勝手に解釈すると、みんなで漁にやってきたがさっぱり魚が獲れず、幸せを勝ち取ったばかりの少女を羨みながら冷やかして、最後には祝福するというコメディ風の踊りでした。
単なる見せモノだといえばそれまでですが、ここでは伝統がどうだとか芸術のステージはどうなんだなどの無粋な反論は控えて、女の子たちがみんなきれいだからいいじゃないかと正論で答えておきたいと思います。
野外ステージより間近で見れて、息遣いや振動など踊りの激しさが肌に伝わって来るかのようです。

滝で会った若者たちは、このまま鳳凰に向かうと言って去って行きました。
すっかり気に入った徳夯でしたが、すでにかなりの観光客があってこれからもどんどん増えることでしょう、わたしも、そろそろ発つときが来たと感じます。

世話になった宿の夫妻のところにまた戻り、別れを告げました。
何もなくてといいながら、わたしが気に入った草餅を歩きながらでも食べなさいと手渡してくれました。
すごく明るい人たちでしたが、そういう人が見せるちょっと寂しげな表情は、かえって心に残るもののようです。
おふたりには、いつまでもお元気で、そして国慶節の商売がうまくいくよう願いつつ村を出ました。

バス乗り場まで歩くと、待っていた吉首駅行きのバスは昨日と同じ車体でした。
当然、運転手も車掌のお姉さんも同じ人で、ふたりとも最後まで乗っていたわたしを覚えていました。
そして、なんと矮塞で案内してくれた少年もバスに乗っていました。
昨夜、途中まで見送ってもらって、もう会えないものと思っていたのに偶然また会えて感激です。

どうも車掌のお姉さんと親戚か何かのようで、ふたりしてわたしを知っているので互いになぜなのかと聞いているようでした。
車掌さんは、少年が矮塞を案内したいきさつを話したところで驚き、しかもわたしが日本人と知って2度驚きしています。
もう小さな子どもがいると言っていましたが、まだ20代後半でしょう、ちょっと太めになってしまっていますが、結婚前は表演に出ていたと言っても不思議のない美人です。

バスは車掌と少年、それにわたしだけで出発しました。
昨日歩いた道を疾駆していきます。
書き忘れていたのですが、奇妙なかたちの山が途中1箇所見えて、姐妹山という名前だと少年に教わっていたのです。
3つのいただきが3姉妹のようだから、という理由で付いた名前のようですが、そんな美しい山の山頂付近から数百メートル離れた反対側の山の山頂まで、どうやって作ったのか電線のようなものが相当の本数のたばになって橋のように通してあります。

少年によると、高速道路を工事し始めたところだとのことです。
あんな高いところに道路ができるとは思えないのですが、もしそうであれば、この土地の象徴ともいえる姐妹山の景観をぶち壊して土地には恵みをもたらさない道路を通すことになります。
やり場のない憤りを感じずにはいられません。

そんな姐妹山を過ぎると矮塞の村が見え、少年は手を振って降りていきました。
旅は一期一会ですから、連れ帰る以外、出合った人とは必ず別れが待っているという事実を、旅の終盤に来てあらためて思い知らされるようでした。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/10/22 Fri

只她和我的地方

M8/Serenar 5cmF1.5
湖南に入った前週の土曜日からまるまる1週間、悪天候が続いています。
1日ずっと雨ということはありませんが、降ったり止んだり、またはずっともっていたのに突然ザーッときたり、何しろ傘が手放せません。
何より一度も太陽を見ていませんので、ただでさえ暗くどんよりした写真を撮るわたしには、しつこいくらい天気がアシストしてくれていました。

この日も目が覚めてから雨こそ降っていませんが、靄がかかったようなどんよりした朝でした。
7時をまわれば、すでに村の生活は始まっていますので、独特の空気の中でのそれを見ない手はありません。
カメラだけ持って散策に出ます。

歩き出すと今日からスタートする国慶節に備えて、早くも商品を並べる店があったり、いつもと違う朝がありました。
一方で川辺に出ると、数人が洗濯しており、これはいつもと変わらない朝の風景でしょう。

なおも進んで坂を上がっていくと、高い位置にある家からは、村の家並みが見られその向こうに例の奇妙なかたちの山が動きだしそうににょきにょきしている風景が楽しめます。
勝手に人の家の庭で腰掛けて眺めていると、おばあさんが出てきたので、おはようございますと声をかけると、顔全体で笑うような会心のおはようが返ってきました。

玄関の上がベランダのようになった面白い形状の建物は、この村に共通のものです。
50年くらい前に建てたというので、いい具合に反った柱は、その間に徐々に形成されたものかも知れません。

そのおばあさんから、滝は見たのかと聞かれました。
昨日遅くに着いたばかりでまだ見てませんと答えると、この村に来たら絶対見に行かなくてはダメよと言う程のお薦めの景点のようでした。
いったん宿に戻り主人に聞くと片道1時間近く歩くというのでびっくりしましたが、やはり行くべきというわけで、カバンと傘を取って来てから向かってみました。

洗濯していた川に沿って進んでいくだけですから道に迷うことはありませんし、さすが必見スポットだけあってずっと石が敷かれていて準舗装路で歩きやすいことこの上ありません。
わたしの得意技のひとつは早歩きなので、滝に向かって歩くということは多少は上りになっているはずですが、ほとんどフラットと変わらない道をずんずんと進んでいくと、30分ちょうどで到着してしまいました。

滝はすとーんと切り立った崖を一筋の水が真っ逆さまに落ちるもので、たいへんに美しいものでした。
直後に現れた若者のグループが口々に感嘆の声を上げるほどです。
芙蓉鎮にあった滝が横に広がったナイアガラタイプの迫力なのに比べると、こちらは高いところから一直線に落ちる日本にもあるタイプの静的な美しさがあります。

今回は両滝とも写真を出しませんが、芙蓉鎮から徳夯は近くなので、ぜひ直接ご自身の目で見ていただきたいと思います。
若者グループの記念撮影を手伝ったりしながらも、一足先に戻ることにしました。
お腹か減ってきたからですが、途中に小屋があって食べ物がありましたので、自然の中での朝食もいいなと思ったということもあります。
それに、またしても憎き雨が降って来ていて、滝の周りには腰掛ける場所もない状態で、30分歩き通しのわたしには休憩が必要でした。

まだ8時前なのに小屋は営業していて、食べ物は串焼と果物がありました。
串焼にサワガニがあったので、天然ものだという小魚と2本頼みました。
カニは3センチほどの小さなものですが、そのまま姿焼きになったのが4匹並んでいます。
火が良く通っていて、かりかりと香ばしくこんなに美味しいものかと感心するほどの美味でした。
もちろん小魚も美味しいのですが、デザートに剥いてもらった梨は、ちょっとぱさぱさしていて日本の洗練されたみずみずしい味を期待するとちょっと首をひねるもでした。

しばらく雑談していると、若者グループが追い付いてきました。
無錫近くの町から来た彼らも、またサワガニの串焼に驚き、美味しかったよとわたしの勧めに従って食べてまた美味しいと驚きしています。
リーダー格の女性が、写真のお礼にとスイカをご馳走してくれました。
梨に比べると食べ慣れた味に近く、違和感なくいただけます。

雨の中、まだ30分近い道のりが残っています。
彼らに別れを告げて、一足先に村への道を歩き出しました。
やはり30分ほどで村に戻りましたが、休憩時間を含めて1時間半の愉しい小旅行です。

滝を見に行ってきたよと、坂の上にあった家のおばあさんに報告に行きました。
朝ご飯を食べている最中でしたが、好かったでしょと言って家に上がるよう招きます。
滝がいいぞと言って、まさか好かったありがとうと戻って来るとは思わなかったからでしょう、歓迎してくれたのは嬉しかったですし、家の中まで見せていただき喜びも倍増します。

先ほど気付いたのですが、この家にはおばあさんひとりで暮らしているようでした。
子どもは鳳凰で仕事をしているとのことでしたが、ご主人がどうしたかは聞けませんでした。

家の中はかなり暗く、引き続き外で話をしましたが、その場所こそわたしにとって徳夯の特等席です。
ベランダを支えている柱がありますが、その2本の柱の間に板が渡してあって椅子のように座れます。
そこは木のぬくもりがあって、雨には振られませんし、村と山が眼前に広がる、この村を通り過ぎただけでは見つけることのできない特別な場所です。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(1) | 2010/10/21 Thu

小人村

M8/Serenar 5cmF1.5
到着した村は、徳夯といいます。
苗族の村ですが、観光開発がいち早く進んだようで入場料60元必要です。
反対に無料で見れる苗族の踊りなどの表演が1日2度も行われています。
表演については賛否両論ありそうですが、賛成する人の理由としては踊り手の若者たちは伝統を学びつつこの地で仕事できるということがあります。
そのため村には若者の姿が多く見られます。

観光客にかなりオープンになっていながら、宿泊施設は多くありません。
村の中には一軒だけ比較的大きめな宿がありましたが、他の数軒は10部屋以内程度の小さなものばかりしか見られません。
数キロ戻った幹線道路付近には2軒ほどホテルがあるのがバスから確認できましたが、この村に滞在するには個人で訪れるしかないようです。

この徳夯から3キロほど戻ったところに矮塞という古村落があります。
こちらは規模が小さく観光化されていないようでしたので、いったんこちらへ行ってみることにしました。
宿はないとのことでしたが、どこかに民泊できないか頼んでみるつもりです。
断られれば、また徳夯に戻って宿泊するからと説明して、うちに泊まりなさいと説得する商店兼宿屋のおばさんに別れを告げました。

相変わらず天気は悪いです。
信じがたいことに、こちらに来てから毎日くもり時々雨の天気が続いていて、傘が手放せません。
しかし、ちょうど止んでいるタイミングだったので、バスには乗らず歩いて3キロ先の矮塞を目指しました。
なだらかな下りで歩きやすいですし、サンダルは芋頭で縫ってもらって以来絶好調です。
サギのような鳥が飛んでいるのが見れたり、牛の散歩を追い越したり、ただでさえ景色の抜群な中、愉しい散歩になりました。

矮塞は、山にへばりつくように古民家が十数軒並んだ観光とは無縁のような村でした。
ということは宿があるはずもなく、泊めさせてもらえるようお願いしないといけません。
さっそく少年が顔を出している家を訪問し、この村で泊まれるところはないかと遠慮がちに聞いてみます。
ここにはないなあと東国原知事によく似た親父さんが答えました。
続いて、わたしは少数民族の文化を研究しているもので、こちらに一泊させていただけないものですかねえとやはり下手に聞いてみます。

すると今度は、わたしはあなたのしゃべっていることが聞きとれませんと言い出すではないですか。
すると少年が、この人ここに泊まりたいと言っているよと助け船を出してくれましたが、親父さんは余計なことせんでいいと言わんばかりに少年をにらんで、うちはとても泊まる場所が…などと口ごもっています。
押せばなんとかなるかともう一度お願いしますが、あきらかに迷惑そうで、これはあきらめざるを得ません。
突然現れた外国人が我が家に泊まるかもと期待した子どもたちが一斉に落胆したのが見て取れます。

東国原氏は面倒はイヤだけど、優しい心の持ち主のようで、少年に命じて村を案内してあげなさいと父親の威厳を見せています。
望むところだとばかり、少年がオレに着いてきなと手招きしました。
少年は13歳だと言いますが童顔の上に小柄で小学校中学年くらいに見えます。
その彼が父親の東国原氏の横に立つと、氏はものすごく小柄で恐らく身長が150センチありません。
背が中学生の息子より低くて、顔は東国原知事という村長にでもなれば、成功しそうなキャラクターに思えます。

村を案内といっても古い木造家屋が並んでいるだけで、史跡があるわけでもないちっぽけな場所ではどうしていいか戸惑っているようです。
結局、1軒1軒回って住民を呼び出し、こちらは○○さん、あちらは日本から見学に来た人、などとお互いを紹介してくれました。
上の方に美人姉妹の家があって、紹介してくれたのがありがたかったのですが、カメラを向けると恥ずかしがって奥に引っ込んでしまいました。
少年も、撮れなくて残念だったねと親身に同情してくれます。

少年の友人の家では、収穫したばかりのピーナツを軒先に吊るす作業が行われていました。
梯子でスタンバイするおじいさんに、奥さんが竹の棒にピーナツを引っかけてわたしているのがユニークです。
長身のわたしなら竹の棒なしに手渡しできそうなので、やってみると楽勝で届きました。
お手伝いさせていただきますと奥さんに代わって作業していると、いやまてよ何もおじいさんに渡さなくても自分でそのまま吊るせると気付いて、残りの作業をすべてひとりでこなしてしまいました。
これはこのご夫婦と少年たちに大ウケでした。

ここの村の人たちってみんな小柄なのかなと考えた時初めて気付きました。
村の名前の矮塞の矮って矮小とか使うけど低いという意味ではなかったっけ。
失礼なので聞けませんでしたが、もしかしたら、いや多分、この村は昔から背が低い人が多くて、こんな名前が着いたのじゃないでしょうか。

また少年の家に戻って少し雑談などをしている時にしつこくもう一度、この村で泊まれるところは知らないか聞きましたが、やはり無いとの返事でした。
では、徳夯まで戻らなくてはいけないので、失礼しなくてはと言うと、東国原氏が送るのでと言います。
バスがまだあるようなので、いいですよと返事しますが、やはり送るからと言うのでてっきりバイクで送ってくれるのかと思い、それでしたらぜひお願いしますと頭を下げました。

しかし、家にはバイクなどなく歩いて徳夯まで送るとのことでした。
東国原氏を先頭に少年二人が暗くなった道を気を付けてねと言ったりしながら4人で歩き始めました。
少年がたばこを吸い出します。
13歳のくせに吸ってはいかんと言っても言うこと聞きません。
それが矮の原因ではと余計なことを言いかけて、飲み込みました。

3キロをゆっくり歩くので1時間以上かかりそうです。
それでも彼らとしゃべりながら歩いていると、この家族の温かさに包まれているようで、とても好い気持ちでいることができます。
でも、わたしを見送ったあと、また歩いて村までもどるのでは、やはり申し訳なく思います。

30分も歩いた頃、ようやく後方からバスがやって来ました。
少年がバスを停車させて、これに乗ればすぐ着くよと笑っています。
君たちはどうするのと聞くと、家に戻るとなぜそんな当たり前のことを聞くのか不思議そうです。
不思議なのはこちらの方で、村の前で待っていればバスに乗れるのに、なんでまたこんなに歩いてまで送ってくれたのかよく分かりません。

東国原氏が気を付けてと声をかけてくれましたが、これから暗闇を引き返す彼らにこそ、わたしが声をかけるべき言葉です。
辺鄙な村にやって来たわたしを真剣に心配していたのでしょうし、泊めさせてあげたかったのだけどできなかったという申し訳ないという気持ちがあつたようにも感じられました。

バスに乗って後ろを見ると、バスのテールランプによって3人が家に向かって歩いているのがかすかに見えました。
しかしバスはかなりのスピードで、すぐに彼らの姿を見失います。
やはり、あの家族の家には泊まりたかった、今となってはもうどうすることもできないですが。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/10/19 Tue

馬上完了

M8/Serenar 5cmF1.5
芙蓉鎮にもう少し粘ろうかという気持ちもなくはなかっったのですが、少し考えて先に進む決断をしました。
最後に見たいと思っていた村は、やはりある程度観光化されているようで、人の少ないうちに見ておきたいという気持ちがあったからです。
翌日から中国中が国慶節休暇に入ってしまうので、今日と明日とでは滞在に大差があります。

もうひとつは、1週間の旅もう終りが近づいていて、明後日には飛行機で深圳に戻り1泊ののち日本に戻らないといけないということがあります。
中盤までは旅に気持ちを委ねていることができましたが、残り3日になって空港へのアクセスとか時間とかを気にするようになってしまったというわけです。
体は旅の途上であっても、心ではどこかで帰国後を意識し始めているのでしょう。

芙蓉鎮からバスでいったん吉首のバスターミナルに戻った時に目的地へのバスを聞くと、駅前から出ていると言います。
バスが駅経由でターミナルに着いたので、事前に聞いておけば時間短縮だったのでがっくりです。
事前情報では貨物自動車に乗せてもらって行くとあったのですが、この情報は6年前のものでこの間に路線バスが開通したということのようでした。

バスターミナル前のバス停から吉首駅行きのバスに乗り込み、いま来た道を戻って駅に着きました。
翌々日に張家界空港から深圳に戻るのですが、この張家界までは鉄道で行った方がいいとアドバイスをもらっていました。
そこで列車の時刻などの情報を得るために駅に行くと、飛行機の便に余裕がありながらちょぅどいい列車が、ここ吉首始発であることが分かりました。
しかも1時間45分しかかからないので、バスの半分の時間です。
鉄道の方が少々遅いが安くて座れて快適でいいよとの情報だったので、時間も早いのはますますの朗報でした。

もう切符を買ってしまいたかったのですが、すごい列ができていました。
旅行代理店や街中の切符売り場など、わずかな手数料で並ばずに切符が買えるところがあったりもするので、ここは目的地に行くことを優先します。

駅なので荷物預かりが目に付いたので、ここでもスーツケースを預けてバックパック&カメラバッグのスタイルで目的地に向かうことにしました。
身軽になってバスを探すと新しい路線と思っていたのに、ずいぶんとボロいバスが停車していたのに意表を突かれました。
新しい路線でも、バスはどこかの路線で散々こき使われた廃車寸前のお下がりがあてがわれたようです。

小巴と呼ばれるマイクロバスはたったふたりの乗客で出発しましたが、それは駅前から乗る人がいないだけで、繁華街を停車しつつ進むにつれすぐに満員になります。
しかし、その乗客のほとんどが途中にある村々で下車してしまい、終着の目的地まで行ったのはわたしひとりだけでした。
ちょっと寂しいと同時に、国慶節前日に来たことで観光客であふれる状況を回避できてたのだと無理やり安心しました。

やっと着きましたが、朝、芙蓉鎮で名物の米豆腐を食べただけで、かなりの空腹状態です。
とるものもとりあえず食事したのが正面に見えている「餐館」です。
おばちゃんがひとりきりでたった1つの鍋を振る、小さなお店でしたが、料理は絶品でした。
この村には10軒近い餐館がありましたが、この味に惚れて再訪を誓いました。

わたしは旅にあって成長するとか、大きく得るものがあったということとは無縁です。
ただ、個人的に愉しむばかりで、それ以上のものを手にしている訳ではありません。
空虚な旅をしているにすぎないと言っていいのかも知れません。
それでもなお、食事についてはいつも非常に恵まれていると思っています。
わたしのお腹周りがそれを証明していると言えるでしょう。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/10/18 Mon

你干嗎

M8/Serenar 5cmF1.5
芙蓉鎮にはやや大きなホテルが2軒ありました。
1軒はわたしが泊まったホテルで、小さいながらも4階建だったので客室は30以上あったと思われます。
シーズンオフということもあって、1泊60元(約750円)は田舎ということを割り引いて考えてもリーズナブルだったと思っています。
比較的近い鳳凰で泊まった宿は100元前後でしたが、設備的にはそう変わりません。
数日後に始まる国慶節休暇には価格が3~4倍に跳ね上がると言っていました。

芙蓉鎮のもう1軒は、500メートルくらい外れた位置で見たのですが、こちらの方が大きく、だいぶ高価なようでした。
どちらのホテルも1階にレストランが併設されていて、ツアー用なのだと分かります。
個人は、他に点在する小さな宿に泊まるのがいいかも知れません。
中国人団体客と鉢合わせになると、その騒々しさは想像を絶します。

ホテルの次は夕食です。
これもホテルと似た状況がありました。
観光客向けのレストランは、わたしが泊まらなかった方のホテル1軒きりで(わたしの泊まった方のホテルのレストランは休業していた)、他にはローカル向けの食堂が数軒あるだけのようです。
試しに入った食堂の料理は期待以上に美味しく、華南地域でこういう店に入って外れたことはないという定説通りです。

店の人たちともずっと話をして盛り上がります。
日本での外食事情になったとき、家から比較的近くに中華街があり、中国料理は日本でも親しまれているが、ほとんどが日本人向けにアレンジされた料理だと説明しました。
商売がなかなか順調なので、思い切って日本でレストランを開きたいと考えたようで、話は手続きの問題などへ進みます。

日本で働くこと、商売をすることはかなり難しいことだと説明するとがっかりしたようです。
中国人の不法就労の問題があるし、尖閣では中国人の行動によって日本全体が中国を信用していない状況にあること補足しました。
反論があるかとも思いましたが、そこは理解して聞いてくれています。

折しも今、中国の成都や綿陽などで抗日デモがあり、日本の商店やレストランを破壊したというニュースが流されていますが、こういうことに参加しそうな人に会ったことがありません。
政府による人民の不満を反らすガス抜きとしてデモを利用しているとか言われますが、本当にそうなのかも知れません。
いまいちばん恐れているのが、民主化要求の火が付くことでしょうから、目を反らすためにデモを起こすよう扇動するなんて満更作り話とも思えません。

さて、翌朝早く起きて村をあちこちと歩き回りました。
日中、商店街になる石板路も、夜中から朝にかけては門を閉ざすことから古い町並みを愉しむことができます。
しかし、より面白かったのは、そこから外れたエリアに古くひなびた町並みが残っていることでした。
ローカルの暮らしが残っていて、一般の観光客には興味の対象外でしょうが、わたしにとっては旅の理想郷です。

うきうきと散歩を始めるといろいろなものを目にすることができました。
家の軒先に新品の家財道具が並んでいて人が集まっているので結婚式だなと思い声をかけると、果たしてここの娘が嫁ぐのだということで式などを見れないかと思うと、土家族の結婚式は3日間で行うので今日はみんなで集まって食事するくらいだねえと言われます。

オープンな床屋さんが仕事をしているので見ると、何と70歳以上にしか見えない老人が髪を切っています。
50歳くらいの客が若者に見えてきました。
近くの建物はいかにも共産主義でございという星が掲げられた60年代風建物でしたが、窓から覗くと中で麺を干していてどうやら製麺所に鞍替えしたようです。

川辺に出ると、人々が洗濯しています。
見れば一様に大きな石に洗濯ものを広げて木の棒で叩いています。
この地方の洗濯方法のようですが、ばしばしよい音がするほど力強くたたいてしまっては衣類の傷みが早いのではと心配になりますし、洗剤と汚れが昨日見た滝に流れことのだなと気付いて、滝つぼ近くでだいぶ濡れてしまったことに苦笑せざるを得ませんでした。

鳳凰に対する不満のリバウンドかも知れませんが、見るものすべてを愉しく感じます。
おばあさんがふたり、門の前で対聯のように座っておしゃべりしていました。
恐らく芙蓉鎮という映画が作られた当時と変わらないような垢抜けない服装とともに惹かれるものがあります。
何枚か撮っているうちに目ざとい女性に見つかってしまいましたが、それがまたいい味を出してくれました。
こんな村なら、いつか"芙蓉鎮2"という映画を撮ってみたいなあと思わずにいられません。
【M8/Canon 50mmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 50mmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/10/17 Sun
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