我的弁法

M8/Travenar 35mmF3.5
ノーファインダーには確立された世界があります。
その世界にはすでに名手が存在していて、作品を見ていくことでその意図したものと意図しなかったものがクロスする微妙さを味わうことが可能です。

一般的なスナップ撮影でも、光の条件や横切る別の人物などの偶然が効果を高めることはあります。
しかし、ノーファインダーにおいては、狙った被写体の表情までもが偶然によって、面白い効果を出していたり、ややアンダーになってしまったため意図したものより重みのある写真になったりなど、偶然が支配する要素はぐっと高くなります。

偶然に左右されるのがイヤだとノーファインダーを嫌う向きがあるかも知れません。
わたしは、意図した確固たる必然があるのならば、偶然が入りこんできたとしても、むしろ写真的な愉しさが増してよいのではないかと考えます。
ですから、ノーファインダーに求めなくてはいけないのは、意図した確固たる必然を実現できる技術ということになります。

では、技術とはどういうことかと言えば、まずは距離を冷静に測る目測の能力だと思います。
今回、35mmF3.5レンズを開放で3メートルに固定しました。
大雑把に言えば、2,5~4メートルが被写界深度の中に入りますので、例えば向こうから歩いてくる人を撮るとしたら、4メートルのところからシャッターを切って、露出を変えつつ2.5メートルのところまでに3枚撮りたいところです。

次はカメラの固定というか、フレーミングについてです。
これは、いろいろな方法があると思うのですが、わたしがトライアンドエラーで掴んだやり方は、左手でカメラをしっかり持って自分の胸か腹に強く押し付けて固定します。
この時に左手だけで完全に水平を保てるようにしたら、サポートする右手で上下に微妙な角度を付けられるようにして、親指レリーズします。

昨日の作例のように単に水平で問題ない時は、右手はカメラのホールドとレリーズに専念しますが、座っている人を撮るときは、ももの位置などに固定して、少し右手でカメラを上向きになるようにしてからレリーズします。
水平で3枚撮るときに露出を変えるのに対し、角度を変える場合は微妙に3段階角度を変えてそれぞれ撮ってみます。
これは慣れないととんでもない角度で撮るケースが多くなりますので、右手の微妙なずらしでコツを得てフレーミング精度を上げる必要があります。
わたしは、これをフレーミング右手の法則と名付けました。

こんな訓練も、結果がその場で確認できるデジタルでは上達が早く助かります。
当初はミスの連続でしたが、すぐに慣れて、意図した確固たる必然の歩留まりは格段に上がります。
ただ、それでもノーファインダーで自分でも面白いと思える結果を残すのは簡単ではありませんでした。
数を撃てば当たるだろうという、どこか安易に考えてしまっているところがあるからなのでしょう。

作例ですが、横位置での3メートルスナップでは人物の全身を撮るのは難しいと気付いて縦位置でも挑戦したものです。
理由はよく分かりませんが、せっかく完成しつつあったノーファインダーも縦にしたとたん、水平が出なくなったり体が半分切れたりを連発しました。
そこで、座っている人なら落ち着いて狙えると、1メートルに固定し直して腰位置で接近戦に臨みました。

縦位置ノーファインターとしては、最高の出来になったと喜んでいましたが…。
この写真では、ノーファインダーで撮ったという良さがないような気がします。
それに撮っているのがバレバレです。
少女がカメラを意識してしまっているようですし、愛犬までもが何やってんだこいつと顔を背けてしまっています。
ノーファインダーの道は険しいですね。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
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Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(6) | 2010/09/06 Mon

小時候的眼

M8/Travenar 35mmF3.5
今日は珍しく、レンズではなく、少しカメラボディの方の話から始めることにします。

わたしは、ライカM6を長く使ったあと、エプソンR-D1、そしてM8と露出計の付いたレンジファインダーカメラを、ほぼそれのみを、使い続けています。
それらカメラが自分のスタイルを作ったのか、自分のスタイルに合うカメラがそれらだったのかはよく分かりません。
しかし、旅で使うカメラとか、散策スナップのカメラという程度のものなので、タフなレンジファインダーカメラが最適だったということでしょう。

途中からデジタルに移行していますが、これは特にデジタルの優位性を重要視したとか、フィルムの終焉が見えたからだということではありません。
いちばんには、レンズが膨張してしまいこれらを管理するにはデジタルではないとということがありますし、ランニングコストも考えるとデジタルメインに、フィルムは趣味的世界にという区分けができました。

M6でもM8でもR-D1でも同じですが、スナップしていて愉しいのは一連の撮影までの動作です。
すっと構えてファインダーを見ながら、ピントと露出をさっと合わせてシャッターを押します。
M8にしてから連写が利くことを考え、露出を変えたものも同時に撮るようにもなりました。
レンジファインダーのスナップではスピードが重視されますから、大口径レンズの開放でピントを外すことも多いので、精度を上げなくてはと思っています。
それでも、もたもた撮ってピントが完璧というよりは、一連の動作で撮る快感の方に軍配を上げますが。

ともかく、被写体までのベストポジションを求め、または気付かれない程度に寄れるところまで寄ったりとフットワークも駆使しながら、流れるような動作で撮影して、結果も良好であったなら、かなり満ち足りた気持ちになれます。

前置きが長くなってしまいましたが、スナップには別の手法もあって、ここ数カ月挑戦しているところだということを説明したかったのです。
それは、撮影距離を固定して、さらにカメラの方も胸やへその位置くらいに押し付けることで固定して、被写体に気付かれにくい状況で撮影するというものです。
ノーファインダー撮影と言えばいいでしょうか。

ファインダーを通して見たモノを撮るというのが正統な撮影のように考えがちですが、それでは撮れないものやトラブルを起こす可能性が高まることが考えられます。
ノーファインダーはそれを補完する撮影法だとまずは気付きましたし、実際に挑戦してみると、ひとつの確立した手法として一定以上の技術を身につけたいという欲求を起きてきました。

そんな中での、今日の作例となります。
深圳でのスナップで、特に何ということもない写真ですが、わたしにとっては明らかに自分のものではないような新鮮さを感じました。

まずカメラ位置が胸の下くらいでしたので、いつもの少し見下ろす角度とは違う視線が感じられます。
歩きながらすれ違う前くらい撮っていますので、相手が迫って来るような緊迫感が少しだけ出ているような気がします。
それと、ふたりの女性の自然な表情ですね。
右の女性はカメラを見据えているようにも見えますが、それさえも自然な視線と感じられます。

気付いたのは、自分の身長が胸の高さほどであったなら、すれ違いざまに見える光景がこれだということです。
自分が子どもの頃、つまりは今の胸の位置くらいの時に、見えたままが切り取られるのがこのノーファインダーだとはひとつ言えそうです。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
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Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/09/05 Sun

缺点找不到

M8/Travenar 35mmF3.5
Schacht という名前はドイツでは割とポピュラーなのか、検索するといろいろな名前が引っかかります。
しかし、かつてミュンヘンで創業され、のちにウルムに映ったレンズメーカーの A.C.Schacht は、それほどメジャーとは言えないようです。
M42 やエキザクタマウントの交換レンズを幾種類か、それと同じデザインのライカマウントのレンズも3種類出していますが人気を得るまでにはいたっていません。

詳しいことは分かりませんが、製造したレンズのほとんどは交換レンズだったようで、あるいは他社にレンズ供給をしていたことはあったかも知れませんが、日本のコムラーのような存在だったのではと思われます。
コムラーには良いレンズがありますが、シャハトのライカ用レンズはどれも高性能で、実力あるレンズメーカーだったことは間違いありません。

残念なのは、鏡胴デザインが所謂ゼブラタイプの好き嫌いを分けるものなことで、さらに前述のようにオート絞りの大柄な一眼レフ用レンズとほぼ同じデザインのままでは外観にもこだわるライカファンにはなかなか受け入れられません。
廉価版的なイメージとも重なって、対性能比で不遇をかこつレンズ群となってしまいました。

このトラベゴンは、構成は不明ですが、前玉の貼りだした典型的な逆望遠タイプの広角レンズです。
広角レンズ自体があまり好みでないうえに、逆望遠設計ということで購入してからほったらかしにしてしまっていたのですが、先々月使用したぺりフレックス用のレトロルマックスというレンズが、恐るべき高性能だったので比較の意味で今回持ち出してみました。

すると、これまた驚くほどの高性能です。
特に解像度の高さは秀逸で、細かい部分があいまいさを見せずにしっかり写りだされています。
また、歪曲や口径食もほぼ認められません。
35mmフルサイズでは影響があるかも知れませんが、F値が暗いのを除けばM8で最高性能の広角レンズと言えそうです。
そういえば、先ほど例に出したコムラーの35mmF2.8も同様に高性能でしたが、意外なところで高性能の玉を探しだすというのも、もうひとつのレンズ集めの愉しみと気付かせてくれます。

今日、用事があって実に久しぶりにMSオプティカルに電話したのですが、MSでも 35mmF3.5 レンズを設計して順次出荷しているところだというので、思わずその場で注文してしまいました。
やはり高性能なうえに、MSオプティカルならではのアイディアが詰まっています。
これは、近々モノが届くようですので、すぐにも紹介させていただきたいと思います。
MSオプティカルの新設計ライカ用レンズの中では、価格がリーズナブルなので現行広角レンズの中でもっとも支持を得ることになるかも知れません。

さて、作例ですが、昨日見たほぼ右端の祠堂の脇にご覧のような門があり、くぐったところで自転車の母子とすれ違った時のものです。
自転車をこぎこぎやって来たのですが、階段のところで無理せず自転車を押したところですれ違い、見送ると門の脇を通って過ぎ去っていきました。

今回、すべて開放で撮影していますが、ここでも等倍で確認すると門の石が細かく解像していることに驚かされました。
コントラストがじゅうぶんに高いのに、暗部の表現もしっかりしていますし、逆望遠というとイメージの悪い発色も素晴らしいと思います。
ただ、そうなると、高級コンパクト・デジタル・カメラと突っ込まれると回答に窮してしまうということになりそうです。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
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Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(2) | 2010/08/27 Fri

祖先前面睡覚

M8/Travenar 35mmF3.5
黄氏祖祠の文字が見えます。
この建物は黄氏の祖先を代々祀った祠堂です。
塱頭村の歴史はかなり古いようで、なんと1367年に黄氏がこの地に村をつくったという記録があるようです。

その後塱頭村がどのように発展したのかはよく分かりません。
古建築群は、明末清初とせいぜい18世紀のものと思われますので、その間の栄枯盛衰が偲ばれます。
しかし、今も残るこれら建築群は200座を超えるということですから、かなり栄えたことが分かります。

それが代々続いた黄氏によるものであり、現在も住民のほとんどの姓が黄さんだということも、結束の高さを表していると言え、長く続いた繁栄の裏付けということでしょう。
そんな黄氏の祖先はこの祠堂で村中から崇拝されているという訳です。


東京は、猛暑日だ、熱帯夜だと強烈な暑さが続いていましたが、当然、広東省も負けてはいません。
気温は33~35度とほぼ東京と変わりませんが、湿度は60%くらいあって、これは東京の1.5倍くらいになります。
数値を見れば気温は同じだが、蒸し蒸ししているということが分かると思います。

実際、例年は体感的にもその数値通りに感じられていました。
ところが、今年は、東京が暑すぎたせいか、広東省の気候がそれほど過酷に感じられません。
それに風がそこそこ吹いていたので、それほど湿度が感じられず、もしかしたら東京の方が暑いんじゃないかと思われるほどでした。
東京の暑さに慣れてしまったということなのか、そういう自分が恐ろしくも感じます。

そうは言っても暑いことは間違いなく暑いです。
作例写真では小さくて分かりにくいですが、祠堂の入り口のところに親父さんが寝ています。
こんなところなので、一瞬行き倒れの人かとびっくりしましたが、日陰で風の通りがいいこの場所をあえて選んで昼寝しているのだと理解できました。

それにしてもこんなところで昼寝とは。
祖先に対する無礼にはならないのでしょうか。
むしろ祖先に見守られてぐっすり眠れるという感覚なのかも知れません。
高齢の親父さんでしたが、このまま祖先がお迎えにあがるとか、ちょっと余計な心配をしてしまいました。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
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Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/26 Thu

他是鵝子嗎

M8/Travenar 35mmF3.5
塱頭村の古建築群を水塘越しに眺めてみたくなりました。
立派な建物が左右に広がる勇壮な姿が水面にも写る姿は、古鎮の写真としても定番です。
なるほど、村のPR写真やポスターとしては良いのですが、いまさらわたしが焼き直ししても…。

そうお断りする割には五十歩百歩ですが、ガチョウ越しに古建築を見てみました。
水塘は、ハスや他の水生植物で埋め尽くされているケースと、魚を養殖しているケースがほとんどのようです。
ここでもかなりの魚が養殖されていましたが、あわせてガチョウまで飼っているというのは初めて見ました。
もちろん普通の池でガチョウを大量に飼っているのは、広東省ではよく見ることです。

ここでふと思ったのですが、この鳥はガチョウで間違いないでしょうか。
中国と言えば北京ダックで、これは確かアヒルだったはずです。
アヒルとガチョウって同じ鳥だったでしょうか。
それに、アヒルは家鴨と書きますが、広東省では鴨の肉もよく食べます。

この辺の関係がぐちゃぐちゃでよく分かりません。
検索して調べてみましたが、分かったような、分からないような…。

写真の鳥は、どうもガチョウということで良さそうです。
そもそもガチョウはグースなので、ダックではありません。
南中国では立派な食材ですが、寒い地域のガチョウの羽根は羽毛布団に重用されています。

アヒルは、カモを家畜化したものとでした。
それで家鴨という字が使われていることが納得いきます。
中国料理名は漢字四文字または五文字で表記されることが多いのですが、北京ダックは北京烤鴨であって北京烤家鴨ではないので、このあたりも混乱の材料になりそうです。

結局のところ、ガチョウとアヒルは外観的にかなり似ていますが、前者は雁の仲間で後者はカモの品種改良ということです。
他人の空似、ということなのでしょう。
ちなみに、皮蛋はアヒルの卵ですし、フォアグラはガチョウの肝臓です。

こう書いてくると、ガチョウとアヒル、カモで、どれが高級食材で、美味しいのはどれかなどということが分からなくなるばかりというか、まあどうでもよくなってきました。
旅先で食べるのは、その土地の食材でということでまとめさせていただければと思います。
【M8/Travegon 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/25 Wed

紅色T恤

M8/Travenar 35mmF3.5
商店の若いお母さんの道案内は正確でした。
少々不安を感じながらも、路地をひたすら真っ直ぐ突き進んでいくと、広い空間に出ました。
明清代の古建築が並ぶ塱頭村の古村落の正面に出ました。

古村落の裏から歩き始めて正面に到達したのですが、逆ルートになってしまったのには理由があります。
正面にはこのような古建築群によくある祠堂や書院などのやや装飾がかった立派な建築が並びますが、やはりお決まりのようにその向かいには水塘と呼ばれる大きな池があります。
この水塘は今でも実用されていますので、おのずと正面からのアプローチは不可ということになります。

また、古建築群ですが、創建当時は一族が居住できるだけの建物が並んでいたとしても、世代を経るに従って家族の居住スペースは無くなります。
親類の近くに住むとすれば古建築群の最後方に家を建てていくしかありません。
それに時代を経れば電気、水道、ガスなどのインフラの不便な古建築よりも新しい家に住みたいと思うのが世の常でしょう。
そうやって後方へ後方へと家が増えてゆき、やがてはそちらの方が村の中心になっていくことになります。
塱頭村に限らず、後方からアプローチして前面に出るというのは、中国の古建築群においては普通のことと言えそうです。

さて、くだんのお母さんは広場に出たら左に進めと教えてくれたのですが、わたしは右に進みました。
ぱっと見たところ左側はさらに古建築群がずーっと並んでいるのに対し、右側はちょっと先で終わっているのが確認できたからです。
つまり、先に右側を全部見てしまって、残す左側に歩いて行くのが効率的だと判断したということです。

これは予想通りで、右側には塱頭村の入り口を示す門と、その先に宿泊施設である塱頭山庄という建物ありの表示があるだけですぐ終わっていました。
それに、わたしは古建築群でいえば横からの眺めが好きなのですが、ちょうど邪魔するものなくそれが見えたので、さっそくカメラを構えます。

首尾よくバイクが通りかかって、1枚撮影です。
その時は気付かなかったのですが、赤シャツのバイクの青年がこちらを見ていますね。
なんでこんなところで写真を撮るのだろうと訝しがっている気配濃厚です。
【M8/Travenar 35mmF3.5 F3.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schacht Travegon 35mmF3.5 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/24 Tue
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