终于参加了

M8/Zunow 5cmF1.1
そろそろ帰る時間を意識して夕食を考えなくてはいけないかなと思っていた時、前方から、やあと声をかけられました。
コーヒーをいただいた松屋さんの前で写真を撮っていた時に、少し会話した方でした。
さきほどはどうもどうも、などとあいさつすると、少しうちに寄っていきなさいとお誘いいただきました。
家は、ひとりだけなので、よければ一杯やっていってと背中を押します。

その家は、まさに松屋さんの向かいでした。
ありがたくお邪魔することにしました。
今まで外側から眺めていた古民家の内側を見学する絶好のチャンスです。
なにより先ほど話しをしていたときも感じましたが、このKさんは人柄の良さ丸出しで、そんな人と接する機会は願ってもないことです。

Kさんの昔ながらの友人だというTさんが、すでに一杯やっている中にずけずけでお邪魔しましたが、おふたりとも親切に接していただきます。
わたしはM8を首から提げていたので、戦場カメラマンと呼ばれました。
今考えると、ライカのことはよくご存じだったのかも知れません。

友人のTさんは、もう残念ながら引退してしまったそうですが、漆器の職人さんでした。
奈良井は宿場町と同時に漆器を産業に栄えた町で、隣の平沢が主に食器類を作っていたのに対し、奈良井ではそば用の食器をメインに作っていたそうです。
奈良井にはおそば屋さんが何軒もありますから需要もあるのでしょうね、わたしもお昼はそばでしたがと話しているとどこで食べたと聞かれます。
徳利屋さんというところでしたと答えると、あそこの食器はみなオレが作ったものだと言うのでびっくりしました。
到着早々に食べたそばでしたが、そこでT氏夫妻に食器を手にしながらここは漆器で栄えたところなのだとレクチャーを受けたのですが、その手の中の器やら何やらは今目の前にいるTさんが作られたものだったのです。
不思議な縁を感じずにはいられません。

今度はTさんに漆のレクチャーを受けることができました。
いろいろな興味深い話もありましたが、ちょっとやばそうな裏話まで内緒だよと披露してもらいました。
こんな話をきかせていただけることが、初めて会ってすぐに打ち解けていただけたのだと嬉しくなりました。

Kさんは、林業から漆器店に転じたのだそうです。
その後やって来た親戚のもてなしに忙しく詳しいことは聞けませんでしたが、きっとTさんの制作された漆器を販売されているのでしょう。
娘さんは現在神奈川にいらっしゃるそうで、奥様のことは聞きませんでしたが今ひとりっきりなので、よければ泊まっていきなとまで誘っていただきました。
旅人にとってこれ以上ない言葉でしたが、残念ながら明日は仕事です。
オレたちだけじゃ食えないからと進めていただいた巻き寿司や焼き鳥を遠慮なくパクついて空腹がすっかり満たされました。
その点でもたいへん助かりました。

親戚のみなさんも混じって、祭りの日らしい賑やかさが、旅の感傷を打ち消して気分を高揚させます。
地元の吟醸酒もいただき、すっかり気分は最高潮です。
しかし、もう駅に向かう時間は近づいていました。
中国旅行のときといっしょですが、せめてということでみなさんの写真を撮らせていただくことにしました。
子どもたちはわたしが戦場カメラマンと本気で信じたようですが、こんなしょぼいアマチュアで本当に申し訳なかったです。

ZunowをF2.8に絞りましたが、読みが悪くてTさんら何人かが深度の外になってしまったのは申し訳ないことです。
それでもわたしにとっては、記念に残るとても好い記念写真になったと気に入っています。

ここでカメラマンのマナーの話の続きを少しだけ書かなくてはなりません。
カメラマンのというよりは、ブログをやっているもののマナーなのですが、肖像権やプライバシーなどいろいろな問題があって、国内での撮影では極力顔が出ないことを前提に写真のセレクトをしてきたのですが、奈良井ではほとんど自身に課したルールを破ってしまっています。

そうしなければ奈良井の祭りの写真家成立しないという建前がありましたが、何よりもお世話になった方々に感謝するという意味合いで、積極的にこういう写真を採用したいという気持ちが働いたというのがその理由です。
これによって不快な気持ちになった方もいるかも知れませんが、特別ルールは強引に適用します。

この旅は、祭りのすばらしさの説明した上で誘っていただいたT氏夫妻から始まって、最後の最後に祭りの一員の最後列に混ぜてもらえたKさんやTさんに終わるすばらしいものでした。
なにより、毎年の奈良井巡礼にこのKさんとTさんに会いに行くという口実ができたのが、写真の出来の悪さを補って余りある最高の収穫でした。
【M8/Zunow 5cmF1.1 F2.8】
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Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/22 Sun

対笛吹説話

M8/Zunow 5cmF1.1
松屋さんでいただいたコーヒーで心も豊かになったところで、そろそろ撮影しながら戻っていきますと言うT氏夫妻と別れてひとりで行動することになりました。
すると、何ということでしょう、それを待っていたかのように雨が本降りになってしまいました。
まるで、T氏夫妻がいたことで小雨が降ったり止んだりで済んでいたのが、夫妻が立ち去るや否や大雨になるのですから、これはわたしが雨男であることを証明しているようなものでしょう。

夕立なのでしょうか、どこかに見えていた青空はなくなり、どんよりと雲が厚くなってかなり暗くなって来ました。
これからが Zunow の時間帯です。
滲みが少し目立たなくなり、ハイライトが濃淡でイントネーションを与えてくれます。
幻想性の増した絵画のような世界が広がります。


ところで、雨宿りしているとき、笛吹きの男性と言葉を交わすチャンスがありました。
ふと疑問に感じていたのですが、お囃子はみな若い人ばかりで超ベテランみたいな人はいないがどうしてか質問してみたのです。
お囃子は定員が決まっていて、一定年齢の若手が入って来ると押し出されるかたちでいちばん年嵩の人が引退するのだそうです。

そうやってじょじょに若返りをはかっているので、現在の最高齢は41歳くらいで、それでも少子化の影響で年齢は上がって来ているのだそうです。
昨年は佐原の祭りでやはりお囃子に注目しましたが、見ている限りでは年齢はバラエティに富んでいて、新入団とか定年退職などということはなさそうでした。

むしろ、和楽器は経験を積むことによって演奏が円熟の域に達したりということの方があるのではないでしょうか。
引退してしまうのはもったいなくないかなと勝手な感想が浮かびます。
しかし、わたしが話しかけた30歳代と思しき男性が、わたしも20年吹き続けてますからというのを聞き、ああ余計なお世話だったかと気付かされもしました。

神事の伝統だからでしょう、祭りには女性は一切ご法度のようです。
それらによって、古民家から座布団を敷いて祭り見学しているのは、子どもと女性、40歳以上の男性ということになっているようでした。
ちょっと戦時中の姿みたいなものを想像してしまったのですが、それはあまりに穿った偏見でしょう。

祭りはこれから佳境に入りますが、そろそろ帰りの時間を意識しないといけません。
それと食事も。
最終便での帰宅ですので、遅れてしまえば帰りつけなくなってしまいます。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/21 Sat

珈琲好喝的珈琲庁

M8/Zunow 5cmF1.1
散策して、雨宿りして、撮影してと、長旅の疲れを差し引いても、かなり疲労がたまってきます。
奈良井宿には、カフェが数店ありますし、むしろ雰囲気に合う甘味処という選択肢まであって便利です。
しかし、祭りの日は、祭りが通る前にみんな店じまいしてしまいます。
観光客が多い書入れ時なのに閉めちゃうというのは、逆に言えば、祭りが観光客のためにやっているわけではないと証明していることになりますね。

駅の方へかなり戻ったところに松屋さんという、素敵なカフェがありました。
そろそろ店じまいの時間のはずだったのでしょうが、祭りが遅れていたため、まだ閉めずに待っていたようでした。
暗くなりつつありましたし、T氏夫妻はひと足先に帰るので、そろそろラストスパートの時間ですが、T氏夫妻は心にゆとりがあります。
落ち着いて歓談タイムとなりました。

どっかと腰を降ろすことしばし、熱いコーヒーをいただきましたが、これが旨い。
実は、わたしはコーヒーか紅茶かとオーダーを問われると紅茶をたのむコーヒー嫌いでしたが、最近になってコーヒーは癌の予防になるという話を聞いて、なるべく飲むようにしていました。
苦味は我慢できますが、それに酸味が絡むのがダメで、毎度薬を飲んでいるような感覚だったのですが、松屋で飲んだコーヒーは、あれ、違うという味わいがありました。

なんと表現したらよいか分かりませんが、味がしっかりしているというか、深い滋味のようなものをコーヒーから初めて感じることができたのです。
もしかしたら単にのどが渇いていたからとか、旅先の気分の高揚感でそう感じただけかも知れないのですが、それはそれでいいでしょう。

やはり、そうではなかったようです。
店主の方のお話では、まず奈良井は水がすごくいいのだそうです。
ここ奈良井だけが、山の蒸留水を水道に使っています。
そう聞き、グラスのコップを口に含んでみましたが、なるほどおいしいような気もしますが、よく分かりません。

その水がコーヒーに合うということかも知れませんし、淹れ方に工夫があるのも間違いなさそうです。
店主ご自身が撮影された写真を見せていただいたのですが、昔の300万画素時代のデジタルカメラだというのに、フィルムを手焼きしたような味わいがありました。
レンズもすごいスペックのものが付いたカメラで、同じようなことをしてもアイディアを駆使して、他の人とはひと味もふた味も違うものにしてしまうオリジナリティを追及される方のようでした。

T氏夫妻のすばらしいところは、話をするのがうまいということです。
相手の意見をうまく引き出して、自分の意見を率直にぶつけるので、話があうと(いつもたいがいそうですが)すぐに打ち解けて盛り上がります。
このときがまさにそうで、店主の方からいろいろなことをお聞きでき、愉しい時間を過ごしましたが、この松屋さんは奈良井では有名店らしく、わたしがここに書いてしまうより、実際に足を運んでいただきたいので、内容については省略します。

人柄については、作例のスナップを見て下さい。
こんなに好い表情をする人を初めて撮りました。
ピントが怪しいですが、それが肖像画風に転じているところもよかったなと思っています。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/20 Fri

穿浴衣跳舞

M8/Zunow 5cmF1.1
東海道五十三次のことは、地元を通ることもあってそれなりの知識はあるつもりでしたが、中山道が六十九次あるというのは知りませんでした。
起点は、東海道と同じ日本橋ですが、西に向かう東海道に対して、北上してから京を目指します。
現在の高崎線、信越線のようなルートで、浦和、熊谷、本庄、高崎、軽井沢と進んで現在の佐久市のあたりに入ります。
そのあたりからでしょうか、南西方向に向かい、中央西線の中津川などを通って、草津、大津で東海道に合流するところで六十九次は終わります。

34番目の宿場といいますからほぼ中間地点に、奈良井宿があります。
奈良井で栄えた3行は漆器造りでしたが、宿場町としてにぎわった理由は、街道指折りの難所だった鳥居峠の手前だったことによるようです。
翌朝の峠越えのために休みをとり英気を養うため、奈良井の宿は木曽でいちばん栄えていたそうです。

現在の奈良井も、鎮神社から奈良井駅のあたりまで、ほぼ1キロにわたって江戸時代そのままの街並みが続いています。
駅から歩いていくと、まずその町並みに驚かされますが、その町並みが1キロほどのあいだ途切れることなく続いていることに衝撃を受けます。

その長い道のりと途中のお酒の振る舞いのためでしょう、鎮神社を出発して上町から進んでいるはずのお囃子は、中町へは予定時刻になっても現れません。
退屈した子どもたちは遊びだし、おとなに聞けばさも毎年のことで慣れてしまった様子で、そのうち来るでしょうと笑っています。

では、この時間を利用して、この日のメインのレンズの紹介をすることにしましょう。
ズノー5cmF1.1は、わたしのもっとも愛するレンズのひとつです。
7、8年前でしょうか、初めて入手した大口径レンズでしたが、その予想を超えた写りにぶっ飛び、たちまち愛用レンズになりました。

その後、アンジェニューの50mmF0,95のレンズヘッドを入手してライカマウント化してもらつたこともあり、大口径レンズは、もうこの2本で十分とヤバい方向へ進んでいくのを防いでくれた理由にもなりました。
ニッコール、フジノン、ヘキサノン、キヤノンそしてノクチルックスと間違って大口径レンズを集めようという無茶から救ってくれたありがたいレンズです。

この怪しげな写りを見ると、初期型の所謂ピンポン玉なのではと誤解を与えてしまいそうですが、これはれっきとした後期型の改良された方のレンズです。
ツボにはまるとピントが来ている部分がシャープで、前後に激しく滲む、このレンズならではの描写を見せます。
しかし、今回はツボにはまったというほどの鋭い写りは見せてくれず、ただただ明るいだけのレンズという表現に終始してしまいました。

そういえば、このレンズはオーストリアの中古カメラショップでネットを通して買ったのですが、今と比べてただでさえ元値が安いところに、20%近いディスカウントのオファーにも応じてもらっています。
今と違っておおらかな時代だったのでしょう。

さて、届いたレンズは、フィルター径57mmという不思議なサイズで、そんなフィルターはどこにも売っていません。
仕方なく購入した店にフィルターはないかメールで問い合わせしました。
探しておこうと返信があってしばらくして、レンズにマッチした銀ピカのドイツ製のUVフィルターが送られてきました。
お金はいらないと書き添えてあります。

その店とは、その後もときどきお付き合いしています。
東欧の方に、珍しいレンズを安く売っている店がありましたが、比較的最近になって、世界一高いレンズ屋のような価格を付けるようになってしまい。
そこからの購入は止めることにしました。
わたしの友人も、価格設定のアドバイスまでしたが聞く耳を持たなかったと失望していました。

それでも、新興レンズ勢力からのオーダーは入っているようで、強気の姿勢は変わらないようです。
いま、レンズ入手に関しては冬の時代です。
それ故にか、レンズメインのブログは長続きせず、友人たちのブログもかなりの停滞傾向です。
そんな傾向を打破すべく、最近入手した面白いレンズの紹介と、友人たちの交流の拡大を水面下で計画しているところです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(3) | 2010/08/19 Thu

慢的很久

M8/Zunow 5cmF1.1
祭りは、雨で思うようにはかどらないように見えました。
お囃子でいえば、楽器を濡らしてはたいへんですし、演じ手も神事の衣装をまとってますからやはり雨は避けたいのでしょう、傘をさしてもらったり、時には脇にさした状態で演奏したりということもありました。
空模様を見ては、止みそうだからと少し様子を見たりもしますし、たぶん進行は徐々に遅れていっていたのだと感じさせました。

時間を遅れさせるもう一方の要素が、途中振る舞われるお酒です。
どこでも、酒を用意したのだからウチでぜひ飲んでいってくれと誘うのでしょうし、それを断る訳にはいかないでしょう。
一方で、お世話になっている家では、感謝を示す意味でも積極的に飲みに行くということもありそうです。

最初こそほどほどにやっているでしょうが、アルコールが廻るにつれコントロールは難しくなってくるでしょう。
見ていた中で、お祭りだからとへべれけになったり、お酒でトラブルということがなかったのは、実に立派だったと感心しました。
まあ、夜になると状況は変わっていたかも知れませんが。

ここでもうひとつ言及しないといけないのが、観光客のマナー、とりわけ撮影に来た人のマナーです。
お世辞抜きにすばらしい祭りと感じられるものでしたし、祭りでなくとも写真になる旧宿場町ですから、多くのアマチュアカメラマンが集結しています。

わたしの見立てでは、カメラマンの95%がデジタル一眼レフを持った五十歳代以上の熟年カメラマンです(一部銀塩も)。
T氏の話では、交通が比較的至便な名古屋方面から出てきている、カメラクラブなどのグループが特に多いということでした。

もともとが仲間で仲良く撮りたいと考えるからでしょう、どうしても何人もがくっついて、あるいは並んで撮影する傾向が顕著なのは、祭りの開始直後に分かったことでした。
やはりほとんどの人が祭りを古民家から座って見る人を撮るのですが、次に気付いたのが、浴衣の女の子がいたりすると可愛い可愛いと言ってどんどん寄っていってしまうことでした。

図式としてはこういうことです。
座布団に腰掛けた女の子がいて可愛いと誰かが撮影すると、そのグループの人全員が集まって少女を頂点にした扇のように列になって1~2メートルの距離からモデル撮影大会が始まってしまいます。
T氏夫妻もわたしも、女の子はぜひ撮りたいが、すばらしい古民家と他の家族も合わせて、ないしは背景にして撮りたいのに、カメラマングループが人垣になって、そんな写真を撮ることはできなくなります。

状況がひどくなると、女の子やその家族も祭りをみたいのに、カメラマンの壁によってお囃子や獅子舞が見えないということにもなります。
実際、子どもたちが、どいて、見えないから、どいて、と悲鳴のような声をあげているのを聞きました。

グループで来ているカメラマンたちがすべて邪魔だというつもりはありませんし、自分たちだって多くのシチュエーションで邪魔になっていたことを、所詮はよそから来たカメラマンのひとりに過ぎないことを自覚しています。
また、平日行われる祭りの中で、アマチュアカメラマンたちがある意味盛り上げ役になっているということもあるでしょう。
子どもをアイドルのように撮ってもらって、喜んでいる家族もあったと思います。

いろいろと考えれば、批判したり、最悪カメラマン同士でトラブルを起こしたりしないよう、一定のルールづくりが必要かも知れません。
例えば、同じところでは1分以上撮影してはダメとか、背後にも誰かいるはずなのでお互い譲り合いましょうとかということですが、カメラマンも祭りの興奮に触れているわけですから、なかなか冷静に撮影していること自体が難しいことなのかとも思います。

声を掛け合うというのがいいのかも知れません。
一脚にローライフレックスでスタンバイしているT氏の前を遮るように現れた老カメラマンがなかなか動かないので、わたしが申し訳ないですが、後ろでずっと待っているものでよろしければ譲ってくださいと言葉を選んで声をかけたところ、この方はかなり恐縮して移動してくれたということがありました。

ほとんどの人が自分が撮りたいが、他の人だって撮りたいと思っていることを分かっているはずです。
だったら、祭りのような場では、さっと撮って、さあどうぞと周囲の人に場を譲るような習慣をつくればよいでしょう。
気付かないでいる人には、軽く声をかけ合えれば良い。
そいうことが自然にできれば問題は解決ですが、簡単そうでいて、まずは絶対そうはならないことでしょうね。

マナーでより大切な、被写体に対することについて書くスペースと時間がなくなってしまいました。
このことについては、またの機会に。
【M8/Zunow 5cmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/18 Wed

挂上帘子

M8/Tessar 2.8cmF8
昨日の作例写真は、旧街道に沿った古建築の民家です。
京町屋のように奥行きが広い建物ですが、旧街道に面した部屋は一面に座布団が敷かれ、家族やお盆休みで帰省したと思われる親戚など多くの人が祭りの一団がやってくるのを心待ちにしています。

お囃子、獅子舞、神輿、紙馬と、順番にやって来て、家の前で演奏や儀式を披露します。
それを自宅に居ながらにして、眼前で堪能することができます。
ふだんはすだれで閉ざされていますが、この日だけはすだれを上げて、家族みんなで腰掛けて祭りがやって来るのを待っているわけです。

すだれが上がることで、まずは見ることが難しい古民家の中を奥まで見渡すことができます。
そこで、多くの家が街道に面する方よりも奥行きがずっとあることに驚きます。

そして何よりも、座布団に腰掛けて祭りが通るのを心待ちにしている家族の雰囲気がすばらしく、やがてやって来た祭りを迎える温かい表情も胸を打つものがあります。
これこそ日本の原風景などと誰もが勝手に思うことでしょう。
T氏が言った祭りではなく、祭りを見る人を撮りたいの意味が、ここで初めて納得できます。

浴衣の女の子が可愛いからとか、犬が座布団に腰掛けているのが面白いとか言うだけではなく、おばあちゃんがひとりっきりで見ている姿も、ご夫婦だけが仲良く並んでおくるまなざしも、どれもが好いのです。

それにただ見ているだけという訳でもありません。
祭りの若者に酒や食べ物を振る舞い、労をねぎらいます。
さのやりとりが、またまた好いのです。

お囃子、獅子舞、神輿、紙馬とすべてが通り去ると、駅付近で折り返してまたやって来ますが、きっとそれは真夜中のことです。
鎮神社にいちばん近い上町の家では、いったん片付けが始まりました。

ガラス戸を嵌め直して、すだれを掛けていきます。
しばしの間、ふだんの奈良井宿の古民家に戻る瞬間です。
そうやって少しずつ祭りは進行していきます。
酒を振る舞われた一行は、徐々にスピードを落としていってしまうので、中町、下町の古民家に到達するにはかなりの時間を要するようです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/16 Mon

帯朋友去那里

M8/Zunow 5cmF1.1
奈良井宿の夏祭りを愉しんだ翌日、東京で小さな歓迎会をやりました。
長らく仕事の関係で遠方に行っていた友人が3年振りに戻ってきたので、もうひとりの友人とお帰りなさいを口実に、オールドレンズ趣味を肴にして呑んだり食べたりの集まりを敢行したのです。

とくに話題豊富なふたりですので、無口なわたしが入っても話は大いに盛り上がりました。
レンズ方面では、やや停滞期に入ったような状況がありますが、これを機に盛り返したいものです。
わたしの方の収穫では、友人のスナップテクニックの隠し技を教えていただいたことがあります。
これは、わたしも実践に採り入れて、この場で紹介できるようになりたいと考えています。

実は、この友人と会うのは3回目です。
年齢的にも若干上ですし、いろいろな意味でレベル差もあって、わたしが友人と言ってしまうのは問題があるかも知れません。
もうひとりの友人についても同様のことが言えます。
ですから、友人というよりは無難に仲間というような表現がいいのかも知れません。

しかし、わたしはこの関係では最悪な体験をしてきました。
それにレンズを探し出して撮影するのは、まったく私的で孤独な作業です。
だからこそ、お互いの趣味を認めあうことのできる信頼のおける友人が必要なのです。


今回、奈良井の夏祭りに誘っててくれたT氏夫妻も、わたしにとってはまったく同じ友人です。
わたしの撮りたいものをよく熟知されていて、そのうえで声をかけてくれました。
祭りを撮影に行くのだと思ったわたしに、不思議な説明をします。
祭りを撮るのではなく、祭りを見る人を撮るのだということです。
どういうことか、よく分かりません。

旧街道に沿った両側の家はふだんすだれで隠れていますが、祭りの日はすだれを上げ祭りの目の前で座布団を敷いて祭りを間近に見ますから、それを撮りたいのですとの説明でした。
やはり分かったような分からないような。

鈍いわたしは現地で目の当たりにして、Tさんの言っていることがやっとのみ込めました。
それを示すための今日の作例ですが、これだけ見ても、何のことかは分からないかも知れません。
より詳しくは、明日説明したいと思います。

最前列の浴衣少女に混じって、2列目の座布団にはワンちゃんが鎮座しているのが確認できます。
これは携帯電話のCMの影響とかそういうことではなく、家族みんなが楽しめる祭りなのだということです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2010/08/15 Sun

喜歓吃水果的小姐

M8/Zunow 50mmF1.1
昨日でラストと言いつつ、もう一枚 Zunow を出させていただきます。
帰り際のバス待ちの間、撮ったのがあったのでした。

今回はおばあちゃんとか後ろ姿の人ばかりで、CャーリーさんやY形さんに申し訳なかったので、おふたりに迎合する1枚です。
ちょっと前ピンというか、胸にピントを合わせたようになってしまっていますが、これはふたりのご趣味とは関係ありません。

半透明のラップでくろんだような前ボケ、きったない後ボケ、荒れる周辺、そしてまたまた登場する色収差とそれまで調子のよかった Zunow が突然困った描写をしてしまいました。
しかし、逆にそれまでほとんど感じなかった空気感のようなものを表現しているように感じます。

華南の少女は果物が大好きです。
これは、彼女の可愛らしさにプラスの影響大と思います(写真では並みに見えますが)。
日本のように、スナック菓子とかジャンクフードとかを食べる習慣があまりなく、かわりにフルーツですからこれは健康的です。

後方に2台見えているのが、バイクタクシーです。
頼めば地下鉄駅まで連れて行ってくれますが、行きはそうやって来たので、帰りは路線バスで駅まで出てみます。
行きと帰りのルートを違えたり、あえて少し苦難の道を辿った方が面白いですから。
料金も8分の1でした。


さて、世界のライカレンズ・パート2(写真工業刊)になかなか興味深い記述がありました。
Zunow 50mmF1.1 の紹介ですが、萩谷剛さんが書かれています。

まず、ちょっと笑えたのが、開放の作例が焼き鳥屋さんの様子なのですが、どこかで見たことがあるなと思えば、修練会の深大寺撮影会で帰路寄った吉祥寺の伊勢屋さんだったことです。
わたしはタンパールで撮影してこのブログにアップしていますが、たぶん同じ位置からの撮影ではないかと思われ、懐かしさがこみあげてきました。

いえ、閑話休題。
ここで萩谷さんが関係者の方から聞いたというたいへん興味深い話を書かれています。
簡単に言うと、Zunow 5cmF1.1 の組み立てはたったひとりで行われていて、その方は拡大投影機を使って1本1本光軸をチェックし、ズレがあれば金属の箔で調整しながら組み直していたというのです。
萩谷さんは、現存のこのレンズはだいたいクリーニング等されているでしょうから、調整された光軸は元にもどり、したがって初期の性能が出ている個体はかなり少ないのではと述べられているのです。

この話が正しいとすれば、多くの Zunow 5cmF1.1 の作例でピントが出ていなかったり、フレアが出ていたりと言ったことの説明がぴたりとつきます。
当時の熟練組立工の方が根詰めて直した光軸のズレを、後のクリーニングなどで元に戻し続けたというブラックジョークのような話です。
しかも、一生懸命に規格の範囲内に調整されたレンズだったのが、いまでは光軸ズレの状態になり、その写りの違いを"レンズの個体差"として一般化してしまっています。

今日の作例で見る限り、わたしのズノウも危ないかも知れませんが、もしこれよりフレアっぽいズノウをお持ちでしたら、光軸に難アリかもしれません。
それは、本来の描写ではないという可能性が高いです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(8) | 2009/03/20 Fri

沙湾的雨傘

M8/Zunow 50mmF1.1
この日は怪しい空模様だったのですが、やはりぽつぽつと来てしまいました。
傘はなくてもよい程度でしたが、さすがにデリケートなM8はバッグに仕舞うことにしました。
散歩はなおも継続しましたが、沙湾の写真としてはラストショットということになります。

なんだか奇妙なくらい傘がシャープに写っています。
それによく見ると傘が異常にでかい。
このあと散歩していて気付いたのですが、沙湾では巨大傘が流行しているようで、あちこちで目にすることになります。
女の子が3人一列になって巨傘1本で歩いているのも目撃したりで、雨が楽しいシーンへと変貌していました。

Zunow 5cmF1.1 についての偉大な資料の紹介がだいぶ遅れてしまいました。
クラシックカメラ専科№71ライカブック04です。
「Zunow 5cmF1.1」に関する私的考察という一文を目黒二郎さんが寄せられています。
目黒さんについては、残念ながらプロフィールが掲載されてないため詳しいことは分かりません。
検索しても、ラーメン二郎目黒店ばかりがヒットしてしまい、探し出すのが困難です。
察するにアマチュアの Zunow 研究家なのではと思われます。

ここでは内容について詳しく書くことはしませんが、このレンズに関心のある方には必読の希少な文献になっています。
特に Zunow に3つのタイプがあって最後期タイプは市販されていなかった可能性が高いにも関わらず、レンズ構成図まで紹介されています。
Zunow 5cmF1.1 は新種ガラスを用いていませんが、1年後発の Fujinon 5cmF1.2 が新種ガラスの採用とともに成功を収めたため、対抗するために急遽設計しなおされたのではという考察は正鵠を射ているように感じられます。

ズノー光学の倒産は1961年といいますから、5cmF1.1 の発売から7年もあとのことです。
じゅうぶんに改良された最後期タイプを世に問う時間はあったはずです。
しかし、実際にはそうはならなかった。
もしかしたら Fujinon 5cmF1.2 をしのいで、Noctilux 50mmF1.2 にも迫ろうかという性能だったかも知れない…。
Zunow ファン最大の無念がここにはあるようです。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(7) | 2009/03/19 Thu

她做的草帽

M8/Zunow 50mmF1.1
昨日の色収差のお勉強の補足をひとつ。
軸上色収差と倍率色収差のふたパターンがあって、ズノウの場合後者の方ではないかということは述べました。
軸上色収差はレンズの有効径を小さくすることである程度軽減できますが、倍率色収差はレンズの有効径を小さくしても解決できないということです。
つまり、同じシーンで絞って撮ることで、同様の色収差が出れば倍率色収差といことを裏付けるという訳です。
残念ながらすべてのカットが開放で、確認のすべがありませんが、これはいつか実験の価値がありそうと思った次第です。

さて、今日の写真ですが、自分はしっかり毛糸の帽子をかぶって麦わら帽子を売りに来た女性です。
前ボケがいい感じで、手前の帽子はしっとりと写っているのに、左右のザル(?)の荒れっぷりはすさまじいものがあります。
背景のボケが安定しているのに比べると、このレンズの気まぐれな性格が表れてしまっているようです。

それにしてもパッとしない構図なので、帽子をめぐってのやり取りを表現しようとサイドに回ろうとしたところ、いやいやされてしまいすごすご撤退しました。

想像するに、女性は近郊で農業に勤しんでいるのでしょう。
農閑期には帽子や籐製品をを編んで街に売りに来るのが習慣です。
手前のふたりは常連さんで、彼女の作る帽子をかれこれ20年は愛用しています。
広東の強い日差しと時折やって来るスコールで傷みは早いので、毎年この時期を心待ちに買い替えています。

そんな想像が現実なのだとしたら、わたしも1個買って帰ってもよかったかなと少し後悔します。
購入のやり取りを通じて写真を撮らせてもらえたかもしれません。
それに、夏が来てこの帽子をかぶるとこの時の情景が思い出されてくるでしょうから。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(0) | 2009/03/18 Wed

青影

M8/Zunow 50mmF1.1
色収差が現れていたとは…。
一昨日、C氏からこんな指摘をいただき、ずっと気になっていたことが霧散するように目の前が明るくなりました。
Zunow 5cmF1.1 の開放ではピント位置周辺で、青い輪郭線の滲みが現れることがあります。
おとといの例では後ろ姿の老婆や雨どいに、今日のこの例では電球周りにそれが出ています。
わたしは不覚にもこれが色収差とは気付かず、おもしろい滲みだと片づけていました。
市販されるような写真レンズは、色収差は最初から補正されているもの、そういう先入観念があったのが原因です。

レンズについて書かれた本では、収差の章で必ず色収差には一項をもうけてあります。
そして、単玉では補正できないが、低分散、低屈折率のクラウン凸レンズと高分散、高屈折率のフリント凹レンズを組み合わせることで解消できると記しています。
この色消しレンズは、なんと1733年に発明されたといいます。
それにも関わらず220年も後に開発されたレンズに色収差が残ってしまうとは。

あらためて色収差について、「レンズの基本と仕組み」(桑嶋幹氏著・秀和システム刊)を読んでみましょう(この本がいちばん簡単に説明されているので)。

色収差には、軸上色収差と倍率色収差の2種類があります。
実は先に言及したクラウンとフリントで打ち消し合う色消しは、軸上色収差を解消するものでした。
今回の例で現れるピント位置の周囲の色収差は倍率色収差のようです。

プリズムの例で分かるように、光は色の波長によって屈折率が異なります。
レンズを通った光は、波長の違いで赤が奥に、紫が手前にピントを結びます。
これが軸上色収差です。

一方、光軸からずれた位置から来る光は、やはり波長の違いで像上の近い位置に赤が、遠い位置に紫がピントを結びます。
こちらが倍率色収差。

こう説明すると分かりにくいかも知れませんが、図を見れば一目瞭然ですので、理解できなかったという方は調べてみていただきたいと思います。

さて、倍率色収差も性質の違うレンズを組み合わせることで補正されています。
通常は、青と赤の2色を補正していてこれをアクロマートと呼びますが、黄(緑)も加えた3色を補正したものがアポクロマートです。
Zunow 5cmF1.1 は赤のみの補正ということでしょうから、アクマートレンズとでも言うのでしょうか。
いずれにしても、このレンズで、初めて色収差というものを意識しました。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(12) | 2009/03/17 Tue

二只小鳥

M8/Zunow 50mmF1.1
かなり重くなってしまいましたので、沙湾の散策の話にもどすことにしましょう。
安寧西街という沙湾旧市街の中心です。
背中側に古い建物があったのでそれを覗きこんで振り返ったところ、なんだあれはと驚くような籠で子供を背負った女性が悠然と通り抜けて行きました。

子供はじかに背負うことでスキンシップが生まれ、両親やおじいさんおばあさんを敬う気持ちが生まれるはずです。
いい日旅立ちでも、父の背中で聴いた歌を道連れに、というフレーズがありましたが、これも父の背中の籠で聴いていたのでは語呂が悪いです。

とするとこの女性はおばあさんではなく、お手伝いさんなのでしょう。
娘が他人に情を感じてはいけないということで、こんな道具が生まれたのだと推理します。
中国では一般的なのか、他で見た記憶はありませんが…。

この作例では、中心部がけっこうシャープながら、周辺で流れる傾向が見てとれます。
ハイライトはやはり、うっすらと滲んでいます。
背景の自転車が平板に見えますし、非点収差の影響を受けますから中心から離れるにしたがってボケもきたなくなります。
全体に、あまり良い描写に見えません。

古建築を覗いていたため少し高い段の上に乗っていたのですが、そのせいか気付かれることなくスナップできました。
一方で、上から見下ろすかたちになったことで、垂直線が中心に向って収束してしまっています(折しも ksmt さんのサイトの日誌のところでこのことについての研究が書かれたばかり)。

ちなみに向かいはレトロな床屋さんです。
味のあるおやじさんがまさに髪を切っているところを取り入れたかったのですが、残念ながら入っていません。
その替わりとは言えませんが、少女の髪に二羽の小鳥が止まっているように見えて、このおやじさんの作品なのではなんて思ってみました。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(6) | 2009/03/16 Mon

香格里拉的回憶

M8/Zunow 50mmF1.1
昨日3月14日は、昨年のチベット暴動から1年の節目の日にあたります。
先立つ10日が、ダライ・ラマを亡命に追い込んだチベット動乱から50年ということもあって、連日国内外でチベットの現状について多くの報道がなされています。
ここでは政治問題にまで踏み込むことをいたしません。
しかし、昨夜のニュースで、雲南省香格里拉の松賛林寺でのチベット仏教弾圧を報道していたのですが、わたしがこの寺を訪問した時のことが思い出され、そのことには触れておきたいと思いました。
写真の広州とは一切関係ありませんが、短文を記すことをお許しください。

2005年の夏、わたしは雲南省に向け旅立ちました。
麗江の町を堪能してからここでチャーターした車で、香格里拉の町を目指します。
香格里拉は、シャングリラに中国語の音を当てた桃源郷の地を意味しています。
ダイナミックな自然を求めて人びとが訪れる、名前のとおり山間にある美しい土地です。

そこに小ポタラ宮と称される松賛林寺があります。
香格里拉にあって唯一の人が造った観光名所であり、雲南省のチベット仏教の総本山です。
初めて訪れるチベット寺院は荘厳というよりも、聖と俗の境界のような印象のところでした。

修行僧が多くいて仏典を勉強していたり、経を唱えている姿をそこここで目にします。
しかし、一方で、広場のようなスペースで、携帯ゲームをしていたり、大声で雑談するグループがあったりと、チベット仏教はひたすら厳格という先入観が誤解だと気付かせる空間でもあったのです。

そのうち、ひとりの僧が話しかけてきました。
たぶん日本でいう高校生くらいの年齢の若い修行僧のようです。
互いにたどたどしい中国語で、どこから来たかとか修行してどのくらいになるのかとか、簡単な会話をしていたところ、彼がこの寺のことをどう思うかと尋ねました。

それが、どういう意味を持つのかも考えず、わたしは安易に答えました。
すばらしい環境の中で、みんないきいきと修行している、建築も美しいもので、わざわざ見に来た甲斐があった。
しかし、わたしはここで少し余計なひと言を加えてしまいました。
できれば、ダライ・ラマに出合いたかったのだがと。

当時も今も、わたしはチベットについて研究している訳ではありませんし、当時の中国とチベットの関係のことも詳しくは分かっていませんでした。
それでも、ダライ・ラマは動乱によってインドに逃れ、中国政府がチベット指導者として独自にパンチェン・ラマを立て、寺院ではダライ・ラマの崇拝は許されずにパンチェン・ラマの写真が奉られているということは聞き知ってしました。
チベット僧の実情を考えれば、かなり微妙な回答をしてしまったと今では冷汗が出ます。

さて、彼はしばし考えてから、わたしの手を引き彼が住みこんでいる部屋へと導いたのです。
真中に仏壇様のものがあり、まさにそこにダライ・ラマの額装された写真が大切そうに飾られていました。
若い僧は、写真を手に持つとわたしのところへ来て、力強く差し出しました。
持って行ってほしいということのようでした。
これは、あなたにとって最も大切なものだと固辞しましたが、なんとしても持って帰ってほしいとさらに力を込めてわたしの胸に押しつけます。
こんなに若い人の意志を眼前に見せられると、逆にこれを持ち帰らなくてはという気持ちが強く芽生え、ありがたくいただくと答えました。

わたしが、お礼をしたいと申し出ると、若い僧はひとつお願いがあるといいました。
それは、わたしの電話番号を教えてほしいというものでした。
日本のものしかないというと、もちろんそれで構わないといって、彼は自分の携帯電話に登録しました。
やがてわたしたちは部屋を出ると、力強く握手して別れました。
手を振って彼を見送りましたが、彼は一度振り返ったもののすでに雑談していた時の和やかさは消え、厳しい顔をしていたのが印象に残っています。
とはいえ、当時は旅のほんのひとこまに過ぎない些細な出来事のように感じ、昨年の今頃までそれほど重要なこととは思っていなかったのは、旅人の鈍感では済まされないことかも知れません。


いま、その時のダライ・ラマの写真が目の前にあります。
帰国後ずっと本棚にしまっていたのですが、昨夜のニュースを見てこの写真のことを思い出し、PCの横にそっと置きました。
そきほど額装されていると書きましたが、その額は安物のプラスティック製でガラス部分もセルロイドのため少しペニャペニャしています。

しかし、写真のダライ・ラマは本物です。
チベットの祈りのポーズでしょうか、そっと指先を合わせて、笑顔でこちらを見守っています。
口もとは優しく笑っていますが、目は案外けわしいようにも見えます。
それは、あの時の若い僧が別れ際に見せた目に、とても似ているように思いました。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(6) | 2009/03/15 Sun

不完整的大小

M8/Zunow 50mmF1.1
昨年11月に同じ広州市の小洲というところを訪れましたが、その小洲最大の見所が壁一面を牡蛎の殻で覆った家屋でした。
雨の侵入を防ぎ、夏涼しく冬温かい、防虫になるなど昔の人の知恵がつまった土地の遺産です。
かつては一般的だったそんな家も今では3軒しか残っていないと聞き、写真を撮りまくったものです。
しかし、ここ沙湾にはそんな家屋はあちこちにあり、普通すぎて誰も見向きもしないようでした。

華南は豪雨地帯ですので、雨もりのない家というのは重要です。
写真でも分かるように、舗装路の脇には必ず排水溝があって水はけに気を配ります。
これがないと、たちまちのうちに道がそのまま川になってしまうでしょう。
隣の人も聞こえなくなるような激しい雨、日本では台風のとき以外体験できないようなそれが、この地域では普通にあるので要注意です。

もうひとつの発見は、広東サイズのリアカーです。
これまで訪ねたほとんどの古鎮で見かけた小型のリアカーですが、荷物が乗せにくい中途半端なサイズだと思っていました。
実は、これが路地にぴったりフィットする幅だったのですね。
古い町には、生活サイズの道具が生まれてくることを再認識します。

再認識といえば、ズノウの描写の方はいかがでしょうか。

非点収差が激しく前ボケがぐるぐるしてしまっています。
一面の牡蛎の殻もハイライトになってフレアを大量発生しています。
右側の壁はやはり前ボケが二線ボケが出ていて、手振れしているかのように見えます。
ピント位置も何だかはっきりしませんね。

前日、前々日よりだいぶ収差が浮かび上がって来ました。
このレンズは条件次第で、だいぶ表情を変えるようです。
その収差を抑えたり、時には大胆に全面に出したりして表現することこそ、レンズを使いこなすということになるのでしょうが、これがまた難題です。
【M8/Zunow50mmF1.1 F1.1】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 50mmF1.1 | trackback(0) | comment(9) | 2009/03/14 Sat
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