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聖誕節在西方式建筑

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
気付いてみると、もう今年もあと2週間になっていました。
当ブログももたもたしてはいられません。
2010年最後を飾る特集で締めて、新年を迎えたいと考えました。

横浜・山手の西洋館では、毎年「世界のクリスマス」という特別展示を行っています。
歴史的建造物として、現在では横浜市の所有になっているいくつかの西洋館はふだんから一般公開されていますが、この期間のみ各館にゆかりのある国のクリスマスらしいデコレーションをおこなって、それぞれの国のクリスマスをしのんで楽しんでもらおうという催しです。

ヨーロッパでは、家の中を飾り立ててクリスマス当日を家族と静かに過ごしますので、若干華美なところもあるかも知れませんが、各国のクリスマスの様子がよく分かるのではないかと思います。
日本ではここ何年か自宅を電飾でちかちかさせるのをよく目にするようになりましたが、ああいったものもどこかにあるのかも知れませんが、どこか東南アジアのいなかの飲み屋さんめいていてどうも違和感を感じずにはいられません。

この世界のクリスマスをとりあげようと思う理由がもうひとつありました。
山手西洋館は7つあって、それぞれの国をテーマにクリスマスに対応していますが、7ということはちょうど1週間分です。
1日1つずつ紹介していって、国が違うのだからレンズもすべて変えていくのもおもしろいかも知れないと、アイディアがすぐまとまりました。

せっかくだからテーマになっている国のレンズを使いたかったのですが、ポーランドやフィンランド、ベルギーもあってこれらの国のレンズは所有していませんので、そこまで厳密にこだわるのはやめます。
むしろレンズ比較的な意味を若干込めて、F2くらいの大口径標準レンズで製造国はそれぞれ変えることにしようと考え、以下のように組み合わせを考えてみました。

山手111番館 ハンガリー Minolta Super-Rokkor 50mmF1.8
②横浜市イギリス館 イギリス Ross Xpres 2inchF2
山手234番館 ポーランド FED 50mmF2
④エリスマン邸 スイス Kern Switar 50mmF1.8
⑤ベーリック・ホール フィンランド Gundlach Ultrastigmat 5cmF1.9
⑥外交官の家 ドイツ Leitz Summicron 5cmF2
⑦ブラフ18番館 ベルギー SOM Berthiot Cinor 5cmF2

午後、関内駅で降りて中華街の脇をかすめて港の見える丘公園を突き抜けして、最初に着いたのが山手111番館です。
わたしとしてはかなり珍しく、訪問順を綿密にスケジューリングしたのですが、寝坊もあって1時間近く遅れて歩き始めました。
そのせいで、かなりあせっていて、最初の山手111番館はやり過ごす形になってしまいました。

これでいこうと思っていた、建物の外から窓越しにクリスマスツリーに見入る少女と言うのがよかったのですが、ガラスの反射でぐちゃぐちゃになってしまい没にせざるを得なかったのが残念です。
逆光でコントラストが落ちて、どこの建物かも分からないような作例になってしまいましたが、他にないのでいたしかたないところです。

せっかく、お膳立てを整えたで最初が肝心だったのですが、はやくも企画倒れの気配濃厚となってしまいました。
先週も、ゴースト付きの写真は使ったばかりですし。
山手111番館の庭側は、喫茶店になっているので、もっと余裕をもつたスケジュールでコーヒーでもすすりながら撮影すべきだったといきなりの反省スタートです。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2010/12/20 Mon

我的撮影展X

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
写真展に出した写真の説明は終わりましたが、なお、もう1枚ここに紹介させていただきます。
昨日、シネレンズでもスペシャルレンズでもないレンズを使用したため、ボツにしましたと書いた写真です。
少し旅の思い入れがあったものですから…。

これは7月に四川省を回った旅の最後に訪れた上里鎮での1枚です。
四川省のチベット人が住むエリアを旅して、彼らの質素な生活を見るとともに、虐げられているという訴えを生で聞く場面もありました。
かなり複雑な心境のままにチベット族の地域を脱して、漢族の観光地に入り、そこに何とも言えない違和感を感じます。
しまいには、現地で知りあった女性に口喧嘩を売ってしまうまでになり、自己嫌悪に落ち込みます。
そんなとき出合ったのが彼女たちでした。

学校は夏休みですが、彼女たちに休みはありません。
たまたま家が観光地にあるということで、訪れる観光客に目の前で草を折って花とか昆虫とかを作って売っているのです。
言うまでもないですが、アルバイトではなく、豊かではない家計を助けるためです。
観光客が帰って行って静かになると仕事を終えてみんなは集まり、日没までのわずかな時間、彼女たちのとても短い夏休みを過ごすのです。

そんな中にたまたまわたしを覚えていた女の子がいて、声をかけてきたため、小さな交流が始まりました。
みんなで写真を撮っては、液晶で確認して、あれこれと言い合ったり、時にひとりがおどけたポーズで写っていて大笑いしたり、そんな他愛もない遊びで盛り上がりました。
わたしも、一員に加えてもらって撮ったり撮られたりに熱中します。
いつの間にか沈んでいた気持ちが開放されていました。

やがて、日は落ちてしまい、彼女たちが家に帰るときが来ました。
それぞれに商売道具である草の入ったカゴを背負って別れを告げたのですが、その姿は今までの普通の小学生とは違う彼女たちの姿を伝えるものに思え、最後の1枚を撮らせてと頼みました。

みんなすごくいい笑顔ですし、みんなピンクのサンダルを履いていて、やっぱり女の子なんだなあと今になってまた新たな感慨がわき起こります。
アンダーな記念写真に過ぎない写真ですが、わたしにとって、この時の旅のすべてが詰まっているような思いがあるのです。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(7) | 2009/11/18 Wed

好友們

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
部屋に戻る手前で小さな女の子に声をかけられました。
あなた、さっきガイドといっしょに見学していたでしょう、そう言って笑っています。
この子だったら覚えています。
橋のところにいたでしょ、ほら、とその時撮った写真を見せました。
うわー、いつの間に撮ったのと、今度は驚いて、近くにいた友達を呼んでみんなでわいわいと見ています。

やはり、わたしたちも撮って、となりました。
女の子が4人、いつもならひとりひとりが順番に得意のポーズをとるのがお決まりごとですが、彼女たち仲良しカルテットはみんなでいっしょがいいようです。
あれこれ相談しながらこう撮ろうとか、こんなポーズでとか、最初はわたしたちが前だったから次はあなたたちが前にとか、てきぱきと決めては次々と撮影させます。
完全に彼女たちのペースですが、面倒などとは感じません。
ペースに巻き込まれてなお楽しいというか、いままでいらいらしていた気分を開放してしまうようなノリがありました。

彼女たちは小学校4年の同級生で、夏休みは家計を助けるために草を使って花やばったや鳥なんかを作って観光客に売っています。
ほんとうは、せっかくの夏休みなら遊んでいたいだろうに、もっと勉強しなくちゃいけないだろうに、朝6時から夕方6時までずっと働いています。
だからこそ自分たちの時間になった今、いきいきとしてくるのかも知れません。

ひとりが多く売れれば、売れなかった子にアイスをおごったりもするようで、仕事を通じて競争心ではなく協調する心を育んでるようです。
ですから、彼女たちには悲壮感はまったくありません。
観光客は経済的にゆとりがある人たちが来てるでしょうから、そういう子どもに自分のつくったグラス・クラフトを売るという悔しさもあるのかも知れません。
しかし、彼女たちはそんな不平を言ったりということはなく、自分たちの仕事をたんたんとこなし、やがて新学期には普通に授業に戻っているのでしょう。

最初、小学校4年生にしては幼く思われましたが、行動をともにするにつれ、たくましさすら感じられるようになりました。
小さな職人たちは、ひとりずつ自分たちの作品をプレゼントしてくれ、楽しかったと帰っていきました。

たいへん賑やかな通りの入口にレストランが7~8軒並んでいて、どの店も客引きに必死です。
ガイドと通った時に熱心に勧誘していた少女の店で、夕食を食べることにしました。
どうもこの店は両親がシャイなために、娘が孤軍奮闘で観光客に声かけするものの、ライバル店に水をあけられてばかりというのが傍目に分かってしまうようなところがあります。
こんばんはと少女に声をかけると、わたしのことを覚えていて、嬉しそうに席をつくってくれます。
わたしが来たのが嬉しかったのではなく、他に客がいなかったのでホッとしたのです。

この少女は高校生か、あるいは高校に上がらず家の仕事を手伝っているのか(切り盛りしているといった方が実態に近い)、雅女の称号にふさわしい色白ぽっちゃりの美人です。
注文を聞いたり、料理を持ってきたりするうちに、ヒマだからでしょう向かいの椅子に座って話を始めました。
わたしの旅のことが知りたかったようです。

丹巴の村の美しさについて話していると、ここ上里はどう思うか聞かれます。
いい村なのにこの賑やかさでは雰囲気がぶち壊しだと思うと正直に答えましたが、彼女もそれには同意していました。
いまは観光シーズンなのでうるさくて申し訳ないが、普段はしずかな村なのだと言います。
だったら、観光シーズンも普段通りにすればいいのにと言うと、中国人観光客は賑やかなところが好きだからと笑います。

そんなところへ昼間のガイドさんがやって来ました。
ここで食事しているのね、ふふっと笑いかけます。
あれっと見るとエプロンしていて、夜はいちばん端の店でアルバイトしていたのでした。
昼間は申し訳なかったと詫びますが、何のことか分からないと言って、自分の食べていた焼き鳥を半分分けてくれました。
もう上がる時間だという彼女に、次回来た時もまたガイドをよろしくと別れました。

入れ替わるかのように、今度は少女の妹がやってきました。
彼女は店の手伝いをするには小さすぎるようですが、ビールを運んだりお姉さんを一生懸命に助ける姿が何とも愛くるしい。
お姉さんも、わたしのことを日本から来た友達というように紹介して、さすがお姉さん外国人の友達がいるのと尊敬度をアップさせています。

写真では分かりにくいですが、彼女はお姉さんを凌ぐ美少女です。
本人もその自覚があるのか、歌と踊りを習ってるそうで、将来はアイドルになりたいと願っているのかも知れません。
有名になって稼いで両親と姉さんを助けたい、そう聞いたわけではありませんが、お姉さんが頑張っている姿を毎日見ていれば、きっとそう思っているに違いありません。
歌は恥ずかしがって歌ってくれませんでしたが、踊りは店の奥で披露してくれました。
体の柔らかさと敏捷性を巧みに活かしたその踊りは、ほんとうにその道を目指せそうな、応援したくなるものです。

暑さでビールを飲んではいましたが、それが原因とは思えない、自分としては不可解な行動をこのあとしてしまいました。
別の店でけんかが始まり、何があったかと少女といっしょに見に行きます。
口論から殴り合いになりかかったとき、どうしたことかわたしは、やめろと割って入りけんかを止めてしまったのです。

腕をつかんで止めたのは、昼間ジュースを飲んだ時の店員です。
一瞬ざわついた感じが静まって、けんか相手だった数人の客はそそくさと逃げ去っていきました。
女性の店員が何だか早口でわたしにまくし立て、意味も分からずうなづくと、ありがとうと握手しました。
原因を聞き返すと、会計のとき60元程度だったのに200元と領収書を書けというので断ったら、口論になった、成都から出張に来ていた役人だったので税金をおまえらの小遣いにされてたまるかと言ったら殴りかかって来たと言います。
それで、女性が日本にはあんな役人はいないでしょう、中国の恥でしょうと聞いたとのこと。

人垣は散り、何事もなかったかのように人々は食事を再開しましたが、逆にわたしは時間が経つにつれて冷静さがもどって何でけんかを止めに入ったのか自問しますが答えは得られません。
ふだんの自分からは絶対に考えられない行動です。
不思議な気分のまま宿にもどり、今日1日の長さを実感しながら深い眠りにつきました。

翌朝、成都空港へ向けて早い時間に宿を出ます。
もしかしたらと思い橋の方を見ると、果たして昨日の女の子が同じ場所でもう働いていました。
さよならを言おうと思い近づくと、村の出口まで送ると言います。
断る間もなく、近くにいた友達を使って昨日のメンバーを勢ぞろいさせます。
橋から車乗り場までは約10分の道のりでしたが、女の子たちに囲まれて、これがわたしの今回の旅を締めくくる花道のように感じます。

乗り場の手前は昨夜のレストランのあるところです。
昨日の少女は、朝から店番に立っています。
何でわたしが女の子たちを引き連れているのか不思議そうでしたが、賑やかな一行を手を振って見送ってくれました。
残念ながら妹はいませんでしたが。

車はすでにわたしを待っていました。
昨日ここまでわたしを連れてきてくれた親子の車です。
手を振り続ける女の子たちをミラーで見ながら、親父さんは、あの子たちは誰かと聞きます。
わたしは、手を振り終えると、親友だ、と答えました。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(2) | 2009/08/15 Sat

它是馬還是牛?

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
警察から解放されて宏クンの家に戻りました。
特に誰かに監視されるということもなかったようですし、宏クンとの会話がぎくしゃくということもなし。
あくまで、安全上の問題で登記手続きをしただけと思いこむことにしました。
平穏な生活が戻ったというところです。

明日の朝早くには村を出なくてはいけません。
少しでも記憶に焼き付けたいと、散策したり、子どもと遊んだりして夕方を過ごしました。
そして、最後の夕食。
メニューはいつもほとんど変わりませんが、この旅では出色のおいしさでした。
今回も限界まで食べましたが、その味は忘れ難いものがありました。

朝6時半、朝食の時間もなく、迎えにきた軽トラに慌しく乗り込みます。
宏クンに清算をたのむと60元だといいますが、2箔食事付きでそれは安すぎるからと100元手渡しまた。
律儀な宏クンは釣りを取って来ると、いらないと止めるわたしを振り切って走ってどこかへ消えてしまいました。
タイミングが悪いことに、この時軽トラは出発してしまい、宏クンにサヨナラを言うことができませんでた。

昨夜は雨もなかったので、警察が言うような崖崩れの心配はないと思ったのですが、博打好きの運転手の様子がどうもヘンです。
皮帯が…、と言ってるのでシートベルトしろと言ってるのかと思いましたが、首を振ります。
彼の普通話も聞き取りづらくて難儀しましたが、どうやらファンベルトが切れて補修したが、濾定まで着けるか自信がないと言っているのでした。

運転手の自信なさそのままに車は何度かストップを繰り返しました。
途中中学生くらいの女の子が3人くらい乗ってきて、こんな状況をきゃっきゃ言って喜んでいます。
とはいえ、帰り道はずっと急な下り坂です。
なんだかんだで、1時間後には濾定の町に無事到着していました。

今日は旅の最終目的地の雅安を目指します。
濾定のバスターミナルで聞くと始発のバスはなく、停車したバスに空席があれば切符を売るとのこと。
最初に来たバスは行く方面違い、2番目は2席しか空いてなく、先に並んでいた人がそそくさと乗り込みます。
そんな風に待つこと1時間ようやくバスに乗り込むことができました。

しかし、ここでもトラブルが。
次の町でまた乗客を乗せたのですが、車掌のミスでひとり多く乗客を乗せてしまいました。
トイレに行って最後に戻ったわたしは、いきなり降ろされます。
それはないだろうと思う間もなく車掌はあとから来たバスを強引に停めて、こいつを雅安に乗せてやってくれと交渉してくれたのでした。

座席に着こうとすると1席しか空いていません。
そこは、僧侶の隣で、本来は空けるべき席なのかも知れません。
ですが、目があったとたん僧侶は笑顔を浮かべて、隣の席にかけるよう勧めてくれました。

トラブルはまだ続きます。
地獄の渋滞です。
途中断続的に工事している区間があり、そこでバスはまったく動かなくなってまいました。
それどころか反対側からも、車は1台とてやって来ません。
交通量はすごく多い訳ではありませんが、この地方の幹線道路たる国道です。
大事故でもあったのでしょうか。

渋滞の原因は工事で間違いありません。
しかしまったく動かなかった理由はすぐに理解できました。
中国人の性格による大渋滞です。

渋滞を抜けるためには、まず待つという忍耐力がいります。
しかし、中国人ドライバーの多くはそれができないのです。
渋滞の列を見るとそこで待つことをせず、追い越して行く車が後を絶ちません。
前の車がいけば、よしおれもと付いていく便乗派が次々現れます。
気付くと道路いっぱいに同じ方向を向いた車がずらっと並ぶことになります。

容易に想像できるのは、反対側でも同じ現象が起こっているだろうということ。
つまり、渋滞の先頭では互いに車線いっぱいに横並びになった車が対峙して、前進も後退もできない状況になっているようです。

しばらくすると反対側から車が何台もやって来ました。
やっとこれで渋滞から抜けられるかと思うも束の間、車が途切れるや後方にいた車が我々のバスをどんどんと追い越して前に出ていきます。
大馬鹿者たちのせいで元の黙阿弥です。

3時間、なんと3時間ものあいだ、バスは1mmとして動きません。
そしてようやく車が動き出し渋滞を脱出しましたが、その距離はわずか3キロ程度。
案の定渋滞の先頭部分では対向車両が4列になってこちらを向いていて、それらをかわすため車は歩道に乗り上げての走行を余儀なくされました。
中国ならではの大渋滞に苦笑を禁じえません。

バスの中ではずっと隣の僧と話していました。
チベット僧と思って旅の経路を説明してると、彼は大連から来た漢族だと言います。
丹巴で会ったラマが近くの学院で教えていると言ったところ、まさにその学院で修行しているというので驚いてしまいます。
では、ダライラマはと小声で聞くと、もっと小さな声で、信仰のすべてと答えました。

成都まで行く彼とは雅安でお別れです。
今度中国に来たら電話をくださいと名前と携帯の番号をくれました。
もちろん名前は漢字で書かれていました。


写真は黄昏時の嵐安です。
畑仕事から帰って来た親子でしょう、カメラを向けると親父さんは笑顔でこたえ、シャイな娘はうつむいてしまいました。
この次のカットは、馬をひく娘の横顔で、これは間違いありません。
気になるのは、親父さんの連れている動物です。
馬と思っていましたが、どうもちょっと太り過ぎているような。
でも牛にしては少しスリム過ぎませんでしょうか。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(12) | 2009/08/13 Thu

被拘留了

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
大丈夫、手を握っていてあげるから降りてきなよ。
宏クンは、そういって手を差し出しますが、その1メートル先の段にどうしても降りられません。
Vサインする宏クンが歩いているその先は、直角に近く切り立った崖です。
足場が崩落すれば、草につまづけば、そのまま真っ逆さまで命はありません。
一段高い安全な場所にいますが、谷間に吸い込まれるようで、へっぴり腰の撮影になってしまっています。

ほんとうは、絶景の湖があるという北側の山に登りたかったのですが、3時間くらいかかるそうで、今回は南側の崖までやってきたのでした。
ここまで、宏クンの家から徒歩20分ほど、ずっと続く畑の中を歩いて来ました。
ここからの眺めがいいんだと少し高台に上がったのがここで、天気がいいとずっと先に5000メートル級の雪山が見えるそうです。

左端の中央から細い道が見えています。
頼りなげに続く道は、うねうねと小さな尾根を越え、左上の蛇行する下り坂に連なります。
これこそが、わたしが軽トラで登って来た道なのだなと感慨深いものがありました。

いまいる高台のわきに石が無造作に積んであったのでたずねると、ここにも昔、塔が建っていたそうです。
歴史ある塔が崩落してしまったのです。
言葉や文化が絶滅の危機にあるこの村を象徴しているように感じられました。


のんびりした散策でしたが、帰路、思わぬ出来事が待ち構えていました。
高台にいるわたしたちに向って大声で叫ぶ人がいます。
急いで降りて行くと制服を着た警官がふたり待っていました。
どうかしたのか聞くと、署まで同行願いますと、冷たい口調ではっきり告げられました。

動揺は隠せませんでしたが、従うより仕方ないので警官に付いていきます。
宏クンを見やると、大丈夫だ心配ないという顔をしていますが、その神妙な顔は事態の深刻さを物語ってるのでしょうか。
すぐさま、昨日の朝、濾定で出合ったこれから法廷に行って陪審を聞くといっていたチベットの青年のことを思い出しました。
彼は実は政府がマークする危険分子で、親しく接触したわたしを警察が尾行してきたのかも知れない。

つとめて冷静を装って、あらためて理由を聞くと、外国人はこの村では登記が必要なのでと言います。
なぜ登記が必要かと食い下がると、万一事故などがあった場合に備えてとの回答。
もっともらしい答えですが、そんな程度のことのためにわざわざ警官がふたりも探しに来るものでょうか。

だいいちわたしがこの村に来たことを警察はどうやって知ったのでしょう。
こんなことは思いたくもありませんが、村人の中に警察と通じている人がいて密告されたのでは、などなど不安な中で、いろいろなことがらが次々と思い浮かんできます。

ランドクルーザーの警察車両に乗せられたので、まさか濾定の拘置所に連れて行かれるのかと心配しましたが、300メートルほど先の小さな警察署で降ろされました。
署では、別の警官が待っていて、やはり外国人のための登記をするので協力お願いしますと告げられました。
20代後半と見えるその警官は色白で、あきらかに土地の人間ではありません。
あとでたずねるとやはり江蘇省出身の漢族でした。
どのような理由で、ここで警官をやっているのかは確かめるすべもありませんでしたが。

外国人登記にはマニュアルがあるようで、その冊子を隠そうともせずに書類に記入してきます。
質問されたのは、ごく一般的なことでわたしの個人情報はパスポートをコピーして、さらに旅程やいま泊まってるところを口頭で説明します。

最初のうちこそわたしの緊張が伝わってしまったためか、かなり固い雰囲気で質疑応答が進みましたが、そのうちにフレンドリーになって雑談も交わすようになりました。
日本は経済危機のようだがどんな感じだいと警官が聞けば、わたしは彼の出身地を聞いたり、もしわたしが中国語をいっさい話せなかったらどうしてたかなどと聞いたりしました。
日本人なら漢字が読めるのでしょうと言ってマニュアルを指さして何とかなると答えます。
じゃあ西洋人が来たらどうすると突っ込むと、西洋人はこの村に来たことがないとのことです。
中国人向けとは言えガイドブックに紹介されたこの村ですが、わたしが最初の外国人なのではと言うのが意外でした。

特に政治的な質問などはなく、ほんとうに単なる登記のために呼び出されたのかと信じようかと思いました。
しかし、いつこの村を出るのかと聞かれ、明日の朝と答えると、万一崖崩れでもあって村を出れなくなると帰国できなくなる恐れもあるから、わたしは今日のうちに村を出ることを勧めるがどうすると聞いてきます。
穏やかな物言いですので、親切心で勧めてくれてるように思われますが、早く出ていけ、でないとその身に何が起こるか分からないぞと遠まわしに脅しているようにもとれます。
一瞬、回答を躊躇し、迎えに来た宏クンの顔をうかがいました。
彼は平然としていて、顔からはサインのようなものは汲み取れません。
何もないだろう、そう信じて、わたしはこの村にもう一泊したい、アドバイスはありがたいが、万一の場合の責任は自分で負うのでと答えると、そうか、じゃあ気を付けてとあっさり滞在を認めてくれたのでした。

わたしのパスポートをコピーに行った若い警官がなかなか戻ってこなかったことで、あれは別室で危険人物リストとの照合とかやっているのではと思ったものです。
それに、万一のための登記とはいってましたが警察の書類に記載されパスポートのコピーが渡っています。
どんなリストに登記されたのか、やはり気にせずにはいられません。

ご協力ありがとう、そう言って笑顔で右手を差し出した警官を、わたしは信用するしかありませんでした。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F2.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(4) | 2009/08/12 Wed

就是宏

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
余さんの家にはおじいさん、おばあさんも健在です。
一家四代同居というのが自慢で、こういうところに中国の家族のあり方が見えたりするものです。
お昼はのおじいさん、おばあさんといっしょに食べることになりました。
するとお父さんは遠慮するのか出てこなくて、4人用の食卓にあぶれないようにしているようです。
おばあさんが食べ終わる頃、入れ替わりにお母さんが加わって、テーブルは常に満席状態です。

たくさん食べるように勧めるのは日本も中国も変わりませんが、こちらではおかずをとって茶碗のご飯の上に乗せてくれます。
その時の箸はその人が使っているもので、衛生観念がとか下手すれば肝炎になどと考えていては、とても一緒に食事はできません。
ありがたくいただきます。

ご飯も黙っているとお代りをよそってくれます。
3杯食べるのがマナーなのか、平均的なのか、断っても断ってもお代りをよそうので食べきらないといけません。
それに3人がかりでおかずをとってくれますので、食事のたびにお腹ぱんぱんで、これには参りました。

中国では、よく食事を適度に残すのが招待された側のマナーだと言います。
しかし、いまは不要乱費といって残さず食べるのをよしとするようですし、ましてや家庭では食事を残すのは日本同様に失礼という気がします。
そんな訳で、帰国後体重を計ったら6キロも増えていました。

余さんの名前が宏とうことが分かりました。
余宏は、普通話では"ユィ・ホン"のように発音しますが、わたしは当然のように"ひろし"と呼びました。
午後には雨も上がったので、そんなひろしと散歩に出ました。

最初に案内してくれたのが、写真の村でいちばん古いと思われる家です(ピントが甘いのをお許しください)。
記録がないのではっきりしませんが、100年くらいは経っているだろうとのこと。
おとといの写真では、石作りの家が並んでいまたが、基礎部分こそ石で頑丈に作るものの、それ以外の多くの部分が木で作られています。
古い家ほど木の装飾が緻密で、生きた美術館と言っては言いすぎでしょうが、民族博物館的な趣は十分です。

このあたりは震源から遠く離れていて、昨年の大地震でも揺れはしたものの被害はまったくなかったそうです。
しかし、見せていた打た家の中は、さすがに荒れて来ていて、彼らの言語ほどではないとしても、せっかくのすばらしい家が廃れていくのがいかにも惜しく感じられます。


このレンズのことに言及するのを忘れていました。
Super Rokkor 5cmF1.8 は、1957年というライカ・スクリューマウント・レンズとしては最晩年に世に出た悲運のレンズです。
M3の発売からすでに3年の歳月が経ち、ニコンやキヤノンなどの一部メーカーを除きもはやレンジファインダーカメラはあきらめられ、各社が一眼レフへ移行する過渡期だったためあまり日の目を見ることなく時代の波に呑み込まれてしまったようです。

しかし、このレンズのシャープネス、コントラスト、解像力は当時としては群を抜いていて、あるいは35mmカメラ用として発売されたレンズの最高傑作と評価される方は多くいます。
ガウスタイプの最大の欠点は、コマフレアによるコントラストなどの低下があげられますが、このレンズを設計した松居吉哉氏は、苦心の末コマフレア削減の方法を発見しました。

元ミノルタの神尾健三氏が「ライカに追いつけ!」でこの時のエピソードを紹介しています。
5か月間苦心して設計するがコマフレアが取れなかったのが、ふと気付いて2群目の貼り合わせを分離したところスカッとコマがとれたと言います。
このアイディアはその後も活かされ、現行一眼レフのF1.4クラスの標準レンズはほとんどがこの型かこの型のバリエーションです。
ライカR用の50mmレンズも、やはりほとんどが2群目分離でした。
やがて土居氏は、収論の大家としてキヤノンに移ってしまうのですが。

余計なことまで書けば、一代前の Super Rokkor 5cmF2 の方は Summiron 5cmF2 のデッドコピーと言われていて新種ガラスが使われていないことを除けば、ズミクロンのデッドコピーなのだそうです。
1953年発表のズミクロンの写りは、当時のミノルタにとってM3の登場同様のショックだったのではないでしょうか。
ライカに追いつけは、パルナックライカしかり、M3しかり、そしてズミクロンにも追い付けだったのではと読めます(そのような記述は一切ないですが)。

Super Rokkor 5cmF2 の方はさほどの性能ではなかったと聞きますが、Super Rokkor 5cmF1.8 で、ついにズミクロンに追いついたかに見えます。
少なくとも、ボケについては圧勝しています。
他の部分はどうか、いつか比較してみたい課題です。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(4) | 2009/08/11 Tue

主客転倒

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
広くはない村に一晩とちょっといると、よそ者が来たという話はかなり伝播するようです。
余さんの向かいの家の軒先で雑談していると、いろんな人が次から次へとやって来ました。
昨日会った人がいますし、自己紹介していく人もいますが、なかなか覚えられません。

その向かいの家には大学生の高クンがいて、村の情報源になってくれました。
なにしろ普通話が通じるのがありがたく、普段はぜんぜんしゃべれない中国語普通話がいつの間にか自分の言葉になっています。

それにしてもこの村から出た貴重な大学生だから、村民の全期待を背負ってたいへんだねえなどと振ると、照れつつも、村からは大学に行った人はすでに何人かいると説明してくれます。
では、女子大生はと聞くと、やはりいないようでした。
この村も18歳くらいになると町に出稼ぎにいってしまうようで、男女とも二十歳前後で会ったのは彼ひとりだけでした。

訪れた最大の珍客は、わたしに日本人ならオレのパソコンが直せないかと言ってきた青年でした。
仕事でパソコンを使っているかと聞かれもちろんと答えると、じゃあ直せるのではとわたしを彼の部屋に連れていきます。
おとといパソコンが起動しなくなってしまったので、昨日濾定の町まで行って復旧ソフトを買ってきたがいくらやっても直らないと言います。

どれどれと起動しますが、やはりエラーメッセージが出ます。
そして、これが中国語でまったく意味不明です。
ソフトを挿入してみます。
何かが動きだましたが、やはり中国語でよく分からないので、端から順に動かしみるしかありません。
はい、まず左上から、カチッ。
あれ、動き出したと思ったらウインドウズのメニュー画面が。
くださんの青年が狂喜しています。
直してしまったようでした。

次のお客さんは、赤ちゃんを抱いたおばちゃん。
今ではめずらしくなった赤ちゃん用の帽子をかぶらせて、写真を撮ってくれと言ってきます。
実は、今回の旅にはいつものM8といっしょにモノクロを詰めたM6も持参していて、落ち着いたこの村では2台のライカを首から提げて闊歩していました。
多くの村人が、写真家だと錯覚していたとしても無理はありません。

赤ちゃんはちっともカメラの方を向いてくれません。
近くにいた大人が総力戦で赤ちゃんの気を惹こうとしますが、その不自然さがかえって赤ちゃんの不信感につながったようで俯いてしまいます。
そんな姿にみんなで大笑いとなります。

食事中この騒ぎ聞きつけてやってきたのでしょうか。
おかずで赤ちゃんの気を惹こうとしていた、おばあさんの笑いが最高でした。
密かに撮って、その液晶画面をみんなに見せると、また新たな笑いが起こります。

いま思うと、この時はほとんど互いに言葉を発したとか、通じたとかいうことは意識していません。
カメラを通して、みんなの笑いでじゅうぶんにコミュニケーションとれていました。
言葉は必要であるが、ときになくても構わない、そんな当たり前のことを写真が気付かせてくれるのですね。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(4) | 2009/08/10 Mon

在下雨上散歩

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
深夜、雷と激しい雨の音で目覚めましたが、すぐにまた熟睡したようで、目覚めの良い朝を迎えました。
しかし、窓を開けて外を見るとまだ雨はぽつぽつと残っていました。
向かいの路上では、雨を避けるようにして屋根の下で、野菜を洗っている女性の姿が見えます。

まだ、6時半、朝食には少し早いので、体を洗い、シャンプーしました。
多少、水が跳ねましたが、二つのたらいを駆使して、我ながら器用にこなしたものです。
ひと足早く起きていた余さんから朝食にしようと声がかかります。
少しほかほかの饅頭をメインにした朝食も。なかなかの美味です。

今日は、余さんの案内で遠く山向こうの湖まで歩いて行く約束だったのですが、雨のため中止になってしまいました。
かわりに村の中を歩いてまわることにしましたが、それもまた楽しです。

言葉の不自由を越えて、話しをしながら歩きます。
嵐安には一村から三村まで3つの村があり、人口は3000人ほど。
滞在しているのが一村で、余さんの奥さんは二村出身で子ども連れて実家に帰っています。
周囲に他の村はなく、隔絶された土地です。

以前買った四川省の本に4行ほどこの村が紹介されていて、それを読んだことがここへ来たきっかけです。
それによれば、村は独自の言葉が話されていて、独自の文化が息づいているということでした。
それを尋ねますが、残念ながら独自の言葉は余さんのおじいさんの世代なら話すことができますが、余さん自体がすでにりかいできなくなってしまっているのでした。

つまり、おじいさん世代が亡くなるだろう、今から10年後、20年後には、嵐山独自の言葉は絶滅してしまうことになります。
いや、日常的に使われていないその言葉は、一日一日忘れ去られ、そう遠くない日をもって完全に忘れ去られてしまうのでしょう。

雲南省の納西族のトンパ文字は、絵文字のような独自の字を使うことでよく知られています。
このトンパ文字は、何とか絶滅しないよう若い人たちに懸命に伝承しようと努力していることを余さんに話して、どうにかならないものかたずねましたが、すでに余さん自身がしゃべれない言語には関心が薄いようで、仕方ないと言うばかりでした。

では、独自の文化とは何かたずねると、少し考えていうには、まず衣服は嵐安だけのもののようで、他のチベットの人とは違っているようです。
また、お祭りでは独特の踊りなどがあるようです。
文化は、すでに生活に染み付いていますので、どの部分が自分たち独自で、どの部分はチベット族共通かなどということは突然聞かれても分からないでしょうから、何か面白く感じたらその都度聞くしかありません。

わたしたちは、まず村唯一の寺廟を訪れました。
特別のことがない限り普段閉ざされた廟ですが、余さんがたのんで鍵を開けてもらいました。
管理しているのは近くの老人で、わざわざ開けてもらった礼を言うと、ちょうど掃除しようと思っていたのでと、逆に訪ねてきてくれたことを喜んでいました。

手を合わせ、どうぞ村の文化が廃れませんようにと、文化人類学者のような殊勝なお願いをします。
5元札を賽銭に置かせてもらうと、そんな態度は老人には好印象だったようです。
大切なお願いをしたのでと照れる私に、なんども礼を言います。
鐘を突き、建築や祭りに使う道具を見せてもらって、辞することにしました。

この廟は高台にあります。
門を出ると屋根が並んだ家並みのすばらしい風景が広がっていました。
歩いていて小さな村に感じ、人口3000人は何かの間違いだろうと思っていましたが、意外な規模の大きさに十分納得したのでした。
【M8/Super Rokkor 5cmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Minolta Super Rokkor 5cmF1.8 | trackback(0) | comment(6) | 2009/08/09 Sun
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