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Xenon 5cmF1.5
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Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/14 Wed

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Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/08 Thu

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Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/06 Tue

あいつを始末してくるんだ

Xenon 5cmF1.5
昨日のうちにミラノ行きのバスチケットを買っておいたのですが、恐るべきことが分かりました。
リュブリャーナからミラノまでは鉄道だと昼行と夜行の2本があってオーストリアのフィラッハ乗り換えで81ユーロ、バスだと昼行のみで直行便で40ユーロと聞いたので、躊躇なくバスチケットを買いました。
昨夜、宿に戻ってミラノのホテルを予約してしまおうと調べると、いちばん安いものでも70ユーロもして、しかもそれは4人部屋のドミトリーの値段だったのです。
シングルだと100ユーロ以下はなく、それなら昼行よりも高い夜行列車で行って宿泊しない方がずっと安上りです。
バスチケットは10%のキャンセル手数料を取られましたが、夜行列車で行くしか手はありません。
ミラノでは万博が開催されているため宿代が暴騰しているようで、しかし、いくらなんでもドミトリーで9000円と言うのはふざけた値段で、他をざっと見てみると1泊4万、5万のホテルが並んでいるのも含めて旅行者がバカにされているようです。
東京もオリンピック期間はあんな風になってしまうのでしょうか。
万博になんて興味ない旅行者にとっては迷惑千万な話で、大きなイベントは開催してほしくないと訴えたいですね。

21時10分発の列車までぽっかり時間ができて散策でもしたいのですが、リュブリャーナはあいにくの雨模様です。
雨に濡れるヨーロッパの旧市街の町並みは美しいのですが、歩くには不便です。
とは言え、宿に籠っていても仕方ないので、荷物を預かってもらって旧市街探索に出掛けました。
15分ほど歩くとそれまでとは建物が一変していかにも歴史ある雰囲気の通りにぶつかりました。
小さな店構えの食料品店や化粧品店、本屋、アウトドアショップなどが並んでいて、日本とはまったく違う商品のディスプレイを覗きながら散歩を楽しみます。
続いて大きな広場に出ました。
宿でもらった地図を確認するとここにツーリストインフォメーションがあることになっていますが、広場が大きかったのと東西南北が把握できなかったのとで、見つけるまでに時間がかかってしまいました。
途中橋の欄干にドラゴンの像があったのですが、そのドラゴンが町の象徴のようで、マスコットキャラクターになってインフォに置かれていました。
さすがに日本のゆるキャラのような着ぐるみまではないようですが、マスコット自体は可愛らしく、日本人がデザインしたような子どもに受けそうなドラゴンでした。
インフォではコンサートがないか聞きましたがクラシックのものは一切ないそうで諦め、教えてもらったアンティークショップに向かいました。

地図にマーキングしてもらった2軒は本格的なアンティークショップで、残念ながらわたしの探しているような店とは違います。
高級なアンティークはもちろん魅力的ですが、手のひらに収まるサイズで数千円で購入できる安価かつ、その土地と生活に根差したような古道具のようなものが欲しいなと思います。
今はネットオークションを使えば世界中のあらゆるアイテムを比較的安価にいながらにして手に入れることができるのですから、旅先ならではのものを手にし、それを店主に尋ねたりして、おしゃべりしたりするのが楽しいのです。
こういう店の主人はたまに無口の話下手だったり英語がさっぱりという人もいますが、たいていは外国からの珍客歓迎で、地方の歴史とか、関係ない雑談とかで楽しませてくれます。
逆に東洋アイテムに対して質問されてしまうこともあります。
根付の使い方や印籠に何を入れていたかなど説明すると、熱心に聞いてくれ感謝もされます。
わたしの説明をそのまま他の客にするかと思うとあまりいい加減なことは言えませんが、まあ、わたしに聞くのが悪いので許してもらいましょう。

古いメガネをブダペストとコトルで手に入れていたのですが、たまたま通りがかったここのアンティークショップでも見つけて手に取らせてもらうとまた欲しくなりました。
主人に他にレンズ関係とか光学関係のものはないかと聞いてみます。
大抵こういう店では店頭に出ているものの他にバックヤードにがらくたなんかが貯まっていたりするので、聞いてみる価値はあります。
すると、主人は何やら考えを巡らせてあちこち引き出しを開けたり閉めたりして、見つけたとわたしに懐中時計のようなものを見せてくれました。
メガネの表面に押し当てると針がガラスの曲率の数値を示す計測器です。
メーカー名はありませんがたぶんドイツ製だろうとのこと。
古いメガネ屋が廃業したときに持ち込まれたような記憶があって、探したら出て来たよと笑っていました。
こういう風に見つけてもらうと嬉しくて必要なくても欲しくなるものですが、この計測器なら手持ちのレンズの前玉の曲率を調べるなりして遊べそうです。
先のメガネもオーストリア・ハンガリー帝国時代にスロベニアのメガネ店で販売されたものとケースの文字から分かったので、少し負けてもらって両方お買い上げとさせていただきました。

雨は時折強くなったりもしてきました。
100円ショップの折畳み傘を持っていましたが、いつの間にかパーツが紛失して完全には開かなくなり、ますます歩くのが不便になりました。
町中に何軒もあるカフェをはしごしてみることにします。
3軒入りましたがすべてでコーヒーを飲んでは体に悪そうなので、ビール、コーヒー、紅茶と1軒ごとに変化させました。
昔ながらの古く落ち着いた店、モダンな内装の老舗店、ファストフードのような外装の安めの店と、カフェにもバリエーションをつけます。
飲み物の味が変わってしまう訳ではないですが、やはり昔ながらの店と言うのがまったりできていちばんいいなと思います。
老舗店もよかったのですが、店員たちが慇懃すぎるのがわたしにとってマイナス評価です。
安い店は若者たちで溢れていて、それはそれで楽しい雰囲気でした。
コーヒーはだいたいどこも1杯1.5ユーロくらいとセルビアやマケドニアより倍近く高くなってしまいます。
どのカフェも店外にテーブルが並んでいてそちらの方が人気ですが、店内が禁煙なのに対してスモーキングフリーなので、喫煙者の多い旧ユーゴ圏ではわたしは利用しませんでした。

さて、本日の作例ですが、雰囲気ある通りであまりにその場にぴったりな人物を撮影しました。
雨がちな天気とは言え、それほど寒くはないのにコートを着ていて堅気の人物では無さげです。
秘密警察じゃないかと踏みましたがいかがでしょう。
いや、もしそうであれば、こっそりとではあれ撮影してしまったわたしはタダではすまなかったでしょうから、産業スパイとか薬の売人なのかも知れません。
それはともかく、スロベニアはイタリアやオーストリアと国境を接する国なのですが、少なくともリュブリャーナで難民を見ることはありませんでした。
ハンガリーがセルビアとの国境を閉ざしたことで、難民の流れがこちらに集中すると予想したのですが、見当はずれだったかも知れません。
明日の午後の便で帰国するので、今日が最後のチャンスとスロベニアの人々に難民についての意見を聞いてみたかったのですが、その機会はがなかったのが残念でした。
【α7/Schneider Xenon 5cmF1.5 F1.5】
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Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/05 Mon

501番線から発車です

Xenon 5cmF1.5
心配された携帯の目覚ましは今日も機能して、わたしの目覚まし音楽であるABBAのチキチータを鳴り響かせました。
宿のご家族には申し訳ないですが、早朝のシャワーを浴びてから出発しました。
バスターミナルには昨日のドブロブニクからのバスで見かけた男性の姿があって、声を掛けると向こうもわたしを覚えていて少しの間、旅について語り合いました。
香港人の彼はクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナを10日間かけてまわっていて、これからクロアチアのスプリトを目指すとのことです。
どこも団体が多いし、大陸中国人ばかりなのにも参るとうんざりしたように言います。
それなら、東洋人にはほぼまったく会わなかったアルバニアに行くよう勧めました。
ここも中国人でいっぱいになるのは時間の問題だから来年には行くべき、がわたしたちの共通の認識でした。

モスタルからザグレブへは完全な内陸部の道で、アップダウンや風景の変化はありますが、海岸を走ったここ何日かと比べると物足りなさは禁じ得ません。
早起きしたこともあっていつの間にか眠ってしまっていました。
アルバニアではワゴン車でしたが、以降はいずれも一般的な大型バスで、バカンスシーズンを過ぎているので、定員の半分も乗っておらず二人掛けを独占できるのは助かりました。
バスは途中の主要な町にいくつか停車します。
観光客用と地元の人の足を兼ねているようで、それなりに乗り降りが頻繁でした。
地方では自家用車が無いとなかなか生活できないので、バスを利用する人は女性や老人、学生風がほとんどです。
そういった人たちはしばしばバスを使うので運転手や車掌と顔見知りらしく、親しげにあいさつしたり、ずっと会話していたりするのをよく見ます。
そんなローカルのやりとりを何気なしに眺めているのも、バス旅の楽しみだと思います。
ほんとは、彼らの話の内容が理解できたり、会話に加われればもっと楽しいのですが。

国境の仕組みがよく分かりませんでした。
陸路で国境越えするときは出国審査があって、また少し先に入国審査を通るのが常識ですが、これがどちらか一方しか無いケースが何回かありました。
もとはユーゴスラビアという一つの国だったのがが分かれたので、国家間協定で省略しているのでしょうか。
バスがイミグレーションに到着すると係員が乗り込んできて、顔写真を確認しながらパスポートを回収していき、15分くらいして車掌が呼ばれてチェックの終わったパスポートの束を持って戻り、ひとりずつ名前を呼びながら返却していくパターンが一般的です。
ところが、乗り込んで来た係員がパスポートをめくって見た後、顔写真で本人確認したらその場で返却するケースや、乗客が全員バスから降りて窓口でパスポートを見せるケースもあって、どうしてやり方を統一しないのか理解に苦しみます。
出入国のスタンプは押されていない場合も多いようでした。
また、EU圏内や旧ユーゴ内などIDカードだけでパスポートを不要としているのもよく見ました。

中長距離のバスは時間帯に合わせて休憩タイムがあります。
バスにはほぼトイレが付いてないですし、2、3時間と座り続けているとお尻が痛くなるので、休憩ではみんな一斉に車外に出ていきます。
場所は郊外の街道に面したカフェ・レストランのような施設で、トイレだけ利用してもいいし、コーヒーやビール、軽食を頼む人ももちろんいます。
喫煙所があるわけではないので、無遠慮なスモーカーがあちこちでタバコを吸うのが腹立たしいです。
わたしは日本でも高速バスにときどき乗りますが、休憩はサービスエリアなので、みな土産のお菓子など買い物するのが普通で、飲み物はペットボトルのお茶を買ってバスの中で飲んでいます。
休憩時にカフェのアウトドアのテーブルでコーヒーを飲むのが当たり前のヨーロッパとは、文化の違いを感じざるを得ません。
ただ、日本では缶コーヒーからジュース、お茶、水など飲みたいものがコンビニや自販機でいつでもどこでも買えて、お茶類など無糖ドリンクの種類が豊富なのがすばらしいと思います。
ヨーロッパでは、無糖ペットボトルドリンクは水だけです。
選択肢はガス入りか無しかで、わたしはガス入りのミネラルウォーターをよく飲みましたが、お茶が飲みたいなとずっと考えていました。
伊藤園でもキリンでも、ヨーロッパで体に好いと無糖の緑茶、紅茶、ウーロン茶のペットボトルを売り出せばヒットするんじゃないかと思うのですがいかがでしょう。
寿司屋さんがあれだけ定着しているのですし。

モスタルからのバスが到着したザグレブのバスターミナルはすごいところでした。
乗り場のトラックナンバーが細かく分かれていて、リュブリャーナ行きが何番線から出るのか地上係員に聞いても分かりません。
チケットを買う時には何番から出るとか教えてもらうのでしょうが、わたしはモスタルで買ったので知りようがありません。
仕方なくチケット売り場の列に並んで窓口でたずねると、501番だと調べてくれました。
実際に500以上も乗り場があるわけではないと思われますが、それにしたってコンピューターでなければとても管理し切れないことは理解できました。
501番に行くと停まっていたのはチューリヒ行きで、バスの前面には小さな字でリュブリャーナにも停車すると書かれていますが、普通は気付かないでしょう。
もうちょっと分かりやすくできないものでしょうか。

リュブリャーナ到着はすっかり暗くなってからでしたが、そうなることは分かっていましたし、この町の宿はとても高いので安宿を事前予約していました。
携帯の地図を見ながら歩くと簡単に見つかってしまいます。
ぜいたく言ってはいけないでしょうが、簡単に宿に着くよりそれなりに苦労して好い安宿を見つけたという方がありがたみがあってこの旅にはしっくりきます。
宿に聞いたレストランは英語のメニューがなくて困りました。
しかし、スロベニア語メニューと格闘していると後から来た客が、日本人ですかときれいな日本語で聞いてきました。
新潟県の浦佐に留学していたボスニア人で、たまたまこのレストランに入りわたしが見えて日本人かと思い声を掛けたとのこと。
こんなシチュエーションで日本語のできる人に会う確率ってどのくらいでしょう。
宿探しは苦労した方が良いと書いたばかりですが、食事はすんなりしたいものというと身勝手すぎるでしょうか。
ほとんどあり得ないような日本留学経験者との出合いによって、思うような食事ができて助かりました。
さて、今日の作例ですが、1日移動でまったく撮影しなかったので、昨日の夜撮ったモスタルの橋のてっぺんからの写真とさせていただきます。
橋の段々がつくる影が人のシルエットと干渉して、奇妙な姿に変容させています。
これもメタモルフォーゼンと呼んでよいでしょうか。
【α7/Schneider Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/04 Sun

I never forget

Xenon 5cmF1.5
今日の移動先はモスタルと言うボスニア・ヘルツェゴビナの町です。
昨日確認したバスの時間は朝と午後、所要時間は3時間と言うので、朝のバスでお昼に現地着の予定です。
昨日はドブロブニク着が暗くなってからだったので旧市街はバスの窓から眺めただけでしたが、今朝も早く出るので20年も前からいつか訪れたいと考えていたこの地にはついに足を踏み入れることなく終わってしまいました。
昨日は携帯がおかしくなったと書きましたが、半日放っておいたら何故か直っていて、目覚ましも作動しました。
昨今の携帯は、壊れても無暗に触らず、放置しておくのが好いということでしょうか。
お世話になった宿には最後の最後に面倒を掛けることになってしまいました。
宿のすぐ前のバス停からバスターミナル行きのバスが7時15分に出るのでそれに乗るよう言われていたのですが、7時ころコーヒーを淹れてもらってのんびり飲んでから7時10分過ぎに別れを告げてバス停に行ったものの、バスは待てど暮らせどやって来ません。
10分待って来なかったので、宿に戻りバスが来ない旨告げましたが、大丈夫待ての返事。
さらに20分待ちましたが来ないのでもういちど宿に戻ると、おばさんがびっくりした顔をして急がないともう間に合わないと言って、車のキーを取り早く乗ってとわたしを促します。
孫のいる推定60歳のおばちゃんでしたが、レーサーモードにスイッチが入ったかのように愛車のVWポロを飛ばします。
さっと車線変更したり、前の車にぴったりくっついたり、こちらは恐怖で足を突っ張り放しでした。
5分前に着いたのでそれほどギリギリではなく、あんな運転をする必要があったとは思いませんが、いずれにしてもバスが来なかったのを救ってもらい感謝しなければ、です。

すでに東欧でのバス移動のエキスパートになっているわたしは、3時間の行程が物足りなく感じるくらい快適にモスタルに到着しました。
国境を越えているのでまずは現地通貨マルクをATMで引き出し、明日のバスチケットを購入します。
最終目的地リュブリャーナへは直行バスがなく、クロアチアのザグレブで乗り換えとのこと。
朝6時55分発、夜7時半着だと言うので実に12時間35分の行程です。
さすがにこれはくたびれそうですね。
続いて予約しておいた宿を探しますが、なかなか見つかりません。
ツーリストインフォメーションで住所を見せますが、そんな通りの名は聞いたことがないと調べてもくれないのです。
途方に暮れていると土産物屋の兄さんが宿が見つからないのかと近寄ってきます。
やはり住所には心当たりがないと言いますが、メールに記載されていた番号に電話してくれ場所はすぐに分かりました。
着いてみるとその通りはとても短く、家が数軒あるだけです。
これじゃあ誰も知らないでしょうし、グーグルマップにだって記載されていません。
宿はあらかじめ予約した方がいいのか、現地で見つければいいのか、その町によるということはありますが、わたしは現地で探す主義を貫徹すべきだったと後悔しました。

宿にはご主人がひとりいてあいさつしますが、英語はほとんどできず、逆にドイツ語ができないかと聞かれてしまいます。
ナインと答えるとナインがすでにドイツ語なので笑われてしまいます。
ブルガリアとウクライナで経験済みの片言ドイツ語による会話でしたがこんなんでも意思の疎通が十分できるものですし、いま出ている奥さんは英語が得意というので問題ありません。
この宿は一般家庭の空き部屋を貸すペンションで、旧市街まで1分の至近にありながらメインストリートの反対側に位置するためとても静かで、インフォでも住所が分からなかったことを除けば最高のロケーションと言えます。
モスタルには旧市街に高い橋があって、この町の象徴のようになっていますが、それが部屋の窓からよく見えました。
しかし、コトルもドブロブニクもそうですが、観光客があまりに多すぎます。
やはりアジア各国の団体がいっぱいになって道をふさいでいる状態では散策しても楽しいはずもなく、早々に引き上げて部屋でひとり洗濯に勤しみました。

ボスニア・ヘルツェゴビナというと、わたしは1990年代初頭のユーゴ内戦で戦場になったサラエボの映像が20数年経った今でも頭を離れません。
爆撃で半壊した建物や銃弾の跡が生々しい壁などはそのまま残されていると聞きました。
それを見にサラエボまで行くかとも考えましたが、その必要がないことに気付きました。
今いるモスタルでも市街戦があったようなのです。
旧市街が美しかったので最初は気付けませんでしたが、少し離れた場所には破壊された建築物が散見されました。
さらに外れではいくつかのまだ新しい墓地があるのにも気付きました。
近くのモスクの脇の墓地に入って墓標を読みます。
没年が1993年となっていて、隣のをみるとやはり1993年、隣も、また隣もすべてがすべて1993年でした。
一列に並んだ墓の没年表記がまったく同じということに、言葉に言い表せないショックを受けました。
前の列も、後ろの列も、墓地の中に200以上はあるだろうすべての墓が、同じ1993を示していると考えると言いようのない恐怖を感じます。
今もこの町のどこかで穏やかに暮らしていて、すれ違ったり会話していたかも知れない人たちが、わたしの足の下に眠っているのです。

宿に戻ると奥さんがいたので、もし辛ければ話を止めて欲しいと断って墓地を見たという話をしました。
しかし、彼女は遮ることなくわたしの話を聞いてから、そうです、あなたの見たとおりですと答えました。
ただし、彼女たち家族はその前年、ドイツに移民として移り難を逃れ、情勢が落ち着いてからモスタルにもどったそうです。
そう聞いて初めて、鈍いわたしでもご主人がドイツ語を話せた意味が理解できました。
彼女もドイツにいて詳細は知らないがと断りつつ、この町が爆撃に晒されたと話してくれました。
戦闘が終わってほどなくして戻った時、家は無残な姿に変わっていて、彼女は何日間も泣いているばかりだったと言います。
わたしたちはハグし、静かに涙を流し合いました。
モスタルを訪れるということは、同時に重い十字架を背負うことをも意味しているようです。

もともと胃が不調なところに、つらい話をしてもらって、とても食欲はありませんでしたが、彼女の知り合いがやっているというレストランを訪ね紹介してもらいました。
小さな店は満席でしたが、時間が遅いのでウェイトレスはすでに帰宅して女性ひとりで切り盛りしています。
彼女のつくった土地の肉料理は美味しく、お腹いっぱいになって会計すると、近くで遊んでいた10歳くらいの女の子が片付けを始めました。
ひとりではなく娘が手伝いしていたのですね。
おとなびた仕草がかわいくて、見ていて少し明るい気持ちになりました。
手元にあった日本から持参の飴をチップですと手渡すと、照れる姿がまた可愛らしい。
母子のおかげで救われた気持ちになりました。
さて今日の作例は、よく知られたモスタルの橋の風景、ではなく、左下にあったわたし宛のメッセージとしました。
なぜ、これがあったのか、なぜ、わたしはこれを見つけたのか、今となっては不思議だとしか言いようがありません。
もちろん、モスタルで見た衝撃は、けっして忘れることはないでしょう。
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Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2015/10/03 Sat

キャトルフィッシュリゾット

Xenon 5cmF1.5
旧市街への入り口のツーリストインフォメーションで、前夜、次の目的地ドブロブニクへのバスのことを訪ねると、タイムテーブルのコピーをくれました。
同様の質問が多いからでしょう。
こちらではバスが唯一の公共交通手段ですが、1日1~2便と言うのが当たり前なので、それを逃すともう1日滞在せざるを得なくなるということもあって、バスの時間の問い合わせは必然的に多くなるようです。
コピーによれば、ドブロブニク行きは早朝か2時45分の2本となっていて、ゆっくり午後の便で移動することに決めていました。
ホテルでは朝食もついていて、さすがレストラン併設のホテルだけにハムや目玉焼き、パンなど美味しくいただきました。

しかし、のんびりし過ぎていたのがまずかったようで、10時くらいになると観光客がどっと押し寄せとてもにぎやかになってしまいました。
アルバニアまではまったく見なかったアジア人であふれかえっていますが、彼らは皆団体で、日本、韓国、中国の三ヶ国で小さな町が占領されています。
コトルにはとてもこれだけの団体を受け入れるキャパシティーはないでしょうから、どこか近くの大きなホテルに宿泊して、大型バスで大挙してやって来るのですね。
グループごとの人数が多いので、ガイドの声は必然的に大きくなり、もともと大声の民族はそれとは関係なくあちこちで大声量でなにやら会話しています。
静けさが支配していたはずの中世の町は、小学校の運動会場のようなにぎやかさに変貌してしまいました。

たまらず外へ出ると城壁の外側に市場ができていました。
昼食用にフルーツを買うことにします。
実は昨日あたりから、胃の調子が悪くなっていて食欲を失っていました。
風邪気味だったのが治ったと思えば、入れ替わりに悪いところが出てきます。
携帯の不調も含めて、アジア、中東とタフな国々を旅してきた疲労が蓄積して弱いところから問題が噴出してくるような気がします。
コトルの名物なのか、干しイチジクがフレッシュなフルーツに混じって売られています。
直径3センチほどと小さいですが、20個30個と糸に通してあって、むかしおばあちゃんが50円玉を紐に通して押入れ貯金みたいにしていたのを思い出させました。
これなら栄養価はとても高そうだし、場所は取らないし、いつでも好きな時に好きなだけとって食べられる、今のわたしには最良の食品でした。
25個ほど連なったやつを量ってもらうと200円弱と安いのも素晴らしい。
こんなに安いのは、柿同様に甘いのと渋いイチジクがあって、渋い方はそのままでは売り物にならないので、捨てるよりマシと干して売っているのでしょうか。
これがもっと買えばよかったと後悔させるなかなかの美味でした。

コトルからドブロブニクの景観がすばらしいものでした。
道路はずっと海岸に沿って走っていますが、右手はひたすら山でその中腹付近から見下ろすように海が見えています。
海自体が澄んだ緑色をしていてきれいですが、圧巻は入り江があるごとに見られる小さな集落の赤い屋根と白い壁が映し出す海の色とのコントラストです。
誰もがこんなところで暮らしてみたいと思うことでしょう。
さらに離れ小島にポツンと教会と糸杉が立っているのが見えたり、別の島には狭い面積いっぱい修道院と思われる複数の建築が並んでいるのも目にしました。
バスの中から眺めているだけでは勿体無い、いつかレンタカーで周辺を好きなように走ってみたいと願わずにいられません。

ドブロブニクからしてアドリア海の真珠と讃えられる美しさで著名な町です。
すでに薄暮になりかけた時間帯でしたが、岬の先端が海に消えるあたりまで高い城壁に囲われたその壁は真珠のようにほの明るく輝いていて、この町のあだ名の由来を見たような気がしました。
バスは旧市街を大きく過ぎたところにあるバスステーションに停車しました。
旧市街で宿がとれればと考えていたので、歩ける距離ではなさそうでしたがバスはあるのか気になりました。
ちょうどそのタイミングで、アコモデーション? と訪ねてくる女性がいました。
これから探すところだというと、用意してあった部屋の写真などを見せながら、部屋はとても清潔で旧市街まで歩いて10分、レストランもバーもすぐそばにあると言うのでOKしました。
いわゆる民泊ですが、オフリドで利用したときはお湯が出ないのをわたしが壊したと言われてトラブルになりかけましたので不安になりましたが、このおばちゃんならそんな心配は不要だとひと目で分かる、感じの好い女性でした。
駐車場に停めてあったポロに乗って5分ほどで自宅に到着しました。
作例は、その時撮ったものですが、ご主人の40年来の愛車だそうで、ユーゴのメーカーによるフィアットのライセンス生産と聞きました。
わたしの2月から続く旅で見たもっとも美しい車と言えるでしょう。
後部にはこれも愛用のステッキと帽子が置かれていたのが印象に残っています。

夜は彼女が勧めるシーフードレストランに行ってみました。
シーフードスープはすぐに決まりましたが、胃の調子がまだ思わしくなくてメインを何にするか悩みました。
そこで目についたのが、Cattle Fish Risottoでした。
なにも知らなければ何かの魚のリゾットだと思ってしまうところですが、キャトルフィッシュがスミイカのことだと知っていたわたしは、これがイカスミリゾットだとピンときました。
むかし釣りをしていたので、魚の英名をいくつか覚えていたのが幸いしました。
リゾットは汁気の少ないおかゆみたいなものだし、調子が悪いとご飯の方がパンなどよりも胃に優しい気がします。
オーダーすると果たして真っ黒なイカスミリゾットが出てきて、苦しみながらも完食できました。
さて、その帰り道、カップルから港はどこかと問われました。
しかし、そのふたりどうもても日本人で、向こうもわたしが日本人と気づいて日本語で聞き返しました。
さすがに分かりませんでしたが、近くに港はないはずというとかなりあせっているようです。
急ぐならタクシーで行くべきと停車しているところまで案内しました。
それにしてもこんなに真っ暗なのに港に何の用かと聞くと、彼らはクルーズ客船に乗っていてここドブロブニクに停船したので
降りたが戻り方がわからなくなったとのことでした。
無事、船まで戻れたでしょうか。
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Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/02 Fri

息子を下して愛人を拾う

Xenon 5cmF1.5
ついに、というべきか、携帯が壊れました。
朝の目覚ましアラームが鳴らず、どうしたのかといじっているとフリーズしてしまいました。
購入したのは去年の何月だったか、1年持たなかったような気がします。
香港で買った韓国製なので、
レンズ仲間のご隠居に知られたら、ほら見たことかと笑われるでしょうか。
目覚ましは安い時計を買えばいいですし、タブレットPCがあるのでメールやネットも問題ありません。
しかし、外国でも日本へ国内料金でかけられる電話と、バスや鉄道の長時間移動に威力を発揮する音楽プレイヤー機能、さっと見れる天気予報、辞書、その国の言葉の単語帳etc.少し考えただけで、携帯がつかえない損失は想像を超えるような気がします。
時間があればこの辺で修理屋を探しますが、今回、香港経由で帰国するので、安い携帯を買った方がいいかなとも思います。

いずれにしても目覚ましが鳴らないのは大きな問題で、朝にあるようですよと聞いていた次の目的地コトル行きの
バスに間に合う時間に起きることができませんでした。
首都ティラナでもバスターミナルはないそうで、外国行きのバスが多く停まっているあたりまで行って、近くにあるバス会社のオフィスを一軒一軒訪ねてコトル行きがあるか聞いて回らないといけないようです。
バス会社は周辺に何軒あるのか、ざっと見渡した限り6、7軒見えましたが路地を入ればまだまだありそうで、それぞれに得意なエリアを持っていたり、同じ行先でも会社によって時間や料金が違ったり、ベストな選択をするには相当な労力を強いられそうです。
さいわい運よく3件目でコトル行きのバスが見つかったので、価格を気にせずチケットを購入してしまいました。
1時に目の前からバスが出るとのことです。
まだ4時間ほどあるので荷物を預かってもらって散策でもすることにしました。
携帯の故障による無駄な時間で、コトル到着も夕方遅い時間になるようです。

ホテルで料金に含まれていた朝食は摂っていましたが、11時半頃には食べなくてはならない昼食に向けて歩き回ることでお腹を空かす必要があります。
地図を見ながら、昨日散策しなかったあたりを歩いてみることにしました。
給与が安い分を副業で補っていると聞きましたが、なるほど歩き出した一角はメインストリートに沿ってアパートがあり、それぞれの階段部分には服やら靴やらを並べて商売している人が等間隔に見られて、アルバニアならではの風景を形成しています。
商売しているのは住民なのか、それともアパート管理者に場所代を払って商いしに来ているのか、いずれにしてもこれがどのくらいの利益になるのかは少ない人通りから推して知るべしとしか言いようがありません。
今回、歩き方が足りず市場を見つけることができませんでしたが、裏通りのあまり邪魔にならなそうなところで、農家から来ましたという雰囲気の人たちが数人で野菜やフルーツを商っているのを何度か見ました。
一方で警ら中の警官も多くみられ、商売している人と激しく口論している現場にも出くわしました。
路上の商売は実際には違法で、社会秩序を守ってますという顔したお巡りさんが、みかじめ料を徴収に回っているのでしょうか。
昨日の青年の、アルバニアは未だ共産主義のままだという説明が思い出されます。

バスはメルセデス製の大きなワゴンで、乗り心地が良く、スピードは出るし、他の乗客はひとりだけでこれはラッキーとほくそ笑んだのですが、アルバニアはそんなに甘くないと徐々に気付かされることになります。
まず、もう一人の客は運転手の息子で、わたしが2列目のシートに彼がその後ろのシートに座っていたのですが、こいつがわたしの頭越しに大声でおやじとしゃべり続けるのです。
会話したければ助手席に行ってくれとお願いしますが、彼らふたりとも英語が通じず理解してくれません。
おまけに息子は自分の目的地に行くためのタダ乗りで、地図で見る限りコースをけっこうはずれた町で降りていきました。
やれやれで、しばらくは海岸沿いの風光明美な道を走っていましたが、モンテネグロに入るとき今度は運転手がウン・ミヌートと言って、民家の前に停車し10分近く待たせて中年女性を助手席に乗せます。
わたしが見てないと思ったのか、驚くべきことに運転中もふたりは手をつないでいました。
ここまですごいスピードで次々と車を追い越していたのに、今や明らかに速度ダウンして追い越され出しました。
息子は紹介したのに彼女のことは何も言わないところをみると、奥さんではなさそうです。
国境を越えたからといって、客には公然と密会しているのでしょうか。
6時到着予定が1時間近く遅れてうす暗くなってしまいました。

コトルは、内湾に面したとても小さな町ですが、さらに三面を城壁に背後を切り立った岩山に囲まれていることで、圧縮間のあるコンパクトな町並みを形成させています。
まるで巨人ゴリアテが町を潰そうとして城壁をぐいぐいと押したため、普通サイズだったのが圧縮されて小さな町になってしまったかのような。
城壁内はすべてが200年以上前の建築物で、長年人が通りすがったことでつるつるに磨かれたような石畳とあいまって、美しい中世の世界が取り残されたように鎮座しているのです。
作例は、お城からの坂道ですが、石畳があまりにつるつる滑るので、みんながとても慎重に一列になって恐る恐る降りているところです。
氷の上を歩いているような状況でした。
門のところにツーリストインフォメーションがあって、安いホテルを教えてくれました。
旧市街内は建築物が限られているので需要過多になるからでしょう、ホテルはずいぶんと高いようです。
部屋をひとまわり小さくしたダブルベッドが置かれただけの、荷物を置く場所にも困るような部屋で40ユーロもするというので、残念そうな顔で予算が30ユーロまでなのでと立ち去ろうとする芝居をしたら、朝食付きのままでOKしてくれました。
この時間ではもはや新たに客は来そうにないので、10ユーロくらい下げても泊まらせた方がいいと判断したのか、ホテル予約サイトを通してないのでコミッション分下げてくれたのか、あるいはその両方のような気がします。
わたしはすっかり気をよくして、併設のレストランで食事すると宿泊者は10%引きとのことです。
レストランも高めでしたが、いろいろと下げてもらったのでトータルでよしとします。

ホテルの向かいがアンティークショップだったので覗いていたら、日本ファンだという店主の青年に椅子を勧められ、禅とか瞑想とかいろいろ質問されて、かなり怪しげな説明をしてきました。
彼自身はセルビアの出身で、1990年代の小学校の頃、戦火が激しくなってドイツに逃れ、ユーゴが平和を取り戻すまでハンブルクで暮らしたそうです。
戦争難民としてドイツまで逃れたということでは、現在のシリア難民などと同じ立場なので、やはり彼らに対してはたいへん同情していました。
あのような状況で困っている人は助けなくてはならないと。
彼のようなリアルな体験をしてきた人に反論や疑問をぶつける勇気がわたしにはありませんでした。
最後に彼はすてきな話を教えてくれました。
100年以上前、コトルの船乗りが遠く日本まで行って当地の人々と親交を持ったそうです。
寒い季節にもかかわらず赤い美しい花が咲いていたので褒めると、苗を植えるよう手渡されその花は翌年、コトルの地で同じようにきれいな花を開きました。
それは椿で、後年、船乗りが受けた親切を記念して、花の季節にはお祭りが開かれるようになったとのことでした。
その時のお返しです、そう言って彼は祖国の英雄ニコラ・テスラが図案になった旧ユーゴの5万ディナール紙幣をわたしにくれました。
もちろん売り物ですが、アンティークショップで金を払わずにプレゼントされたなんて、わたしにとって初めての体験です。
【α7/Schneider Xenon 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Schneider Xenon 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2015/10/01 Thu
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