又草苺鏡頭

M8/Sonnar 5cmF1.5
いつもとは手順が逆ですが、千年瑶塞に行こうと考えるにいたったきっかけが、マクロ・プラズマートを入手したことでした。
M8で何枚も作例をあげましたが、やはり、フィルムで撮ってみないことには、こういうレンズの良さであるトーンの出方は分からないのではと考え、それでは、次回深圳に行くときに思いきった遠征をしようと候補地を選定し、真夏の広東はどこへ行っても日本より暑いので、高原気候のはずの連州の山間の千年瑶塞に行くのがベターだろうと判断したのです。

ところが、その後マクロ・プラズマートに不具合の可能性が出て、それを確認するまではいったん計画を白紙にすることにしました。
懐かしの千年瑶塞へは前回の訪問から4年経っていることを知り、マクロ・プラズマートをフィルムでという計画はあきらめたものの連州へはなんとか行ってみようと考えました。

それでは、レンズは何を持って行くかということになります。
わたしの場合、旅の持ち物はまず最初にレンズです。
そればっかり気にするあまり、よく忘れ物をするのですが、今回は暑いし水浴びするときに必要なサンダルをと思っていたのに忘れてしまいました。
それと田舎の村では夜真っ暗になるので懐中電灯が必需品なのですが、これも到着後夜になってからしまったと思い出す体たらくです。

まあ、そんなことは些細なことで、今回のレンズの選択は、コンタックス用のゾナー50mmF1.5でした。
イチゴのコンタックス・ゾナーは大好きな玉で、ブラック・ニッケルを3本とその後のクロームを1本持っていますが、戦後の西独のものは持っていなかったので、少し前に購入していました。
ずっと以前からイエナ製との違いを知りたかったのですが調べきれず、35mmビオゴンや85mmゾナーは、イエナと戦後西独ではレンズ構成も変わっているということが分かったので、イチゴのゾナーも構成はそのままだとしても何かしらの変更があるはずだろうと見切って手に入れてしまったのです。

西独のイチゴ・ゾナーは大きく前期後期に分けると、前期型はOPTON-SONNARと表記されていて、後期型はOPTONの表記がなくなります。
そこから、一般に前期をオブトン・ゾナー、後期をカール・ゾナーと呼び分けるようです。
ツァイスの電話帳を見ると、オブトン・ゾナーは49500本、カール・ゾナーは39000本が製造されたようです。
ただ、電話帳がすべてを網羅してはいない可能性は高いですが。

数が豊富でブラック・ニッケルを除くと比較的入手が容易なイチゴ・ゾナーなので、入手にあたっては自ら条件を付けることにしました。
オブトン・ゾナーは最初のロットの中の1本を、カール・ゾナーでは最後のロットの中の1本をそれぞれ入手しようと。

そして先般見つけたのが、最終ロットと思われる3000本の中の1本で、終わりから数えて27番目のシリアルナンバーだったので、フィルターリムが曲がっているなど状態はいまひとつながら手に入れたのです。
イチゴのゾナーの初登場は確か1932年ではないかと思いますが、それから数えても27年後という、奇しくも27という数字が続く妙な符合を感じさせるレンズでした。

やはりゾナーのすばらしさを堪能できる個体だと思うのですが、とても残念なことにM8との距離計連動がうまくいっておらず、ことごとく後ピンになってしまいました。
これはコンタックス・ライカ・アダプターの方の問題である可能性が高いので、レンズ自体に責任はないはずです。
作例は、最短90cmのものですが、傘の面積が広い分どこかしらにピントがあって、ボケを確認する程度のものにはなったようです。
やはりダブルガウス系とは違う、芯の残ったざわつき感の少ない、印象的なボケに思えます。
それでも肝心なところでピントを外しまくっていたので、この後使うレンズがメインになってきてしまうのが残念でした。
【M8/Sonnar 5cmF1.5 F1.5】
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thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/07/26 Thu

下次見

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
気の置けない友人を10年振りに訪れる旅、短い間ですが、十分堪能しました。
明日は、朝からバルセロナへ戻り、さらに翌日はロンドン経由で日本を目指します。
いろいろとしたりなかったこと、行きたいのに行けなかった場所はありますが、旅とはそういうもの、次のチャンスが訪れることを期待しましょう。

タウイ最後は、親友ダヴィドのことを少し紹介しましょう。
彼の人となりをお話したいのですが、わたしの文章力ではとても無理な相談です。
いつだかぽつりぽつりと語った、彼自身のことを中心に据えます。

彼が幼少のころのタウイは本当に何もない寒村で、訪れる人もほとんどなかったようです。
ある日ダヴィドの家に村唯一の電話線が引かれ、村の誰か宛の電話があると彼がその家まで伝令に走っていたといいます。
彼の家がいちばん村の入口に位置していたからでしょう。
そこで、農業を営んでいた彼の両親が、自宅を改造してレストラン・バーを始めました。
村、唯一のお店です。

自由闊達で頭の切れたダヴィドは、もしかしたら村で最初の大学生となってバルセロナに学びました。
わたしは、哲学専攻と誤解していましたが、よくよく確認すると言語学でした。
フィロソフィーとフィロロジーを間違えたのですね。
このときに、英語、フランス語、ドイツ語を習得しました。

明るい性格で多くの友人をつくり、趣味の音楽にも没頭した彼は、卒業後仕事には就いたようですが、思い立って
アメリカに出発します。
1年以上の滞在で、今度はワールドワイドに人脈を作ります。
これから世界へ向けて羽ばたこうという機運は高まっていたというところでしょう。

しかし、父の急逝により彼は激しく動揺します。
その翌年、母も後を追うようにガンで亡くなってしまいました。
彼には姉がいましたから、このまま自分の道を進むこともできたはずです。
しころが、彼は決心して故郷に戻ったのでした。
両親を継いで、エル・マラドールの経営を一手に引き受けたのです。

時は、1990年代。
ツーリズムは過熱し、観光立国のスペインには多くの人が訪れましたが、フランス、イギリス、ドイツ、オランダなどから静かな旅を愉しむ人たちがけっして大人数ではないものの途切れることなく訪れました。
彼の言語力はそこに役だったでしょうし、それ以上に彼の人柄そのものが訪れる人を魅了したのではないかと思います。
わたしがそうであったように。
ガイドブックにも店が紹介され、そこには短く、素敵な人がつくる素敵な料理を味わえると書かれていました。

世界に飛びただそうとした彼が、小さな村でずっと静かにしているというのは難しいことでした。
しかし、それに止まらせるだけの方法もあったようです。
それが5月と10月の閑散期を利用した旅でした。
彼は、アジアや南米を何度も歩き、空気や文化を自身の知識と感性に取り込みます。

そして、これこそがより重要だったと思うのですが、日常では友人たちが彼を支えました。
親友たちと音楽を奏でることで、しあわせを感じ、さらに自分を高めていきます。
ギター、ベース、ヴォーカルをこなし、いくつも曲を書きました。
若いころはハードロックを今ではブルースのような音楽をカタルーニャ語やスペイン語、時に英語で歌いあげます。
近くスタジオでのレコーディングの計画があるということで、CDを真っ先に送ってもらうことになっています。

わたしが滞在中、ひょっこり現れた親友キムとのジャムセッションは、たいへん印象的なものでした。
キムのギターによるインプロヴィゼーションは圧倒的でした。
見ると妙に細い煙草を口にしています。
脳を刺激し、インスピレーションを得ることで、あのような音楽が奏でられるのだと笑っていました。
その後、ペースをつかむと、今度はダヴィドと絶妙の掛け合いで盛り上げました。
ダヴィドの音もすばらしいですが、下から支えるペースがダヴィドを引き立てているのを聞くと、音楽そのものはキムから流れてきているように感じられました。


さて、出発前夜、わたしは早朝に発たなければならなかったので、夜のうちにダヴィドに別れを告げなければなりませんでした。
同時に、宿代と食事代を精算してもらいます。
前回はダヴィドが受け取りを拒否して、わたしが無理に払うようなかたちだったのですが、ユーロやスペイン経済が危機にあるいま、さすがにそんな悠長なことは言いませんでした。
ただ、通常の宿代は60ユーロだが40ユーロに負けてくれ、3食豪勢にとって飲みものもフリー状態だった食事も1日あたり40ユーロだけくれということでスムーズに支払いできました。
お土産にと、姉のコンセルがデザインしたマグカップを手渡してくれます。

もう深夜の1時で眠る時間です。
何と別れの言葉を言ったらよいのか…。
いや、何も言葉は要りませんでした。
固く抱擁し、わたしは楽しかったと言い、彼はそれはよかったとだけ言いました。
わたしたちは、意外にもにこやかに互いの部屋までいっしょに歩き、いよいよここでお別れという場面で、次は必ずいっしょにカンプノウでバルサのサッカーを見るぞと彼が言い放ちました。
わたしは、もうここへは来れないかも知れないと思っていたのですが、彼は少し遠まわしに近いうちにまた来いと言ったようでした。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/18 Tue

Free Catalunya

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
夜に到着した初日と、自分で運転してフランスまで足を延ばした日を除くと、ダヴィドが短いドライブに連れて行ってくれました。
ランチの後のカフェタイムが終わってからディナーの準備の前までなので、だいたい5時から7時くらいの間です。
ずっと天気が良かったので、同時にきれいな夕日も愉しむことができました。
そして、何よりふたりだけでいろいろと無駄話をすることができたのが、なにより最高の時間になったのです。

最初は、アイゲストルデス国立公園という自然公園で、地元民の特権で一般車両進入禁止エリアを越えて大自然の中に突入して行きました。
ピレネーの雪解け水が源という清流の澄んだ美しさが印象的です。
ここをずっとトレッキングするために訪れる人も多くいるほど、自然満喫のピレネーの真珠です。

2日目は、尾根線に沿って牧場を訪れたりしてから、友だちの店によってビールを飲んで談笑です。
幼なじみがいるのはもちろん、ルーマニアから来た女の子やコロンビアから来た女性もいました。
いずれも現地の男性と結婚して、家でバーや商店をやっています。
ルーマニアの子はまだ20歳で可愛らしかったのですが、コマネチって知っていると聞くとみんなよく知っていて、その女の子がコマネチの実家の隣の隣くらいの村出身だと笑っていました。
美人を輩出する地域なのでしょう。

最後は、見晴らし台経由で町へ食材の買い出しに出ました。
素朴な礼拝堂の前にある見晴らし台は、谷下には小さな村があり、前方にはピレネーの峰々が連なっています。
3400メートルのピレネー最高峰も近くに見えます(すみません、名前は忘れてしまいました)。
先客の青年ふたりが雄大な景色を前に何やら語り合っていましたが、それが、人生について、彼女のこと、ユーロ暴落の問題のいずれであってもおかしくない包容力を感じました。


ダヴィドからはさまざまな話を聞きましたが、何よりも印象に残っているのは、カタルーニャは独立すべき、でした。
10年以上前に訪れた時は、わたしの意地悪な質問に独立する必要はなく、多様な文化を誇るスペインのひとつの顔だと、カタルーニャを誇っていましたが、この間に考え方が大きく変わったようでした。

スペインでは、北東部のバスク地方がたいへん独立志向が強く、ETAなどの過激な組織の活動もあって国内では緊張関係にあります。
カタルーニャも虐げられ続けてきた辛い歴史があるものの、バスクほど過激に急進的な考えを持つ人は少なく、ちょうど多くの台湾人が答えるように、現状維持で良いと平和を謳歌する姿が大勢だったのだと思われます。

ダヴィドがぽつりと言った、スペインの他の地域の人は我々のことを好きではないんだという言葉が胸に突き刺さりました。
それに、バルセロナは商業の中心ですが、ここで稼いだ金を全部マドリードで使われていると憤ってもいました。
フリー・カタルーニャ! とシュプレヒコールをあげるデモもおこなわれているそうです。
事態は想像以上に深刻なのかも知れません。

今のカタルーニャ自治州は、バルセロナ県、ジローナ県(ダリの美術館や別荘で有名)、タラゴナ県(カザルスの生家や博物館があります)、レイダ県(タウイはここ)の4県だけの狭いエリアですが、アンドラ公国という小国家がありますし、フランスにもピレネー沿いにカタルーニャ語圏が広がっていますし、往時はトゥールーズのあたりまでカタルーニャ王国だったといいますから結構な面積です。
独立となったらアンドラを取り囲んで、フランス側の地域もカバーしてしまうことでしょう。

加えて、またサッカーのことになりますが、FCバルセロナは世界一のクラブですし、スペイン代表も半数以上がカタルーニャ人です。
そのままワールドカップに出場しても、カタルーニャがいきなり優勝してしまうかも知れません。
サッカーにおいては、十分に独立的地位は占めていると言えます。

このブログでは政治の話には深入りしないのがモットーでした。
カタルーニャが、南スーダンに続くことができるのか、注視するにとどめましょう。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/17 Mon

聯合国教科文組織

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
NIKEのトレーニングスーツに細いもみあげ、見覚えある後ろ姿です。
FCバルセロナのヴィリャではないでしょうか。
ちょうど前夜、同じくバルセロナのプヨルがタウイから40キロほどの村の出身だと聞いていたので、彼の招きでガールフレンドを伴ってやって来たのかも知れません。

さっそくダヴィドに、ヴィリャが来ていると知らせました。
ダヴィドは、一瞬、えっという顔をしてましたが、すぐにヴィリャのところにオーダーをうかがいに行きました。
そして、その足でわたしのところへ来て、あはははは、と思いっ切り笑い出しました。
やはり別人だったようです。

手前のカップルはニセモノでしたが、奥に見える女性と話している老人は意外な人物だと分かりました。
ユネスコのお偉いさんだということです。
ボイ谷のロマネスク教会群は2000年に世界遺産に登録されたらしく、その視察のためにユネスコの委員の皆さんが雁首そろえて最大の見どころであるサン・クリメンにやって来たのでした。
そういえば、手前にイースターエッグを並べたモニュメントが突貫工事で作られていましたが、このためだったのですね。

ところで、この世界遺産とはなんなのでしょうか、また、登録されるとどんなメリットがあるのでしょうか。
正直なところ、わたしにはまったく分かりません。
日本ユネスコ協会連盟のウェブサイトをざっと眺めてみましたが、いまひとつ前の質問に答えてくれるような事柄は書かれていないようです。
「世界遺産は、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれてきたかけがえのない宝物です。現在を生きる世界中の人びとが過去から引継ぎ、未来へと伝えていかなければならない人類共通の遺産です」
となっていますが、よく分からない表現です。

世界遺産・厳島神社は人類の歴史によって生み出されたかけがえのない宝物ですが、日本にあまたある古く信仰を受け続けた神社は人類の歴史によって生み出されたことも未来へ伝えなければいけないことも否定されているのでしょうか。
むしろ世界遺産に登録されている有名物件の方が、すでに国や地域によって丁重な扱いを受けています。
わざわざ世界遺産だ、と別格にするまでもなさそうな気がします。

登録されるメリットについての言及はまったくありませんでした。
オリンピックなどと同じで観光客が増加してお金を落としていくという経済効果があるということでしょうか。
あるいは、ずばり登録される際にユネスコからどーんと補助金のようなものが出るのかも知れません。
観光業界の人や域内の飲食店その他メリットを共有することは可能でしょう。
世界遺産とは、お金に関するやり取りのための看板ということだと考えてみたくもなります。

なぜ、こんなひねくれたことを書くかと言えば、少なくともタウイの人々には歓迎されていないからなのです。
世界遺産になったからといって、急激にお客さんが増えたということはありません。
ボイ谷の魅力は世界遺産になったからではないことは言うまでもないですが、旅する人が行き先を選択するのに世界遺産かどうかなど考慮にいれることもないのです。
日本人など団体で来る人は世界遺産をありがたがるようで目に見えて増加しましたが、そういう人たちは残念ながら目の前に素敵なカフェがあってもコーヒー1杯飲むこともせず立ち去ってしまいます。

一方で世界遺産になることで数々の規制がかかるようです。
ダヴィドの姐コンセルは、ラ・プラーサというバーを経営していますが、建物が老朽化していてリノベーションしなくてはと言っていますが、ユネスコの条件がうるさいため改装は遅々として進まないと嘆いていました。
数日前にもPCと向き合う姿の写真を出しましたが、彼女がずっとしていた作業はその書類整備などということだったのです。
ダヴィドも、口ではなく金を出してほしいんだがといら立ちを隠しません。

でっぷりした老人を筆頭に数人の職員が視察に訪れたようですが、あきらかに地元の人には歓迎されているとは言えません。
もし、彼らがわたしのところへ来たら、わたしの住む町の近くでも世界遺産の候補になろうとしているが、わたしたちに世界遺産は不要ですから、選ばないでください、と言ってやろうと思っていましたがあいにく誰も来ませんでした。
と思っていたら、握手しに人の良さそうな老紳士が現れました。
市長さんだそうです。

上述のことを話しかけましたが、英語がまったく通じずあきらめました。
そこでダヴィドにこう提案しました。
きみ自身が市長になって、ユネスコに強気の交渉をすればいい、拒否されたら世界遺産なんか脱会するんだ、と。
ふたりで、大笑いになりました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/16 Sun

最好吃的面包

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
アラン谷とフランスへの旅はつつがなく終わりました。
ダヴィドには3時には戻るからと前日告げての出発でしたが、実際に戻ってきたのは8時でした。
事故にでもあったかとか、車に乗ったまま日本に戻ってしまったのかとか心配したのではと聞きましたが、いいや別にと笑っていました。
少しは、心配してくれよ。

それにしても貸してもらったBMWのX3はすばらしい乗り心地でした。
ほんとに欲しくなったくらいです。
今日の新聞にBMW1シリーズの広告が出ていて、1シリーズはBMWの中でも最廉価なクラスだと思うのですが、そのいちばん安いものでも308万円となっています。
もちろん値引きはあるのでしょうが、税金等諸費用を払えばそれより高くなるのでしょう。

ダヴィドは、友人がカーディーラーに勤めていて、安くするから買って欲しいと言われて思いきったそうです。
それでも通常28000ユーロくらいのところを24000ユーロ諸経費込みだと言っていました。
いまユーロは値崩れしているので、とびきり安く感じられます。
次回、スペインに行った時に同額で売ってもらって、日本まで走ってそのまま個人輸入なんてことはできないのでしょうか。
登録費用とか税金とかで結局メリットもなくなつてしまうんでしょうねえ。

話は変わりますが、ダヴィドのつくる料理が旨いということは以前に書いたと思います。
わたし自身に思い入れがあるから採点が甘いのだとの指摘もありそうですが、滞在中、バルセロナ在住歴のある日本人ファミリーが来た時も料理、ワインともにたいへん褒めていたことを思い出しました。
料理自体が旨いし、ハモン・ハブーコは滅多にメニューに載らない高級品なのにこんな田舎にあるだけでもすごいと注文して美味しい美味しいと味わっていらっしゃいました。
ハモン・ハブーコは、ご存じイベリコ豚の高級生ハムハモン・セラーノの中でも最上級のもので、世界最高のハムだと言われているそうです。
どこのレストランにもあるという代物ではありません。

そこで、わたしはこの素敵な日本人ファミリーに前日にダヴィドからたまたま聞いていた話を説明しました。
小さなレストランでも、実質ひとりで切り盛りしていると書き入れ時は、オーダーを聞いてからすばやく調理して出さなくてはならない。
それに、村に数日滞在する人たちが多いので、美味しいものを提供しなければ、また来てはくれない。
だから考えた、良い仕入れをして食材にこだわり、それが生きる調理法は何か、待たせずにすばやくできる調理法はどんなものかと。
料理自体がうまいわけではなく、食材がよくて調理法が良いだけなんだ、と。

自然に恵まれたタウイの村なら食材豊富だろうと想像しがちですが、高度1500メートルほどあるため採れるものはかなり限定されます。
オリープが美味しかったので、自家製かと聞くと、気温が低過ぎてここではオリーブの木なんてないとの返事でした。
山で育った牛や羊それにソーセージやチーズ、わずかな野菜、ちょっと豊富なきのこ類、ジャムになるペリー類等々を除くと、町まで行って専門店で買ってくるしかありません。
あとは、いかに工夫して料理するか、です。
そんな話をファミリーは、よく聞いて納得して下さいました。

バゲットのパンだって、バターを付けずとも、甘みがあって小麦の馥郁たる豊穣が口に広がる絶品の味でした。
一度、食材を買いに行くというので一緒に連れて行ってもらったことがありましたが、このパンはポン・デ・スエルトの人気店で大切に作られているものだと知り、修行させてもらって日本でパン屋を開業できないものかと真剣に考えさせられました。

ちょうどバゲットをかかえて街角に立つ颯爽とした女性がいたので、写真を撮らせてもらえないかお願いしましたが、ええーっと断られてしまいました。
残念と、パン屋に入るとこの女性は店頭でご主人と娘さんを待っていたらしく、ちょうどふたりがやって来る場面を目撃できました。
娘さんがママに会って嬉しそうに何かやり取りしているさまが何とも可愛らしく、おもわず店内から撮影に及びました。
撮られるのを拒んだお母さんは手とパンだけ出演してもらいます。
美味しい食事がとりもってくれた、素敵な1枚になりました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/15 Sat

両坐教堂

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
車がスペインを越えてフランスに入ったとき、このまま東進していけばやがて日本に着いてしまうんだななどと考えたりしました。
このまま日本に帰ってしまおうかと。
フランスをずっと横切れば、ストラスブールあたりからドイツに入れるはずです。
旧東ドイツを抜けるとそのままチェコ、やがてスロバキアと、恐らくはこの車のままで走って行けると思われました。

しかし、その先が分からない。
スロベニア? クロアチア? ポーランドだっけ?
いま、ずるして地図を見たら、ハンガリーやポーランドには接していますが、スロベニア、クロアチアはずっと南でした。
それよりもウクライナに入ってずっと進めば一気に東へ進んで行けます。
ウクライナは、ロシアと決別して西寄りの路線を歩んでいたから、このまま入国して車を運転し続けられるかも知れません。

次はロシアとの国境ですが、万一ここもユーロ圏の車がフリーパスであれば、時間はかかろうとも日本へ近づいて行けます。
そういう道があるかは知りませんが、シベリア鉄道に沿ってノヴォシビリスク、イルクーツク、ハバロフスクと聞き覚えのある町を結んでいくと、ナホトカかウラジオストックまではもうあとちょっとです。
この2都市までくれば、新潟か横浜までフェリーで辿りつけるのではないでしょうか。

どれだけの日数がかかるのか想像もつきません。
昼夜走り続けるシベリア鉄道がハバロフスクーモスクワ間を1週間近くかかると聞いたような気がするので、ひとりで運転する車ではトータル1ヶ月近くかかるのかなと想像します。
ロシアの国境では、賄賂を欲しがる税関職員に数日足止めを食らうかも知れませんし、せっかくロシアに入るならモスクワでCSKの本田を応援して行きたい、もしかしたらウクライナの片田舎で農家の娘と恋に落ちる可能性も否定できない…。


昨日のサン・マリー大聖堂と今日のサン・ジュスト・ド・バルカブレールのバジリカは向かい合うように建っています。
向かい合うといっても、両者の距離は数キロ離れています。
しかし、サン・マリーは小高い丘の上にそびえ、サン・ジュストは草原にぽつんとたたずんでいるので、間に障害物もなく向き合っているといえるわけです。

両方とも11世紀のロマネスクの建築ですが、残念ながらサン・マリーはその後ゴシックの手が入ってしまっていて全体の姿としては美しくないというのが率直な感想です。
大聖堂とあるだけにこんな田舎にも司教座が置かれたので、ゴシックの時代に入ってより大型の建築にしようと、狭い丘の面積に無理に増築しようとしたことが失敗だったのではと想像します。

サン・ジュストは、ずんぐりとしたロマネスクの素朴な建物が愛嬌を感じさせます。
死を暗示させる糸杉がすっくと立ち、門口から教会に向かってお墓が並んでいるというと暗欝としていそうですが、サン・ジュストの優しさが全体の雰囲気までもやわらげていました。
美しい建築がある風景をわたしが愛する理由です。

ちょうど草を食んでいた羊がいたので主役になってもらおうと思いましたが、どこかヘンです。
暑い夏の間は、ウールのコートは脱いでしまうということなのですね。
右側の羊は刈り方がお粗末だったのか刈った後に生えてきて早くも冬の準備に入りつつあるのか奇妙に見えますが、左の子羊はすっきりしていてより可愛いですね。
この関係が、ちょうどサン・マリーとサン・ジュストのそれと似ているような気がしました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/14 Fri

蘋果酒

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
アラン谷では、3つの村を見て歩きました。
X3の運転はラクで、快適に移動できたのもこの地にじっくりとどまらせる原因でした。
雪崩博物館というところがあって、シーズンオフで休館していましたが、たまたま見たいと予約していたグループが入館するタイミングに訪れたため、よかったら一緒に見ていってくださいと見学させてもらえる幸運にも恵まれました。
戻ってダヴィドに写真を見せると、ガイドの青年は以前タウイで働いていた知り合いだと叫び、こんなところにいるのかと感慨深げに眺めている姿が印象に残りました。

さあ、今度はフランスを目指さないといけません。
前日、ダヴィドからこんな注意を受けていました。
フランスへ行くのなら気を付けるのは、食事時間の違いで、スペインでは2時くらいに昼食をとるが、あちらでは2時にはどのレストランも閉まってしまうので、空腹で泣きたくなかったら早めに食事することだ、と。

にも関わらず、アラン谷を12過ぎに出発しました。
フランス国境までは30キロもなく、これならいくらなんでも食べそこなうことはないと踏んでの余裕の運転です。
前回、西仏国境に門番がいてみんなスルーしていましたが、わざわざパスポートにハンコを押してくださいと頼みに行ったのを覚えています。
しかし、いまや門番小屋はなく、道路に国境線があるわけでもなく、「FRANCE」と書かれた標識だけが陸路国境を越えた目印とはなんとも呆気ない限りでした。

この旅唯一のフランスでの昼食です。
せつかくですから、そこそこのものを食べたいと、小さな村はパスして中規模の町のいちばんのレストランでひとりフレンチをきめようと考えていました。
というのは、わたしはフランスを2回旅したことがあり、地方では美味しいものも食べましたが、どうも総じてまずいものばかりして食べていないイメージがあって、フランス料理に満足していないという理由がありました。
特にパリはひどく、食べるものすべてが塩辛く、ワインのつまみにもならない食事の連続でした。
ここは今までのイメージを一気にくつがえす美味を堪能したいとの思いです。

好事魔多し、という言葉はこの場合誤用なのでしょうが、結局、今回も失態を犯します。
地図を見ながら進んでいたのに、いつの間にかバイパスを走っていたらしく、気付かないうちに通過してしまいました。
1時を廻ってこれはまずいと思い、通りがかった村でおしゃれなレストランを見つけたので、ここで十分と入りました。
寒村に見えましたが、地元の人などでけっこう席が埋まっています。
ところが、ランチをと言うと、もう終わってしまったとつれない回答でした。
灰色の美しい瞳の娘がフランス語訛りの英語で、遅すぎると言うと、こちらも「シー、シー、いや、ウィ、ウィ、マドモワゼル」とスペイン語で返事しかけてここはフランスだと思い出してフランス語もどきで返事します。

絶望的な気持ちになりましたが、仕方ありません。
どこか途中で食べ物屋があるかもときょろきょろしながら目的地であるサン・ベルトラン・ド・コマンジュに向かいました。
ロマネスクの回廊を持つフランスでもわりと有名な教会です。
そのことがさいわいして、道すがら1軒も食事をする場所は見つからなかったのですが、教会前にみやげ物屋とともに開いているレストランがありました。

観光地のレストランの値段とお味は推して知るべしですが、メニューそのものがパテとサラダ、チキンがメインとエル・マラドールで食べたものとほとんど変わりありません。
味は比べ物にならないくらい、ダヴィドの調理の方が圧倒的です。
じゃあ、この店は全然ダメだったかといえば、美味しいシードルが飲めましたし、給仕の女の子が今どきのフランス娘風で結果オーライになりました。
特にシードルは車を運転するのでワインは控えておこう思っていたところ、ブルターニュ料理も出す店だったためにグラス出ししていて3杯も飲んでしまいました。
万一、飲酒運転を咎められたら、えっ、サイダー飲んだだけなんだけどと言い訳まで考えて。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/13 Thu

这辺厳禁停車

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
わたしがライカを使い始めたのは、十年ちょっと前からになります。
前回、スペイン旅行したときはミノルタTC-1を持っていったのをよく覚えています。
すばらしいタウイのロマネスク建築を高性能カメラで撮影したいと奮発して購入したのです。
フィルムは、リバーサルの方がよいと勧められて、プロヴィアを20本も持参したような気がします。

しかし、結果は散々、とまではいきませんが、カメラの知識がまったくないままに絞り値をマニュアル操作できるいわばAE機構を持ったカメラを持っていってもなんのことやら使いこなせるものではありませんでした。
特に夜間ストロボ撮影したものは、無意味に絞っていたため考量不足で、妙に薄暗いものばかりで、カメラが壊れてるんじゃないかと文句を言いに行ったくらいです。

この失敗と、されでも何枚かあったお気に入り写真が、わたしをライカに向かわせました。
大きな一眼レフではなく、長旅に向いたコンパクトなカメラをとの考えからいろいろと調べて購入したのが、沈胴エルマー付きのⅢfでした。
苦労しながら撮るすべて手操作による写真は、当時のわたしにはあまりに魅力的でした。
ただ、これではあまりにスローなので、携帯性を弱冠犠牲にしてM6を購入しました。
カメラ経験がなかった当時、TTLがこんなにもありがたいのかと没頭し、Ⅲfは完全に出番を失います。

エルマー1本やりだったところ、夜間にも撮影したいと手に入れたのが、ストロボ、ではなくジュピター50mmF1.5です。
絞ったエルマーに慣れた眼は、ジュピター開放の夕景に完全に痺れさせられました。
レンズのなんたる表現力。
アベノンの広角も手に入れて、わたしの器材は固まったのですが、そのときにはもう毎年行っていたヨーロッパに関心が無くなっていました。

ライカのスタイルが定着すると時を同じくして、アジアをバックパックもどきで歩くことが旅のスタイルとなってしまいました。
タフなアジアの旅にライカというのはあまりしっくりこないようですが、バッテリーが露出計のみなので長持ちかつ切れてもどうにかなり、汗や大雨などに対する防水性の高さは、ライカを持つ必然性すら感じられるほどでした。
それにライカはアジアでは高価なカメラだとあまり知られていないメリットもありました。

6年前にドイツには行きましたが、わたしにとって今回のカタルーニャが実質的な最初のヨーロッパでのライカ旅と言えます。
しかも、いつものM8に加え、モノクロを装填したM6の2台態勢です。
もっともM8では1000枚以上撮ったのに、M6では2本撮るのがやっと。
トライXを使いましたが、やはり日中絞らざるを得ないので、どうも調子が出なかったということが尾を引きました。

カタルーニャの旅でもライカが注目されることがなかったのは幸いでした。
田舎はまったく安全ですが、バルセロナは犯罪率が高く、バッグのティッシュを入れていたポケットのファスナーを開けていただけで、親切な地元の通行人から気を付けてと声かけられるくらいスリ、ひったくりの類が多いのです。
さすがにダヴィドは、おお、レイカか、いいカメラ使ってるんだなと感心していましたが。

作例は、アラン谷の村で、農作業から戻るおじいさんをスナップしたものです。
置きピン、ノーファインダーの古典的手法ですが、しゃれた金文字のスペイン語の看板にピントも露出も合わせてみました。
家の由来でも書かれているのかと思っていたのですが、帰国後調べてみると、こちら側には駐車しないでくださいと書いてあるだけと判明してがっくり。
わたしの通り道だから、停めないでとおじいさんが書いたと解釈することにしました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/12 Wed

那是他的坐位

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
旅行前にはレンタカーで走り抜けるつもりでしたので国際免許を取得していました。
結果的に、レンタカーは借りなかったので、国際免許は無駄になったようになってしまいましたが、旅においてこのような変更はよくあることで、そんなに気にすべきことではありません。
保険と同じで、加入はしておいたが、最終的に使うことはなかったと考えればよろしい。

ところが、わたしのそんな気持ちを知ってか知らずか、こんなありがたい申し出をしてくれました。
いろいろと案内してやりたいが、客が多くてそれができない、あしたはオレの車を使ってひとりでどこかへ行ってみたらどうだ、と。
ありがたい話で、感謝の言葉と共にキーを受け取りました。

行き先について相談すると、ここから比較的近いバル・ダランとさらに少し走った先からフランスに入るのでそのあたりまで行ってみることにしました。
前回もフランスまで走ったはずですが、今回は通貨が統合されているので、その便利さを体感するだけでもいいかなという軽い気持ちです。
行きたいところはたくさんありますが、日帰りということを考えるとあまり欲張らずにこの程度の走行でよしとします。

車種は、BMWのX3というたいへん運転しやすい車です。
問題は左ハンドルのマニュアル車ということですが、わたしの場合すぐに慣れてしまいました。
というのは、以前毎年のようにヨーロッパを旅していた時、いつもレンタカーを借りていて、それがいずれも左マニュアルだったからですが、現地でとまどわないように日本でも中古の左マニュアル車を買って当時は毎日運転していたのです。
もっとも車は古い小型のポンコツとも呼べるプジョーで、クラッチもハンドルもとても重く、恐ろしく運転しにくい車でした。
F3の免許を持っている友人ですら、運転させるとすぐにエンストしてしまう、扱いにくいシロモノでした。

翌日は、いつもより早く起きて薄暗いうちから出発しました。
何年振りか思い出せない国外での運転ですが、やはり5分も走るとすぐに慣れてしまいました。
山間の道の割に道が良く交通量も少ないためたいへん快適で、ずっと100キロ以上で安定した走行が可能です。
カーブが多いので、大型車の追い越しだけはどうにも四苦八苦しましたが。

タウイからバル・ダランの中心の町ヴィエリャまでは約60キロで、1時間と見積もっていましたがあまりに会長で40分ほどで着いてしまいます。
そのバル・ダランとは、Vall d'aransと書きます。
つまりアランの谷という意味ですが、ピレネーの山中、フランス国境との手前に横たわる峡谷エリアのことです。

おもしろいのは、スペインからの道路が長らくなかったため、閉ざされた地域として独自の文化が発達してきたところだということです。
しかし、1950年代にスペインからのトンネルが開通してどうにか行き来できるようになり、何年か前にトンネルが高速道路張りの立派なものに生まれ変わったことで一気に開けてしまいました。
いまや、避暑やスキーのリゾートとしてかなり俗化してしまったようですが、言葉や習俗など独自性は失われてはいないようです。
もっとも通りすがりの旅行者には、そのようなオリジナリティを見出すことは困難ではありますが。

バル・ダランの地図は失ってしまったので、何と言う村を訪れたのか現在不明です。
ヴィエリャがちょっとした都会だったのでやり過ごして、東へ5分も走った村にロマネスクの教会があることを知っていたので、まずはその村の写真からです。
日中日が当たると25度以上になって暑いくらいでしたが、何しろ朝方はやたらに寒くてピレネーの奥まで踏み込んできたなという実感を強くしたのを思い出します。

そんな中、子猫ちゃんの指定席はいちばん暖かな窓辺と決まったのでしょう。
アラン谷の習俗のひとつを見たような気がしました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(2) | 2011/10/11 Tue

朋友的姐姐

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
エル・マラドールは、1時にオープンするそうです。
スペインはランチが12時ではなく、2時から始まるのが一般的だからというのがその理由です。
商店や美術館などでも、2時から5時まで休みと書かれたところが多くあって、ははあ、この時間に食事してその後シエスタに入るんだなと納得します。
ただ、カタルーニャでは、今ではほとんどシエスタの習慣はないんじゃないかなあとも聞きましたが。

ダヴィドは、12時くらいに起床するようです。
遅いぞと一喝したことがありましたが、うちはバーもやっているんだから、勘弁してくれと笑っていました。
ただ、コンセルは10時に店を開けて、朝からサン・クリメン教会詣でに訪れた観光客の朝食やコーヒーの要求に対応しています。
そうそう、ちなみにこの地が明るくなってくるのは8時過ぎで、夜の7時ごろはまだまだ明るい状態でしたので、ヨーロッパ標準時間に合わせると西のスペインはだいぶ遅れて1日がスタートするのだなと分かりました。
7月くらいだと夜中の10時でもまだ明るいということでしたので、その時期に訪れればずっと撮影してられますね。

わたしは好きになった女性でもなければ、個人のことを細かく聞いたりことはあまりありません。
ですから、ダヴィドのことも詳しくは知りません。
大学で語学を学んでアメリカに留学したこともあるということで、英語、フランス語、ドイツ語はかなり達者です。
当然スペイン語は国語ですし、普段はカタルーニャ語という母語で会話している語学の達人です。
一緒に山に行った時美観を見て、日本語でbeautifulは何と言うんだと聞かれ、「美しい」だよと答えると、数日後に現れた日本人に向かって「美しい!」と言ってすごいと言わしめたセンスがあります。

ダヴィドには最低ふたりのお姉さんがいて、ひとりは、わたしがお世話になっているペンションの主です。
ふたりの息子がいて、兄のネフューズは小学生ながら英語ができるのでいろいろな場面でわたしを助けてくれました。
平日は学校に行っていて、ほとんど会える時間がないのが残念でした。

もうひとりの姉がコンセルです。
彼女は独身で、朝はここエル・マラドールで、昼以降はサンタ・マリア教会前のラ・プラサというバーを切り盛りする働き者です。
彼女も英語はそこそこできたはずですが、しばらく使わないうちにすっかり忘れてしまったようで、会話が思ったようにできなかったのが残念でした。

写真はそのコンセルですが、前回はまだなかった携帯を駆使し、なんとリンゴ印のコンピュータにずっと向き合っていたのはあまりに意外でした。
写真はエル・マラドールの店内から撮ったもので、前の石積みの建物がサン・クリメン教会、おっと家で飼っているアヒルたちも写ってましたね。
手前に写っているのは、近くの養蜂場で作っている土地の蜂蜜です。
加糖しないので、甘みがそれほどでもなくあっさりした美味しさで気に入りました。

コンセルは、シャツや小物などのデザインも行って2階に小さなショップを開いていました。
意外な才能のある女性だったとちょっと意表をつかれた思いです。
ダヴィドとコンセルは閑散期の5月や10月にホリデイをとってそれぞれに旅行するのをライフワークにしていて、ダヴィドが南米やアジアを得意フィールドにしていたのに対し、コンセルは何度もアフリカを訪れたということでした。
アフリカの旅で何かインスパイアされるものがあったということなのでしょう。

わたしは旅は軽装備を心がけていますが、カタルーニャ1週間超の旅では中型スーツケースを持ちださざるを得ませんでした。
荷物を減らすために衣類はポロを持っていって、着終わったら廃棄するというパターンでいたのですが、そのうち一番アバンギャルドな感じのシャツを着ていたところコンセルが気に入って譲ってくれと申し出ました。
これはポロではなく、韓流アイドルでも着れば似合いそうなものの、わたしが着たら何誤解してるんだと怒られそうなもので、最後にここで着てサヨナラするつもりでいました。
だから、ありがたくコンセルに献上しました。
もしかしたら、コンセルはあれを着て、今も庭のテーブルでカタカタとキーボードを叩いているのかなあと想像したら、なんだか楽しくなってきました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/10 Mon

叔叔羊倌

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
散歩から戻ったちょうどそのタイミングで、どこか遠くから、カランコロンカランと牧歌的な音が響いてきました。
これが何の音かはすぐに分かりました。
羊飼いが羊を引きつれて山を登っているのです。
道路に走って行くと、まさに彼らがこちらに向かって進んで来るところでした。

羊飼いのおじいさんに写真を撮らせてもらいます。
「フォトグラフ パルファボール」というでたらめスペイン語を理解したからではなく、わたしの勢いにたじろいだだけかも知れませんが。
ただ、1枚撮ると2枚目からは帽子を取ってポーズをきめてくれました。

しかし、そんなにゆっくりはしていられません。
腹をすかした羊たちが30頭余り待っていますし(実際に数えてしまうと眠くなるでしょうからおおよその数です)、2頭の優秀そうな牧羊犬も彼のまわりで待機しています。
歩み始めた一行に、トロンといっしょに付いていくことにしました。

道をはずれて山道に入りかけたところで、あっと気付きました。
そうか、ここもそうだし、先ほど通った山道もそうだが、これらはみんな羊たちがとおるための道だったのだ、と。
途中、広い草原があったり水場があったのは、まさに羊たちが寄り道するためだったのですね。
それにしても、カランコロンと楽しくなってくるような、羊たちの大移動です。

どこまで着いていこうかと思っていたところ、それは突然に断ち切られてしまいました。
牧羊犬が、付いてきたわたしにではなく、トロンに向かって吠えかかり、トロンは逃げていかざるを得なくなります。
犬が、あるいはわたしも、同行することは羊たちのストレスになるのかも知れず、それを察知した賢い牧羊犬が追っ払ったということのようです。
わたしも羊飼いに礼を言って、ふたりすごすごと退散しました。

エル・マラドールへ戻って遅い朝食をいただくことにします。
もう12時近いのにダヴィドは起きて来ず、コンセルがPCで仕事をしながら、何を食べようかしらと聞いてきました。
昨日は、クロワッサンにカフェオレだったので、今日は、トーストに自家製ブラックベリージャムとカフェオレの組み合わせでいただきます。

手作りジャムが美味しいのはもちろんですが、冷たい牛乳を入れただけのカフェオレがどうしてこんなに旨いのか分かりません。
コンセルは砂糖を入れずにエスプレッソすら飲むわたしにびっくりしています。
地元の人は、たいていカフェオレにも砂糖をふた袋入れていますから、日本人の感覚ではそちらの方が驚くに値します。
パンが美味しい理由は、翌々日判明しましたが、それについてはまた後日。

さすがに午前中からアルコールをとる人はいませんが、ランチタイム以降はビールやワインは普通に飲まれます。
なにしろ空気が乾燥しているのでビールが旨いんです。
いろんな人が来て庭で思い思いにビールを飲んでいる人を見ますが、多くが小瓶のビールを少しずつ飲んでいます。
ほんとはワインの方が合いますが、つまみにはオリーブが最高です。
白いの黒いの2種類ありましたが、風味にそれぞれ特徴があって好みもあるでしょうが、交互に食べても楽しめました。

チーズのつまみも無くはないようですが、今回は一度も食べませんでした。
前回の旅でダヴィドに羊のチーズの瓶詰をもらったにもかかわらず、まずくてとても食べられなかったという苦い思い出が尾を引いていました。
写真のおじさんにはたいへん申し訳ないですが。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/09 Sun

導遊一起爬山

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
ダヴィドと姉のコンセルの他にも懐かしい顔がありました。
犬のトゥクです。
トゥク、トゥク! と声をかけると彼は嬉しそうに近づいてきましたが、後ろ足が不自由でゆっくりとしか進んで来れません。
それでもかたわらまで来てわたしの足に顔をさすりつけるので、強く頭を撫でてやります。
彼は、後ろ足をかばいながら、わたしの脇に横になりました。

ダヴィドが驚いて、トゥクを覚えていたんだと言います。
しかし、彼はトゥクではなく、フロックだ、トゥクは亡くなったんだと残念そうに説明してくれました。
前回訪れたのは10年以上前で、そのときトゥクはすでにおじいさんでしたので、こんなに元気なはずがありません。
それでもトゥクが亡くなっていたと聞くと、旧友を失った悲しみを感じずにはいられません。
しかし、いま、フロックという新しい友ができました。

もう一頭、友だちになったのがトロンでした。
熊のような真っ黒な体は1メートル近くもあるのに、まだ生まれて7ヶ月にしかならないというのが驚きでした。
彼もまたおとなしく、名前を呼ぶとやはりゆっくりと傍らに寄り添って、頭をなでるとうっとりとします。
にもかかわらず、トロンという名前は嵐という意味なのだそうです。

また明くる朝、早起きしてカメラを手に散策に出ることにしました。
扉を閉める音に気付いたのでしょう、どこからともなくトロンが走って来て、僕も連れてってくれとついてきました。
いえ、ついてきたのではなく、彼はガイドとなって村の案内をしてくれます。

サン・クリメン教会の前の坂を3分も登るとタウイのメインの集落になります。
ここには、もうひとつのロマネスク建築、サンタ・マリア教会があります。
サンタ・マリアは、サン・クリメンから遅れること半年で献堂されましたが、このふたつの教会は並行して建造されたのでしょう、非常によく似ています。
フロックとトロンのように。

もちろん前回来訪した時もこのあたりはじつくり歩いていますから、勝手知ったる再訪という感じです。
しかし、ここから先がトロンのガイドの独壇場でした。
以前は気付かなかった村を抜ける細道があって、彼が先導してどんどんと進んで行きました。
途中、キリスト像が飾られた道しるべのようなものがあるところくらいまでは、畑があったり見晴らしだいがあったりの歩道でしたが、じょじょに道は心細くなり獣道のようになります。

途中、泉から流れ来ている水場があったり、岩場が続けば忽然と野原が広がっていたり、野趣にあふれたハイキングコースの風情です。
左側はつねにがけで、はるか下にはボイとエリル・ラ・バルの村落が小さく見えています。
朝日がじょじょに高くなると、初めに遠くだったエリル・ラ・バルが帰り道のころにはボイが日を浴びて村全体がきらきらと輝くようでした。

往復2時間に満たないちょっとした遠出でしたが、朝の新鮮な空気をいっぱいに吸って気分爽快にエル・マラドールまで戻ってこられました。
なぜ、山の尾根に沿って道がずっと続いているのか、ハイキングコースというには案内も何もなく不思議でしたが、戻ってきてすぐにその理由が分かりました。
同時に名ガイドのトロンがとんだ災難に遭います。
それらについては、明日、回答と報告をさせていただければと思います。

作例は、トロンと仲好しのティグレットです。
抱き上げてもじっとしているおとなしい美少女ですが、名前のティグレットは小さなトラという意味なのだそうです。
なるほど英語のタイガーがラテン語起源なのが分かりますね。
彼女はトロンより3ヶ月ほど年上だそうで、彼の良きお姉さん役なのかも知れません。
真剣な顔つきで話し合っているのが分かります。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2011/10/08 Sat

世界最漂亮的

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
わたしが滞在した村をタウールと表記しましたが、タウイと訂正します。
前者はスペイン語(カスティーリャ語)で、今回はカタルーニャに意味があると言ったばかりですので、カタルーニャ語表記にあらためるということです。
これまでの滞在でタウールと呼ぶのが習慣化していましたが、地名や人名など彼らにとって重要なことがらには配慮しないといけません。

バルセロナから車を飛ばしても3時間かかるタウイ村を、人々が訪れる理由はほかでもありません。
スペインでいちばん美しい教会と言われる、このサン・クリメン教会があるからです。
わたし個人は、スペイン一どころか世界一美しい教会と思いますし、自然と人工物の調和ということでいえば世界一美しい建造物とさえ思います。
もちろん美しさの基準はひとそれぞれですから、いや、どこそこの何々の方がもっと美しいとか意見は百出すると思いますが、実際にここを訪れた人は案外わたしに同意する人も多いのではと考えます。

なぜにそれほどまでに美しいと感じられるのでしょうか。
ひとつは、その造形にあると言えます。
1123年献堂と言われるロマネスクの様式は、大地にどっしりと腰を据えた安定感が心に安らぎを与え、横にそびえる鐘楼ともバランスが抜群で、装飾のほとんどない外観ながらいろいろな方角から見ることで美しさを何倍も愉しむことができます。

また、ピレネーの山間の峡谷にあるため、太陽がずっと差しているわけではなく、時間帯によってさきざきに表情を変えるのも魅力的です。
レンガ大の石を積んで建てられた外面は絶妙の凹凸があって、それらが陰影をもたらし表情をより複雑にします。
ですから、夜明け時、朝、午前、午後、夕方、夜のライトアップとそれぞれの時間の顔を眺めるのも好いです。
季節によって環境も大きく変わるので、これは衣装を変えたかのような変化を感じられることでしょう。

教会には、もうひとつ大きな魅力を持っています。
それは、持っていたと表現すべきかも知れませんが、後陣つまり教会の後ろ側の円になった部分に「荘厳のキリスト」と題されたフレスコ画が描かれているのです。
これは前々世紀末にアメリカの収集家に持ち去られるのを防ぐため美術館に移設され、現在掲げられているのは忠実に再現されたレプリカになっています。
しかし、小さな明かり取りのみの暗い教会堂内の中で見るキリストは文字通り荘厳であって、それがレプリカであることを忘れさせます。

ボイ谷とその周辺には、同様のロマネスク教会を多く有しています。
ところが、サン・クリメンほど造詣が美しいものは存在しませんし、他は保存状態が悪かったり、民家に隣接していたりで、やはりここが唯一無二の存在と言えます。
スペイン、フランス、イタリアには、数多くのロマネスク教会がありますが、町中にあるものはほとんど例外なく後世にゴシック様式などの増改築の手が入ってしまい、魅力が大きく後退しています。
こんな田舎でも、建て増しされたり放棄されて廃墟になる可能性は高いのですから、千年近くにわたる村人の信仰心と審美眼があって、現在のわたしたちの目を楽しませてくれると言っていいのではないかと思います。

作例の右側に見えているのが、バー・レストランのエル・マラドール。
わたしが過ごしたところです。
世界一の教会の真後ろ、最高のロケーションです。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F4】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2011/10/07 Fri

欧元的変化

M8/Sonnar Grau 5cmF1.5
もう十年以上前のことなので、前回のカタルーニャの旅の記憶はかなりあやふやです。
この間、変化したことはたくさんあるはずで、各論的に言えば何本か指を折ることができますが、総論ではひとつのことしか思い当りません。
通貨の変更です。
当時、ペセタだったスペインの通貨単位は、ユーロになっていました。

記憶があいまいなので誤解でしたら申し訳ないですが、当時のペセタは日本人にありがたい通貨だったのではなかったかと思います。
米ドル、英ポンド、ドイツマルク、フランスフランはもちろんのこと、チェコ・コロナ、ハンガリーフローリンから香港ドルまで日本円よりもずっと高額で、何かを買う旅に少し面倒な計算に辟易したものですが、ペセタは円とほぼ同額だったのです。
鮮烈に覚えているのは、スペインのたいがいのところで生ビールは100ペセタ(円)で飲めたので、日本で飲むペットボトルの烏龍茶の2/3だと感動したことです。
もちろんビールだけではなく、多くのものが日本よりもだいぶ安く、非常に旅しやすい国として認知されていました。

通貨単位の統合は、各国の物価も馴らしてしまうのでしょうか、今回かなり物価が上昇してしまったことが強く感じられました。
また生ビールを例にとると、だいたいどこでも1.5ユーロでした。
今の為替レートで150円と言うことは1.5倍になったということですが、ユーロはご存じの通り暴落していて、少し前のレートに当てはめれば200円以上ですので2倍になったという方が現実に近いと思われます。

生ビールの価格の変化がすべてだとは言えませんが、この数字はじつに象徴的なような気がします。
おととい書いた3つ星ホテルの120ユーロは、8000ペセタだったと言えばだいたい合っている感じがしますし、ちょっとしたレストランのメニューと呼ばれる定食は15ユーロ前後が多かったので、これも1000円と言うとしっくりきます。

わたしは経済のことはさっぱり分からないので、どうして10年の間にこれほどの変化があったのかも理解できません。
通貨切換え時にいっせいのせでこういうことになったのか、時間を経ることでユーロ圏内の物価格差が平均化していったのか、両者の複合的なものなのか…。
いずれにしても、物価上昇しているうえに、ここのところ中国ばかり旅行してかの地の物価感覚が染みついていたので、前回のカタルーニャの旅に比べてかなりつつましい行動になったことは否めませんでした。

作例写真のお嬢さんですが、繁華街のブティックで働く、ごく普通の女の子のようです。
スペインでも建物内での喫煙が禁止になったようで、日本と同様に建物すぐ外で喫煙する光景を多く見ました。
こんなのも、スペインの変化のひとつでしょう。
女性の喫煙率は高いのか、あちこちで美女たちがいけているポーズで煙をくゆらせています。
中には客待ちしているプロの女性ではと声をかけるエッチな親父もいるのではと気になったりしました。

さて、写真の題材はいくらでもありますが、あまりゆっくりもしていられません。
だいぶあちこちと歩いてしまって道に迷いつつ、バスターミナルへ戻ってきました。
5時間以上の長旅でしたが、疲れがたまっていたせいかずっと眠っていて、気が付いたらもう着いていたというような感覚でした。
おかげで途中の風景を楽しみ損ないましたが。

バスを降りたら電話をよこせと言われていました。
いよいよもうしばらくで、友人との10年以上と時を経た再会を果たすことになります。
教会の前のレストランで電話を借りることにして、少し緊張しながら受話器を手にしました。
今行くから、の声が実に心強く響き、ようやくホッとできました。

そんな様子を見ていたらしいイギリスから来たという夫婦が声をかけてきました。
ここまで来た経緯と、十何年振りかで友人に会う興奮を伝えると、いい話だと笑ってビールをご馳走してくれました。
わたしは感謝の気持ちを伝え、友人が気付かないといけないのでとことわって、ビールを手に歩道に並べられたテーブルの方で待つことにします。
彼らは、早く来てくれるといいねとあたたかい言葉で見送ってくれました。
【M8/Sonnar Grau 5cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar Grau 5cmF1.5 | trackback(0) | comment(4) | 2011/10/05 Wed
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