阿拉伯人在新加坡

Russar 20mmF5.6
治安が良く清潔な国シンガポール。
かの国に悪いイメージを持つ日本人はあまりいないのではないかと思います。
旅行で行ってもあまり面白いところではないとか、町が汚れるからとチューインガムの持ち込みを禁止するなど規制の多い国だとかいった程度にネガティヴなイメージがあるに過ぎないでしょう。
シンガポールが北朝鮮になぞらえる一党独裁国家だと言っても、ほとんど信じてもらえないかも知れません。

わたしだってシンガポールの政治について詳しいわけではありませんが、かの国が事実上の一党独裁で成り立っていることくらいは知っています。
簡単な検索で調べてみても、東南アジアにあって唯一の先進国だとか民主主義の国、西側諸国の一員というイメージは違う徹底的な管理のもとに運営されている国だということが分かります。
言論や政治的活動には大きな制限があって、例えば、アメリカの人権団体による報道の自由度ランキングでは195か国中の153位、CNNの国民幸福度調査では148か国中なんと最下位だとの数字も出ています。
それらに裏付けられる国民の抑圧は相当なもので、そこをとらえてシンガポールを明るい北朝鮮と揶揄する、あるいは国民自身が自虐的に表現するようになっているようです。

外見は好い国のようでありながら、一部エリートを除いた国民の不満はくすぶっていると聞くと、あれっ、これに似たことを最近何かで読んだようなと思い出すことがあります。
あの長者番付日本一社長の衣料品店や政治に進出しようとする社長の居酒屋&介護チェーンなどは、マスコミで成功者としてちやほやされていたのに、実は従業員酷使のブラック企業なのだとささやかれ始めていますが、これらとシンガポールはよく似ていると言えないでしょうか。
ちなみに両社ともすでにシンガポールには進出済のようですが、シンガポールの若者がこんな管理された国の企業ではなく自由の国である日本企業で働きたいとこれらの店に就職していたとしたらとんだ笑い話になってしまいます。

さて、もともとはマレーシアから独立した国なので、マレー系こそ先住民でイスラムが幅をきかせていそうなものですが、シンガポールではやはり華人が人口の8割近くを占めていて、マレー系は14%に過ぎないそうです。
華人による政策がとられているので、マレー系国民の不満はより大きいのではと想像されるのですが、北アフリカや中東でアラブの春の風が吹き荒れていた頃にあってもシンガポールで何かの動きがあったとは聞こえてきませんでした。
国家としてかなりの警戒をしたからなのでしょうが、それならなおのこと不満は高まっているでしょう。

単に興味本位に過ぎませんが、マレー系と知り合うことができれば、そういったことを聞いてみたいと思いました。
コーランか何か宗教上の重要な書類と思われるたばを大切に抱えて、道を闊歩するイスラムの男性を見つけました。
聖人とも哲学者とも言えそうな思慮深い顔で、付近で何かを探すようにしながら歩いているのが印象的です。
道路で何かを見つけたような表情を一瞬見せたと思うと、彼は小走りに道路を渡り去っていきました。
どうやら、横断禁止の道路を横切るため車列をずっと凝視していただけのようです。
大切に抱えていた物もよく見ればゴザで、これから公園にでも出向いて夕涼みするところだっただけなのだろうと気づきました。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
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Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/10 Wed

印度人在新加坡

Russar 20mmF5.6
香港から東京へは直行便ならわずか4時間ほどですが、シンガポール経由だと乗り継ぎの時間も含めて16時間もかかってしまいます。
無料航空券なのでそういうルートになってしまったのですが、積極的にこのフライトを選んだ側面もあるのです。
ひとつはシンガポールで5時間の待ち時間があるので当地を軽く散策できるということ、もうひとつはオーバーナイトフライトで朝5時半に羽田に着くので機内でうまく熟睡してそのまま通勤できることがあります。
トランジットで短時間立ち寄ることに意味があるのかと問われれば答えに窮しますし、夜行便で職場に直行というのはかなりきついということを熟知しているので、やはりこれは無理な日程なのだと半ば自覚してはいたようですが。

入国審査こそ10分もかからず住んでしまいましたが、シンガポールでの時間が5時間あると言っても、ダウンタウンまでの道のりに片道45分かかり、搭乗前にシャワーを浴びたいので1時間半前には空港に戻って来たいと考えると現地を歩けるのはわずかに2時間だけです。
何か目的がはっきりしていればこの2時間も意味あるものになりますが、何も考えていないただの散歩なのでどこに行くかがポイントになるでしょう。

香港空港でシンガポールの古い街並みと検索すると、いくつかの情報が得られました。
ひとつはチャイナタウンエリアの街並みですが、これは近年の再開発でほとんど取り壊されてしまったと書かれています。
もうひとつはインデ人街とアラブ人街というエリアで、両社は隣接していてこのあたりはまだまだ東南アジア独特のショップハウスが並んでいてコロニアルな雰囲気が濃厚である旨説明がありました。
また、別にラッフルズホテルなどのコロニアル様式の建築を見て歩くという選択肢があったのですが、そのホテル内で英国式紅茶をいただくことを含めてそれこそがシンガポールの観光の王道のようでしたので控えることにしました。

行き方をたずねるべく空港内のツーリストインフォメーションに出向いて、インド人街へはどう行くのかとたずねましたが、この若い女性係員がまったく要領を得ないバカモノです。
そもそもインフォメーションなのに地図すら用意しておらず、近くの別カウンターにあった買い物案内のようなパンフレットの中にかなり省略された地図を見つけて、○○駅で乗り換え、××駅でまた乗り換え、◇◆駅に着くとそこがインド人街だと説明します。
地図上では○○駅のすぐ真上が◇◆駅になっているので、○○駅から歩いたら遠いのかと聞きますが、さあわたしは歩いたことがないのでと旅行者に対する誠意のかけらも見られない対応にイライラさせられました。

しかし、イライラしているわたしの方がバカモノであったことは、今でははっきりと分かります。
ビジネスでの滞在を除いて、比較的最近話題になった最上階がプールになっている高層ホテルをテレビで見て泊まってみたいと思うようなリゾート志向の人以外には、シンガポールは何ら価値のあるところではないようなのです。
コロニアル様式などの古い街並みを見たい、エスニックフードを食べたい、アジアらしい混沌を体験したいという人々が目指すべきはバンコクやサイゴン他であることは、インフォメーションで愚問を呈する以前に自明のことでした。
事実、わずか2時間とは言え、ガイドブックにも古い街並みが残ると紹介されているエリアを歩いたにもかかわらず、ただのひとりのツーリストすら見かけることはありませんでした。

やはり○○駅で下車して嗅覚を頼りに10分も歩くとインド人街と思しき雰囲気が濃厚になりました。
地下鉄駅周辺は中華系の人ばかりだったのに、教会が見えたと思うと日曜礼拝があったのでしょう、そこはすでにインド人のコミュニティの様相で、さらにインド人たちの流れについて歩いて行くとインドレストランが並ぶ通りに出ました。
シンガポールは赤道に近い国で滅茶苦茶暑いのかと思っていましたが、さすがに涼しいということはありませんでしたがいま現在の東京よりはいくぶんマシなくらいの気温で、けっこうな人が路上のテーブルで食事しいます。
香辛料の香りに刺激されて、せめてここまて来たのでカレーでも食べてシンガポールの散策を終えようとだけ考えました。

同じような顔つきと体型ですぐに姉妹だろうと分かる3人組が向かいからやって来ます。
外観のそっくり加減の反動で服装の趣味が違ってしまったのか、あまりに似ているので間違えられないようにとの配慮からなのか、3人がまったく違う出で立ちなのもユーモラスでした。
ちょうど目の前にはヴェジタリアンレストランの看板が出ていますが、彼女たちが少なくともここの常連でないことは一目瞭然でした。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
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Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/09 Tue

茶是普洱

Russar 20mmF5.6
旅の話は昨日で終わりにしましたが、新たな写真がないので1枚のみ大理のものを。
喜洲から大理へのバスがあまりに順調だったので、せっかく雲南に来たのですから、普段から毎日飲んでいるプーアル茶を買って帰ろうとわずかの時間の寄り道です。
プーアル茶の産地は雲南南部なので大理では一般には消費されていません。
鶴慶でいただいたのは、大理周辺で生産される緑茶でした。
したがって町中ではまったく見かけることはなく、麗江の土産物屋と鶴慶のスーパーでみただけで、これらを買うになら深圳でも変わらないので意味がありません。

大理市は大きな町で、観光するところでもないのでプーアル茶の産地から出てきて店を開いた人がいるでしょう。
タクシーの運転手に聞くと、お茶屋さん街が近くにあると連れて行ってくれました。
小さな通りに20軒ほどの店が並んでいて、どの店にもプーアル茶は置いてあるようです。
こうなるとどこで買えばいいのかかえって悩んでしまいますが、ほとんどの店の看板が○×茶店大理支店のように書かれていたり、プーアル茶以外に手広く扱っているのに対し、1店だけ作りは地味ですが、いかにも個人でやっていますという佇まいのプーアル茶専門店があり、ここしかないと決断することができました。

入ってそうそう店主のおばさんにそれとなく確認すると、おばさんは得意そうに実家やその畑の写真を取り出してわたしに見せたうえで、麗江や観光地で安いプーアル茶を売っているが、あれはみんなニセモノだけど、ウチのは実家のとか近隣のお茶なので安心して飲むことができると胸を張っています。
その言葉自体が信用できるのかという問題はありますが、そこは彼女を信用して買うしかないでしょう。
ただ、早々に日本人だとバレてしまったので、少々ボラレるのを覚悟しなくてはなりません。

プーアル茶は、ワインによく似ています。
年代が古いものほど貴ばれますが、あとは生産地と生産者を見て決めるということになります。
知識はまったくないので、言いなりで買うしかありません。
金銭的にも荷物としても余裕がないので2つだけ買おうと考えていて、1つはヴィンテージものをと思っていたのですが、例えば2012年モノ物が100元のプーアル茶は2003年で800元のような価格差があって、勿体ないのでやめました。
個人的な意見では2年経つともう飲み頃に入るので、リーズナブルな2011年モノを2つにします。
1つは即飲んで、もうひとつは自宅熟成させることにします。

いちおう価格交渉を試みましたが、まったくまかりません。
時間がないこともあって、オーナーおばさんの言いなりでした。
また、これを書くのはちょっと躊躇われますが、ここで試飲した200元だというお茶は、わたしが深圳の知り合いから100元で買っているお茶より旨いとは感じられませんでした。
その知り合いはお母さんが雲南省出身でツテを使って安く仕入れて商売しているというものです。
言ってしまえば、わたしのような素人がプロ相手にお茶を買うというのは10年早かったということでしょう。

この店から空港まで20分ほどと聞いていたのでタクシーで向かうつもりだったのですが、驚いたことに、このおばさんが空港まで送ってあげるとハンドルを握るではないですか。
タクシーで行くと50元と聞いていたので、ありがたい50元浮いたじゃないかと素直に喜びました。
車内で息子は大学を出て北京空港で機体整備の仕事をしてると聞いたり、景色のいいマンションに住んでいると聞いたり、そもそもが中国製とは言えクラウンクラスの高級車に乗っていることなどでようやく気付いたのですが、50元浮いたというよりは、空港へ送るくらい高くお茶を買ってしまったと考えるべきですね。
おばさん曰く、今度はもっとゆっくり来なさいな、そしたら大理の好いところをたくさん案内してあげるし、知り合いの女の子を紹介するから、ときました。
そんなことになれば、わたしはプーアル茶を何個買えばいいのでしょう。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
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Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/08 Mon

往西蔵之道

Russar 20mmF5.6
鶴慶には2泊したので、朝一番のバスで沙渓に向かいます。
沙渓は小さな村なので直通バスは無く、県城の剣川行きに乗って乗り継ぐことになります。
地図を見ると剣川は鶴慶の真西で直線距離で30キロ、道路も50キロ程度なので1時間くらいと踏んでいました。
しかし、ビールをご馳走してくれた剣川出身のピンピンによれば、この道はバスが通れない悪路でのためかなりの回り道をするので3時間かかるとのことで、、やれやれです。

朝起きてまずはホテルに近いバスターミナルにチケットを買いに行くと、昨日9時発があると聞いていた剣川意気は、なんと今日は出ないと言います。
午後になるのかと聞くと1時だと言うので絶望的な気持ちになりましたが、剣川に行きたいなら8時の蘭坪行きが剣川を通るのでそれに乗ればいいと平然と言います。
またもややれやれですが、だったらなぜ最初からそう言わないのか理解に苦しみました。

その蘭坪行きに乗り込むと乗客はわたしをいれてもわずかに4人だったので、これでは剣川行きのバスが欠便してしまうのも仕方ないのでしょうね。
麗江や大理などの大きな町へのバスは需要があるようですが、地方の小さな町から小さな町へのバスは日本と同様に人口の多い中国でも採算が取れていないのかも知れません。
このバスですが、何と空港の脇を通って麗江で停車して剣川へ向かうルートで、5日前麗江空港から麗江に行ったのをなぞるようで、本来の少しずつ南下する予定と逆の北上にまたまたやれやれな気分を味わうことになったのでした。

バスは途中に謎の渋滞にぶつかったりで結局4時間の行程になります。
直線距離30キロに4時間とはため息が出るばかりですが、12時5分に到着すると12時発の沙渓方面行バスが出発遅れでぴったり乗り込むことができ、バスが遅れるのも悪いことではないなと思ったりもします。
1時間経たずに沙渓の村はずれにここから歩いてねと降ろされたのですが、剣川からは面包車も出ていてそれなら
村の真ん中まで行ってくれるらしいことは後で知りました。
料金はどちらも10元ですが、面包車は定員の7人が揃うまでは発車せず急ぐ場合は、空席分×10元払えば即出発してくれるとのことです(70元出せばチャーター可)。

沙渓はこのエリアに数ある古鎮の中でも、かつての茶馬古道の宿場であったことでその名を特にとどめています。
茶馬古道とは、チベットに茶を運ぶために作られた道ですが、唐代に開かれた古道はすでに千数百年の歴史があり、古道を使った交易もトラック輸送の流通網が完備する戦後まで続いていたと言います。
気候の厳しいチベットでは野菜をとることが難しく、ビタミンの補給のために当時の国王がお茶を飲む習慣を広めて国民の健康的な生活を築き上げたと言われているそうです。
チベット人のライフラインとも言うべき古道ですが、あるいは現在の中国の西域進出の足掛かりになっていたのかも知れず、チベットにとっては両刃の剣だった可能性は懸念されます。

それはともかくとして、わたしはかつて雲南や視線のチベット人居住エリアで彼らが朝からしきりにバター茶を飲み、外来のものにもどうぞどうぞと勧めているのを何度も目にしました。
なぜお茶ばかりと思ったものですが、今回の旅の関連で理由を知り、またその歴史についても知ることができて、俄然茶馬古道に興味がわきました。
雲南南部や四川西部で作られたお茶は、ほぼこの沙渓を通っていたそうで、その面影濃く残る沙渓はぜひとも訪れたい地になったのです。

かつて馬や荷役が通ったという石畳の道が残っている沙渓は美しい村です。
古民家にもずいぶんと立派な建物があって、作例はそのうちのひとつ欧陽大院という豪邸で、尋ねてみると実際に住んでいる欧陽さんという名字のおじいちゃんが家の中をじっくりと案内してくれます。
お孫さんもいたのですが、息子さん夫婦は広東に打工に行っているということでした(つまり出稼ぎです)。
失礼ながら欧陽家は茶の交易にかかわって利益を得て立派な家を建てたのだと思われますが、茶馬が通らなくなるや都会で働かなければならないという厳しい現実を教えられました。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
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Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(2) | 2013/07/02 Tue

中国最好吃的

Russar 20mmF5.6
鶴慶は、本来の目的地だった沙渓行きのバスに乗れなかったために仮に訪れた町で、翌朝早く出発するつもりでいました。
しかし、いくつか事情があって滞在は午後まで延び、さらに事情が重なって合計2泊してしまいました。
他はすべて1泊ずつだったので、これといった特徴のない鶴慶だけ2泊したのは、いま考えても不思議なことです。

昨日は、仏像は買わずにあきらめたと書いたのですが、夜、枕もとにこの仏像が現れて、宗教を弾圧するような国にはいたくない、わたしを日本に連れて行ってくださいと夢に出て来たわけではないのですが、朝目覚めると仏像を手に入れたくなって朝一のバスを午後に変更することで、再度骨董品屋をたずねることにしました。
もちろん5000元も出して買うことはできないので、手持ちの2000元で売ってもらう、1元でも高ければ今度こそあきらめるというのが、自身に課した作戦です。

9時頃になって訪れてみると、店主のおばあさんはわたしが来るのを知っていたように、入るや否や例の仏像をわたしに手渡して好いでしょうと笑顔を見せています。
ほこりを払ってあったからか、昨日にもまして魅力的に見えますが、それを表情に出すことは許されず、冷静に価格交渉に持ち込みます。
 
 わたし 手持ちが2000元しかないので、それで譲ってもらえますまいか。
 店主 安くしてやるつもりだが、2000元では原価割れなのでそれは無理、4000元でどうだ。
 わたし 4000元…、この像が2000元だなんて失礼申しました、縁がなかったものとあきらめます、それでは。
 店主 ちょっと待った待った、じゃあいくら出せるんだい。
 わたし 旅のし初めなので、2000元しかありません、これがわたしの限界です。
 店主 分かったよ、昨日見ていた香炉も付けて特別に3300元で売ってあげるよ。
 わたし いや香炉は使えないし、本当に2000元しかないので、どうにもならないのです。
 店主 香炉がいらないなら、2800で売ってあげるから、これが原価だけど仕方ない。
  ここでしばし膠着…
 わたし 実は、別の店でこれより劣る仏像が1500元だったので、あきらめてそちらを買うことにします…。

これで勝負はありました。
2000元で持って行って! と彼女がついに折れたのです。
そのあと、ホテルにデポジットを払っていたため200元足りないことが発覚しひやひやモノでしたが、公務員の彼女の娘が仕事先から車でやってきて銀行まで連れて行ってくれ、キャッシングによってどうにか取引成立しました。
骨董には、イミテーション疑惑が常につきまとい、わたしも騙されたのではと感じないではなかったのですが、この仏像の美しさはそんな疑念を振り払ってあまりあります。
旅の間中、それに帰国してからも、毎日眺めていることで穏やかな気持ちになり、すでに2000元分は取り換えしてしまったような気がししています。

仏像の話ばかり長くなってしまいましたが、こんな具合にこの町ではいろいろな人と知り合うことができました。
骨董品屋のはずれの通りを散策しながら夕食のことを考えていた時、雑貨屋さんの店先で小学校低学年くらいの女の子が店番しているのが可愛く、カウンターの7つ玉ソロバン越しに写真を撮らせてもらいました。
すると店の奥でこちらをうかがっていたのでしょう、ひと目見て人の好さが分かるようなおばあちゃんが出てきて、ウチの孫を撮ってくれてありがとうと礼を言われてしまいます。
いやいや、勝手に撮ってしまいと恐縮していると、良ければゆっくりしていってと売り物のジュースを出して腰かけるようすすめるのです。

おばあちゃんにお孫さんとでなんだかんだと1時間近くも話し込んでしまいました。
そろそろお腹が空いたのでとお暇しようとすると、ウチはもう夕食済んじゃったので出せなくてごめんね、近くに美味しい店があるから教えてあげるねと、食堂まで案内してくれます。
どうやら知り合いの店らしいのですが、おばあちゃん、入るなり店主ご夫妻に、日本から来たお客さんよと大きな声でいうものですから、何組かいた客が一斉にこっちを向いて恥ずかしくなります。
何が食べたいかと聞かれ、地元の料理! と答えると、それならまかせてとおばあちゃんと店のおばさんが相談して3品つくってくれます。
ゆっくり味わいましたが、おばあちゃんと孫は帰らずにわたしが食べるのを見守っています。
結局、道に迷ってはいけないと食べ終わってからホテルまで送ってくれたのでした。

ホテルに戻ったのはまだ9時です。
ちょっと休憩してから、もうちょっと繁華な場所を散策してみることにしました。
地方の小さな町のこととて、おばちゃんが集まってダンスしていたり、若者ばかりが集まっているファミリーレストラン風のバーが見つかったりという程度であまり面白くありません。
がっかりして戻りかけたとき、面白い看板を見つけました。
温啤酒と書いてありますが、これは温かいビールという意味で、興味を惹かれ店に入ってみました。
ビールを温めて飲むのかと聞くと、そうです、うまいですよと言っています。
じゃあ試しに1本とたのみましたが、ビールを温めるのは手間なので6本からお願いしたいとのことで、たぶんうまくないのを6本も飲めるはずはないと断念して普通のビールを飲みました。

そのうちに、店主の青年の彼女が店を手伝いにやってきました。
白族の22歳の女の子ですが、しゃべり方とか仕草とか可愛いです。
ふたりとも外国人と話するなんて初めてだと慕ってくれますし、冷たいビールが効いてきたこともあって、3人で盛り上がります。
さんざん呑んだのに、1円たりとも受け取ろうとしないので、それはいかんと翌日も彼らの店に行って、強引にお金を置いて行かなければならなくなりました。

最後にもうひとつ、店主のガールフレンドの冰冰(ピンピンと発音)が教えてくれた、お店のことを記しておかなければいけません。
近くに美味しい店がないかと聞くと、抜群に旨い麺があるので翌朝食べに行ってとすすめられたのが、鶴翔園という小さなそば屋でした。
場所を聞くと答えはシンプルで、ホテルの無前の道から信号が見えるでしょう、その近くで行列ができているからすぐ分かるというのです。
なるほど説明通りに周りの店にはほとんど客がいないのに、ただひとつ行列ができている店があってそれはすぐ分かりました。

店内にはスープの好い香りが鼻をくすぐるので、10人ほどの列の最後尾に早速並んでみました。
麺の名は、把肉餌丝。
メニューはいくつもありますが、すべての人が注文しているのがこの把肉餌丝で、いざ自分の番が来ても何を注文するかは聞かれず、大か小かと聞かれるだけです。
せっかくなので大を頼みますが、これが本当に旨いのでびっくりしました。
トリを煮込んだ、日本でいうところのとんこつラーメンのようなスープなのですが、トリでこれだけ濃厚な味になるのか不思議でした。
ちょっと油が多いのが気になりますが、みんながみんなスープまですべて飲んでいます。

麺がまた独特でした。
よくいうモチモチの触感なのですが、小麦だと思ったこの麺は圧縮してつくるコメの麺だったのです。
やや太めで外側はとても柔らかいのにコシが強いしっかりした歯ごたえの麺いうのは、日本でいえばうどんにやや近いのですが、やはり生まれて初めての食べ物で、この麺だけでも日本に持ち込めばとても受けるような気がします。
加えて、バラ肉のチャーシューのような舌で切れるような柔らかいトリ肉がどつさりのって、あのスープですから、わたしが中国で食べた麺類では初登場にして第一位です。
この写真では、油ぎっとり感ばかり目立ってあまりおいしそうには見えないかも知れず残念です。
これを食べるためだけでも、また鶴慶をたずねたい、いや、おばあちゃんやピンピンたちとも会えるのだから、なんとしても再訪できますようにと黒い仏像に手を合わせる毎日です。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
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Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/07/01 Mon

她們愛戴帽子

Russar 20mmF5.6
鶴慶行きのバスには、民族の衣装を着た女性グループが乗り合わせていてたいへん賑やかです。
ただ、その衣装は今までの納西族のそれとは違って見えます。
あらためて地図で確認すると、バスは麗江から真南に進んでおり、麗江空港を通り過ぎた先にある鶴慶は、麗江の境界を越えて大理市の管轄内に入っていることを示していることを考えると彼女たちは白族であると想像できました。
すぐ隣のおばあちゃんに尋ねるとまさにわたしたちは白族です、あなたと同じで麗江に遊びに行ってたのよと教えてくれました。
10人くらいだった彼女たちはご近所の友達のような間柄だそうで、手にする荷物の中には布があって、麗江で好い生地を買ってきてこれで民族衣装を作るのだといっていかにも女性らしい嬉しそうな顔で説明してくれました。

そのおばあちゃんに鶴慶には何があるのかと聞いてみました。
真っ先に上がったのは新華村という名前でしたが、何があるのか聞くと名産の銀器を売っているところだそうで、銀を買うつもりはないと答えると、じゃあ行ってもしようがないねと言うばかりで、他に行くべきところはとの問いに答えを窮しているようでした。
鶴慶は、鶴慶県の県城で、全体には面積が広いので訪れる価値のあるような所も点在していそうですが、隣接する麗江があまりに有名なためどこへ行けばとしつこく聞いても、分からないとか下手すると麗江へ行ったらなどと言われかねないという、外国人が訪れるには厳しい土地だと理解できました。

到着したバスターミナルのとなりの食堂で、そばを食べていると隣にいた女性がどこから来たのかなどと話しかけてきて、よくよく聞くとさらに数軒隣にできたばかりのホテルがあるのでと教えてくれ、そこに荷を下ろすことにしました。
また移動するのでバスターミナルのそばの宿は便利ですし、思ったより立派なホテルにも関わらず1泊80元と安く、かつフロントの服務員の女の子が可愛かったので即決しました。
他にもホテルは町中にいくつも点在していましたが、結果的にわたしが泊まったところがいちばん立派だったようで、主要道路から近いので朝うるさかったのを除けばとても快適な宿と言えます。

鶴慶到着は夕方6時半ですがまだまだ日は高く、早速、散策に繰り出します。
中国ではアメリカなどとは違って全国で北京時間が採用されているので、西にあるこのあたりでは9時くらいになってようやく真っ暗になるのです。
幸運だったのは、ホテルの裏側一帯が旧市街だったようで、鼓楼という大門のような建物をはじめ、古い街並みが辛うじて残っていました。

民族衣装を縫製してくれる店や作例のような帽子専門店、雑貨屋、小さな食堂などが並んでいましたが、特徴的なのは骨董品屋さんでひとつの狭いとおりに10店以上が軒を連ねていました。
先に古い街並みが辛うじて残っていると書きましたが、古民家は虫食いのようにところどころ建て替えられてしまっており、取り壊された家から出てくる家具や家の装飾などが骨董品屋に持ち込まれてそのまま商品に生まれ変わっているようでした。
ですからそんな店を1軒1軒覗いていくと、家具調度や古道具が民俗博物館の陳列を見るようでなかなかに興味深いのです。

じつは麗江と大理の間の多くの町では木彫り細工が盛んで、昨日の作例では伝統的な木彫りの扉を制作している様子を写したものでした。
木彫りは、のみで削り出すというイメージですが、おおまかなところではまずチェーンソーで作業するということが分かって少々がっかりしつつ作業者のすぐそばでノーファインダー最短距離で1枚失礼させてもらいました。
その木の装飾が付いた椅子や家具類の骨董には魅力的なものがあって、聞けば安いので5000円とか高くありません(相手のいい値なので3分の2程度にはなると思います)。
欲しくなりましたがさすがに椅子は大きすぎて持って帰れません。
深圳に郵送しても1000円程度だからと言われてまた動揺しますが、何より日本に持ち帰っても自宅に椅子の置き場がないのです。
すでに我が部屋には、台湾で購入した明代の椅子が鎮座していますもので。

そこで記念の意味も兼ねて、最近始めたお香のための香炉でも探してみようと尋ねてみました。
心身深い土地柄だからか、古く立派な香炉がどの店にも置いてあります。
しかし、どれも銅製の巨大で3~4キロはありそうなものばかり、やっと見つけた装飾の美しい小型のものはふた付きスパイラルタイプのお香用でうちでは使えません。

ところが、その店にすばらしいものがあるのを見つけてしまいました。
店の仏壇のようなところに置かれた仏像で、これは売り物かと聞くと売ってあげてもいいというので見せてもらいました。
銅製で重いのですが、座禅する仏陀像は背丈が20センチほどなので持ち帰るのに苦痛なほどの重さでも大きさでもありません。
像は、長年のすすが堆積したのか真っ黒な姿ですが、ところどころ下地に貼られた金箔(?)がうまい具合に露出していて、それが崇高さを表現するかのようで、わたしは痺れてしまいました。
そして何より迷走する柔和なお顔の表情が優美で、ずっと眺めていても飽きることがないと感じられます。

わたしは感情をできる限り押し殺して興味なさげに、いくらなのと聞くと白族の民族衣装のおばあさんが5000元と即答します。
7万円弱ですからとても手が出せる値段ではありません。
半額まで値切れたとしても3万5千円では、残念ながら縁がなかったのかとあきらめざるを得ません。
旅をしていると、何としても手に入れたいと思いながらやはり手に入れることができないということがしばしばあります。
その気持ちをしずめてくれるのが旅の思い出という記憶であり、ときに1枚の写真だったりするので人はカメラをもって旅するのでしょう。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
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Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/30 Sun

汽車来不及

Russar 20mmF5.6
石頭城に泊まった翌日、ここまで連れて来てくれた楊さんがあろうことか消えてしまいました。
義理の妹が言うには、用事があって昨日のうちに麗江に戻ったのだというのです。
わたしはどうやって麗江に行けばいいのかと聞くと、心配なく、別の車を頼んであるからとこともなげに答えます。
7時に出るから準備してと促されますが、もう6時半なので出なくてはなりません。
5時起きで1時間ほど石頭城を散策しておいてよかったということになりますが、それにしても突然追い出されたかのようです。

駐車場に行くと、当然来た時と同じ軽ワゴンかと思っていたのに、停車していたのはトラックです。
このトラック、人里離れた石頭城に物資を運ぶための、いわば村のライフラインのようなものですが、同時に村人を麗江まで運ぶ役割を担っているようで、すでに数人が出発を待っていました。
イヤな予感的中で、運転手は30分遅れでやってくるし、座席は4つしかないのに6人の乗客がいて、すし詰めの状態になってしまいます。
さらには、100元寄こせと言われるのですが、昨日楊さんから帰りは50元と言われたといっても聞く耳持たずで、嫌なら自分の足で行ってくれと言わんばかりでは従わざるを得ません。

ようやく1時間遅れで出発するも、途中に民家があれば必ず停まってご用聞きし、用事があれば物を摘んだりして進むのが遅いこと遅いこと。
途中、玉龍雪山という観光地の道路を通るときに検問があるのですが、地元の人はフリーバスながら外地人は入山証を見せなくてはならない決まりでそのために100元必要だと運転手に払ったはずなのにまったくのノーチェックでトラックは通り過ぎていくのでした。

麗江では、インフォメーションで働く女の子とランチをとる約束でしたが、トラックが1時間遅れたため慌ただしいものになってしまいました。
女の子は昨日会ったときはすっぴんだったのに、今日はお化粧してワンピースで来ているという、俄かデートのような雰囲気だっただけにとても残念でした。
彼女は、来年深圳に転勤になる予定だそうで、また会えるからその時までと握手して立ち去りました。

わたしは、一昨日泊まった宿に置かせてもらったスーツケースをピックアップしてから、もうひとつ行きたいと思っていた古鎮に向かうことにしました。
昨日、石頭城に行くバスは麗江客運站から出ているとの誤情報を聞いて出向いた時、石頭城行きはなかったもののその古鎮方面行のバスがあることは確認して、バスの時刻案内を撮影しておいたのです。
液晶で確認すると5時15分にバスがあることが分かったので、それまで昨日親切にしてくれまた来てねと言っていた雲南コーヒーの店で時間をつぶすことにしました。

コーヒーの小売店ですが、その場で挽いたコーヒーを飲ませてくれるカウンターもあって、1杯30元もするためなかなか飲みに来る客なく、湖南省から働きに来ている女の子は退屈し切っているようでした。
恐らく彼女がこご働いていて初の2回も来てくれた客であるわたしに日本のことを聞きたがります。
話は尖閣のことにも及びましたが、日本人が住み着いた経緯やそれを中国政府も認めていたこと、海底資源調査以降中国が手のひらを返したように主張を変えてルイことを説明すると自国政府を信用していないのか彼女は理解しているようでした。
日本の元総理は正反対の行動をして全国民からひんしゅくをかっているようですが、彼も日本に帰ってくると非難轟々生命の危険があるかも知れないので、香港経由で南米に亡命した方が賢明なのではないでしょうか。

さ、そうこうしているうちに出発の時間です。
客運站に5時に着いて、チケットを買おうとすると、バスはたったいま出てしまったと言われます。
そんなはずはない5時15分のはずだと抗議しますが、チケット売りのおばさんはそんなこと知ったことではないと窓口を閉じてしまいました。
バス乗り場で確認してもやはりバスは出発したということです。
中国の田舎ではバス時刻表はあくまで目安で、何度も確認すべきことは常識として知っていたはずなのに、石頭城に行った時の経緯からもそれは明白なのにうっかりしていました。

さてどうしものか、普通であれば麗江に戻って翌朝のバスに乗ろうとするでしょう。
しかし、もう麗江には特に夜は戻るなんてまっぴらです。
小型のバスが止まっていたのでこれから出発かと聞くと5時半に出ると言います。
行先表示は鶴慶となっていますが、当然、それがどこかは知りません。
でも、わたしがとるべき道は2つで、これに乗るか麗江に戻るかだとすれば、迷うことはないでしょう。
バスに乗ったわたしは、1時間後、その鶴慶の町にやってきたのでした。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/29 Sat

咽草的袋子

Russar 20mmF5.6
川辺で農作業していた夫婦は、まだ60歳前後でしたので老人などと呼んではいけなかったのだと思います。
恐らく十代の頃からずっとこの生活を続けていて、足腰が動かなくなるまでまだまだ現役でがんばりたいと考えているでしょう。
一方では、現役を退いてのんびりと暮らしている老人も多数見かけました。
大岩の斜面につくった村なのでちょっとした移動もたいへんですから、自然と家とその周辺の限られたスペースが生活エリアになっています。
活動範囲が狭くて退屈そうで気の毒そうに見えるか、生まれ育った空気と景観の好い土地で過ごせて幸せそうに見えるかは訪れた人の価値観によるのかも知れません。

石頭城には800年近い歴史があります。
宋代の戦乱の時に、納西族の一族が防衛上の理由からこの大岩の上に村を築いたことから歴史が始まります。
防衛のための砦になっていたことから石頭村ではなく、城という名前になったようです。
住み心地はけっして悪くなかったのでしょう、その後防衛の必要のない時代になっても打ち捨てられることなく、現在では城内に49戸が、対面の城外には116戸の民家がわずかに訪れる観光客への砦になっています。
川を往来する船を除けば村への道は1本しかないので、外来者はすぐに村人に知られてしまうのです。

排他的な村人もいるのかも知れませんが、日々の生活に変化が乏しいせいか観光客に対してフレンドリーに接する老人が多いようでした。
座ってくつろいでいるおじいちゃん、おばあちゃんにこんにちはと声をかけると、まあまあここへどうぞと横に座るよううながして世間話をしたります。
老人たちは訛りが強くて何を言っているのかなかなか分からず、一方でわたしの拙い中国語もあまり理解していないようですが、何か言うたびにけらけら笑う姿は明るく屈託がありません。

キセルを吹かすちょっとキュートなおばあちゃんがいました。
もう何十年も使い続けているという手製のキセルに、ずた袋に入った自宅の庭で育てたタバコの葉を少量詰めてはぷかぷかとやっています。
写真を撮ろうとすると、こんな汚いもの撮ってどうするのと逃げようとするので、反対側にいたおじいちゃんを指さしながらあっちよりずっときれいだからと言って笑いをとりながらシャッターを切ったりしました。

今回は、いつものように広角、標準、望遠の3種のレンズとX-E1、それに低感度フィルムを詰めたM6を旅の友にしています。
広角は、出発直前にブログの中で超広角の話題が出たことから、ここのところご無沙汰だった広いレンズを持つことにしました。
超広角というそのままの名前の付いているスーパーアンギュロンにしようと思ったのですが、X-E1では後玉が当たってしまい取り付け不可でした。
そこで考えたのがタフな旅にも強そうなルサールです。
X-E1にこのレンズを付けると、まるで一昔前のコンパクトデジタルのような冴えない姿ですが、旅で使いやすそうな手軽さが気に入りました。、

また、ふだんF1.5とかF2のレンズを開放でばかり撮っていると、ルサールの絵は新鮮でなにか不思議な魅力があるように見えます。
ホロゴンとは比べるべくもありませんが、ルサールにも被写体を変容させる力が少しあるようですし、何より広い画角から小さなCMOSに取り込まれる凝縮感も存在するように思えます。
とくにこのおばあちゃんのように年季の入った被写体はこのレンズで撮るのがふさわしいかなと、彼女の腕のしわを見ながら感じにいられませんでした。
【X-E1/Russar 20mmF5.6 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Russar MP-2 20mmF5.6 | trackback(0) | comment(0) | 2013/06/28 Fri
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