正確な頭脳とは

Zunow 3.5cmF1.7
今日は友人とともにカメラを持って散策しました。
持参したレンズは、下記になります。
ズノウ35mmF1.7。
アキュラーに対抗して持ち出したわけではなく、このレンズにちょっとした不具合があったので奈良の修理屋さんに見てもらおうと持参したのですが、その場でちょちょいと直していただいたので、さっそく使用してみました。
同行の友人がいかにもこういう癖の強いレンズが好きそうなので、もし気付いたら、来週はベトナム旅行するのでその間お貸ししようかと考えていました。
結果的にこのレンズが気付かれることなく、そのまま持ち帰りになりましたが。

昨日書きました萩谷さんの「ズノーカメラ誕生」を読み返すと、ズノーレフレックスのこと以外に、帝国光学のあゆみについても詳しく、とても興味深く感じました。
帝国光学は名前のイメージから軍事産業絡みの光学産業の先端を行くメーカーと思っていたのですが、当初はレンズの研磨を専門とする小規模な組織に過ぎなかったそうです。
そのせいか事業拡大時に日本光学から引き抜いたのは、研磨の第一人者の浜野氏でした。
海軍の要請でX線用大口径レンズをつくりますが、レンズ設計の専門家がおらず、浜野氏にその任務は託され5cmF1.2レンズを試作したものの終戦と戦災で日の目を見ることはありませんでした。

しかし、戦争ですべてを失ったなかで1948年に帝国光学は再建され、2年後には5cmF1.1を設計して世に問いますが、評判は芳しくありませんでした。
そこで新たに日本光学から国友氏、八洲光学から藤陵氏のふたりを迎え、5cmF1.1を大幅に改良して設計しました。
さらに、国友氏は3.5cmF1.7を、藤陵氏は10cmF2を設計して、大口径レンズトリオを世に問うたのでした。
ところが、評価は悪くなかったこれらレンズも、価格が高過ぎて売れ行きはよくなかったそうです。

売れなかったという3.5cmF1.7レンズは、何本製造されたのでしょうか。
ズノー誕生には記載なく、簡単に調べてみようと思いました。
ざっと検索などで見てみると、No.10067,10086,10113,10135,10151,12007,12024,12053,12618の9本が見つかりました。
また、No.10941から11698までなん本かのミランダ用5cmF1.9も見つかります。
これだけのわずかのサンプルから大胆に予想すると、No.10000 – 10200, No.12000 – 12100、以上の300本とその後10本程度の追加製造をした、ということになります。
まったくあてずっぽうで申し訳ありませんが、このレンズを使っている方の数や中古市場への出現回数を見ていると、300本ちょっとというのは案外と妥当な線のような気がしてしまいます。
ほんとうにこの程度の製造数だとしたら、設計や製造のコストを考えるとかなりの赤字レンズだったということなのでしょうね。

さて、本日の作例は、散策で訪れた天理市にある石上神宮です。
いそのかみじんぐうと読み、古事記に記載されるほどの最古の神社のひとつなのだそうです。
幽玄な空気にしばし見入っていたら神職の方が通られたので慌ててシャッターを切りました。
期せずして、2日続けて神社と神職がモチーフになりました。
【Alpha7II/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
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Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2016/06/17 Fri

農村的士高

Zunow 3.5cmF1.7
バイクに跨ったときにはまだまだ日が高かったですし、1日行動しているうちにわたしの意思を理解するようになってしまったのか、帰途、道路沿いの村に立ち寄ってくれたのでした。
ここでも突然の珍客に騒然となったりもしましたが、ここでも暖かく迎え入れてくれたような気がします。
竹細工のおじさんのこれ以上無いような柔和な顔がそれを象徴しているような気がします。

この村は、先に訪れたバン・ホーアイ・イエン村と比べるとずっと小さいですし、道路に面しているせいで中途半端に近代化しているような、あまり魅力を感じられない村でした。
こういうところは、村に素朴さを求めるわたしの身勝手なのですが。
例えば、2つの村を訪れたとした場合、どうしても2つを比較してしまいます。
それぞれに特徴がある村を訪れないと、最初がよかった場合、どうしても後の村が見劣りしてしまうということは考えなくてはいけません。

しかし、この村でも何が何だか分からないお祝いが行われていたのです。
大音量のラオスのポピュラー音楽が流れていたので、その方向に行ってみると、高さの余りない小さな高床式住宅に踊っている人が群れているのが見えました。
四畳半ほどの狭い部屋に10人くらいの老若男女がひしめきながら、音楽に合わせて体をくねらせています。
ディスコ大会をやっているようでした。
驚いて見ていると、わたしたちも仲間に加われと中に招じられました。
ええっ、と当惑しているとビールが回って来て、一気飲みさせられ、続いて手を取られてこうやって踊ってと指導してくれます。

カームロイ君にどういうことか訳してもらおうとしましたが、音楽が大音量過ぎて聞き取ることができません。
そのうちに誰かが大笑いを始めてそれがみんなに伝染し、10名くらいが大笑いしながら踊り狂っているのは、我ながら異常な光景だったでしょう。
20分くらいそうしていると、今度は手を取られて、扉の奥の部屋に招かれました。
そこは老人たちが数名、厳かな雰囲気の中で食事をしているところでした。
家の主と思われる老人の隣に座らされ、何か挨拶めいたことを話しかけられるや、酒の入ったコップを手渡されます。
午前中同様の展開に動じず、こちらも厳かな身のこなしで応じて、余裕で酒を飲み干しました。

あまり長居して暗くなってしまってはいけないので、そこそこにお暇を告げてルアンパバンへの道を急ぎました。
中国の若者とは違って、彼は省エネ運転で、後ろから一体あれは何だったのと聞いてみました。
いや、分かりません、たぶんおじいさんの誕生日とかではなかったかと思います、との返事です。
村の名前はと聞きましたが、答えはやはり分からない、でした。
では、なぜあの村に寄ったのかと聞くと、あの村はカム族ではなくモン族の村なので、われわとどう違うのか興味があったから、とのこと。
なんだ、わたしのために立ち寄ってくれたわけではなかったのか…。

帰りにまた彼の下宿先に寄ったのですが、そこでは大家さんたちが仲間と野外で祝宴を挙げていて、今日は午前中から宴会ふたつ掛け持ちで散々ビールや酒を飲んだのでと断るわたしにどしどしビールを注いで寄こします。
前の村のディスコ大会の酒が完全に醒めきらないうちに、ここでも短時間で4人でビール5本くらい開けてしまいました。
今日1日だいぶ飲み過ぎてしまったのを後悔しましたが、それでも厳格なイスラム圏を訪れて暑いのにビールが飲めないというよりはずっとよかったと開き直るしかありません。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
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Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/19 Fri

看藤球比賽

Zunow 3.5cmF1.7
もう一度学校に戻ってくると、校庭の一部でセパタクローの試合が行われていました。
誰もいなければバレーボールのコートにしか見えませんが、セパタクローのコートだったのですね。
少し眺めていましたが、高校生なのにみなうまく、ほぼ日本の高校で行われるバレーボールの試合と同等の試合展開を見せてくれています。
カームロイ君にラオスの人はみなセパタクローができるのかと聞きましたが、話が通じません。
どうやらラオスではセパタクローとは言わずに違う名前があるようなのですが、何と言うのか忘れてしまいました。

何と言うのか調べるべくラオスのセパタクローと検索したら、それとは関係なく上位にヒットしたのが、先の仁川アジア大会のセパタクロー競技で、ラオス代表が準決勝の試合開始時間を勘違いしたため韓国が不戦勝で決勝進出したという記事でした。
韓国の国際スポーツでは、そのアジア大会でのボクシング判定とかソチ五輪でのキムヨナ準優勝の抗議とか物議を醸す出来事が多くありましたが、まさかこれもそのひとつなのではと心配になります(ウィキペディアに大会の疑惑一覧が出ていますがさすがにこの一件はない)。
きっとセパタクローはラオスの国技のようなもので、オリンピックでは採用されていないのでアジア大会が最大の競技大会だったのでしょうが、まさか時間間違えで失格とは気の毒すぎます。

カームロイ君は男子たるもの誰もがこの協議の経験者だと言い、僕もかなりの名手だと、上着を私に託して勝手にコートに入って行ってしまいました。
気が弱そうな少年のところに行き、君は外へ出てと指示して彼らと真剣勝負を始めます。
しかし、しばらくプレーしていないのは見た目に明らかで、空振りとホームランの連続に高校生から冷ややかな目で見られるというマンガのようなパターンを地で行ってしまうトホホ振りでした。
セパタクローは一般にまったく馴染みのない競技ですが、高校生たちの協議でも間近で見るとひとつひとつのプレーがテクニック、スピード、迫力と三拍子そろっていて、実に楽しめる競技だと実感できました。

それからまた女子寮のところに行ってみましたが、やはりカームロイ君の妹さんは戻っていませんでした。
セパタクローでいいところを見せられず、自慢の妹も紹介できずで、すっかり落胆してしまうカームロイ君です。
わたしに妹を紹介したいというより、妹に外国人の友だちがいるんだぞ、オレたちは英語で会話しているんだぞ、すごいだろうと自慢したかったのでしょうが、その目論見が外れた落胆具合は、わたしの想像を超えたものだったことを申し添えておきます。

わたしの方はこっそりラオスの高校の女子寮の中を撮影できたので、落胆することはありませんでした。
寮はもともと後者だったのではと言う作りですが、平屋の建物が50メートル近い長さもあって、8部屋ほどに分かれています。
その部屋には2段ベッドが8台も入っていて、1部屋の定員が16人だということが分かります。
高校には制服は無いようで、着るものは作例のように物干しのような棒が部屋を貫通していて、ハンガーで吊るしています。
そういえば外には物干し場があって、大量に干された衣類が壮観でしたが、恐らくは平日は授業が忙しくて土日に一気に選択するのでしょう。

中国の大学寮の部屋の写真を見たことがありますが、同様に窮屈なもののさすがにこれよりは余裕があり、毎人ごとに小さな机も設置されていました。
ラオスでは、ちゃぶ台で小さくなって勉強しているのが、ひたむきな姿に見えて何だか切なくなってしまいます。
カームロイ君は普通な顔をしていたので、彼の妹も彼自身も同じような恰好で勉強したのでしょう。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
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Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/18 Thu

年軽船工

Zunow 3.5cmF1.7
あちこち歩き回って酔いもほどほど醒めてきたところで、食事の準備ができたと声を掛けられました。
高床の階段をまた上って部屋に戻ると、2列に並んだ皿の行列に対峙するように男性たちが4列になっていて、日本の忘年会を思い出させるものがありました。
ただ、料理の皿をよく見れば、先に降りたときに女性たちが食べていたものと同じだとすぐに気づきます。
男尊女卑的な習慣がある中でレディファーストの文化も見たような気がしました。

食事の最中もアルコール度数のきつい米酒を回し飲みします。
下戸の人はいないようで皆が均等に飲むのがよいですが、たぶん飲めない人はこういう席には来ないというだけのことでしょう。
それにしても、これだけ飲みながらあからさまに酔っぱらう人がいないのが日本とは違うところでしょうか。
中国のように大声で会話するというのでもなく、静かで和やかな雰囲気です。
歓迎されているので居心地もよろしい。

このままでは、夕食も食べて行けとか、泊って行けとかなりそうな勢いでしたが、カームロイ君と目配せして適当なタイミンクを見計らいお暇することにしました。
実際には、その場にいた青年がウチにも寄って行ってほしいと言って招待され、そこでも1時間くらい雑談をして過ごしました。
ここでは山奥で採ってきたという薬草をつけたお酒をご馳走になりましたが、こんなに苦い酒を飲んだのはハンガリーのウニクム以来です。

その家に宴の主人公である村を出る少年の父親が現れ、今日はよくぞ来てくれましたとあいさつに現れました。
しかし、ついぞその主人公の少年を見ることはありませんでした。
早々に酔っぱらってどこかで寝ているのだろうとはカームロイ君の弁です。
その父親と家の家族たち、それに昨日の作例の少女たちが見送ってくれてわたしたちは村を後にしました。

船着き場には少年がひとりいるだけでしたが、彼がパドルを手にしているので船頭さんと言うことなのでしょう。
長いカヌーのような船を準備しながら、にこりともせずに座るように促します。
川幅は50メートルほどでしょうか、水深不明ですが流れはゆるやかでよほどのことがなければ、落ちても死ぬことはないと思います。
それでも断面がV字型の船はちょっと操作を誤ればすぐにひっくり返りそうな危うさがあって、命を少年の手に預けたようなちょっとしたスリルがありました。

作例をよく見ると、船着き場のところに少女が立っていますが、昨日の作例の女のではないですか。
どうやら見送りに来てくれていたのですね。
この時はまた酔っぱらっていたので不注意にも気付きませんでした。
せめて手を振って上げられれば良かったと後悔しています。
川幅はそれほど広くなくても、川向うにある村とはそれ以上の隔たりを感じてしまうものです。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
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Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/17 Wed

頭脳集団

Zunow 3.5cmF1.7
ズノー35mmF1.7レンズの構成が分からずにイライラしていたのですが、探していた本は見つからなかったものの、レンズ構成調べと言えばここだというサイトがあったのを思い出しました。
その秘密のサイトには帝国光学/ズノー光学だけで1ページ割かれていて、15本ものレンズが紹介されています。
ライカマウント大口径御三家の35mmF1.7、50mmF1.1、100mmF2をはじめ、ミランダ用の50mmF1.9やシネ用38mmF1.1があって、なんと幻のズノー・ペンタフレックスカメラ用の4本のレンズが出ているではないですか。
すごい資料です。

本題の35mmF1.7の構成は、4群6枚の一般的なダブルガウスの第1群の前にメニスカスを1枚置いた5群7枚でした。
ライカレンズで例えると、ズマリット(クセノンやズミルックス50mmも同様)を前後ひっくり返した構成、もしくは8枚玉ズミクロンの最後群を取っ払った構成と言えば分かりやすいでしょうか(ますます分からない?)。
実は意外なところに似た構成があって、なんと幻レンズのズノー・ペンタフレックス58mmF1.2が同様の5群7枚です。
もちろん同じ設計ではありませんが、35mmF1.7は優秀な設計で、社運を賭けた自社カメラの看板レンズにそれが受け継がれたのではと想像すると興奮を禁じ得なくなります。

とは言え、やはりズノー35mmF1.7は、性能を云々するのは厳しいレンズです。
昨日、一昨日と絞った作例でせっかくシャープなのに周辺がケラレていてちょっとがっかりなのに、今日の開放に戻した作例では、背景が凄まじいまでに暴れまくってしまっていてため息が出るばかりです。
発売当時に入手した真面目なカメラファンたちは、撮影結果を見てさぞかしがっかりしたことでしょう。
もっともこのレンズが発売された1955年には、まだ明るい35mmレンズはほとんどなかったので、暗い中でも撮影可能になったことで十分な価値があったのかも知れないですが。

ただ、この描写はレンズ本来の調子が出ていない可能性があることにも言及しておいた方がフェアでしょう。
ズノーに関する記述で、50mmF1.1の話になるのですが、ガラスの製造が安定していなかったために隙間や鏡胴との間に職人が詰め物をして微調整していたということを読んだことがありました。
詳細はよく覚えていませんが、その辺の事情を知らずにオーバーホールしたリペアマンが詰め物を元に戻せずに組み上げたために本来の描写を失ったという同レンズが多く存在しているようだというような内容でした。
50mmF1.1ほど微妙な調整をしていなかったのかも知れませんが、35mmF1.7だって同様なことが言えるでしょう。

わたしのズノーはオリジナルの売りではないのではないかと思い、他に開放の作例が出ているサイトなどないかと探しているのですが、参考になるものが見つかりませんでした。、
高価なコレクター向けレンズを持っている人の多くはわたしのように使わずに所蔵して、将来の値上がり時まで防湿庫に眠ったままだとよく聞きますが、ズノーあたりはそういう憂き目に合っている個体が多いのかも知れないですね。
もともとの製造数がかなり少なかったことは言うまでもありませんが。

作例の描写を見て思うのは、このレンズがライカ用ではなく、シネレンズの転用なのではと思えることです。
35mmシネ用レンズにこんな描写のレンズがいかにもありそうに思えるのですがいかがでしょう。
わたしは、こんな表現のレンズは他に替えがたいと愛着を覚える人間ですが、中央の少女やお母さんなどがやはり何とも味のある描写をしていることにより注目したいと思います。
まさかシラミを取ってもらっていたわけではないと思うのですが、そうだと言われればシラミつぶしの母娘というタイトルでも納得できる描写だという風に見えてしまうのです。
ちなみにこの少女はこの表情が語るように外国人にも物怖じしない好奇心の塊で、この後わたしの行く先にずっと付いて来たのでした。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/16 Tue

老撾的民族

Zunow 3.5cmF1.7
タイ北部、ミャンマー東部、ベトナム北部、中国雲南省、貴州省と並んでラオスも少数民族のたいへんに多いところです。
いまあげた地域は山岳地帯が多く、交通の便は未だ良いとは言えない場所がかなりのパーセンテージを占めます。
例えばタイ人や漢族などマジョリティである支配民族に追われて、生活しやすいとは言えないものの危険に脅かされることのない山間の地域に住まざるを得なくなったマイノリティの歴史の悲愴を表しているのではないかと思ってしまいます。
交通が遮断されていたことによってさまざまな独自文化が生き残っているという皮肉も含めて、なぜにここの人々は斜面に家を建てたり、最寄りのバス停から2時間も歩くような辺鄙なところに住まざるを得なくなったのかと考えると、つらい気持ちになるのを抑えることができなくなります。

カームロイ君が連れて来てくれた村は、バン・ホーアイ・イエン村という名前だそうですが、ここもカム族という少数民族の村だと教えてもらいました。
実は、カームロイ君自身もカム族で、妹が村の近くの高校で寄宿生活しているのもそのことと関係あるのだと想像できます。
カム族は独自の言葉を持っているということでしたので、カム語というのか彼ら自身の言葉で会話すれば、初対面同士でも警戒心はすぐに解かれることでしょう。
わたしたちが村で歓迎された理由はそういうことだったのだと後で知りました。

ラオスのマジョリティは、ラオス人とかラオ族と呼ばれる人たちです。
民族分布などの確認を怠ってしまい、ラオ族とカム族の人口比や、民族同士の近親度合いはよく分かりませんし、わたしは会う人ごとにあなた何族と聞いて歩いていたわけではないので、偏った感想かも知れないことを恐れずにいうと、ラオ族は色白で中国人と区別がつかない人もいそうな印象で、カム族は総じて浅黒い人が多く、東南アジア的です。

盆地と言うか谷あいの狭いエリアに家が密集するような小さな村ですが、全体で30世帯以上あるとのことでしたので、人口は150人以上はいるということでしょうか。
子どもが5人いるとか、うちは7人だなどと会話したので、人口300人くらいと推計してもはずれではなさそうです。
村には小学校もあって、看板にフランス国旗のマークが付いていたので、旧宗主国が一定程度の補助をしたのだと思われます。
こういうケースでは授業でフランス語も勉強するのかも知れませんが、英語もフランス語も話す人はまったくいない様子でした。
民族的な対立は少なくとも表立ってはないと思いますが、ラオ族はヴィエンチャン周辺など平地に多く、カム族はルアンパバン周辺から北部の山岳地帯に多いという棲み分けになっているようでした。

そういえば、民族衣装と言うと語弊があるかもしれませんが、昨日や一昨日の作例の女性が履いているズボンは、あきらかに既製品とは違います。
もしかしたら、以前は上下ともにオリジナルの柄や刺繍の入ったカム族の衣装を着ていたが、グローバル化によって西洋式のシャツが当たり前になったものの、ズボンには辛うじてこだわりを残しているということかなあと思わせます。
そのことを質問せずに村を後にしたことがたいへん悔やまれました。

わたしは風景写真をあまり撮らない習慣になってしまっているので、いつも帰国後にしまった、村の全体像が分かるような写真を撮っておけばよかったと後悔することしばしばなのですが、今回は35mmレンズを久々に持参したせいか今日の作例のような村の建物が分かる写真も撮っていました。
作例ですぐに気付くようにこの村には比較的最近電気が敷かれたそうです。
川の水がありますし、山には泉も豊富だそうで水にも困っていないのが自慢のようでした。
冒頭に辺鄙なところに追い詰められてというようなことを書いてしまいましたが、意外とライフラインとかインフラなど一概にひどいといえないところも多いということのようです。
暑さを除くと、案外住みやすい村のように見えてきました。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/15 Mon

越絞越黒

Zunow 3.5cmF1.7
あまり外国人がやって来ないような、写真に抵抗感が無いような村では、広角で被写体にぐっと寄るのが昔のわたしのスタイルです。
本当は昔からのスタイルですと書きたいところですが、今は、ほぼペッツバール一筋になりかけているので、遠目から被写体をそっと捉えるのが今のスタイルです、というのが正しいでしょう。
もしくは、声をかけてポートレイト風に撮るのがといえばよいか。
ルアンパバンの古い町並みを背景に現地の人の生活を写すというような目的で、今回は35mmレンズをお供にしていましたが、これが村では大いに役立ちました。

ライカでもノーファインダーは一般的な撮影法と言っても言い過ぎではないと思いますが、α7ではノーファインダーながら液晶をチラ見することで、フレーミングを完璧にすることができます。
そんな撮り方ならこういう村では、撮影されていることにほとんど誰も気付きません。
作例の手前の女の子はカメラを意識しているのではなく、突然現れた外国人に好奇心を寄せているだけです。
その他のふたりはもちろん、犬だって、わたしが撮影していることに気付かずにあらぬ方向を向いてしまっています。

この液晶チラ見ノーファインダーが正統派スナップがとても楽しいかと言えば、そこまでいかず、まあまあ楽しいがしばらくすると飽きるというくらいが本音です。
自然な姿を撮るのは面白いのですが、声掛けしたり、カメラを意識しているところでも、純粋な彼らは超然としていたり、逆にカメラを意識して固くなってしまったり、さまざまな表情を見ることになるので、それもまたよし、あるいはその方がコミュニケーションがあって楽しいと感じてしまいます。
どういうやり方でもよくて、好きなように試せばいいという程度のことですね。

使用したレンズはずいぶん久しぶりに引っ張り出したズノーの35mmF1.7でした。
フイルムでは何度か使いましたが、デジタルの35mmフルサイズで使うのは初めてで、まずこのレンズで撮ると4隅がケラレることを知りませんでした。
これも近距離では光量落ち程度であまり気にならなくなりますが、無限遠などではかなり目立つようです。
絞れば軽減されるのではと考えるのは浅はかで、作例はF5.6に絞っていますが、むしろかえって4隅の黒さが目立ってしまっています。

現行レンズでこんなにケラレてしまうようなら、ますば雑誌などでさんざん叩かれるでしょうし、売れなくなることは間違いありません。
しかし、1950年代はまだおおらかな時代で、暗いが全画面均等に写る広角と、とても明るいが周辺は使いものにならない広角があれば、後者を支持する人が多くいたということでしょう。
事実関係を調べていませんが、確か当時日本光学が世界最高速35mmとしてF1.8という高性能を出して話題になり、それをわずかでも上回ろうとしたのがズノーだったのではと記憶しています。
開放でのボケの豪快さもすごいですが、いくら明るいとはいえ、この写りで高価なレンズを買った人からクレームが来なかったのか気になります。

当たり前ですが、絞ればシャープで解像力もぐっと上がるようですが、それではわざわざこんな高速で高価なレンズを買う意味がありません。
ズノー光学と前身の帝国光学は、ズノー50mmF1.1初期型の通称ピンポン玉で、とても商品になるとは思えないような写りのレンズを世に出す前科がありますし、大博打と言われたズノー・カメラが大失敗で脆くも消滅してしまった光学メーカーです。
しかし、わたしは50mmF1.1の後期型を持っていますが、頼りなげな描写ながらも繊細で美しい表現をする魅力的レンズだと思っています。
現在になっても、一部の代わりろモノレンズファンにしかアピールしないレンズばかり世に問うてきたズノー光学を再評価したいのですが、何しろ手に入るレンズが少なすぎて広がりを見せることができないでいます。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F5.6】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(2) | 2014/12/14 Sun

女性的円卓

Zunow 3.5cmF1.7
今日、開設したもののまったく使っていなかったフェイスブックにメッセージが届いていました。
開くとラオスからのようで、おっ、カームロイ君からかと思ったものの違っていて、誰から7日ちょっとピンと来ません。
内容を一読してみて、思い出したのが宿泊したホテルのレセプションをしていたアルバイトの大学生でした。
古民家を改築した小さなゲストハウスのようなホテルで、わたしはスーツケースのハンドルが壊れてしまったので、そのレセプションの青年に直してくれるカバン屋とか修理店のようなところはないかと聞いたところ、知らないが僕が直そうと買って出てくれました。
彼の奮闘努力も実らずハンドルは直りませんでしたが、30分以上も頑張ってくれたので少額のチップを渡してしばらく話し込んだのでした。

彼はこれから1時間かけて実家に帰るのだと言っていました。
タイミングが合えば連れて行ってもらいたかったなあと言うと、貧しい家だけど、次回ここに来た時はぜひ案内するからと言って彼は去って行きました。
その時わたしは彼にアドレスを渡していなかったように記憶していますが、彼はわたしの名前で検索してフェイスブックに辿り着いたのでしょう。
あなたがいなくなって1週間になり寂しい、またここへ来てください、わたしの家族もみなあなたを歓迎します、などという内容でした。

まったくどうでもよいことですが、フェイスブックでメッセージを返信したときに端の方に「知り合いかも」と何人かの顔写真と名前が出ています。
ラオス人とやり取りしたからなのでしょう、知り合いかもはことごとくラオス人でしたが、それがみな若い女性なのです。
しかも加工されているからか、みな美少女ばかり。
「友達になる」を片っ端からクリックしていきたくなってしまいました。
ラオスでの会員数を延ばすために、フェイスブックでサクラの女の子を集めたとかではないかとの疑惑も感じます。

閑話休題。
まだ午前中だというのに、現地のご馳走をいっぱい出され、次々と酒を飲まされして、このままではこの場でぶっ倒れるのではと、皆さんに断って少し散策することにしました。
どうも高床住居の2階は男性向け宴会場の趣で、下に降りてみると女性たちが食事の真っただ中でした。
米酒こそ飲んでませんが、中央にはラオス国産ビールのビア・ラオがどんと置かれ、いける女性はけっこういるようでした。
わたしは飲むとすぐに真っ赤っかになりますが、見ていた限りこちらの人はどんなに飲んでも顔色を変えませんので、どの人が飲んでというのがよく分かりません。

今日祝ってもらってる青年が若くして村を離れてしまうように、若い人はどんどんと出て行ってしまうのでしょう、この集まりの中にいるのは明らかに主婦っぽい人か小学生くらいの子どもしかいません。
カームロイ君やホテルの青年のように、地方からルアンパバンに来た大学生の多くは観光産業でアルバイトするパターンが多いようですので、書き入れ時の土日にはなかなか実家に戻れない実情も影響していると想像できます。
中国だと春節と呼ばれる正月にみな帰省しますが、ラオスではタイ同様の水かけ祭りのソンクラーンがお正月になるのだそうです。
だいたい5月がソンクラーンでその時期なら、帰省した学生などにも会えたことでしょう。

作例に写っている料理は絶品だったトリと野菜のスープです。
タイでもおなじみのステンレスのスプーンでいただきます。
いちばん手前のラーメンどんぶりのような入れ物に入って赤い液体は何だか想像つくでしょうか。
潰したブタの血の中に煮込んだ肉やモツなどを入れた、名前不明の食べ物です。
美味しいし体にいいから試してご覧と言われましたが、さすがにこれを食べるのは勇気がいりました。
ブタの血は生臭くないですが美味しいも感じられないやはり血は血であるという味わいで、毎週豚の脂の豚骨ラーメン食べているんだから血くらいどうってことないと言い聞かせながらどうやら食することができました。
ラオスには爬虫類や昆虫なども食べるのがそれほど珍しいことでは無いようなのですが、幸いそれが出で来ることはなく、全般に美味しいものばかりだったのは幸運だったと思っています。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/13 Sat

在楼上喝米酒

Zunow 3.5cmF1.7
村人に呼び止められてカームロイ君が何やら話し込んでいました。
外国人を連れて来られちゃ困るよなどと咎められる可能性があります。
ラオスは社会主義の国なので、外国人がどの程度踏み込んでいいのかわたしには分かりませんし、カームロイ君だってそんなことに詳しいとは思えません。
ひとしきり話を聞き終わったところでふたりに笑顔が見られたので、どうも悪い話ではなさそうです。
カームロイ君が、これからお酒を飲みに行くのですがよろしいでしょうかと聞いてきました。

村人に案内されて高床式の住宅にお邪魔することになりました。
階下には女性がたくさんいて、わいわいと調理したりそれをつまんだりと何やら盛り上がっている雰囲気です。
2階に上がると床が抜けてしまうのではと心配するほどの人口密度で人が集まっていました。
彼らはわたしたちを見るなりスペースを作ってくれ、どうぞどうぞとばかりに座らされました。

今度は、長老とも呼べるような年配の男性にカームロイ君が話を聞いています。
彼の翻訳によれば、何でもこの家の長男が学校を卒業してルアンパバンの学校に行くことになったので、村中の人が集まってお祝いしているのだそうです。
そんなところへ外来の人が来てくれて、しかも外国人だというのだから、長男の前途は明るいとみんなが幸運を感じているとの説明までありました。

早速、グラスを渡されて甕から白い液体をどくどくと注いでくれます。
さあと飲むように合図され、恐る恐る飲んでみると、ややぶくぶくいっているような軽い酒です。
若い米のお酒ですかと聞くとそうだとうなづくので、これは間違いなく日本のドブロクそのものです。
日本でも手製のものを1度だけいただいたことがありますが、ぶくぶくしているのが同じで、味も爽やかな酸味があって、まるでリンゴの炭酸割りのようだというのがそっくりでした。
美味しいですねと言うと、すぐさまカームロイ君が翻訳してくれて、よかったというように人々がどっと笑いました。
それが村人の歓迎の合図の代わりだというかのように。

続いて出てきたのは、トリのスープと例のもち米でした。
朝食は1時間も前に食べたばかりですが、このトリが絶品で美味しくいただきます。
カームロイ君によると、この記念すべき日のためにブタ1頭と多くのニワトリが絞められたそうで、彼自身もこれほどに美味しいトリは初めて食べたと興奮気味です。
そうこうしているうちに今度は瓶に入った無色透明の液体をコップ半分くらい注がれました。

今度は聞くまでもなく、米の蒸留酒で、たぶんアルコール度数50度前後のものです。
飲めるかと聞かれたので少々と答えましたが、さすがに午前中からこれは厳しいです。
しかし、コップ半分を一気に飲み干すと拍手が起こり、またコップ半分ほど注がれました。
えっと思うと、そのコップをわたしの左隣の人に渡すように言われます。
車座に座っているのでこのように順番に酒を飲んでいくのが、この村のしきたりのようでした。
小さな村のことで、みなが等しく飲もう、ということなのではないかと思いました。
彼らは誰ひとりとして英語を話せませんでしたが、ドブロクと米焼酎(?)ですっかりわたしは村人の仲間入りを果たしていたのです。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(2) | 2014/12/12 Fri

白天学習晩上上班

Zunow 3.5cmF1.7
昨夜は暗くなってからの到着でナイトマーケットを冷やかして食事して終わったと書きました。
実際その通りなのですが、食事の時に翌日の行動を決する出合いがありました。
そう言うと大げさになってしまいますが、ウェイターの青年が話しかけてきたときにわたしも彼もヒマだったので延々と話をしたのですが、翌日は観光化されていない田舎に行くつもりだというわたしに、それなら僕がバイクで連れてってあげるよと話がまとまってしまったのです。

彼はカームロイという名前で、ルアンパパン市内の大学で英語を勉強しているのだと言います。
メコン川を見下ろす小さな野外レストランのウェイターをやっていますが、バイトの内容はそれだけではなく、夜の閉店から朝の開店まで店番というか、店内で寝ているのだそうです。
店長と経理を掛け持ちというのはよく聞きますが、ウェイターと警備の掛け持ちもアジアではありがちなようですが、考えてみれば拘束時間の長いたいへかな仕事です。
ウィークデイは大学に行っているというので、毎日厳しい生活だということが想像できます。

それでは、労をねぎらって、かつ明日の景気付けでもと、店を閉めてからビールで乾杯しようということになりました。
1時間後にということだったので、わたしはレストランの向かいにあるマッサージ屋でフットマッサージを受けることにしました。
英語がほとんど通じない女の子にラオス語を教わりながら施術を受けます。
ラオス語と東北部のタイ語はほぼ同じだと聞いたことがありましたが、ということはラオス語はタイ語の方言のようなものかも知れません。
ありがとうのタイ語はコップクン・クラップですが、ラオス語ではコップクン・チャイ、こんにちははタイ語でサワディー・カップですが、ラオス語ではサバイディーとさすがに少しは似ていることが分かります(他はすっかり忘れましたし、例にあげた2つも聞き間違えているかも知れません)。

マッサージ中に早くもカームロイ君がやって来て、わたしたちの会話を手助けしてくれました。
今日は金曜だというのにお客さんが来ないので、定時より30分前に閉店になったということだそうです。
1時間600円ほどのマッサージを終えて再び向かいのレストランに戻ると、照明の消えた薄暗い店内でビールを出してもらい乾杯します。
そのうち、彼の友だちの同級生の青年と、マッサージ屋の英語が少し話せる女の子と加わって、4人で飲み続けます。
と言っても総勢4名でビール大瓶5本ですから可愛いものです。
女の子も20歳だと言っていたので全員同年齢でしたが、ビールが好きなようでした。
1本150円は彼らにとってけっして安いものではないのでしょう。
ちなみに、カームロイ君は月何日間働くのか聞き忘れましたが、月給はたったの15000円だと自嘲気味に話してくれました。

翌日の朝もここで食べるのかと思っていたら、途中で買って僕の家で食べましょうと彼が提案します。
朝、総菜屋さんのような調理済みの食べ物を売る店が何軒もあるのはタイとよく似ていると思いました。
やはりスープやカレーなどを頼むと、小さなビニール袋にいれて口をゴムでうまく縛って手渡してくれるところまでそっくりでした。
全5品を買って800円くらいになったのは朝食しては高いと感じます。
昨日のレストランも高かったのですが、そこは観光客用だと思えばむしろ当たり前ですが、完全にローカル向けの店でもこんなにするとはルアンパバンは物価が高いということになります。
それとも最近の円安の恩恵でしょうか。
今週末の選挙では、旅行しては損をして、レンズを買いたくても高くて替えない状況を考えると、少なくとも得意になって景気を上向かせたとうそぶいているあの党には絶対投票できません。

余計な話はともかく、彼の大学のそばの下宿先に着いてびっくりだったのは、ルームメイトがいるとは聞いていたものの、それが3人もいたからでした。
4畳半ほどの部屋にはたち前後のお兄さんたちが4人で寝食をともにするとはすごいものです。
作例のように円座になって、みな箸を使わず手で器用に食べます。
わたしには箸を用意してくれましたが、郷に入れば郷に従えでわたしも手の食事に挑戦します。
日本では寿司の時のみ手で食べると説明しましたが、考えてみるとパンやハンバーガーなんかは手づかみなので、世界中手で食事するのはそう珍しいことではないのですね。
米はもち米で、ちょっと指先で握って形を整えてから、お惣菜の浸けて一口で食べるのが地元の粋な食事法です。
不器用なわたしですが、これにはすぐ慣れて彼らに負けずに朝食を目一杯摂ることに成功しました。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/09 Tue

第十個国家

Zunow 3.5cmF1.7
先週までのカンボジアの作例の余りのように思われるかも知れません。
自分で書いていて恐ろしいのですが、これはカンボジアではなくラオスでの作例写真です。
カンボジアへ友人と旅することが決まった後、わたしはカレンダーを眺めながら、スケジュール的にはぎりぎりどうにかりそうだと結論して、フィリピンとラオスへの航空券を立て続けに予約しました。
その理由はただひとつ、アセアン10ヶ国年間制覇という、意味を持たない記録を達成するためだけのものです。

フィリピンはたまたま航空会社のプロモーション中で格安でチケットを手に入れることができたのですが、さすがにラオスはそうはいきません。
そもそも直行便が無いのは言うまでもないですが、乗り継ぐにしてもあまり効率的なものが見つかりませんでした。
いつもの香港(深圳)経由は諦めざるを得ないのですが、他の路線にしても現地滞在が1日だけになってしまい、さすがにそれで行くわけにもいきません。

熟慮を重ねて到達した結論は、JALのバンコク便の活用でした。
あまり利用はしたくないのですが、往路復路とも夜行便というタフな日程を組むことで、現地滞在を2日に引伸ばせそうです。
この日程で考えられるのは首都ヴィエンチャンか古都ルアンパパンかの選択です。
古い町並みが残るラオスの京都とも呼ばれるルアンパパンの方が滞在時間は短くなるものの、魅力で上回るのは間違いありません。
躊躇なく、タイのLLCであるバンコク航空のオンライン予約を入れて、羽田→バンコク→ルアンパパン→バンコク→羽田のルートを確定させました。

行きは、仕事を終えてから一旦帰宅して夕食とシャワーの後、慌てて羽田空港へ向い、帰りはバンコクからの夜行フライトで6時に羽田に到着してそのまま勤務先に向かうという体に厳しい日程です。
そこまでしながら、乗り継ぎが悪いため、往路バンコクに朝5時に到着して午後3時のフライトまで時間を潰さなければならず、復路バンコクに午後2時に到着して10時まで時間があるという、ルアンパパンとバンコクの滞在時間がそれほど変わらないのではというバランスの悪さが際立つようなことになってしまいました。
実際、バンコクでは昼食以外特にすることもなく、早朝のカフェでタイのコーヒーを啜り、腕時計のベルトが切れかけていたので交換しようとMBKというショッピングモールに行ったものの高くて替えそびれるなど中途半端に時間を過ごすばかりでした。

ルアンパパン行きの便も1時間遅れになってしまい、現地着が6時近かったのですが、そのため期待していた夕日は辛うじて機内で見るだけで、空港を出る頃には真っ暗です。
短期旅行での1時間のロスは痛いものだと身に染みました。
待望の初日は、夕食とビール、それに現地の名物であるナイトマーケットを冷やかす程度で終了です。
日本とタイとの間には2時間の時差があるので、この日は26時間を過ごししたということになるのですが、その時間の長さの割には移動ばかりでほとんど何事もない無駄な1日と言っていいでしょう。

そのような訳で今日の作例は、その翌朝の僧侶の托鉢の様子を撮影したものです。
世界遺産登録されていることもあって超ツーリスティックな町であるルアンパパンでは、西洋人が僧侶に向かって托鉢しており、何とも不思議な世界でした。
まだ6時半くらいで薄暗く、カメラのISO感度をどーんと上げないと撮影不可な状況です。
観光客のストロボの嵐のようなところもありました。
【Alpha7/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(0) | 2014/12/08 Mon

可愛奉行

M8/Zunow 3.5cmF1.7
四川への旅は終わりましたが、もう1日だけ番外編をアップします。

帰国便が午前中だったため、その前日に成都を経ち深圳に前泊というかたちで滞在しました。
あれ、成田~広州往復ではなかったかと追及されそうですが、あまり土地勘の無い広州に泊まるより、深圳にした方が良いと考えました。
深圳から広州までは、中国新幹線で1時間です。

しかし、深圳に到着する前、成都空港でも一悶着起こりました。
チェックインしようとすると、わたしの予約がキャンセルされてるというのです。
濾定のネットカフェで入れた予約で、カードの支払いも済んでいます。
その旨伝えるも相手にされず、トラブル対応の空港職員に引き渡されます。

いつも利用している旅行社で今までこんなトラブルはなかったんですがと言うと、その旅行社のカウンターが空港にも設置されていてそこでの交渉になりました。
そこで調べてもらうと、確かに一度支払いは受けたが、何らかの理由で払い戻されやはり予約は取り消されています。

理由が分からないのが怖いですが、すぐさま嵐山の警察のことが思い浮かびました。
何か警告的な示唆行為だろうかとも考えますが、こんなことをする意味が分かりません。
電子取引上のちょっとしたトラブルだろうと思いこむことにしました。
痛かったのは60%オフでの予約が取り消されたため、買い直したチケットは正規運賃になってしまい、5千円以上損したのはちょっとした額とは言えません。

また、このトラブルでもめているうちに時間がなくなり、空港で食事をする時間がなくなりました。
空腹をかかえて深圳に降り立ち夕方近くの昼食になりましたが、これはのちのち好い結果をもたらすことになるとはこの時は気付いていません。

深圳では、翌朝一番の列車の切符を買いに行ったり、次回の旅のための地図を購入したりと所用を済ませます。
そして、ようやく落ち着いたところで、すっかり常連となってしまっているコスプレ・カフェに顔を出します。

先月写真を撮ったアップルに見つかって、さっそくいつ来たかとか帰るかとか質問攻めにあいます。
実は個人的にはお気に入りだったチェリーは辞めてしまっていました。
Vサインの日本語学習中の女の子も本業が忙しいらしく、あまり出てこないらしい。
かわっていちばん最初に来たときに、ひそかに写真を撮らせてもらっていたアニーと3人で話しをします。

アニーは四川省出身で、その四川を旅してきたのだと話すと、湖南出身のアップルに勝ったと思った訳ではないでしょうが、何とも嬉しそうです。
ただ、丹巴はもちろんのことせいぜい成都程度しか行ったことがないようで、話や写真に目を輝かせているのが印象的です。

もう8時になっていて、夕食は済ませたかと聞かれますが、成都空港での一件を話してこれから食べるところだといいます。
それなら、わたしたちは9時にあがるので、いっしょに食べに行こうと唐突に誘われました。
いや、実はこちらから誘おうと目論んでいたのですが。

そして出掛けたのが近くの火鍋屋さんです。
火鍋は重慶がもっとも有名で、アニーはその重慶の隣町の出身ですので、当然のごとく鍋奉行を襲名して何から何までを仕切ります。

それにしても彼女たちの食べること食べること。
早い時間ですが、すでに夕食を済ましてたはずの彼女たちは、注文した皿を次々に平らげていっては、もう食べれないとのたまい続けていました。
可愛かったのはアップルで、一皿ごとに席を立ってはその場でぴょんぴょん跳ねて、胃の中を圧縮していました。

さて、楽しい時間も過ぎて店を出るときが来ます。
会計しようとするとその必要はないと止められました。
この店は前金製だそうで、すでに彼女たちが支払いを済ませていたのです。
当然それは許されないので、返そうとしますが、かたくなに受け取ってくれません。

では、今度はわたしが日本料理を御馳走いたしましょう。
むしろありがたいくらいの次回の約束まで取り付けて、この場は解散となりました。
どうやら、四川を旅してお金を使ったであろうわたしに対して、精一杯の心遣いをしたということのようでした。
なんだか、じーんと来るような話です。
旅の締めくくりとしても、最高だと自負します。

しかし、思わぬ旅の最後がわたしを待っていました。
もう帰国するだけと思っていた翌朝、朝一の列車に乗り込むとまだ、5分ほど時間があります。
向かいのホームに止まっていた列車を撮ろうとホームに降り立つと、わたしの列車がおもむろに発車してしまいました。

まさに何事が起きたか分からぬというように呆然と立ち尽くしましたが、荷物は電車の中です。
最後に大失態を演じ荷物を失ってしまうのでょうか。
仕方なしに駅員に説明したうえで、15分後の次の列車に乗り込みました。
この列車も早く出発したようです。
時計で確認すると4分も早くフライングで動き出しています。

駅員と車掌に伝えて荷物は広州駅で受け取ることができました。
この分ですと、次の成田行きの飛行機が心配ですが、さすがにそこまで、交通機関を見守る神様がいたずらすることはなく、どうにか無事に旅を終えることができました。
【M8/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(11) | 2009/08/16 Sun

自我嫌悪

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
翌日の昼過ぎの便で、成都から四川省を離れることになっています。
濾定から成都の間の、できれば成都寄りでどこかいいところがあれば、1泊するスケジュールを組みたいと考えていました。
調べるとありました。
雅安市上里鎮は、清代の木造古建築が密集する古鎮です。

嵐安を早朝に出発したので、昼過ぎには到着の見込みでしたが、渋滞に巻き込まれたため雅安市内に入ったのが3時半になってしまいました。
しかし、拾う神もあったようで、わたしがバスの中で僧侶とのやりとりを聞いていたすぐ後ろの親子も、雅安に行くところで、彼らの助けで上里方面へのバス停まで簡単に辿り着けました。

さらにバス停では、1時間に1本のバスが出たばかりだったのですが、上里にもどるワゴンの親子が30元で乗せてくれることになって待ち時間なく上里へ向かえました。
あとで聞いたらタクシーだと200元くらかかるそうで、あなたはなんてラッキーなんだと現地のガイドにあきれられます。

安宿探しが心配でしたが、これもその親子の知り合いが宿を始めたそうで、紹介してもらいます。
紹介してもらうまでもなくあちこちに宿泊施設はありましたが、案内されて行ったその宿は、入場料の必要な歴史的四合院建築の一角で、古さと静かさは申し分ありません。
シャワー付きで60元は、入場料10元免除の特典付きを考え合わせるとたいへんリーズナブルで、何より遅く到着して宿探しの手間を省略できたのが助かりました。

宿の手続きを終えると、若い女性が現われて、ガイドはいかがですかと売り込んできます。
中国語でガイドされても恐らく歴史的な単語はちんぷんかんぷんでしょうし、何より時間がないのでさっさと見て回りたいと断ります。
しかし、あまりに熱心に案内すると迫るうえに、その女性はなかなかの美人で、親しくなったら旅の最後の食事くらいお付き合いいただけるかも知れないぞと妙な気を起こしてOKしてまいました。
1時間でまわるというのでその中で総論をつかんで、後にひとりで各論を見て回れますし、通常60元だけどここの宿泊者は半額になるというおまけも付きました。

さて、最初に教えてもらったのが、雅女という言葉があるということです。
雅安の女性ということですが、年の半分以上が雨で湿度が常に高く日もでないことから、色白で餅肌の美人が多いということを、みやびとひっかけて言う言葉です。

さっそくあなたは雅女の典型だと賛辞を贈ったところ、わたしの子どもの方がずっと色白で…。
子どもがいるそうです。
がっくり…。

がっかりはそれだけではありません。
観光客がやけに多く、迎え入れる村の方も商売っけ丸出しで、福島の大内宿以上に全家屋商店・レストラン状態で賑やかなこと右に出るものなしです。
静かさを求めて来たのに、古鎮のテーマパークに来たかのようです。

そんながっくりと、昼間の渋滞のいらいら、旅の疲れの蓄積などが重なったからでしょうか、ついつい美人ガイドさんに絡んでしまいました。
チベット産のお茶を加工して飲ませてくれる販売所がありました。
観光地によくある試飲して気に入ったらぜひ買ってください、ガイドにもコミッションが入りますというアレです。

時間がないのに、そんな所に連れて来られて怒りが爆発してしまいました。
これを作ってる会社の社長は漢族でしょう、会社ぐるみでチベット人の土地に踏み入って文化を持ち去ってしまう、それで金もうけしての金で土地も奪う、それが漢族のやり方で、そうやって領土を拡大しようとする、チベット、ウィグル、モンゴル、ヴェトナム、アフリカ諸国、南沙諸島、尖閣諸島…。

彼女の悲しそうな顔に気付いて、言葉を続けられなくなります。
こんなことを言っても仕方ないし、女性に対していきなりこれでは最低です。
すぐに詫びましたが、もうこんなことは取り返しがつかないことです。
最悪の空気の中、以降のガイドの説明が耳に入らなくなりました。

この賑やかな村で、ひとりになってみるとものすごく孤独を感じました。
自己嫌悪もあって、写真を撮ることもおっくうになります。
いちばん古い村の雰囲気を残しているところで1枚撮影して、いったん部屋に戻ることにしました。
【M8/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(2) | 2009/08/14 Fri

美人谷全景

M8/Super Rokkor 5cmF1.8
辛苦の山道を越え、ようやく辿り着くことのできた桃源郷。
正式名称を丹巴県丹底郷所ス山というこの村こそ、伝説の地、美人谷です。

この村で生まれた女性は、すべてがすべて美人。
ただ、美しいだけでなく、教養や歌舞にもすぐれ、典雅たることこの上なし。
いつの頃からか、この村は美人谷と呼ばれるようになったようです。

わたしは、2年前、同じ四川省の九寨溝を旅するにあたって美人谷のことを知り、それ以来ずっと気になっていました。
木陰でおしゃべりする女性たち、一列になって踊る女性たち、愁いをふくんだ瞳でレンズを見据える女性たち、民族衣装に身を包んだそのすべての女性があまりに美し過ぎました。
いつか訪れなくてはならない、そしてその機会はついにやってきた訳です。

はやく美人谷の美女を紹介したいところですが、丹巴県の愛称を紹介するのを忘れるわけにはいきません。
千稠之国(稠は実際には石ヘン)がその名です。
稠(実際には石ヘン)とは、稠楼、すなわち石の塔のことで、写真に見るような塔があちらこちらに見られます。

千稠というと大げさに聞こえますが、実際に数百はあるようで、あるいは盛時にはほんとうに千以上あったのかも知れません。
塔は、村にひとつだけの場合もありますが、多くは集中して同じ村にいくつもあったりするケースが多いようです。

その塔が何の目的で建てられたのかは、未だ不明なのだそうです。
この地では戦争が多かったからとか、異民族が伝えたとか、いろいろな説がまことしやかに伝えられますが、決定的とは言えません。
民俗学的には解明が急がれるのでしょうが、いち旅人としては謎は謎のまま永遠に解かれることなく残っていて欲しいと願ってしまいます。
【M8/Zunow 3.5cmF1.7 F1.7】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zunow 3.5cmF1.7 | trackback(0) | comment(10) | 2009/07/30 Thu
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