レンズ構成名是正委員会

Canon 28mmF2.8
昨日、オルソメター型という表記をしましたが、それは間違いだったかも知れません。
オルソメターは、1926年ツァイスのメルテによって設計されたレンズで、同型のレンズを一般にオルソメター型と呼ぶようになったと思われます。
しかし、キングスレークの「写真レンズの歴史」によれば、オルソメターよりはるか以前の1903年にシュルツ・アンド・ビラーベック社のアーバイトが3枚貼り合わせの対称型レンズ、ダゴールに空気間隔を入れたオイリプランで特許を取ったとあり、その後ルドルフ博士はダブル・プラズマットやザッツ・プラズマットを同じような構成で設計しています。

当時ルドルフが在籍したマイヤー社では、オイリプラン、プラズマット双方の名でレンズを販売していて、キングスレークはマイヤーがオイリプランの名前の使用許可を受けたのだろうと想像しています。
シュルツ・アンド・ビラーベックは今ではほぼ無名で、オイリプランの経緯のこともよく分かりません。
同社が製造工場を持たない販売会社だったとの情報もあることから、シュルツ・アンド・ビラーベックがオイリプランの特許を取ってからルドルフが設計してマイヤーが販売したか、ルドルフの設計を何らかの事情でシュルツ・アンド・ビラーベックで特許を取ってマイヤーが販売したと考える方が自然です。
また、オイリプランの特許が20年経過して無効になったことで、メルテがオルソメターを設計販売したというように考えられます。

以上を踏まえれば、慣行上、オルソメター型ではなくオイリプラン型と呼ぶ方が正しいのではないかと思います。
それでも敢えてオルソメター型と呼ぶのであれば、オルソメターにオイリプランとは違う独自性があるからだと考えられますが、キングスレークによればオイリプランはダゴール(F6.8)よりF4.5と明るくなり同時に画角も大きくなったとあるので、オルソメターによってオイリプランから大幅に改善されたことがあるとは考えにくいでしょう。
オルソメターにはわたしの知らない優位性があるのでしょうか、それとも慣習的にオルソメター型という言葉が使われ続けているのに過ぎないのでしょうか。

単に慣習でオルソメター型と呼ばれているに過ぎないのなら、本来は何型と呼ぶべきかは定説がないようで、いくつかの言い方を見つけました。
1つはキングスレークによる「空気間隔入りダゴール型」。
もう1つは、オールドレンズドットコムにある「プラズマット型」(http://oldlens.com/boyer%20saphir%205cmf35.html)。
当然、オイリプラン型という名称も筋がとおります。
今回に関しては、kinoplasmatさんには恐縮ですが、空気間隔入りダゴール型、プラズマット型ではそれぞれダゴールやキノ・プラズマットと紛らわしいことから、端緒である特許を取った名称のオイリプラン型と呼びたいのですがいかがでしょうか。

さて、本日の作例ですが、大阪十三の撮影行でのスナップです。
銅像に服を着せるのはいまやよくある風景ですが、雪の中でお地蔵さんに服を着せてあげたら恩返しがあったという昔話を連想させます。
タイトルを思い出せなかったので検索すると笠地蔵だと分かったのですが、同じ大阪で5年前に19体の銅像に赤い服が着せられているという騒ぎがあって、御堂筋赤い服事件と呼ばれているというという話が多くヒットしました。
たしかにそんなニュースがあったような…。
もともと被っていた麦わら帽子を跳ね飛ばして着せてあげた服は、写真で見る限り赤ではないので、これは件の事件とは関係がなさそうです。
【Alpha7II/Canon 28mmF2.8 F2.8】
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Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/18 Wed

恐るべきキヤノン軍団

Canon 28mmF2.8
「ライカに追いつけ、追い越せ!」
1940~50年代の日本の小型カメラ産業の発展を傍観するとき、これほど当時の状況を言い現わした言葉は無いように思います。
戦前のパテントを回避しながら開発されたライカと同様の性能のハンザキヤノン、戦中の輸入がストップした中でのライカの忠実なコピーであるニッポンカメラ、戦後のライカのパテントが無効になったことで次々と登場してきたそっくりさんと改良機たち。
カメラのボディにはあまり関心のないわたしの眼で見ても、この時代のカメラ開発関連の話はおもしろく、20年の長きにわたってライカを目標に光学産業が発展したことを興味深く感じます。

しかし、それでもわたしにとって興味深いのは、その当時のレンズ発展史の方です。
独自のバヨネットマウントだったハンザキヤノン、セイキキヤノンのレンズを除外して、ライカマウント規格で日本メーカーが設計したレンズをカウントしていくと200種類を超えます(試作品のみ残るレンズ、ミラーボックス用のレンズを含めてます)。
1930年代、六櫻社のレンズのガラスに輸入したイエナガラスを使用したり、日本光学がテッサ―やゾナーを分解してそっくり同じものをつくったという時代から、戦後ここまで発展した状況はレンズの百花繚乱と感じられます。
レンジファインダーカメラは一眼レフよりはるかにレンズ設計の自由度が高いですし、新種ガラスの登場で自由度はさらに高まったことで、ズマールやゾナーのコピーでは飽き足らずに改良してよりよいものに仕上げる日本人気質が遺憾なく発揮されたことが実感されます。

さて、そんな中でも突出しているのはキヤノンのレンズ群でしょう。
数えてみると、広角10種、標準11種、望遠9種、ミラーボックス用9種の39種類のレンズを発売しています。
広角、標準、望遠、ミラーボックス用とほぼ均等に出していて、バランスが取れていると思ってしまいそうですが、例えば標準=50mmが11種と突出しているのですから、偏っているともいえます。
しかし、レンジファインダーカメラは素通しファインダーが50mmなので、50mmレンズにバリエーションが豊富なのはけっして不自然ではないのでしょうか。

28mmレンズは2種あって、F3.5(1950年)、F2.8(1956年)と当時の広角としてはかなり明るく、スペック的にかなり魅力的だったはずです。
両者とも4群6枚なのでガウス型だろうと思っていたのですが、F3.5の方はガウス型で、F2.8は意外にも同じ対称型ながらオルソメター 型でした。
35mmフォーマットでもおもに広角レンズでこのオルソメター型の設計はあって、この名称のもとになったツァイスのオルソメター3.5cmF4.5やツァイス以上に老舗光学メーカーのスタインハイルのオルソスティグマット35mmF4.5(写真工業出版社「世界のライカレンズPart 3」では2群6枚の19世紀のオルソスティグマットの型で紹介されていますが、わたしが所有するものは4群6枚のオルソメター型です)がよく知られていますが、キヤノンの28mmF2.8はより広角で1段以上の明るさを獲得していて、数字上はかなりの高性能レンズのような印象を与えます。

さて、本日の作例はこの日宿泊したホステルの公共スペースで何となしに撮った1枚です。
160年前の立派な古民家を宿泊施設に改装したそうで、部屋が8人部屋のドミトリーということもあって3000円少々で泊まれる好い宿と思い利用させてもらったのですが…。
宿泊した部屋は蔵を改装したとのことですが、2段ベッドを4台も置くせいか建材の文字もむき出しで、古民家に泊まっていることの実感できないつくりでした。
レストランもウリなようで朝食をとるようつよく勧められましたが、1000円だと聞いて高いと断りました。
夕食のメニューを聞くと、高そうなことは分かりましたが、メニューそのものがないのかきちんとした説明がありません。
朝、シャワーを浴びようとするとタオルがなく、聞けば有料だとのことです。
ちなみに夜間は門限こそありませんが朝まで管理者不在になり、なにかあっても対応してもらえないようです。
料金、部屋のつくり、アメニティ管理方法は安宿、朝食、レストラン、建築は高級か中級の上の宿。
どんな人に泊まってもらいたいのか、ポリシーのようなものが見えません。
この日、宿全体で宿泊していたのはわたしとオーストリアから来た若者だけで、空いていてよかったのですが、それよりも文化財が活かされずむなしい気持ちになったというのが本当のところです。
【Alpha7II/Canon 28mmF2.8 F2.8】
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Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/17 Tue

電話好きは人間ばかりじゃない

Canon 28mmF2.8
せっかく昨夕に明日香村まで移動してきましたが、シャワーと朝食もそこそこに大和郡山へ向かいました。
本当は、早起きして早朝の村を歩いてみるつもりだったのですが、くまもんTシャツのおっさんのいびきがうるさくて寝たり起きたりだったので、朝は布団から出られなかったのです。
バスに乗り損ねて遅刻してしまいましたが、今日はホロゴンさんと待ち合わせて、撮影をご一緒し、旅行の報告をおこないました。

バスと言えば、昨夜宿のスタッフとも話したのですが、ローカルのバスがとても利用しづらくて困りました。
近鉄のターミナル駅、橿原神宮前から明日香村をまわる循環バスが出ているのですが、まず乗り場が分かりにくく、ようやくそれが見つかると明日香村までいくバスの路線番号が把握できず、時刻表の見方も分かりませんし、料金も掲示されていません。
どうやら20分後にバスが来るようなので、その20分を使って完ぺきとは行かないまでも路線と時刻の見方を把握しました。
移動の旅に慣れているわたしは時刻表の読解に精通しているつもりでしたが、まさかこんなに苦戦するとは、まるで数独を解くような不思議な体験でした。
当然、英語表記はないので外国人には利用できないでしょうし、初めて訪れる子どもや老人も利用困難だと思われます。

そんなことを宿の人に告げると、このゲストハウス自体が年々増えている外国人旅行者を受け入れるためもあってオープンしたというところがあるそうで、旅人の足がこんなんじゃ受け入れ以前の問題だねと互いにため息をつくしかありませんでした。
過去に台湾人が何人か泊まったそうですが、いづれも来方が分からないと電話してきたので駅まで向かいに行ったそうです。
旅行者は住宅地方面へのバスには乗らないので、明日香村へのバスのみの時刻表を日本語と英語で併記して別掲示すればいいと思うのですが、たぶんバス会社の職員はバスになんか乗らないので、ちょっとしたことにすら気付かないのでしょうね。

閑話休題。
今日歩いた大和郡山は、金魚の町のようです。
町中に金魚の水槽をいくつか見ましたし、マンホールのデザインに金魚が採り入れていたり、店のディスプレイに金魚の置物があったり、他にも注意深く見て歩けば金魚関連アイテムはあちこちに発見できそうです。
驚いたのが、作例の電話ボックス水槽です。
どうやってつくったものか、泳いでいる金魚はみな生きている本物ですし、受話器の先から酸素をブクブク出しながら緑がかった水の中でゆらゆらしていました。
携帯電話がこれほど普及すると電話ボックスなんて不要になるのでしょうが、まさかこんな方法で再生させるとは、これはたいへんなインパクトでした。

金魚の養殖盛んな大和郡山で、ふと思い出したことがありました。
だいぶ以前に訪れた長野県の町では鯉の養殖をしていて、ランチに入った食堂で鯉を煮た料理が出てきたのです。
洗いとか鯉こくとか名前のみ知っていて、鯉は美味しい魚だと思っていたのですが、この時の鯉はとても食べられたものではありませんでした。
肉はぱさぱさで泥臭く、小骨が多くてまずいのを一気に飲み込んでしまうこともできずません。
食堂には申し訳なかったのですが、5分の1も食べれずにギブアップしました。
以降、それが原因で淡水魚全般を食べることができなくなってしまいます。
郡山で入った食堂で、まさか金魚の料理はないでしょうが、鯉もいっしょに養殖していて名物料理だったらどうしようとあのときの苦しみが蘇りました。
しかし、日替わり定食には魚はなく、人の好さげなおばちゃんのつくるランチは美味しくて、初鯉の苦い思い出を忘れることができました。
【Alpha7II/Canon 28mmF2.8 F2.8】
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Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2016/05/16 Mon

馬来西亜之旅~⑭最后的一張

R-D1/Canon 28mm F2.8

マレーシアの旅で最後の訪問地に選んだのが、ここ、水上村落でした。
地図を見つつ辿り着いてみると、少々穏やかならぬ空気が流れていました。
どうやら、ここは生活地域であって、観光客が勝手に上がりこむようなところではない、というような趣旨のようです。
それは失礼しましたと詫びて踵を返そうとすると、せっかく来たのだからとひとりの男性が案内を買って出てくれました。

けっして豊かとはいえないありのままの暮らしぶりを、物見遊山に来た金持ちが好奇心で覗き見る…、先ほどのやりとりでこんな図式を思い浮かべて我ながら恥ずかしく感じていました。
しかし、実際に足を踏み入れてみれば、確かに金銭的には豊かとはいえないでしょうが、そこには老いも若きもが小さなコミュニティの中に豊かに時間を過ごす姿が眼前に広がっていて、勝手な誤解で恥じ入ったことをまた恥じるという二重の冷や汗をかくことになってしまいました。

入り口で1枚写真を撮って、カメラはしまいました。
あとは自分の心にだけとどめておけば、それでよかったからです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2006/09/28 Thu

馬来西亜之旅~⑬摩託車警護隊

R-D1/Canon 28mm F2.8

一見暴走族のようですが、陽気なおじさんたちで、なんでもマレーシア・ナンバー2の要人が来るのでその警護にスタンバイしているのだそうです。
その勇姿に子供たちも集まります。
ほどなくその要人氏は高級車に乗って通過しました。
その周りをおじさんたちが囲むように併走します。
西部警察みたいです。
しかし、後方に行くほどバイクは小型化していき、最後尾は年季の入ったカブやスクーター。
彼らも警護の役に立つのか、最後は不思議な光景に首を捻るばかりです。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2006/09/27 Wed

馬来西亜之旅~⑫沙巴鉄路

R-D1/Canon 28mm F2.8

旅もそろそろ終わりに近づいてきました。
明日の朝には帰国という最終日、コタキナバル周辺を見て歩きました。
博物館、州立モスク、市立モスク、カンポンアイル(水上村落)、マーケット、美しい浜辺、庶民の生活…、とても廻りきれそうもありません。

そして、何としても見たかったのが、このSLでした。
密林を切り裂いて走り抜ける姿が理想でしたが、とてもそこまで行っている余裕はありません。
逆光になってしまいますが、駅から比較的近いところに感じのよいカーブを見つけ、地元の子供たちといっしょに汽車を待ちました。
やがて汽車は、ゆっくりゆっくり現れました。
それは轟音とともに目の前を通り過ぎ、しばらくして点になって消え去りました。
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2006/09/26 Tue

馬来西亜之旅~⑩是不是真的?

R-D1/Canon 28mm F2.8

ラフレシアというと聞いたことがあるような気がすると思いますが、これこそが世界最大の花であり、ボルネオにしか咲かない当地の神聖な花です。
これも運が相当によければ見れるといいますが、それは高地トレッキングを相当こなしての話です。
まあ、見かけることはないだろうと思っていました。
ポーリン温泉とかキャノピーウォークなどといった観光客をひきつけるポイントがありますが、そこへ向かう途中、民家の軒先に「ラフレシア見れます」のような看板が下がっていてわたしたちは一瞬色めきました。

邦貨1200円相当の40リンギットも払って案内を請うと、延々15分も歩いて到達したちょっとした空き地にそれはありました。
しかし、写真のようにどうも作り物くさい、怪しいブツなのがどうも納得できません。
乾燥したみかんの皮のような触感は、ホントに花かよという感じです。
胡散臭さに質問をとばしますが、ここへ来て英語はまったく通じなくなりました。
まあいい、炎天下の登りをこんなに歩いてきたのだ、信用しよう、と案内人の子供たちと記念撮影。
またてくてく15分かけて車に戻ってのスコールにあったかのような全身大汗は、その直後に温泉に入るには、最高のデモンストレーションでした。
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Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2006/09/24 Sun

馬来西亜之旅~⑧神山

R-D1/Canon 28mm F2.8

東南アジアの最高峰キナバル山の標高が4100メートルある、ときいて驚く人は少なくないと思います。
孤高の山としてボルネオ中のどこからでも眺められそうなものですが、実は1日のほとんどを雲に覆われていて、運がよくないと見ることができないといいます。
そのチャンスは午前中にある、という話に期待して5時半に起床、ふもとのキナバル国立公園をめざしレンタカーをとばしました。
出発して1時間あまり、山道にさしかかってからしばらくは左右の眼下までが雲という道を走り続けたところ、気がつくと雲がすっかり切れて、山は忽然と姿をあらわしました。
美しい姿というのとはまた違う、厳しさ、力強さを印象付けました。
その後20分もするとまた周囲は厚い雲の中。
まさに一瞬の幸運といえそうです。
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Canon 28mmF2.8 | trackback(0) | comment(0) | 2006/09/22 Fri
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