5D MarkⅢの少女

縁と言うものは不思議と続いていくもののようです。
租界時代にドイツがつくった塔のある牢獄を朝一で見物して、まずい麺の朝食を済ましてから乗った高鉄の隣の席はめがね少女でした。
出発して1時間もたがいに目を合わせることもなかったのですが、わたしが下車駅を確認したことがきっかけで会話が始まり、彼女が写真を学ぶ学生だということが分かりました。青島から専門学校(?)を受験のため北京に向かっているところだと言います。
取り出したカメラは5Dmark3だったのでびっくりして、自分で買ったのか聞くと、まだ17歳なので両親に買ってもらったと少しはにかんでいます。

じつはわたしはコレクターで、古いレンズを200本以上持っているとハリスンのペッツバールを見せると、彼女は目を白黒させてレンズに見入っています。
わたしがおもむろに彼女の5Dを手にしてレンズをペッツバールに交換して車窓の景色を撮ると、彼女の興奮は頂点に達したようですごいすごいと画像を見ていました。
まじめに写真を勉強する彼女には、最新のデジタルカメラに純正でない、150年前のレンズが使えて、しかもしっかりと写るということが相当のインパクトだということがよく分かりました。
いっしょに写メを撮ったり、試験問題を解いたり、ソウルのキムさんの写真を見せてライティングはこうするなどと話したりしているうちにわたしの下車駅に着いてしまい、日本での再会を約束して握手で別れました。

わたしが降りたのは溜博という駅ですが、もともとは周村古商城という古い町並みの残る村に行くつもりでアクセスを調べたところ、山東省都の済南からバスに乗るとなっていたので済南まで切付を買っていました。
しかし、周村が溜博市にあると気付き、乗っていた列車も停まると確認できたので、写真学校を受験する王英翔小姐に別れを告げてこの駅に降り立ちました。
時問はだいぶ節約になりましたが、切付購入前に分かっていればいくらかのお金も節約できたことを考えるとちょっと失敗した気分でした。

周村古商城の行き方は知りませんでしたが、駅前に田中邦衛に爪二つのお廻りさんがいてなまりが強く聞きとりにくいながら親切に行き方を繰り返し説明してくれます。
丁寧に礼を言うと、照れて笑う眼尻がまた北の国からそのもので、しばらく頭のなかにさだまさしが歌い続けていました。
このとき覚えたことは、お尋ねしますの前に、中国語があまり得意でないですがを付け加えることで、これだと大概の人が親切に対応してくれるようです。
バスはすぐに見つかりましたが、目的地まで1時間半もかかって熟睡してしまいます。

できれば宿泊しようとまで考えていた周村ですが、まったく楽しめるようなところではありませんでした。
20世紀はじめころの古建築が並んでいるさまこそ壮観ですが、それらはすべて土産物屋になっていて、それらを楽しむ家族連れでごった返していて古鎮ファンの出る幕はありません。
近くの賓館で1泊の値段を聞くと、300元と高く、ここは先に進むべきと判断します。
近くのバスターミナルに行くともうバスはないと言われ、ここでも中国語は不得手ですがと前置きして済南への行き方を聞くと、別のバスターミナルに問い合わせて高速の入り口で待たせたからと言ってタクシーを捕まえ、行先を指示してわたしを乗り込までます。
バスは確かにわたしを待っていてくれ、他の乗客から文句を言われるでもなく、無事済南に着くことができました。
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未分類 | trackback(0) | comment(8) | 2015/03/02 Mon
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