野生茶的味道

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
広西壮族自治区最北の高定村があるのは香港から北北西に約700キロ、緯度にすると台北とだいたい同じくらいです。
恐らく波照間島などが辛うじてそれより南になるものの、日本よりはるかに南に位置しています。
数年前、ゴールデンウィークに桂林に行ったことがあり、連日35度を超える暑さだったことから同様の気候を覚悟していたのですが、ずっと曇っていたことと、かなり高度のある山間だったため、涼しくたいへん快適に行動することができました。

そういえば、これまでに滞在した貴州や湖南の村も日中はそれなりに暑くなるものの夕方からはけっこう涼しくなっていたので、夏場の中国はどこもかしこも暑いことを考えると、この地方を訪れるのは正解だと言えます。
ちなみに高定は冬場に数回は積雪があって、そうなると車で山道を走行するのは危険なのでお薦めできないと聞きました。
雪景色も魅力的でしょうが、行くなら夏場ですね。

朝の散歩は特に気持ちが好く、滞在中、シャワーを浴びることができなかったのですが、さわやかに歩きまわりました。
そういえば、高台の景色の好い場所で一服している男性にあいさつして雑談していたところ、その人は製茶業をやっている人で、民家を改造したような小さな工場に案内すると、いろいろなお茶を試飲させてくれました。

日本同様緑茶がメインなのかと思っていたのですが、同程度に紅茶も飲まれ、生産量は少ないものの野生茶というのもありました。
緑茶は、杭州などで有名な龍井茶と似てあまり渋みのないタイプで、紅茶も英国式とは違い砂糖やミルクを入れずともほのかな甘みが感じられるものです。
野生茶は文字通り周辺の山にもともと自生していた品種で、独特の強い甘みをともなった味がワイルドな印象です。

いずれも、食事時に飲むお茶と言うよりも、3時の休息とか食後のひとときとかに飲む嗜好品というべきものです。
そのせいか、残念ながら何人もの村人に聞きましたが、お茶を飲む週間がある人は皆無でした。
あくまで商品作物として町に出荷されるということのようです。

すごく美味と言うわけではありませんが、特徴的な味に魅力を感じて野生茶を売ってもらえないかお願いしてみました。
ちょぅど見本用の缶入りのものがあるとのことで譲ってもらいましたが、250グラムほどで200元ととんでもなく高価でした。
その男性は野生茶はたいへん希少なのでとても高くて申し訳ない、紅茶ならずっと安いのだがと恐縮しています。
結局、交通費や食事代、宿泊代を除くと、野生茶はこの旅でわたしが使った唯一の出費になりました。

その後、楊さんの家方面へ戻ると、また別の男性が笑いながら家へ来て下さいと話しかけてきました。
やはり狭い村のことですから、外から人が来れば目立ちますし、1泊したとなれば興味津々、さらにはそれが外国人と分かった日には噂になったりもするようです。
どうぞどうぞと部屋に招かれるや、またお酒をご馳走になります。
日本のどこから来たのかとか、どうしてこの村に来たのかとか質問責めです。

子どもが3人いましたがみんなシャイで、レンズを向けると逃げ出してしまいました。
あまり外から訪れる人もなく、たまに来てもそういう人にするのは恐かったりするのかも知れません。
日本人を見るのは初めてですかと聞くと、去年も来たのだと教えてくれました。
その人もひとりで来た男性で1ヶ月ほどもこの村に滞在していったといいます。
何かの研究に来たのでしょうか。
その方にお会いしてみたいものです。

のどかで平和な高定ですが、2年前に凄惨な事件があったことを知り胸を痛めました。
「広西・無差別殺人犯を村人30人で打ち殺す村の風習」。
小さな山村では、民族の問題があるため村内や近隣での婚姻があたりまえで、どうしても血が濃くなってしまうことは否めません。
そのためかどうか、各地の村で障害のある人をよく目にします。
解決の手立てはないものでしょうか。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/16 Wed

太陽鏡頭

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
いま、巷では来週の金環日食のことが話題になっています。
思い出すのは3年前に中国で皆既日食が見られるというので出掛けて行こうと思ったとき、日食を撮るのに最適のレンズは何かと考えて、太陽から名前をとったゾナーだろうと結論したことです。
結局、ゾナーを持って行くことはなく、当日は曇って日食もよく見えませんでしたが。

ドイツ語の太陽を意味する"Sonne"がゾナーの語源であるといろいろなところで読み、そういうものだと信じていたのですが、どうやらそれは間違いだったようです。
クッツは「コンタックスのすべて」の中でおよそ次のように書いています。

ツァイスは、1920年代に当時ドイツにあった主要カメラメーカーが合併してできたのですが、そのうちの一社コンテッサ・ネッテルがすでにゾナーという名前の乾板カメラを出していてそのレンズ名もゾナーだったというのです。
そのゾナーを製造していたのが、ゾントホーフェンという地名で、そこから名前が取られたのだろうと書いています。
ただ、コンタックスの高速レンズの名前を考えるにあたって、このゾナーと言う名前が太陽を連想させるので、明るいこのレンズにふさわしいと考えたのだろうとも書かれていました。

ところで、地名からとられたレンズ名と言うのはかなり珍しいのではと思うのですが、いかがでしょうか。
思いつくのは、東京光学のシムラーがやはり、工場のあった板橋区志村からとられているというものくらいでしょうか。
大船にあったオフナーというレンズというのもありましたっけ。

「コンタックスのすべて」の同じ項に、それ以上に気になる写真が載っています。
F1.5ゾナーの5cmと5.8cmの2本のレンズが並んだ写真です。
残念ながらこの写真はレンズを真横からとらえたもので、製造番号はもちろん、文字表記も一切分かりません。
さらには、写真にはレンズ名がキャプションになっているだけで、本文ではまったく言及されていません。

分かるのは、5cmの方が戦前のニッケルからクロームに移行した時期の鏡胴で、5.8cmの方はそれより前のニッケル期の鏡胴に似ているということです。
写真からだけでは、この5.8cmがニッケルとは断定できませんが、ブラックの部分はペイントに見えるので、ニッケルのような気がしてなりません。
だとすると1930年代前半に製造されたということになるでしょうか。

写真の2つのゾナーの大きさの関係は、わたしが所有するゾナー5cmと6cmと同等です。
これまでのことから、大胆に予想してしまうと、わたしのゾナー6cmF1.5は(5.8cmF1.5も)、1930〜4年頃にツァイスイエナで試作されたレンズで何本かはブラック・ニッケルでコンタックス・マウントになり、残りのエレメントはその後何年かして訳あってアルミ鏡胴のライカマウントにもなったのだということができます。

予想だから何とでもいえるので、戦前のうちに5.8cmF1.5を何本かライカマウントで作った後、終戦直後、オーバーコッヘンに連れてこられたツァイス首脳の荷物の中からまた同じエレメントが発見されて、それらは6cmF1.5と刻印されたうえで組み上げられたのではないでしょうか。
コンタックスはイエナに残したままだったので、もはやライカマウントにするしかなかった…。
クッツさんは、事情をご存じかも知れないし、知らないまでも彼なりの考察があるのではないかと思われますので、ぜひともその辺のところを語っていただきたいものです。

ゾナーの話に終始しましたが、今日の作例はニッコールでした。
ここがお世話になった家で、窓から遠くを見やっているのが、楊さんの奥さんです。
旦那さんは、手製の銃をもって仲間たちに会いに行くと出掛けてしまいました。
足の悪い奥さんは、あまり遠くへ出られないようで、こうして窓辺に佇む姿を何度か目にしました。

たいへん穏やかで、優しさにあふれた女性でした。
言葉があまり通じなかったですが、いま考えれば、いろんな話を聞くことができたはずです。
世話になるばかりで、彼女の話を聞いてあげるとか、そんな簡単なことすらしなかったことが思い重なり、切ない気持になります。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/15 Tue

耕作稲田

M8/Sonnar 6cmF1.5
3階の寝室ということで、部屋からの眺望を期待しましたが、残念ながら三方向とも同様の高さの建物が見えるだけです。
それでも、これが鉄筋コンクリートの建物だと面白くもなんともないところが、伝統的な木と瓦屋根の建物なのでそれはそれでよしとしたいと思います。

高定で一般的な3階建ての家を建てると3万元かかると聞いたので、邦貨で42万円ほどです。
わたしのM8は中古で約30万円、ニッコール3.5cmF1.8が7万円くらい、ゾナー6cmF1.5が6万円くらいで購入しています。
手許にあるこのセットで、こんなにも立派な家が建つと聞くと、何とも複雑な気持ちです。

向かいの建物は、幼稚園の看板が掲げられていましたが、これは普通の家の一部をそのまま改造したもののようです。
その手前、4つの建物に囲まれて池があって、水がだいぶ引いているためアヒルだかカモだかがとことこと歩きまわっていました。
前夜、あまりにも早く寝てしまったので、6時前に目が覚めてしまい、頭が冴えてくるまでぼんやりと窓から眺めていた風景です。

朝の散策で1時間半ほどぐるぐると歩いて戻って来ると、楊さんの奥さんが朝食の準備をしていて、ちょうどいい、すぐに御飯よと声をかけられました。
メニューにはタニシ(?)を蒸したものが加わっていましたが、他は昨日の残りがそのまま出ます。
そのままと言えば、旦那さんからまた飲もうよと誘われて朝から強いお酒を飲むことになります。
もちろん断ったのですが、1杯だけと言われ、そのままずるずる3杯くらい飲んですぐに酔っ払います。

食後、池の裏の方から何やら声がかかって、3人でテラスに出てみます。
馬をけしかけて泥沼のようなところでゆっくり歩く人がいました。
池と思っていたスペースは実は田んぼで、馬に農耕具を繋いで耕しているところです。
まさに今年の米作が始まった瞬間でした。
ちなみにかなり南にあたるこのあたりでは、どこも二期作をするそうです。

こんな光景は何度か見たことがありますが、今まで見たのはすべて牛を使っていました。
馬は牛に比べるとずっとひ弱に見えますが、泥沼に脚をとられつつも案外と力強く進んで行くものです。
そういえば、馬力と言う言葉があるくらいですから、もともと馬も田んぼでは力を発揮してきた生き物だったのでしょう。
侗族の人から見れば、これは自然の姿であって、競馬なんか見たら動物虐待だと怒りだすのかも知れませんね。
特に幼稚園の子どもたちは。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(2) | comment(0) | 2012/05/14 Mon

楊家的食卓

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
夜は、楊さんご夫妻の家にお世話になりました。
わたしが村の民家に泊まりたいというと、バイクでここ高定まで連れてきてくれた運転手が、楽器を吹いた鼓楼までもどって村の長老たちに説明し、老人たちがざわつくなかであそこがいいだろうと楊さんのお宅を勧めてくれたのです。
その楊さんへもこの運転手がかけあってくれ、夫妻は何の疑問も無いという風にどうぞどうぞと泊めてくれることになりました。

1泊2食で60元とのことです。
正直に言って高いなと思いました。
空いているベッドに寝かして1食15元とすると40元が相場かなと踏んでいたからです。
外国人ということでボッているのかも知れないですが、もちろん高いからといって断ったり値切ったりというつもりはないですし、わたしは泊めてくれることに感謝の言葉を述べて金額も了解しました。

以前は、こういうケースではタダで泊めるのが普通だったようです。
それが旅人に対する礼儀だとか、少数民族にもいろいろとしきたりのようなものがあったと聞きます。
ただ、現金収入が限られた人里離れた村でのことですから、タダと言ってもいくばくかの心付けを置くのが一般的だったのかも知れません。
それだったらお互い気を使わないように最初からいくらだよと言った方がよいとかなったのでしょう。

日本風に言えば木造3階建てプラス屋根裏部屋がある立派なお宅です。
1階にはトイレやシャワーがあり、倉庫のようにもなっているスペースは、おそらくかつて家畜がいたのだと想像されました。
この家では2階に応接スペースとキッチンと一部寝室があり、夫妻はそこで寝ているようです。
3階に部屋が4つあり、わたしはベッドの置かれたひとつの部屋をあてがわれます。
コンセントがあってカメラのバッテリーを充電することができたのがたいへん助かりました。
以前、どこかの村で泊ったときは部屋になかったため、すっかり忘れてしまい、翌日の撮影がほとんどできなかったということを思い出します。

部屋は、近くの町で教師をしているという息子さんのものでした。
先日も書いたように、できればその家の子どもたちに歓迎の歌を歌ってもらえるような大家族の家に泊りたかったのですが、夫妻以外は家を出てしまっていて少し寂しい感じがしました。
とはいえ、夫妻も子どもが教師になるくらいですから、村ではインテリの家庭なのかも知れず、不便は無く楽しめました。
ただ、訛りがきつく、わたしの語学力の問題もあって、言っていることの半分も理解できなかったのが残念です。

奥さんの料理は、特別に美味と言うことはないにしても、日本人なら普通に食べれる一般的な家庭料理です。
全部で5皿あり、うち2皿が豚肉の料理ですが、これは昨日の作例にあった村の生鮮市場、というか唯一の肉屋兼魚屋さんで買ってきたものでしょう。
あとは名前の分からない野菜の料理と、卵焼きのようなもの、野菜の入ったスープで、ご飯も含めてわたしはけっこう美味しいと思いました。
このへんの人たちは辛いものが好きなはずですが、唐辛子は使用していません。

美味しいと言いながらご飯もおかわりしたので、調理してくれた奥さんも喜んでくれたように思います。
ただ、問題は、お父さんが好きだという自家製のお酒でした。
今までの経験からお酒が2種類あることは分かっています。
もち米の発酵酒か普通米の蒸留酒です。
前者はアルコール度数が低く、ほんのり甘い飲みやすい酒です。
後者を説明する必要はないでしょう。
アルコールは推定20度以上あって、酒豪ならともかくわたしは1杯飲めばくらくらです。

予想通り透明の液体のそれは蒸留酒で、久々に酒の相手が来たということで何杯も飲まされてしまい、食事を終わるころにはダウン寸前でした。
前夜あまり寝ていなかったこともあり、夫妻には申し訳なかったですが、ベッドに直行させてもらいました。
まだ、8時前だったのですが。
おかげで、翌朝はコケコッコーの大合唱に起こされるまで、完璧な熟睡でした。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/13 Sun

奇怪鏡頭

M8/Sonnar 6cmF1.5
懲りないというのはこのことを言うのでしょう、しかも二重、三重の意味で。
ゾナー6cmF1.5なるレンズを入手してしまいました。
レンズをそんなに増殖させてどうするんだと思いますし、L39タイプのゾナーはすでに5cmF1.5と5.8cmF1.5を持っています。
ましてや、今回の6cmF1.5を加えた3本は、いずれもツァイスのレンズかどうかはっきりしない、というよりはニセモノである可能性が高いレンズなのです。

特に5cmF1.5は、ネタになっているジュピター3という安価なレンズの銘板を入れ替えただけのフェイクと考えて間違いないでしょう。
イタリア製ライカマウントカメラのガンマにゾナー5cmF1.5が供給されたとのことなのでそれではないかと期待したいところですが、鏡胴にあきらかな違いがあります。
そもそもゾナー5cmF1.5はコンタックスマウントのものが豊富に出回っているので、カプラーでライカに付ければよく、怪しげなライカマウント版の必要はありません。

しかし、5.8cm、6cmとなると事情は異なります。
仮にフェイクだとしてもその下敷きになったレンズをわたしは知りません。
それらとてジュピター3と同じレンズではとの疑いがありますが、前玉、後玉、レンズ全長とだいぶサイズが違いますし、あきらかに5cmよりも画角が狭まっていますので、これは違うものだと断定できます。
ただ、構成はゾナーであることもあきらかで、それは蛍光灯の反射パターンやその動きが同じことから分かります。

では、これらゾナーはツァイスが試作したものかと言えば、確認できるようなものがありません。
Zeiss Ikon Contax Spezialというコンタックスのプロトタイプがあると紹介しているサイトがあり、これに6cmF1.5のゾナーが固定装着されているのですが、このカメラ自体がレンズ以上に怪しく、コンタックスのパーツを使って作ったおもちゃのようにも見えます。
もちろん、ツァイスには、5.8cmとか6cmとかのゾナーを製造したという記録もありません。

と、ここまで書いてきて、ひとつの疑問が頭をもたげます。
そもそも、5.8cmと6cmと書かれると焦点距離は違うように思っていましたが、前玉のサイズは同じに見えます。
コンタックス用のビオターに4cmと4.25cmのものがありますが、両者の焦点距離は同じで、4.25cmが正確だと言われています。
この例で言えば、このゾナーも5.8cmが正確で、6cmはそれをラフに書いたものでふたつのレンズがまったく同じものとみなせるかも知れません。
レンズの来歴を知らべるのはかなりの困難ですが、せめてこの2本が同じか違うものなのかの裁定に傾注することにします。
【M8/Sonnar 6cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/12 Sat

高定的変化

M8/Sonnar 6cmF1.5
先月だったか、あるいはもう少し前だったかも知れませんが、NHKで侗族を紹介する番組が放送されました。
侗族には歌の文化があり、曲は代々受け継がれているし、村対向の歌合戦でレベルアップと友好もはかられているとの内容です。
貴州省の村のことで、今回とは場所が違いますが、今回の旅の目的地に多少なりとも影響があったのは事実です。
桂林に着いて南へ向かえば、山々の奇景が有名ですし、龍勝方面にも壮族、苗族、瑶族と少数民族の村は豊富にあるなかで侗族を選んだのですから。

数年前、初めて侗族の村に滞在したとき、夕食後にささやかな歓迎を受けました。
その家の女の子や親戚の女の子たちが、ようこそいらっしゃいましたという内容の歌をわたしのために歌ってくれたのです。
まだ小学校に上がる前の女の子たちが、澄んだ声を朗々と闇夜に響かせる姿に感激したのをよく覚えています。

今回も、それが再現されることを期待していなかったと言えばウソになります。
ただ、歌声を聞くことはできませんでした。
お世話になった家の子ども一家は町で働いていて、老夫婦だけしかいなかったということもありますが、そもそもこの村では歌をうたう人はほとんどなく、おととい見た芦笙という楽器の演奏も一部の老人しかできなくなってしまっているそうです。

貴州の村の多くが伝統を堅守しているのに比べて、省境を超えた広西の村では経済ばかりに目が向いているように見えなくもありません。
民族衣装の着用率も伝統を守っている度合いのもの差しになると思っていますが、そこにも明らかな有意差があります。
歓迎の歌の村は既婚女性のほぼ全員が着用していた民族衣装ですが、この村では老女のみのアイテムでした。
作例では、ふたりだけがブルーの衣装を着ているのが見て取れますが、着ているのは上着だけでこれでは民族衣装とまで言い切ることはできないかも知れません。

中央にどーんと写っている建物が侗族を象徴する鼓楼ですが、村にひとつかせいぜいふたつあるのが普通なのにここ高定には何と7つの鼓楼があります。
高定が広西でも有数の名村と言われる所以です。
いずれも100年程度の年数を経ており、かつて裕福な村だったこと、村に建築技術がしっかりしていただろうことが想像されました。

一方で右端には無粋なコンクリートの家が見えています。
反対の左端に緑の物体が見えていますが、これは電話ボックスです。
かつて、利用する人が多かった電話ボックスですが、かなり朽ちていていまでは使えないかも知れません。
当然、村人はみな携帯電話を持つようになったからです。
到着時に美しいと思われた村が、平凡な中国の村のひとつに変貌してしまうのではと心配になってきました。
【M8/Sonnar 6cmF1.5 F1.5】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
Zeiss Sonnar 6cmF1.5 | trackback(0) | comment(0) | 2012/05/11 Fri

紅色汽車

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
最終目的地、高定までは、お昼を食べた独峒からもうあとわずかです。
高定を紹介する本では、バイクで20元、小1時間かかると書かれています。
食堂で、高定まで行ってくれるバイクはないかと聞くと、知り合いに電話してくれ、30元で行くとチャーターしてもらいました。
本は、7年前に出版されたものなので、この間に10元も相場が上がったか、食堂の兄さんが5元くらい仲介料を取っているのでしょう。

これまでの行程を振り返ります。
自宅(2時間30分)成田空港(4時間)香港空港(1時間30分)深圳(1時間)深圳空港(1時間)桂林空港(1時間)桂林(2時間)龍勝(2時間)三江(1時間)独峒(30分)高定。
合計、16時間半かかっています。
中国に入ってからも10時間ですから、桂林に前泊する、実質1泊2日の旅には少し遠過ぎました。

いや、そんな奥地だからこそ、交通不便故の古い伝統や文化が残っているのが高定の魅力と本には書かれています。
ところが、バイクの後部座席に跨っていると、すれ違う車がありますし、そもそもが道は細いもののきれいに舗装されています。
これなら三江から直行で高定に来ていればよかったわけです。
7年の間に高定の状況は大きく変わったようでしたが、それは仕方ないことでしょう。
それを受け止めつつ、高定の滞在を楽しむことにします。

さて、これまでの作例写真についてです。

7日の茶畑ですが、三江から高定にかけてかなりの山間になり、多くのお茶が栽培されているのを目にしました。
茶畑そのものの風景も茶を摘む人々の頬っかむりした姿も、日本の茶畑のそれにそっくりです。
思わず車を停めてと叫んで撮影しましたが、運転手はなぜあんな日常的なものを撮るのか不思議がっていました。
ただ、この地方の名物のはずの棚田はあまりなく、それが少々残念でした。

8日は、鼓楼に集まる古老たちの様子です。
鼓楼というのは、侗族固有の建築で、塔のようなものです。
村の集まりごとなどがあるとここで鼓を叩いて知らせたことからこの名があるようですが、かつては外部の侵略を監視する役割もあったのではと想像できます。
ただ、今では、このように老人たちが集まるコミュニティスペースのようになっています。
ひとり、縮れ毛で色黒の黒人のような少女が、わたしの方をしきりに気にしていました。

9日は、その鼓楼に芦笙という楽器が置かれていたので興味を示していると、案内に付いてきた運転手が仲間の老人を促して合奏を始めたところです。
4つの楽器の大きさがみな違うのに注目です。
まるで木管四重奏のように高音から低音まで響かせて、その美しい音色には惹かれるものがありました。
ただ、ここでも主人公は黒人のような女の子で、音楽に酔っているようにも、わたしを何しに来たのかと訝しがっているようにも見えます。

そして今日の作例は、高定の村の入り口の門のところにやって来たものです。
どこかの家に泊めてもらうつもりだったので運転手にそう告げると、それならここへ来なくてはと門の横にあるオフィスのようなところに連れて来られました。
てっきり外来者が宿泊する場合は登録手続きのようなことが必要なのかと思えばそうではなく、そのオフィスの2階が宿泊施設になっていたのです。
そんなところに泊るのでは意味がなく、普通の家に泊まりたいのだというと、こっちの方がずっと快適なのにとやはりわたしの行動が理解できないようでした。

門を撮影するふりして子どもたちを撮ろうとすると、それはすっかり見抜かれていたようです。
中国の子どもも撮影時にはピースとやるのですが、こちらでは食べているものを突き出すのが習慣なのでしょうか。
ちなみに、彼らが乗っているのは、超小型の消防車です。
建物は、みな木でできているので、これが必需品と言うわけです。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/10 Thu

哪个位子最安全

M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8
苦労の末たどり着いたバスターミナルでしたが、いちばんの6時半の座席が残っているかの不安がありました。
せっかく早朝に起きて、2番目のバスまで1時間待たなくてはいけないのではがっくりです。
ところが、6時でまだ薄暗いチケット売り場は閑散としていて、チケットはあっさり購入できました。
そればかりか、45席あるバスには乗客はわずか10人ほどしかいません。
拍子抜けです。

しかし、ここで安心して呑気に空いている座席に座るというわけにはいきません。
まだ、記憶に生々しい関越道のバス事故のことが気にかかります。
ニュースの映像では、防音壁に突っ込んだバスは左右に分断されるかたちになっていて、実際、運転席と反対側の座席に座っていた人ばかりが命を落としていました。
わたしも、運転席側に席を取らないといけないと心しました。

あいにく、運転席から後方に4列くらいはすでに埋まってしまっています。そこから1列空けて運転席側の中央辺りに陣取ることにします。
と、ここで少し考えて、むしろここで怖いのは、運転手の居眠りではなく、追い越しなどで対向車に衝突することだと考えました。
だとすれば、運転手は路側側にハンドルを切るので、外輪差で運転席側の後方に対向車がぶつかるのではないかと思われ、中央あたりも危険だと判断されました。
いや、ハンドルを路側側に切ればそのまま路側に突っ込むので、運転手は咄嗟にまた反対に切り直すだろうから、いちばん危ないのは運転席反対側の後方か…。

などと考えてみますが、どこが安心なのかなどよく分かりません。
いろいろなケースを想定しているうちにいつの間にか眠ってしまったようで、気付いてみると終点の龍勝に到着していました。
2時間の行程です。
結局、バスでいちばん安全な座席はどこなのでしょう?

その龍勝のバスターミナルも2年前とは違うところに立派になってオープンしていました。
感心する間もなく、バスの客引きに三江行きが5分後に出ることを告げられます。
まだ、朝食をとっていなかったので空腹だったので何か食べるものを売ってないか聞くと、ターミナル向かいに桂林名物の米紛屋さんがあってそこで食べて来いと言います。
5分では無理ではと聞くと、いいよ待っててあげるからと言うのですが、どうも5分後出発というのははったりだったようで、実際には15分後くらいにようやくバスは動き出しました。

それでもバスの乗り継ぎが好調なので喜んでいましたが、これは後で分かったことですが、この乗り継ぎ作戦は失敗だったのです。
乗り継いだバスは路線バスのようなもので、直行なら1時間ほどのところを倍の2時間かけて走るのです。
では、どうするのが正しかったかと言えば、7時くらいにあった桂林から三江への直行バスに乗るという当たり前の手段がいちばんだったのです。
桂林発龍勝行きの6時半のバスが、直達快速バスとなっていたのできっと早く着けるに違いないと考えたのですが、他のバスも所要時間はほぼ同じなのだと後で聞いてがっくりきました。

三江では、バスターミナルは旧態依然としているというか、困ったことに到着したバスターミナルは河東で次に向かう独峒行きは河西だと言われます。
小さな町なのだからバスターミナルを分割することはないのにと思いますが、路線バスに乗って河西に着くと、あろうことかわずか2分前に独峒行きのバスは出たところでした。

いま11時を少し廻ったところで、次のバスまで1時間、独峒までは1時間半。
せっかくここまで来てもたもたしてはいられません。
ターミナル前にたむろしていた軽ワゴンをチャーターすることにしました。

独峒まで40キロあって、200元だと言います。
妥当な金額にも思われましたが、大げさに驚いてそんなに高いのだったらやめるよと背中を向けます。
すると、分かった分かった150元でいいとすぐに下げて来ました。
これなら100元になるなと察せられたので、助け舟とも言うべき、80元にしてほしいと返答します。
ややあって、分かった100元ではどうかと言われ、わたしもまた臭いジェスチャーで、ええっ、高いけど急いでいるので仕方ないかと言いつつ了解します。

運転手もわたしも金額には納得できんという顔をしていますが、たぶん、どちらも内心では、ああ良かったと思っているに違いありません。
やはり、バスよりも飛ばしてくれて1時間10分ほどで独峒に着きました。
お昼をちょっと回ったところなので、すぐに食堂を見つけお昼をいただきます。
しかし、この独峒は、まだ目的地ではありません。
【M8/W-Nikkor・C 35mmF1.8 F1.8】
thema:ライカ・マウント・レンズ genre:写真
W-Nikkor・C 35mmF1.8 | trackback(1) | comment(0) | 2012/05/09 Wed
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